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■オープニング本文 祭りの夜はどの人も美しい。 ちょうちんの明かりに笛や太鼓の音。心を弾ませる色彩の波に、ざわめく行き交う人の声。 何もかもが心を浮き立たせる。 誰かの手を引いてそぞろ歩くのもいい。団扇で扇ぎながら、露店をひやかして回るのもいい。 ちょいと羽目をはずしたって、お祭りだから。 ―――と誰もがいいたくなる日に。 「早く交代時間にならないかなぁ」 大きな机の上に突っ伏して、吐息をこぼすのは、ギルド受付の吉之助である。新人の身としては、留守番を先輩たちに押し付けられたといっても間違いではないだろう。 (こんな日に依頼があるもんか…ちぇ) とっとと遊びに行きたくてしょうがない。 しかしながら、近隣で大きな祭りがあるからといって…残念ながらギルドが空っぽになっていい道理はない。 「もう! 絶対、先輩遅いよー!」 祭りを満喫しているんだろうなと思うと、また吉之助は文句をたれる、の繰り返しである。 そして何度目かの頬杖をつきなおした時、入り口に人の気配がした。 「頼もォ!」 男のよく通る声に何事かと思っていると、二人連れの若衆がどやどやと入ってきた。年は二十半ばといった感じの二人である。 「何ですか? 事件ですか?!」 祭りの日にないと思っていた来客に、吉之助は半信半疑でそう聞いてみる。迷子預かり所と勘違いはされていないだろうか。 「人を探しているのだが!」 「実は人がいなくなったので協力してほしい」 二人は交互に同じことを訴える。 とにかく急いている、という様子だ。 「―――それはいつのことですか?」 「今日のことだ、それもつい先刻の話だ!」 吉之助の問いに苛々しながら、やや背の高い方の男が畳み掛けてきた。 「…もしかして、お祭りで、はぐれた……と、か?」 「お主!」 ばん、と男が机を叩いた。小柄な吉之助はぴょんと飛んでしまいそうな勢いだ。 「うわぁ! はい! ち、違いましたね、行方不明者ですよね?!」 「知っているのなら話が早い!」 「え?」 「祭りではぐれたのですよ」 それは、迷子預かり所のお仕事です、と吉之助の喉元まで言葉が出掛かったが、文字通り目の色を変えている男二人にそのままズバリといえる気がしない。 此処は穏便に、内容を聞いて迷子預かり所に連絡したほうがいい気がする。 「ええと、お子さんのお年と背格好は―――」 「違うのだ、事は重大な話なのだ! ただの迷子ではないわ!」 ええい、と腕まくりする男を、まぁまぁ、銀さん、ともう一人が諌めた。 「私共はこの近くの社(やしろ)の者で、私が角、この男は銀と申します。お頼みしたいのは、若様の捜索でして…」 「早く見つけないと舞が始められんのだ!」 「銀さん、落ち着いて。内密に話を進めないと」 銀という男を制しながら、角がギルドに来た経緯を話し始めた。 どうやら彼らが探してほしいのは、由緒ある社の血筋を引いた若様らしい。幼い頃から行儀作法だの舞だのと、跡取りの一人息子として、それは厳しく育てられ、その反面、修行以外については、外に出ないことを条件にわがまま放題を聞いてやっていたらしい。 そのため、舞は超一級だがおそろしく世間を知らないわがまま若様、という青年が出来上がった次第。 「それにしても、もう齢も十八なら、いい加減分別ってもんもあるでしょうに」 吉之助がそういうと、二人は苦虫を噛み潰したような顔になった。 「それがのう…」 「言うな、角。ついついお可哀想にと思って祭りに連れ出した我らが悪い」 「そうだな。銀さん。ほんのひと時だけであれば、と祭りにお連れしたものの。急にさしこみがと仰られて遅れられたかと思うと人混みに紛れてしまい…かような始末とは…」 事態を噛み締めると、悄然として肩を落とす二人。 奉納の舞は、祭りの最後に能舞台で催される重要な行事であり、一年の豊穣と無病息災を神様に願うものである。 しかし、その舞を舞う栄華は、冷泉宮(れいぜんのみや)家の嫡男だけではなかったか。 「ってーと…、その若様がいなければ、奉納の舞はなし、てこと?」 