|
■オープニング本文 ぺたん。 少女が転んだ。年の頃は五つほどか。 ふうっと。 人影がわいた。数は三つ。闇色の衣服をまとっている。 「すばしっこいガキだぜ」 人影の一つ。鋭い眼の男が吐き捨てた。 その手がキラッと光った。手裏剣の反射光だ。 「くたばれ」 男の手から手裏剣が疾った。空を裂く光流は身動きならぬ少女へと―― あっ、と男達の口から愕然たる声があがったのは次の瞬間だ。 男が放った手裏剣ははじきかえされていた。飛来し、少女の前の地に突き刺さった巨大な手裏剣によって。 「これは――」 愕然たる声を男達は発した。そして、さらに男達は眼をむくこととなる。 巨大な手裏剣の刃の上に一人の少年が立っていた。右足の親指と人差し指で刃を挟んでいるのだ。 鋭い眼の男の口からしわがれた声がもれた。 「こ、小僧‥‥シノビ、か」 「そういうてめえらもシノビだな」 少年がニヤリとした。そしてすっと地に降りると、巨大な手裏剣を背に負った。 自失したように息をのみ、じっと少年を見守っていた男達――シノビ達であったが、ようやく我に返ったか、 「どけ、小僧。うぬもシノビならば我らの邪魔をするな。何の得にもならぬぞ」 「どけっていわれてもなあ」 頭を掻くと、少年は背後の少女を見遣った。少女が怯えた顔をむける。 「お兄ちゃん、助けて」 「よし」 少年が肯いた。 「な、何!?」 シノビ達の口から只ならぬ呻きが発せられた。 今、小僧は何といった? よし、といったか? シノビである彼らにとって、それは信じられぬ言葉であった。たとえ小僧といえど、仮にもシノビだ。それが得にもならぬことに手を貸すはずがない。 「こ、小僧――。貴様、何者だ」 「葉隠の小次郎」 「は、葉隠!?」 シノビ達が眼を見交わし、なるほどと頷いた。 陰殻。 いわずと知れたシノビの国である。 かつて幾多のシノビ氏族が陰殻において割拠していた。が、やがてシノビ達は惣国を形成。現在では主要五十三家の合議により陰殻は治められている。 その五十三家であるが。特に有力な氏族が四家ある。 すなわち鈴鹿、名張、諏訪、北條の四氏族。陰殻において、その四氏族は上忍四家、または四天王と呼ばれ、陰殻諸氏族の多くは四家の分家であった。 そう多くは―― 少数氏族はその限りではない。が、その少数氏族にしても全く上忍四家と繋がりがないというわけではなかった。力こそ全ての陰殻において生き残るためには、上忍四家と何らかの縁を結ばぬわけにはいかなかったのだ。 が、ここに独立独歩を貫いている一族があった。 それこそ葉隠一族。 上忍四家においてすら畏怖とともに語られるシノビ一族こそ、小次郎と名乗る少年の属する葉隠一族なのであった。 では何故、葉隠一族のみが孤高を保ち得たか。その理由は三つある。 一つは単純に彼らが強かったからだ。孤立状態にある葉隠一族は周囲全てが潜在的敵である。それ故、必然的に彼らは強くなった。上忍四家ですら警戒するほどに。 二つめの理由は利である。古来、葉隠一族は忍具や宝珠の特殊な加工技術を伝えていた。それは秘伝であり、葉隠一族を滅ぼすことはその秘伝をも粉砕することである。上忍四家はそれを惜しんだのであった。 三つめの理由。それは葉隠一族の精神性であった。 生物はなにものであったとしても生存本能からは逃れることはできない。それは指令のもとに命を投げ出すシノビにおいても同じことであった。いや、むしろシノビの方が保身の本能はさらに強いものであるのかもしれない。 が、葉隠一族はその域外にあった。生死保身の軛から脱した彼らは一度目的を見出した場合、手段を問わず、最効率の効果を出す為に行動する一個の戦闘兵器と化す。そのような存在は敵にとって化け物同然であり、無闇に傷を負う無意味を理解する上忍四家を含むシノビ諸氏族は、彼らと刃をまじえることを忌避したのであった。 シノビ達の顔にどす黒い色が滲んだ。 葉隠には手を出すな。陰殻における不文律だ。 シノビ達の胸に墨のように恐怖が広がった。それが返って彼の凶意を呼んだ。 ガキ一人、始末してしまえば葉隠にばれる恐れはない。 