【花祝】紫陽花色の君と
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/25 00:19



■オープニング本文

●露の花
 しとしとと、雨の音がする。
 雨は激しくもなく、心を落ち着かせるように降り注ぐ。
 梅雨時の生活は大変だが、千佳(ちか)は大事そうに菓子を袖でかばいながら、用事を済ませて予定通りの刻に帰宅した。
「‥あら?」
 傘をたたんで中に入ると、古い屋敷の玄関に見慣れた草履が揃っている。
 岳峻(がくしゅん)は画家仲間のところに行くといっていたが予定より早く帰宅したようである。
「先生! お戻りが早かったのです‥ね?」
 手ぬぐいで雨を拭き取り、画家である主の作業場に顔を出すと、がらりとした部屋には誰もいない。散乱しているのは紙と絵具。
「‥‥‥?」
 雨の匂いが部屋に吹き込んでいることに気づいて、部屋を横切り濡れ縁の方へ出向く。
「あら、まあ」
 岳峻の姿を発見して、千佳が思わず噴き出しそうになった。
 大きな紙を前にして、筆を持ったまま縁側で大の字になって岳峻が居眠りをしている。
 広がった紙には、目の前でそぼ降る雨に濡れている紫陽花が見事に写し取られていた。
 色付けが途中なのだが、鋸状の葉の上に紫陽花のガクの一枚まで美しい線で描かれている。
 千佳は岳峻の紫陽花の絵が好きだった。
 父が亡くなって岳峻のもとへ引き取られた時も、雨の日だった。そんなことを思い出す。
 幼い自分に差し出された温かな手。
 その手を握り締めて今まで生きてきた。
「お疲れ様です――」
 そっと筆を手から取り、上着をかける。
 ここのところ、連日夜遅くまで仕事に熱中している。めでたく開拓者たちのお膳立てもあって、二人は恋人になったのではある、が。
 まだ祝言もあげず、なんだかんだと雑事に追われて、梅雨。
 岳峻らしいといえばそれまでなのだが。
 千佳としてもそれ以上何も望まず、絵に熱中している岳峻を応援するだけであった。
「好物の水饅頭‥‥あとでお持ちしますね」
 傍らに座り込んで寝顔を見るとくすりと笑った。
 まだ先生と呼んでしまうのだけれど。
 じっくりと話す時間もなく、こうやって二人揃って雨音を聞いているのが、とても貴重な時間に思えたのであった。



●依頼は雨音とともに
 開拓者ギルドとて、梅雨時は人の出足が鈍る。
 その中で、一息つきながら依頼を整理していた職員の手がふと止まる。
「緊急じゃないけど‥これって大事なんじゃないかしら」
 依頼の主は画家の岳峻。
 先ほど雨の中をやってきて、先日依頼した絵が出来上がったので是非に頼みます、と念を押しに来たのだが‥。
 妻となる女性と祝言をあげる資金のために、三幅の紫陽花の絵を町まで売りに行ってもらいたい、とのこと。梅雨時でもあるため、雨の対策をしっかりして峠を越えられたい、とギルド職員が聞き取った注意も書いてある。
「雨だもの。紙は大敵よねぇ」
 梅雨でない時期に天候を選んで売りに出すほどの時期的余裕はないようだ。
 祝言の準備のために、ということは無事売れないと祝言は延期ということに‥。
「だけどあの辺りって、また盗賊が出ていたような―――」

 困ったなぁ、と我が事のようにギルド職員はため息をつくのであった。





■参加者一覧
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
イリア・サヴィン(ib0130
25歳・男・騎
ニーナ・サヴィン(ib0168
19歳・女・吟
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
霧雁(ib6739
30歳・男・シ


