川を往く船は‥‥
マスター名:瑞希
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/23 23:33



■オープニング本文

●川を往く船は‥‥
 ――石鏡。とある川を下る1隻の商船。
 川を下る船の類の中にあっては大きい方か、三位湖の恵みを加工した食品などを下流へと運ぶ役割を果たしているのだろう。
 乗り込む者も商人だけでなく、多少は腕に覚えのありそうな、屈強そうで柄の悪い男も2人ほど。何がという訳ではないが川に潜む生き物とか倒木といった脅威が船の行く手を阻むような事態に備えて雇われていた。
 そうした男たちを雇ってでも利用するほど、川は交易路として重要な役目を果たしていた。そんな川を順調に進む商船。その行く手に霧がかかる。
「イヤな霧だな、おい。まさか噂の幽霊とやらが出る前触れじゃあるめぇな」
 商人の1人が冗談めかして言った。長年この商売をしていれば霧の1度や2度は経験済み。今回も勿論、巷で噂になり始めた幽霊騒ぎにかこつけただけで、毛頭信じてやしなかった。
「冗談は程々にしてもらわんとねー、旦那! 俺らも遊びじゃねぇんです‥‥」
「す、すまん。こんな霧はいつものこと。すぐに晴れるから安心してくれ」
 慣れない霧に神経を昂ぶらせる護衛の者たちにたしなめられ、萎縮する商人。多くの人々は未知の状況に恐怖する。ゆえに根拠のない軽口を返すのが精々と言ったところか。
 ――だが。
 残念ながら霧が晴れることはなかった。少なくとも彼の船が浮かんでいる間には‥‥。

 霧の中、突然激しく揺さぶられる船。川面から伸びては船の縁を掴む汚泥のような無数の手が、船体を揺らしながら川の水を船に掬い入れている。
「船幽霊だー!!」
「ひしゃくを、底の抜けたひしゃくを持ってこい!」
 商人等の悲痛の叫び。それは船幽霊を追い払う方法として伝わっている通説のようなもの。
「1つや2つじゃ足りねぇ‥‥もっと、もっとだ」
 ドスン!
 その時、今度は上から何かが降ってきた。一層激しい衝撃が船上を揺らす。
「何だぁ!?」
 霧の中から降ってきたそれは、実体のない甲冑。籠手が大太刀を握り、具足にも重量感がある。中身はなくそれぞれが浮いているように見えるが、確かな存在を感じる。恐怖と言う名の存在感を。
 そんなアヤカシに対しての恐怖を覚えながらも、義務感からか護衛に雇われていた2人の男が戦いに応じる。腰の太刀を抜き放ち構えるが、開拓者でもない彼らがどれだけ戦えるか。いずれにせよ、結末は火を見るより明らか。

 川を往く船は、この1隻を最後に暫く途絶えることになりそうだった。開拓者たちが現れ、解決してくれるまでの暫くの間‥‥。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
南風原 薫(ia0258
17歳・男・泰
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
縁(ia3208
19歳・女・陰
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
橋澄 朱鷺子(ia6844
23歳・女・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓


■リプレイ本文

●川を往く船は‥‥
 8人が商人たちの用意した特別製の船に乗り込む。それは川幅の半分もあろうかという大きな船。
 彼ら全員が船上にあっても窮屈さを感じさせず、アヤカシとの激しい戦闘にもそこそこ耐えてくれそうな立派な造り。
 それを確かめるように隅々まで眺めていると、彼らを送り出すためにやって来た商人の1人が、微妙に鼻にかけた物言いで話し始めた。
「本来は儀典などに用いて戴こうと作ったものでしてな。抜群の安定感を誇っております。ただ、周囲から見やすくするため船縁が低めになっておりますので、慣れないうちは気を付けてくださいまし」
「確かに立派な船だね。大きな川じゃないと動かせない‥‥それに、このくらい穏やかな河川じゃないと」
 商人の言を軽く聞き流しつつ、葛城 深墨(ia0422)は本でも読んでいようかと取り出してみるが、乗り込んですぐに慣れない揺れを感じ、止めておく。
(えっと、酔い止めの薬は‥‥)
 そんな彼のすぐ脇を抜け、船縁に向かう茜ヶ原 ほとり(ia9204)は、自身に言い聞かせるように何事かを呟いている。
(これはアヤカシ。これはアヤカシ‥‥幽霊じゃなくて、アヤカシなのよっ)
 なかなか楽しい雰囲気を漂わせちゃいるが、勿論それだけじゃない。準備の方も万端。
 そういて皆が乗り込んだところで無事に出航を迎えると、すぐに甲板の真ん中あたりに鉄傘を立てて寝転ぶ、南風原 薫(ia0258)。
「んん、中々気分が良い物だねぇ川下りってなぁ。これから霧と化け物に突っ込むんじゃ無けりゃもっと良い気分だったろうが、ねぇ」
 誰にともなく呟いただけではあるが、それを聞きつけた縁(ia3208)は黙っていられず彼に注意を促す。
「滅多なことを言うものじゃありませんわ。私達開拓者が依頼を請ける迄の間に起こった惨劇は、その場所に居なくても想像がつきますもの」
 無神経と取られても致し方あるまい。が、薫は一切悪びれもせず、
「あぁ、わかってるとも。でも、これが俺なりの索敵なのさ」
 と、起き上がる素振りも見せない。それは甲板に直接耳をつけることで軋みをいち早く感じるためだったのだが‥‥彼はそれを説明することはない。
 それを知ってか知らずか、同じように中央付近で全周の異変に即応すべく控えるのは他に3人。柊沢 霞澄(ia0067)、神鷹 弦一郎(ia5349)、橋澄 朱鷺子(ia6844)。いずれもこの類の警戒には慣れたもので、気を静め、身じろぎせず穏やかに周囲を見遣る。
 一方、船の先端部では風鬼(ia5399)が操舵手の2人と雑談を交わす。
 主に普段の河川の情報を知るためと、事が起きた場合にすぐに避難させるためだったが、もう1つ、何より風鬼自身が今、別件のために激しい消耗を強いられていたからでもあった。
 やがて‥‥そろそろ頃合かと、ほとりが右舷の縁に腰掛け、もやい綱の準備を始める。続いて弓、やじり、弓掛と、気が付く限り手入れに余念がない。
(霧が濃くなるから、ここはしっかりと滑らないように‥‥)
 だがその様子は弦一郎らからすると、幽霊から気を背けるために見えたようで、却って危なっかしい。
「心配という訳ではないが‥‥あまり縁に近付きすぎないようにな?」
「は、はいっ。気をつけます!」
 どうやら、やはり気持ちは遠くに行っているようだった。

 こうして船は依然、順調に航行していたものの、実は周囲にだんだんと霧が発生し始めており、皆がそれに気付いた時には意外に視界の多くを霧に閉ざされていた。
 ジメッとした空気の変化を肌で感じつつ、朱鷺子が静かに告げる。
「そろそろ‥‥でしょうか」
(ん‥‥あれ? 何か‥‥)
 それに応えようとしたところで、ほとりが違和感のようなものを感じ、目を細めて水面を見つめる。
「来ました、船幽霊です!」
 確信を得、すぐに仲間に報せる。さらに続けて弓を引くほとり。座ったまま迷うことなき一矢を放つ。
 ビシャッ!
 水面に当たり、何かが弾ける音。
 これが、船上の開拓者と水上の亡霊たちとの戦いの始まりを告げる合図となった。

