【魍魎】魍魎大戦
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 難しい
参加人数: 26人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/11 14:52



■オープニング本文


 それが生まれたのは気の遠くなるほど昔のことであった。それ自身すら記憶にないほどの。
 完全なる邪悪。それが、それの本性であった。
 その本性に従い、それはひとつの国を滅ぼした。多くの里を蹂躙した。無数の命を喰らった。
 それでも、それの飢えはとまらなかった。もしかすると、それは、それを生み出した大アヤカシと同じように裡に虚無の深淵を抱えていたのかもしれない。
 ともかく、その飢えを鎮めるために、それはさらに多くの悲劇を生み出した。それが好きなのはじっくりと獲物を甚振ることである。その方が獲物の魂の味が増すことをそれは知っていたのである。
 より多く、よりゆっくりと、より無残に
 それは次の獲物をさだめた。
 陰殻。シノビの国である。
 かつて冥越は八体のアヤカシによって滅びさった。が、今度は違う。それだけの力により、陰殻は地獄へと変わるのだ。
 そう魍魎丸の力により。

 ニンマリすると、魍魎丸は九つある首のひとつで大きな岩塊のようなものを飲み込んだ。
 巨大な人体の骨の一部のようなもの。護大である。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」
 魍魎丸が吼えた。爆発的に膨れあがった熱量を放出する。魍魎丸から立ち上った光が雲を裂き、虚空へと消えた。


 はじかれたように慕容王が立ち上がった。凄まじい殺気、いや妖気を感得した故である。
 が、魍魎丸の妖気を感得したのは慕容王のみではなかった。陰殻の全ての者が何らかの不穏の気を感じ取っていた。犬は狂ったように吠え、鳥は逃げるように飛び立ち、無邪気な赤子でさえ泣き叫んだ。
「この殺気は……魍魎丸。ついに決戦の時はきたか」
 慕容王の眼前、一人の男が呻いた。
 諏訪顕実。諏訪一族頭領である。
 どれほど前のことであったか。諏訪一族は雷なるシノビ集団の攻撃にさらされていた。開拓者の力を借り、ようやく雷を追い詰めたのであるが――
 その雷の背後には魍魎丸がいた。そして陰殻を踏みにじるべく動き出したのであった。
 顕実の報告を耳にし、慕容王は下知をとばした。配下のシノビ、さらには開拓者に。
 陰殻に生きる全ての者のため、魍魎丸を討て、と。


■参加者一覧
/ 志野宮 鳴瀬(ia0009) / 崔(ia0015) / 北條 黯羽(ia0072) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 九法 慧介(ia2194) / 秋桜(ia2482) / 孔雀(ia4056) / 亘 夕凪(ia8154) / 劫光(ia9510) / ユリア・ソル(ia9996) / ラシュディア(ib0112) / 狐火(ib0233) / 溟霆(ib0504) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / カルロス・ヴァザーリ(ib3473) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 叢雲 怜(ib5488) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / 玖雀(ib6816) / 高尾(ib8693) / リドワーン(ic0545


