豊漁祭
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/06 22:15



■オープニング本文

 蝉の鳴き声があちこちで聞こえる夏の半ば、朱藩のとある海沿いののどかな村は、ほんの少しだけいつもと違う浮き立った空気を漂わせていた。
 村の広場に訪れていた男は、配られたチラシを一読すると、その配り主である少女に気さくに声をかける。
「おー、今年もそろそろやるのかい? 豊漁祭」
「もちろん、やりますよ。この村の名物なんで」
 少女は肩をすくめると、また通りかかる人にチラシをせっせと配っていく。
「毎年盛り上がるんだよなあ、牡蠣とか烏賊とか秋刀魚とか、魚介類の焼いた奴の屋台がずらっと並んでさ……あと名店が祭りの時だけ特別に出してくる、帆立塩ラーメンが美味いんだよなあ……おっとよだれが……」
 男は慌ててにやけた口の端をこすった。
「この辺は漁業で生活が成り立ってますからねえ。豊漁祭の名の通り、海に感謝するお祭りです。最近は規模が大きくなってきて、他の村での特産品も集まってくるようになって、農作物や衣類なども会場で売られることが増えましたが」
 少女は小さな子供にも丁寧にチラシを配る。子供はチラシをじっと眺めると、手を繋いだ母親に向かって「なあにこれ?」と無邪気に尋ねた。母親はにこにこ笑いながら「お祭りやりますって書いてるのよ、その日になったら一緒に行きましょうね」と伝える。子供は顔をぱあっと輝かせながら、軽い足取りで母親と共に小道を歩いていった。
「今年は大漁火やるのかい?」
 男は上機嫌で歩いていく子供と母親を微笑ましく見送りながら、また少女に質問する。
 大漁火とは、焚き火を大勢でにぎやかに囲むイベントのことだ。去年初めて豊漁祭で行われ、大いに盛り上がった。本来は漁火と言えば海上の火だが、これは当然ながら陸上の火である。
「やりますよ。去年よりもっと派手にやってやろうという計画です」
「ほう。祭の規模は、頑張ってた去年よりは縮小するのかと思ったが、どうやら今年は去年以上に盛り上げるつもりなんだな」
「そうですね、かなり気合入ってますよ、お客さん沢山来ると良いな」
「そういや……今年は大丈夫かねえ」
 男がふと思いついたようにそう言うと、少女はさっと顔を曇らせる。
「色々問題、起きちゃいましたからね……屋台に石を投げつけられたり、装飾を壊されたり、大声でお客さんを脅かす人が隣村から出てきて。彼ら、また――」
 そのとき、突然聞こえた叫び声に、男と少女は振り向いた。
 見ると、そこには腹を殴られたのだろうか、うずくまる子供がいた。その脇で、母親が真っ青な顔で子供を庇うように、数人の男達の前に立っている。
 男達の一人が、子供から取り上げたチラシを破り捨てると、少女と男に向かって怒鳴りつける。
「おい! ちょっと上手くいってるからって調子に乗んなよ。てめえらの村の祭なんかより、俺達の村の祭の方が盛り上がるに決まってんだよ」
 少女は威圧的に挑発してくる、隣村の者達に大声で叫び返した。
「貴方達みたいな、卑怯な人達のいる村の祭になんか負けないわ!」
「見てろ、勝つのは俺達だ。しょぼくれた祭なんぞ、潰してやる」
 隣村の者達は、にやにやと笑みを浮かべながら引き上げてゆく。少女は悔しげに顔を歪ませると、ふうっと息を吐き、負傷した子供に駆け寄っていった。
 さすがに加減はされていたようで大事ないようだったが、親子の顔面は蒼白だった。無理もない、恐ろしい目に遭ったのだ。
「ひょっとして、毎年あんな調子なのか」
 男が尋ねると、少女はやれやれと頷く。
「毎年どころか、年を重ねるごとにエスカレートしてます……ああいうのを、嫉妬と言うんでしょうか。せっかく豊漁祭、盛り上がってきてるのに……」
「色々面倒ごとも多そうだな……」
「はい、でも今年こそ、もうちょっとトラブルがないように何とかしたいんですよ……」
 少女はチラシの束を握り締め、隣村の者達が去っていった方向を睨んだ。
「でも、多分何とかなります。今年は助っ人も呼ぶことになりましたし」


