【花祝】紫陽花色の君達
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや易
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/08 21:20



■オープニング本文

●もう一つの依頼
「今から結婚式の準備? で、え‥と?」
 ギルド職員が依頼内容を書き取りつつ、思わず筆を止めて頭を上げた。
 そこにいるのは、やや背が低い初老の男。
 商人らしく身なりをきちりとそろえて、手元を覗き込んでいたが、疑問に気づいて同じく顔をあげてニコリと笑う。
「私やないですわ。画商をしてましてな、画家さん達とは懇意にしてもろうてま。それでその画家のお一人が、このたび若い娘さんとやっと祝言を挙げることになりまして」
「画家さん‥。そういえばついこの間、絵を運んで祝言の資金にしたいとか言ってこられた依頼が‥?」
「そうそう!それですわ。その絵を買い取ったのが手前どもの『五十鈴』でして。やっと祝言あげる、いうて聞いたんですわ。感じのええお二人でね。もうワシも年甲斐もなく嬉しゅうて」
 眦を下げつつ、ごそごそと懐から包みを取り出して依頼料をおく。
「実はその祝言を挙げる岳峻さんのために、絵を買うときに代金を上乗せしてくれ、と事情をきいた他の画家さんからも内緒でご祝儀預かってましたんや。これが結構になって‥。上乗せしてお支払いしましたけど、まだ残ってますのや」
「へえぇ!そんなこともあるんですね」
「招待状もきましてな‥先に岳峻先生のところに挨拶に行ってきた帰りですわ。二人の意向もあって、出来るだけ多くの人に集まってもらいたい、て言うてましたんで‥このお金で、祝言に沢山ひと来てもろたり、手伝ってもろたり‥できまっしゃろか?」
 開拓者に依頼を出したことのなかった五十鈴の店主は、あたりの開拓者達をものめずらしそうに見渡しながら不安げに尋ねる。
 結婚するきっかけもギルドの依頼のおかげと耳にして、それならばと足を運んだのだが。

 そんな店主に、事情を聞いたギルド職員が明るく笑う。
「宴を手伝ったり、盛り上げたりすればいいんですね!」
「そうです。お願いできますやろか?」
「戦闘以外のお仕事でも、お手伝いしていただけると思います」
「それはよかった。是非頼みます」
「そうと決まったら急いで貼り出しますね!」

 ギルド職員は最速の速さでしたため、仰いで墨をかわかすと、ペタリと依頼書を貼り出したのであった。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / レグ・フォルワード(ia9526) / エグム・マキナ(ia9693) / フラウ・ノート(ib0009) / アグネス・ユーリ(ib0058) / シャンテ・ラインハルト(ib0069) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / ユリゼ(ib1147) / 志姫(ib1520) / 蓮 神音(ib2662) / リア・コーンウォール(ib2667) / ソウェル ノイラート(ib5397


■リプレイ本文

●祝言はおまかせ!
 二人で住むにはがらんとした広い屋敷ではあったが、祝言をあげるために障子や襖などを取りはらって続きの間を作ることは一苦労である。
 岳峻と千佳の祝言を聞いて近所の者が総出で手伝いに来てあれやこれやと見当をつけていたとき、画商の五十鈴がひょこりと現れた。
「せんせ、すいません。勝手なことをとお思いでしょうが。ここは一つお任せいただけませんやろか」
 朝早くにやってきた店主は、近くの料亭を貸してもらったのでそこで式を挙げればよいという。
「いやしかし。私共は皆様に来てもらってここの家で十分‥」
「まぁまぁ。懐かしい顔もいらっしゃるんちゃいますか。さ。皆さん。荷物もって移動してくんなはれ」
 近所の者たちを追い立てるようにして、仔細を承知している画家仲間たちも移動を手伝う。
「でも、これはどういう‥」
「落ち着け岳峻、悪いようにはしないさ」
 岳峻の画家仲間がそう諌めると、さあさあと二人の背中を押すのであった。


