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■オープニング本文 ●春を描く女 ――石鏡で随一の商業都市、陽天。大きな街ゆえ其処に暮らす人々は多い。とは言え皆が等しく恵まれているとは限らない。 そんな街の片隅で1人貧しく暮らす娘、華。 早くに両親を亡くした彼女は、ある日拾った本を手習いにして1人で絵の描き方を上達させていった。 「そう言えば、あの子は昔から絵が好きでね、両親もその画才を認めたのか、早いうちから立派な道具を揃えてたっけ‥‥無理してたようだよ‥‥」 とは、幼い頃に暮らしていた長屋のご近所さんの言葉。 ――それから何年も経った頃。 生きてゆくためには色々な経験も強いられてきたのだろう。いつしか華は春画の描き方を覚えると、その画才を存分に活かし、その世界で有名になっていた。 春画界の新鋭。希代の女流画家『華楽』。それが華に付けられた名と売り文句。 禁制の春画だったが、華楽の絵は陽天の男たちの密かな流行りとして水面下で広まってゆく。謎の女流画家は超絶美女‥‥素性を知らせぬ事がそんな勝手な尾ヒレをつけ更に男たちの興を煽る。 そのお陰で、いつしか華は貧しい生活から質素な生活くらいになっていた。 しかし、そんなある日、版元に上がったばかりの絵を届けた帰り道。華楽の新作を楽しみに待つ男性客の近くを小走りに駆け抜ける。 自らの作とは言え、やはり恥ずかしいのだろう。辺りを確かめもせずに走ったものだから、ちょうど人混みを抜けたところで、やはり正面から駆けてきた若い青年とぶつかって倒れてしまった。 「だ、大丈夫ですか? すみません、少し急いでたもので‥‥」 「大丈夫です。こう見えて結構、丈夫に出来てるんですよ」 見上げた華の目が、青年のそれとまともに合う。 ズキュン! 2人の胸に、何かに撃ち抜かれたような衝撃が走る。一目惚れ‥‥そんな安易な出来事が、世には得てして転がっているものらしい。 ●幸せの絶頂 ――青年の名は蓮。この街で大きな古物商を営む山城屋の跡取り。 そんな彼と、互いに恋に落ちた華とが結ばれるのに然したる時間は掛からず、周りの大人たちも蓮が見初めた相手なら‥‥と、身よりもない華を快く受け入れてくれた。 「私がこんな幸せを手にするなんて‥‥」 彼女は、結婚するに当たってついに切り出すことの出来なかった春画家としての顔を永遠に封印すべく、春画界から電撃引退。そして幼い頃から大切に使ってきた幾本もの絵筆も版元に引き取ってもらうことで処分。 せっかく名の売れ始めた頃にそれらと別れるのは辛かったが、それでも愛する人と暮らせるのなら‥‥。そう。華にとってはこのときが幸せの絶頂と言えた。 ●その幸福を壊すモノ ある日、華は街中で1枚の瓦版を目にする。それは、彼女が処分した絵筆を、版元から高値で買い取った客らが幾人も相次いで不審死を遂げているという記事。そして当の絵筆は行方不明‥‥と。 ――少なからぬショック。 だが、その数日後、更なるショックが彼女を襲う。 蓮が何処からともなくその絵筆を入手してきたのだった。しかも何処から集めたのか、大切に使っていた8本すべてを。 「お願いです、すぐにそれを手放して!」 「幾らお前の頼みでも、それだけは出来ない。初めはウチで高く売れると思っていたが、思っていたより素晴らしい‥‥」 何かに取り付かれでもしたかのように絵筆を眺める蓮。その顔は一切、華に向けられることはなかった。 ――華はその日のうちに、開拓者ギルドに遣いを出すことに決めたのだった。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
