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■オープニング本文 ● 夜。 深夜というほどでもないが、それでも人通りはほとんどなかった。月もなく、灯篭の光のみが唯一の光源だ。 そして、突如それは起こった。 灼熱の激痛。腹をおさえ、男はうずくまった。何が起こったのか、わからない。が、何かが腹を貫いた感覚があった。 男はちらと背後の地をみた。太く長大な針が地に深々と突き刺さっている。 「こ、これは」 男は呻いた。 その時だ。男の眼前にすうと舞い降りてきたモノがあった。 人間ではない。二本の手足をもつその肉体は人に似ているが、それは複眼をもっていた。さらには半透明の羽が背にあった。 「ア、アヤカシか」 「覇弓という。うぬらが名づけた凶風連よ」 「凶風連!」 驚愕に、男の身が震えた。凶風連とは一時期都を荒らしまわったアヤカシ集団のことである。頭は蛮十郎という名の上級アヤカシであることが確認されていた。 「おのれ」 男が小束を投げた。が、それは空しく流れすぎた。覇弓の姿がない。 「無駄だ」 声は男の頭上からした。覇弓である。視認不可能なほどの速度で覇弓が移動したのだった。 はじかれたように男は抜刀しようとした。が、手が動かない。身体が痺れてしまっている。 くかか、と覇弓は笑った。そして右腕をのばした。その腕からは一本の針が覗いている。 「俺の針には毒がある。動けまいが。すぐに息すらできなくなる。が、その前に、うぬに用がある。開拓者ギルドから出てきたところをみると、開拓者だな。そして竜の獣人」 「それが……どうした?」 男は喘ぎながら問うた。確かに覇弓のいうとおり息が苦しくなってきている。 「うぬは」 覇弓は口を開いた。 翌朝のことある。 竜の神威人の死体が発見された。下手人は見つからず、被害者が開拓者であったことから恨みをもつ何者かであろうと推測された。 その三日後。またもや竜の神威人が殺された。三日前の被害者と同じ開拓者であった。 さらに五日後のこと。第三の被害者が発見された。 |
■参加者一覧
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 「ほう、開拓者殺しであるか」 興味深そうな声を、その若者はあげた。陰陽狩衣をまとっているところから見て陰陽師であろう。薄く笑みを口元にはいている。 「ふふん。護大がどうなろうが、世は相変わらずの様である。退屈でないのはよいが」 若者――成田光紀(ib1846)は貼り付けてあった依頼書を手にとった。すると、その手をおさえた者がいる。 昏い眼をした男。人間ではない。竜の神威人であった。 「ほう」 光紀の眉がわずかにあがった。彼が驚くのも無理はない。依頼書にあった被害者とは竜の神威人であったからだ。 「竜の獣人の開拓者のみを殺す事件か」 ニヤリと男は笑った。 「面白い」 「待て」 呼び止める声がした。沈毅重厚の風をたたえた若者だ。 「カルロス・ヴァザーリ」 「大蔵南洋か」 ちらりと男――カルロス・ヴァザーリ(ib3473)が、眼のみ動かした。大蔵南洋(ia1246)とは幾度か依頼を共にしたことがある。なんとも生真面目な男で、カルロスは忌避していた。 「何の用だ?」 「依頼のことだ」 南洋はカルロスの依頼書を指し示した。 「見たのだろう。ならばわかっているはずだ。竜人の開拓者が危険であることが」 「だからどうだというんだ?」 「気をつけろ」 南洋は忠告した。 「腕に覚えがあるのはわかるが、殺害されたは常人にあらず。いずれも開拓者ばかりだ。侮れば後れをとるぞ」 「余計なお世話だ」 カルロスが歩き出した。すると、またもや南洋が呼びとめた。 「何か今回の件に関し、思い当たることはないか?」 