宿場を救え
マスター名:三剣 由
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/23 17:05



■オープニング本文

 朱藩の街道沿いにある宿場「能亜(のうあ)」は、開業以来、最大の窮地に陥っていた。
「おじいちゃん、今日もお客さん来ないね」
「そうじゃのう、ついこの前までの盛況ぶりがうそのようじゃ」
 孫娘の言葉に「能亜」の主である老人は、寂しげなまなざしで店内を眺めた。
 約ひと月前までは休憩のためにやって来た旅人や行商人で賑わっていたのだが、今ではすっかり閑古鳥が鳴いている。やって来るのは孫娘が餌をやっている野良猫ぐらいだ。
 街道近くの林から狼の群れが現れたのが開店休業の始まりだった。
 狼たちはことあるごとに通りかかる旅人を襲い、その結果、この宿場のある街道を通ろうとする者がいなくなってしまった。
 アヤカシではなく単なるケモノだったので、しばらくすればまた林の中に引っ込むだろうと思っていたのが、どうやらその考えは間違いのようだった。
「でも、なんで急に狼が街道に出るようになったのかしら?今までそんなことなかったのに・・・・」
「もしかすると、街道まで自分たちの縄張りにしたのかもしれんのう。だとしたら、まったくもってけしからん話だ」
 実際のところ、狼が出現するようになった理由は分からないが、そんなことはどうでもよかった。狼の存在自体が大問題だからだ。
「お客さんがいるときは、毎日目が回るくらい忙しくてうんざりしていたけど、暇すぎるのも良し悪しだね」
 孫娘があくびをかみ殺す。
「何のんきなことを言っとる。ここまで客足がないと、まともな生活ができなくなるんじゃぞ」
「あ、そういえば、うちの食料がほとんどなくなっていたわね。お金がないから買い出しに行けないのよねえ」
 事態は切迫しているはずなのだが、孫娘はのんびりとしていた。
「こりゃ、そういうことは早く言わんか。まったく、おまえはほんと脳天気じゃな。だから、毎回皿を割ったりするんじゃぞ」
 呆れる老人。今に始まったことではないが、少しは慌ててくれと思わずにはいられなかった。
「このままでは、宿場がつぶれる前に儂らが餓死してしまいそうじゃな。余計な出費はさけたかったんじゃが、もうそんなことは言っておれん。ギルドにいる開拓者とやらに狼の退治を依頼しようかのう」
 老人は宿場と生活を守るために腰を上げた。
 


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
水津(ia2177
17歳・女・ジ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
珠白(ia4006
10歳・男・巫
雲母(ia6295
20歳・女・陰
秋月 紅夜(ia8314
16歳・女・陰
一心(ia8409
20歳・男・弓


■リプレイ本文


 能亜に待ちに待った開拓者がやって来た。
「小さな宿ね。依頼料はきちんと払えるんでしょうね?」
 秋月紅夜(ia8314)は軽い食事をしながら母屋を軽く眺めたあと、宿場の主とその孫娘に目を向けた。
「ギルドに言われたとおりの依頼料はちゃんと準備しておる。それより、そっちこそ狼を退治できるんじゃろうな」
「はっ、任せなさい。あんた達は酒でも用意して待って居れば良いのよ」
「それは頼もしい限りじゃ。うむ、依頼を果たしてくれたら、酒と料理をただでごちそうしてやろう」
「お、そいつはありがてえ。ちょうど依頼が終わったら酒盛りをしようと思ってたんや」
 斉藤晃(ia3071)が嬉々とした表情を浮かべる。
「能亜の主よ、拙者たちが狼を掃討する前に立ち入り禁止の立て札の準備と周辺の住民への注意を頼む。作戦中に近づいて巻き込まれてはいかんからな」
「それなら大丈夫じゃ。今日のことはすでに近くの村に伝わっておるし、この騒ぎのせいで、近づく者もおらんからな。じゃから立て札とかも不要じゃ」
 北条氏祗(ia0573)の申し出に能亜の主が答えた。
「それなら立て札の心配はいらんちゅうこっちゃな。ほな、万が一、作戦中によそから来るもんがおったら止めてんか」
「分かった。そのときはここで待機させよう」
 晃の言葉に主はうなずいた。
「主よ、林の中に狼以外のケモノはいるのか?」
 雲母(ia6295)が尊大な態度で尋ねる。
「それについては儂も分からん」
「では、狼が出没するあたりの地形はどうなっている?」
「街道は大きく開けていて、見通しがいいところじゃ。隠れる場所はないから不意打ちなどはできんじゃろう」
「そうか。まあ、狼ごときに不意打ちなど必要ない。堂々と私の弓で射貫くだけだ」
 不敵な笑みを浮かべながら、雲母は煙管をくわえなおした。


