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■オープニング本文 ●暇つぶし 嘘が上手で世渡り上手。 偶さか嘘がバレたって、神妙な顔をして切り抜けられれば、あとで真っ赤な舌を出す。 与太郎はそんな海千山千の生活にかなりうんざりとしていた。 「金溜め込んだって、あの世で左団扇なわけやなし」 茶屋の女にもらった梨を懐から出して一口かじるとふらふらと目抜き通りを歩く。 宵越しの金は持たない性分とはいえ、昼日中、暇なことには変わりはない。 「またおまえか、与太郎‥」 「おう、久しぶり。ちょっと店先貸りるぜ」 藍の暖簾をくぐるなり、どかりと腰かける一見身なりのいい青年に、丁稚が茶を出そうとしたのを番頭が襟を掴んで慌てて止める。 「いい、いい、茶なんて勿体無い。こいつは遊び人なんだよ。箒でも逆さに立てといてくれ。‥‥‥まったくいい加減、ちっとは商いに精を出したらどうだ」 「三代目、三代目いわれんのはもう飽きたんや。じぃさんの財産を孫で食いつぶす。それが王道やないか」 「そうはいかんだろう、おやっさんが大店にしようとあんなに」 「説教はええって。ほらほら、簪もとめに娘さんが来よった」 「はいはいただいま!‥ほどほどにして帰っておくれよ」 番頭は小さく睨むと客のもとへ戻っていった。 「いっそ店がなくなれば、面倒くさいこともないんやけどな」 フム、と手近にあった女物の扇子を拝借するとぱたぱたと仰ぎながら不穏なことを言う。 「面白れぇことはないかねぇ」 ●迷走迷子 「だめだよ、ついてきちゃ!」 後ろを何度も振り返りながら、少女が手をぱたぱたと左右に振るが、後ろから付いてトコトコ歩いてくる生き物も、それにあわせるように短い尾をぱたぱたと振っていた。 瓜の形をした茶色い体に短い手足。 鼻をふんふんいわせつつ、追いかけてくるのは、猪の子供の『うりぼう』である。 「犬は飼えないんだよぉ‥」 少女は我慢しきれずにしゃがむと頭を撫でてやる。愛くるしい仕草でうりぼうは首をかしげる。 「あれ、犬じゃないんだろ‥」 周りの通行人は間違っていることになんとなく口を挟めないまま、一生懸命にうりぼうを追い返そうとしている少女をちらりと見やっている。 店先に勝手に寝そべって暖簾の下に見えた少女とうりぼうの光景をふーん、と眺めていた与太郎であったが、何を思いついたのかがばりと飛び起き、店を後にした。 「ちょい待ち、譲ちゃん」 「‥はい?」 見知らぬ男に呼び止められて当惑しながら、少女が振り向く。ほわんとした肩までの金色の髪に白磁の肌。与太郎が近所でみるガキどもよりも可愛らしい少女であった。盗られまいとしているのかしっかりと胸に巾着を抱いている。 「‥あー。俺は与太郎ってんだ。悪いことはせえへん‥っていうても信じへんか。譲ちゃんが困っとるんなら、このウリ坊は引き取るで」 「え?! うり‥?」 男とウリ坊を交互に見ているが、少女が混乱している。 「この子、犬じゃなくて‥?」 「犬はワンとかキャンとかいうだろ?」 逃げようとするウリ坊を躊躇なく捕まえて担ぎ上げる。今でこそ坊ちゃん扱いだが、山で駆け回っていた子供時代は伊達ではない。 「ぷぎッ?!」 急に高いところに持ち上げられて、じたばたとウリ坊の蹄が空を掻く。 「ほーら。鳴き声が犬やないやろ?」 「ぷぎぎっ!」 「えっと、ありがとうございます‥」 「こちらこそ。こっちも面白いことになりそうやし」 「面白いって‥‥その子どうするんですか?」 「ん? 売るんや。