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■オープニング本文 「笹、どこへ行ったの。これ、笹千代――」 心配そうに口元に手をあて、きょろきょろとあたりを見回す母親。 永く続く伝統を守る家では、演者が稽古の嫌さに消えることは数知れず。 だが、笹千代は、冷泉宮(れいぜんのみや)の九代目当主である。それだけに、母も使用人も必死になって笹千代を捜している。 「仕方ないわねぇ‥津森」 一人になったときに、母親がこそりと津森(つもり)を呼んだ。返答はないが、この声が聞こえるところにいるはずだ。 「笹千代を探して頂戴」 「承知」 短く、津森がそう答える。津森は笹千代の母の家に代々仕えてきたシノビの末裔である。豪商の娘として、伝統ある冷泉宮に嫁ぐ際、彼女の実家が持たせた財の一つであった。 ただし、こんなかくれんぼをするために必要なのではないのだが‥。 「笹千代さま。帰りましょう」 「う‥‥ん」 案の定、木の上で隠れたまま器用に寝てしまっていた笹千代は、津森に揺り起こされる。 「わあ、津森だ」 寝ぼけ眼をこすりながら、笹千代が津森に手を伸ばす。津森がシノビ装束から唯一出ている目だけで微笑んだ。 「母君さまがご心配召されてます。戻りましょう」 「やだ! 津森と遊ぶ! じじとケイコは嫌じゃ」 ひしと津森の首っ玉にだきついて、いやじゃいやじゃ、と繰り返す。 笹千代は津森が大好きだった。いつもどこにいても探し出してくれる。助けてくれる。 「津森とずーっといっしょにいられたらよいのに‥」 「津森は笹千代さまをずっとみておりますよ」 「本当に?」 ぱぁと顔を輝かせる。 「呼んだらくるか? 遊んでくれるか?」 「―――母上様のご許可をいただけば」 小さな当主はみるみる頬を膨らませる。 口ごもる津森。役目といえば役目なのだが、幼き当主に理解できるかどうか。 「なら、お願いしてみよう」 「はい?」 「舞台がうまくいったなら津森をください、というてみる!」 津森が返答に困っていると笹千代は木を降り始めた。 足を滑らせたら一大事、その足にすり傷を作っても一大事。 「笹千代様、ご免」 見ていられない津森は笹千代の胴を抱えて跳躍したかと思うと、トン、と静かに着地する。 そして懐から笹千代の履物を出して、はかせてやる。 「うむ。やはり津森はかっこいいのだ」 満面の笑みで得意げに答える笹千代。 「これが仕事ゆえ‥笹さま?」 「母上ぇ――――」 はらはらしている津森を尻目に、笹千代は母のもとへと猛烈に走ってぶつかっていった。 「これ、笹千代! 一体どこに!」 「今度舞台がうまくできたら津森をくだされ!」 「‥えぇ?」 呆れた母親をまったく気にせず、笹千代はきらきらと目を輝かせた。 「つ・も・り・を! く・だ・さ・れ!」 言い出したら聞かない笹千代の性格は誰譲りだろうか‥。 「津森はシノビですよ。存在は知られてはなりません」 め、と母親に怒られる笹千代。 そうなるとますます…である。笹千代はふと、使用人たちが口にしていたギルドのことを思い出した。 そこにお願いすれば、どんなお願いも叶えてくれるらしい、と。 舞台の券を沢山売って、沢山の人に見に来てもらえば、きっとご褒美に母上とてお願いを聞いてくれるに違いない。 (あしたギルドとやらにいってお願いしてみるのだ!) 九代目小さな当主は母の言葉など全く意に介さず、よきことを思いついたと勝手にやる気満々になったのであった。 |
■参加者一覧
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ
サニーレイン=ハレサメ(ib5382)
11歳・女・吟
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●寄った寄った! 「稽古は堅苦しくてならぬぅ‥」 先代に扇子で叩かれた膝だの手だのをさすりながら、笹千代こと笹がしずしずと廊下を渡っていた。だが、屋敷の出口で誰もいないことを確認するとぱたぱたと駆け出す。 開拓者たちが待っている! 晴れ上がった空にはためく色とりどりののぼり。稽古は嫌いだが舞台が始まると気持ちが高揚する。笹は全力で森村座へ急ぐ。今しも演目「三宝珠越天記」が興行を迎えようとしていた。 ジャラーン! シストルムの盛大な響きに行き交う人々が振り向いた。芝居小屋である「森村座」前で鳴り物が鳴ることは珍しくもないが、笛や太鼓といった通り一遍でない様子に足が止まる。 サニーレイン(ib5382)がその効果に満足気に笑みを浮かべると、その横でふわりと羽のように神座早紀(ib6735)が舞ってニコリ。 「え?芝居? 外で?」 誰かが言うと引き返す人が出た。 茶店の暖簾から顔が覗いた。 がやがやと集まりだす人達を見計らって、サフィリーン(ib6756)が軽やかに舞い始める。小麦色の肌と見たことがない美しい衣装も目新しい。 サニーレインが心惹かれる歌を歌い始める。何もかもが普通の芝居とは違う雰囲気をかもし出している。 荷車がとまる。 店から丁稚が抜け出してくる。 ――森村座の前に自然と出来始める人々の輪。 「とおりゃんせ、とおりゃんせ‥」 燕 一華(ib0718)が三度笠を深くかぶって輪の中に踊り出た。棍を片手にぴたりと止まると、注目の間を最大限にはかった。 カッ、と棍が地面を跳ねる。役者としての演舞を遺憾なく発揮して観衆を引き込んだあと、てるてる坊主が揺れる笠をぱっと引き上げ、満面の笑み。 「宝珠を求め天儀をさまよい幾星霜。侠客に仇討ち望む子供らの百鬼夜行が天儀を吹き抜け、いざ行かん!さあさあ、どうかご覧あれ!」 おお!と驚きと称賛の拍手を受ける一華の足元に、すかさず反対からくるくる回りながら猫のような人形が現れる。 笹が寿々丸(ib3788)の後ろに隠れて覗きながら口を開く。 「『我に託されたは、父上の希望か絶望か。宝珠に問うしかあるまいに。嗚呼、尚口惜しき哉、その光――』」 不思議な猫人形は、空を仰ぐ仕草をし、笹の台詞にあわせてよよと悲しそうにしゃがみ込んだ。寿々丸が笹と練習した芝居の一節が披露される。 一番前で熱心に見ていた町娘がぐすんと鼻を鳴らした。 涙もろい商人は唇を噛んだ。 ここが引き際、とばかりぴたりと人形がとまると 「三宝珠越天記―おもしろいーよ〜」 サニーレインの宣伝文句が耳に入った。 「続きはお芝居で。三宝珠越天記、よろしくお願いします」 精一杯の笑顔で口上がかかれたビラを早紀が差し出す。 集まった町人達は、一瞬、続きが見られず残念そうな表情を浮かべたが、次々と寿々丸や早紀からビラを受け取り始めた。 そぞめきながら、座を振り返りながら、輪が解けていく。 誰かに見せるのかビラを大事に懐にしまう人。 このまま森村座で見られるのかと一華に聞いてくる人もいた。 まずは華々しく、座の前での宣伝が口火を切ったのであった。 ●続きまして! 「どうして動くのだ?!」 気になる猫人形を手に笹が寿々丸に問いかける。芝居の中でも人形が動いたら良いのに、と思うのである。 「錬力で動きまする。他にも色々出来ますぞ!」 寿々丸は式で蝶を作って掌に載せてみる。 「うわぁ!笹にもできれば‥!」 稽古が嫌だといいつつも、蛙の子は蛙なのだろう。