放たれて候
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/17 19:49



■オープニング本文

何処から来たのか。
何処へ行くのか。

それは尋ねない。
その代わり、どこかで会えると信じていて。

どこかで笑っているとだけ信じていて。



●火事
「まぁ、見事に焼けたもんだね」
 焼け出されたままの格好で逃げてきた女郎達の一人に、白蓮(びゃくれん)が笑った。
 手も足も煤と泥だらけ。
 白蓮のいる大見世(おおみせ)に預かりになった柚木(ゆずき)が苦笑する。
「大人数でごめんよ、姐さん。ちょいとお世話になる」
「あいよ。何も知らない顔じゃない。そっちの見世が建て直すまでいたらいいさ」
 紫月楼(しげつろう)の一番の売れっ子女郎である白蓮は、たおやかな手で煙管を持ち艶然と笑った。気風のよさと面倒見のよさは折り紙つきである。
 白蓮に芸事を師事したこともある柚木は、火事で燃えた見世の女郎たち数人と預かってもらうことになり、ほっとした。
 簡単な仮見世ができるまで、と白蓮が女将にとりなしてくれた厚意に甘えることにする。
「あんたは…このままひくのかい?」
 仲間も引き上げ、ひとまず用意された部屋に柚木も引き上げようとしたとき、その後姿に白蓮がぽつりと声をかけた。すべてを見透かしたその言葉に息を止めた後、かなわないなぁと笑う。
「女将次第だけど。うまくまとまりそう、かな」
「おめでとう。とうとうあんたも身受けなんだね」
 得心したように、白蓮がくいと白い喉を見せて猪口をあおる。お銚子を差し出すと柚木が障子を閉めて戻り、いそいそと白蓮のそばに座ってご相伴に預かる。
「姐さんのように、柳に風と受け流すほどたくさんない話だから」
「あたしはちっとも家のことなどできないだけだよ」
 祝いの杯がわりの酒を飲み干す柚木を、少し寂しげな笑顔で見つめる。
「それはあたしも心配…ほら、不器用だし」
「…確かに。なにしろあんたの初見の三味の不味さといったら…」
「いわないでおくれよ〜 あれは特に苦手なんだから」
「はいはい」
 久しぶりに会った姉女郎に甘えたい気持ちもあった柚木は、先ほどまでの火事騒ぎも何処へやら、二人きりで昔の話をして少し楽しい気持ちになれた。



●放たれて
「この街から…逃げる?」
「今なら火事のどさくさに紛れて…」
 柚木が白蓮との話を切り上げて戻ると、ひそひそと話していた女郎達が口を閉じた。
「柚木姐さん」
「なぁに?」
 手足を拭きながら聞き返す柚木に、妹女郎の静音が膝を向き直した。
「今ならここから逃げられるかな」
「‥‥馬鹿なことをいわないで。捕まったら見せしめに仕置きされるよ」
「だから捕まらずに‥‥」
「自分は捕まらないなんて思うんだよ、誰だって」
 ピシャリとはねつけた。口調は自然と厳しくなる。
「だって」
「何処へ逃げるって言うんだい。間夫を頼りきった夢はあきらめな」
「‥‥‥正蔵さんとなら、幸せになれる気がするの。ねぇ、姐さん‥‥」
「‥‥気のせいだよ。忘れておしまい」
「姐さんは身受けがあるからそんなことが――」
「静音!」
 びく、と静音の身体が強張った。
「‥‥‥忘れちまいな。遊女の恋なんて悲しいだけだよ」
「‥‥‥」
 静音は唇を噛んで下を向いた。
 そして、それきり、何も。

―――だが、翌朝、妹女郎の姿は消えていた。


「姐さん! 白蓮姐さん!」
「どうしたんだい、柚木、血相変えて‥」
「あの子‥外へ逃げちまった!」
「‥‥しっ。静かに」
「あ」
 白蓮に指を立てられて、柚木が思わず口を覆う。辺りを見回しながら白蓮が柚木を部屋に入れると、そろりと後ろ手に部屋の障子を閉めた。
「どういうことだい」
「馬鹿な子だ、本当に馬鹿だ。あれほど止めたのに‥」
「柚木‥」
 言葉を呑みこんで痛みに耐えるように俯いた柚木を、白蓮がそっと抱きしめる。
「大丈夫。話してごらん」
「―――姐さん、後生だ。逃げた女郎に‥なんて。ご法度なことは分かってるよ。だけど」
 振り仰いで白蓮の腕にしがみつく。
「だけどお願いだよ、静音を助けて‥!」