祭が始まるんを思い出したわ。肉はうまいからな。いっそ露店を――」 「食べるの?!‥‥だめ!」 かえしてー、と少女が両手を一杯に伸ばす。だが、当然与太郎の方が背は高い。ぽすぽすと腹辺りに小さな手を打ち付けられ涙ぐまれて‥‥‥困った。 「魚のほかに肉も食うことあるやろ? かわいそうっていったってな‥」 「おうちの人に許可をもらって飼うもん!」 「許可って‥これ、大きくなったら猪になるんやで? 譲ちゃん弾き飛ばされるで?」 「大きないのしし‥‥」 じぃ、とウリ坊を見つめていたが、ぷぎー、と鳴かれるとやはり涙が出そうになる。 「‥‥マ、マオちゃんに相談するもん‥啓ちゃんは怒るだろうけど‥」 「家族か? まぁええけどな。ほな、しっかり連れて帰ったり」 ぽんとウリ坊を地面に置くと、ててて、とウリ坊は少女の陰に隠れた。 「うん。ありがとう!‥えと。私は遥っていいます。お兄さんは?」 「ん? 与太郎、や」 「与太郎お兄さん、ありがとう!」 「おお。気ぃつけてな」 手を振って遥がウリ坊をつれて歩いていく。 やれやれ、といいつつ与太郎はそれを眺めていた。 ●お届けモノ 「こんにちはー。マオちゃーん。お昼持ってきた〜」 「え‥‥遥?!」 受付をしていた華 真王(iz0187)が遥の声にぎくりと手を止める。 働いている姿をみつけると、ぱぁっと顔を輝かせて遥が駆け寄る。 「おすそ分け、沢山いただいたから」 えへへ、と嬉しそうに遥が笑って巾着を大事そうに差し出す。 「えええっ?!‥と、それはありがとうなんだけど‥っ。えーっ!!一人できたの?!」 「うん。ひとり。ちょっと迷ったけど、大丈夫だったよ」 自信満々に言う遥の足元にてててとよるウリ坊。 マオが引きつりながら、それを指さす。 「遥‥これは‥なんなの‥‥」 「うりぼうって名前でーす。教えてもらったの」 「どこで誰に‥‥?」 「え?うーんと‥」 「与太郎、や」 「そうそう。与太郎っていうお兄ちゃん‥に‥」 頭上で聞こえる声に、はれ?と遥が上を見た。 「早速もろもろ怪しいモノ付きじゃないのよ、遥‥っ!」 「怪しいてなんや。あんた、この危なっかしい子の保護者か?」 「保護者っていうか‥まぁそれはともかく!うちの遥に手だしてないでしょうね!」 マオが突然現れた与太郎を睨む。 「ウリ坊逃して、迷子見届けてえらい言われようやな。‥で、ここは、ギルド、か?」 「どう見てもそうでしょうよ‥」 「マオちゃんはギルドで働いているの!」 「そうか。なら面白そうやな。金は出したるさかい、なんか面白いことないか?」 「はぁ?!」 「猪肉食い損ねたのもあるし。‥そうやな、いろいろ食べもんが旨いとき、や。市に店出す手伝いしてくれへんか?」 ぽん、と遥の頭に手を置いて与太郎がいい笑顔で笑った。 |
■参加者一覧
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ネーナ・D(ib3827)
20歳・女・吟
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
烏丸 琴音(ib6802)
10歳・女・陰