舞台を想像して自分の手を開いたり閉じたりしてみる。‥当然、何も現れないのだが。 そんな様子を見ていた八十島・千景(ib5000)がくすくすと笑う。ほほえましい仕草につい。 笹の母もシノビの津森も心配するのは無理もなかろう。裏方に回ると決めた千景は座の前で宣伝を始めた様子を見守っていたのだが、流石に初日は無事に終わった。 芝居の方も入りは盛況であった。 「笹ちゃんのお芝居楽しかったー!」 初めての天儀で、初めて芝居を見たサフィリーンは興奮ぎみに目を輝かせていた。何もかもが好奇心を刺激する。 「早紀さんの舞も見れたし☆」 「私もサフィリーンさんの舞が拝見できて嬉しいですわ。それに‥なんとか殴らずに済みましたわ‥」 男性に触れられると反射的に殴ってしまうという困った癖をもっている早紀は、サフィリーンに微笑み、ほっと息をついた。捻りがのったそれ、を繰り出さぬよう必死に耐えたのである。 「ささちーの野望達成への一歩‥」 ぐっと親指を立ててみせるサニーレインは感慨深げにこくりと頷く。美人くのいち。それが呼べば出てくる素敵な世界。笹の願いにかなり大人感で同調しつつ、協力は惜しまないつもりである。 「明日からは、頑張って町中宣伝しますぞ! 看板も要りまするか‥」 「いい考えですねっ。売上を伸ばして笹をもりたてましょうっ♪」 「然様でございまするな! 張り切りまするぞ〜」 ぐいと腕まくりした寿々丸に一華が楽しそうに手伝いを申し出る。 「笹も! 笹も手伝うのだ!」 置いていかれまいと笹が二人の衣を引っ張る。 大きな紙に森村座と宝珠をあしらった絵を描き、満足げに寿々丸が頷く。 千秋楽までに必要なビラをつくるのは大変な作業であったが、看板に飾りをつけたり、演奏や舞を打ち合わせしたりと、楽屋の一室を借りてあっという間に時間は過ぎていった。 ●面白くない?! ――そして宣伝が始まってから数日後。 「森村座が珍妙な宣伝にでまして…」 森村座から少し離れた「高中座」では、客の出足が鈍っていた。連日、賑やかに宣伝していたのは知ってはいたが、一顧だにしていなかった。 だが、噂が噂をよんで、森村座は大入りだとか。 高中座としては面白くない。そしてその空気は高中座の演者にも伝染する。 「手を打つか…」 森村座に潜らせた報告を聞いて、座長は膝を叩いて立ち上がる。役者の一人や二人、穴をあけるくらいはよくあること、と。物騒な考えが頭をもたげるのであった。 「天才子役、ささちーが出るよ〜三宝珠越天記たーのしいよー」 サニーレインの歌にあわせて寿々丸がベルを鳴らし、早紀とサフィリーンがビラを配る。人が多く行き交う場所では、歌や舞、人形の芝居を披露する。手ごたえは上々であった。 だがしかし、順調だった一行の前に現れる三人の影。 「そこまでにしてもらおうか」 理由も告げない単刀直入な物言いは、人を威圧することに慣れている証である。 「やめる事はできません。あなた方は何ですか」 「目立ってもらうと邪魔なんでな」 不穏な雲行きではあるが、…相手が悪かった。ビラを持つ早紀の腕を引っ張ったかと思うと、次の瞬間、早紀の拳が相手の腕を跳ね上げて顔面に打ちつけられた。 「‥‥っ! せっかく耐えていたのに‥‥」 殴った早紀の方が涙目である。 「盛大な幕開けだな」 ぽそりとサニーレインがつぶやくと相棒のテツジンがチリン、と鈴を鳴らした。 「なんだこいつら…!」 「女性に乱暴は駄目でござる!」 寿々丸が叫ぶと、大きな龍が空から降ってきて、一人が腰を抜かした。 開拓者だと知らずに喧嘩を吹っかけるとはいい度胸と言うしかなかった。 一方、森村座の方も慌しくなっていた。 笹が舞台に立っている間も千景は見回りを続けていた。