 先陣をきって街道へ足を踏み入れたのは、紅夜と珠白(ia4006)だった。
「さっきから気になっていたんですけど、紅夜さんからおいしそうな匂いがしていますね。これっておでんの匂いですよね?」
「ええ、そうよ。宿場で食べたものの残りを持ってきたの。狼をおびき出すための餌よ」
「なるほど。そうでしたか。紅夜さんのおでんの匂いをかいでいたら僕も食べたくなってきました」
 と言った珠白のお腹が小さく鳴った。
 おでんの香りを引き連れて林のある北へと向かって歩く。
 すると、遥か前方から八匹の狼がこちらに向かって駆け出してきた。
「来たわね。いったん街道のほうへ引くわよ」
「は、はい」
 急いで街道へと戻るふたり。しかし、狼の動きは予想以上に速く、あっという間に紅夜と珠白をとらえて襲いかかった。慌てて防戦態勢をとるが、紅夜は牙、珠白は爪の一撃をそれぞれ受けてしまった。
「囲まれてしまいましたね」
「こうなったら仲間が来るまで、私たちだけで戦うしかないわね」
「そうですね。皆さんが来るまで持ちこたえてみせます」
「精々足を引っ張らないでよね‥‥背中は任せるわ」
 紅夜と珠白は背中を合わせた。
「呪符発動、龍牙」
 紅夜の力ある言葉とともに五色の牙が一匹の狼を切り裂いて手傷を負わす。一方の珠白は火種を使って狼を怯ませた。
 火を見た狼の群れは一端距離をとったが、ふたたびいっせいに飛びかかる。紅夜は身をひねってかわし、珠白は持っていた鍋のふたで受け止めた。
 ここで氏祗、雲母、天津疾也(ia0019)、一心(ia8409)が駆けつけた。
(狼‥‥人による開拓が奴らの住処を奪っているのだろうか‥‥)
 氏祗は少し感傷的な気持ちを抱きながら狼の群れに突進した。
「北条二刀流、身体で覚えるんだな。まぁ此度は斧であるが」
 一定の間合いをとって地奔を発動する。荒ぶる大地の刃を受けた狼は絶命した。さらに追い打ちをかけるように両断剣を使って、別の狼を一撃で屠った。
 氏祗が戦闘に加わったのと同時に、珠白は神風恩寵を自分と紅夜に使った。
「やれやれ、安全な街道は商人にとっては必要なもんなんやで。ちゃっちゃと排除させてもらおうとするかいな」
 疾也は弓を構えて、頭とおぼしき狼を探した。ところが、それらしき狼は見当たらなかった。
 とりあえず葛流を使って一番奥にいる狼を射る。矢は狙いたがわず急所に刺さり、狼は崩れ落ちた。
 二匹の狼が疾也めがけて駆け出す。そのうちの1匹に矢を放つ疾也。矢は狼を確実にとらえたが、致命傷を与えるまでには至らなかった。
「‥‥攻撃開始‥‥こっちきたら射るよ」
 仲間の邪魔にならない位置まで移動した一心が弓を構える。
「‥‥遮る物は無い。ならば、ただ射るのみ」
 疾也の攻撃で手傷を負った狼に向かって即射を発動させる。その一撃で狼は動かなくなった。
 残された狼は目標を一心に変えて疾走する。
 続けざまに即射を放つ。が、狼の動きは鈍らない。狼の牙が一心の左腕をとらえた。
「‥‥通さない‥‥」
 負傷した一心だったが、苦痛の表情を見せることなく狼を力任せに押し返した。
 その隙をついて疾也が矢を放つ。さらに傷を負った狼は逃走を始めた。
「逃がさ‥‥ないっ」
 一心は狙眼を使って追い打ちをかけ、逃亡する狼を仕留めた。
「さぁ狩りの時間だ。せいぜい私を楽しませてくれ」
 雲母がわき上がる興奮に心を震わせながら弓を構えた。
「やはり、生物を撃つのは楽しいな」
 発動した朔月が狼を射貫く。
「手ごたえあり‥‥ふふふ‥‥いい鮮血だ」
 気力を使って立て続けに朔月を発動させる。強化された一撃を受けた狼は地面に倒れた。
「残念だったな。さあ、次はおまえだ」
 狂気じみた瞳の中の炎が一気に燃え上がる。
 新たに見つけた目標めがけて矢を射る。手傷を負った狼は一目散に逃げ出した。
「アハハ、この私から逃げられると思うのか」
 逃げる狼に追い打ちをかける。しかし、矢は外れ、狼の姿は小さくなっていった。
「ちっ、逃がしたか。運のいい狼だ。まあ、こんなときもあるか」
 雲母は煙管を口にして一服した。
 残った狼は紅夜と珠白と交戦し、深手を負いながらも逃げ出すことに成功した。