捩花(ib7851)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●秋一番 武天の都、此隅で開催される『野趣祭』は、冬に備えて山で肥え太った鳥獣の肉を焼いて、その味覚を楽しもうという祭りである。 その祭りは、どこも味に定評のある常連の屋台が市のごとく並び、大店は仮の店舗を構え、どちらも煙と香ばしい匂いを充満させながら、客の呼び込みに汗を流す。 その市の端に、一軒の真新しい店が一日限定という触れ込みで看板を掲げる。 『うり坊屋』 ―――聞いたこともない店名であり、誰もまだ気にとめない。 賑やかな開店まで、あと少し、だった。 時間は数日さかのぼる。 与太郎の依頼で集まった開拓者達は、材料集めと下ごしらえに余念がなかった。 資金は与太郎が出すものの、採算度外視の豪華一点張りな料理ではなく、お客さんに沢山買ってもらえて、それでいて旨い!と喜んでもらいたいという方針である。 「料理は愛情じゃのぅ」 大きめの植木鉢二つの底同士をくっつけて、簡易の燻製器をニノン・サジュマン(ia9578)が用意する。それを火にかけ、下に細かな木片をくべると上の鉢で燻される仕組みだ。肉は程よく水分が抜け、やわらかいまま日持ちがし、風味が増す。 「煙で? はぁ?何で?」 説明を聞いても与太郎が鉢をずらそうとしたので、ぺちとニノンが与太郎の手を打つ。 「これ、仕上がりを待たんか。一工夫で旨くなるのじゃ」 「うんうん。開拓者の方が知識と経験は上なのよねぇ」 遥と準備を見に来ていた華 真王(iz0187)が、手をさすっている与太郎に知ったかぶりで頷く。 「うりちゃんのアップリケ、一個できたー♪」 ちくちくと器用に刺繍をしていたサフィリーン(ib6756)が糸を切るとばっとエプロンドレスの布を広げた。 そこには、コロンとした愛くるしいウリ坊が縫い付けられている。 「うわぁ。そっくり!」 遥がサフィリーンからエプロンの縫い取りを見せてもらうと、ぷぎ!とウリ坊も鳴いた。 「はう、うりぼうかわいいのです」 烏丸 琴音(ib6802)がそろそろと触ると大人しくウリ坊は撫でられている。可愛い女子には捕まるんやの‥と与太郎が感心した。 竹筒を切り出した残りの竹を棒状に切り分けながら、その様子を見ていた紅雅(ib4326)が口を開く。 「うり坊さんも必要ですし、遥君も行きたいですよね?」 「う、うん‥‥」 でも、といいたげに遥がマオを見る。危ないから市は駄目、と言われているようだ。 「遥ちゃんもきっとお手伝いはいいことなのです。社会勉強なのです」 言いながら、さりげなくウリ坊に自分のヘッドドレスをあててみる琴音。 「看板娘とマスコットは必要だよね♪」 「遥君は誰か絶対に見ていますが、心配ならば一緒に来ればいいのですよ」 「う‥それはそうなんだけど」 サフィリーンと紅雅の微笑みからマオが眼を逸らそうとしていると、 「残念じゃのう‥せっかくマオ殿に似合いそうなエプロンドレスを用意したのじゃが」 と聞こえよがしにニノンが呟く。 「何その仕様‥反則じゃないのっ‥‥!」 といいつつも乙女仕様に目がないマオが、がくりと跪いた。 店の設営や新鮮な野菜の準備、段取りの確保とどれもこれも大忙しである。メニューもただ肉を焼くだけでなく、ジルベリアやアル=カマル風に、甘味や飲み物も用意しようと様々な創意工夫が凝らされる。 「お汁粉なんかも用意しようよ!白玉団子や栗もいれて」 うきうきしながら捩花(ib7851)が自分も食べたい物を追加する。試食係は勿論何を置いてもかってでる所存であった。 「店手伝うならこれだけはできるようにならないとなー。依頼人でも特別扱いしねーからなー」 羽喰 琥珀(ib3263)が与太郎に笑うと眩しく犬歯が光った。 与太郎は単に面白そうなものに手を出す位のつもりでいたが、みっちりと琥珀から接客を仕込まれる。 「売り子は開拓者ちゃうんか?!」 