「ここ‥ですか」
 連れられてきた千佳がぽかんと口を開けている。店の前を通ったことはあるが一見はお断りの高級料亭である。もちろん入ったことなどない。
「奥の一角を借してもうたんですわ」
「こんな料亭、私達に払えるかどうか」
「懇意の店ですからここのお代など心配あらしまへん。強力な助っ人も呼んでますさかい」
 半信半疑で岳峻と千佳が門をくぐり、石畳を踏むと志姫(ib1520)がにこやかに迎え入れた。
「本日はおめでとうございます」
 受付役として柔らかく微笑む。その後ろで琥龍 蒼羅(ib0214)も大小さまざまな木箱を運び入れながら、受付の手伝いを行う。
「結婚式というものは初めてだが――よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いいたしま‥す?」
 千佳が志姫と蒼羅に反射的に頭を下げた。料亭の人だろうかと訝る。
 だが、千佳が一歩庭先に回ると、とたたた、と軽やかな足音が複数近づいてきた。
「きゃあ♪千佳さん!こっちこっち!」
「千佳おねーさんおめでとー!」
 千佳が上がってくるのももどかしく、縁側に出たところでニーナ・サヴィン(ib0168)と石動 神音(ib2662)が飛びついた。光の洪水のようなきらめきに千佳が目をしばたたかせる。
「ど、どういうこと?!」
 抱きしめられながら千佳が岳峻を振り返るが、岳峻もぽかんとしている。開拓者に今回何も頼んだ記憶がない二人である。
「無事、この日を迎えられた事を、心よりお祝い申し上げます。この先のより一層のお幸せを、陰ながらお祈り申し上げます」
 すいと奥の間からやってきたエグム・マキナ(ia9693)が礼儀正しく座って手をついた。
 エグムに面識のあった岳峻はご丁寧に、と慌てて頭を下げる。
「あなたでしたか。もしや、手紙のことだけでなくこのような―――」
「いえ、私ではありませんよ。慣れないことですが、お手伝いしたく皆で参りました」
「皆‥‥?」
「早く上がって千佳ねーさん!」
 二人に手を引かれるままに千佳が縁側で草履を脱ぐと、心細そうに振り返る背を押されて廊下の角に消えていった。
「それは衣装だから控えの間だってば、レグ!」
「おまえなぁ、指示ばっかしてないでちょっとは手伝え」
「足元気をつけて。ほら」
「うぉっと。‥ソウェル、だからちょっとは‥!」
 こっち!と先導するソウェル ノイラート(ib5397)の後に続いて、レグ・フォルワード(ia9526)が盛大に載せられた荷物を抱え、文句を言いながらよろよろついていく。
「これはこっちだな」
 受付で見かけた蒼羅も岳峻の家から届いた荷物を中継点まで忙しそうに運んでいる。
 レグが足を引っかけそうになった机を寄せて、美しい庭の見える宴席で座席の配置を支持しているのはリア・コーンウォール(ib2667)だ。
 手早く座布団を並べるため、山と重ねて急いで運んでいる。敷き終わったと思ったらきちりと一直線に並ぶよう綺麗に整える。屏風や小道具の手配もあって気をつかうが、綺麗に整うとリアが楽しそうに頷く。
「お客さまがそろそろお見えですよ」
 志姫が料亭の仲居に厨房へ伝えてくれるよう頼む。会場が変わったと聞いてやってくる祝いの客が到着し始めた。
「どういうことですか、これは‥」
 岳峻が不思議そうな顔で、忙しく働く人々を目で追う。
「相手のいない身としては、いつになるかは分かりませんが――後学のため、手伝わせていただけませんか?」
 エグムにそう言われて、岳峻がいよいよ目を丸くした。
 自分の仲間の協力で開拓者達が祝言を手伝ってくれるのだと解って言葉をなくした。
 二人に関わる全ての人たちの心遣いが素直に嬉しかった。



