激走!算盤滑走大会
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/30 19:00



■オープニング本文

 得意満面、己の身の丈ほどある画仙紙に、最後のトメを打つ。
 墨がはねぬよう、そろそろと硯の傍に筆をおいて、八歳の三太は満足げに頷く。
「できたのじゃ!」
「三太できたのか!力作だな!」
「うわーすげ。画数多い難しい漢字だな。なんて読むんだ?!」
「よ‥読み方などよいのじゃ!」
 わいわいと子供達が寄ってきては、出来上がった三太の習字をみてはしゃいでいる。この寺子屋では、順番で子供達が書いた書道が展示されるのである。
 今回は三太の番であった。
 うんと難しいお題を下され!とお手本を書いてもらったのである。
 家で練習していると、年の離れた二人の兄に散々冷やかされるので、集中はできない。三太にしては頭を使い、お題は内緒に隠し持って、先生に寺子屋で教えてもらっていた。


 隠居した宗(そう)を先生として迎え子供達に読み書きなどを教えているこの寺小屋では、武家、商家、農家も分け隔てなく、わいのわいのと年の近い子供達が集まっている。
「では、三太、それは乾かしておきなさい。さて、差し入れにいただいたお菓子でも食べるかな。皆、準備なさい」
 はい!という良い返事と共に、子供達ががたがたと机を片付け始める。
「先生! 宗先生はおられますか」
「先生、誰かお越しです」
 一番年上の子供がしっかりとした口調で宗を呼びに来る。
 宗に心当たりはなかったが、寺子屋として使っている小さな屋敷の玄関にポツリと人影がある。
 出向くとペコリと中年の男性がお辞儀をした。
「はて、どなたでしたかな? 年をとると物忘れがひどくて‥‥」
「いえ、お初にお目にかかります。突然申し訳ありません。画家を生業としております詠草と申します。―――やぁ、やはり子供達が賑やかだ」
「子供達が何か‥‥?」
「あ、話がそれました。実は、知り合いの温泉宿が改築を行うことになりまして。私どもも襖や屏風などの絵を依頼されています。改装のために一旦宿を閉めるので、その間、子供達が自由に使って遊べるのではないかなと」
「子供達を連れてですか。それはまた危ないことを。じっとしていられない子供たちですから、色んな物を壊してしまいますよ」
 ほっほっと宗が面白そうに笑った。遊ばせるのもコツがいるのである。
「割れて困るものや、庭園の木はあらかた撤去したようです。表具自体を壊すと大変ですが‥なに、改装に向けて開拓者でも雇おうかという話です。開拓者は色々助けてくれると画家仲間から聞いているので。それで先ほどの話になるのです」
「ふぅむ‥」
「近所に住むものとして、宗先生の助けになればと思いまして。小生、絵を書きながらいつも聞いております。子供達の賑やかな声と‥‥ときどきお叱りの声、が」
「あぃや、これはお恥ずかしい!」
「いえいえ、とんでもない。近頃は算盤を覚えたのだな、と思っておりました。子供達の成長は楽しいものです」
と、詠草が言っているそばから、お菓子を食べて元気回復のお子様たちは、ジャッジャッジャーと算盤(そろばん)を床に放って遊んでいる。
「これ! 算盤の珠が傷つくじゃろう。‥‥と、おや、これですかな」
「それです」
 宗と詠草が見合わせて苦笑した。
「――ではお言葉に甘えるとしましょうかの」
「それは良かった。では、宿の持ち主からギルドに依頼をかけてもらいましょう。開拓者がいれば、子供達も安全でしょう」
「そうしてくださると有難い。全力で遊ぶことも大事ですからの。心置きなく遊べるのであれば越したことはない」
「まあ、引率は開拓者に任せて、その日だけは宗先生もごゆっくりと」
「なにからなにまで有難い」


