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■オープニング本文 まだ生きたい と願うのなら。 すべてに許しを乞いて すべてに頭を垂れて 祈るがいい。 己の中の真実を信じるがいい。 ●囚われるもの 「このたびの火付け下手人の捕縛、ご苦労であった」 奉行所の役人が、目の前で頭を下げている男に鷹揚に頷いた。先だって町で起こった不審な火事はいくつもの店を燃やし、死者も出していた。 己の店も燃やされた被害者である店主が、その犯人を捕まえたと連絡をし、奉行所の検分を受けたのが今日。犯人の惣吉(そうきち)も自供しているし、これで一件落着となるだろう。 「然るに、惣吉の処分はどうなりますでしょう?」 「うむ、明日にでも中央につれて参れ。沙汰は知れきったことかも知れぬがな」 「ははぁ、それではそのように」 店主は面をあげると、口の端を上げてニヤリと笑った。 「かあ様のいうことをきちんと聞くのだよ」 潜めた声に重なるようにすすり泣く幼き子たちの声。惣吉は牢の中から手を伸ばし、五歳と三歳の子供を愛しそうに抱きしめようとした。 しかし、それを許さない分厚い木の檻にしがみつき、子供達が小さな体をさらに縮めて父を見上げる。 「とう様どこへいくの」 五歳の息子が賢しい言葉で尋ねると、惣吉は胸が詰まったが、やっとの思いで笑って 「大きな町へいくのだよ」 とだけ答えた。火付けの犯人として裁かれては、もう二度と会うことはあるまい。 「いつ帰ってくるの」 「そうだな、お前達二人がとう様の胸元ぐらいまで大きくなったら‥」 「そんなに‥」 息子がしょげ返り、意味が分からない娘は小首をかしげている。 「‥そろそろお行き。見つかってしまっては元も子もない。元気でな‥」 「‥うん」 牢屋に子供達がいること自体ありえない。思わぬ金で手引きをしてやった番人が、こっちだと子供たちを外に連れ出そうとする。 「待ちな」 父の牢屋の前を通り過ぎようとしたとき、隣の牢にいた男が番人と子供を呼び止めた。 「こんな分かりきった茶番に命を駆けてまで付き合うのは、こいつらガキのためか‥惣吉とやら」 「‥あなたには関係がない」 話したこともなかった隣の牢の男が何を言い出すかと思えば、と惣吉の肝が冷えた。 「さては材木屋の店主にこいつらを人質に取られたか。‥たく、いけすかねぇ!」 「‥‥‥私がやったんです。仕事もなく、腹いせに火をつけた」 「くだらない、どうしようもない世の中だ。もっとも二回もスリでつかまった俺が言うことじゃねぇが。―――おいガキ!」 びくりと子供達が身を寄せあう。 「子供達には関係ない!」 「‥何をおぼえなくてもいい。生きていくのに一つだけ覚えてろ。『父は無罪だ』とな」 「父は‥‥‥?」 「ムザイ、だ。意味なんざいつか分かる。悔しいときは呪文みたいに唱えてろ」 ガシガシと頭をかきながら、男が自分の牢の奥に消えた。惣吉がじっと下を向いて痛いほどに額を牢に押し付けた。 あのとき。 病気がちの妻と子供達の面倒を見てやるといわれて、散々ためらって、うなだれるように首肯した。 全ては、材木屋の企みであった。 ●二人 「どうだった? 会えたか?」 外で気をもんでいた『鈴乃屋』の松雄は、幼い子供達が裏口から帰ってくるのを待っていた。『父がここにいる』と、幼い二人して手をとってぽつねんと門を見つめていた様子にいたたまれなくなって、いくばくかの金を握らせ、会わせてくれるよう番人に頼み込んでやったのだった。 縁もゆかりもないが、放っておけなかったのである。 「‥父はムザイです」 「‥え?」 ひっく、と上の子がたまらずしゃくりあげた。父の言葉も、乱暴な男の言葉も、ただならない状況であることが胸に迫ってきたのだろう。 「にいちゃ、どうしたの」 まだ幼い妹は兄の涙に感染するようにじわと涙を浮かべた。どこかいたいの、とすがりつく。 「大丈夫。