哀しい殺戮者
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/16 00:25



■オープニング本文


 俺は金持ちだ。が、貧乏人のように汗水流して働いたことはない。親父の遺産は死ぬまで遊んで暮らせるほどのものであった。
 その遺産の中にからくりがあった。名をアーイシャ、ジャミーラ、ウズマという。どれも美しい人形たちだ。
 アーイシャは知性的な顔立ち、ジャミーラは艶やかで、ウズマは童顔のためか可愛らしい。親父にかわって今は俺がからくりの主であった。彼女たちはいつも甲斐甲斐しく俺の世話をやいてくれる。
 ある日のことだ。俺は彼女たちを荷車に載せ、オアシスにむかった。オアシスの真ん中で荷車をとめる。かなり大きなオアシスだけあって通りは行き交う人の群れで溢れていた。
「あいつらを殺せ」
 俺は彼女たちに命じた。そんなことはあるはずもないが、一瞬人形たちの顔に動揺が広がったように見えた。
「どうしてそんなことを」
 アーイシャが尋ねてきた。俺は首を傾げた。理由は特になかったからだ。ただ人が殺されるところが見たかった。
「嫌です」
 ウズマが首を振った。が、俺は説き伏せた。主は俺だ。命令に逆らうことは許さない。


 荷車の荷台から三体のからくりが降り立った。
 と、一人の子供がアーイシャに歩み寄っていった。好奇心に瞳を輝かせている。からくりなどそう簡単に見られるものではなかった。
「?」
 子供が不思議そうにアーイシャの顔を見上げた。アーイシャの硬珠の瞳に哀しみの光をみとめた故だ。
「……ごめんなさい」
 哀しそうに告げると、アーイシャは手を疾らせた。その手には刃が仕込まれている。血しぶきをあげ、子供の首が地に転がった。
 一瞬の静寂。
 次の瞬間、悲鳴が響きわたった。発したのは子供の母親であった。
「ごめんね」
 哀しそうにジャミーラが銃をむけた。


「からくりが暴れているだと」
 食事の手をとめ、男が愕然たる声を発した。
 贅肉の少ない歴戦の戦士といった雰囲気のアヌビス。ベドウィンの有力なシャイフで、名をメヒ・ジェフゥティ(iz0208)という。彼と開拓者は商隊の護衛でオアシスに立ち寄っていたのであった。
「俺は隊商を護衛する。お前たちはからくりの対処にあたってくれ」
 命じると、メヒは剣をひっ掴んだ。


■参加者一覧
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
亘 夕凪(ia8154
28歳・女・シ
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
佐藤 仁八(ic0168
34歳・男・志
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
昴 雪那(ic1220
14歳・女・武


■リプレイ本文


「なんだって!」
 思わずといった様子で、その十七歳ほどに見える少年は立ち上がった。涼しい顔立ちの持ち主で、名をクロウ・カルガギラ(ib6817)という。
「新年の里帰りついでの隊商の護衛だったんだが、何てことだ! 氏族は違えど同胞の危機を見過ごすことなど出来るものか」
 呻くがごとくクロウは叫んだ。彼は捨て子であったのだが、とあるダークエルフのベドウィン氏族長に拾われ、育てられたのであった。そのこともあってか、彼の同胞に対する想いは強い。
 と、一人の女が首をひねった。まだ三十歳前に見えるが、妙に落ち着いたところのある女で、貫禄のようなものがある。
 名は亘夕凪(ia8154)。メヒに雇われた開拓者の一人であった。
「からくりが一斉に暴れだすとはまた妙な話やな…?」
「確かにな」
 小麦色の肌の男が静かに頷いた。
 人間ではない。ダークエルフだ。種族特有というわけでもあるまいが、どこか仄昏いところのある男であった。
 男――リドワーン(ic0545)は鋭い眼に冷たい光をうかべると、続けた。
「何かの拍子にからくりが狂った可能性はあるが、それが三体同時ともなると、な。何か理由があるに違いない」
「理由?」
 クロウが眉をひそめた。
 可能性ならば幾つかある。そのひとつは人に恨みを持った覚醒からくりであるというものだ。が、それはいかにも短絡的に過ぎる。
 そうであるなら――
「何者かの意志……」
「きな臭いのだ」
 のほほんとした口調でもらしたのは玄間北斗(ib0342)という青年であった。
「きな臭い? ははあ」
 海神江流(ia0800)という名の志士が皮肉に笑った。北斗のいうところの意味を察したのである。
 メヒはベドウィンの有力なシャイフで、砂漠の民の頭目である。そのメヒが訪れた時にからくりが暴れだした。これははたして偶然であろうか。
 クロウがカッと眼を見開いた。
「まさかメヒ殿を狙う為の陽動か?」
「その可能性はあると思うのだ」
 北斗がうなずいた。
「からくり達は、痛みに動きを止める事も無く、主の命があれば意に沿わずとも我が身を省みる事無くそれを成し遂げざるを得ない。悪人にしてみれば捨て駒暗殺者に最適な存在なのだ」
「みなさん」
 すっくと一人の少女が立ち上がった。
 十四歳ほど。端正な美少女だ。金色の瞳に磁器のように滑らかな白い頬をもっている。が、人間ではなかった。
 名は昴雪那(ic1220)。からくりであった。
「事件の真相を追求するよりも、ともかくからくりたちをとめないと」
 淡々とつげると、雪那は走り出した。