 
 こうして、密やかに白蓮の元から使いが放たれる。
 開拓者達がごった返す神楽の都のとある酒場。にぎやかな笑い声と共に酒を嗜む者、空腹を満たすもの。
 その中で、信に篤く腕の立ちそうな者にひそりと声がかかる。

―――禁を破り男の元へと逃げた遊女を一人、護り見届けてほしい、と。



■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰


■リプレイ本文

●闇は明かりを求めて
 不安と焦りが佐久馬(さくま)までの道を狂わせた――
 今ならそれが理解できる。
 そしてもう幾度となく探した森の出口を思う。
 心細い気持ちを守ってくれるのは、胸の前で握り締めた懐剣だけ。
「きっとバチがあたったんだ‥」
 とうとうそれを口にすると、静音の視界が滲んだ。
 夕刻にすぐに抜けられると思って足を踏み入れた森は、とっくに光を失った。
 アヤカシが出るなんて迷信をまともに信じたわけじゃない。
 だけどこの薄気味悪さに背筋が凍る。足元を照らす明かりもない。
「きゃあっ!」
 下草に足を取られて尻餅をつく。力仕事など知らない柔らかな手足に派手に傷を作った感触。
 痛みに顔をしかめて腕を抱き、そのまま膝を抱えた。
 進むためには明かりがほしかった。声をあげて泣きたかった。

 そんな静音の目の前に、ぽう、と静かに狐火が灯った。



「基本、女の子の恋愛は応援するんだけど」
 アグネス・ユーリ(ib0058)がガサガサと低木を割りながら御調 昴(ib5479)と共に森に分け入っていた。
「逃げる‥のがよいかどうか、決めることは出来ませんが」
 松明を掲げながら、昴がきょろきょろと静音を探す。
「筋が通らないのは嫌いなのよね」
「はぁ‥。でも今はなんとかしないと、ですし」
「もう、昴ッたら優しすぎ!」
「や、やめてくださいよ!」
 わしゃわしゃと頭を撫でられて松明を取り落としそうになった昴の視界に、ふっと影がよぎる。
 アグネスも気配に気づいて振り返る。
 闇の中に浮かぶのは、粗末な着物姿の少年。
「静音の特徴って片二重で右頬にホクロ、よね」
「今更な情報を呟いても‥明らかにですね‥」
 柚木から開拓者達が事前に聞いていた特徴を確認するまでもない。
 目の前で少年が何かをくれといわんばかりに片手を差し出して小首を傾げている。
 最右を探索していた二人は、おそらくは排除すべき目標に行き当たったことに息を詰めた。



「女の足だ。そんなに長く逃げ続けられない筈‥どこかで休憩してくれてればいいが」
 恵皇(ia0150)が木の枝の折れ具合を辿り、進む方向を合図する。ヘイズ(ib6536)がそれに同行していた。
「思い立ったら命がけってのは嫌いじゃぁないがねぇ。‥追っ手もかかってるなんて、面倒だな」
「ああ。幸せになってはもらいたいが、簡単にはってことか‥おっと」
「どうした?」
「此処で転んだ、か?」
 恵皇はしゃがみ込み、暴れたような土くれの痕に目を細める。ヘイズが傍に落ちている懐剣とおぼしきものの鞘を拾い上げた。
「静音のか?」
「わからんな。だが急がないと」
 分かれて捜索している仲間にこの事を伝えないと、と二人が踵を返そうとしたその刹那。
 チャキ、と得物を返す音がはっきりと聞こえた。
「その話、詳しく教えてもらおうか?」
 足跡を辿るのはお手の物である追っ手が、佐久馬への近道を見逃すはずもなく――頑健な図体の四人の追っ手がそこに立ちはだかっていた。