「おおぉ…そのようなことになれば、我らは冷泉宮家に仕える者としてご先祖に顔向けができん!」 「一刻も早く照葉(しょうよう)様を見つけてほしいのです」 角と銀が、吉之助をガクガクと力任せに揺さぶる。 逆に吉之助は若様の名前を聞いてやっぱり、と血の気が下がる。 奉納の舞、トリを勤める高貴な血筋のお坊ちゃまである。なんだってそんなのから目を離したのか…。 (確かに、祭りの出店とか楽しいもんなぁ…) 祭り囃子が風に乗ってピーヒャララ…と聞こえてくる。往来の人々の弾む声も多くなってきた。 遊びたくなった若様にうっかり同意しそうになりながら、いやいや、と気を取り直す。 今更二人が若様の仮病に引っかかって煙に巻かれたことなど責めてもが仕方ない。 「とりあえず、祭りの夜で開拓者が集まるかはわからないけど、聞いてみましょう」 「おお、やってくれるか! 礼は必ずいたす!!」 奉納の舞も大事だもんな、と思い直し、吉之助は若様の人相風体をふむふむ、と聞き取っていった。 こうして、『迷子さがしの開拓者急募!でも詳細は別途』と朱の色も鮮やかな紙を持って、祭りに集まる開拓者を頼りに吉之助は走り出したのだった。 |
■参加者一覧
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
丈 平次郎(ib5866)
48歳・男・サ
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)
48歳・男・志
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
音羽屋 烏水(ib9423)
16歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●お祭り仕様で! 祭りどころではない銀と角を囲み、話し込む集団がある。 吉之助が仲介しながら、一緒に事情を話す。夏祭りに紛れ込んだ、迷子の舞子を捜してほしいという依頼であった。 「躾がなっとらん。甘やかしすぎではないかね」 事情を聞いて、ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)が渋くきめ込んだ着流し姿で教師然と感想を述べる。 同行していた丈 平次郎(ib5866)も甚平姿で決め、内心あれやこれやと楽しみにしていたのだが、屋台の軒をしばらく眺めて、ふうと一息ついた。 「…承知した。手伝おう」 何かを諦めた(?)ようである。 「祭囃子に惹かれて、わしもひとつ三味線弾いて回ろうかと思ったが迷子とな?」 しかも奉納の舞子とは大事である。 「なればなれば、手伝わせてもらうとするかのっ!」 べべんっ、と三味線で音羽屋 烏水(ib9423)が節をつける。見た目の年若さに似合わぬ口調の烏天狗である。 だが、子供らしい笑みでにかりと笑って依頼人の不安を吹き飛ばしていた。 「わがままになったのもわがままに出来ないことがあるからこそだとは理解しますが…。やはり、多くの人が楽しみにしているお祭りですし、その務めがあるからこその普段のわがままなのですから、早く見つけませんと…」 控えめに嘆息してシャンテ・ラインハルト(ib0069)がちらりと銀と角を見る。きらきら輝く銀糸のドレスで準備してきたのだから、お祭りに参加したいし、成功してほしいのだ。 「面目ねぇ」 「善処します」 二人が頭を下げ、捜索に協力してもらいたいと照葉の風体を伝える。 いわく、背は高くて黒髪をひとつに束ね、浴衣は白に紺の流水模様。見目は女性のように美しいとのこと。 「さして金子は持っておりません」 角が心配しながら、そう付け足す。 何かと誘惑の多い所へ紛れておいてそれでは、余り無事な気がしない一向。 「お祭りはいつ来ても楽しいよね。わくわく〜って血が騒ぐの。若君様も血が騒いでどっかいっちゃったのかな?」 気持ちはとてもわかるサフィリーン(ib6756)は、鮮やかな色のドレスをまとってきょろきょろと辺りを見回した。腰できゅっと結んだレースが軽やかに揺れ、迷子探しもどこか楽しそうである。 