願いたるものへ
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/14 18:56



■オープニング本文

 一瞬、自分を疑った。

 音も立てずに容赦なく打ちのめされ。
 そして、己の内から代わりに剥ぎ取られるような。
 その感情の起伏が何か、を探るより。
 そんな感覚がおかしいのだ、と。
 疑った。
 だが。
「――――――‥」
 何度、固く瞼をつぶっても、願っても、まだ温かいその手に力は戻ってこない。
 やがて襲い来る悲しみに、少年はどうしようもなく、すがるように両手で男の手を握り締めた。
「‥‥‥お師匠‥お師匠―――ッ!」
 地に横たわるのは、師と仰ぎ、父のように慕った男性。
 腹を抉る大きな傷と大量の出血がその身体から生命まで抜き取った。
 男は下半身を朱に染めながらも、倒れるその瞬間まで、符を打ち続けたのだ。
『‥‥君は何も‥見ていない‥‥何も聞いていない。‥‥‥いいね‥‥?』
 アヤカシから守り抜いた己の年若い弟子を見て、ほっとした顔で最後にそう言った。
 少年が村の人々を誘導して砦から戻ったときには、彼の尊敬する師匠はただ一人でアヤカシを撃退したのだ。
 辺りに転がるアヤカシの死体は瘴気となって、風に散っていく。
「‥‥無茶するなっていつも俺に言ってたのに‥ひどいよ。―――よくない‥よっ。こんな‥‥」
(何もかも嘘だ)
「‥‥俺、何て言えばいいんだよ‥‥! 皆に‥なんて‥」
 長屋の人たち。師匠の友人。浮かんでは消える明るい笑顔が、悲しみに歪むかと思うと胸が締め付けられる。
 どんどん、師匠の手からぬくもりが消えていく。
 つなぎとめられなかった名残がすうと尾を引いて霧散していく。
 死んだのだ、と。
 そう思考が言葉を結んだとき、少年が声を上げて泣いた。


「気の毒に。要‥」
「そっとしておいてやりなよ。唯一の家族を亡くしたんだ」
 じっと部屋の端で足を抱えて顔を伏せている要(かなめ)を心配して、近所の者達が覗き込む。
 ここ数日、差し入れた皿にも手がつかず、かける言葉も見つからない。
 時間が止まったように、ただ血が乾いて黒く染みがついた符を握り締めている。
 向かいの姉やが新しい差し入れと取り替えると、その後ろから禿げ頭が覗いた。
「おう、ボウズ」
「よしなよ、じっさま!」
 要を揺り動かす祖父の行動に、慌てて孫娘が止めようとしたが、それを振りほどく。
「飲まず喰わず、泣いてばかり。干からびて死んじまうだろ。‥ほれ、頭上げろ」
 節くれだった手でごつ、と要の頭を小突く。
「‥‥‥‥いい」
 やっとの大きさで、要がそういうと、今度こそ、ゴンと思い切り頭を叩かれた。
「―――った‥‥ッ!」
「ガキが! 皆が心配しとるのはお前じゃ! おちおち正宣の思い出も語れんわ!」
「‥‥‥放っといてくれていいって! 師匠の‥思い出ってなんだよ!」
「死んだものは仕方なかろう!」
 一喝されて、要が身体をこわばらせた。
「‥‥志体持ちとして、立派に村を護って死んだんじゃ。お前が認めんでどうする」
「もう開拓者なんかじゃない。お師匠だって、逃げてよかったんだ。皆と一緒に逃げていれば―――」
 搾り出すように言った言葉は、何度も何度も後悔した結果だ。
 村を襲ったアヤカシの群れ。
 助けを求めにいく暇さえなく、要と一緒に村人の避難を誘導していたが、後で合流するといって踵を返した―――。
(あの時、一緒に居さえすれば、止められたかもしれない)
 卑怯者になっても、臆病者になっても、止められたかもしれなかった。
 だが、叶わないと知って何度も唇をかみ締めた。
「‥のう。要。正宣がそんな言葉を聞くような男じゃったかは、お前がよう知っとるだろうに―――」
「‥‥‥‥‥仇を討つ」
「なんじゃと?」
「取り逃がしたアヤカシの群れの『カシラ』を討つ」
 あれは、馬ほどの大きさもある銀毛、金眼のオオカミだった。
 群れなすアヤカシが正宣に次々と切り刻まれていく中、最後にそれは現れた。
 長い牙で正宣の腹を深く抉り、その血を浴びながら悠然と立ち去った。
『‥‥君は何も‥見ていない‥‥何も聞いていない。‥‥‥いいね‥‥?』
 脅威となるアヤカシの存在を、正宣は口外するなと言いたかったのだろうか。
 仇討ちなど考えるなと言いたかったのだろうか。