 簡単に宿の位置と広さを聞くと、この寺子屋の子供達くらいは十分遊べそうだ。
(一人野山で遊ぶのもいいが、大勢で遊ぶのもよかろうて。)
 詠草が辞去した後、元気一杯の子供達を見て、宗は禿げ頭を掻きながら笑むのであった。
「さて、どう伝えようかの‥」
 大はしゃぎになりそうな予感の中、廊下に乾かしておいた三太の書いた習字がかさりと風をはらんだ。
 飛んでいきそうになってあわてて宗が文鎮を置く。
「やれやれ‥‥ん?」
 字の大きさがバラバラなのはいいとして。
 よくよく見ると手本と違う。
「『一筆入魂』が、『一筆人魂』に‥」

 ワシも休養が必要だのう、と思う宗であった。



■参加者一覧
/ 風雅 哲心(ia0135) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 和奏(ia8807) / 玄間 北斗(ib0342) / 寿々丸(ib3788) / カメリア(ib5405) / ヴァレリー・クルーゼ(ib6023) / サイラス・グリフィン(ib6024) / コニー・ブルクミュラー(ib6030) / アムルタート(ib6632) / サフィリーン(ib6756) / kaito(ib7732


■リプレイ本文

●秋の空高く
 夏の陽差しもどこか遠慮をみせ、肌にあたる風の流れを感じられる頃。
 浮かんでいるのは、空高く、薄く長く刷毛で掃いたような雲。
 その青空の下、背中の風呂敷に詰め込んだ算盤をがしゃがしゃと鳴らしながら子供達が、寺子屋から元気よく飛び出す。
「こりゃこりゃ、いい子にするんじゃぞ?!」
 宗がつい大きな声をかけてしまう。
 それでも、振り返って笑顔で手を振る子供達に、やれやれと手を振りかえす。
 開拓者が引き受けてくれたとわかると子供達は飛び上がらんばかりに喜んだ。
 宗からもご迷惑をかけないように、とは重々いっておいたのだが、一緒に遊べると思うと算盤を沢山持っていこうと言い出し、行く前から楽しみが募る子供達であった。
「行って参ります!宗先生!」
「いってきますのじゃ、せんせい〜!!」
 早足になったり、寺子屋を振り返ったり、そわそわと落ち着かない三太達は、角を曲がったところで寺子屋が見えなくなると、わぁー!と歓声をあげつつ一気に温泉宿を目指して走り出した。