小鳥遊 郭之丞(ia5560)
20歳・女・志
瑞乃(ia7470)
13歳・女・弓
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
柳ヶ瀬 雅(ia9470)
19歳・女・巫
勧善寺 哀(ia9623)
12歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●解術の法 「倉城といいます。今回は宜しくお願いしますね♪」 気さくな感じでお辞儀する倉城 紬(ia5229)。何気ないその一言で、華は胸の奥にあった緊張が溶けてゆくのを感じていた。 よろしくお願いします――その様子で緊張が和らいだのはすぐに感じたものの、まだ堅い口調に戸惑った紬は、思わず華の頭を撫でてみる。 「安心してくださいね♪」 年齢に関わらぬ強さ。これが開拓者かと、華の表情に思わず笑みが零れていた‥‥。 そして8人は、今回の手順と役割とを再確認した上で、さっそく華と共に蓮の店、山城屋を訪れる。だが、開拓者だと名乗って面倒な話になるよりはと、趙 彩虹(ia8292)の案で、連には古い友人ということにして貰っていた。 幸いなことに滋藤 柾鷹(ia9130)を除く全員が女性で、友人と言う台詞にも幾分無理は少ない。それに蓮自身の素直さも手伝って、 「ようこそいらっしゃいました。上がってゆっくりとお話でも‥‥」 と、渡りに船の歓待を受けることとなった。 ――そして。 彼女らが通されたのは大きな広間。今回の相手が絵筆ということもあり、欄間などのスキマが極力ないようにと言うのは予め華にお願いしてあった。 一同が座するや、見ていたかのように、すぐお茶とお菓子が供される手際の良さに、勧善寺 哀(ia9623)は妙に感心。 「ずいぶん行き届いてるのね」 「ええ。商売柄、お客様と腰を据えてお話する事も多いですから‥‥」 年若い哀の大人びた台詞にも、些かも動じることなく答える蓮。そんな彼を救いたい‥‥自然とそう思えるようになった開拓者たちは、さっそく本題に。 そこでまずは柾鷹と小鳥遊 郭之丞(ia5560)、瑞乃(ia7470)の3人が理由をつけて、別室へ。そのまま蓮に気取られぬよう、廊下側から隣の間に移る。 その間に紬が加護法を終え、皆の身体が無色の光に覆われる。そしてようやく彩虹が話を切り出した。 「実は、蓮様には折り入ってお願いがございます。此度、華様とは久し振りにお会いできたものですから、できることなら縁ある者同士で集まって、ちょっとした宴を催させて頂けないかと」 「宴‥‥ですか?」 蓮は思わず一同を見回す。友人という話は疑わずとも、年齢も見目もばらばらで共通項が見えなかったから。まして柳ヶ瀬 雅(ia9470)と紬は何かに真剣に打ち込んでいる様子。自ずと、どういう宴なのだろうと気になったらしい。 答えを用意しておかなかったのは失敗だったが、それでも、雅や紬のことを取り繕いつつ、しどろもどろになりながら、趣味で知り合って‥‥などとお茶を濁す。 「そうでしたか。ではその宴の折にでも、華の昔のことなど聞かせてください。これは妻になってもなかなか昔の事を教えてくれないものですから‥‥」 と、華のことを指しながら蓮が言う。 ズキッ‥‥。 華だけでなく、その過去を知る開拓者たちの胸にも痛みが走る。だが、そればかりは華自身が決めること。できるのは、ほんの少し彼女の背中を押してやることだけ。 「‥‥できました!」 その時、会話を交わしている後ろで、紬と雅が声をあげた。それは幾度目かの試行の末、解術に確かな手応えを感じた証。 「あの‥‥」 彩虹がおずおずと絵筆の話を切り出す。