 迅雷の速度で疾走する者がいた。北斗だ。彼には周囲の景色がとまっているように見えている。
「あれだ」
 北斗が眼をあげた。
 眼前の辻。逃げ惑う人々の姿が見えている。おおよその場所は超常域にまで高めた聴覚によって推測してあった。
 と、北斗が足をとめた。急制動をかけた足が砂をはねる。周囲の景色が再び動き出した。
「みんな。早く逃げるのだ!」
 逃げ惑う人々にむかって北斗が叫んだ。すると、その叫びに気づいたのか、一体のからくりが北斗に顔をむけた。艶っぽい顔立ち。ジャミーラだ。その手がすうと上がる。手には銃が握られていた。
「もう、やめるのだ」
 北斗が再び叫んだ。
 もし主の命により意に沿わぬ殺戮を行っているだとしたら、何としてもこれ以上罪を犯させてはならぬ。北斗はからくりたちを断固として生きたままとめるつもりであった。
 その時、ジャミーラの銃が火を吹いた。が、銃弾は空しく北斗の傍らを流れすぎている。
 ジャミーラの表情が不審にゆれた。彼女は北斗の秘術である夜の存在を知らない。北斗は時を止め、狙撃から逃れたのであった。
 と、悲鳴があがった。秀麗な顔立ちのからくり――アーイシャが女性に襲いかかったからだ。
 咄嗟に北斗は手裏剣を放った。アーイシャが跳び退る。
 銃声。衝撃に北斗がよろけた。狙撃されたのだ。可愛らしい顔のからくり――ウズマによって。
 瞬間、ジャミーラが北斗に躍りかかった。唸る手刀は北斗の首めがけて疾り――
 ジャミーラが跳び退った。直後、彼女のいた空間を一本の矢が疾りすぎた。リドワーンだ。
「どうやら目当ては民だけではないようだな」
 リドワーンは呟いた。
 現場を一目見て彼は察した。からくりの目的は完全なる殺害にあると。
 それと同時に彼は見とめた。からくりの瞳にうかぶ哀しみの色を。
 その時、絶叫が響きわたった。
「やめろお前達!」
 三体のからくりの動きがとまった。そして声の主――クロウを見た。
「――貴方は何者です?」
「開拓者だ。それより何故こんな真似をする!」
「それは……」
 ウズマが口ごもった。
 と、息をひく気配がした。雪那だ。惨劇の場を目撃し、戦慄してしまったのである。
 これをからくりが……私と同じからくりがやった――。
 と、雪那は我に返った。怪我を負った少女が倒れていることに気づいたからだ。
 慌てて雪那が駆け寄った。彼女のみ唯一癒しの能力をもっていたからだ。
 抱き起こそうとし、どん、雪那は突き飛ばされた。恐怖に顔を強ばらせた少女が尻をついたまま雪那を睨みつけている。
「触るな、化物」
 少女が告げた。


