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■オープニング本文 これだけのちっぽけな筐体に何が入っているのか。 何度も蓋を開けては閉めて、誰もが中に入っているものを確かめる。 櫛型に細く切れ込みが入った金属の板と不規則に並んだ突起を配した円筒。たったそれだけの粗末なぜんまい仕掛けの玩具。 僕を最初に大事にしてくれたのは小さな手だった。それから幾人もの手を経て、ぬくもりを覚えた。 抱きしめられたことも、涙を受けたこともある。投げつけられて壊れかけたことだって。 それでも僕にできる事は、何度も何度も同じ歌を歌うこと。 ぜんまいの切れるまで、たった一つ覚えている歌を聴かせること。 どれだけ忘れられてもなお、手にしてもらった誰かのために歌うこと。 愛しているよ、愛しているよ。 泣かないで。思いだして。傍にいるよ。 言葉は話せなくても、気持ちを覚えているんだ。 君に贈られたそのときから、君を愛している。 ピン、と弾くような高い残響を残してぜんまいが切れ、自鳴琴(オルゴール)が止まった。 大の大人が両手で持てばすっぽり収まるような猫脚つきの小さな木箱。 蓋の表面には美しい牡丹の花が彫刻されている。それをそっとしわがれた手が撫でた。 「はい、おしまい」 「えぇー!もう一回!もう一回聞きたいよ。ばば様。ねぇ?優奈」 「うん。優奈も優輝と一緒。もう一回それ聞きたいの!」 祖母の枕元でねだる子供達は飽きることなく演奏をせがむ。 「何回も聞いたからねぇ、この自鳴琴も疲れちゃうよ?」 今日はもう休みなさいな、と双子達の祖母はやさしく言って頭を撫でた。病でふせっている祖母が疲れたようなので二人は仕方なく部屋を出る。 しかし、ある日いたずら心に火がついて、祖母が寝ている間にそっと忍び込んで箪笥の奥から自鳴琴を無断で持ち出してしまった。 祖母のまねをして、キリリ…と箱の裏の固いねじを巻き蓋を開けると、美しい歌を奏で出す。 屋敷の裏口で二人でうっとりと聴いていると近所の子供達がそれを見つけた。 「へぇ、おもしろいじゃん、貸せよ」 「だめだよ、ばばさまの宝物なんだから!」 「じゃあなんでお前らが勝手に持ってるんだよ。いいから見せてみろよ」 「…ばばさまに借りたんだもん。いいんだもん!」 「借りたなんて嘘なんじゃないのか」 「ははぁ。きっとそうだよ、こいつら勝手に持ってきたんだぜ」 口ごもる双子の表情に、荒っぽく小突きながら絡む悪ガキども。 「違うよ! 僕らが借りたんだ」 「借りたんだもん…」 優奈(ゆうな)が兄の優輝(ゆうき)の背に半分隠れながら自鳴琴を隠そうとしたが、体格のいい子供の一人がそれを掴んで取り上げる。 「返して!返してよ」 「ちょっと借りるだけだよ!」 「返せってば!」 「おい、なんだチビのくせに!」 小さな子供達の手から手に自鳴琴が渡り、わあわあと騒がしく子供達が取っ組み合いを始める。 やがて自鳴琴は手から弾かれて地面に落ちる。 「あ!」 優輝が拾おうと駆け寄ろうとしたところに荷車が通る。重い車輪が自鳴琴を踏んで破片が散るのが見えた。 「自鳴琴が…ばばさまの自鳴琴が…」 あぶねぇぞ!と荷車を引く大人にどやされる声も聞こえず、二人は壊れた自鳴琴の破片を集めた。 「あーあ、しーらね、っと」 もはや壊れた自鳴琴に興味など無いように、青ざめる二人をからかいながら、近所の悪ガキ共は台風のように去っていった。 「どうしよう…」 「壊れちゃった…」 しゃくりあげながら、二人はつき合わせた膝の上に拾ってきた破片を拡げ、風呂敷の中に一つ一つ大事に入れた。木箱は壊れ、金属板も歪んでいる。とても子供の自分達に直せそうもない。同じものも近所の店に売っていない。 祖母には、到底言い出せなかった。 数日間悩んだ末、優輝と優奈は手を取り合ってギルドを目指した。大人たちが困ったら開拓者に頼めば何とかしてくれると言っていたのを思い出したのだ。 