魅了が解けているならすぐに手放す筈、と‥‥。 「おや、どこでその話を? 耳がお早い。たしかに私がここに‥‥」 蓮は懐から大切そうに絵筆を取り出した。上質な布に丁寧に包まれており、大切にされているのが傍目にも分かる。 「ん、なぜ私は懐に? いや、失礼。こちらのことで。それより、もしお客様になって頂けるのでしたら、妻のご友人ですし、格安でお譲り‥‥」 (解けてる!?) 我に返った連の様子に華の表情が思わずほころぶ。しかしその一言は‥‥。 ●付喪 広げた布の上で、絵筆がカタカタと震えだす。 「な、何が!?」 驚く蓮を他所に、絵筆たちがいっせいに宙に浮かび上がった。 「させないわよ」 その時を待っていたように、葛切 カズラ(ia0725)が呪符を取り出し、投ずる。 呪縛の符が絵筆を束縛。 「付喪ね〜〜よっぽど大切にされてたんでしょうね〜〜。そういうのを破壊するっていうのは少しと思わないでもないけど『荒ぶれば禍を齎し、和ぎれば幸を齎す』って言うし荒ぶってるなら潰してやりましょ」 妖艶な笑みを浮かべるカズラ。しかし彼女とて纏めてすべての絵筆を抑えた訳ではない。 絵筆から迸る、呪いの声音。 (邪魔をするな‥‥) だが、蓮と華にその声が届く寸前、隣室から来た柾鷹と郭之丞が2人の前に滑り込んだ。 (傍に居られぬなら、いっそ‥‥) 華を襲った側の呪声に込められし意図。それは歪んだ愛の形。 「同情の余地もない。大切な者を護らないでどうする」 郭之丞が小さく告げた。先ごろ護れぬ辛さを知ったが故の想い。彼女は此度、依頼人らを護り切る事でこそ、己が生きる意味を見出そうとしていた。 さらに雅の神楽舞「抗」。蓮と華を何としても護りきりたくて。 そして郭之丞が2人を外へ連れ出そうと試みる。援護すべく瑞乃が即射で絵筆どもを射る。 「小鳥ちゃん、お願いね。あたしはとりあえず時間稼ぎっと。どんどん行くよー?」 「では、筆の攻撃は拙者が引き受けよう!」 続いて柾鷹の咆哮が響き渡る。 その剛毅な声に呑まれるように筆の先が一斉に柾鷹の方を向く。 そこから呪声が響く前に何とか‥‥。僅かな焦りを秘めつつ雅が再び神楽舞「抗」を舞う。無論ターゲットは柾鷹。辛うじてそれが完成を見た瞬間、ほんの僅差で呪いの声が紡がれた。 残響のようなそれが柾鷹の心を蝕む。しかもその内の幾つかは魅了。柾鷹がくるりとその身を翻した。 が、目の当たりにした彩虹にそれを打ち破る術はない。できるのは一刻も早く付喪を叩くのみ。 (負けられません、華様の為にも) その想いに応えるように哀の神楽舞「攻」が完成。勢いを増した彩虹の正拳が絵筆ギリギリに空を切る。外したのではない。鍛え抜いたその拳はイメージ通りに開き、絵筆そのものを掴み取っていた。 ――バキッ! 迷わず最初の1本を叩き折る。 だが、返す刀と言わんばかりに柾鷹の刀「河内善貞」が閃く。知らなければ躱すのも侭ならなかったろうが、辛うじて皮1枚のかすり傷。 そんな開拓者たちの同士討ちを見下ろすように、絵筆どもは悠然と宙に舞う。 「彼女がどれだけ大切にしてたのか、それともどれだけ愛好者に惜しまれたのか」 達観したカズラの呟き。その言葉通り、付喪は持ち主に愛されなければ生まれ得ない存在ゆえに、決して個々が強力な訳じゃなくとも、1歩間違えれば危うい相手と言えた。 ●断ち切る過去 「見下ろされるのは好きじゃないのよね〜〜どうせなら下から見上げてくれる? できたら羨望の眼差しで。‥‥って、目なんて無かったわね〜〜」 カズラは次々と呪縛の符を放つ。それと前後して瑞乃が筆を射落とそうとするが、当てるのも楽じゃない。が、たとえ狙いを外そうと、何度でも‥‥。 