 詠草が言っていた宿は、小高い山を登ったところにあった。
 何人かの子供達も知っている大きな温泉宿であり、改装中、という看板がかけられている。
 その前に、自分達と同じぐらいの人数の開拓者達がずらりと居並んでいた。
 見たことのない服装、変わった髪の色、身にまとう雰囲気。
「う、わ‥開拓者のひとだ」
「はじめて見たよ!アヤカシとか倒すんだろ?!」
 お前行けよ、とやいのやいの。
 さっきまでの元気は何処へやら、で互いを小突いていると―――
「怖いの‥‥かな」
と誰かの言った一言にぴたりと動きが止まる。
 しかし、その中、開拓者になじみのある三太が、ぴょこりと背伸びをした。
 顔なじみの開拓者を見つけて顔をほころばせると、友達をにこりと振り返る。
「安心じゃ! 全然怖くないのじゃ!!」
「あ、三太?!」
 三太が一直線に開拓者へ向かって走り寄ると風雅 哲心(ia0135)に、ばふと突進して抱きついた。
「おっと、危ない。――久しぶり、三太」
「哲心殿!久しぶりなのじゃ」
 実の兄達より優しく、断然かっこいいと思っている三太はキラキラと目を輝かせている。
「おおっ!三太っ! お久しぶりなりよっ!」
「お久し振りでございまする〜!」
 元気よく平野 譲治(ia5226)が挨拶する横で、寿々丸(ib3788)がぺこりとお辞儀をする。三太も久しぶりに会えて嬉しさを隠し切れない。勢いよくお辞儀をしかえす。
「譲治殿!寿々殿!お会いできて嬉しいのじゃ!このたびは一緒に遊んでくれるのかぁ。これは楽しみでならんのぅ!」
「算盤競争でございまするか〜。‥‥と、計算大会ではないのでございまするか?」
「あー、あの。寿々殿‥‥今日は先生もおらぬ、こと‥だし。算盤で是非滑ってみたいのだが‥」
 おず、と告げて小首を傾げると、シャラと三太の背中で算盤の珠が鳴った。その横でニカリと笑っている譲治と半分諦めめいて笑っている哲心を見て、寿々丸もぷっと吹き出しそうになる。
「そういうことであれば、精一杯応援させていただきまするぞ」
「寿々殿はそう言ってくださると思った!では―――皆!はようこっちへ!開拓者の方にごあいさつするのだ」
 急に先輩面をして、三太がやりとりを呆と見ていた友人達を手招いた。取って喰われるわけでもなさそうだと子供達がわらわらと集まってくる。
 宗に言われたとおり、よろしくお願いします!と声を合わせて挨拶をすると、子供達が今日のために、先生に内緒(?)で沢山かき集めてきた算盤を渡す。
「ソロバン?これで計算できて滑って遊べるの?天儀の道具ってすごいねぇ」
 わっしゃわっしゃと楽器のように振ってサフィリーン(ib6756)が面白そうに笑う。天儀の文化に興味津々である。
「算盤って便利ですよねぇ、とっても」
 サフィリーンのそんな様子を見てカメリア(ib5405)が納得しつつも、あらぁ?と呟いた後、
「これで走るです‥?」
と何かに引っかかったように、ハタ、と一瞬真剣なまなざしを垣間見せる。
「手習いのお道具だと思っていましたが、こんな使い方もあるのですねぇ‥」
 こちらはおっとりと感心をみせる和奏(ia8807)。
 幼い頃から計算の道具としか考えたことが無いらしく、習ったとおりに珠を寄せて横に指を弾いてみる。子供の発想はすごいなぁと感心しきりである。
 ‥‥ちょっと、その様子に冷や汗をかく子供達。
 袖を引き合って顔を寄せる。
「う、うーんと。お兄ちゃんとお姉ちゃん達、大丈夫だよね‥?! 算盤って本当は計算のためにあるって習ってる、よね、ね?」
「俺、家で滑ってたら大人に絶対怒られるんだけど‥」
 ひそひそと自分達のやることに自信をなくす子供達。
 『計算も出来ます』って紹介は‥算盤の存在が浮かばれない気がする。
 だがしかし。
 古くはあるが立派な温泉宿の構えをチラリと見て、そうはいっても滑走魂は高まっていくのである。
「どうかした?」
――――この際、算盤は走るものと割り切ろう。
「ううん!なんでもないです!」
 天儀の伝統文化をさておき、子供達はきっぱりはっきり幼心に決心して満面の笑みで振り返ったのであった。



●戦いの場
 宿の廊下は、庭園を囲むロの字型になっており、長い直線の廊下は当然ながら直角に曲がっていた。庭の立派な木々は改装にむけて一旦撤去されているのだが、池にはまだ鯉がゆらりと泳いでいる。

「直角コーナー×4に、襖や障子で視界は最悪……これはかなりの難コースだな。つまりは俺様に対する挑戦状と見た!」
 ターンと玄関の大扉を開け放った喪越(ia1670)が廊下をびしっと指差し、ふふんと笑った。
「キャッホーゥ!絶対レースに出る出る!」
 アムルタート(ib6632)もひょいと喪越の後ろから現れて、廊下を見て大はしゃぎである。
「算盤は遊ぶものじゃないですが…それはともかく。子供達と引率係…」
 見渡すとざっと三十人弱はいる。礼野 真夢紀(ia1144)は遊ぶことしか考えてない子供達のために、お八つと食事を用意しようと決めていた。
「秋ですし、栗ご飯などいいですね。男の子達だからきっと沢山食べるし他にも用意しましょう。‥中庭をお借りして。あ、調理場もお借りしましょう」
 ぽんと手を合わせると、持ってきた材料や道具をひとまず置いて、段取りに大忙しである。
「栗、か。良い季節だな。手伝おう」
 哲心も真夢紀と役割を分担して、炊き出しの手配に移る。
「子供達が安心して仲良く遊ぶお手伝いが出来るのはとっても嬉しい事なのだぁ〜」
 ニコニコとして、宿の控えの間から子供達のために古い座布団を集めてきたのは、玄間 北斗(ib0342)である。ぶつかっても怪我しないよう、できるだけ襖や障子そのものを撤去したり、座布団を角に敷き詰めたりと準備をする。
「俺も手伝う!」
 kaito(ib7732)も北斗に手を貸すと、手際よく中庭側の四隅の柱に座布団を巻きつける。
 これで角にぶつかって怪我をすることは無いだろう、と出来上がりに二人が顔を見合わせて笑った。