 戦いが始まったのと同時に街道の林側のほうに回り込んだ水津(ia2177)と晃は、出番が来るのを待っていた。
「退屈じゃのう。相手はアヤカシではないから、もしかすると出番がないかもしれんのう」
 暇つぶしがてら水津の様子をうかがう。
 水津は火種を宙に浮かべて遊んでいた。
「水津、火遊びはほどほどにせえよ」
「分かっていますよ。火事には十分注意します」
 火種をゆらゆらさせて答える。
 そのとき、猛然とこちらに向かって疾走する二匹の狼を発見した。
「お、どうやら出番を残してくれたようじゃのう。ほな、やろか」
 塵風を構える。
「そ、そうですね。それじゃあ、いきますよ」
 水津は次々と火種を作っていき、横に展開させていった。小さな火の玉が増えるにつれ、さっきまで弱々しかった目つきが一変した。
「燃えなさい燃えなさい‥‥我が焔‥‥退路を与える気はありませんよ」
 火種の壁を前にして狼たちの走りが止まる。
 晃は壁の前に出て咆哮を使う。二匹の狼は晃に向かっていった。
「念のためにやったけど正解やったな」
 狼を迎え撃つ。勝負はふた振りでついた。
「ちょいと物足りんが、これでおしまいやな」
 と思っていたが、まだやることが残されていた。
「さあさ、燃えなさい燃えなさい、どんどん燃えなさい。ここを紅蓮の庭にしてあげますわ」
 気がつけば、水津の作った火種があちこちに広がっていた。このままでは火事にもなりかねない状況だ。
「こりゃ、いい加減にせんか。仕事はしまいや」
 晃は水津のえりをつまんで持ち上げた。
「ふにゃ、わ、私はいったい‥‥まあ、何故あんなに火種が!ど、どうしましょう‥‥」
 我に返って焦る水津。
「いいからはよ消せ。せっかく仕事が成功しても火事になったら台無しや」
「は、はい!」
 水津は慌てて火種の消火に努めた。


 氏祗は狼を退治した旨を伝える立て札を作ろうとしたが、作るための材料がなかったので、仕方なく断念した。
(宿場で材料をもらって、ギルドに戻る途中に作ることにするか)
 することがなくなった氏祗は、鬼殺しの手入れをしながら仲間が戻るのを待つことにした。

 一心は倒れている狼の亡骸を黙って見下ろしていた。ただじっと見つめる。見つめる先には尖った狼の牙がある。取るべきか否か。
 迷っているところで雲母が水津を連れて現れた。結局、一心は何もせずに立ち去った。
「火葬する狼さんはこれで最後ですね」
「ああ、これでアヤカシに乗っ取られる心配はないだろう」
「では、いきますよ。さあさ、燃えなさい燃えなさい。私の焔に包まれてお休みなさい」
 水津が生み出す焔が狼の亡骸を包み込んだ。