 くるくる、と銀細工の細い飾り簪を指先で回しながら、千代田清顕(ia9802)がユリゼ(ib1147)を先導して歩いていた。
 ユリゼはカンテラを掲げ、心配そうに辺りを窺っている。
「足音がない、か‥」
 それを不穏に感じつつ、清顕が離れて捜索している仲間の様子見を兼ねてからかっていると、突如、大木の傍にアグネスが現れた。
「アグネス‥さん?」
 怪我をしたかのように足を引きずる様子を見てユリゼが青ざめる。駆け寄ろうとしたが、思い出して清顕と顔を見合わせて頷く。
「‥この簪、だれから預かってきたか言えるかい?」
 清顕の言葉にこくり、とアグネスが頷く。だが言葉は出ない。
「印、つけましたよね‥」
 アヤカシが開拓者に化けた時の為に、互いに×印を一見でわからぬところに描いておいた。それを見せない限り――。
「違うね?」
 清顕が簪を懐にしまった。
 ユリゼがカンテラをゆっくりと降ろした。

 それが合図のように、狐火が青白く点り、人だった輪郭は闇に滲んだ。



「やはり私が女装するべきだったでしょうか‥メイド服とか好評だったんですが」
「ああ、そうやな。おもろいと思うで」
 エルディン・バウアー(ib0066)の本気っぽい嘆きを、央 由樹(ib2477)が棒読みで一蹴する。
「真剣に考えてくださいよ!」
「真剣に考えたないやろ!」
「私の美しさでアヤカシも目がくらむかと‥」
 さめざめと泣くふりをしつつ、エルディンがちらと由樹に同意を求める。が、由樹はつきあってられんとばかりに離れている清顕たちとの連絡に神経を向けた。
 左右に分かれた四人ずつが、まだ遭遇も発見もしていないらしい、とお互いに報告しあったあと。
「‥‥ふざけとる場合か。いらんわアホ」
 聴覚ギリギリの清顕の言葉に、思わず由樹は普通に返事をしてしまった。
「‥あれ、今話しているのですよね?」
 様子を見ていたエルディンが、顎に手を当てて至極落ち着いた声で藪に目をやった。その視線の先を見て由樹も動きを止める。
 清顕と一緒にいるはずのユリゼがニコリと笑って佇んでいた。
「‥狐のくせに化けんのが下手やな」
 そう目を細めたとき。

 呼子笛が二度鳴り、ピアノの大音響が鳴り響いた。



●明かりのありか
 疾走する暗闇は、時折赤い光で瞬く。
 二尾の漆黒のアヤカシは、開拓者達の合図に呼応するように鳴き声を放った。
 居場所を知らせる咆哮に、応じる仲間のアヤカシの声。
 気を失った女を喰らおうとしていた漆黒のアヤカシが顔を上げる。
 九尾がふさりと風をはらみつつ翻ると、大狐は女を置いて一目散に駆け出した。


「二頭‥上等じゃない」
 近くの千代田たちと合流したユリゼが印を確認しあうと、改めて化身をといた目の前の獣を見た。
 闇と同化するような毛艶に、カンテラの灯りが反射する。
「阻んで‥いま少し」
 ユリゼが闇を固めたかのような杖を構える。夜目にも眩しい輝きを放ちながら、吹雪がアヤカシを襲う。
 怪狐が顔を振ってそれを嫌ったかのように見えたが、その瞳の残像が数を増す。
「分身とはね。恐れ入る」
 言葉とは裏腹の素早さで清顕の手裏剣が二頭の足元に突き立つ。駆け出す清顕に一頭が頭を巡らせて追いすがった。
「‥最前線、ってこんな感じなんだ」
 ぞくりと昂揚を感じながらアグネスが地を蹴った。今まで見えなかった世界。前線で体を張る緊張感‥。
 視線は送らず、だが息を合わせたように同時に昴が駆け出す。
 二尾の狐が一瞬目標を失った。立ち上がりかけた後ろ足をアグネスに刈られる。蹴り数発を喰らって、もんどりうって倒れたところに昴の短銃が火を噴く。
 清顕が、怪狐の背に手をかけて跨ると、ピタリと首筋に忍刀をあてがった。アヤカシは激しく暴れて清顕を振り落とそうとしたが、手元に狂いはなくその喉に深々と納まる。
「千代田さん!」
 ユリゼの声と共に首筋に痺れるような感覚を感じて、清顕が刀を引き抜いて飛び降りた。
 瘴気となって消える二頭の背後に現れたのは、喉を鳴らして唸り声をあげる九尾の大狐。
「止まりなさい」
 ユリゼの指図とともに地表から蔦がアヤカシを捉えに向かい、昴とアグネスが懐に飛び込もうと低い姿勢で走り出す。
 しかし、足を這う蔦もろとも大狐の雷が迎撃する。かわしながら走っていた昴の傍に大きな落雷。
「‥‥っ!」
 アグネスが血相を変えて霧の精霊に冀う。
 ――が、視界を奪うことは間に合わない。
 腕をかばうようにしてしゃがみ込んだ昴に、頭上から鋭い爪が振り下ろされる――。
「昴!」
「‥甘い」
 怪我をしたフリの昴が身を起こし、弾かれるように大狐の懐に滑り込む。短銃をアヤカシの腹めがけて構えた。白と黒の銃身の残像が交差して、羽根が舞い散る。
「グァアアア!」
「腹が減ってるんだったらいいものあげるよ」
 清顕が逆手に持った柄を固く握りなおした。
 大きく開かれた禍々しい口蓋めがけて閃かせる。