「今日は養生もかねて普通に夜店楽しもうって思ってたのに…」 仕方がないわねぇ、とアグネス・ユーリ(ib0058)が腹をくくった。こちらは濃紺の浴衣に月下美人が白で華やかに染め抜かれている。きりっとした色合いに、やわらかく曲線を描く花が彼女らしさをよく表していた。 「銀と角!若様の目について逃げられたら厄介よ。…そうね、浴衣か甚平に着替えて頂戴♪」 「そうだな。面もつけて、趣も紛れたほうがいい」 アグネスとヴァレリーが銀と角に格好を指南する。よくはわからないが捜索の為一も二もなく二人は承諾した。 捜索は、大通りとそれに交差する二本の脇道を捜索する班に分かれる事に決めた。内密に出来るだけ早く探したい。 手短に打ち合わると準備が出来た銀と角に、それぞれひょっとこと狐のお面をつけさせて、捜索を開始した。 ●夏祭りの罠 ずらりと左右を埋め尽くす露店、露店、また露店。軒を結ぶように提灯が並び、さんざめく祭りの灯りに、笑い声と楽しげな声が絶えない。 鼻腔に広がる醤油の香ばしい匂い。ふわと心に届く甘い香り。なにやら大当りと騒ぐ商売人の声。 興味津々な光景に、大通りを捜索するシャンテ、サフィリーン、烏水は、迷子もさもありなんと思った。 「きゃー♪ あれなぁに?」 「ほほう、やはり祭りの賑わいはよいのぅ」 サフィリーンと烏水が角を引っ張っては説明を求める。 「お嬢さん方はあたしの袖をお持ちください。坊ちゃんは前を歩いてください」 最初は大人しく随行していたが、はぐれそうで慌てて狐の面をあげ、角が引率係と化す。 「んー!あれもこれも食べたい♪…あ!向こうは何?」 「海老煎餅にそーすとかいうものを塗った駄菓子ですよ」 「きゃ〜それ食べたい!」 「わしも!それとイカ焼きとあと杏飴が食べたいのじゃ………いや、ほらあれじゃ、情報収集というやつじゃ」 はしゃいでいたのを、コホンと烏水が咳で紛らわせるが、次の瞬間にはシャンテと一緒に玩具の笛に釘付けになる。吹きこめばピーという音で派手な吹流しが広がるらしい。 「若様を……」 「カキ氷という吊るしがありますね」 目ざとく見つけるシャンテにサフィリーンと烏水の動きも止まる。暑い季節に氷室から運んできた氷を削って甘い蜜をかけて食べると聞いたことがある。 今は捜索中。 いや、しかし……! 心の声を聞いた気がした角は、輝く三人の目を見てちょっと銀の方の捜索に期待しそうになるのであった。 大通りに交差する一本目の道には、腰を掛け団扇でゆっくり寛ぐ店もある。 ちゃっかりと風鈴屋の隣には茶店があり、涼しげな音を愛で、行き交う人々を眺める風流人達。暮れてゆくほどに浮かび上がる、灯篭と提灯のやわらかな光が作り出す幻想的な世界。 だが脇道を行く銀にはそれを味わう余裕がない。 「グズグズしてはおれん」 揉め事はないか騒ぎはないか、四方八方落ち着かない。アグネスも聞き耳を立てるが、今のところ何もない。 それより、銀が血走っているので周囲も何事かと気になる。 「若様に見つかったら逃げられちゃうかも知れないんだから。はい、腕!」 「?」 苛々としている銀の左腕をとると、アグネスが自分の腕を絡める。 「暴走厳禁。……それにデートっぽい?」 妙案、とアグネスがくすりと笑う。 銀は戸惑いながらも、美人の腕を振りほどくのも…流石に野暮な気がしてされるがままに、少し横を向いて照れ隠しにひょっとこの面を被り直す。 ―――この状況で若様に見つかっても、説得やらできる気がしない。 角の方で若様が見つかりやしないかとちらと思った銀であった。 もう一本の脇道を担当しているのは、実は夏祭りを大いに楽しみにしていたヴァレリーと平次郎である。 そぞろ歩いて大通りを抜け、件の若様を注意深く探す。店先の冷やかしも余りできず、手持ち無沙汰な感じである。 元はといえば折角の夏祭り。 「…欲しいのか」 「いや…」 幾つか通り過ぎた林檎飴屋で、平次郎の視線の動きに気づいていたヴァレリーが切り出したが、遠慮がちに平次郎が答える。後でと決めた以上、言い出しにくい。 ヴァレリーは得心して、少し足を止める。 