 街道の北にある林の中の探索は疾也、晃、雲母、一心が手分けをして行った。
「どうだ、何かあったか?」
 疾也の問いに一心が首を横に振った。
「俺のほうも何もなしや。あんたたちのほうは?」
「こっちも収穫なしや」
「つまらん。他に何かいるかと思ったが、期待はずれのようだ」
 晃と雲母が答える。
「結局、狼が現れた原因は不明ってことやな」
「せやな。まあ、悪い狼さんを全部退治したから、それで問題ないやろ」
「ここにはもう用はない。宿場に帰るぞ」
 四人は街道のほうへと戻った。


 宿場に戻ると、宿屋の娘が出迎えてくれた。
「まあ、皆様、よくぞご無事で!その様子ですと、うまくいったみたいですね」
「狼はすべて退治した。もう大丈夫だ」
「よかった。これでまた旅の方が安心して街道を通れます」
 氏祗の言葉に娘は顔をほころばせた。
「ありがとう。あんたたちのおかげで儂等とこの宿場は救われた。約束どおり酒と料理をごちそうしよう。できるまで、適当にくつろいでくれ」
 奥にいた主が開拓者たちを見渡しながら言った。
「じゃあ、わしは裏のほうで薪割りをしようかの。ただで飲み食いさせてもらうのは、さすがに悪いからの」
 晃が裏口に向かおうとする。
「狼退治で疲れておるじゃろ。手伝ってくれる気持ちは嬉しいが、ゆっくりしてくれ」
「なあに、こいつはただの趣味みたいなもんやから気にせんでええ。どうしても気がひけるちゅうのなら、枝豆でもつけてくれや」
 と言って出て行った。
「僕はお布団や座布団を干す手伝いをしますね」
 と珠白。
「私は帰らせてもらう」
 雲母は主から報酬を受け取って出て行った。
「自分も‥‥」
 一心もあとに続いた。
「私は近くの村に街道が安全になったことを伝えに行くわ。水津も一緒に行かない?」
「ええ、一緒に行きましょう」
 紅夜の誘いを水津は受けた。
「俺も付き合うぜ」
 疾也も加わる。
「それなら俺もギルドへ向かうついでに一緒に行こう。主よ、適当な木の板を譲ってくれぬか」
「それなら裏の物置小屋にあるから好きなやつを持っていっていいぞ」
「協力に感謝する」
 氏祗は木の板を取りに行った。
 そして、四人は宿場を出て近くの村へ向かった。
 その日の夜──
 晃、疾也、紅夜、水津の四人の打ち上げが始まった。
「さて、無事仕事もおわったし、飲むでぇ」
 口火を切ったのは晃だった。
「ほら、てめえも飲めや」
 疾也に酒を注ぐ。疾也は一気に飲み干した。
「やっぱ仕事をやったあとの酒はうめえな」
「お、いい飲みっぷりだな。どんどんいくぞ」
 空になった器に酒を注ぎ足す。
「よし、宿場と街道の復活を記念して、ドジョウすくいでもやるか」
「いいぞ、やれやれ。派手にやれや」
 煽る晃。
 熱くなってきたのか、疾也は上着を脱ごうとし始めた。
 それを見て紅夜の表情が険しくなった。
「ちょっと、裸になろうとしない。脱いだら宝樹で動けなくして、練力が続く限り龍牙を食らわすわよ」
「おおっ、そいつは勘弁だ」
 疾也は慌てて手を止めた。
「皆さん、水津特製鍋ができましたよ」
 そのとき、晃から鍋奉行を任命された水津が、鍋を持ってやって来た。
「お、待ちわびたぞ」
「ん、何か変な匂いがするわね」
 紅夜が鼻をひくひくさせながら言う。
「確かに今まで嗅いだことのない匂いだな。鍋からか?」
「なあに、匂いなんかどうでもええ。食べられれば問題なしじゃ」
 どこまでも大雑把な晃だった。
「これが水津特製鍋です。おいしいですよ‥‥多分‥‥」
 鍋の蓋を開ける。
 その刹那──
 水津を除く開拓者とその場の空気が凍り付いた。
 鍋の中身は‥‥永遠の謎だった。
 この日を境に特製水津鍋は禁断の鍋ということで闇の中に葬られた。