ひな。‥大丈夫」 兄は幼くても兄であろうとし、妹の名を呼んで、ぎゅっと抱き寄せた。父が出来なかった代わりに。 (―――悔しいときは呪文みたいに唱えてろ) 「‥父はムザイ、です‥」 今出てきた裏口を見つめながら、兄の陽太が呟いた。 松雄は、火事で焼けた店の一つと懇意だったため、見舞いがてらこの町に出向いてきただけだったのだが、どうやら文字通りきな臭い話があるのかもしれない。 何度も何度も振り返り、この場を離れ難く思っている兄妹をみていると、やるせなくなる。このままきっと、この子たちの父とやらは裁かれて死罪になるのだろう。 本当に火をつけたのであれば因果応報なのだが、もしも違っていたら‥。 そう思うとぞっとするのであった。 「‥‥どうやら、こんな事態を頼めるのは、あそこしかなさそうだ‥」 松雄は子供達の家を聞き出すと、あわててギルドへと向かったのであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
藤堂 千春(ib5577)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●火元 こほん、と堪え切れずに咳をすると、惣吉の妻は激しく咳き込んだ。何度も言葉を継ごうとするがままならず、苦しげに眦に涙をためる。 「かあ様、お水です」 陽太が粗末な湯のみに水を持ってきた。母はそれを受け取ると、一口含んだ。 「横になられたままで結構です」 「そうは申しましても。見ず知らずの方にこのようなことを頼んでしまって」 「私が気になっただけです。勝手をしました」 松雄が二人を見やった。じっと正座をして母の言葉を待っている子供達を精一杯かばうつもりである。 そのとき、戸口から様子を窺っている近所の者を咎める声が上がった。 「‥‥沙汰は奉行所が下すもんだ!」 惣吉が犯人扱いされ、残った家族までのけ者にされては気に障る。酒々井 統真(ia0893)は睨みをきかせて野次馬を追い払った。 「開拓者達がきてくれたようです」 松雄が得心の笑みを浮かべて腰を上げた。 「惣吉さんは下手人じゃない‥みんなが苦しむ事になるのに、軽はずみなことするわけないよ」 擦り切れた手ぬぐいを濡らして絞ると、リィムナ・ピサレット(ib5201)はそっと惣吉の妻の額においた。病は重く、その痩せた体では、残されたといえ、子供二人を養っていけるかどうか。 「なにか身の回りでやってほしいことはいってね。‥お薬はある?」 「土間のところにある粉薬が‥」 「あれね」 リィムナが土間に降り、油紙で大事にくるまれた包みを開けてみる‥中には薬包があと三つだけ。リィムナが一瞬言葉を失ったが、振り返って、あったよと笑顔を見せた。 「冤罪かはまだわかんないが‥‥惣吉の無実の可能性を探っている」 統真は真っ直ぐな性格らしく、直截的に惣吉の妻に訊いた。惣吉の妻も、声を出さずにコクリと頷いた。 「最近になって妙な奴と会ったりとか、変わったことはなかったか」 「火事がおこるまではいつもとなにも‥ああ、ですが、火事があってからは無口になり、急に、自分がやったと言い出して‥」 「火事のときは?」 「私たちと一緒にいました。この子達と私と、半鐘の音で皆が起きました」 陽太もひなを抱き寄せて、こくんと首を縦に振った。統真とリィムナは惣吉の妻と子供達に幾つか質問をしたが、惣吉はどうやら火事発生まではこの家に居り、火をつけに行く暇などなかったようだ。 「とう様が、犯人なの?」 「きっと違うよ!」 「違うさ」 開拓者二人をじっと見つめていたかと思うと、陽太が意を決したように立ち上がり、小さな甕を一つ持ってきた。 「とう様が困ったら食べなさいって‥」 糠漬けの匂いがする甕の底に手を入れて、何かを取り出す。そこにはこれも油紙に包まれた大金が転げだす。 「‥‥!」 惣吉の妻が絶句した。