「知らん」 冷たく答えると、今度こそカルロスは歩き去っていった。 「相変わらずだねえ」 今度は南洋の背に声がかかった。苦い笑みの滲む声。振り向いた南洋は破顔した。 そこには落ち着いた物腰の女が立っていたからである。亘夕凪(ia8154)だ。 「大蔵さんもこの依頼を受けたのかい?」 「ああ。どうにも気になってな」 「私もだよ。開拓者を確実にって事は、ギルドに出入りする竜の御仁に狙いをつけたうえで闇討ちしてるってわけだ。竜人全てへか特定の誰かか……まあ、生業上、因果が巡るのは手前のせいだがね。しかし、竜とはちと気になる」 「俺もだ」 南洋は肯いた。 「なんとも奇妙な事件だ。アヤカシの仕業だとしたならば、妙に人がましい性質を持ちわせた奴なのではないかと思えてならぬ。竜の神威人の開拓者という情報のみを唯一の手がかりとして、誰かを探し続けるという行為が、どうにも人間臭いというかな……」 はっ、として夕凪は眼を見開いた。何かが彼女の頭をよぎったのだ。 「大蔵さん。こちらの事は任せていいかい?」 「それはかまわぬが……。夕凪はどうするのだ?」 「ひとつ確かめたいことがあるんだ」 「確かめたいこと?」 「ああ。その為には行かなけりゃあならない場所がある」 夕凪はいった。彼女自身気づかないが、その背は怖気に粟立っている。それは悲劇の予感であった。 去りゆくカルロスの背を、皮肉な眼で見送った美青年が組んでいた腕をほどいた。 ギルドの外。薄く笑う。 「龍人の開拓者を狙った凶行? 不可思議なこともあることで……」 青年――狐火(ib0233)の皮肉めいた笑みが深くなった。 ● 被害者の死体が安置された寺に、ふらりと六人の男女が姿をみせた。四人はいうまでもなく南洋と夕凪、そして光紀と狐火である。 残る二人は男であった。 一人は濃い化粧を顔に施している。どこか得体の知れぬ雰囲気を漂わせていた。名は孔雀(ia4056)。 もう一人は若者である。右目に眼帯をつけている。陽気そうに見えるが、その金色の瞳には幾多の修羅場をくぐり抜けてきた者のみがもちうる悽愴の光がやどっていた。名をグリムバルド(ib0608)という。 「また物騒になってきたな。龍の神威人を狙う犯行か……」 グリムバルドは堂を見回した。隅に安置された遺体がある。 「龍だけって事は怨恨かな。種族か、個人か……」 「個人なら一人だけ思い当たる男がいるのだけれど」 ンフフ、と孔雀は笑った。 「思い当たるだと? 誰だ?」 「カルロスよ」 「ああ」 グリムバルドは大きく肯いた。噂だけでなく彼が見たカルロスの人柄ややり口。多くの者の恨みを買っていてもおかしくはない。 「殺されたのが彼らでなくてカルロスだったら良かったのに、と思う人間は何れ程いるのかしらねえ」 ちろりと濡れた舌で唇を舐めまわし、孔雀は骸にかけられた布をめくった。 横たわっているのは若者だ。竜の神威人である。 「傷はたいしこことはなさそうだな」 南洋がいった。死体の腹には小さな穴が空いている。何かが突き刺さったような穴だ。 「確かに」 グリムバルドは首を捻った。 傷の形状。おそらくは太い針のようなもので突き刺したのだろう。が、損傷箇所は急所ではない。それだけで、仮にも開拓者である被害者を死に至らしめることができるものだろうか。 「なら毒殺かしら。それとも呪殺?」 孔雀もまた首を捻る。すると光紀が首を振った。 「呪札ではないな。呪殺なら俺にはわかる」 「なら毒殺でしょうか」 狐火が死体を動かした。背を顕にする。 「これは……」 狐火の眼が見開かれた。傷がある。尻のわずか上に。形状は腹のものと同じであった。 「貫いたってことかい。なら……」 夕凪は視線を上にむけた。 「攻撃は空から来た」 さらに三人の開拓者は殺害現場へと足を運んだ。