 一方、そんなことは露知らず、子供達はひとしきり宿を探検して大忙しであったが、一周してもどってくるといそいそと算盤を出し始めた。
 子供たちが算盤をひっくり返して足の裏に括りつけていると、それを見よう見まねでサフィリーンが可愛らしくリボンで片足に算盤を括ってみる。
「サフィリーン殿は初めてか?!」
 三太がぱぁと顔を輝かせてその手を引く。
「うん!そうなの。‥と、と!」
「うまいのじゃ!そのまま、まっすぐまっすぐ!」
「きゃあ、滑る滑る〜♪」
 当然ブレーキなどついていない為、おっかなびっくりであったが、慣れて来ると楽しい。バランスをとりながら軽やかにポーズを決めつつ、ふわりふわりと衣装をなびかせる。
「こういうことですか‥」
 サフィリーンと同じく和奏も三太にコツを教えてもらうと、ソツなく廊下を滑ってみる。派手には喜ばないが、ほわと面白がって表情がゆるむのが分かる。
 他の子供たちも片足につけてジャー、と走り始めた中、譲治が我が意を得たりと両足走行を披露する。
「長い廊下は全力で走るものなのだっ!」
「おぉ、すげえ!」
 スピードの乗った両足走行に子供達の関心が一気に集まる。両足につけてバランスを崩したことがある子供などは憧れの念を抱く。
 しかしその中。
 甘いな、と冷静な声がした。
 三太達が振り返るとヴァレリー・クルーゼ(ib6023)がくいと眼鏡を押し上げた。
「これならいざという時に片足を床につく事が出来る。危機管理を怠らぬことが大事なのだ」
 タン、とおいた足の下にあるのは六個がつながったソロバン。
 ソロバンスケートならぬソロバンスケボー。
「――――!!」
 衝撃を受ける子供達。ただ、そのヴァレリーの後ろに佇む彼の弟子が二人。
「さすが先生‥‥!!」
 コニー・ブルクミュラー(ib6030)がキラキラと尊敬の眼差しで熱く見ている。
「全開、だな‥‥」
 何が、と言わずサイラス・グリフィン(ib6024)が少し遠い目をした。
「ソロバンって走るものじゃなかった気がしたのですが‥‥でも! レースに出るのならお二人には負けませんよ!」
 キリッと横顔に決意を滲ませると練習練習!とコニーが算盤を抱えてまずはヴァレリー直伝のソロバンスケボーを作りに行くのだった。
「ま、怪我がないようにな」
 いつのまにかライバル想定になっていることはさり気なくさておいたサイラスは、どれ一緒に遊んでやろう、と子供達に混ざっていく。