■リプレイ本文


 陰殻。
 シノビの国。
 その辺境に夜叉一族の里はあった。
 すでに滅びた里。その廃墟の中に異様なモノが屹立していた。
 小山の如き威容。それは大蛇であった。九つの首を持っている。
 魍魎丸。それが、ソレの名であった。
「くくく」
 九つの首が心地よさそうに笑う。護大を取り込み、ソレは大アヤカシと化していたのであった。
 底知れぬ熱量が身裡の底にある。世界の全てを手に入れたような気分であった。
 が、同時に魍魎丸はいまだ馴染めぬものを感じていた。護大を完全に己のものとするには、まだ少し時がかかるようだ。
 その時、魍魎丸は気づく。蟻の如き卑小な存在を。
 人の群れ。数は百三十足らず。おそらくは陰殻のシノビどもであろう。
 すぐに魍魎丸は興味をなくした。今のソレは大アヤカシ。国家級の災害と恐れられる存在なのである。百ほどのシノビなど何ほどのことがあろう。
「我は護大を取り込みしモノ、魍魎丸である。どけ、虫けらども。邪魔するなら踏み潰す」
 魍魎丸は吼えた。恫喝ではない。それは単なる宣告であった。
 ざわり、と。
 シノビ達に動揺の波が伝わった。数はおよそ百。慕容王配下のシノビ達である。
 彼らは魍魎丸を討てと命じられていた。事前の情報では「魍魎丸は上級アヤカシだ」とされ、これの討伐を任じられた。
 そして知った驚愕の真実。魍魎丸は大アヤカシと化していたのである。
 さらに見よ。魍魎丸を取り囲むように立ちはだかる無数の蛇のアヤカシを。
 勝てるのか、大アヤカシに。たった百人ほどで。まさに竜車に歯向かう蟷螂の斧であった。無謀というのも愚かしい行為だ。
 刃を交えぬうち、すでにシノビ達は気死していた。
「よくも吼える」
 ふふん、と女が笑った。
 落ち着いた物腰の二十代後半の女。名は亘夕凪(ia8154)という。
「さすがは蛇性。一度叩き潰されていながら、しぶといねえ」
 夕凪はいった。
 その言葉通り、魍魎丸は一度、開拓者に敗れている。正確には魍魎丸の分身であった夜叉骸鬼であるが。
「なら今度も叩き潰すまで。二度であろうが、三度であろうが、私達は絶対に負けぬ。退かぬ。挫けぬ。そうだろう、みんな?」
 夕凪が仲間を見渡した。気死していたシノビたちの眼に光が蘇る。
「よくぞ、いった夕凪とやら」
 ニヤリ、と男が笑った。左目に眼帯をあてた傲岸不遜な気風。鬼島貫徹(ia0694)である。
「もはや大アヤカシは常住不滅の存在にあらず。それが連中にも分かっているからこそ、策を弄じる。大アヤカシ同士連携を取る。切り札を切る。覚悟を決める。にも関わらず、この期に及んでまだこのような蛇の盾だけで道を阻もうとするのか。己が進化した故の傲慢さと愚かさ、実に愛おしいぞ」
「夕凪」
 呼ばれ、夕凪は振り返った。そこに二人の男女の姿がある。男は眼鏡をちょこんと鼻にのっけた、どこかふざけた雰囲気のある若者であった。女は艶と理知を同時に併せ持った不思議な雰囲気をもっている。崔(ia0015)と志野宮鳴瀬(ia0009)だ。
 夕凪は破顔した。
「よく来てくれたね、あんたら」
「そう感謝されても困るんだがよ」
 崔は頭を掻いた。
「夕凪が相手にならねえ奴等を俺がどうこう出来る訳ぁねえんだが、ま、いないよりゃマシだろ、うん」
 その時だ。魍魎丸を取り巻く蛇のアヤカシが動き出した。あるモノは地を這い、あるモノは空を飛ぶ。
「来るぞ」
 鍛え抜かれた体躯の男が身構えた。玖雀(ib6816)だ。
「陰殻は俺の故郷だ。好き勝手されたら困んだよ。それにしても、蛇、蛇、蛇! なんでこうも蛇ばっかり纏わりつきやがる!」
「玖雀」
 鋭い目の男が声をかけた。劫光(ia9510)である。
「わかっているな」
「ああ。生きるも死ぬも、一緒だ」
「俺のことは忘れないでくれよ」
 この場合、陽気そうに若者が笑った。名はラシュディア(ib0112)という。
 ラシュディアはどこか感慨を込めて呟いた。
「まさか、大アヤカシとやりあう事になるとはな。……悲劇をこれ以上広めない為にも、決着をつけよう」