三人めの被害者が発見された場所である。 「この辺りか」 南洋が腰を屈めた。地に顔を近づけ、痕跡を探る。 「うん?」 南洋は眼をすがめた。針が突き刺さったような痕がある。さらには複数の足跡。これでは下手人のそれを特定はできなかった。 「ふむ」 光紀が唸った。南洋が眼を転じる。 「どうした?」 「戦闘の跡がない」 光紀はいった。確かに現場に争った跡はない。 「となれば下手人はよほどその手練れか、または奇襲を受けたかであろうが」 光紀は周囲を見回した。辺りは開けており、見通しはきく。これでは奇襲は難しいだろう。 「やはり」 光紀は視線を上に投げた。 ● 夜。凍りつきそうになるほどの寒風が吹いている。 その寒夜の中にカルロスは足を踏み出し、開拓者ギルドを後にした。その背を見送り、壁に背をつけた男がわずかに身動ぎした。変装した狐火である。 狐火は耳を澄ませた。超人域にまで聴覚を高める。が。不審な物音はなかった。 一瞬、カルロスを追おうとしたが、狐火はやめた。彼が調べた被害者の共通項は竜の神威人、そして開拓者であることだけだ。カルロスに特定はできなかった。 「やはり動きよったかよ」 苦い声が闇からもれた。ぎりとして振り向いたのは南洋と孔雀、グリムバルドと光紀であった。彼らほどの手練れが気配に気づかなかったのである。 「……おぬしか」 南洋が胸をなでおろした。声の主は彼の良く知る人物であったからだ。 黒獅子の神威人。無数の傷と哀しみを身体に刻んだ男。蒔司(ib3233)である。 「世界の危機が去ったとて、アヤカシは健在、人心は侭ならず、物騒な事件も相変わらず、ちゅう訳じゃな」 蒔司は苦く笑った。 「……しかし、わざわざ龍の神威人ばかり狙うとなると、その筋に怨恨なり因縁なりあってのこと、と推測するんが自然やが。一応カルロスには外出を控えるようにと忠告しておいたのじゃがのう」 「良いではないか」 ふふん、と冷徹に光紀は笑った。 「敵を知るには接触する必要がある。勝手に出歩いてくれるのであれば好都合というものだ」 「そういうことよ」 孔雀は喜悦の笑みをうかべた。カルロスに呼び出しの手紙を書いたことは秘密だ。 「敵が竜の神威人を探しているなら、ンフフ、彼を使わない手はないわ。どうやら方々で恨みを買っている様だし、案外この事件の発端は彼なのかもしれないわよ」 同じ頃、夕凪の姿は都を遠く離れた陰殻の地にあった。 辺境の隠れ里。夜叉一族の里に。 超聴覚を働かせつつ、夕凪は里に近づいた。いきなり襲われてはたまらない 「おかしいねえ」 夕凪の顔に不審の色が濃くなった。まったく物音がしない。 用心しながら夕凪は足をすすめた。やがて里にたどり着き―― 呆然として夕凪は立ち尽くした。 ● 「さて」 路地を曲がると、カルロスは足をとめた。軒下に隠れるようにして気配を窺う。 「ここなら空からは見えまい。さあ、どうする?」 「どうするか?」 カルロスの声が聞こえたわけではあるまいが、遥か空の高みに舞った人型の虫ともいうべきアヤカシ――覇弓は独語した。 追っていた標的が動かない。これでは必殺の矢で狙うことはできなかった。 「何か、企んでいるな」 覇弓は思った。すでに三人殺した。そろそろ開拓者どももこちらの狙いに気づく頃だ。 「動かねば、獲物を変えるだけのことだ」 覇弓がニンマリ笑った。 「仕方あるまい」 覇弓の声が聞こえたわけではあるまいが、今度はカルロスが動いた。はっきりいえばじれたのである。 カルロスは軒下から出た。夜道をゆく。 瞬間、風が哭いた。ほとんど本能的にカルロスが跳び退った。疾風の速さで。 「ぬっ」 カルロスが呻いた。何かが太ももを掠めすぎたのだ。見下ろしてみれば鉄杭のような太い針が地に突き刺さっている。 「ほう」 声が空から発せられた。感嘆の響きが滲んでいる。 