「そーんな顔でありがとうって言ってもうれしかねーぞ。ほら、ありがとうって気持ちを篭めてもう一回!」 「あと、おわったらこっちで焼きの補助も担当してもらうからね」 容赦なくシーラ・シャトールノー(ib5285)が、試作の生地を練りながら追加する。 うぇ?と踏まれたような声を出しながら、与太郎の特訓は続くのであった。 ●うり坊屋、開店! 滴る脂とタレの焦げる匂いが、音が、あたりに漂う。 眼にしみる煙にまみれながら、焦げた団扇で扇ぎ倒す威勢のいい売り子。 客の胃袋を鷲掴み、空腹では素通りさせないぜ、負けないぜ、と互いに不穏な雰囲気が満ち満ちている。 そんな緊張をもろともせず、うり坊屋は、独自の持ち味を発揮する。 いきなり円陣を組んで気合を入れたと思ったら、火を入れるなり、肉を焼く準備は勿論のこと、大量にお湯を沸かし野菜をひたすら切り始める。屋台の裏に回りこんだと思ったら、食糧を新鮮に保存するための大きな氷まで持ってくる。 てきぱきと分担し、動きに無駄がない。 前掛け、鉢巻のみではなく、愛らしい女性達がフリル付きのエプロンをつけてお揃いのウリ坊の絵をつけている。すらりとした男前と元気一杯の可愛い少年まで前掛けやシャルワールにそのウリ坊柄をつけている。 ―――しかも似合うんだから、なんとなく周囲の野郎共は腹が立つ。 「今日はよろしくな!」 「うり坊屋なのじゃ」 そんなやっかみの火種を消すために、出来上がったそばから、琥珀たちは飲み物と一緒に、野菜やチーズを挟んだパンを隣の店に差し入れる。 「‥お、おう‥」 隣同士、ましてや新参者には敵愾心しかない男たちは、面食らいながら受け取り、そっけない風を装い、わざと横に置く。 「すぐ食べた方が美味しいのに、ね」 意固地な男達の様子に、遥が琴音と一緒にくすりと笑った。 小半時も立てば、開いた市にはぞろぞろと人が集まり始める。 「じゃあ即興売り子始めるとしようか」 用意はいいね?と聞くと、出番とばかり、ネーナ・D(ib3827)が口笛を吹いて注目を集める。 談笑をし、また、釣りを受け取っていた客が一斉にネーナの方を見る。 手にしているのはウード。 弦をかき鳴らすと渋い音がこぼれる。陽気な旋律は耳になじんだ曲であるにも関わらず、通行人は違う儀にいるかのような不思議な感覚になった。 ネーナの音楽にひらりと軽やかにエプロンを翻しつつ、サフィリーンがキラキラとした笑顔で微笑む。 「異国のお肉料理に燻製、お茶とお菓子なんでも揃ってまぁす♪」 試食と試飲の商品を載せた盆を手に、くるくるとこぼさずに舞う。うり坊もサフィリーンの足元をちょろちょろと走り回る。 「可愛い子のいるお店あるよー、かっこいー人もいるよー」 捩花が両手を添えて大声で宣伝すると、なに?!と周りの店の男が顔を上げた。 もの珍しさと、一生懸命に彼女達が作る食べ物に興味が湧く。 屋台前に並んだ人達が人を呼び、なんだなんだ?と人々が殺到し始めた。 屋台がぐんと押されるが、棚を設置するため簡単に倒されないよう支柱を頑丈に打ち込んでいたシーラが内心ほっとする。 朝早くから仕込んだ生地がパァになったら、泣くに泣けないところである。 「それ、カバブ?え、ケバブだっけ?‥じゃそれ一個!」 「おい、後ろ、押すなよ」 「俺のが先だって!」 にらみ合い始める客と手を伸ばす客が混乱し始めた。 慌てて琥珀と紅雅がまぁまぁと屋台から引き剥がしに入る。 「けんかはだめなのです」 「そうだよ、だめだよ」 ほっとした琴音と遥の間の足元で、危うくお客に踏まれそうになったウリ坊が震えている。 