 残力が殺がれ、のたうつアヤカシに、四人の開拓者達がひるむはずもなかった。



「俺たちゃここにアヤカシ退治にきた開拓者でさ、ワルィけどお引取り願えねえかねぇ?」
「嘘をつけ。今しがた、静音と――」
 ヘイズの嘆息に、目に入らないのかといわんばかりに武器を誇示する男共。が、畏れもせずのらりくらりとかわす二人に苛立ちだけが募る。
「さっきから誰を探しているのか知らないが‥普通の人間がアヤカシに立ち向かえるって言うのかい?」
 諭すように言った恵皇は、距離を縮めてくる足音に肩を鳴らす。
「恵皇! ヘイズ!‥なんやその他大勢」
 ピアノの音を頼りに近くから合流してきた由樹とエルディンが、追っ手の男達に目を丸くする。
「女を捜してる、ってさ」
「へぇ、素敵な女性でもいるんですか」
 それは是非お話を、と乗り気になる神父である。
「――その話は、後になるんだろう?」
 面白そうに恵皇が拳を手の平に打ち付けた。
 ゆらり、と闇が蠢いた。赤い眼は二対。大きさの違うそれらがうろうろと包囲しながら対峙する。
「ああ、言い忘れとった」
「こちらもお客さんがいるのでした‥」
 ちょっと大きいのは余分でしたね、といい終わると同時に空気が音を立てて飛来した。大木の樹皮を易々と抉って木っ端を散らす。
「命の保障はできないんでさぁ」
 追っ手にヘイズがもっともらしく苦笑すると、大狐が咆哮をあげた。
 ビリビリと肌を揺るがす狂気。
「う、うわああ!」
「ひぃぃぃ!」
 所詮、一般人である男達は刀を放り出して走り出した。森の中を空手で引き返すのも危険だが、相手がアヤカシでなければ身くらいは守れるだろう。
「これで心置きなく」
 まるで試合にでも臨むかのように恵皇が軽く跳ねた。
 ヘイズの指が鍵盤を滑らかに滑る。闇が更に密度を増してアヤカシめがけて飛来し、蝙蝠へと形を変えて捕縛する。
「聖なる力よ、祝福の矢よ、我が敵を打ち抜きたまえ」
 その間隙を縫って、エルディンが詠唱する対比的な白度をたたえた矢が飛来した。二尾の狐は横腹に盛大に刺さるそれに苦悶の声をあげる。
 九尾の大狐は口を開くと真空の刃でそれらを裂いた。
「上等!」
「援護は任せたで」
 恵皇と由樹が接近戦に参加する。素早い動きで九尾の狐を牽制したあと、恵皇が爪をかわして強力な一撃を死角から叩き込む。
 打ち付ける拳に、鋭い牙の間から放たれた空撃が僅かに掠る。
 しかしそれを力で制して目的どおり耳の後ろに二撃目。
 赤い眼がぶれて、釣りあがる。
 恵皇に反撃の声を上げて態勢を立て直そうとするアヤカシの胸元に、音もなく滑り込む由樹の剣。漆黒の体毛を片手で引き寄せてさらに深く。
 動きが止まった。
 アヤカシの体躯を覆いはじめた蔦に巻き込まれないよう、一気に引き裂く。

