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■オープニング本文 山に囲まれた五行の国、連なる山のその一端。 深い深い山の奥であれば、それは人知れず時の流れに埋もれるだけの存在だったかも知れない。 しかし、不幸な事にその場所は人里近い、人の立ち入る人の生活圏であった。 そして今日もまた、その山に人の影がある。 今回は三人の男だった。手斧を携えた格好からすれば、その男達は山に生える木々を得んが為に山へと足を運んだのであろう。 慣れた様子で山を進む男達。この山を進むのは一度や二度ではない事がうかがえる。 やがて自分達の望む太さの幹の木を見つけると、その周囲へと背負った荷物を降ろす。 その傍ら、男達の一人が不意に横へと顔を向けた。 ‥‥視界の端で、何かが動いたような気がしたのだ。 だが、目を凝らしても動物のようなものは見えない。気のせいか、そう頭をよぎった時、同時に疑問も沸いた。この辺りの木々には、こんなに蔦が多かっただろうか‥‥? それも、木々の高い所までに巻きつくような種類の物が。 見回せば、三、四本に一本はその蔦が巻きついた木が存在している。その中で一番近い物に歩み寄ってみると、その蔦の異常さに気が付ける。蔦にしては、異常なほどに太いのだ。まるで動物の尻尾のように‥‥。 何か変だ、その木から離れようとした時だった、仲間の一人が叫び声を上げたのは。 慌ててそちらの方を振り向き、男は目を疑った。 細い何かが、叫び声を上げた仲間の脚を絡め取り、バランスを崩して尻餅を付いた体を這い上がっている。それこそ、動物の尻尾のように仲間を絡め取っているのは、つい先ほど自分が目にしたものと同じ、異常に太い、蔦だった。 アヤカシ‥‥その頃には、全員の考えは一致していた。 人里近いとはいえ山の中、叫んで助けを呼べる距離でもなく、男は手斧を強く握ると、不意に腕にチクリとした痛みが走った。 腕を見れば、そこにもまた、自分を絡め取ろうとする太い蔦。しかも、仲間を捕らえている蔦はねっとりとした樹液のような物で覆われているが、自分の腕に巻きついている物は小さな棘が無数に存在している。もちろん、こちらの方が直接的な痛みが強い。じわじわと赤く染まる腕を見ていればなおの事だ。 男はまだ自由になる反対の手に手斧を持ち替えると蔦を切り裂き木から離れる。 見れば、捕らえられている者とは別の仲間も同じように手斧を振るい、仲間を助け出している所だった。 三人は互いに動ける事を確認すると、降ろした荷物もそのままに、山を逃げ帰るのであった。 |
■参加者一覧
氏池 鳩子(ia0641)
19歳・女・泰
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
時任 一真(ia1316)
41歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
乃々華(ia3009)
15歳・女・サ
葉隠・響(ia5800)
14歳・女・シ |
■リプレイ本文 「今の時期は栗に茸、おいしい物が取れる季節だな」 「実りの秋ですからね」 氏池 鳩子(ia0641)が赤みを帯びた木々を見上げ、そこから想像を膨らませながら山道を歩く。 「この季節はそれを目当てに山に入る人も多いわね」 「ふむ‥‥件のアヤカシは、それを知っているのかもしれないな」 「だとしたら、いい度胸ね。私が根絶やしにしてやるにゃ!?」 『『にゃ?』』 その凛とした様子と勇ましい台詞にはあまり似つかわしくない胡蝶(ia1199)の声に、一同の視線が集中する。 「ち、ちがっ足に何かが‥‥ふぃぁ!?」 足首を這うぬるっとした感触に再び悲鳴を上げる胡蝶。 「‥‥なんだ、そんなかわいらしい悲鳴も上げられるんだな」 「そ、そ、そんな事どうでもいいでしょ!!」 