「……これで決着か」
 感慨深げに若者が声をもらした。このような状況にありながら、ひどく明るい声音である。九法慧介(ia2194)だ。
「振り返れば、長いようであっという間だったね。泣いても笑ってもこれが最後の戦いなら、悔いの無いよう存分に戦るとしようじゃないか。もっとも、笑うのは俺達で泣くのはお前達だけどね」
 慧介の顔から表情が消えた。研ぎ澄まされた刃のように。
 その背後、不気味にニンマリと笑ったのは竜の神威人であった。名はカルロス・ヴァザーリ(ib3473)。
「暫く退屈していたが、夜叉絡みのアヤカシか。多少は退屈凌ぎになってくれるか……?」
「退屈凌ぎをしたいなら、あたしたちを守ってちょうだい」
 うふふ、と色っぽくその男は笑った。濃い化粧を施した顔に真紅の唇が鮮やかだ。孔雀(ia4056)である。
 その傍らには妖艶ともいうべき美しい女がいた。孔雀と同じように謎めいた笑みを浮かべている。名を高尾(ib8693)といった。
「そうだねえ。しばらくはそう願いたいねえ」
「どうも考えていることは同じようね」
 孔雀が笑いかけた。高尾の興味もまた魍魎丸の真髄にあるとわかったからだ。
 魍魎丸の伝承にある特徴。それは不死身性であろう。不老不死の神として崇められたこともあるという。もしその伝承が真実であるのなら、闇雲に攻撃を仕掛けた所で無意味であろう。
「ともかく様子を見させてもらおうかねえ。どのように再生するのか。その仕組みさえ解明できれば」
 高尾は唇の端を吊り上げた。
「よかろう」
 肯いたのは浅黒い肌の男であった。人間ではない。
 リドワーン(ic0545)という名のダークエルフは、弓を手に告げた。
「俺も魍魎丸の不死の秘密には興味がある。その謎が解けるまで手助けしてやろう」
「来るぞ」
 カルロスが抜刀した。その眼前、雲霞のごときアヤカシの群れが殺到してくる。
「レイス」
 可愛らしい顔立ちの娘がじろりと傍らの少年・レイス(ib1763)を睨んだ。赤い髪の美少年である。声をかけた娘は、フィン・ファルスト(ib0979)といった。
「……ま、あたしに内緒でこそこそ何してたかは後で締め上げるとして、羅刹童子と同格以上の奴なんて放置できないし、やるよレイス!」
「はあ」
 レイスは苦く笑った。この娘の前だと暗殺者として育てられたはずのレイスがまるで猫のようである。
 レイスは暗殺者の眼で魍魎丸を見た。
「貴方の首で相殺させていただきますよ、魍魎丸。……だから、後でお手柔らかにね、フィンちゃん」
「待っているのは苦手なのだぜ」
 綺麗な顔の少年が飛び出そうとした。叢雲怜(ib5488)だ。
「慌てるでない」
 落ち着いた声音で娘が怜をとめた。不敵な笑みをうかべた美しい顔。側頭部に捻れた角があるところみて龍の獣人であろう。名は椿鬼蜜鈴(ib6311)。
「逸る気持ちはわかるが、妾達に接近戦は似合わぬ。しかし……」
 蜜鈴はそびえ立つ九頭の大蛇を見上げた。
「災いの蛇か……頭の全てを刈り取れば元は断てるかのう?」