●船幽霊
 こうして最初の1匹が斃れた途端、水面からいきなり湧くように無数の顔‥‥いや、手が現れた。
 水面から生えたそれが大挙して船に押し寄せる。正直言って、かなり気色悪い。その中の幾つかがにゅっと手を伸ばし、船縁に取り付く。途端、船が大きく右に揺らいだ。
 ほとりは、逃げ出したい気持ちを抑えて踏み留まりながらアヤカシ‥‥アヤカシ‥‥と言い聞かせ、数歩下がって矢を放ち続ける。
「すぐに行く!」
 即座に援護に向かう弦一郎と朱鷺子。一方で霞澄は中央付近で瞳を閉じて集中。身体が仄かな光を放ち、わずかに空気を震わせながら感覚の糸が広がってゆく。瘴索結界――それはアヤカシの気配をいち早く知る力。
 その間に風鬼は操舵手2人を誘導しに向かう。
「怖がる必要などありませんよ。静かに‥‥歩いて退がれば良いんです」
 焦って敵の気を引く必要はない。揺れに足下を取られぬよう落ち着いて歩けば十分。
 その代わりにアヤカシどもの気を引くのは船縁に立つ弓術士たちの務め。
「‥‥さて、掃除の時間か」
 弦一郎と朱鷺子、2人の五人張からバーストアローが飛ぶ。
「船幽霊‥‥数はあっても個々の能力はそれほどでもないですね。まずは吹き飛ばすと致しましょう」
 水面すれすれを走る2本の矢。その周囲からの衝撃が見事な扇を形作る。それが通った後にはただ、崩れ落ちる船幽霊の沈んでゆく姿のみが残されていた。
 しかし船幽霊はまだ増えてゆく。生きとし生けるものを仲間にすべく、船を揺らしながら水を掬い入れてゆく。その上、いつしか船幽霊は左舷の側にも回り込んでいた。
「やっぱり、あっちからも来やがった」
 いやな予感と共に甲板に耳を付け「音」を聞いていた薫が逆側に軋みを感じて告げた。その報を受け、弦一郎がすぐに向かい、縁も意識は次に向けつつ斬撃の符で船幽霊を切り刻んだ。
「うわぁ〜。倒しても倒しても湧いて出てくるみたい」
 その間も右舷では朱鷺子やほとりが変わらず弓を引き続ける。超速の矢と水面を疾る強力な衝撃が船幽霊たちを消し去ってゆく。
「‥‥何割くらい倒せたのでしょうか」
 が、それだけの集中に比例し、相応の練力も消耗する。これをいつまで続けていられるものか。
「来ます。船の前方に‥‥大きな瘴気の塊です‥‥」
 その時、霞澄が声を上げる。深くなる霧の中から迫り来る瘴気。空を飛んでいるかのように近付いて来たそれが結界の中央、つまり霞澄自身に重なる。
「えっ!? 何‥‥いえ、来ました! 上です!!」
 再び叫ぶ。まさか重なるとは思っていなかった故に一瞬状況を見失いそうになるが、すぐに冷静さを取り戻し、上と判る。
 その瘴気の正体――それは2つの実体なき亡霊武者。
 それは上空から飛んできたというよりも、何か大きな場所から飛び降りてきたかのように突然甲板に降り立った。まさにこれまで襲撃された船と同様‥‥。

●亡霊武者
 ズシッという重々しい振動が、船を、皆の身体を揺らす。しかし、そこに現れたのはやはり宙に浮く甲冑と兜、それに篭手と具足という実体なき抜け殻が2体。
 が、それに恐れを抱いている暇はない。
 そんな訳で咄嗟に数歩下がった霞澄の代わりに、薫と深墨が前に出る。そして縁も標的をこちらに移す。
「こんな大きい奴に、陰陽師が対峙するってなかなか無ぇよな」
 と苦笑しつつ、呪縛の式を放つ深墨。放たれた式は亡霊武者の手足に纏わりついてその動きを封じる。そして式により束縛された武者の太刀を持つ手に、薫が拳を叩き込もうとするが、その時再び船が揺れ、重心を崩される。しかも狙った武者の後ろから薫の脳裏に直接響く呪われた言葉。
「ちっ、やりにくいじゃねぇかよ。空甲冑の癖に気味の悪ぃ声出しやがって‥‥」
 その上、敵は揺れの影響を受けずに式を打ち破り、深墨の横に回りこんでそのわき腹目掛け、大太刀を薙ぐ。
 深墨は不安定な足場で完全に躱せぬと見るや、咄嗟に左手を盾にして受け流す。そんな刹那の駆け引きに思わず頬が緩む。
「こういう雰囲気って楽しいよなー‥‥っと、そうも言ってられないか」
 何故なら差し出した腕からは、ひどく血が流れ落ちているのだから。
「まずは私が引き受けます。その間に治癒を!」
 縁が業物を抜き放ち、刃に式を宿して亡霊武者に斬り掛かる。
 霞澄が風の精霊に祈りを捧げ、傷の回復を図る。
「精霊さん‥‥深墨さんの怪我を、癒して‥‥」
 しかし、敵はそれにつけ入るように再び呪われた言葉を紡ぎ、今度は癒し手たる霞澄の精神を蝕もうとする。
「邪魔はさせません!」
 縁が霞澄の前に立ち塞がるようにして、自らの身でそれを引き受ける。代償に喰らったその声に込められた負の感情――思わず縁も心が負けそうになる。
「負けないでください」
 彼女の心に生じた揺らぎ、離れていてもそれを察し、ほとりが叫ぶ。同時に矢を放ち亡霊武者の兜を射抜く。さらに操舵手の避難を終えて戻った風鬼が後ろから風魔手裏剣を投じ、甲冑の継ぎ目に穴を穿った。
「考えようですかね、船幽霊が舵を見てくれてると思えばこうして攻撃出来ないこともありません」
 が、そうそう上手く連携できる訳じゃなく、幾度かに渡る攻防の応酬。その中で亡霊武者の太刀や呪声が開拓者たちの力を削いでゆく。霞澄の起こす神風の恩寵、深墨の治癒符に吸心符――それらの回復手段が必須となって求められる。
 思った以上に不安定な足場が足枷に‥‥。
 そんな事態を一刻も早く打開すべく、左舷の弦一郎、右舷の朱鷺子が放つは幾度目かのバーストアローを放つ。ここまでの数本でだいぶコツを掴んだのだろう、船の縁添いに走る衝撃が一気に船幽霊たちを弾けさせた。
 それでもまだ少しは水面を割って生まれてくるのが居るようだが、次第に船の揺れが落ち着きを取り戻してきたのが判った――それは残数が5分の1を割った証。
「よし、これで遠慮なく叩き込める」
 勝負どころと踏み、薫が泰練気法・壱で自らの潜在能力を活性化、そして徐に焙烙玉に火を付ける。それを見た深墨と縁が2人掛かりで呪縛の式を放つ。亡霊武者の片方に集中し、両の篭手と具足を同時に封じる。そこに薫が玉を掴んだままの手で武者の顔面を突き破り、そのまま空っぽの胴体の中に放り込む。
「内から爆ぜ‥‥ろ!っと」
 爆!
 派手な音と煙を伴い、1体が粉々に弾け飛んだ。
「残るは1つ‥‥趨勢は決しましたな」
 などと言いつつも、手を抜くつもりもない風鬼。彼女的には呪声にさえ狙われなければ何とかなると、さらに風魔手裏剣を投じる。
「いくら硬い甲冑だとしても、つなぎ目を狙えば脆いはずです。そこに命中させるだけの技術をいまならば‥‥」
 朱鷺子の瞳に精霊の力が集う。鷲の目で強化されたその瞳で、五人張の弦を最大限まで引き絞って狙う。強射「朔月」――空を切り裂く矢が、雷よりも速く亡霊武者を貫く。
 同様に弦一郎の瞳にも精霊力が集い、直後、こちらは間断なく矢を射ち込んでゆく。同様にほとりも文字通り矢継ぎ早に射ち、亡霊武者は瞬く間にハリネズミのような姿と化す。
 そんな無惨な姿になりながらも再び呪声。が、今さらそれに屈する者はない。
「ここは貴方達がいる場所じゃないの。素直に成仏しなさい!!」
 甲板を滑るように武者の正面すぐ下に潜り込んだ縁が、式の力の加わった業物を突き上げる。そして左胸の脇から頭を貫き、兜までをも一気に突き破る一撃。
 確かな手応えを感じて刃を抜き去った瞬間、ついに亡霊武者は物言わぬまま倒れ伏したのだった‥‥。