 だが、志体を持つものの宿命だった、と記憶の中で笑って言うのなら。
 この手に、アヤカシを討つ力を。

 ふらりと立ち上がり、要は初めてギルドを目指したのであった。





■参加者一覧
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
龍水仙 凪沙(ib5119
19歳・女・陰
瀬崎・小狼(ib7348
15歳・男・砂


■リプレイ本文

●志を持つもの
 銀の毛並みを持つアヤカシが出没する。
 その特徴は月並みなものではなく、時期を同じくする討伐依頼の連続に、ギルドもすぐに同じアヤカシだと特定した。
 馬ほどの大きさのある狼を討ち果たすため、依頼者の要が陰陽師見習いであるということもあり、ギルドからも情報が提供された。
 『鏡松』(きょうまつ)という村が警戒している。近くの村が軒並みやられたそうだ。
 要達は自分の暮らす村から離れ、その村に出向いた。
「瀬崎です‥宜しくお願いします」
 鏡松に入ると、長の家に挨拶をしにきた瀬崎 静乃(ia4468)が一礼する。心細さに夜の会合で集まってきていた村人からも安堵の息が漏れた。開拓者が来たのだから大丈夫、と口々に励ましあっている。
「大事な恩師の敵討ちだ、協力するのはやぶさかじゃないぜ。だけどあくまで冷静にな」
 開拓者側の一員に加わるような形で、話を聴いていた要にクラウス・サヴィオラ(ib0261)がそっと呟く。
「‥きっと成功させる」
「焦って失敗したんじゃ元も子もないだろ?」
 緊張している要の背中をぽんと叩いてクラウスが笑みを浮かべた。
「‥わからなくはないんだ。だけど」
 そこで言葉を切ったのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)。二人のやりとりをじっと眺めている。要の細い背筋に、緊張と責任感と怒りがない交ぜになっているのがわかった。
 開拓者として戦ったことのない要に、言葉を尽くしても今は届かない気がしたアルマである。
「そうですか、‥お師匠さんを」
 被害も出ていない村に、一番に開拓者が駆けつけてくれた事を疑問に思っていた村長が、事情を聞いて気の毒そうに要を見た。
「アヤカシの『カシラ』は必ず討ちます。必ず」
 握りこんだ掌にあるはずの志を確かめるように、静かに要が返答した。


 村の周辺を調べて地形を把握すると、夜は奇襲に備えて、一番集落の外側の小屋を借りた。
 もしアヤカシの襲撃があれば、村人には決めておいた避難先へ集まるよう指示しておく。
 バラバラな方向に逃げては、餌食になるし、守ろうにも混乱をきたすためであった。
「気持ちはわかりますが、私と静乃さんの側を離れないでくださいね?」
 揺らめく蝋燭の灯りを見ながら、繊月 朔(ib3416)が要に念を押した。
「わかってる‥俺が一番足手まといなんだってことは」
 要が苦笑して懐の符を押さえる。
「師匠の仇討ち、か‥」
 自分の記憶を探った雷・小狼(ib7348)が偃月刀を肩に預けて感慨深げに言う。大事なものを守るために立ち向かうことは誰にでもあるのだと思った。
 要が思う方向へ手を貸してやる事が今の開拓者にできることだった。
「手伝うぜ」
「うん、ありがとう」
 肩に置かれた小狼の手に改めて要は礼を述べた。
 きっと一人では無理かもしれないが、死んだ正宣のように、一人でさえ立ち向かわなければ倒すことができるのだと、要は信じきっていた。