「曲がり角は危ないので、角で交代して走ってみればよいのでございまする」
 子供達の安全に気を配った寿々丸の提案に、三太がこくこくと頷く。
「ワシも曲がったことはないしの‥。多分上手く曲がれないのじゃ」
 とにかく、叱られないで算盤で遊べることが嬉しい三太は直線を楽しもうと思っていた。
 だがしかし、そんな子供の本能的危機回避能力も、身体能力の高い志体もちの前にあっては、問題視されないものであった。
 初めて算盤をつける開拓者がほとんどで、子供達に混じって長い直線廊下二本を使って練習する。そんな中―――
「わぁ、カメリアねぇちゃん?!」
 子供の声に一同が顔を上げると、カメリアがふらふらと片足走行で角に差し掛かる。コーナーを曲がろうとしつつ上半身をひねるのだが、そのまま微妙に傾きつつも直進する。
「「「あ」」」
 皆が目を離せないまま、ごち、と壁にぶつかって止まった。
「うん、こう滑ったらぶつかるですよねぇ、やっぱり♪」
 額をおさえつつ、てへと笑う。
 イメージトレーニングでは華麗にドリフトを決めたつもりが‥体重移動のタイミングかしら、と頬に手を当てて考えこむ。
「私は風! 一陣の風になるうぅぅ!!」
 打って変わってその横をアムルタートがジャーゴロロと音を立て、ものすごい勢いで走りぬける。両足に履いたソロバンは珠の尖りをやすりで削り、香油を塗ったらしい。
「ヒャッホーゥ!!」
 気持ちよさそうに歓声をあげ、てらてらと油の後を引きながら滑走する。
もはや、算盤は『走るもの』です、と言い切れる気がしてきた。
「なんの! そんな独走はゆるさないなりよっ!」
「うぁ、譲治兄ちゃん?!」
 アムルタートに気づいてジャジャッ!と加速したのは譲治である。ここは負けてはいられない。
 しかし、先頭のアムルタートが直角のコーナリングに果敢に挑戦し、壁を蹴り飛ばして曲が―――。
「そりゃああ!‥て――あれッ?!」
 曲がりきれない!
 香油で思う以上に滑ったため、慌てて柱を掴みに飛んだ。ぐいと腕を引き寄せてそのまま勢いでなんとか回転して着地する。
「‥ぅわった‥!すべ‥滑るなりよ!」
 遠くからの子供達には、香油に焦ってあわあわと腕を振り回している譲治が見える。角の減速がきかないらしい。
 なんとか、角の部屋に飛び込み前転で転がり込んだ。
 譲治がむくりと起き上がると、皆もふうと胸をなでおろす。


 そして、そんな様子をみて、廊下の壁からゆっくりと身体を起こした喪越がチッチッチ、と舌を鳴らす。
「甘い甘い。おはぎをお汁粉で流し込むくれぇに甘ぇなぁ! 見よこのフォルム! 風をかっきる流線型!」
 喪越が自信満々で用意したのは、幾つもの算盤を縦横につなぎ合わせて流線型にしたソロバンスケボー。
 しかしこれには一家言あるヴァレリーが、その横にガタリとソロバンスケボーを並べる。
「実用性こそが大切だ。機動力を制するものが勝者足りえるのだ」
 自信満々に、子供達がろう石で引いたスタートラインに立つ。
「おお、やるな?!」
「君もな‥」
「はい! 僕も参加します!」
 コニーも師匠の横にちゃっかりソロバンスケボーをセッティングする。
「あらぁ。ヴァレリーさん大丈夫かしら」
 サイラスに手をひかれて廊下の端にピックアップされながら、カメリアがフフと笑う。
「ったく、どいつもこいつも大人げのないこって…」
 世話好きのサイラスが子供を背中にのっけてやったままコロコロと転がりつつ、肩を落とした。回収係は出番が多そうである。
 三人が一線にならんで火花を散らしていると、たれたぬきのきぐるみでもこもこした北斗がスタート係をかってでた。
「では、よーい‥。スタートなのだぁ〜」
 ぺふ、と肉球がふりおろされるとジャ!と一気に地を蹴った。北斗のきぐるみ姿に見とれていたコニーが出遅れ、慌てて追いかける。