シノビ達の手に手裏剣が光った。 その時、小次郎が少女を抱きかかえ、跳んだ。その背を追って手裏剣が疾る。小次郎はましらのように樹木を駆け上がり、枝葉の中に姿を消した。遠くで葉擦れの音がしている。 「逃したか」 「いや」 鋭い眼の男が首を振った。 「小次郎とかいう小僧、小娘を庇って手裏剣を背に受けおった。手裏剣には痺れ薬が塗ってある。すぐに動けなくなるはずだ。探せ」 「おお」 三つの影が三方に飛んで、消えた。 ● 開拓者ギルドを訪れた少女を見出し、受付の者は眼を瞬かせた。少女は着物を着ておらず、襦袢のみであったからだ。 「どうしたの?」 受付の者が問うと、少女は涙をいっぱいに溜めた眼で彼を見上げ、 「お兄ちゃんを助けて」 いった。 大木から張り出した枝の上に白いものがひっかかっていた。 何か――人間だ。葉隠の小次郎であった。 「痺れ薬か‥‥。やべえなあ。身体が動かなくなってきやがった」 小次郎の手から離れ、落下していったものがある。 太い木の枝。それには少女の着物がまとわせてあった。 「へっへへ。あの子、逃げられたかなあ」 ずるり、と。小次郎の身が枝からずり落ちた。 下方には谷があった。深い。落下すればシノビであっても只ではすまないだろう。 と、小次郎の身が軟らかい何かに受け止められてとまった。 すでに小次郎自身は気を失っており気づいていないが、それは巨大な蜘蛛の巣であった。 しゃあ。 久しぶりの獲物に、喜悦の咆哮をあげたのは美しい女の相貌をもつ蜘蛛。アヤカシであった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
リン・ヴィタメール(ib0231)
21歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 深き御山 童が一人 幼子助けて往き別れ 何処ぞに居るかは分からむや 幼子願いは君扶く 真の願いは分からねど 汝を尋ねて今を往く 謡うかのように呟いて、その男はわずかに身動ぎした。 顔はわからない。顔全体を覆う笠――虚無僧笠をかぶっているからである。 ただ声は二十歳後半ほどの青年のものであった。深く、澄んだ声音をしている。 開拓者の一人、浄巌(ib4173)であった。 「童助けるとは感嘆賛嘆」 虚無僧笠の内から笑うかのような声がもれた。 「されど只者ではあるまいよ。その者何者分からぬ内は、警戒して事に当たらねば何に巻き込まれるかも知れぬ」 「確かに」 肯いたのは二十歳前の娘であった。引き締まった、鍛え抜かれた体躯の持ち主だ。 皇りょう(ia1673)という名の志士はじっと少女の面に視線をむけ、 「童の話を聞く限り、彼女はお兄ちゃんが現れるまで追っ手から逃げのびたことになるのだが」 首を捻った。 おかしい。五歳ほどの女童にそのような真似ができるはずがない。 偶然か。それとも―― りょうは首を小さく振った。 どうも私は考えすぎる。りょうは己を戒めた。 りょうは女でありながら、皇家を継いだ。その重責が彼女の心に鎧をまとわせたのは事実である。そのことは一家の長として必要なものだとは認めつつも、同時にその頑なさがりょうは嫌であった。 「今は助けを求める声に応じる時か」 「そうだな」 りょうの傍らに立つ男が同意した。 声の響きは若い。が、見た目は壮年のそれだ。 ひどく落ち着いた物腰でその男――大蔵南洋(ia1246)は莞爾として笑った。話を聞くに、近年珍しい少年ではあるまいか。 「己の身を投げうって幼子を救わんとする意気や良し」 南洋は腰を折った。少女の顔を覗き込む。 「あなた様のことは何とお呼びすれば宜しゅうござるか?」 「‥‥」 びくりとして少女が身を引いた。愕然として南洋が眼を瞬かせる。その背に冷笑が浴びせかけられた。 「馬鹿め。恐がっているのだ」 「あなたは」 背後に立つ男を見上げ、南洋は驚いた声をもらした。 男は竜の神威人であった。不必要な肉を削ぎ落とした、がっしりとした体躯をしている。 「カルロス・ヴァザーリ(ib3473)殿」 「大蔵、久しぶりだな」 カルロスがニヤリとした。