ニヤニヤとした表情を浮かべながらの時任 一真(ia1316)の言葉に、胡蝶の頬が木々に負けず劣らず赤みを帯びていく。 「まあまあ、それより、っ!?」 「ん?」 仲裁に入ろうと一歩踏み出そうとした八嶋 双伍(ia2195)の足が何かに引っかかったように止まり、そこにいたりようやく鳩子が草むらに隠れていた胡蝶の足元の存在を目視する。 「アヤカシか!」 「こっちもです!」 鳩子が胡蝶の足に絡み付いている太い蔦を剣で切り払うと、八嶋も自分の足に絡み付いていた蔦を斬撃符で切り裂く。 するともう隠れている必要はないとばかりに、数本の蔦が草むらから、まるで蛇が頭をもたげるように姿を現した。 「話に聞いてた場所はもっと奥じゃなかったの!?」 「あら‥‥敵の特徴は植物、成長して以前よりも範囲が伸びている可能性もありますから、気を付けて下さいね」 事前に聞き込んでいた情報との差異に戸惑う葉隠 響(ia5800)に、乃々華(ia3009)が頬に手を当てながら冷静に言ってのける。 「そういう事はっ」 「もっと早く言いなさいよ!!」 響が仕込み杖から刃を抜き放ち、時任が刀を構える。 「五行に根を下ろそうなんて」 調子の戻った胡蝶も符を取り出し、 「燃え尽きなさい!」 「私怨、入ってません?」 向かってきた蔦のいくつかを火輪で撃退する。 そして幾筋かの銀線が走ると、動く蔦は数を無くしていた。 「やった?」 「とりあえず、この辺りにある分は」 戦闘態勢を崩さぬまま、周囲を警戒するが‥‥目に入る範囲に、あのような異様な植物は存在していない。 刃は抜き放ったまま、しかしその構えはゆっくりと解いていく。 「傷、治さないのか?」 「いえ、私の事はかまいません」 最初の不意打ちで足首に血の跡を付けている八嶋。 八嶋も自分で治療を行う術はあるが、それはあくまで仲間の為に使用するものである。 「そんな事言って‥‥ちょっと見せてみなさい」 と、胡蝶が八嶋の足元に膝を着くと、治癒符を使用する。 これでは結局自分で治療するのと変わらない‥‥と、少し気まずく頬をかく八嶋であるが、 「ありがとうございます」 と、素直に礼を述べる。 「べ、別に、後からその傷のせいで騒がれてもうるさくて迷惑だからよ」 今度は体の自由が利くため、表情が見えないように皆から背を向ける胡蝶。 その背中を見て、皆が小さく笑う。 「しかし、やっぱりどっかに蔦の本体がありそうだな」 「そうだね、切った先は引っ込んで行ったし」 「消えた先は‥‥」 「このまま進んでよさそうだな」 切って二つに分かれた蔦、その一方は消え去ったが、もう一方は茂みの中へと戻っていった。 消えずに戻ったという事は、その先に本体が存在するのだろうとの予測は立つ。 「そう‥‥ね‥‥?」 その予想に同意しようとした胡蝶だが、その体に違和感があった。 「どうかしましたか?」 「まさか、毒の類か?」 「いえ、そうではないけれど、なんだか力が‥‥」 ここで言っている『力』とは練力の事である。 いつもよりも、その消耗が多いような気がする。 「符を使用したからでは?」 「そうだけど、二枚だけよ」 「敵の攻撃?」 「‥‥ええ、そうかも」 「力を減らす‥‥いや、吸収しているのか」 「ということは」 「蔦に捕まるほど、本体の力が増える‥‥?」 「やれやれ、やっかいだね」 時任が面倒くさそうに首を振るが、これには他の者も同意であろう。 「でも、これで敵の情報が増えました」 『‥‥‥‥』 淡々とした乃々華の言葉に、先ほどのやり取りが思い出される。 (「敵が成長している事、気づいていて‥‥」) (「わざと言わなかったんじゃないでしょうね‥‥」) そんな考えが頭をよぎるが、それは考えすぎだろう‥‥おそらく。 「響、上よ!」 その言葉に響が頭上を見上げると、そこには自分に向かってくる三本の蔦。 「えい!」 その内二本は迫る前に手裏剣で打ち落とし、残りの一本は仕込み杖を抜いて切り落とす。 