■リプレイ本文

●雨に集う
 依頼を引き受けた一行が岳峻の家を訪ねると、玄関の賑やかさに岳峻が作業部屋からひょこりと廊下に顔を出す。
 待ちかねていたのか、自ら迎えに出て深く頭を下げた。
「お待ちしておりました」
「先生?」
 慌てて応対に出てきた千佳がその光景を見て不思議そうにしている。
「千佳さ〜ん!」
 ニーナ・サヴィン(ib0168)が千佳を見つけて抱きついた。
「こら、ニーナ」
 妹がいきなり抱きつくのを見てイリア・サヴィン(ib0130)がたしなめるが、おかまいなしである。
「きゃ‥!ニーナさん? アグネスさんも?」
 千佳が覚えのある顔に驚く。
「今回もちょっと依頼でね」
 アグネス・ユーリ(ib0058)が片目をつぶってみせた。
 依頼?と呟く千佳に岳峻が慌てふためく。
「あー‥私がお呼びしたのだよ!ささ、上がってください!」
「そうですね。今拭くものと熱いお茶、お持ちしますね」
 事情を知らない千佳は、廊下を小走りに消えていった。
 その背中を見送ってふぅ、と息をついている落ち着かない岳峻である。


「わぁ。綺麗‥」
 ユリゼ(ib1147)が丁寧に外套の雨を拭き取ると、岳峻に許可を尋ねて絵の前に座り込んだ。
 岳峻の部屋には、三幅の掛け軸に仕立てられた紫陽花の可憐な絵が掛かっていた。左から咲き初めたガクの爽やかな緑、寄せて咲く若く鮮やかな赤紫、静寂と落ち着きを持つ大輪の深い青へと色が移っていく。ガクと葉をつたう水滴が、絵に広がる静かな雨の中にあって紫陽花の生命感を際立たせる。
 この細やかな情景はこの時期にしか描けないと思わせる力作であった。
「お茶こちらに置きますね」
 表具の仕立ての様子も熱心に見ているユリゼの様子にニコリと笑いながら声をかけ、千佳が蕨餅と一緒にお茶を運んできた。
 岳峻が掛け軸の箱を用意している事にやや千佳の顔が曇る。
「売りに出されるのですか」
「え?‥あ、あぁ、急な注文が入って‥ね」
「雨の中ですのに‥」
「うん?‥そうなんだが‥‥その‥」
 言葉に詰まってぽりぽりと頭を掻く。
「岳峻さんに縁のある方のお祝い用で‥お急ぎだとか」
「岳峻さんの大ふぁんなのですって♪」
 不器用な岳峻に変わって、ユリゼとニーナが明るくフォローする。
「そうですか‥この絵は幸せな方がお求めに‥」
 千佳がお盆をそっと置いて絵を眺める。嬉しそうであり、少し寂しそうな顔をする。
 二人の様子を黙って観察していたようにも見えた蓮 蒼馬(ib5707)が、やおら立ち上がった。
「では、先に準備をしてきます」
「私も」
 いつもより高い声で言ってみた霧雁(ib6739)がこほんと咳払いをして喉の調子を確かめる。
「色々対策をしないと。油紙はありますか」
 イリアが、盗賊のことも含め作戦を説明するため理由をつけて岳峻を呼び出した。
 もちろん紙を扱う仕事柄、油紙も分けてもらえると有難いのは本当だ。
 残った三人も運搬の為に掛け軸を取り外して延べたりと忙しい。
「ところで」
急に何かを思い出して千佳が表情を輝かせた。
「ニーナさんたら水臭い。旦那様がいらっしゃったなんて‥!」
「え?」
「素敵ですね。お二人とも金色の髪でキラキラと‥お似合いです」
 ふふ、と嬉しそうに千佳がニーナの両手を取る。
「‥‥‥‥っ!!」
「そう見える、ね」
「いいんじゃないですか」
 ぽん、とアグネスとユリゼに両方から肩を叩かれるニーナ。
「ちが‥‥っ」
 あれは兄さん!と力説すればするほど、またまた、と勘違いした千佳が笑うのであった。



●大敵ぞろい
 ギルドから借り受けた大八車の板を二重底になるよう細工し、肝心の掛け軸を障子紙や油紙で挟んだり厳重にくるんだりして、慎重に納める。
 その上に大小も深さもまちまちな木箱を納める間隙をつくるのは、大八車に急ごしらえで作られた屋根。
 あわせて、中の木箱と二重底まで雨や泥が跳ねないよう周りをめでたい蝋引きの紅白布で覆う。
 味気ない荷車が花菖蒲や花魁草で飾られると、いよいよ嫁入り道具を運搬する荷車に早替わりであった。
 先頭を歩くのは、嫁入り道具を引かせている恋人達に見える。