心の中で無実を唱えながらも、ここにあてもない大金があるのは―― 「悪いことなの?」 糠だらけの手になって、陽太が泣いた。口を腕で塞いで、嗚咽交じりになりながら。信用できる大人にしか話せないと彼なりに考えていたのだろう。 しかし、この金の出所をどう説明すればいいのか―― 統真とリィムナは唸ってしまうのであった。 ●火種 「話だけなら然程珍しくもない放火事件のように思えますが‥『父は無罪』‥ですか」 「‥まぁなんともきな臭い話やな。とはいえ小さな子が泣いてるんや、応えたらな開拓者の名がなくわな」 背の高い天津疾也(ia0019)きょろきょろと焼け跡を見回しながら歩いていくと、その後を早足で八十島・千景(ib5000)が追いかける。 「兎にも角にも情報が足りません。奉行所や町での聞き込みも行わないと――っと」 へぇ、御免よ!と男衆がねじり鉢巻で角材を運んでいる。それを避けながら千景が指折りやることを数えていた。 「燃やされたのは商人の物ばかり‥商人の娘として‥気になる‥‥」 「おお、商人の娘かぁ! もしかしてええとこの子か?!」 銭の匂いがする商に敏感な疾也が、耳ざとく郭 雪華(ib5506)の呟きに振り向いた。雪華はというとあまり表情を表に出さないたちらしく、疾也の問いを肯定も否定もせず、 「時間‥ないんだよね‥‥」 と切り替えす。 「ええやん、ケチぃ‥」 「あの子たちのためにも真実にたどり着かねば‥‥と思います」 藤堂 千春(ib5577)はたった一つの大事なもののようにぎゅっと銃を抱えていた。経験もまだ浅いが全力で子供達の依頼に取り組もうとしている。 「はいはい‥ま、ホンマに時間があらへんしな。あとの話は終わったらゆっくりと、や」 疾也は一瞬、真摯な瞳をひらかせたかと思うと、不遜な笑みを浮かべた。 「‥の前に、ですね。あら?」 「僕はまず‥燃やされたという商人に話を聞きにいく‥」 千景と雪華が気づいたのは、道の各所で話をしている大工と商人風情の男たちである。おそらく、焼け出されはしたが、店の復興に指示を出しているのだろう。 ここに集っている彼らを逃す手はない。 「火元の検分もしなければ‥奉行所と違う証拠があればいいのですが‥」 まだ焼け残った廃材が手付かずの店の残骸を見て、千春が指摘する。明日には惣吉は沙汰を下されると聞いている。 自警団の牢屋にいる惣吉を救える機会は数えるほどしかない。 「無実のもんに罪きせて儲けた真犯人もどこかにおるはずやな。ふふふ‥銭のにおいがするでぇ」 楽しそうに疾也が声を弾ませた。 四人は入れ替わり立ち代わり、現場を検証しながら、商人や大工に片っぱしから声をかけていった。もちろん、重複することのないよう、時間を無駄にすることがないよう、それぞれの行動を視野に入れながらの行動であった。 ●夢うつつ 簡素なつくりではあるが、物がないだけ余計に寒さが応える。 牢屋の中央に正座し、明かり取りの申し訳程度の孔からもれる月の光を膝先におとし、惣吉はうなだれていた。 「‥‥‥」 ―――子供達に最後に会えただけでも。 そう思おうとした。 今更、自分がここで無実を叫んだところで、殺されてしまうだけである。 妻の顔が浮かぶ。 (どうか、無事に病を治して子供達を育てておくれ。) 「‥すまない」 訳を話してもどうにもならないだろうが、惣吉の脳裏には泣いた妻子の顔しか浮かばなかった。笑った顔を思い出そうとしても、何度、思い出そうとしても‥最後には自分と同じ泣きっ面になってしまうのだった。 「‥‥‥‥っ」 冷たい石の床に突っ伏した。 ―――許してくれ。 本当に言いたいことは言えず。子供達にも期待を持たせるようなことを言った。 (とう様は、材木屋の永徳と取引をしてしまった。) 火事の規模も知らず、火元も知らず。 ただ、教えられたとおり繰り返す。 火元は大店の呉服屋。火をつけたら後は風に任せて逃げた。 『すべては私がやりました。』 病を得た妻の薬代に事欠いていたのは本当だった。