「…直して欲しいってお話はわかったけど…開拓者達を雇うのはお金が要ってね…」 ギルドの職員は、手をつなぎあって心細さに耐えながら必死に願い出る双子を痛ましく見ながら説明する。 「駄目? これだけじゃ駄目?」 受付台に置いた二人の小遣いは、とても足りるものではない。 受付嬢が困ったところに、そっと別の職員から紙片が回ってきた。それに目を落とすと、受付嬢が微笑を浮かべる。自鳴琴の入った風呂敷を改めて二人に持たせてやった。 「奥へどうぞ。依頼を詳しく聞きましょう」 不思議そうに思いながら、優輝と優奈は促されるままに奥へと進んだ。 受付嬢の持った紙片には、二人の祖母と名乗る人物からの伝言があった。 『もし、壊れてしまった自鳴琴を持った子供が現れましたら、直してくださるよう依頼を出してやってください。そして、できましたら、その自鳴琴をもとに、孫たちのものを二つ誂えてやってくださいませ。僅かですが依頼の報酬はこちらでお支払いします。そしてこの事は子供達に内密に…』 持ち出して、返ってこず、塞ぎこんでいる様子などからして祖母にはお見通しだったらしい。 「きちんと謝れるといいわね」 ふふ、と自分の子供の頃を思い出したのか、受付嬢は緊張しながら手をつないで歩いている二人の背中を見送ったのである。 そうして、ギルドに自鳴琴の修復(と複製)依頼が貼り出されるのであった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●ギルドからの使者 揃って同じ顔をした幼い子供達が上りか框(かまち)に腰掛けている。ご飯もそぞろに食べ、朝からずっと同じ格好で玄関を見つめている。 「今日はどうしたんだい?」 「ばば様は休んでて!僕達でお客様が来たら出るから」 「お客様? はて…今日はなにかあったかしら」 慌てて優奈が優輝の袖を引っ張った。しまったという顔をした優輝が急いで首を振る。 「なんでもないよ。友達が遊びに来るんだ」 「―――そうかい。気をつけて遊んでおいで」 肩の羽織を直して、二人の祖母の彰子はゆっくりと屋敷の奥へと消えた。それを待っていたかのように、ガヤガヤと声が聞こえて二人がぴくんと背を伸ばす。 「開拓者の人達だ!」 「ばば様に内緒に外へ行こうね」 二人は草履を履きながらそろりと迎えに出たのであった。 「こりゃまあ、派手に壊れたなぁ…」 双子が広げた風呂敷の中身を覗き込み、ジルベール(ia9952)が嘆息した。木片は接着だけでは修復できない破損だ。さぞかし愛着があったろうにとジルベールは残念に思いながら、猫脚部分を摘まんで細工を調べる。 「おばあさまと同じ時間を過ごした部品だけでは直せないから、すっかり同じにはしてあげられないの。それでも…いいかしら」 曲がってしまった櫛歯を手の上に乗せながらフェンリエッタ(ib0018)が尋ねた。 優輝と優奈は元通りにならないと諦めていたので、縋るような眼差しだ。 「大丈夫、これならきちんと直せるから、もうそんな心配そうな顔しなくていいよ…でもお婆ちゃんにはきちんと謝らなくちゃなんだぞっ」 頭をぽふぽふと天河 ふしぎ(ia1037)に撫でられながら、うん、と双子はやっと返事をした。 さて、修復を…と取り組みたかったが、替えが必要な部分の調達と、双子の祖母から別に秘密に受けている依頼もある。色々材料を集め、試作するとなると場所も必要だった。子供達が引っ張ってきた裏路地だけでは作業できないだろう。 「なぁに、拙者らに任せておけば万事解決でゴザルとも。今日のところはこれを預かるでゴザルよ」 向井・奏(ia9817)が数日後に集合しようと目配せをし、そっと包みを預かると、優輝と優奈がほっとして戻っていった。 そんな顔合わせから数日後――― 閑散としていた屋敷に大人の声がする。双子が遊びに出る隙に開拓者達は入れ替わり立ち代わり祖母の彰子を訪ねていた。初め、彰子は開拓者の訪いだとわかると何も聞かず「そうかい。壊れたんだね」と静かに笑った。 複製の依頼の詳細を聞くと、音も出るだろうから友人の蔵を借りて、そこで作業をしたらいいと彰子が手配をしてくれた。 