 峠を目指して強まってきた雨の中、愛藍傘で睦まじく身を寄せ合うのは蒼馬と霧雁である。
 霧雁はジルベリアの貴婦人たる黒いドレスの装い。大胆に開いた胸元であるがストラや扇子で豪華さとつつましさを補足する。
 勿論胸も完璧に作り上げ、泥はねを避けてドレスをつまんだ時に覗く足元の手入れも忘れていない。
「濡れて風邪を引くと大変だ。もっとこっちへおいで」
「まぁ、なんてお優しい」
 美しい髪を背中に流しながら霧雁が蒼馬の肩に頭を預け、傘持つ腕に腕を絡めつつ、熱愛を披露する。

 後ろで車を引いているユリゼとアグネスは、外套を目深にかぶり、その様子に思わず近寄ってしまいそうになりながら‥距離を測りなおす。
「賊が来たら‥合図は見逃せませんよ、ね?」
「し、集中できないとかそんなことは‥」
 もれ聞こえてくる甘い台詞の応酬にによ、と笑ってはコホンと表情を作り直す二人であった。

「大丈夫、俺がついてるから怖くないよ」
(変なしなを作るな!)
「流石、私が愛するお方‥」
(これくらいしないとでござるよ!)
 水面下の攻防?をさりげなく視線で交わしながら、ぐぐぐ、と蒼馬と霧雁が至近で見詰めあう。

「きゃ、仲睦まじくて羨ましい♪」
「はは‥目の毒だな」
 車を後ろから押しているのはニーナとイリアの兄妹である。
「あたしもやってみたかったなぁ‥」
「おまえがイチャつくのは駄目だろう?!」
 外套を被ったイリアが兄馬鹿っぷりを遺憾なく発揮する。
「兄さん‥ニーナはもう大人です」
 まじ、と口調を改めて言ってみた。濡れると眼の毒だと兄が持参した外套を被らされてはいるが。
「おおお、おとな?!」
 ガタガタっと車が揺れ、イリアが慌てて力を入れて抑えなおす。
「‥‥‥予想通りの反応ね‥」
 言ってみただけなのだが、結果、心配性の兄にその後質問攻めに合うことになる‥。