大蔵は憮然として立ち上がると、 「珍しゅうござるな。カルロス殿は人助けなどには興味はないものと思っておりましたが」 「俺も驚いている」 皮肉めいた笑みを浮かべたまま、カルロスは少女に眼を転じた。 南洋の指摘通り、彼は戦うことにしか興味はなかった。では何故、と。カルロスは己の胸の内を覗いて見たのだが、彼自身こたえを見出すことはできなかった。もし理由があるとするなら、少女が故国に残してきた娘に似ているということくらい―― 「いや」 カルロスは無意識的に声に出して否定した。そのようなぬるい感傷が我が内に残っているはずはない。 カルロスから南洋は視線をはずすと、一人の娘に微笑みかけた。 二十歳半ばほどで、触れれば砕けてしまいそうな美しい娘。名をリン・ヴィタメール(ib0231)という。 「お願いできるでござろうか」 南洋がいった。彼とリンは顔馴染みである。 わかりました、とこたえたリンの顔が曇った。 「なんてまぁ‥‥。えらいかっこしてはるけど」 リンは声を途切れさせた。 少女は襦袢一枚という格好だ。只事ではない。 リンはリュートを爪弾いた。少女の頭にそっと手をおく。少女の瞳に刻まれていた怯えの色が消えた。 リンはゆるりと問うた。 「お名前は?」 「咲菜」 「咲菜さんですか」 別の娘が屈んだ。二十歳ほどの年頃で、豊かな肢体の持ち主だ。その艶かしい肉体とは裏腹に、相貌は上品で美しい。 名はジークリンデ(ib0258)。ジルベリアの貴族の令嬢であった。 「襲われたと聞きましたが、相手はどのような者でしたか」 「黒い服着た三人のおじちゃん。尖ったもの投げてきた」 「尖ったもの?」 一人の少女が聞きとがめた。相貌には幼さが残っており、十代半ばという年頃だろう。 が、その眼の鋭さは若年とは思えない。身ごなしにも凛としたところがある。肉体というより、精神的に鍛えられた者のみ持ち得る身ごなしである。 それもそのはず、少女は騎士であった。名をオドゥノール(ib0479)という。 「手裏剣、か」 オドゥノールは呟いた。 これで敵の素性が知れた。手裏剣を使う者といえばシノビである。 「お兄ちゃんもでっかいのもってた」 「お兄ちゃんも!?」 南洋とともにギルドの者に話しかけていた娘が振り向いた。さらりと月光色の髪がゆれる。謎めいた暗紫の瞳の、どこか異次元めいた流麗たる娘である。名は朝比奈空(ia0086)といった。 「敵味方ともどもにシノビですか」 「わかったことはそれだけか」 南洋は重い息をついた。 少女に同行者はいなかった。ここに至るまでの経緯を知りたいところだが、時がない。 その南洋の想いを読み取ったかのように空が告げた。 「少年は三人のシノビに追われているはず。手遅れにならない様にしませんと」 ● 木々の間を貫く道をゆく八つの影があった。 いうまでもなく八人の開拓者である。彼らが走っているのは神楽の都近くにある森であった。 「そろそろのはず」 荒い息をついてオドゥノールがいった。 「少女の足で逃げ切れたのだから」 「そうともかぎりません」 こたえたのは空だ。 逃げた少年――葉隠の小次郎はシノビ。追う三人もまたシノビだ。もはや少女の足は関係ない。 と―― 突如、カルロスが足をとめた。道脇の一本の樹木に歩み寄る。 「どうやらここのようだな」 カルロスが振り返った。その手には一本の手裏剣が握られている。 「これは」 手裏剣に視線を落としたジークリンデが絶句した。手裏剣に血が付着している。 「困ったことになりましたね。小次郎という少年は傷を負ったようです」 「それだけではない」 浄巌が手裏剣を手にとった。日にかざして見る。刃が黒ずんでいた。 「何らかの薬よな」 「毒?」 リンの笑みが消えた。南洋の袖をぎゅっと掴む。 「大蔵はん」 「大丈夫だ。任せておけ」 南洋は笑みを返した。ごつとした岩のような笑みだ。が、リンはこの笑みが大好きであった。 「あんじょうよろしゅうに」 うむ、と肯き、南洋は樹木を見上げた。少女の話によると、小次郎は少女を抱いたまま樹木を駆け上がり、猿のように枝を飛び渡っていったという。 