秋の凶作にギリギリの蓄えは底をつき、知り合いに借金を繰り返していた。 そこを見透かされ、すきま風のように、永徳の息がかかった。 借金を申し込んで断られた腹いせに火をつけたのだろう? と繰言を思いついたあのときの顔。 あとは、永徳がじわじわと金の貸し手を絡めていった。 「許してくれ」 惣吉は繰り返し詫びた。 誰もいない冷たい床に、言葉だけが積もることなく落ちていく。 「永徳殿に‥お取次ぎ願えないかな‥?」 言葉とは裏腹に、冷気のような冴え冴えとしたものを放ちながら、永徳の屋敷の入り口に立つ雪華。 いきなりの夜の来訪者ではあったが、屋敷に仮住まいをしている手代(てだい)が慣れた風に手をつき、頭をさげた。 「店主は今留守でして」 「本当に留守なのですか? 皆さまに聞いて立ち回り先をすべてあたってきたのですが」 千景が美しい黒髪を手櫛で整える。 わざとゆっくりと訊いてはみるが、もちろん方便である。 「う? え?」 「屋敷も豪勢やなぁ。ええ金‥いや、檜のにおいがするわ」 ふんふん、と匂いをかぐようにして、手代をおしのけると、疾也が屋敷に我が意を得たりと乗り込んでいくのだった。 真っ直ぐに奥へ向かう疾也を引きとめようとする手代に、畳み掛けるように雪華と千景が礼儀正しく、お邪魔いたします、とお辞儀をする。 「ここやな」 疾也がスパン、とすべりのよい襖を開けると、火鉢を囲んで豪勢な酒の肴に箸をつける男がひとり。 「なんだこの男は!」 憮然とした態度で男は侵入者を睨んだ。控え目にみても、恰幅と肴の数は家主級である。 「すいません! 只今!」 「まぁ本当ですね」 「感心した‥」 手代が押し返そうとしたところで、覗き込む千景と雪華にずいと押しのけられる始末。 「少し‥話を聞かせてもらってもいいかな‥‥?」 雪華の背後で、千景が手代を追い出し襖を閉めた。 そして、疾也が嬉しそうに指を鳴らし始めたのであった。 「静かに‥」 裏口の左右に立つ二人のサムライ。 千春の声に身を潜めて闇にまぎれるように姿勢を低くする統真とリィムナ。焼け跡の検証から千春はリィムナと統真に合流し、惣吉に会いに行く途中である。 「惣吉が自供を覆さないことにはどうにもならねぇ」 忌々しそうに統真が手のひらに拳をぶつける。隠そうにもどうにも納得がいかない。 「お金は惣吉本人が伝言したみたいだよ‥」 「‥調べてきた結果をぶつけるしかないですね‥‥」 唇をかみ締めるリィムナを見て、千春が懐深く隠した資料に手を当てる。 「――時間がねぇな」 「では、わ、私が‥!」 控えめな千春が力になろうといつになく一番手をかって出る。肌身離さずもっている銃で狙いを定めると、錬力と火薬で『空撃砲』を放った。 「っ?!」 むこう脛に何かがあったったように反射的に左手の見張りがしゃがみこんだ。あたりに誰もいないあまり気が緩んだらしく、もう一人のサムライがどうした、とそのまま様子を窺った。 「よう」 右側の見張りが、忽然と現れた統真に声をかけられて目を剥いた。 「なにやつ‥」 すぐさま袈裟懸けに統真を切ろうとしたサムライががくりと膝を折った。統真のあとからついて来たリィムナが『アルムリープ』を発動したのである。 抜刀したままぐでんと倒れる同士をみて、立ち直ったもう一人のサムライが統真に挑みかかる。 だが、捕まえようとしたその手はいつのまにか後ろ手にねじり上げられた。統真の『八極天陣』の瞬発力でひねられた腕の痛みはとんでもない。 「いたたたた!」 「ちゃんと真正面からかかってきな」 皮肉混じりに耳元で聞こえる声にサムライは肩を押さえて苦悶した。 そのサムライを人質に裏口を開けさせると、三人は惣吉のいる牢屋へと急いだのであった。 ●要の人 「悪いようにはしないから、全部話して‥!」 少しでも声が届くようにとリィムナが思わず背伸びをする。 「私がやったんです‥」 しかし、虚しく繰り返される惣吉の言葉。 