しかし、そうしている間にも次の蔦が響へと向かい始める。 「腕と刀が後二本ずつくらい欲しいところだな‥‥っと!」 「不気味ですよ、それ」 時任が両手に一本ずつ持った刀で響きに向かおうとしていた蔦の何本かを切り落とし、時任と背中を合わせた八嶋が反対側の蔦へと斬撃符を放つ。 「面白くはあるがの」 「面白いかどうかの問題じゃないと思うの‥‥」 初戦を制した一行はさらに山の奥へと進み、アヤカシの本体を追っていた。 初めは散漫だったアヤカシの攻撃も、奥へ進むにつれてその蔦の数が増えていき、現在は足を止めて対処しなければならないほどの数に囲まれている状況である。 「きりがありませんね」 近寄る蔦を短刀を振るい次々と切り落とす乃々華。 一行の中で一番身軽な――というかこの少女、装備らしい装備はこの短刀一本だけである。ついでに言うと、違う意味でもやたらに軽装だ――乃々華は手数で大量の蔦に対抗をする。 元より一般人でも刃物があれば切り落とす事が出来る程度の耐久力しかないこの蔦には、短刀でも十分な役割を果たす事が出来るのだ。 「けれど、本体の位置はほぼ掴めました」 「うむ、後は一瞬でも隙があればよいのだが」 対する数が多ければ多いほど、その位置は予想しやすくなる。 そして、すでにその数はあまり余るほどであった。 「それなら任せてちょうだい、響、合わせて!」 「了解!」 二人の少女が呼吸を取り、他の者がその二人を護るように立ち塞がった。 「飛べ! 炎熱の力、火輪!」「燃えろっ‥‥火遁!」 二重になった炎の力がアヤカシを焼く。 「今の内に!」 「走れ、止まるなよ!」 やはり炎には弱いのか、漏らした蔦も、その動きが鈍っていた。 その隙に、一行は本体のあるであろう方向へと走る。 「あれか!」 先頭を走る時任と乃々華の二人が、走りながらも行く手を阻む蔦を断ち切っていく。 やがて目に入ったのは、人の子供ほどはあろうかという巨大な、赤い花。 その花からは今まで散々見てきた蔦が大量に繋がっていた。 「乃々華君!?」 それまで先頭を走っていた乃々華が、突然に足を止める。 花まではまだ距離があり、短刀の届く距離ではない‥‥が、乃々華はその短刀を投げ捨てると、腰を落として拳を構えた。 「あぶないっ」 動きの止まった乃々華を格好の目標としたのか、周囲の蔦が乃々華に集中する。 それを響が身体で割って入り助けるが、響は数本の蔦に完全に捕らえられ、身動きが出来なくなってしまう。 「なにをっ!?」 それぞれが斬撃符と刃を振るいながらのその問いに答えるよりも早く、乃々華はその拳を地面へと突き立てた。 「やっ!!」 その拳は大地を裂き、その衝撃は大地を疾る。 乃々華の放った地断撃がその巨大な花を飲み込むと、弾き飛ばした地面ごと花を根こそぎ大地から引き剥がす。 「きゃっ」 乃々華の一撃でほとんどの蔦が本体から切り離され、周囲の蔦のほとんどが消え失せていた。 突然に支えを失い、捕まっていた響がお尻から地面へと落ちて小さな悲鳴を上げる。 「手足を失えばかわいいものだの」 「まったくだ」 飛ばされた花を追うように間合いをつめた鳩子の剣と時任の刀が、無防備になった花を擦れ違いざまに斬る。 そして、その勢いで浮かび上がったそれを、 「これで‥‥トドメ!」 乃々華の拳による強打が捕らえ、その花は蔦同様、消滅していった。 「‥‥終わったようですね」 「皆怪我――は、無いわね」 手間はかかり、消耗はあるが、怪我という点で見ればほとんど無い。 「お尻が痛い‥‥」 と、響が応えるのは愛嬌であろう。 「おぉそれは大変だ、俺が擦ってやろうか?」 と時任が応えて、女性陣にキッと睨まれるのも‥‥まあ愛嬌であろう。 ともあれ、山を騒がせていたアヤカシは退治した。 これで近隣の人々も秋の山を楽しむ事が出来るだろう。 一行もまた、山を降りるまでの短い間、秋色の山に目を向けるのであった。 |