 まんじりともせずアヤカシの襲撃を警戒していたが、夜が明け始めた。
 透明でけざやかな光が集落に輪郭をもたらす。
 黎明の時間。辺りは蒼く浮かび上がる。
 村人の誰かが、逃れられたと息をそっと吐き出した―――のを聞き届けたかのように。
「!‥来ましたね」
 朔が見つけた。
 静乃が瘴気に反応した。
 龍水仙 凪沙(ib5119)も顔を上げる。
 四つ足が駆け寄る音がする。
 ただの獣ではないことは、肌に伝わる幽かな瘴気が教えてくれる。
 要には感じきれない。
 静乃が呼び笛をくわえて間をおいて三度吹く。襲撃の合図だった。村人が一斉に木戸を閉め、バタバタと動き始める音がする。
「やはり来たか」
「ここで正解だったぜ!」
 クラウスと小狼が外に飛び出した。
「‥アヤカシ‥」
 要が立ち上がる。
「要君は後衛。仲間と戦うときの陰陽師はね」
と言って凪沙が懐から『呪殺符』を取り出す。
「冷静に判断して、戦いが有利に運ぶよう支援することが真髄なのよね―――」
 見習いの要の手にその符を押し付けた。貸してくれる、ということらしい。
 礼を言おうと要が目を上げると、凪沙がもう飛び出していくところだった。
 慌てて続こうとすると、アルマが立ちはだかった。
「‥‥アルマさん?」
「要ちゃん」
 いきなり、アルマがくいと帽子を跳ね上げると、要の頬を左右にぎゅうと引っ張って離した。
「‥な‥」
にするんですか、と言おうとして真剣なアルマの表情に気づく。
「いいかい、ひとつだけいっておく。復習のためだけの力は、削って燃えて自分を殺すんだ。力は欲しいよ、誰だって‥だけど叶えるため力を使い切って君が死んだら何にもならない。目的のために忘れちゃいけないことが‥あるんだよ」
「‥‥‥‥」
(俺が、死んだら?)
 想像もできなかった。置いていく方のことなど。
「―――今ので、加護結界、張っといたから。先に行った皆を追わなくちゃ」
 ころりとにこやかな顔になって、アルマが三人を探しに行った。
「大丈夫。あなたのことは、しっかり守るので安心してください」
 朔が後を引き取り、要を落ち着かせるように小声でいうと、静乃と二人、要を守るようにして小屋を出た。