 びくりとして雪那は身をひいた。それきり身動きもならない。まるで身も心も凍結してしまったかのように。
 痛ましげに夕凪は唇を噛んだ。雪那には何の罪もない。が、少女の反応もまた仕方のないものであった。
 その時である。アーイシャが少女に銃口をむけた。
 轟く銃声。吐き出された破壊の意志は少女の細い肉体引き裂いた。いや――
 熱弾は磁器のように滑らかな身体を撃ち抜いた。雪那の身体を。
 少女をかばった雪那がぐらりと倒れた。夕凪が抱きとめる。
「大丈夫かい、昴さん?」
 こくりと雪那が頷いた。
「どうして……」
 声が、した。当惑したような少女の声が。殺戮者と同類であるからくりがどうして庇ってくれるのか――
「知りたいかい」
 夕凪は薄く笑った。
「あんたが大切だからだよ」
「ここまでにしたら、どうだ」
 江流が口を開いた。三体のからくりたちを見回す。
「何の目的があるのか、主人の命令なのか。そっちの事情はわからんが…オーダーは放棄して投降とかして貰う訳にはいかんかね?」
「くっ」
 ウズマが眼を伏せた。ジャミーラは震えるほど拳を握りしめている。
 その時だ。ふっ、と夕凪が周囲を見回した。
 小さな物音。今のは舌うちの音ではなかった。
「……そうはいきません」
 アーイシャが声を押し出した。そして、跳んだ。一気に十数メートルの距離を。逃げる老人の背めがけて右腕を振り下ろした。
 ギンッ。
 刃の仕込まれたアーイシャの腕が老人の背寸前でとまった。受け止められたのである。横からのびた長巻直しによって。
「危ねえなあ」
 ニンマリと長巻直しの持ち主が笑った。派手な身なりの男。顔には朱の刺青、そして狐の尾。佐藤仁八(ic0168)であった。
「おい、よ」
 仁八は囁くような声で告げた。
「人でもからくりでも、女に手を上げたかねえんで退いてほしいんだがねえ。主人の命令にゃ逆らえねえかい」
「!」
 ぎくりとしたようにアーイシャが眼を見開いた。その表情を見とめ、仁八は、くっくっくっ、と笑った。
「そうかいそうかい、主人がいんのかい」
 長巻直しをはずし、仁八は跳び退った。そして懐から取り出した短銃の筒口を天にむけ、引き金をひいた。
「開拓者だ。流れ弾に当たりたくなきゃとっとと逃げねえ」
「邪魔しないで」
 アーイシャが仁八に銃をむけた。すると風が吼えた。一瞬後、アーイシャの手から銃がはじきとばされた。
「白昼堂々、強盗でもなく人殺しだなんて穏やかじゃねえなあ……。やるにしても、もっと実のある事するもんだぜお嬢ちゃん方。おーう、違ったかい」
 樹をはじいた鞭を手元にもどしつつ、ふふん、と髭面の男が鼻を鳴らした。ふてぶてしい感じの男で、何を考えているのか良くわからないところがある。
 アルバルク(ib6635)。八人めの開拓者であった。