その間に紬が魅了を解術の法で解き、我に返った柾鷹がその刀で斬りつける。 「拙者の太刀は仲間を傷つけるためのモノではない!」 呪声のダメージにふらつきながらも、その意思は揺るがない。 「そうですわ。ちゃんと前だけを見てくださいね。今度うっかり後ろに斬りかかったら、承知しませんわよ?」 冗談とは言え、妙に笑えぬ雅の台詞。同時に神風恩寵の癒しを実感してなければ思わず震え上がっていたかも知れない。 が、敵の攻撃はその間も休むことなく、開拓者たちに呪われし声を放ち続ける。 哀が力の歪みで絵筆を抑え、その間に紬と雅、2人の舞が皆の苦痛を順に和らげてゆく。 尽きない攻防の応酬が続く中、2本の絵筆が襖を突き破って蓮と華を追おうとする。 しかしその時は既に、華たちを蔵に逃がし終えた郭之丞が取って返していた。 バンッ! 突然姿を現した絵筆の一方を、冷静に籠手で打ち払う郭之丞。 「向こうには行かせない!」 もう1つを身体で食い止めるも、そっちは当たりどころが悪く、柄の先端が右胸のすぐ上に突き刺さった。 「ぐっ!」 「小鳥ちゃん!」 郭之丞の声を聞き分け、瑞乃が叫ぶ。 「‥‥あったまきた! 絶対当ててやるんだから!」 瑞乃の瞳に精霊の力が集まる。その直後、打ち払われた方の太い絵筆を貫くと、あとはお願いっ、とトドメを託す。 さらに加えて、付喪のくせに‥‥と言った体で苛つきを見せるカズラ。 「あら〜〜私たちを放って余所へ行こうだなんてつれないのね。せっかく優しくしてたのに‥‥」 と、少しの本気を覗かせるかのように斬撃の符を放ち、刃の如き式が郭之丞の胸に突き刺さった絵筆を切り刻む。 「正直、こっちの方がよほど肝が冷える‥‥」 今日一番の本音を零しつつ、郭之丞は手にした薙刀で、刺さる矢ごと、絵筆を断ち割っていた。 「もう、充分でしょ。諦めて」 哀が絵筆の1つに狙いを定め、周囲の空間を歪める。絵筆に知能があれば、これを喰らった時点で降伏の1つも選択肢に挙がったのかも知れない。 だが残念ながらそうはならず、まるで起死回生を図るかのような魅了‥‥‥‥しかしそれすらも、抵抗力の上がった開拓者たちを魅入らせることはなかった。 「もう、お邪魔虫はささっと退治してしまいませんと」 勝敗が見えたことを告げる雅。そして終止符を打つべく前に出る彩虹。 「そろそろ決めると致しましょう」 身体を赤く染めた彩虹の拳打が、空気を震わせ絵筆を叩き折った。そして更に続くは柾鷹の太刀。室内ゆえに正眼に構えたその切っ先が一瞬消える――全身の力が一瞬で解き放たれたそれで絵筆の1つが真っ二つ。そして最後を決めたのは郭之丞とカズラ。炎に包まれし郭之丞の薙刀が、神速の踏み込みで絵筆を叩き割ったとき、それとほぼ時を同じくしてカズラの式が刃となりてもう1つの絵筆を細かく切り刻んでいたのだった‥‥。 ●春を描く女 こうして、付喪人形となった絵筆を巡る一連の騒動は、これにて終止符。 蔵へ2人を迎えに行った一同は、改めてそれぞれに報告をする。辛そうに小さく肩を震わせる華には彩虹とカズラ、そして郭之丞が。蓮の元には瑞乃と柾鷹、雅が向かった。 「華様。今ある幸せのため、過去を葬るというその決意は否定しませんが、話だけ聞いて頂けますか?」 「‥‥ええ」 「華様が話さないとしても、今後周りから耳に入る可能性もあります。此の度、華様の絵筆が出回ったのがその証‥‥失礼ですが版元様もお仕事ですから。ただその場合、蓮様の衝撃は直接聞くよりも大きいでしょうし、それは時が経つほどに更に大きくなると思います」 「‥‥‥‥やはり、そうでしょうか」 「少なくとも私はそう思います。もちろん最終的な決断は華様にお任せします。