●厨房の戦い
 時間は少々遡り、新郎新婦が移動してきてからでは間に合わない厨房担当は、朝早くから厨房の仕様を確認し、食材を運び込むと着々と準備を始めていた。
「フラウよ。よろし‥じゃなくて、お願いします♪」
 料亭から借りたエプロンをつけ、作業帽子に髪をまとめて押し込むと、フラウ・ノート(ib0009)がペコリと料亭の料理人と仲居に挨拶をする。
 料理人達も、料理経験のある助っ人は有難い、と喜んで迎えてくれた。
「これはまゆの戦闘服」
 持参したまばゆいばかりの白い割烹着に身を包むと、礼野 真夢紀(ia1144)がきゅ、と袖口を引っ張り上げた。
 気合は十分。やる気は満々。
 三十人のお客の料理と、それ以上に食べる飲むの開拓者達の分の胃袋も満たさなければならない。
「楽しい祝いの席には美味しいものが一番!鮮度も大切ですし」
 厨房見習いに大きさの違う盥を持ってこさせると、大きな盥に水を張る。小さな盥をそこに浮かべたかと思うと、中央に布巾を置いてその上から水を押し込んでもらう。
 きり、とした表情を浮かべると真夢紀が盥に手をかざす。
「ええっ、凍ってる?!」
 見習いが盥を持ち上げると氷の皿がそこに出来上がっている。
「次いきますよ。冷やしておいたり、お刺身盛ったりで沢山要りますから」
「は、はい」
 大量に運ばれてきた食材が氷の上に載せられる。涼しそうね、と様子を見に来た仲居が口々に誉めていた。
「フラウさん、魚焼くの得意? こっちの焼き物手伝ってくれないかな」
「魚!!手伝う‥じゃない、手伝います!」
「はは。敬語はいいよ。こっちも‥じるべりあだっけ、そっちのやり方も教えてもらいたいし」
 若い料理人はにかりと笑ってフラウと並ぶと魚を捌き始めた。
「鯛麺はこれでそうめんを茹でたら出来上がり!」
 神音は鯛を煮付けにしてその煮汁をつけて食べる鯛麺を一生懸命つくっていた。伸びないように、食べる前に素麺を準備するように伝える。
「ほう!こりゃ縁起がいいな。うちでも出すようにするかな」
 料理長が出汁を味見しながら、出来上がりを珍しそうにしげしげと眺めていた。


「どう?大丈夫そう?」
 活気ある厨房を覗いて十野間 月与(ib0343)が声をかける。かまどの火はひっきりなしに吹かれ、その傍では氷が山となっている。
 だが、作っている料理人と開拓者は汗だくである。
 目にも鮮やかで繊細な細工切りを施された料理がのった大皿がずらりと並び、美しい文様の小鉢がこれまたずらり。氷の皿には船形に盛られた立派な刺身が角をピンと立てて並んでいる。
「もうお客様が到着だそうですよ」
「よし、じゃあご挨拶がてらに小鉢お出ししてくれ!」
 仲居の言葉に勢いよく料理人が答えるとぞろぞろと盆に小鉢が載せられていく。
「丁度よかった、月与さん、これ花嫁さんと花婿さんに!」
 包丁を置いて手を拭くと真夢紀が千羽鶴の飾り簪と花霞の白粉、幸運のもふ根付を託してきた。
「わかった。渡しておくね!」
 月与が守備の上々さを確認すると千佳のいる衣裳部屋へと急ぐのであった。


●花と花嫁
「わ、千佳、とっても綺麗…」
 白無垢の裾をさばいて整えると、アグネス・ユーリ(ib0058)が鏡に映った千佳を見てにんまりと笑う。
「これも挿しておくわね」
 着付けを手伝った月与が螺鈿蒔絵の美しい簪を千佳の髪に挿す。肩に手を置いてその出来栄えに鏡を覗いて満足げに微笑む。
 そこに映った千佳は、すましたような自分の顔を見て、落ち着かないやらくすぐったいやら。
「あの、こんな盛大なお式‥私‥」
「いいじゃないの。私も式を挙げたばかり。幸せのお手伝いがしたいのよ」
「そうだったんですか、月与さんも‥!」
「ええ、少しだけ先輩ね」
 くすりと笑って傍にかがむと口紅を薬指にとって千佳の唇にのせてやった。じわりと潤んできた瞳をそっと拭ってやる。
「一番綺麗な姿を新郎に見せるまで泣いちゃダメよ」
 月与が片目をつぶってみせた。
「千佳ねーさん、神音からもお祝いに簪をもらって。‥せっかく千佳さんに勇気をもらったのに神音はまだ言い出せなくて‥」
 たはは、と神音が笑いながら簪を差し出すと、その手をそっと千佳が包んだ。
「ありがとう。神音さん、勇気をもらったのは私です。‥きっと、神音さんも叶います。きっと。だからこれは‥遠慮なくいただきますね、そして私も神音さんのときに簪をお祝いに」
 ぎゅう、と手を握られて神音が泣きそうになりながら笑った。
「まだ諦めてないよ‥神音も幸せになるんだから!」
「はい。準備しておきます」
 千佳が心からの笑顔でコクリと頷いた。