「壊れてしまったのは残念だけど、私が怒るより、謝ろうという気持ちを持たせることが大事だしね…それに譲ろうにも、一つしかないから、皆さんにお願いしてあの子達の分をと思いましてね」 「亀の甲より年の功。いい話じゃねぇか。思わずプロポーズしちまいそうだぜ、グランマ!」 喪越(ia1670)がポーズを決めてバチーンと片目を瞑る。 「あらまぁ。面白い方」 一瞬、きょとんとした後、彰子もふふふ、と可笑しそうに笑う。 「にしても、宝物ねぇ。グランマ、こいつにはどんなドラマが秘められているんだい? 聞くだけ野暮ってもんかもしれねぇが」 「………自鳴琴には思い出しか入らないからねぇ。ちっぽけな話だよ」 喪越の問いに、少し恥ずかしそうに、彰子が微笑んだ。 「これから直すのは形だけじゃないから、教えて欲しいな」 ふしぎが少し身を乗り出すようにして話を促す。 「形ある物は失われますが、一緒にいたいって思った想いは大切にしたいです」 ふしぎのあとにカメリア(ib5405)も両手を合わせて話の先を聞きたいと言う。 本当に?と彰子は前置きをしてから、ポツリと話し始める。 「……どうしようもない恋心、だったかしらね。親の反対でどうしても一緒になることが出来なかったけど、その人が旅立つ時、唯一くれたのがこれでね。二度と会えないと泣いた日も、そのあと、縁談が決まった日も自鳴琴を捨てようとしたのだけど…。旦那様になった人は優しくて、勿体無い人だった。私がそれを持っていても、捨てろといわず―――嫌ね、これくらいにしましょう」 途中でパタパタと手を振って彰子が取り繕う。 「いろんな方の思い出が詰まっているのね」 フェンリエッタが心に仕舞いこむように胸を押さえた。大切な時間が思い出せるよう、自鳴琴は壊れたままでは駄目なのだと改めて思う。 「あの二人、きっと謝ってくれるんとちゃう? ええ子たちやもんな」 大切なものを双子の成長のためにと差し出した彰子の心に、ジルベールが寄り添うように言って笑みを浮かべた。やりがいのある仕事だ。 開拓者はまた来ると彰子に告げ、それぞれ自鳴琴作りに決意を込めたのであった。 ●この世界から 「お手本にオルゴールを持ってきましたので、正しい仕掛けはこれを見て、設計図を起こしましょう」 メグレズ・ファウンテン(ia9696)が抜かりなく持ってきた『安眠オルゴール』と壊れた自鳴琴を見比べる。 大きくは、突起のついたドラムと、金属板の櫛歯、薄い金属板のぜんまいを用意し、あとそれを納める木箱を用意しなければならない。 彰子の自鳴琴の寸法、デザインを子供達の記憶と合わせながらメグレズは線を引いていく。そこへそれぞれの部品を担当する開拓者が気づいたことを書き足していった。 「これでドラムが回転して、突起がこの櫛歯を下から上へ弾くんだな。動力は巻きねじと連動の…ぜんまいバネか」 うん、と納得する。普段からグライダーなどの整備をしているふしぎはカラクリが得意だ。微細な部分を弄るために持参した道具を広げ始めた。 「突起が沢山あるけど櫛の歯の当たる所に無いと意味が無いようでゴザルな…櫛の数が23あったでゴザルよ」 「そうか、弁の数も気にしないきゃ。音を奏でるのに大事だね。ありがとう、奏」 「い、いや、恥ずかしい姿はみせられないでゴザルから!」 言ってからあわわと口を押さえ、頑張るでゴザル!と奏が言い直した。 「材質…これは楓かな。傷はつきやすいけど彫りがあるから柔らかめの素材にしたんか…」 「こちらの安眠オルゴールはくるみのようですが、彫刻するならそうなるでしょうね。あと、湿気や乾燥からの割れに配慮するなら、無垢材ですか」 「せやな」 メグレズとジルベールは両方の木箱を見て、同じ一本の木から板を切り出す無垢材が調達に必要だと判断する。 「木箱に固定するネジの締め方や櫛とドラムの角度・距離なんかで音が変わりそうですね」 手で持って櫛歯を爪で弾いても、自鳴琴独特の音の響きが出ないことにカメリアが気づいた。