 ジャァァと多数の珠が唸りをあげた。
「がんばれー!」
「すごいすごい!早いやッ!!」
 子供達がきゃあきゃあと応援している。
 互いに負けじと牽制する中、ずいと抜き出たのは喪越であった。
 だが年長者の意地をかけてヴァレリーが猛追する。
「まだ終わらんぞ!」
「速さだけが全てじゃねぇ!美しさも兼ねた滑走こそが、人々を魅了す――」
 トップで曲がる喪越の全身全霊をかけたコーナリングに、スケボーがたわんだ。が、直角に耐え切れず膨らみ、微妙に斜めったまま――
 ガッ、とスケボーが部屋の敷居に乗り上げた。
「ああぁ!喪越殿!」
 三太の叫びと同時に、鮮やかなスカイハイを決める喪越。サムズアップした残像が空き部屋にフェードアウトしていく。
「ぬ、ここは重心を低く‥!!」
 スピードものり、滑らかに手でコーナーを制すべく、スケボーの上に座ろうと中腰になったヴァレリーの動きが‥‥とまる。
「まさか‥‥」
 サイラスが呟く。
「だ、だだ誰かとめて下さ、ぶ!」
 コニーが舌を噛みつつ大焦り。そういえば全力疾走の後止まる方法は練習してなかったことを思い出す。
「わ、私のことはいいから先に行け‥‥」
「せ、先生ー!僕にはムリですー!!」
 お互いの言うことが聞こえているのか分からないが、コニーがそのままヴァレリーに突っ込んでいく。
 ごろんごろんと二人が団子状になってそのまま突き当たりの壁にぶつかってとまる。
 北斗とkaitoが用意しておいた座布団があって助かった。
「‥‥あれは明らかに大人げなさすぎだろ。仕方ない、止めるか」
 栗の炊き込みご飯の仕上がりを見ていた哲心が、開拓者達のはしゃぎようにやれやれとしゃもじを置いたのであった。



●美味しいご飯!
「わぁーい!お腹すいてたんだ!」
「たっくさん食べてください」
 中庭に集合して、庭石に腰掛けている子供達を見て、真夢紀が満足げに頷く。
「真夢紀殿‥ありがたいのじゃ!」
 いただきまーす、の大合唱で子供達が栗ご飯の握り飯をほおばる。栗のホクホクとごま塩のしょっぱさが丁度いい。
「お茶! お茶いれよう! 三太、そっち配って」
「開拓者の兄ちゃん姉ちゃんたちは座っててよ!」
 給仕の手伝いも楽しい子供達は、算盤を一旦はずすと湯呑みに熱い茶を入れて配り始める。宗のしつけの賜物なのだろう。
 小さな擦り傷はあったが、寿々丸に薬を塗ってもらったり手当てをしてもらっていた。子供達には大きな怪我はないようだ。
 細く煙があがる落ち葉の山をガサガサと真夢紀が木の枝でかき分けると、中から焼き芋が転げ出る。
「やった!焼き芋なのじゃ!」
 三太がついお茶を運ぶ手を止めて覗き込む。
「きゃあ。これが焼き芋なのね!」
「火傷には気をつける、ですよ?」
 カメリアがあち、と片手ずつにもちかえながら半分に割ってサフィリーンに差し出す。
 ほっくりした黄金色の実に鼻腔をくすぐる優しく甘い匂い。
 ふぅっと湯気を吹きながら齧るとサフィリーンが目を丸くした。
「あっまぁい!」
「まだまだ美味しいものは用意してありますよ」
 ニコリと微笑みを残すと、真夢紀が次とばかりに忙しく厨房へと消える。しばらくすると今度は何かを炒める香ばしい匂い。
 大勢のために用意したのは焼きそば。玉葱、甘唐辛子、甘藍、卵にお肉に天かす‥ボリューム満点、具沢山の上、ソースの匂いがまたまた食欲を刺激する。
「やっきそっば♪ やっきそっば♪」
 譲治が大皿にてんこ盛りになった焼きそばを頭にのせて、ふんふふん♪と自作の鼻歌を歌いながら運んでくる。
「この匂い‥買いだしに市に行ったことを思い出しまするな」
 寿々丸も大盛の焼きそばを運びながら、三太と顔を見合わせるといたずらっぽく笑う。
「あの時もおいしかったのじゃ。じゃがこれも‥いい匂いじゃのう! 早く参ろう寿々殿。ワシもこれを早く食べたくて仕方ないのじゃ‥」
「では急ぎまするか!」
「はいなのじゃ! 譲治殿に負けないのじゃ!」
「はわっ?! 競争なりか?!」
「こぼしたら駄目でございまするよ〜」
 はらはらしつつ、寿々丸が譲治と三太を追いかけるのであった。