 披露宴となる会場は、既に満員になっていた。
 新郎新婦を今や遅しと待っている客に酒が振舞われ始める。
 手間隙をかけた料理は次々と並び始め、人々が箸をつけるたびに舌鼓を打つ。
「ふむ。流石は料亭の料理。上手いな・・・私もこのくらいつくれればな」
 リアが感心しつつ、一品一品覚えるようにしっかりと味わう。その横で祝宴の楽しそうな雰囲気を見渡して志姫が思わすにこりとしてしまうのであった。
 誰もかれもが楽しそうである。
 そんな広間の上座からわざとずれた壁の一面に、三幅の掛け軸が並べて飾ってある。
 それに気づいたからす(ia6525)はその前に席を陣取ると、しばらく動かず飽くことなく眺めていた。
「おや、気に入られましたか」
 岳峻の仲間である画家が面白そうにからすに杯を持って近づいてきた。
「これはいい。芸術は好きなんですよ」
「庭もすばらしいでしょう。この料亭は趣味が良くてね。ここに買ってもらえて岳峻の絵も幸せだ」
「新郎の絵ですか」
「そうです。悔しいが上手い。描き手の情がこもっているからなお美しい‥画家のハレの日に居合わすのもこいつの運命なんでしょうな」
 くいと杯をあおる。とろんとした目だが満足げに紫陽花を眺めている。
 からすは近くにあった銚子を持ち上げると空になった杯に注いでやった。礼を言ってそれを受けるとそうだ、と画家が言い出した。
「他の部屋にも俺達が書いた書画や襖絵がある。‥見ますか?」
「それは是非に」
「何、これだけいるんだ、余興に解説させますよ」
 ぱしと膝を叩いて画家は嬉しそうに仲間を呼びに行くのであった。



●寿ぎと舞
 新郎が紋付袴に着替えて体裁を整え、仲間達からやっかみも半分の手厚い歓迎を受けると新婦が手を引かれてしずしずと広間に入ってきた。
 ずらりと並んだ祝いの客が一斉に面を上げる。
 純白の花嫁衣裳は千佳のつつましさと美しさを十分に引き出し、また、輝かせるのであった。
 緊張した面持ちの千佳に岳峻がかろうじて笑顔をみせると、そっとその横に並び立つ。
 祝詞があがり、三々九度の杯。
 幾久しく共に生きていくことを誓いながら杯を傾けると、目出度く夫婦となった。
 正面を向いたまま、二人が深々と頭を垂れる。
 開拓者たちも用意された宴席でその様子をじっと眺めていた。隣り合う人々は口々におめでとうと声をかけ、暖かい拍手が何度も起きる。
 そして、なにやら岳峻の仲間とニ三言葉を交わして、からすが二人に近寄った。かさりと和紙を渡すと、中睦まじい二人の姿が書き写されていた。
「私の腕などこの程度ですが、ご満足頂けたら幸いです」
「私達を描いていただいたのですか! ありがとうございます」
 岳峻と千佳がそれぞれの姿をみて嬉しそうに笑った。今日の日のよい記念になるだろう。

「‥遅れちゃった!」
 急に陽が翳って羽音がしたかと思うと庭先に一匹の龍が舞い降りた。そこに降り立ったのはササユリを両手に抱えたユリゼ(ib1147)である。
「ユリゼさん‥?」
 髪に葉っぱをくっつけ、服に枯れ枝を纏わせながらユリゼが苦笑しながらあたりを見まわす。
「‥花を届けたくて。つい。‥あとで受け取ってもらえると嬉しいな」
 千佳のイメージに合った吐息のような淡いピンクのササユリを探していて、夢中になったあまりつい遅くなってしまった。
「‥‥先生」
 千佳がそういって岳峻を見やると、岳峻が無言で手を引いた。二人は宴席の真ん中を縫ってユリゼのもとへ近寄る。
 千佳がササユリごとユリゼを抱きしめた。
「ありがとうございます」
 涙声になりながら千佳がササユリを受け取った。そのまま客人を振り返り改めて二人が
礼を述べる。
 開拓者たちの助けがなければこの日を迎えることもなかっただろうと、ぽつりぽつりと来し方の感謝を岳峻が話し始めた。
 少し下がった位置で寄り添いながら、こらえていたのだろうが、ササユリに顔を隠しながら千佳が泣いていた。
「色々あってもたどり着くべきところがあるんだね」
 じっと耳を傾けていたソウェルがことりと杯を置いた。天儀式の結婚式が珍しいのか酒を嗜みつつぼんやりとその様子を見ている。
「おまえには着物がよく似合うから、天儀の式も合いそうだよな」
 その表情に気づいていたレグがポツリと呟きながら隣で酒を飲み干す。
「そうかな」
「ああ」
 岳峻たちを見ながらそっとついた手が重なった。
 そのまま酒を注ぎなおすこともせず、離れることもなく、レグとソウェルは黙って手を重ねて二人を見ていた。