あの胸がきゅうっ、となる音には遠い気がする。 「試行錯誤しかないですか……あら、お絵かきですか?」 「牡丹の絵がどんな雰囲気だったのかな、と優奈ちゃんに描いてもらってます」 フェンリエッタがカメリアの声に顔を上げて返事をする。蔵から失敬した木箱の上に紙を置いて、一生懸命優奈がそこで絵を描いている。 「お花は二つ並んでてね、右側に寄ってたの…」 大胆な絵筆ではあるが、おおよその図案は推測できた。子供達にも修復に参加してもらおうと開拓者達は考えていたのだった。 「…えーっと、あと技師さんにぜんまい、と」 「琥珀にーちゃんまだぁ?」 「も少し。しっかりしろよな。優輝」 買出しの紙片を確認しながら、集中力の途切れた優輝を羽喰 琥珀(ib3263)が引っ張って歩かせる。 「俺達が直すんじゃなく、自分達で直したいよな?大丈夫だって、失敗しないよーにちゃーんと手伝うからさ」 「はぁい」 足が痛いだのふてくされ初めていた優輝がそういわれて前を向く。材木屋でも喪越と琥珀が一生懸命探してくれていたのを思い出す。まだ始まったところだ。 「いっっやぁ、もうチョイ、値切ってもよかったかぁ!でもま、あれだけ値切れば満足だぜ。まがいモン掴まされんのもヤだしな」 そんときゃ乗り込むけどな!といいつつ、喪越が成果を背に担いで上機嫌である。金属板は港の修理工で櫛歯やドラムのために薄くて軽いものを仕入れ、材木屋では注文どおりの年季ものの楓が見つかった。値が張ったが商人魂が騒いで見事勝利した。 人形屋にカラクリのぜんまいを扱う技師を紹介してもらった琥珀は、ぜんまいバネを見せて点検してもらった。壊れてはいないが、長年使ってぜんまいが伸び気味らしい。 「っつーわけでさ、力貸してくんねーか?あ、このことは秘密なっ」 ぼそぼそと経緯を技師に話し、巻きを強くしてもらうのと、自鳴琴用に同じ物をあと二つ都合してくれるように満面の笑みで頼んだ。 「無理言ってるってのはわかるけど、そこをなんとか、な?」 お願い!とパンと手を合わせて拝み倒す。そろりと琥珀が薄目を開けると技師がしょうがないな、という表情になった。 「おっちゃん、ありがとな!」 先にお礼を言ったもの勝ち。ニカリと琥珀が満開の笑みを浮かべた。 双子が居る時に彰子の自鳴琴を直すと、必然、夜になって双子の自鳴琴を作る事になる。 それでも、新しい物を作るのが楽しく、開拓者達は連日夜遅くまで根を詰めて作業していた。 中央の木箱の上にあるメグレズの設計図にはびっしりと書き込みがあった。図案のための草花や本が並び、使い込んだ道具と試作品が転がり…まるで何かの工房のようである。 「お疲れ様です。お茶淹れましたのでどうぞ」 フェンリエッタが針をおいて、休憩にワッフルとお茶を配って回る。 木に風合いを出してやる為、糠袋と荒縄でジルベールが磨いている。彫りを細かくしたるところは特に慎重に扱った。自鳴琴の旋律を口ずさみながら作業していると、子供達はそれが『故郷』と云う唄だと教えてくれた。 ふしぎは聴覚を活かし、曲を耳で聞いて覚えて、小さなドラムに突起を配置していた。鏨で刻んでみたり、裏から打ち出してみたり。ちょっとした取りはずしも小さい部品は大変だが、『夜』を使って難なく作業できた。 「奏、ちょっとそっち押さえてて…あの子達やお婆さんの為にも、頑張ろうね」 ふしぎが奏ににこりと笑う。 「自鳴琴の肝になる部分でゴザルし、気をいれて挑まねば」 奏も頷き返すと、ふしぎの作業を手伝おうと一生懸命である。 「本当にあたる角度で音が違うのですねぇ…」 カメリアは試作のドラムと櫛歯の角度と距離を調整している。ほんの少しずれただけで響きが違う。メグレズの持ってきてくれた自鳴琴とにらめっこである。銃の手入れは好きだが、この調整は初めてで骨が折れた。 そうやって、それぞれが分担した部分で苦労しつつ眠い目を擦りながら交代で彰子の元へも通っていた。 双子の生い立ちを聞き、双子と接し、開拓者たちは自鳴琴の曲と図柄を決めたのである。 ●世界が君を愛してる 「彰子さん、こんにちは。