■参加者一覧
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
山階・澪(ib6137
25歳・女・サ
捩花(ib7851
17歳・女・砲
中書令(ib9408
20歳・男・吟
芽(ib9757
17歳・女・武


■リプレイ本文


 待ちに待った豊漁祭当日。今年の豊漁祭には、五人の開拓者が「助っ人」として姿を現していた。開拓者達が祭を盛り上げるために来てくれている……という事実に、どうやら村人達も士気を上げているようだ。
 捩花(ib7851)は空き地にて、手際よく会場設営の仕事を手伝っていた。数人の村人達と共に布を広げ、ロープを引き、テントを組み立ててゆく。
 組み立ての終わったテントでは、既に売り物の用意が整えられ始めている。看板を見れば、秋刀魚の切り身の串焼きに、蟹の揚げ物、まぐろの天ぷら……漁村の味、とでも表現すべきだろうか。一風変わったものもあるが、中々に興味と食欲をそそられる。
「こんな僻地の手伝いなんぞさせてしまって、済まないね」
 捩花と一緒にテントを広げていた老人が、申し訳なさそうに言った。捩花はその言葉に「いえいえ」と首を横に振る。
「あたいの故郷も田舎だし。それに食べ歩き……もとい、お祭を無事成功させるためだもの。何でも言い付けてね!」
 そのつぶらな両目は、元気と食欲で輝いていた。

 一方で、芽(ib9757)は、村の中央広場で開催予定の大漁火の準備をしていた。
 重たい薪を往復して運搬するのはそれなりの重労働だったが、芽は快く仕事を引き受け、どうやら高級な香木をも含む薪を、丁寧かつ速やかに運んでいた。
 ところが、数度の往復の後に薪小屋へと辿り着くと――薪の一部が、めちゃくちゃに潰されており、芽は眉をひそめた。
 気配に振り向くと、木々に紛れて駆けて行く二人の男の姿が、遠くに見える。
 遠くとは言っても、開拓者の脚であれば追い付けない距離ではない。芽は、影のように大地を駆け始めた。一歩、二歩、と間合いが縮まり、見える姿が大きくなってゆく。天狗駆を持つ芽にとって、林の悪路は有利に働いた。
「な、何だぁ?」
 小柄な芽に回り込まれた男達は瞬いていたが、追手ということは認識できたのだろう、芽に飛び掛かり――軽々と投げ飛ばされた。これは技ではない。大人が子どもを相撲であしらうときのように、力で転がしただけだ。
「ふ、ふざけんなよ! 何で俺達がこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ! おい!」
 体格で圧倒しているはずの少女に投げられて頭に血が上ったのか、男の一人が芽に掴み掛かろうとし、さらに投げられた。
「そも海の幸に」
 ここで一喝するつもりではなかったのだが、罪悪感など欠片もない盗人猛々しい様子に、芽のスイッチが入った。
「感謝する気持ちを示す場が貴方がたを含めたこの地域の祭りの筈。感謝を暴力で示すなど言語道断。一喝が通じぬとわかっていても一喝せずにはいられません」
 志体持ちやアヤカシが気圧されることさえある、その迫力。芽の一喝は良い薬と言うより、劇薬のように男達の顔色を変えてゆく。
 この日、この後、この男達を見た者はいなかった。