 宴席が再び二人に祝杯を上げる頃には、宴も盛り上がりを見せてきた。
「一緒にする人は、よろしくだじぇ!」
 すっくとリエット・ネーヴ(ia8814)が立ち上がった。音楽と踊りの打ち合わせが決まったようである。
「私に出来ることは多くありませんが、お役に立てれば‥」
 フルートを手にシャンテ・ラインハルト(ib0069)がゆっくりと前に出ると厳かな曲を演奏し始めた。
 庭に小鳥が集まり始め、女性客からわあ、と歓声があがった。それを聞いて千佳の白無垢に感想を述べ合っていたニーナとアグネスが慌てて連れ立つ。
「あ、あとで食べるからとっといて〜」
「わかったわアグネスちゃん、ニーナちゃん。しっかり取っとくから行ってらっしゃい!」
 みんな頑張って〜!と開拓者達の分をしっかりとギルド職員の華 真王(iz0187)が皿に確保しながら応援する。
「お、合図か」
「始まったな」
 蒼羅とからすが楽しげに画家達と談笑していたが、傍に置いていたリュートとフルートを持つと合流する。
 シャンテの美しくゆったりとした曲に酒にしたたかに酔った客の喧騒も静かになった頃。
 用意の整った楽隊がすう、と息と視線を合わせる。
 その一瞬の静寂のあと。
 出だしの一音がピタリと揃うと、明るく早い曲調に変わった。
 フルートの二重奏に重なるリュート。ハープの音階がその飾り音を響かせ、やがて大きく華やかになる陽気な音楽は、聴く者の心をつかんで離さない。
「せーの!」
 踊る音を追いかけるようにアグネスが中央に出ると軽やかにステップを踏んだ。おお、というどよめきが起こる。
 負けじとリエットが飛び跳ねながら並ぶと、教えてもらったとおりにアグネスの踊りを追いかける。即興で打ち合わしたとは思えない出来栄えであった。
「その調子、リエット!も少しテンポアップで」
「うっわ、アグネスねーちゃん!早い!」
 くすくす笑いながら楽しくてしょうがない様子のアグネスの踊りを見て、シャンテが速度を上げた。なんとかリエットもついていく。
 初めて聞く音楽に聞き入る者、手を鳴らし踊りを楽しむ者。上手い料理と酒もある。料理を運んでいた仲居もこそりと覗いていた。
 幸せを噛み締めるように広間にいた者達が楽しい時間を過ごし、それを見てまた新郎新婦は嬉しそうに笑うのであった。



●この花を君に
「リエットさん、大丈夫ですか?」
「‥だ、大丈夫‥あれ?」
 岳峻が踊りを終えてへたり込んでいるリエットに水を差し出した。
「あ。そうだ!おめでとーございます!」
 きちんと座りなおして言い直すリエットに、岳峻も優しく微笑みながら対座して礼を言った。
「‥千佳さん綺麗!岳峻さんも男前〜!おめでとう!千佳さん!」
 ニーナが式に感動してぶんぶんと千佳の手を握って振った。
「千佳ねーさん、おめでとう‥」
 そっと神音が涙を拭う。
「ありがとう‥」
 開拓者達の手をとって、千佳と岳峻が一人ずつお礼を言って回る。
 すると、すっかり式が終わった気でいる千佳の腕を月与が取った。
「?」
「お色直し、って知ってる?」
「あの、もう十分‥」
「仕度は手伝います」
 ユリゼがにこりともう片方の手を取った。着物の時に手伝えなかったのが心残りなのだろう。
「‥では、新郎の方も」
「?!」
 ぽむ、とエグムが岳峻の肩に手を置いた。二人はもう十分、と辞退しようとしたがそんなことは祝いを楽しむ開拓者には関係なかった。
「では、歌と踊りでお待ちしてますね」
 フルートを両手で持ってニコリと微笑むシャンテの笑顔がダメ押しであった。