体の具合はどないや?」 「いつもありがとうジルベールさん。まぁ、梅ね。そんな時期なのね」 「今日はやっとお届けできるようになりました」 メグレズが報告すると、彰子が口元に手を当てて息を呑んだ。フェンリエッタが、おずと彰子の古着で作った色違いの巾着を取り出す。 「優輝くんと優奈ちゃんの分です…二人の為の、大切なものになりますように」 「まあ…まあまあ」 起き上がった布団の上に巾着から出してそれを並べると、彰子が涙を浮かべて礼を述べた。生まれたての二つの真新しい自鳴琴は、歌い主を探してきちんとそこに佇んでいた。 (せーの、) 「「ごめんなさい!ばば様」」 木箱を新しく作り変え、櫛歯をなおした自鳴琴を彰子に渡し、優輝と優奈が頭を下げた。ちらりと後ろの開拓者を見たが、琥珀が頷く。そのまま勇気を持って続ける。 「勝手に借りてごめんなさい…壊しちゃったの」 優奈がくしゃくしゃになって泣く。 「ごめんなさい。黙っててごめんなさい…」 優輝も我慢していたが、優奈につられて泣き始める。胸のところにつっかえていた気持ちがどんどん溢れてくる。 「…もういいよ。こうやって皆で直してくれたんだ。ばばは怒ってないよ? よく、謝れたね。本当のことを言わないのは苦しいとわかっただろ?」 二人が手伝ったという牡丹の柄をそっとなぞる。 彰子が元の形とそっくりの自鳴琴を見て、此処に居る皆が心を注いでくれたのかと思うと怒り様もなかった。 代わりに、開拓者を見回し、二つの巾着をそっと与えた。 「わぁ!」 双子が手にしたのは、同じ猫脚付きの自鳴琴。蓋の絵柄は、優輝が連翹(れんぎょう)、優奈が寒椿。 二つを並べると、一対の絵になるように彫刻されている。それでいて、続きの絵柄になっていた。一目で気に入った二人をみて、メグレズがほっとした。 キリキリとねじを巻いて、柔らかな曲線を描く蓋を開けると、ポロンポロンと二人の子守唄が流れた。春よ来い、と両親の帰ってくる春を待ち歌う。 主旋律がそれぞれ重音になっても互いの伴奏になるよう編集されている。フェンリエッタが曲を起こした自信作であった。 「ありがとう!」 「大切にするね!」 さっきまでの涙はどこへやら、それを抱きしめる。自分だけの自鳴琴が出来て、二人は嬉しそうだった。作る苦労を見ていただけに、嬉しさは一入だ。 「開拓者の皆さんへお礼を言って。作ってくださったのよ」 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」 「…あと、見せなきゃいけない人がいるでしょう?」 彰子がカメリアとこそりと笑みをかわした。子供同士とはいえ…子供同士だから後味の悪さは同じ様に感じているのではないかとカメリアと話をしていたのだ。 「――――…! …行こう優奈」 「うん。ばば様。行って来る」 双子は思い当たったのか、巾着に大事にしまって携え、屋敷を後にする。 悪がきどもに壊された、と言わなかっただけ、あの子たちなりの仲直りの仕方がまだあるのだろう。 自分の自鳴琴なら、胸を張って貸してやれる。 「どれ、皆さまに直していただいた自鳴琴…」 二人の自鳴琴を聴いて腕前は疑いようもなかったが、彰子は二人を見送って、自鳴琴のネジを巻いた。 ふしぎと奏が緊張しながら、その様子を見守っていた。 双子と八人の開拓者の手を経て、甦った声。 ことり、と置くとあの旋律を歌いだす。 「………お帰り」 それを聴いて全員が安堵した。彰子は満足げに目を閉じた。 失われた歌が、力強さを増して甦った。 少しくらい新しくなろうとも、思い出は変わらない。 欠伸が聞こえる朝日の下。 ふと独り空を見上げた黄昏時。 愛しいあの人の温もりを感じた闇の中。 あなたはいつも同じ歌を歌っていた。 (けれど、繰り返されるその歌が、全く同じだった事はないのよ。) 泣きながら、笑いながら、いつも同じ歌を口ずさんでくれた。 お帰りなさい、待っていたわ。 あなたの生命(いのち)の歌は、今日もこの世界に響いている。 |