 空と地。蛇のアヤカシが襲いかかった。
「俺からいくぜ」
 崔の姿が消えた。一瞬にして十メートル離れた地に現出。それを繰り返して崔はアヤカシの前に躍り出る。
 どん、と。大地を穿って崔が足を踏み出した。瞬間、衝撃波が円状に広がり、アヤカシを消滅させた。
「我々もやるぞ」
 百のシノビ達の手から手裏剣が飛んだ。無数の光が乱舞する。
 十数体のアヤカシが消滅した。が、残るアヤカシは攻撃を始めた。空のアヤカシは稲妻を放ち、地のアヤカシは勢いのまま殺到した。怒涛のようにぶつかる二つの波。
「しゃあ」
 シノビの剣が翻り、大蛇を斬った。が、次の瞬間、背後に続いた大蛇に押し倒される。
 びきり。首が噛みちぎられた。
 しぶく鮮血をあびつつ、さらに大蛇が別のシノビに襲いかかった。牙が喉元に迫り――
 高らかな砲声。爆発が起こり、大蛇が吹き飛んだ。
「やらせはしないのだぜ」
 怜が叫んだ。かまえた魔槍砲の筒口からは紫煙が立ち上っている。
 全長二百六十センチメートル。二股に分かれた広い槍穂先と白い宝珠を持つ、大型の魔槍砲だ。
「やるの。なら、妾は空の掃除でもしようかの。――瞬光にて撃ち落とせ、雷槌」
 蜜鈴が手を差し出した。現象空間に虚数空間を重ね合わせる。魔法陣が展開し、稲妻を迸らせた。紫電に撃たれて数体のアヤカシが地に落ちる。
「俺達もいくぞ」
「おう!」
 玖雀とラシュディアがアヤカシの群れに躍り込んだ。疾走の速度はそのままに刃をはしらせる。
 シノビのみ可能な業、奔刃術。二人の刃がアヤカシを浅く切り裂いた。が、構わず二人は走った。多勢に無勢。足をとめれば殺られかねなかった。
「がぁ」
 じれたように十数体のアヤカシが二人に迫った。取り囲むように動く。
「くっ。数が多すぎる」
 ラシュディアが唇を噛んだ。玖雀の眼がちらりと動く。その視線の先、ちらりと劫光の姿が見えた。その目の動きから玖雀はその意図を読んだ。奴は何かをやるつもりだ。
「ラシュディア」
 呼びかけると、玖雀は跳んだ。ラシュディアもまた。飛燕のように二人のシノビが空を舞う。
 同じ時、劫光は素早く印を組んでいた。
「雲もまた、雨もまた、雪もまた。七つは還り、一つが歌う」
 劫光が呪を唱えた。
 次の瞬間である。空間を破り、異様なモノが現出した。
 白銀の龍。劫光が召喚した式だ。
「ごおぉぉぉ」
 龍が吼えた。その口から噴出したのは冷気の奔流である。アヤカシのみならず空間すら凍てつかせて冷気が疾った。
「す、すごい」
 さすがのシノビ達が感嘆した。少人数にての接近戦において、シノビは他者に負ける気はしない。が、遠距離広範囲における攻撃はやはり術者にはかなわないところがあった。


「そろそろですね」
 十七歳ほどの可愛らしい少女が悪戯猫のようにニッと笑った。秋桜(ia2482)である。
 慕容王配下のシノビと開拓者の尽力により、蛇の下妖どもの注意はそれている。魍魎丸にたどり着くには、今が好機であった。
「人を騙し操る……。シノビの国の出ではありませぬが、魍魎丸の非道を断じて許す訳には参りませぬ。今迄騙され、使い捨てられてきた者達の為にも、ここで必ず討ち取りましょう」
 秋桜は滑るように走った。気配はない。音もない。このメイドにのみ発揮できる隠密業であった。
「元気だねえ」
 可笑しそうに笑い、その艶っぽい女もまた走り出した。北條 黯羽(ia0072)という陰陽師であるのだが、今はまだ彼女は手出しする気はない。まずは近くで魍魎丸の様子を確かめるつもりであった。
 その後ろ、白銀の狼が駆けている。気づいた黯羽がちらりと眼をむけ、
「おや……その可愛いなりは柚乃(ia0638)かい?」
 こくんと銀狼が肯いた。驚くべし。柚乃という少女は獣に変化できるのであった。
 と、その前に蛇頭人身のアヤカシが立ちはだかった。咄嗟に黯羽が印を組もうとする。
 太刀風が吹いた。散る瘴気。消滅したアヤカシの前に立つのは貫徹だ。
「雑魚に術は使うな。こいつらは俺達に任せろ」
 叫びつつ、貫徹は身を回転させた。竜巻のように刃が渦巻く。一瞬にして三体のアヤカシが消滅した。
「クハハ、だがこれだけの数の雑魚を集めたことは褒めてやろう」
 貫徹が大笑した。
 刹那である。激痛が貫徹の脇腹に走った。