「わかってんのか、稼ぎ頭なくして嫁と子供がどうなるか!」 「お願い‥あの子たちにあたしと同じ苦しみを味あわせないで‥」 家族に会ってきた統真とリィムナの瞳から目を背けるようにして俯くと、惣吉が牢の木枠に頭をぶつけた。 「‥‥どう、すれば‥っ」 惣吉が涙と共に消え入りそうな声を飲み込んだとき、 「それは正直になる他ないのでしょう」 千景の声が響き渡った。 サムライを人質に取る実力を見せ付けられ、怖いけれど逃がしたくないと、先に乗り込んだ開拓者達を遠巻きに囲っていた見張り番がぎょっと振り返った。 「幾つかに分割はしているが、卸と謀って値段をつりあげ、自分には安く都合したようだ‥」 「誰も彼も必死に店を建て直している最中に、出てこないのは下手人を挙げたこの永徳のみや」 「‥たたた!」 雪華と疾也が姿を現すと同時に、後ろ手に両手を縛られた永徳が牢屋の廊下に突き飛ばされた。 すでに永徳の顔にはいくつもの痣があり、集めた証言の『確認』を取るために、少々苦労したようだった。 惣吉のうつろな目が像を結ぶ。 「永徳さん‥」 「わかってんのか、惣吉!」 弱っていたはずが、自分より弱い立場の人間を見つけて吠えた。 「だめだよ、惣吉さん!」 口を開こうとした惣吉に、たまらずリィムナが叫んだ。 子供のことを思い出したのだろう。惣吉が、はっと息をのんだ。 「惣吉さん、火元はどこですか‥‥」 千春がぎゅっと手を握って質問した。 「呉服屋の北側の塀です‥。『冠寿屋』という呉服屋です」 「その呉服屋さんのとおりを挟んだ向かいにももう一つ大店の呉服屋がありますね‥いわゆる商売敵で‥『大光屋』さん」 「あ。はい‥」 「どうしてそちらには火をつけなかったのですか。このままだと『大光屋』さんが疑われてました‥」 「‥借金が断られましたので、そちらに火をつけました。後で自分のしたことが怖くなって自首をしたのです、タイコウヤさんのせいでは‥」 ―――そこまで惣吉が言った時、全員が永徳を見た。 腕をとられたままのサムライも、金をつまれた見張り番も。 そしてスリでつかまった隣の牢の男も。 「惣吉ぃ‥!!」 万感の思いを込めて永徳が歯噛みをした。 「タイコウヤ、なんて店はないのですよ‥‥さては行ったことがありませんね?」 千春が小さく、だがしっかりした声でその理由を告げたのであった。 「は‥‥」 虚を突かれるとはこのことで、惣吉は口を開いたまま、呆然とした。 「本当のことを‥いえるよね‥」 ちろりと雪華が表情を変えず永徳に視線をやった。だが、当の本人は悔し紛れにガンガンと頭を床にぶつけている。相当悔しいらしい。 「‥帰ったら、家族に詫びる気でしっかり父親やって来い!」 「――はい‥‥はい!ありがとう‥」 ございます、と震えながら、惣吉は両手を組み合わせて力一杯感謝した。 目撃者がこれだけ沢山いれば、先ほどの惣吉の証言と永徳の言動はかき消すことが出来ない。金の出所について問われるだろうが、弱みに付け込んで脅迫された動かぬ証拠ともなる。 『ムザイ』は辛くも立証された。 黒幕であった永徳を開拓者が引き渡し、人々の供述と現場の証言をもってすれば惣吉は真犯人とはいえず、家族の元へと帰れるだろう。 何度も何度も礼をいう惣吉に背を向け、開拓者一行が歩みだす。 「正面にいるヤツも行きがけの駄賃だな」 「お。ええなぁ! その『ついで』的発想に賛成やわ」 統真が成り行きをみて反抗をやめたサムライをつまらなさそうに放り出し、疾也と共に準備運動を始める。どうやら二人は動き足りなかったらしい。 惣吉の家族と松雄への報告は四人の開拓者に譲るとして。 「どうする?」 ついでに訊かれたのは、隣の牢の男。 だが、返ってきたのは笑いを含んだ嘆息だった。 「‥とんでもねぇ。てめぇの罪はつぐなってまともに生きてやろうってもんでさ」 ―――ちったぁましな世の中で。 その言葉が開拓者たちの背中を押すのであった。 |