「ふん、手ぶらでは怪しいからな。カムフラージュに何か持っておくのもよかろう。店主、その真っ赤な飴を二つくれ」 毎度あり、の声と共に真っ赤な林檎飴が宝石のようにきらきらしながら平次郎とヴァレリーの手に納まった。 「………ありがとう」 感動しつつ、平次郎が礼を述べる。 「カムフラージュだ」 もう一度言いながら、すぐに食べるのが勿体無いような気がして、二人並んで林檎飴を手に歩き出すのであった。 ●若様いずこ?! 「頭がキーンってするよ?」 カキ氷を嬉々として食べていたサフィリーンが、急に襲った頭痛にぎゅっと目をつぶる。 「あれ、譲ちゃん達、初めて食べたのかい?」 「アル=カマルでは氷はすぐ溶けちゃうもの。初めて…!」 「はは、すぐ収まるよ。…さっきもいい年した兄ちゃんが同じことやってたなぁ」 店主が大事な氷に布巾と筵をかけながら笑っている。サフィリーンと店主のやり取りに烏水がピクリと反応した。 「そやつこの角より若い男かの?」 烏水も片手で頭痛を抑えながら、本来の目的を思い出して聞き込む。 「そうさな。見目は女みたいに綺麗だったけど、言葉はぶしつけで変な奴だった」 「その人、お金払いましたか?」 「ん? もらったよ。この袋から取れ、て財布ごと渡されたが」 「それって…」 シャンテが角を仰ぎ見た。角も思い至って店主ににじり寄る。 「若さ…いや、その男はどっちに行ったか詳しく教えてくれ」 カキ氷を手始めに、焼き鳥、焼きそば、飴細工屋。 露店を梯子してその度に払いにもめているようで、若様こと照葉の足取りは数珠繋ぎに追跡できた。 大通班は耳を澄まし、小競り合いが起きていないか確認する。 脇道班では、銀とアグネスがもう一往復していると、大通りに程近い射的屋で人山が出来ていた。 近寄ると、流水の模様の白い浴衣の若者が、空気銃を手に的を指して抗議している。 「当たったではないか、その人形をよこせ!」 「台から落ちないともふらさまは渡せないよ。しつけェな!」 「なら、もう一回!」 見物人は、ありゃ落ちやしないのに馬鹿だねぇ、と囁いている。 「さっきのが泣きの一回だ、金を払いな」 「金ならほら!」 若者は財布ごとずいと突き出す。 「その財布に残ってる金じゃ足りないよ。…あーあ、困ったな! まったく、どこの世間知らずだい!」 「世間知らずとは何だ、私はれっきとした冷泉宮…」 「はいはーい! お待たせ!」 大声でアグネスが割って入るとその口を手で塞いで、頭を撫でた。もがもがと照葉が暴れるが、ひょっとこのお面が近づいてくると、アグネスと共にがっしとその腕を掴んだ。 「?!」 誘拐かと照葉は銃を取り落として抵抗する。ひょっとこと美人に知り合いはいない。 荒事かと周囲の客も注目していると大通班がその流れをかきわけて合流した。 今度は狐の面の男と見たこともない楽隊が加わり、照葉の周囲ににこやかに愛想を振りまき始めた。 「うちの一座の仲間がごめんなさい♪」 「祭りの夜にはちと羽目が外れるものじゃ、勘弁くだされ」 ぺけぺんっとかき鳴らす烏水の三味線にサフィリーンが可愛らしく舞ってお辞儀をする。 「許してやってね」 捕獲劇などなかったようにアグネスが艶っぽく笑むと、店主が文句を言うはずもない。 「若様!」 その間にずるずると店から剥がされて、樹の下でひょっとこと狐に覗き込まれる照葉。提灯の明かりに面が揺らめいている。 「サァ、行きやしょう!」 「何だお前達!」 「何だはないでしょう」 状況として、互いの主張がかみ合わないのは当然であり、見かねたシャンテが口笛で気分を鎮めさせながら傍に寄る。 「銀様、角様、お面を取ってください。照葉様、お二方は舞台の前に貴方を探し出そうと必死だったんですよ」 夏祭りに来ていた開拓者が捜索に協力していたことをシャンテが説明する。 丈太郎とヴァレリーも仲間から発見の連絡を受けて合流すると、皆が楽しみにしている舞台を務めるよう照葉を説得する。 照葉も不貞腐れていたが、段々責任を感じた顔に戻っていく。 「すまなかった……楽しそうで、つい仮病を」 「日頃から、一人前の大人として振舞っていれば彼らも信頼して好きにさせてくれるのだ。