 蛇のアヤカシをすり抜けるようにして疾る三つの人影があった。共に女だが、一人は娘だ。青い髪が特徴的な、どこか男装の麗人を思わせる娘で、名はフランヴェル・ギーベリ(ib5897)。
 他の二人は双子の姉妹だ。姉は十歳でリィムナ・ピサレット(ib5201)という。元気に満ちあふれた快闊な少女であった。
 そして妹。こちらは大人しそうな可愛らしい少女であった。名はファムニス・ピサレット(ib5896)という。
 と、突如、リィムナが足をとめた。驚いてファムニスも足をとめる。
「ど、どうしたの、姉さん?」
「う……ん」
 リィムナは魍魎丸に眼をむけた。どうやら魍魎丸の注意は他の開拓者にむいているようである。
「ファムニス、術を」
「で、でも」
 おどおどとファムニスが周囲を見回した。辺りはアヤカシが満ち満ちており、立ち止まって舞っている余裕はなさそうである。
「ボクが守るよ」
 盾でアヤカシを防ぎつつ、フランヴェルがいった。同時にアヤカシを袈裟に斬り棄てる。
「あ、ありがとう、フランヴェル」
 ファムニスが舞い始めた。火と風を讃える舞法。リィムナの小さな身体が賦活化されていく。
「姉さん、やっちゃえっ!」
「よーし」
 ぎらりと魍魎丸をリィムナが睨みつけた。
 瞬間、リィムナは術を発動させた。
 夜。時を止める秘術である。
 次の瞬間、リィムナの身体を刃が貫いた。それは九首のひとつの口からのびていた。
「そ、そんな」
 リィムナの口から鮮血が溢れ出た。その眼は信じられぬものを見るようにカッと見開かれている。
 リィムナは確かに夜を発動させた。が、時はとまっていない。
「馬鹿め」
 魍魎丸が嗤った。
 秘術・夜破り。魍魎丸は夜の効果を相手にはねかえすことが可能なのだった。
「僭上なり。虫けらの分際で、魍魎丸に逆らおうとは。噛み砕いてくれる!」
 剣を吐き出した蛇頭がうねった。
 次の瞬間だ。赤光が疾った。
 炎にも見紛う眩い紅光をまとわせた槍の一閃。いや、一閃と見えて、それは瞬間的に三度突きを放っていた。
「ぐうぅ」
 さしもの魍魎丸の首も退いた。それは、それほどの刺突であったのである。
 神槍――グングニルをかまえ、蒼銀の髪の娘がにこりと微笑した。ユリア・ヴァル(ia9996)である。
「一人で戦ってるわけじゃないわ。協力しましょ」
「そうだよ」
 目つきの鋭い少年が印を組んだ。呪文を唱える。
「疾ッ」
 少年――无(ib1198)が指刀で空間を斬った。瞬間、彼の背後の空間に人影が現出した。身形は无であるが顔には白面をつけている。式だ。
 白面の式が魍魎丸に躍りかかった。が――
 白面の式が消滅した。魍魎丸の前に広がった漆黒の穴に吸い込まれてしまったのである。
「ぬっ」
 无が唇を噛んだ。あれでは術は効かない。
「けれど、今しかないんだよ」
 夕凪の顔に焦りの色が滲んだ。
 彼女の知る魍魎丸の力。それはかつての主で黄泉に似ている。相手の力を吸い込むものだ。が、無限の吸収力を持つ黄泉とは違い、それは非物理攻撃のみに限られているようであった。
 だからこそ今、何としても魍魎丸を討たねばならない。黄泉と同じ完全なる大アヤカシと化す前に。
「わかってる」
 血まみれのリィムナが立ち上がった。その傷はすでに癒えている。ファムニスの癒しの力によって。
「初めて会うね♪ んで、今回が最後だよん、魍魎丸! ……あたしに狩られちゃいなさい♪」
 リィムナが大言を吐くと、魍魎丸が吼えた。ほざくな、と。
「つまらぬ虫けら。互いに争い、傷つけあうしか能のない蛆虫ども。この数百年、我はお前たちを見てきた。その間、お前たちは何をしてきたか。常に憎しみあい、殺し合ってきた。お前たちの歴史は殺し合いの歴史。お前たちなど、この世界にあってはならぬ不良品なのだ。ならば、せめて我の餌となり、我の肥やしとなれ」
「そいつは違うぜ」
 崔が口を開いた。そして確たる声で叫んだ。違う、と。
「確かに人間は愚かかもしれねえ。不良品かもしれねえ。が、俺は人間って奴に希望をもってる」
「希望、だと?」
「そうさ。ちっぽけな光だけどよ」
「私達はみんな夢みているのです」
 今度は鳴瀬が口を開いた。
「より素晴らしい明日を。より素敵な人間になることを。そのために、私達は歩み続けています。迷いながら。でも確実に前に」
「恐いんだろ、てめえ」
 黯羽がニンマリと笑った。
「俺達の進化が、さ。いつか……俺達ができなくても、俺達の子供らは創り上げる。俺達が夢見てた世界を、さ。その世界にお前たちの居場所はねえ」
「ぬかせぇ」
 魍魎丸の九つの首が怒号を発した。何故かこの時、魍魎丸はいいしれぬ不安を感じていた。磐石であったはずの足元に亀裂が入る不安を。
 その不安を振り払うように魍魎丸は告げた。
「ならばその夢ごと、うぬらを踏みにじってくれよう」
「無理だね」
 若者が疾った。凄まじい迅さで。
「僕には夢なんてないから」
 若者――溟霆(ib0504)はいった。その左目は、ない。ある責のため、自ら抉りとったのである。夢などないという彼の言葉は嘘であった。