●戦いというもの
 村人は逃げた。
 その恐怖を押し殺した空気に、吸い寄せられるようにアヤカシはやってくる。
 開拓者がその行く手を阻む。のそりと首を巡らす薄い影。
 朝もやの中、聖なる使者のように、それらは立っていた。
「‥アイツが‥奥に居るのが『カシラ』だ‥‥」
 要の苦痛に似た言葉。前衛で対峙しているクラウスの黒灰色の長剣だけが僅かに動いた。了解の意。
 群れを成して唸り声を上げているのは、大きな狼型のアヤカシ達。黒い体躯に赤い眼をギラつかせて、突如現れた七人を獲物と認識する。
 開拓者達の目の前にいるのは二体。残り二体は近くの民家の木戸をこじ開けようと身体をぶつけ始めた。
 そしてその向こうから、静かにこちらを見ている銀色の狼。巨体から見下ろす眼は金。
 他に同じ特徴のアヤカシなどいない。際立って異なる一匹。
 要の師匠である正宣の命を奪ったのは、それに間違いがなかった。
「前に出るなよ、要」
 前を向いたまま小狼が指示を出す。凪沙がちらりと要を窺い、アルマと共にすり抜けに備える。静乃と朔は要をかばって手を広げて立っている。
 張り詰めた弦に弾かれるように、先頭の二体が喉を鳴らして猛然と突進してきた。
 右の一頭がクラウスを狙う。狼の前脚が剣を弾き飛ばそうとしたが、予想された動きだった。クラウスは身体ごとかわして体勢を整えると、重さの乗った一撃を返す。
 左の一頭は低い姿勢から小狼の足元を狙いに行った。長柄の得物の間合いに入られる前に、逆に小狼が一歩踏み込んだ。地面と顎の間に滑り込んだ刃が、狼を天へと突き上げる。
 民家を漁っていた二頭が気づいた。加勢の合図のつもりか大きく吼えた。
 ひるんだ前の二頭を押しのけるようにして走ってくる。頭上を越えて開拓者の中に入ろうと、仲間を踏み台に跳躍しようとする三頭目の狼。
 凪沙が眼前に符を構えた。星型に光が点る。
「通すかよっ!!」
(手伝うと決めた以上、大事なもんは守る!)
 小狼が勢いよく伸ばした偃月刀がアヤカシを捉えた。同時に凪沙が腕を振りぬいた。軌跡を追って雷が走る。両方を喰らって、ギャウと短く鳴いて狼が地に落ちた。
「要さん、万が一近づいたらあの要領で火輪を」
「だけど‥‥」
 朔が要に攻撃の機会を促す。だが、要は躊躇した。入り乱れた状況で、開拓者に当てない自信がなかった。
 要の戸惑いなど待つはずもなく、クラウスに向かって懲りずに次の狼が突進してきた。
「こっちに来いよ」
 一匹目から長剣を引き戻しながら、クラウスは余裕の笑みを浮かべる。鼻面に皺が寄る程に牙をむいた狼が、クラウスの後ろのアルマを狙って少し軌道を修正する。クラウスもアルマも動かない。
「‥‥‥!」
 黒色の光を要は初めて見た。
 静乃が素早く懐から引き抜いた符を振り上げた。わずかな動きで術が発動する。
 周囲の空気が塊となって刃を形成し、アルマとクラウスの間隙を縫って標的を斬りつける。
「僕を狙ったの?」
 嫌いなんだけど、とアルマがごちると炎が狼を包んだ。特殊な炎はまるで意思を持つかの如く対象だけを焼き尽くさんとする。
「だから来いっていったのに」
 瞬時に連携で立て続けに深手を負ったアヤカシの首に、クラウスが剣を突き立てる。
 攻撃は受けたものの、息の根が止まっていない他の三匹がそれぞれ起き上がって、低く唸る。
 勝手が違うことへの怨嗟にも似て。
 何が起きているのか理解できていないのだろう。
「龍の吐息を浴びて、恐怖に凍てつけ!」
 数を一気に減らすため、まとまって居るアヤカシに凪沙が氷龍を召還した。白き龍は凍てつく息で狼どもを縛り、機動力を殺いだ。
 止まった標的に遠慮は無用だ。
 それでも十分な注意を払いながら、開拓者達が各個を撃破し、狼達を瘴気に還していった。
 ただ、銀の狼だけは静かに逃げることもせずじっと要を見ていたようだった。



●恐れというもの
 他のアヤカシが散ることなど、関係がないように銀狼の前脚はひとつ地を掻いた。
「ちっ‥気にいらねぇ姿しやがって‥!」
 小狼が憎々しげに吐き捨てた。
 決して向かってこようとしない狼に、開拓者六人がゆっくりと距離をつめる。
―――村を守るためにも、要のためにも、このアヤカシを討たねばならない。
 視野に納めようと狼の金色の瞳が動く。
 包囲される前に痺れを切らして動いたのはアヤカシ。が、その動きに追随する、袖がたてる衣擦れの音。
 異なる所作できられた静乃と凪沙の式が舞った。内と外から銀狼を押さえつけに行ったのだ。
(呪縛符と毒蟲‥)
 要が符を握り締める。目の前にいる仇に、正宣が一人で立ち向かっていたことが今更のように‥怖い。
(お師匠‥!)
 心の根を鷲づかみにされて、悔しいのに動けない。いくら技を覚えようと、経験を積もうと、戦ったことのない自分はきっと正宣の足手まといだった。
 そして、彼の後ろには彼自身が守りたいものがたくさん在ったはずだった。