 二頭のアヤカシは、開拓者達の猛攻を受け、喰らうことのできぬ恨みの声をあげながら瘴気に帰した。
 

●捕らわれて候
 静音が発見されたのは、森の奥深くであった。柚木から聞いた特徴どおりだが、あちこちに傷を作って気を失っていた。
 どうやらアヤカシに喰われる寸前だったようだ。
 全てのアヤカシが開拓者へ向かわなければ、今頃喰われていてもおかしくはない。
 狐共を掃討して森を探していた開拓者達は、静音を囲んでやれやれと一息ついた。
 アヤカシに引きずられて泥まみれの静音は、程無く小さな呻き声を上げて目を覚ました。
「‥‥ひ」
 静音が開拓者達を見て身を縮ませた。
 アヤカシか追っ手か。
 その二択しか持たない静音は、恐れることしかできなかった。全力で振り回した懐剣は何処かへいってしまった。
「その軽装でアヤカシと追っ手を相手にするつもりだったのですか」
 金の髪を振りながら、少し厳しい表情でエルディンが切り出す。
「これに見覚えはないかい?」
 清顕が懐から件の簪を取り出すと、後ずさっていた静音の手が止まり、唇が震えた。
「ねえ、さん‥柚木姐さん‥?」
 簪に手を伸ばそうとし、泥だらけの手に気づいて引っ込めた。
 まさか、という思いと遠く懐かしい人の想いに触れて、ぎゅうと瞼をとじた。
「誰が、何の為にあたし達を呼んだか解る?」
 アグネスの呆れたような言葉に、静音がコクリと首を縦に振った。ユリゼがその胸中を察しながらも、静音の両腕を掴んで続ける。
「私達を雇って心配してくれた人を‥振り切って出ていったことを覚えておいて」
「‥‥姐さん‥っ。ごめん‥なさい‥‥」
 激しい感情の高ぶりを抑えきれず、静音がしゃくりあげた。つらい鳥かごの中であっても優しかった人。正面から叱ってくれた。心配してくれた。
 二度と戻れない。
 断ち切った絆はこんなにも痛い。
「‥‥‥。落ち着いたら、手紙でも書きなよ」
 安堵と後悔から涙が溢れるのを見届けると、清顕が簪と一緒に水と食糧を差し出した。
「追っ手には、あんたの髪の一房でも持たせとくさ」
「表向きには食べられてしまったことにしますか」
 恵皇が静音の頭をぽんとたたいてやり、エルディンが手を差し伸べた。開拓者たちは決して静音を連れ戻しに来たのではなかった。
「行くんやろ。佐久馬へ」
 そう言われて、柚木の気遣いに気づくと、静音の涙は止まらなかった。
「相手の男が待ってなくても‥いい男が見つかるって!」
 泣き止まない静音へのヘイズなりのなぐさめに、静音がピタリを手を止めて顔を上げた。
 しまった?!と慌てるヘイズに、静音が泣き笑いの顔になった。
「うん。でも‥姐さんとみんなにもらった命は大事にする。‥姐さんに手紙が書けるように立派に生きてみせる‥‥もうこんなに痛いのは、勘弁だわ」
 新しい世界に思い人は待っていてくれるかどうか‥それは佐久馬に着くまで解らない。
 それでも。
 助けてもらった命を抱いて。
 後悔だけはしてはいけないのだと静音は決心した。

 両手を慌てて着物で拭いて簪を握り締めると、決意をこめて開拓者達の手を取ったのであった。
「姐さんに伝えてくれる? ごめんなさい、と」
 そして待っていて、って。

 きっとあなたの優しい気持ちに応えられる日が来ることを。
 涙が乾いて、力になる日が来ることを。

―――其の為に。
 新しい世界へ。鈍い痛みと共に踏み出す。

 今、放たれて候――