 魍魎丸の怒号に応えるかのように、一斉に蛇のアヤカシが動きを転じた。が、その前に六人の開拓者と半数に減ったシノビが立ちはだかった。
「どこへ行く? お前たちの相手は俺達だ」
「もう少し付き合ってもらうぞ」
 玖雀とラシュディアが蛇のアヤカシの群れに躍り込んだ。疾風と化して刃をはしらせる。
 が、数があまりに多い。二人の動きがとまった。包囲される。
「鬱陶しいのう。焦土へ導け、火炎達よ」
 蜜鈴が短剣をかざした。呪文詠唱。発現座標軸固定。降り注ぐ火球が蛇アヤカシを焼き払った。
「みんな、いくのだぜ!」
 怜が魔槍砲をかまえた。撃たせてはならぬ。そう判断した蛇アヤカシが一斉に怜に飛びかかった。
「させるものかよ!」
 蛇アヤカシ達の前に二つの影が立ちはだかった。閃く剣光が邪悪を斬りはらう。貫徹と劫光だ。
「助かったのだぜ」
 怜の魔槍砲が吼えた。迸る白光が射線上の蛇アヤカシを消滅させる。
「ふふん」
 がくりと貫徹が膝を折った。脇に受けた傷のためだ。
 と、ふいに痛みが消えた。鳴瀬の癒しの光だ。
「あえてお願いします。がんばってください、と。必ず魍魎丸は私達で斃しますから」
 そう告げると鳴瀬は走り出した。

「くたばれ、虫けらども!」
 首のひとつが炎を吹いた。紅蓮の奔流が慧介とユリアを襲う。
 瞬間、漆黒の壁が現出した。炎を遮る。黯羽だ。
「てめえの思い通りにはさせねえっての」
 黯羽がニンマリ笑う。壁を蹴って慧介と秋桜が襲った。
 散りしぶく紅光。凄まじい慧介の刺突であった。そのあまりの速さに彼の剣は視認すらできぬ。
「まだ!」
 ユリアが跳んだ。今度は金色の光が散る。目にもとまらぬユリアの拳の打撃である。が――
 それら全ての攻撃のうち、半ばまで首は躱した。


 刺の生えた首が襲いかかった。
 ガツッ、と。岩が相うったとしか思えぬ響きを発して少女が首を盾で受け止めた。フィンである。
「あたしの全身全霊……今、ここに懸ける!」
 何たる怪力か。フィンが首をはねあげた。
「レイス!」
「わかっていますよ」
 苦くわらうレイスの姿が首よりもさらに上空に現出した。瞬間移動としか見えぬ走法。レイスは鉄槌のごとき踵の一撃を首の脳天に叩き込んだ。
「フィンちゃん!」
 叫ぶレイスの顔がゆがんでいた。首は岩のような硬さをもっていたのである。
「フィンちゃんって呼ぶなあ!」
 地に叩きつけられた首めがけ、フィンが剣を薙ぎおろした。べきり。鬼神の如きその一撃は首に亀裂をはしらせた。
「何て硬さ! レイス! もう一度いくよ!」
 フィンが剣を振り上げた。