袖から観衆を見つめていると、舞台を無視して立ち上がる数人の輩。 一番の見せ場にさしかかったのに、何かの合図が出たかのようにぽつぽつと四方から立ち上がり出口を目指す。 「‥考えることは同じということですか」 思考の奇跡を捕らえて長息した千景は、太刀を手で確認すると身を翻した。宣伝が成功を収めていけば、やがて来る商売敵の妨害。 「‥‥笹千代さんは、お任せしますよ」 一度、千景が足を止めてそう呟いた。津森が返事をするわけはない。だが、笹千代のことを案じているのは確か。 そして舞台の笹にまでは手を出さないことを祈りつつ。 千景は役者たちが控えている楽屋へと向かうのであった。 「な、なんだあんたら!」 羽二重姿で出番の準備をしていた役者達が、突然乱入した男たちに驚いて腰を浮かせた。 化粧道具を蹴散らし、衣装を踏みにじりながら荒々しく闖入してきた若衆は、手近な役者を後ろ手にひねりあげる。 「何を‥っ」 「なに、何人か腕が折れて休んでもらえればいいだけのこと」 「馬鹿なことを!」 「おっと、静かにしねぇと客に聞こえるぜ」 低く、押し殺した声に、若い役者が苦悶の表情を浮かべる。大入りの演目を潰したくはなかった。だが穴を空ける‥‥‥。 「‥‥‥っ」 関節が軋みを上げた。覚悟を決めて目を閉じた。 「静かになさいませ」 スラリ、と抜いた刃が役者と男の間へ滑り込み、喉元にあてがわれる。力が緩んだ。役者が倒れこむ。闖入者の背後に忍び寄り、存在を悟らせる千景。 「そのままゆっくり」 冷ややかな声と共に刃が動く。それを避けるように男は上体を起こして手を挙げた。 「何しやがるこいつ!」 千景を捕まえようと男の仲間が襲い掛かったが、死角から伸びた八尺棍がその顎を捉え、腰を殴打し、腕を絡める。 「静かにするですよっ」 同じく、笹の護衛に残っていた一華が様子を窺いに戻っていた。 手錬の開拓者二人にごろつき五人が敵うはずもない。 森村座の役者たちも舞台成功のために、傍にある道具で応戦した。 予想だにしなかった反撃に、一人が隙をみて逃げようとする。こんな話は聞いてはいなかった。たかが役者風情と高を括って腕っぷしのみで乗り込んできたのだ。 だが、このままでは帰れない。 (舞台を滅茶苦茶にしてやる!) そう思って花道へと踏み出した眼前に、ふっと影が落ちた。何が、と視線を落とすと、目が合った。 黒一色の衣に身を包んだ、剣呑な瞳。シノビ、と気づいた瞬間、苦無の柄が男の鳩尾に叩き込まれた。 口を片手で塞ぎ、うめき声ひとつ漏らさぬようにして。 ずるりと落ちかかってくる男の体を受け止めると黒影は楽屋へと引き戻した。 「‥‥津森さん」 「お願いいたします」 短くそう言い千景に預けると、ちらりと後ろを気にして津森が素早く跳躍した。 「ふぅー‥。な、なんじゃこれは?! どうしたのだ‥‥!」 入れ替わりに出番を終えて戻ってきた笹が、散々に散らかった楽屋を見て驚きの声をあげる。 「千景殿、一華殿。どうしたのだ?!」 気を失っている男を抱えた千景が、一華と顔を見合せるとくすりと笑った。 津森が笹のことを見守っているのは、まだ秘密にしておいたほうがよさそうだ。 「さあさ、立ち上がってくださいなっ」 ぜぇはぁとへたり込んだ男達の前で、サフィリーンがまだひらひらと舞っていた。捕まえようとしても捕まらない。体よくあしらわれ、寿々丸の式にも翻弄される。 いつしか、周りの人々も笑いながら宣伝部隊と男共を見ていた。 「‥内気だった笹千代は決心したのです。『もう迷わぬ。自分はこの舞台に全てを賭ける。そして成功の暁にはあの人に想いを伝えよう。』」 ジャララン。 