 そんなお熱い?会話を聞きつけて、また、荷物の紅白布をみてヒタと足音がついてくる。
 それを霧雁の聴覚が拾い集め、数を確認する。
 集まってくる―――その数、十。
 霧雁が優雅に腕を解くとつつっ、と蒼馬の背中をなで上げた。
「ひ(ゃ‥‥っ)!」
 蒼馬が傘を落としそうになりながら、咄嗟に片手で口を押さえる。
「合図ですわ!」
「合図ですわね♪」
 ユリゼとニーナが握りこぶしを作る。
(何でこれが合図なんだ!)
 蒼馬が抗議の視線を霧雁に送るが、その間にバラバラと人影が二人の前に現れた。
「ただでさえ長雨で鬱陶しいてェのに」
「三組も恋人共たぁ‥」
 弓矢を番えた三人を従えて、先頭の盗賊が被りを振りながら言った。
 勝手に心底絶望している。
「従者までかよ!」
 車の後ろから挟み撃ちをするように追いついてきた盗賊の五人が面白くなさそうに見やる。
 そこまで言われてピンとアグネスが気づく。
「ユリゼ‥あたしたちも勘違い?みたいね」
「外套のせいとはいえ、私が男性役でしょうか」
「んー可愛い少年っぽく見えなくもない‥から?」
 車を引く手を止めてきゃっきゃと面白そうに盛り上がる二人。
「盛り上がるなよ!そこ!」
 自分が言ったことを棚上げして苛立った盗賊が抜き身の刀を向ける。
「だから兄さんだってば!」
「嘘つけ!痴話喧嘩してただろう!」
 ニーナの抗議にギリと後衛の三人が弓弦を絞る。
 あらゆる被害妄想が発動しているようである。
 しかし、イリアがニーナを素早く背にかばう。
「‥‥荷物はやるから助けてくれ」
「ほぉ。色男の方は理解が早いな」
 ニヤリと盗賊をまとめている年かさの男が言い、顎で指示する。
「まぁ、怖い」
「怯えている君も素敵だよ」
「あなたこそ頼もしい‥」
 荷主の蒼馬と霧雁はまだいちゃついている。
 その様子に歯軋りしながら男共は荒々しく紅白の幕を跳ね上げた。
 そこにある木箱に目を輝かせる。
「よし俺が」
 もみ手をして木箱に手をかける。紐を解きカタリと蓋を開く。ガサゴソと中に手をつっこんで―――怪訝そうな顔。
「何だコレ?!」
 紙切れを読んでわなわなと震える。そこには筆で『はずれ』の文字。
「こっちもだ!」
 もう一人が『残念♪』と書かれた紙を握り締めている。
「くっ‥!」
「当たりがあるはずなんだが」
 ポツリと独り言を蒼馬がもらす。
 盗賊は当たりが何なのかはわからないが、こうなるとヤケである。
 総出で箱を開けたおし―――
「ぐあっ!」
「ぎゃ?!」
 ばね仕掛けの手甲に顔を殴られたり、両手がどろりと油にまみれたり。実害がなくても紙片の言葉には青筋もたつ。
 幾つかはそれらしき婚礼道具も見受けられたが、色あせたり時代遅れの模様だったり。
「なんだこの荷車!」
 木箱が道に投げ捨てられ、カシラが苛立ちに頭を掻き毟りながら叫んだ。折角の獲物だと思ったのに。
「説明しろ!」
「知りませんよ!」
 仲間割れまで始めた盗賊である。このまま諦めるかと思われた―――が、
「くっそ!」
 ガッ、と盗賊の一人が悔し紛れに大八車に短刀を突きたてた。
 開拓者の肝が冷える。
 刺した板がガタついた気がした盗賊が、おや?と顔を近づける。
「もしかして―――」
 言いかけた盗賊めがけてアグネスが小さな箱を拾い上げて近づいた。
「紅白大福は本物よ」
 箱を開けると顔に大福を箱ごと押し付けた。
「?!」
 視界が閉ざされた男のもとにしゃがみ込み、そのままアグネスが左足で捌くと男が派手に転んだ。
 ニーナが駆け寄って短刀を引き抜くと、雨が振り込まないように紅白布を元に戻す。
「こいつ!」
「きゃ!」
 ニーナの腕を背後から掴んだ盗賊が荒々しく引き寄せる。眠りにおちる歌を歌って‥と考えた瞬間、衝撃と共に自由になった。
 隠しておいた盾を手に、イリアが盗賊に強烈な突進を喰らわせたのだ。
「今ニーナに手を出したのはお前か‥」
 尻餅をついている男の眼前に剣を突きつける。さっきまでの従順な様子から一変し、イリアの眼が据わっている。
 ごくりと喉を鳴らして盗賊たちは気迫に負け、じりじり引き下がり始める。
「に、逃げるな、撃て!」
 カシラが手を下ろすと、一斉に弓が放たれる。イリアが盾で弾くとともに、ユリゼの真空刃が追尾して叩き落す。そのまま、弓手の手元も狙う。
 アグネスがひらりとかわしながら盗賊の中へ跳躍する。
「大抵の後衛はね、接近されると弱いものよ」
 くすりと笑うと足技でなぎ払った。
「そろそろ出番か」
 懐に忍ばせておいた三節棍を取り出すと、蒼馬が素早く集団に追いついた。背後から切りかかる敵を交わしながら振り抜いた三節棍が殴打する。
 棍が戻る反動で更に縫うように歩を進めながら足腰を打ち据え、重心を崩させる。
 霧雁が衣装の制限を受けないよう、ユリゼの魔法が霧雁の敏捷性をあげた。
 ああ、怖い、とまだいいつつも木の葉の幻影と共に刀や弓をかわし、扇子で流しながら肘や拳を懐に埋め込んでいく。
「6月の花嫁は幸せになれるっていうのに‥人の幸せを大切にする気持ちがないといつまでも非モテなんだから!」
 ぷりぷりと怒りながらニーナが盗賊どもに叫び、兄さんやっちゃえ!と応援している。
 声に応えるようにイリアの盾が刀を弾き、ギリギリのところまで相手を痛めつける。
 ユリゼは危なげない戦闘を確認すると、車を調べた。
「八つ当たりもいい加減にしなさいよね。むさ苦しい‥」
 二重底まで刀傷が到達していないことを確認して胸をなでおろす。