「こっちだ」
 挑発するように溟霆が叫ぶ。気づいた首のひとつの口から稲妻が迸り出た。
 地を紫電が穿つ。が、すでにその場に溟霆の姿はなかった。
 早駆。瞬速の走法を可能とする術である。
「ええい。ちょこまかと」
 首のひとつが稲妻を再び吐いた。いや――
 空で爆発が起こった。稲妻を稲妻が迎え撃ったのである。柚乃のアークブラストだ。
「今だ。いくよ」
 リィムナが促す。が、ファムニスは怯えた顔で首を振った。
「だめ、姉さん。魍魎丸には――」
 術は効かない。蛇アヤカシを切り捨てつつ、ちらりとフランヴェルが眼をむけた。
 術を吸収する魍魎丸に対するには夜が必要だ。が、その夜は魍魎丸に効かない。一体どうすれば――
「大丈夫だよ」
 声をかけたのは夕凪であった。
「私を信じちゃあくれないかい」
 強い声。迷いは一瞬。すぐにファムニスは舞い始めた。
「いくぞ」
 リィムナが駆けた。爆発的な疾駆。そして夜の発動。
「ぐおぉぉぉぉ」
 魍魎丸が苦悶した。リィムナが召喚した怨霊式が魍魎丸を襲ったのである。
「な、何故」
 その時、魍魎丸は気づいた。ニヤリと笑む夕凪に。
「そうか。うぬが我の夜破りを破ったのか」
 ククク。
 今度は魍魎丸の蛇の口が嗤った。するとその身の傷がたちまち塞がっていく。
「クハハハ。我は不死の九頭竜神。うぬら虫けらの攻撃など通じぬわ」
「馬鹿な」
 夕凪が立ちすくんだ。まさか魍魎丸の力がこれほどとは――
「うん?」
 異変を感じ取ったのは孔雀であった。魍魎丸の身体が黒い靄のようなものに包まれている。
「何かしら、あれ?」
「瘴気のようだねえ」
 答えたのは高尾だ。
「強大な再生力はわかったけれど、まだ何かしでかすつもりなのかねえ」
「違う」
 カルロスが否定した。彼にはわかるのだ。虚無を裡に抱いたカルロスには。
「奴は崩壊しかけている」


「ば、馬鹿な」
 魍魎丸は呻いた。再生ができない。暴走だ。
 本来、大アヤカシと化すためには護大との安定的な同化が必要なのである。が、魍魎丸は急ぎすぎた。それのみならず、開拓者の苛烈な攻撃があった。それに対するために力を用いたせいで、同化過程が完全に狂ってしまったのだ。
 それは魍魎丸の計算違いといえる。いや、驕りというべきか。開拓者が強いことを魍魎丸は十分に知っていたのだから。上級アヤカシであった時ならもっと用心していたはずだ。
 みるみる九叉の大蛇の姿が縮小し始めた。巨大な身体を維持できなくなったのである。
 ごとりと巨大な岩塊のようなものが地に落ちた。護大だ。側には人型の姿となった魍魎丸が片膝をついていた。
「勝機!」
 秋桜の手から手裏剣が飛んだ。咄嗟に魍魎丸が跳び退る。が、躱しきれない。
 邪気を払う気をまといつかせた手裏剣を足に受け、魍魎丸はよろめいた。
「くっ」
 魍魎丸は歯噛みした。
 先ほどの手裏剣。本来ならば躱せたはずである。が、思うように身体が動かない。出せる力は本来の六割ほどか。
「ならば」
 无の指刀が空に門葉を描いた。空間を裂いて飛んだのは白面の式鬼である。
 空をすべるように式鬼が襲いかかった。魍魎丸の眼前に開いたのは虚無の空間である。が――
 式鬼の一撃をあび、今度こそ魍魎丸はよろけ、倒れた。
「馬鹿な。俺の術が」
 魍魎丸の口からひび割れた声が漏れた。その前、ぬうと現れたのはカルロスであった。
「牙を折られては毒蛇も形無しだな。破壊し尽くしてるよ」
 ニンマリと嗤うカルロスの剣がぶれたようにわかれた。交差する二影。カルロスの剣影が収束した時、魍魎丸の胴から瘴気が噴出した。
「お、おのれ。虫け……」
 魍魎丸の声は途切れた。その喉を矢が貫いている。
「逝く時は黙って逝け」
 弓をむかまえたリドワーンが冷たく告げた。
「お別れだね。腹立たしくも、楽しい戦いをありがとう」
 魍魎丸の身体ごと、慧介は空間に刃で光の亀裂をはしらせた。
「くあっ」
 身体を袈裟に分断され、しかし、それでも魍魎丸は生きていた。よろよろと後退る。
「お……おでは死なぬ。おではきょんなぞごろで死んでばなら」
「ごたくは聞き飽きたよ」
 夕凪の剣がゆっくりと上がった。
 かつて魍魎丸は夜叉一族を欺き、鴉一族を滅ぼした。そして隼人という少年を殺した。
 その隼人の復讐を遂げるため、夕凪はサムライであることを捨て、シノビとなった。故に元凶である魍魎丸は必ず仕留めねばならぬ。
「落とし前は本来の姿でつけさせて貰うよ……」
 渾身の力を込めて夕凪は剣を振り下ろした。