「秋はおいしいものがいっぱいなのだぁ〜」
 沢山遊んで沢山食べて。
 子供達のキラキラの笑顔に北斗も口元がほころぶ。初めて顔を合わせた開拓者同士も一息をいれて仲良く交流する。
 普通の大人達と違って怒らないし、全力で一緒に遊んでくれるとなると、算盤なしでも子供たちは開拓者にかまってほしくてまとわりついている。
「Kaito兄ちゃん! もっと遊ぼうよ!」
「俺?!‥よーし!」
 Kaitoの背中にも腕にもぶらんと子供がぶら下がっていた。そのまま落っことさないよう立ち上がるとわぁ高い!と子供達がはしゃいでいる。
「喪越兄ちゃん、俺、あのスケボーにのりたい!」
 栗ご飯の握り飯を渡しながら、三太の友達三人が弟子入りを志願する。
「‥お? お前ら見所あるじゃねぇか! 男は粋と心意気だぜ!」
 死ぬかと思った、という言葉は飲み込んで、喪越がバチンと片目をつぶってみせる。子供達も喪越の真似をして一緒に親指を立ててみせた。
「サイラス。君もあの子らのようにやんちゃだったな。怪我も絶えなかった」
「―――どうみても今の先生には負けますよ」
 庭石にそっと固まったまま腰を下ろしてポーズを決めているヴァレリーの言葉に、助け出したサイラスがため息混じりに答える。
 一見冷静な風を装っているが、そのままの角度で腰が固まっている師匠を背負って帰ることに決定、であった。
「あの‥」
 もじ、と年長の子が寄って来る。何事かと思えばヴァレリーに焼き芋と茶を持ってきたらしくそっと差し出す。
「うむ?」
「‥ヴァレリー先生。あ、ヴァレリー殿も先生、なのですよね? 実践にまさる経験はなし、ですね。僕すごいなぁっ!て思いました。格好よかったです!」
 それだけを照れながら言い切るとペコリ、と勢いよくお辞儀してたたた、と袴を翻していく。
「ほぉ。素直な可愛い子ではないか。――あれぐらいの敬意は邪魔にならぬぞ?」
「あー‥はいはい」
「先生が格好いいのは当然ですが、先生の弟子は僕が先ですよ!」
 可愛さに負けるものか、とライバル心をむき出しにして、むんと握りこぶしで先ほどの子供を見ているコニー。
「‥コニー、君は今も十分‥‥」
 負けてないんだけどな、と思いながら師匠と兄弟子は、擦り傷を作った末の弟子を見やるのであった。