ですが、蓮様のお人柄は華様なら良く解ってらっしゃいますよね?」 そう言って彩虹がにっこりと微笑んで見せた。 そこで華も、心では喋ってしまいたいと願っているのに、蓮の前に出ると何故か言い出せない。急に不安が募ってしまうのです‥‥とつらい胸の内を吐露。するとカズラが気持ちは解るけど、と切り出す。 「でも、いつまでも一人で黙って苦しんでたりするくらいなら‥‥早々にバラシて、旦那と二人で黙ってる方が楽しいとは思うけどね」 たしかに‥‥。華が少し俯きながら頭を悩ませていると、今度は郭之丞。 「だいたい、春を絵に留めるとは風雅な仕事ではないか。何故隠す必要があるのかが私には分からぬ。その意味ではやはり、信頼を失う前に彼を信じて打ち明けるべきだと思う‥‥」 どうやら春画を勘違いしているようだったが、華はそれどころじゃないらしく気付かない。彼女は今、激しい葛藤に身を焦がしていた‥‥。 一方の蓮。勝手に彼に真実を語る訳には行かず、瑞乃が適当にぼかした説明で取り繕う。 「きっと、絵筆が収集家の間を回っている内にアヤカシが憑いたんじゃないかな?」 とか何とか。 「そも、蓮殿。何故この筆を手に入れる事に? 持ち主が誰か、曰くを存じた上で?」 もちろんですとも。稀代の天才画家、華楽でしょう? 柾鷹の問いに答える蓮の瞳には、まるで子供のような輝き。そこには商人としての損得勘定も、春画を客として買い漁るような浅ましさも見えなかった。 そこで雅はどうしようかと逡巡しつつも、この際だからと意を決して聞いてみる。 「蓮さんは華さんのどういう所が好きなんですか?」 それに対する蓮は、迷うことなく滔々と華の良い点とやらを語り始めた。声、性格、料理の腕‥‥そして出会いの奇跡という話まで。そして最後に、 「彼女に悩みがあるなら力になりたい。苦しんでいるならむしろ代わってやりたい。でも、華はきっと何も言わないでしょう。だからせめて私はすべてを受け入れるんです。それがたとえ嘘だとしても‥‥」 蓮は思っているより多くのことに気付いている――雅には、そう感じられた。 そうしている内に、広間などを片付け終え、改めて依頼の完了を報告する。だが、その少し前に柾鷹が華を呼び止めた。 「華殿。頭じゃなく心に尋ね、後悔なさらぬ方を選ばれると良い。捨てようとしても過去はついて回る。わだかまりを抱えて生きるか、全てを語るか。いずれにせよ、幸せを祈っている」 と。華は一瞬だけ驚いたように見上げるも、その一言で心が決したようで、何も言わずに頷く。そして改めて、皆の前で蓮に話が‥‥と切り出すと、自らの過去を包み隠さず語った。 「良かった‥‥」 「えっ!?」 「お前が私に話してなかったことが、そんなことで。私はね、華という娘に惚れたんだよ。華が経験してきた全てのことが今の華自身だと思ってる。経験したことに貴賎などないんだよ。春画だって、もし描きたいならこれからも描けば良い。もしそれで心無いことを言う者がいれば‥‥今度は私が守ってあげるから」 そう語る蓮の瞳には、微塵の偽りもない。 華は堰を切ったように泣き崩れ、蓮の胸にただ顔を埋めるのだった。 「ね、ね。ところで、春画隠してあったりしない?」 すべてが終わって帰る直前、前以上に仲睦まじい2人を見て、安心したように瑞乃が華の袖をちょんちょんと突き、こそっと尋ねた。が、答えはNO。 「春画家、華楽はもう過去の人です。たとえそれを惜しむ人が居たとしても、それはもう私じゃありません」 つまりは決別した過去の品は何1つないという事。 「それに、皆様に助けて頂いたとは言え、この筆たちにも申し訳ないですから」 そう告げた華の手には、折れて使い物にならなくなった絵筆たちが大切に包まれてあった。 |