騙して逃げるなどしていては信頼は得られんぞ」 びしっとヴァレリーが林檎飴を突きつける。 言われている内容はもっともではある。 しかし、よくよく全員の格好を見渡すと、あれ?と照葉が気づいた。 「……銀、角。お前達のその格好…」 「こ、これは変装でして」 「その女性は?」 「あら、風鈴ひとつ買ってもらっただけよ」 ふふ、とアグネスが硝子の風鈴をちりりんと鳴らす。 「―――ずるい! 僕も祭りを楽しむぞ」 「舞台が…」 「間に合えばいいだろう」 銀と角をかわしてダッと脇をすり抜けようとすると、ぬうと大柄な影が遮り、照葉を押しとどめる。 「あまり身近な者を心配させない方がいい、ワガママも程々に、な」 平次郎がそう照葉を諭す。 「若君様の分だよ、ほら」 サフィリーンが二つ買ってきた焼きとうもろこしを、笑顔でひとつ差し出す。 「焼きとうもろこしはまだでしょ?」 「こんな時でしか食えんじゃろうし、どうじゃこれもひとつ♪」 烏水も自分の杏飴を分けてやった。 戸惑いながらも、それらを受け取る照葉。 「遊びたくなる気持ちもわかるわ。でも今みたく、お金も持たずにフラフラしているのは勿体無いのよ?」 「舞台まで一緒に店を見て回ろうではないか。それなら互いに心安くおられるしのっ」 アグネスと烏水が一緒に祭りを楽しもうと提案する。銀も角もこれだけのお付がいれば安心である。 かくして、全員で舞台へと続く大通りへと繰り出した。 ●夢の住人 「見ておきたまえ。その出目金も獲る!」 「え?! 無理だよ!」 意外にも波長が合うのか、金魚すくいで白熱するヴァレリーと照葉。盥にはもう沢山の金魚が泳いでいる。 ヴァレリーはポイを片手に、優雅に泳ぐ出目金をじっと見る。泳ぐ軌跡、浮上する瞬間、すべては勝利のために。 「ここだ!」 薄く水面をそぐようにポイが赤く輝く軌跡を描く。 勢いよく水面から左斜め上に捻って持ち上げたポイの上には、出目金が居た。 おお、と客もどよめき、店主がぺちんと手で額を打った。 「すごいな、ヴァレリー!」 照葉も大はしゃぎで拍手をしていると、もぐもぐと上機嫌で林檎飴を食べていた平次郎がいやな予感に顔を曇らせる。 やがて、いつまでたっても同じポーズを決めているヴァレリーのポイから、出目金が跳ね回ってポチャリと水槽に落ちた。 「…付き合わせてしまってすまんな」 平次郎が片方を支えながら、もう片方を担ぐ照葉に話しかける。 間で支えられているヴァレリーは、 「一人で立てる! 立てるに決まっているだろう!」 とまだ主張している。 腰を痛めたと聞き、可笑しくて照葉はまだ笑っている。 皆で揚げ芋を分け合ったり、おかめの面をねだったり。 一人で回るより、照葉は何十倍も楽しかった。 だが、そろそろ刻限だ。 祭りの囃子が変わり、舞台のすぐ傍まで来ると、照葉の表情が変わった。角の言葉に頷くと舞台の袖に開拓者達を案内させた。 銀と角が頭を下げ、三人一緒に歩きかけたと思うと照葉が駆け戻ってくる。 「旨かった。楽しかった。―――来年もまた、来てくれ」 約束だ、と名残惜しそうに皆と指切りをして笑顔で別れた。 太鼓の音がドンと腹に響き、拍子木が祭りの空気を一瞬引き締める。 奉納の舞が行われる合図。 シャンテの笛が神聖な舞の幕開けへ誘うように囃子に華やかさを加える。 一層大きく篝火がはぜ、夏の夜を焦がしながら、舞台へと明かりを投げかける。 (わしもああした舞台で演奏してみたいものじゃのぅ。精進精進) 烏水は三味線に舞台を見せてやるように大事に構えて、うずうずとしながら眺めていた。 真っ白な装束にぬばたまの髪を結い上げ、扇とその組紐を手に涼やかに照葉が現れる。 人々の感心を集める所作は、無駄がなく流麗で、美しい奉納の舞に誰もが心を奪われた。 先ほどまで大声で笑っていた若者とは思えまい。 夏祭りのトリを飾るにふさわしい舞であったと、祭帰りの人々の口にのぼった。 照葉の失踪は誰にも気づかれず、奉納の舞は観るものに感動を与え、無事、夏祭りは人々の記憶の中で美しい思い出となった。 そして来年の夏、また逢うことを夢の夜の住人達は約束したのであった。 |