 笛や太鼓の音色が辺りを彩り、店の周りには魚介類の美味しそうな香りが漂い始める。
 いよいよ豊漁祭が始まったのだ。
 各地から訪れたのであろう、見渡す限りの人々の数。この祭がよく楽しまれ、よく知られつつあるのだということを、眼前の光景は示していた。
「今のところ、順調のようですね」
 山階・澪(ib6137)は、事前に話し合って作成した役割分担表を開拓者達に配った後、最初の仕事である出店の番を始めていた。隣で調理担当の村人が手際良く野菜を切って、ご飯と一緒に炒めている。まだお昼には早い時間帯だが、ちらほらと客も見えていた。
「――結構、大漁火と並んでよ、祭の主役かもしれんもんな、この海老炒飯。頑張らんと」
 呟くように言う村人に、澪は頷いた。
 そう、今年の豊漁祭では、隣村と――主食となる炒飯の出店における売上で、対決をすることになったのだった。一店対一店の、真剣勝負である。
 これは開拓者の一人、平野 譲治(ia5226)の発案だった。澪は、数日前に開かれた会議を思い出していた。
「彼らには困ってるんだが、注意したくらいでは聞かなくてな……邪魔をするのが私らの総意だとは、思わんで欲しい」
 そう告げた隣村の村長の物憂げな表情は、開拓者達を目の前にして臆した……というよりは、その語る言葉の通り、隣村の若者衆の威勢の良さに参っていたようだった。
 そんな様子を見かねたのか、あるいは依頼を引き受けた段階で考えていたのか、譲治の発言は唐突と言えば唐突だった。
「どうせなら、正々堂々と勝負すれば良いと思うなりっ! 嫌がらせなんかしてないで、自分の祭に全力を尽くそうとするよう仕向けるなりよっ!」
 澪も案に賛成した。
「お互い盛り上がれば祭り勝負もありかと思います」
 隣村を悪者にしてしまうばかりでは、この問題の根深い部分は一向に解決しないだろう、という思いも、多少、澪にはあったのだ。
 だが、隣村の反応はと言えば、どちらかというと渋い顔、あるいは訝るような顔で、澪や譲治を睨むばかりであった。
「どうせ、勝てるわけないしなぁ。そっちの村の会場でやんだろ?」
「そんな自信あるならさ、あんな嫌がらせする奴出てこねぇよ。村ごと晒し者になるのがオチだ」
 しかし、隣村の村長のみは逡巡――幾ばくかの沈黙の後、譲治に向けて、笑んでみせた。
「やってみるか」
 隣村の人々は驚いて、老齢のリーダーを見つめた。
「その勝負、受けよう。若者衆に舐められたままでは、私も海の男が廃る。負けるが何だ。戦わねぇで逃げる方が、本物の恥だろうがよ」
 かつては村の英雄として数々の漁をこなし、時化も不漁も乗り越えてきた男の言葉だ。説得力を持たないはずがなかった。
「で、でもあいつら……きっと悪さ、やめないよな……」
 隣村の一人が、ぽつりと言った。
「そうですね、ですが、大丈夫ですよ」
 澪は、隣村の村長が作り出した雰囲気を大切にすることにした。シンプルに言い換えれば、皆を安心させたかったのだ。
「そのために私達がいるのですから」

 捩花は賑やかさを増してきた祭会場を、くらげの唐揚げなど頬張りながら、嬉々として見て回っていた。警備や宣伝の仕事の方も兼ねて、だ。
 村の少女に差し出された案内図を受け取った捩花は、ついでに質問してみた。
「おすすめの食べ物のお店とかある? あ、炒飯は食べ比べ済んでるからね」
「おすすめかぁ……そこを右に曲がって三軒目のですね……」
 捩花は早速、紹介された出店へと勇んで向かった。店の前には、長めの行列ができている。行列イコール美味しいというわけではないが、期待感は高まる。
 捩花が並び、待ち、支払い、そして受け取ったのは……
(イカ飯! 今回の依頼最大の報酬が、まさにここに!)
 早速、戦利品に齧り付く。控えめな醤油味のもち米と、烏賊の歯応えが合っている。これは――おかわりの四文字しかありえない。
 捩花が行列にもう一度並ぼうとしたとき、悲鳴が聞こえた。
「やめてください!」
 悲鳴に続いて、女性の涙声が響く。
「ざまあみろっ、生意気なんだよ、この村の奴らはっ!」
 男が出し物の大鍋を、故意にひっくり返したのだった。その三流悪役のような口上を聞くまでもなく、隣村の妨害者だろう。
(食べ物を粗末にするなんて!)
 捩花はダッシュで現場へ駆け付け、妨害者の目の前に回り込み、白々しくも友好的に話しかけた。
「ねぇ、隣村の人でしょ? そっちの祭の出店の食べ物って美味しいのー?」
「ああ? 何言ってんだ。そりゃ美味に決まってんだろ」
 男は眉を寄せて、やや困惑しながら答える。
「だったら、ちょっと案内してよ。食べてみたいなって思ってたんだ」
「……ついて来いよ。少し遠くなるが、こっちよりずっと美味いもん食わせてやる」
 案内されるがままに案内され、そして、会場を出た途端。捩花は、男の背中に火縄銃を突きつける。どこに隠し持っていたのかと思わせるような、早業だ。
「……ひっ」
 男は背中に突き付けられているものが何か分かると、さっと青ざめた。あくまで捩花は明るく言い放つ。
「大丈夫、大丈夫。祭が終わるまでの間、ちょっと大人しくしてて欲しいだけだから。もちろん付いてきて貰って構わないわよね?」