名調子でサニーレインが歌い上げる。 「天才子役笹千代が挑む一世一代の大勝負ー。なぜに〜失敗できようか〜」 「‥おもしろさのあまり、かように邪魔が入るほどの注目作!」 あわあわと慌てて早紀が回復を施しながら、ビラを配り直す。先ほどの出来事はできれば忘れてしまいたいとばかりに。 サフィリーンは片足を後ろに引いて腰を落として一礼し、呆気に取られている男達に手を差し出した。 「何座の人か知らないけれど、一緒に宣伝しちゃいましょうっ☆」 「‥そうでございまするな! どちらにも足を運んでもらえばよいこと」 寿々丸もその提案にぽんと手を打った。 いがみ合うより、人々に楽しみを与えるもの同士、一緒に宣伝を行った方が相乗効果が現れるかもしれない。 「‥‥おぅ。ちょっとかけあってみてもいいぜ‥」 ぽつりと一人が言った。 「アニキ?!」 ―――夢を与える仕事の片棒なら担いでみてぇじゃねぇか。 開拓者達の説得に、男は、照れくさそうに笑ったのである。 ●大団円?! 千秋楽を無事に迎えた森村座では、興行を過去最高の観客数で終えることが出来た。 喜ぶ役者衆の打ち上げの酒宴に、功労者である開拓者達ももちろん招かれた。 「母上、約束どおり、津森をくだされ!」 宴の隅っこで、笹は母親に願い出る。 勝手に約束になっているあたりに母親は苦笑したが、笹の執念も捨てたものではないということだろうか。 結果として、冷泉宮家九代目当主たる笹の演技も気合が入っていたことだし。 「‥‥津森。一日だけ、笹と遊んでやって頂戴な」 「は。御意に」 黒尽くめの津森が音もなく傍に現れる。 「一日だけなのか?!」 母親に思わず言ってしまう。これほど頑張ったのだから津森をくれてもよいのに。 「まだまだ笹千代は頑張れます。今まだ津森は母の護衛ですよ」 いずれ、と思いつつ母親は幼き子のふくれっつらを両手で挟んでやった。 「笹ちゃん。ちょっと♪」 「?」 サフィリーンがニコリと笹を呼んだ。芝居のお返しに、と千景から特徴を聞いて作ったぬいぐるみを笹千代に渡す。 「つもり、か?!」 「まぁかわいらしい」 ぬいぐるみ好きの早紀が瞳を輝かせる。 「あとで私にも下さいませんか」 「もちろんっ♪」 二人はふふ、と共通の趣味を見つけて楽しげに微笑みあう。 「津森姉ぇは笹の歌舞伎が大好きなのだから、これからも頑張ってくださいですっ♪」 「うん。頑張るのだ!」 一華の笑顔につられて笑って頷くと、ぬいぐるみをぎゅうと抱きしめる。 「津森! 津森の人形をもろうたのだ!」 たたと寄ってそのまま津森に抱きつく。一日だけではあるが、津森と遊べるのは楽しみで仕方がない。 千景がその光景を温かな眼差しで見ていると、津森が笹千代と共に歩いてきた。 「皆さまありがとうございました」 実は津森の母に許しをもらって一部始終を見ていた津森は、開拓者たちに深々とお辞儀する。もちろん笹には内緒にしていただきたい、と目が語っていた。 「姉様を思い出しますな。寿々の姉様もシノビでございまするし‥」 「然様でございますか」 「私も姉さんの傍にいたいですもの。大好きな人にずっと傍にいてほしい。笹千代君は津森さんが大好きなのですね」 津森の表情が優しくなった気がした。寿々丸と早紀は姉を思い出してほんわりと胸が熱くなるのである。 「笹千代には、あなたが『いる』のです、よ。」 サニーレインがコホンと咳をひとつ。 「かっこいい、シノビに、おなりなさい、ね」 「御意に」 津森の声が微笑んだ。 かくして、幼き笹千代の願いは、一歩前進したのである。 若き当主に津森が仕えるまでいま少し。 そんな未来を待ちながら、笹千代は幸せそうに津森に抱きついたのであった。 |