 お腹が一杯になると、帰る間際になっても名残は尽きず、再び遊び始める。
「では、最後にレースを! 角ごとに交代でございまするよ!」
 寿々丸が開拓者と子供たちを組に分けて、廊下を三週するレースを企画する。
 相変わらずコースアウトする子供もいるが、角で応援しながらさりげなく北斗が怪我をしない様下敷きになってやる。
「これじゃたれたぬきさんじゃなくて、潰れたぬきさんなのだ〜」
「わーん。北斗兄ちゃんごめん〜」
 もふっとした手触りが心地よくてそのまま転がっていたい誘惑にかられつつも、苦笑する北斗と一緒に起きあがる。
「うぉわ!っと!‥と!」
 バランスを崩して庭に突っ込みそうになった子供をみると、スタンバイしていたサイラスがそれこそ算盤を履いたまま追いかける。
「サイラス殿!」
「ん!」
 寿々丸が素早く符を打つと、角に対して斜めの白い壁が突如出現する。サイラスの右足がそれを力強く蹴って角を綺麗に曲がる。
「すごい、です‥♪」
 カメリアがぱちぱちと拍手をする。
 子供救出担当が、出番の多さに結局一番上手くコーナリングを決めつつ、庭の池めがけて落ちかけていた子供の帯を後ろから捕まえた。
「やれやれ、全く目が離せないな」
 ジャーと慣性で廊下を滑る。性分といえば性分なんだけどと思いつつ、あっちもこっちも大忙しである。
「――ありがと、サイラス兄ちゃん!」
 落ちると思っていた子供が安堵して、てへへ、と照れながら礼を述べる。
「‥‥‥!」
「兄ちゃん?」
「あ。いや。素直さにちょっと今驚いた」
「? 変なのー」
 まぁな、と言いつつポリと頭をかくのであった。
 レースは三周と決めていながらも、もう一周!と片方の組の開拓者から泣きの一周がもし入れられ、どんどん周回は増えていった。

 最後には皆でムカデのように開拓者につかまって滑ってみたり、手をつないでペアになって滑ってみたり。
 応援してくれている和奏や寿々丸を見ると、三太が手を振り返す。
 あれもやろうこれもやろう、と気がつけばすっかり陽が暮れかかっている。
 さすがに泊まりはできないので、少々寂しくなってきた。
 それに気づいたのか、明るくアムルタートが笑う。
「楽しかったね〜♪ またしたいね♪」
「‥うん!」
 アムルタートといっしょにくるくる回りながら、子供達も元気よく答える。
「今度はお泊りもしたいのじゃ!」
 散々遊んでくたくたになっても、三太が楽しさを想像してじたばたする。

 もっと沢山遊びたい!けれど。
 算盤滑走大会は無事終了し、その幕を閉じたのであった。



●再び、学びの場
 宿から帰ってきた子供達には明らかな成長の跡があった。
 前にもまして真剣‥に勉強に打ち込むようになったかといえば、少し違う気がする。
「俺、開拓者になるんだ、絶対」
 それはまだわかる(?)が、
「目標!ナイスガイ!!」
「男子厨房に入らず、では生きて帰れないよな」
「きぐるみ!きぐるみってどこに売ってるの?!」
「何をおいても危機管理と臨機応変に対応できる柔軟な思考が必要‥‥‥」
と、それぞれ若干斜め上方向に何か走り出した子供達。
「算盤で存分に遊んだのではなかったのかの‥‥」
 大過なく無事に帰ってきた子供達が、ぶつぶつと意味不明な真剣さを見せる。
 しばらく大人し目なのは、少々気味が悪くもあるが。

 何かをつかんだのであれば、それも良い経験。

 ほほ、と笑いつつ、宗が横を走る三太をぬかりなく捕まえるのである。
「これ三太、習字は書き直しじゃぞ」
「ええ?! どうしてなのじゃ?!」
「どうもこうもあるまいて。兄者達に笑われとうなければしっかり頑張るのじゃぞ」
「うう‥」
「開拓者の皆さんにも笑われるぞ?」
 チロと上を向いて、宗がこぼす。
 はっ、と三太がそれを聞いて遊びに行こうとした足を踏ん張る。
「‥‥が、がんばるのじゃ‥‥!」
「うむ、よろしい」
 ぽん、と頭に手を置いて宗が頷く。


 目標を持つのは、善きかな善きかな。
 開拓者たちと触れ合った経験が子供達に何がしかの成長を促したと祈って。
 それぞれの楽しい思い出を語る子供達の笑い声が寺子屋にあふれる。

 再び会えたらどんな話をしよう。
 わくわくと想像しつつ、子供達が青く澄んだ空を見上げるのであった。


―――青い空の下で開拓者のくしゃみがひとつ。
「?」

 風に乗って子供達の笑い声が聞こえた気がした。