 中書令(ib9408)は祭の宣伝のために、数人の村人と共に通りを練り歩いていた。染物を用いた看板を首から下げた村人達が、笛や太鼓を鳴らすのに合わせて――中書令は偶像の歌を紡いでいく。魅力のないものでさえ魅力的に見せる曲が、元より魅力あるものを彩れば、それは人目を引く。
 美しく独特の存在感のある演奏が、祭の情景を歌う。歩く人々の多くが振り返って見つめるほど、この一行は大いに注目を集めていた。
「……少し待っていてください」
 中書令は歌うのを一旦止めると村人を手で制し、超越聴覚で聞きつけた音の方角を見やった。爆発音。中書令は速やかに、音源の方へと続いている小道を足早に歩いていった。

「何をやってるのだっ! やめるなりよっ!」
 平野 譲治は、へらへらと笑う男達に向かって声を張り上げた。丁度人魂を出して祭の警護を行っていたときに、大きな音が近くの河原の方から聞こえてきて、すぐさま駆け付けたのだった。
 そこには、子どもたちを爆竹で脅かして笑う、悪党と呼ぶにも値しないような小悪党どもが数人いた。
「何って遊んでやってるだけだよ」
「お前も俺達と遊ぶか?」
 男達は譲治が開拓者であるということに気付いていないようだった。装備の時点で、そこらの子どもには見えないはずであったが、この男達、あまりに無知。
 彼らが譲治に投げ付けた爆竹は――しかし、当然やすやすと防がれることになる。譲治の結界呪符「黒」によって、爆竹が投げられた軌道に大きな黒い壁が現れ、それに当たって爆竹が爆発したのだ。男達は目を見開く。譲治はさらに、念には念を入れて呼子笛を吹き鳴らした。
「術……ひょっとして、開拓者かっ!?」
「少々、悪ふざけが過ぎるなりねっ!」
 小鳥を象った人魂が、男達に攻撃を仕掛ける。手加減し過ぎるくらいに手加減したと言うか、単なる威嚇であったが、相手方の戦意を削ぐには十分であったようだった。
「や、やめてくれぇ……」
「降参、降参!」
 譲治は、へたり込み、あるいは逃げ出していった男達を観察しながら、顎に手を当てた。臆病な彼らのやったことは、しかし悪質だ。このまま放っておくことはできない。
「お疲れ様です、後は私に任せていただけますか?」
 背後からの声に譲治が振り向くと、そこには中書令がいた。このような場でも落ち着いた雰囲気のある中書令に、譲治は頷く。
「分かったなりっ、後は頼んだのだっ!」
 駆けてゆく譲治を見送ると、中書令は効果の範囲に無関係の人が入っていないことを耳で確認してから……夜の子守唄を歌い始める。その魔性の歌を聴いてしまった男達は、あっと言う間に眠りの世界へ吸い込まれていった。中書令は全員が眠ったことを確認すると、テキパキと荒縄で捕縛し始める。
 少し離れたところで、逃げ遅れた少年は泣くのも忘れて、中書令の一連の作業を不思議そうな表情で見守っていた。
 どこからともなく現れた譲治が、少年に近付き、怪我の具合を確認しながら口を開く。
「痣になってしまっているのだっ、手当てするなりよっ」
 譲治が治癒符を使うと、少年の足の痣が、みるみる消えていった。少年は驚いた様子で、譲治を見つめる。
「開拓者って、本当に魔法みたいなことできるんだね」
 少年が言うと、譲治は笑って見せた。
「御祭り、楽しんでるなりかっ!」
「うん」
「それが一番なのだっ!」
 言い残すと、譲治は再び風のように駆けていった。