「樹木に残る痕跡を追うしかありませんね」 涼やかな声音で空がいった。落ち着いている。いや、およそこの娘が焦るなどということがありうるのだろうか。 しかし、とかたい声を発したのはオドゥノールであった。 「道を使ったのならともかく、樹木を飛んだのならば方向を絞ることはできぬ。大変だぞ」 「が、やるしかあるまい。面倒だがな」 カルロスが口を歪めた。 では、と。八人の開拓者は四方に散った。それぞれに痕跡を追う。 ややあって八人の開拓者は路上に集った。痕跡は一つ。落葉だ。 落葉の跡を追い、八人の開拓者は森に分け入った。 さらに幾許か。木々の深くなった辺りで、はたと開拓者達は足をとめた。 痕跡が三つに分かれている。それぞれに違う方向にむかっていた。 「三つとは」 さすがのりょうも唸った。 数は追っ手のものと符合する。とはいえその三方向がシノビのものとは限らぬ。 眼を閉じ、オドゥノールは少女のもらした言葉を脳裏に思い浮かべた。 静かになったら道沿いに逃げろ。そう小次郎は少女に告げたという。 おそらく少女の逃げる時を稼ぐため、小次郎はシノビ三人を引きつけようとしたはずだ。少女からなるべく遠ざかる方にむけて。 りょうが独語した。 「――小次郎殿は傷を負い、さらには毒をうけてもいる。遠くにはいけまい」 「それはわかっている」 カルロスが舌打ちした。 「問題はどこにむかったかということだ」 「一つ手があります」 りょうが瞑目した。しんと精神が澄み渡る。 心の内に墨絵の如き風景が映し出された。何の気配もない。 「近くに命ある者はいません。が――」 心眼。志士の術法の一つ。もし小次郎が生きてあれば、必ず見出すことができるはずだ。 ● 繭のようなものがあった。 顔が覗いている。小次郎だ。 その小次郎をじっと見下ろす顔があった。 妖艶な女のもの。が、その真っ赤な唇の間には牙が見えている。その身は巨大な蜘蛛のそれであった。 女蜘蛛――アヤカシは舌なめずりした。獲物の血から毒が抜けるのを待っていたのである。 そろそろよかろう。 アヤカシが小次郎の首筋に牙を突き立てようとした。 刹那―― 高圧の熱量をはらんだ白光がアヤカシの背ではじけた。たまらずアヤカシが身をよじる。 「精霊砲。――そこまでにしていただきます」 崖の上。一人の娘が佇んでいた。突き出した右手にはいまだ光の粒子がまとわりついている。空だ。 「小次郎殿だな。今助ける」 りょうが荒縄を投げ下ろした。伝い降りる。他の方向の捜索にむかった仲間を呼んでいる余裕はなかった。 りょうは蜘蛛の巣に足をおろした。慎重に縦糸を選別する。 巣の縦糸には粘着力はないとどこかで聞いた覚えがあった。アヤカシにもその理が通用するかどうかわからないが。 シャア! アヤカシがむきを変えた。滑るような速度で襲いかかる。 銀光がはねた。りょうが刃をたばしらせたのである。 が、刃はアヤカシの面上を掠めたにすぎない。糸上では安定が悪く、手元が狂ったのである。 「このままでは」 見下ろす空が再び手を突き出した。精霊力はすでに満ちている。 その時、背に吹きつける灼熱の殺気を感得し、空は振り返った。 一瞬後、彼女のいた空間を銀光が疾りすぎた。手裏剣だ。 反射的に空は精霊砲を放った。が、狙いをつけぬ一撃は空しく男を掠めて流れすぎ―― ニヤリと男は笑った。 「むだだ。小次郎とかいう小僧を助けさせはせぬ」 はっとして一人の男が眼をあげた。少女を襲ったシノビの一人である。 空を翔ける一条の光流が見えた。 「もしや――。小次郎とかぬかすガキか」 ニンマリすると男は地を蹴った。ましらの速度で疾駆する。 と―― 突如男は足をとめた。愕然として周囲を見回す。 いつの間にか、一面が白い世界であった。 霧。 銀灰色の粒子が渦巻き、流れている。もはや一寸先の視界すら効かない。 馬鹿な、と男が呻いた。その時だ。 声がした。 「小次郎といったな。それは葉隠の小次郎のことか」 ● 男――シノビの手に手裏剣が現れた。 「娘。うぬの術が速いか、俺の手裏剣が速いか、やってみるか」 空が後退った。