「当店は食券を先にお買い上げいただければ、横取りも横入りもないんですよ」 さらりと紅雅が微笑みながら宣伝と手順を織り交ぜながら説明すると、わいわいと買求め始める。精算所を狭い店の前から分けたのは正解だった。 「でもなー。どんなものかわかんねーし‥」 「試食もあります」 すかさず、琴音が小さく切ってある試食を差し出すと、躊躇っていた男の方ではなく連れの女性の方がひょいとつまんで口に入れる。 パンに載せた野菜と甘塩鮭、チーズを止めてあった爪楊枝を口元から抜く。 「ん。おいし!」 女性が眼を丸くした。焼いた肉ばかりで違った味が食べたかったのだが、燻製の芳醇な香りが広がって驚いた。チーズも旨いし、鮭も旨い。 「お。これは飲んだことねぇなぁ」 受け取った試飲の紅茶を一口飲んだ男が嬉しそうに飲み干す。 「持ち歩いて飲めるように竹筒に入ってまぁす♪」 サフィリーンが焼印ごとに異なる飲み物を入れた竹筒をちゃっかりと宣伝する。 「うっわ、この菓子すげぇ薄いな! さっくりしてる。あれ? 果物の匂い?」 「『オレイエット』っていうのよ」 初めての食感に驚く客に、可笑しそうにシーラが名前を教えた。 小麦粉にバター、砂糖、オレンジの皮を混ぜ込んで薄く延ばした生地。それを麦の穂のように編みこんでカリッと鉄板で焼き上げる。できあがりに砂糖をまぶせばシーラの自信作の出来上がりである。 「果物は、おれんじ、いうねんで」 シーラの受け売りで与太郎が嬉しそうに客に胸を張る。 子供が試食を食べた指を惜しそうに舐め、買ってくれるように父親の着物の裾を引っ張る。 「忙しくなりそうじゃのぅ!」 ニノンがどんどん売リ捌く紅雅の様子に、玉葱を急いで炒める。 すると食券の竹の棒を握り締め、じぃっとその手際を見ていた兄弟らしき二人とはたと目があった。 「もう少しじゃ」 ニノンはチーズの切れ端を爪楊枝に挿して、ニコリと渡した。 ●戦う者同士 「お、曲が変わった。珈琲入ったな」 「サンド出来たってよ!」 ネーナの音楽が、いつの間にか出来上がりを知らせる音楽にもなった。楽器もハープ、バイオリン、ウード、と多様な楽器に変えて自在に弾きこなす。 色んな音色と音階で聞くと、知っている曲もがらりとかわる。音楽好きの者はウリ坊屋の『特製サンドウィッチ』を手にネーナの演奏を楽しんでいた。 食券を持った客が所在無く待つこともなく、諍いもなく、うり坊屋は順調に売り上げを伸ばしていった。 「いらっしゃいませ、美味しい料理をどうぞ。お茶もございますよ、お嬢様」 「毎度ありー。ついでにこれもう一つ頼んでくれたらお茶おまけするけど、どーだいお客さん」 売り子の紅雅と琥珀は絶好調で客をさばいていく。 マオがお汁粉の補充を作っている間に、サフィリーンがニノンと交代して真剣な顔で野菜を刻んでいる。 遥も琴音を手伝いながら、皆が順番に休憩を取っていく。 捩花はといえば、貴重な休憩時間も他の店の食べ歩きに余念がない。 そろそろ戻らなきゃ、と捩花がイカ焼きをほおばっていた頃――戻ろうとしたウリ坊屋のあたりに黒山の人だかり。 すれ違う人から嫌がらせだと囁きあう声がする。 ――てめぇら、邪魔なんだよ 立ち売りからお茶を受け取って飲んでいる客を蹴散らすように、横柄な男達が因縁をつけていた。 いいがかりだ、と判断した後の動きは早かった。 「やっかみ受けるってことはあたい達の店もおじさん達に太刀打ちできるってこと?」 捩花は臆することなく、騒ぎ立てる男の背中に銃口を突きつける。