はじかれたようにカルロスが顔を上げた。空にアヤカシ――覇弓の姿がある。 カルロスを見下ろし、覇弓はいった。 「俺の矢を躱したのは、お前が初めてだ」 「暗殺任務を請け負ったシノビかと思ったが、アヤカシか」 ふん、とカルロスは嗤った。 「俺に何か用事があるのか、小僧」 「お前に訊きたいことがある」 「訊きたいこと、だと?」 「そうだ。お前は夜叉一族を知っているか?」 ● 夜叉一族の里は滅びていた。 一面焼けているところからみて、誰かが火を放ったのであろう。無数の死体が転がっている。 そのほとんどは白骨化していた。が、中には黒焦げのまま無残な姿をさらしている者もいる。 夕凪は近寄って調べてみた。炭化しているため、確かなことはわからない。が、どれも刃物による傷があるようだ。 何者かが夜叉一族を殺戮した。そう夕凪は読む。が、わからぬのは、その何者かだ。 真っ先に想到するのは、開拓者である。が、夜叉討伐に向かった開拓者は辿り着く前に決着をつけている。里人に関しては預かり知らぬ筈だ。 では、何者か。夜叉一族に対し、これほどの憎悪をもつ者とは…… 「うん?」 夕凪は気づいた。骨に刻まれた刀痕に覚えがあると。 ただ破壊するためだけに振るわれた一撃。このような太刀筋をもつ者は―― 「知っている」 カルロスは悪鬼の如く笑った。 「皆殺しにしたのは俺だからな」 「どうやら当たりくじをひいたようだな」 覇弓も笑った。悪鬼の笑みと魔性の笑み。どちらが、より人外であったか。 ゆっくりと覇弓が手をあげた。 「なら殺してやろう」 「やれるか」 カルロスが腰の野太刀の柄に手をのばした。 「うっ」 カルロスは呻いた。身体が動かない。覇弓が嘲った。 「俺の針には毒がある。掠っただけでもただでは済まぬ。くくく。もはや動けまいが」 その時、覇弓の腕がきらりと光った。針を放ったのである。流星のごとく空を裂いて飛んだそれは身動きひとつならぬカルロスの額めがけ―― キンッ、と。 澄んだ音をたてて針が地に転がった。はじかれたのである。 カルロスの前にグリムバルドが立っていた。その手には金色の吼え猛る狼の姿が彫金されたジルベリア風の盾がある。 「ここまでにしてもらうぜ」 「ぬっ」 覇弓の半透明の羽根が動いた。が、飛翔することはできない。その足には式がからみついていた。 「お前こそ動けまいが」 光紀の唇がついと歪んだ。カルロスと覇弓のやりとりは言霊によって聞き取っていた。 「おのれ」 覇弓が式を振り払った。刹那だ。覇弓よりさらに高く舞う影があった。 きらっ、と。月光をはねて光がはしった。地に降り立った南洋の手には刃がひっ下げられている。ぱさり、切断された羽根が落ちた。 「もはや、うぬは翔べぬ。すべて話してもらうぞ」 「念の為にじっとしていてもらうわよ」 孔雀の指刀がおどった。空にわいた毒蟲が覇弓に襲いかかる。 刹那である。開拓者は異変をとらえた。覇弓の身裡で何かが膨れ上がりつつある。 咄嗟に開拓者は跳び退った。一瞬遅れて覇弓の身体が巨大な紫電に包まれた。 目も眩むような閃光。それが消え去った時、すでに覇弓の姿は消滅していた。 ● 闇の中、蒔司は影と化して歩いていた。その先には少年の姿がある。 カルロスと覇弓の戦い。それをこっそりと少年は覗いていた。恐れもせず。 異常であった。故に蒔司は尾行したのであるが――。 やがて少年は足をとめた。すると巨大な鳥が舞い降りてきた。 ただの鳥ではない。それは女の顔をもっていた。 「覇弓はしくじったぞ」 少年は妖鳥の背に乗った。そしてくつくつと笑った。 「けれど、やっと見つけた。夜叉一族の仇、竜の神威人を」 少年の笑い声ととともに妖鳥は空に舞い上がった。 「夜叉……やと」 遠くなる妖鳥の影を見つめ、蒔司はただ呆然と立ち尽くしていた。 |