表情そのものは変わらないが、額から冷たい汗が伝い落ちる。 術の発動と手裏剣の投擲。どちらが速いかと問われれば手裏剣であろう。勝ち目はなかった。 「死ね!」 シノビが手裏剣を放った。 澄んだ音は一瞬後。呻く声はさらにその一瞬後におこった。 空の前に鋼の壁が屹立していた。手裏剣はその壁によってはじかれていたのである。 「これは」 シノビが飛び退った。その右眼から血がしぶいている。鴉に襲われたのであった。 残る左眼で、シノビは一人の男の姿をとらえた。虚無僧笠の内から含み笑う声がもれる。 「現実否定し瞳を閉じれば、鴉がその目を掠め取る」 浄巌が謡った。 おのれ、と。左眼をかばいつつ、さらにシノビが飛び退った。が―― シノビの首が切り裂かれた。血煙にうかびあがったのは見えぬはずの刃だ。 刀を振り下ろした姿勢のまま、南洋が叫んだ。 「ここは私に」 「よし」 カルロスとオドゥノールがジークリンデの脇を駆け抜けた。すでにその腰には荒縄が結びつけてある。 一気に二人は飛んだ。 垂直落下。重力に身を任せつつ、カルロスは抜刀した。 「蜘蛛女か。せいぜい良い声で啼いてくれよ」 丹田に溜めた気を放出。炎の蛇と化したそれは腕を奔りぬけ、刃に凝縮される。カルロスは刃を唐竹に振り下ろした。 凄まじい衝撃波が空間に亀裂を刻みつつ疾った。アヤカシの背を割る。 耳を塞ぎたくなるような不気味な声をアヤカシはあげた。苦悶しつつ糸を吐く。カルロスが糸にからめとられた。 刹那―― 糸が断ち切れた。銀色の髪を撒いたかのような空間を、何かが落下してくる。 光。蛍火をまとったかのような人間だ。オドゥノールである。 「おおっ!」 絶叫とともに、オドゥノールはアヤカシの背に降り立った。その手の刃はアヤカシの頭部を刺し貫いていた。 ● 南洋が刀を閃かせた。糸を切断する。 呪縛から解かれ、小次郎が大きくのびをした。すでに毒は抜けているようである。恐るべき強靭さであった。 「助かったぜ。で、あんたら誰だ?」 小次郎が問うた。するとリンは苦笑をもらし、 「開拓者どす。咲菜という女の子に頼まれて小次郎はんを助けにきたんどすえ」 「ではこちらから」 浄巌が口を開いた。 「汝は一体何者ぞ」 「葉隠の小次郎。シノビさ」 「いやはや豪胆。素直に答えが返るとは」 屈託なくこたえる小次郎に対し、浄巌は可笑しそうに笑った。と―― はじかれたように身構える。いつの間にか背後に人影がある。信じられぬことであった。 「何者?」 「小次郎が世話になったようだな」 人影がこたえた。 十七歳ほどの男。女と見紛うばかりに美しい若者だ。 若者はちらりと倒れたシノビに眼をむけた。舌を噛み、自らにとどめを刺している。 「こいつの仲間も始末した。葉隠一族に手を出せばどうなるかということを思い知らせねばならぬからな。――小次郎、動けるか」 「ああ」 小次郎がはねおきた。そしてリンを見遣ると、 「あの子――咲菜っていうんだっけか。あんたらに頼んだってことは助かったってことだよな」 「はい」 リンが肯いた。すると小次郎は嬉しそうに笑った。 いい笑顔だとリンは思った。そして葉隠一族に興味がわいた。 リンは歌を口ずさんだ。思わず空を見上げ、微笑みたくなるような歌を。 リンは問うた。 「葉隠の里、いつか案内してくれはる?」 「いいぜ。竜馬のあんちゃんにも今の歌、聞かせてやりてえからな」 小次郎はニカッと笑った。 結局のところ、シノビの正体も目的もわからなかった。シノビがそう簡単に口を割るはずがないからである。 ただ咲菜の素性は知れた。あるサムライの娘であるらしい。そのサムライの手により、咲菜はシノビから逃れることができたのであった。 ギルドに戻った八人の開拓者を咲菜は待っていた。ほどなく彼らは別れることになるのだが―― そう遠からぬ先、再び咲菜は開拓者と見えることになる。それまで、いや、それ以降も彼女はある物語を語り続けていくのだが、無論、そのことをこの時の開拓者は知らない。 その物語とは―― 女の子を救った小さな勇者を助ける、八人の英雄の物語であった。 |