 月与は薄絹の単衣を仕立て直し、レース地の純白のドレスを用意していた。
 ドレスなど着たことがない千佳は手伝ってもらいながら袖を通すと、ユリゼに髪を解いて櫛で梳いてもらった。器用に編みこみを作るその手先をじっと鏡越しに見ていた。
 着物とは違う感触に足元がおぼつかない気もするが、初めてのドレスに千佳の頬が上気する。ふわふわとした感触が心地いい。
「月与さんすごい!力作!」
「きゃー素敵ね!」
「んふふ。ぴったり」
 ぞろぞろと覗きに来た女性陣の賛辞を受けて月与が胸を張る。
 ヴェールをかけて白いハイヒールを履かせると、白無垢とは違う華やかな雰囲気になる。
「そうそう、こんなことがあろうかと」
 アグネスが薔薇の花束を取り出すと千佳に持たせる。
「あたしの故郷辺りにはね、花嫁が花束投げるって風習があるの。受け取った人が次に幸せになるのよ」
「‥‥‥そうなんですか?!」
 驚きながらまじまじと千佳は薔薇の花を見つめる。自分の幸せな気持ちを誰かに分けられるのは、とても嬉しいことだと思った。

「もうちょっと身体のラインが出る感じがいいんだけど」
「‥新郎にそれは関係ないのではないですか」
「えー。帯もきゅっと締まっていいけど、燕尾服のきゅ、も大事よ!」
「‥‥なにやら白熱しているところ申し訳ないが」
 エグムとマオに着替えさせられ、慣れないネクタイに閉口している岳峻である。
「もうちょっと襟元あける?髪は少し垂らすかな‥」
「いや、紳士的にぴしりとした方が‥」
 岳峻をはさんでこちらはささやかな攻防?が繰り広げられていた。


 歌も踊りも客を楽しませていたが、音楽とともに新郎新婦が庭先に現れると一斉に皆がそちらを拍手で迎えた。
 先ほどよりも二人がぎこちないのは、お互いに天儀で見たこともない服装だからだろうか。美しい白いドレスを纏った新婦は、なれないヒールで転ばないように、教えられたとおりしっかりと岳峻の腕に手を回す。
「す、すいません。こうするものらしくてっ‥」
「いや、なに‥」
「あの‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥変ですか、やっぱり‥」
「いや、そんなことは!」
 消え入りそうな千佳の声にばっと向き直った岳峻だが、ヴェール越しに目が合うとぱっと逸らした。
「似合ってると思う‥。その、とても‥綺麗で」
 間が持たないのか照れ隠しに、服装に合わせてなでつけられた髪をぽりぽりと掻く。
「や、さっきも綺麗だったが、もちろん。ええと、その‥」
 取り繕う岳峻の腕を掴む千佳の手にきゅっと力が入った。岳峻が振り向く。
「先‥‥岳峻さん、も、素敵‥です」
 薔薇の花束を握りなおしながら、おずおずと初めて千佳が岳峻を名前で呼んだ。
 二人して今更ながらに耳まで赤くなるのであった。
 そんな二人を肴に、会場は祝いムードで盛り上がる。
「素敵ねぇ‥。マオさ〜ん。私も結婚出来るのかなぁ〜」
 二人の様子を見ていたニーナがほろ酔いになりながらマオにもたれてきた。マオも感嘆のため息をつく。
「本当、見ているとうらやましいわね〜。でもニーナちゃんもきっと綺麗な花嫁さんになる時が来るわ!あたしも頑張るし!」
「えーと、それは‥花‥嫁さんでいいのかしら」
「え?もちろんよ」
 そう‥とニーナがそれ以上何もいわずにそっと笑った。


「じゃあ、花束を投げますね」
 式が終わりにさしかかると、庭にぞろぞろと開拓者達も含めて花嫁から花束を受け取るべく人々が集まってきた。
 教えてもらったとおり千佳が後ろを向くと、えいと空高く花束を投げた。


「!!」
 次に受け取ったのは開拓者のあなた。
 薔薇の匂いにつつまれて、幸せな時間がやってくる。
「どうかお幸せに」
と。
 千佳と岳峻が微笑んで手を差し伸べる。

 どうか二人の幸せをそのままに、受け取ってください。
 それが千佳と岳峻からの願い。

 『雨』は上がり。
―――そして、幸せがあなたに降り注ぐ予感。

 きっときっと、幸せが訪れますように。