言葉の暢気さと裏腹のその感触と気迫にゴロツキどもの動きが止まる。 「捩花ちゃん!」 遥が心配そうに声をかける。 流石に一般人を背中から撃つ気はないけど、と思う捩花。 けれど警告に、もしそれ以上強気に出たら‥と全開拓者達の神経が研ぎ澄まされる。 果たして。 「てめぇ!譲ちゃん達に手を出すな!」 「‥‥は?」 ダダダ、と出てきたのは、菜切包丁と棍棒を持った、隣の店の男達。 捩花やネーナ、琴音を守るように立ちはだかり、ゴロツキどもを突き飛ばした。 「なんじゃ?何が起こったのじゃ‥」 構えていたニノン、サフィリーン、シーラの前にも、隣の店の売り子が腕を組んで守っている。屋台の若い衆は客のいないところへゴロツキ共を追い返す。 「‥旨かったよ」 しぶしぶといった感じも滲ませながら鉢巻の頭を掻いて、隣店の者が感想を述べた。 差し入れをもらって、食べたことのない味に感動したのも勿論あるようだ。 工夫を凝らして、気配りもし、それでいて健気に頑張っている『ウリ坊屋』の面々を見て、開拓者達とは知らず助けに来たらしい。 無論、ゴロツキが本気を出したとて、志体持ちであり、戦闘経験がある開拓者には敵う筈もないのだが。 同じ商売人として、頑張っているのを見て放っておけなかったのだろう。 与太郎が腰に手を当てて、ほぅと息を吐いた。 「ありがとうな! おっちゃん!」 琥珀がぱぁっと顔を輝かせて隣の店を覗き込む。 「おうよ!困ったときはお互い様ってな!」 がはは、と男は笑った。 「みなさーん、やっかみ受けるぐらい美味しい店はこっちだよー!」 捩花が楽しくなって宣伝すると、おいおい、と両隣の店が笑った。 そんな楽しい様子が伝わったからか、ウリ坊屋の前には益々お客が引きもきらなくなり、大盛況をみせたのであった。 ●戦い済んで 「「「終わっ、たー!!」」」 全員が一斉に手を空に向かって突き出した。 もう一番星が瞬いている。 足が棒になるとはこういうことか、と全員がへたりこんで思う。遥にいたっては、もうくたくたで眠くてしょうがない。 「文句なしの一番!」 マオが他店の売り上げを聞いてきて、人差し指を立てると、歓声が起こる。うつらうつらしていたウリ坊が跳ね起きた。 「疲れた後には、甘いものね。紅茶や珈琲生地も作ってみたのよ」 シーラが売り物とは違う特別な菓子を配ると、紅雅とサフィリーンが丁寧にお茶を淹れてくれた。 幸福な一瞬が訪れて、皆がほっと緩んだ表情を見せる。 「最初はやらされて散々やな、とおもてたけど‥おもろかったわ」 与太郎が、一日を振り返って呟いた。 ありがとうや旨かったと言葉を貰った時のこそばゆいような感覚。 それを思ったら、笑顔になっていた。 「家に帰るまでがお祭りなのです、だからちゃんと後片付けもしないとダメなのです」 琴音が紅茶をこくりと飲んで凛とした声で言った。 「ああ、それかぁ‥」 片づけが明らかに苦手そうな与太郎とマオが頭を抱える。 開拓者達がそれを見てどっと笑った。 しばらく休憩ののち、力を振り絞って片付けを終えると、おおいうり坊屋―、と遠くから呼ぶ声が聞こえた。 立ち上がり手を振っているのは、今日世話になった市の人達だった。 銚子や鍋を掲げ、手招きしている。 現金なもので、それを見ると急に腹が減ったことを思い出す。 「ネーナ‥」 「わかっているよ。楽しい曲を、だね」 ネーナは疲れを厭わず楽器を取り出した。 一期一会だからこそ。 健闘を称えあって、笑い合う。 秋市の夜は長く澄んで、歌声も笑い声も響き渡る。 持ち寄った楽しい時間は、いつまでも尽きそうになかった。 |