「周りの方の御迷惑になりますので、少し酔いを醒まされては如何です? ちょうどいい場所もございますので」
 装飾の行灯を潰していた二人の男に、澪は落ち着いた調子で声をかけていた。
「はぁ? 何言ってんだあんた」
 厳つい風貌の男は、澪を睨み付ける。
 その傍らにいた小柄な男は、慌てたように悲鳴に近い声を出した。
「お、お前、そいつ、たぶん開拓者だぞっ!」
 これ以上、騒がれる前に。
 澪は目を細め、剣気を放った。
 圧倒された男達は、たちまち足をふらつかせ始める。
 何事かと注目し始めた一般客達に、澪は微笑みを返し、二人の男を担ぎ上げた。
「酔いが回ったようですので介抱します」
 村の外れには、仮設の小屋があった。澪はその小屋に二人の男を押し込む。既に問題を起こした、ないしは起こそうとしていた十数人もここに詰め込まれている。
 この仮設小屋は澪が会議のときに提案し、設置することとなったものであった。
 それにしても、小屋の中は大勢の人間がひしめいている割には静かだった。さすがに開拓者を相手にして懲りたのか――否、そうではなかった。全員が全員ぐったりしている。気絶しているのか、眠らされているのか。いずれにせよ、これではさすがに悪さもできないだろう。

「あの程度の相手に一喝するとはまだまだ私も修行が足りません」
「……え?」
「失礼、独り言です。それより、これで大丈夫ですよ。痛みもなくなったはずです」
 芽は祭会場からは少し外れにある休憩所で、浄境により怪我をした人達の治療を行っていた。
 隣村の妨害行為で怪我をした人は現状ここには来ていないのだが、それでも、ちょくちょく怪我人がやってくる。普通に喧嘩して顔面パンチ食らった人、日常と違う雰囲気に当てられて倒れた身体の弱い人、酒に酔って階段から転げ落ちた人、カラクリ屋敷で驚きすぎてぎっくり腰になった人……規模が大きくなった祭に、トラブルは付き物だ。
 既に暗くなっていた外が俄かに明るくなり、芽は窓へと目を向けた。大漁火が始まったのだった。
 芽が休憩所のテントを出ると、それは大きな焚火が、夜天を焼いていた。漁火とは海上の火。魚を誘き寄せるべく、船の上で焚く火である。漁村の日没後、沖に出た父親や夫が「元気でやっている」ことを知るサインでもあるそれは、陸に残された家族を大いに安心させてきた、言わば平穏な日常を象徴する火だ。
 戦火の火とは、違う。
 それを陸に揚げて大きくした――というイメージの催しなのだろう、祭客達も見入る壮大な炎に、芽も暫し見惚れた。
 開拓者も危険の多い職業だ。家族のために漁に出る者たちの決死の勇気に、共感するところがないはずもない。
 ふと見やれば、燃え盛る大漁火の向こうで中書令が隣村の村長と何やら話している様子が見える。村長は満面の笑顔で、中書令も控えめながら微笑んでいる。そこに、何やら頬張りながら近付いてきたのは捩花。
 隣村との売上勝負の勝敗を芽は知らなかったが、勝敗ではなく、勝負そのものが良い方向に働いたのだろうと察することはできた。
 炎に照らされた人々の笑顔を見て、芽も僅かに笑みを見せたのだった。