「勝った……のかな」
 傷だらけの身体で怜が周囲を見回した。その横では蜜鈴が荒い息をついている。さしもの蜜鈴にとっても苦しい戦いであったのだ。
「そう願いたいのう。さすがにきついゆえ」
 蜜鈴の視線の先、蛇アヤカシ達が退いていく。頭領である魍魎丸が討たれた故、当然の行動であった。
 累々たるシノビの屍の中、開拓者達は立っていた。傷は癒されてはいるものの、血を流しすぎた。全員、疲れた顔をしている。しかしその瞳には誇らしげな光があった。
 彼らは斃したのだ。かつて一国を滅ぼした冥越八禍衆の一旗を。そして陰殻を守ったのである。
「結局、不死の秘密はわからなかったわね」
 実につまらなそうに、孔雀が背を返した。後に続く高尾もごちる。
「せめて依頼料はふんだくらないとねえ。そういえば魍魎丸は賞金首じゃなかったかい」

 この後、慕容王の手により護大は回収された。その事実を秋桜が知ったのは浪志組副長、服部真姫によってである。
「さすがに耳が早いですねえ」
 魍魎丸の件を報告に訪れていた秋桜が苦笑すると、真姫もまた笑み返した。
「ご苦労であった」
 静かな声で真姫は告げた。


 どれほど時が流れたか。
 決戦の場の一隅。突如、ぼこりと土が動いた。現れたのは手である。
 ついで顔が現れた。そして全身が。それは土まみれではあるが、妖艶ともいえる美丈夫。
 魍魎丸であった。
「咄嗟に皮を脱いで逃れたものの」
 悔しげに魍魎丸は歯ぎしりした。あまりの深手のため、ともかくも動けるまで復活するにかなりの時間を要した。おそらく数日は経っていよう。
「まあ、よい」
 魍魎丸はニヤリと嗤った。
 此度はしくじったが、次は上手くやる。慎重に事を運び、今度こそ人間どもを殺しまくってくれよう。
 はじかれたように魍魎丸は振り返った。蜘蛛の糸のように細い殺気を感得した故だ。咄嗟に夜を発動する。
「あがっ」
 魍魎丸の額を印籠型の暗器が貫いた。その身が溶け崩れるように瘴気へと還る。
 すう、と美麗な影が立ち上がった。彫りの深い顔に皮肉めいた笑みをうかべている。
「不死身の魍魎丸と謳われた魍魎丸。たとえ敗れても蛇を分離して生き延びようとするかも知れません。もしやと思って潜んでいましたが……ふふ」
 男――狐火(ib0233)は地に落ちた番天印を拾い上げた。すでに魍魎丸の姿はない。ようやく全ては終わったのだ。
 全て?
 歩き去ろうとして、ぎくりとして狐火は足をとめた。今にも土をわけて魍魎丸が現れそうな気がしたのである。
 が、それは錯覚であった。多くの鮮血が染み込んだ地にはただ静寂のみが満ちている。
 それでも狐火は恐れた。人の心に闇がある限り、いつか必ず魍魎丸は蘇る。そんな気がしてならなかった。