●霧晴れて‥‥
 ――後に残るは、僅かの船幽霊ども。
「さて、それじゃ残った奴らは弓隊が‥‥」
 深墨は疲れたとでも言うように、すっかり他人任せ。まぁ楽すべきところはしておかないと、という感じ。
 一方で薫は自ら積極的に船幽霊の殲滅に手を貸す。縁に掴まったヤツを叩き潰すくらいは十分可能だったから。
「見てくれの気味悪さで言やぁ鎧武者以上かも、なぁ‥‥」
 でも叩き潰すその感触は、決して良いものじゃない模様。同じく風鬼も殲滅に加わるが、こちらは気色悪いのを予め想像し、始めから手裏剣のみ。
「船幽霊相手にスキルを使うのはもったいなさそうですしね」
 そして弦一郎は着実に1匹ずつ射抜いてゆく。
「商人も困っていたろうが‥‥やはり1番困るのは品物が届かぬ一般の人々。さっさと退治して、また商売に励んでもらうとしようか」
 弦一郎の心はすでに、流通の再開する日に向けられている。
 やがて、船に迫る幽霊たちの姿がすっかり見えなくなった頃、ほとりはようやくホッと胸を撫で下ろした。
「良かった‥‥これでもうホントに幽霊騒ぎはおしまいですね」
「ええ。これでまた‥‥川の通行も可能になって、ようやく一安心というところです」
 朱鷺子もようやく安堵の心持ち。
 そして船倉に避難してもらっていた操舵手の2人が戻り、彼らに一連の報告を終えると、開拓者たちは改めて船旅を満喫しながらの帰路についた。
「やっぱぁ今の方が行きより遥かに気分が良いねぇ」
 再び甲板に寝転ぶ薫。その姿も無事に依頼をこなせばこそと、霞澄は今回の成功を喜びながら、暮れゆき茜色に染まる川面を見つめていた。
「この静かな川の流れと同じく、もう二度とアヤカシが現れませんように‥‥‥」
 それだけが、今心から感じている切なる願いだった。