 憂さ晴らしと実益を兼ねて襲撃したはずだった盗賊だったが、見事に返り討ちにあった上、ニーナの歌声で雨の中眠る羽目になり‥‥得たのは怪我と風邪だけであった。

 空の荷車は峠を越えて画商の元へ急ぐのである。



●言葉は紡がれ
「これはよう出来てますなぁ」
 画商『五十鈴』の主人は、雨の中痛んだ様子もなく届けたことにまず驚き、掛け軸の出来栄えに二度驚いた。
 暫時眺めたあと、ご祝儀ですし、と事情を知っているのか聞いていた金額よりかなり多めを包んで開拓者に渡した。


「お届けにきました」
 岳峻の家にとって返すと、蒼馬がそっと卓に包みを滑らせた。
「これは‥多くないですか?」
 岳峻が受け取って包みを開けると中身に眼を瞠る。
「ご祝儀だそうよ。あと、道具屋さんにも渡りはつけといたわ」
 古くなった結納品を仕掛けにもらいに行き、ちゃっかり値段交渉もしてきたアグネスである。
「皆さん‥ありがとう」
 す、と拳をついて正座したまま後ろに下がると、岳峻が声を詰まらせながら深く頭を垂れた。
 事情が判らないで同席していた千佳がおろおろと視線を彷徨わせる。
「千佳‥」
「? はい」
「すっかり遅くなった。‥私と結婚してくれるだろうか」
 形などどうでもいいと言ってしまえるほど、乱暴には扱えなかった。男のつまらない意地が喉につかえて、どうしても今までうまく言えなかった。
 だが、これで。
 千佳に美しい花嫁衣裳を着せてやれる。
 沢山の人に祝ってもらえる祝宴を開くことが出来る。
 この手にある多くの人々の想いが、するりと声を押し出した、と岳峻はそう思った。
「先生‥‥!」
 口元を両手で押さえた千佳の眼からぼろぼろと涙が落ちた。自分の為だったと全ての事に合点がいくと固く眼を閉じて肩を震わせた。
 全身全霊を込めて仕上げたあの絵が。
 自分の為に描かれたのだと思うと嬉しくて仕方がなかった。
「は‥ぃ。はい‥‥」
 それ以上言葉にならなくて、申し出に何度も頷くことしか出来なかった。
 張り詰めた岳峻の肩から力が抜け、優しい目でそんな千佳を見つめていた。
「きゃあ♪おめでとう〜!」
 ニーナに抱きしめられて千佳は声をあげて泣いたのであった。


「俺の娘が千佳譲に肩入れしていたと聞いたが‥養い子と結ばれることに迷いはなかったのか‥? 俺は‥どうすべきなのか‥」
 岳峻が見送る玄関で、蒼馬がポツリと呟いた。
 目が合うとハッとして、忘れてくれ、と誤魔化そうとしたのだが―――岳峻が苦笑した。
「迷いや遠慮など、あるに決まってます。だが、それを越えてあの子が伝えてきてくれたのです。私の悩みや葛藤など、今となっては小さなものでした」
 蒼馬の境遇を察したのか、岳峻が何かを重ねたように静かに笑む。
「きっと見つかりますよ。答が。すべてのご縁がそれを指し示すものです」
 そう言って表に送り出す。

 軒先で、ありがとうございました、と岳峻が開拓者達に頭を下げた。
 傍に寄り添う千佳も同じく。

 開拓者達が辞去する時には、雨が嘘のようにあがり、紫陽花が露をきらめかせていた。
 雨の日を寄り添って生きていけるのなら、きっとどんなことも乗り越えられる。
 長い時間をかけて遷ろう色を互いに見守ってきた二人なら。

 そっと涙の雫を拭って手を振る千佳を岳峻が密かに見やった。

 この光景は一生忘れない。

 共にあろう。
 生きていこう。

 美しき紫陽花色の君と。