「ここは任せたぜ」
 仁八が背を返した。アルバルクが問う。
「どこにいくんだ?」
「こいつぁ人を傷付けてえだけの通り魔か、刀の斬れ味を試してえ辻斬りのやり口だ。主の野郎がどっちにせよ、近くで見物してやがると見たぜ。そいつをとっ捕まえにいく」
「好きにしろ。俺も好きにさせてもらう。やっぱ綺麗な顔に傷つけるのは、おっさんの心が痛むからなあ」
「黙れ」
 一斉にからくりが動いた。戦闘モード全開。鮮烈な颶風と化して人々を襲う。
 その動きをアルバルクは瞬時にして見抜いた。その上で叫ぶ。
「クロウは左だ。江流は右に」
「おお」
 クロウがウズマの前に飛び出した。その足が砂を蹴る。
「あっ」
 ウズマが足をとめた。刹那だ、舞う砂塵の下方からクロウが迫った。その手の曲刀が砂塵を切り裂き、同時にウズマの手の銃をはじきとばした。
 同じ時、ジャミーラの向かう先に江流もまたむかっていた。そこには逃げ遅れた子供の姿があった。
「これ以上、罪はおかさせん」
 江流が刃を横殴りに振った。刃が生み出したものは疾風。砂塵を巻き上げつつ飛ぶ無形の刃がジャミーラの眼前をはしりすぎた。
 さすがにたまらずジャミーラが跳び退った。いや、さらに、さらに。その眼前を幾条もの光流が唸り飛んだからだ。
「じっとしていてもらおうか」
 目にもとまらぬ速さで矢を放ちつつ、リドワーンがいった。その言葉通り、ジャミーラは身動きもならぬ。
 そしてアーイシャは――
 跳んでいた。雪那が癒した子供めがけて。
「人を傷付ける事を望んでいないのは見れば分かります。だから、絶対に止めます!」
 子供の前に立ちはだかった雪那が矛を突き出した。
 八仙花。穂先近くの柄に小さな宝珠がいくつも付いた矛型の精霊武器である。
「ふん」
 雪那は精霊力をときはなった。爆発的な衝撃によってアーイシャが吹き飛ばされる。が――
 アーイシャは空で回転。軽々と降り立つと同時に疾駆。再び子供めがけて迫った。
「もう、やめて」
 雪那の口から悲鳴に似た叫びが発せられた。が、アーイシャはとまらない。どうしても殺すといわんばかりに。いや、殺してくれといわんばかりに。
 と、突然アーイシャの動きがとまった。その身体に鋼糸が巻きついている。
「お願いだ。もうじっとしていておくれな」
 鋼糸を操りながら夕凪が請うた。しかし――
 アーイシャは動き出した。動けぬはずのアーイシャが。
 ビキリ、とアーイシャの身体に亀裂がはしった。それでもアーイシャの動きはとまらない。
「待ちな」
 声が響いた。


 一斉にその場にいた全ての者が視線をむけた。声の主、仁八に。
「さあ、いってもらおうか。もうやめていいってな」
 仁八は長巻直しの刃を凝した。ひとりの若者の首に。
 若者の名はハサン。からくりたちの主であった。
「……や、やめろ」
 蚊の鳴くような声でハサンが命じた。その顔が青黒く膨れているのは仁八がきつい一発をきめたからに違いない。
 瞬間、からくりたちの身体から殺気が消えた。ウズマががくりとその場に座り込む。
 と、雪那がハサンに歩み寄っていった。その手が閃き、派手な音がハサンの頬で鳴った。
「…からくりにも心があります。彼女達もここの住人も、あなたの都合の良い玩具ではありません」
「その通りだな」
 沈毅重厚な声音。メヒだ。
「からくりに教えられるとは、とんだ馬鹿者だな、小僧。お前の処分はいずれのこととして」
 メヒは三体からくりに眼を転じた。すると北斗が口を開いた。
「彼女らも被害者なのだ。何とかならないのかなのだ」
「それは」
 メヒは声を途切れさせた。事情はどうあれ、殺戮の実行者はからくりである。それを無視することはできなかった。
「おっと」
 ぽとりと地に短銃が落ちた。それをひろいあげると、アルバルクはメヒにニヤリと笑いかけた。
「メヒさんよ。どーも最近仲間にもからくりがいるんで忘れがちだが、からくりっては何だい? 元を辿れば道具みてえなモンなんだろ。おっと別に悪くとか見下してるわけじゃあねんだぜ。長年付き合えば愛着だってあらあ」
 短銃を指で器用にくるくると回し、アルバルクは続けた。
「まあなんだい。人がピストルで人を撃ったらピストルが罪に問われんのかい、って話さ」
「ピストル?」
 ふふん、とメヒは可笑しそうに笑った。
「なるほど。ピストルか」

 一時間ほど後のことだ。隊商がオアシスを出立した。
 その隊商の中、磁器のように滑らかな肌をもつ娘が三人混じっていた。後にメヒのもとで働くことになる彼女たちの名は――