 銀狼が呪縛を受けて止まり、体内を侵食する神経毒を嫌って咆哮をあげた。
「動けるのか!」
 鈍くではあるがまだ動けるようだ。クラウスが驚きながら襲ってきた前脚をかいくぐった。
 止まれと思いながらクラウスが、小狼が刃を振るい続ける。自然、抵抗が激しくなり、無傷ではいられなくなった。血が滲み、その匂いに昂揚するかのようにアヤカシの動きも早まる。
 開拓者の体に次々と傷が刻まれていく。
(逃げて‥誰の死も見たくない‥‥!)
 傷ついても立ち向かうその背中を見て、一瞬、要を怒りが支配した。
「なにもかも、アイツのせいで‥‥!」
「要さん‥!」
 教えられたとおりに符を構えて式を放とうとして、要は静乃に平手打ちをくらった。
「‥こういう時に冷静にならないと」
 諭すように静乃が要の両腕をつかんだ。
 ぐっともう一度力を込めて、ひと呼吸おいて静乃が目を合わせた。
 ―――開拓者でなければ務まらないことと、求められる強さ。
 衝動だけで動くことの愚かさは、誰よりもよく戦ってきた者達が知っていた。
「怪我は治します。大丈夫」
 朔の身体が淡い光を発すると、要にも腹の底にほんのり温かさを感じることができた。
「クラウスちゃんや小狼ちゃん達のことは心配しないで」
 アルマが歌で精霊達の加護を求める。生命のぬくもりを感じる温かな風がふわりと渡っていった。傷ついた身体を癒し、再び立ち向かう力を与える。
「――――‥‥」
 要は驚いた。そして互いに信頼し、役割を分担し、補い合いながら戦うその姿を羨ましくも感じた。
 炎に追われ、離れても近づいても斬り付けられて追い込まれた銀狼が、再度吼えた。
 人間達の目を晦まそうと足掻き、強烈な光量を発する。
 今までの人間なら、それで逃れられるはずだった。銀狼は闇に戻り、傷を癒すための幾ばくかの恐怖を喰らい、力を蓄えなおせばよい筈だった。
 眩惑に、クラウスが十字の盾を翳してかろうじて耐え、小狼が銀狼と己の身体の線上にある要をかばった。
 瞬間光で真っ白になった視野を取り戻す間に、逃れようとする銀狼。
「今だろ! 符をうてぇ!!」
 小狼に叫ばれて、要の身体が自然と動いた。
 きっと自分の力だけでは無理。
 それでも。引き止める時間を作る。
「‥行けえ!」
 空気の刃が初めて唸りを上げて要から放たれた。



●願いたるもの
 静乃の鈴が鳴り、粗末で真新しい正宣の墓の前に人々が集う。
「盾となり戦い抜いた勇気、その高潔なる魂に心から尊敬を‥‥」
 クラウスが高々と剣を掲げ、正宣に黙祷を捧げていた。
 仇であった銀狼は、やはり要の一撃でしとめられるはずもなく、追撃する符と刃の猛攻により没した。鏡松には一人の死傷者も出すことはなく、無事に守りきれた。
 アヤカシと戦ってみて、正宣がどれだけの想いで最後まで立ち尽くしたのかと思う。
 その死をやっと受け入れて、初めて墓前に来ることができた要であった。
「前を向いていきましょう。今すぐじゃなくてもいいですから」
 朔がアルマと一緒に花を供える。
「‥ごめんなさいね」
 不意に謝られて要が視線を巡らせた。
 何のことか分からずにいると静乃が要の頬を指差す。平手打ちのことかと得心がいって要が頭を振ってそっと笑った。
「さて、これからどうする? 決めないといけない時期がきているのかもしれないぜ」
「うん。言っている事はわかる‥」
 頭にぽすとクラウスに手を置かれて要が目を閉じる。心配してくれているのも分かった。
「君が何のために戦いたいのか、沢山一緒に過ごしたお師匠さんと一緒に考えて欲しいな‥」
 長く、祈りを捧げていたアルマが立ち上がると、要と一緒に墓を見つめる。
「‥‥生き抜いて、ね」
「‥‥‥‥生きる‥」
 生計を立てていくのなら、いくらでも方法はあると要は思った。元は一人で生きてきたのだから、と。
 その一方、復讐に駆られて自分だけではどうしようもないあの状況を救ってくれた開拓者という存在が、要の中に強烈な印象を残した。志体を持つ者だけが成ることができ、誰かのために働く。
 それは途方もなく、大変なことなのかもしれないが‥。それも生きていくひとつの方法だった。
 とてもあの優しい人の生き方に似ている。

 じっと符を持つ要を見やって、開拓者の誰もが、駆け出しだった頃を思い出す。
「今度は君が、背中を見られる番だよ」
 凪沙がそっと要の心を押す。
「‥なれるかな」
 その一言と一緒に、こらえていた涙が一粒、零れ落ちた。慌てて要が拭き取る。
「師匠を越える開拓者になりなよね」
 凪沙が笑った。要も笑おうとして、泣き笑いになった。
 
 一人になって、何もかも失って、‥そして何かを得た。
 温かな人々に導かれ、願いたるものへ一歩を踏み出した瞬間であった。