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■オープニング本文 ● アブドゥルは何かにつまずいて、よろけた。 「何だ?」 砂を見下ろしてみると、何かの突起が覗いていた。興味をひかれてアブドゥルは砂をかきわけた。すると壷があらわれた。 おかしな壷であった。口が札で塞がれている。札には呪文のようなものが書かれていた。 「おい」 声がした。慌ててアブドゥルは周囲を見回した。が、何も見えない。 すると、また、おい、と呼ぶ声がした。 「誰だ? どこにいる?」 「ここだ」 声がした。壷の中からだ。 驚いてアブドゥルは壷を放した。ぼすん、と壷が砂の上に落ちた。 「馬鹿。いきなり壷を放すな」 怒った声が壷からした。そして声は自分は魔神であるといった。名はフーリートであるという。 「札を破いてくれ。そして俺をここから出してくれ。そうすればお前の願いをひとつかなえてやる」 「本当にかなえてくれるのか」 「本当だ。俺は嘘をつかない」 フーリートがこたえた。それではと、アブドゥルは札を破いた。すると壷の中から炎の塊が飛び出してきた。 「よく俺を助けてくれたな」 炎の塊が一気に膨張した。それは十メートルほどの巨大な燃える人の姿をとった。 恐怖に後退りながら、それでも必死になってアブドゥルは声を押し出した。 「た、助けてやったぞ。約束通り、願いをきいてくれるんだろうな」 「ああ。俺は嘘はつかない。願いをひとつだけきいてやる。願いは何だ? 女でも欲しいか」 炎の人型が消えた。次の瞬間、アブドゥルの前に裸の女が立っていた。 浅黒い肌の、肉感的な美女。引き締まった肢体には不釣合いな巨大な乳房がぷんと揺れている。 ごくりと唾を飲み、しかしアブドゥルは首を振った。 「違う。ある男を殺してほしい」 「容易いことだ。で、その男とは?」 「メヒ・ジェフゥティ。砂漠の民の頭目だ。奴には恨みがあるのだが、強すぎて太刀打ちできん。奴を殺してくれ」 「わかった。では、その前に」 女が手をのばした。がっしとアブドゥルの首を掴む。その手が炎のそれに戻った。 ぎゃああああ。 アブドゥルが悲鳴をあげた。もの凄い熱によって首が灼かれている。 反射的にアブドゥルが腰の剣を引き抜き、横薙ぎした。 瞬間、女の胴が炎に変じた。刃が空しく通り過ぎる。 「や、やめろ」 アブドゥルは呻いた。 「お、俺はお前を助けてやったんだぞ」 「だから願いはひとつだけきいてやる。が、な」 女はニンマリと笑った。 「お前を助けてやるとは約束しなかったぞ」 女が炎に身を変えて飛び去った。そのわずか後のことである。 岩陰から震える少女がよろけるように身をあらわした。彼女は隠れて事の一部始終を目撃していたのであった。 「メヒ様をお助けしなければ」 少女は砂を散らして駆け出していった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ● 「此処から出してくれたら何でも願いを叶えましょう…か」 のほんんとした若者が苦く笑った。 九法慧介(ia2194)。能天気そうにみえるが、これでも開拓者であった。 「三つに増やしてくれって言ったら怒られるんだろうなー」 慧介は可笑しそうにくくっと笑った。 「…って呑気に話してる場合でもないか。メヒさんは相変わらず格好いいねぇ。そして敵が多い。まあ格好いいからね。仕方ないね!」 「本当に九法は呑気だねえ」 皮肉めいて、その娘は唇をゆがめた。年齢は二十五歳くらいだろうか。落ち着いた物腰は年増のようであるが、豊満な褐色の肢体は瑞々しい。北條黯羽(ia0072)である。 しかし、と黯羽は続けた。 「偉いさんは面子やら何やら鬱陶しいのが多いコトで」 「持てるものは、その立場を守るために汲々としているものだからな」 つまらなそうに、その男は吐き捨てた。 人間ではない。闇色の肌に尖った耳。ダークエルフであった。鋭い眼は何もかも見通しているようで。名はリドワーン(ic0545)。 「本当。面倒だね」 はあ、と大げさな身振りで娘は溜息を零した。名は戸隠菫(ib9794)というのであるが、髪は煌く金色であった。瞳は大海のような深く濃い蒼。そう。彼女の両親はジルベリア人なのであった。 その菫のいうことももっともであった。依頼者である少女は当初、メヒに警護の者を用意するよう求めたという。が、頑としてメヒは譲らなかった。砂漠の民の頭目たる者が、怯えて他者の後ろで隠れているわけにはいかないというのが理由である。 「とはいってもよ」 ふふん、と黯羽は鼻を鳴らした。 「メヒのおっさんが砂漠の民を束ねる頭目であることは確かだし、だからこそ面子を護らねェといけねェってコトを始めとした諸々は十二分に理解できるぜ。おっと」 慌てて黯羽は口を閉ざした。男の姿が見えたからだ。 がっしりした体躯は鋼のような筋肉をまとっているようだ。鋭い眼光は幾多の視線をくぐり抜けた証である。りつており、どれほど鍛え抜かれたわからない。メヒ・ジェフゥティ(iz0208)であった。 「お久方ぶりにございます、メヒ殿」 一人の少女が会釈した。十七歳ほどの可愛らしい美少女だ。まるで子猫のような印象がある。 「おお、秋桜(ia2482)ではないか」 メヒが懐かしげに顔を綻ばせた。彼は秋桜のことを知っていたのである。 「天儀の方が忙しなく中々にお会いする機会がございませんでしたが、会えて嬉しゅう御座います。大きな戦の度、砂の民の皆様のご尽力には感謝してもしし足りませぬ。私如きが言うのも烏滸がましいのですが、誠に有難うございまする」 秋桜は大きく頭をたれた。メヒは快闊に笑うと、 「気にすることはない。俺達は戦好き。それだけのことだ。ところで今回はどのような用で来たのだ?」 「おひさしぶりです、ご無沙汰しております」 少女が会釈した。秋桜と同じ年頃であるようだが、こちらは儚げな印象がある。それは華奢で透き通るような青白い肌のせいであるかも知れなかったが。柊沢霞澄(ia0067)であり、以前、からくりに関する依頼においてメヒとは顔見知りになっていた。 「メヒさんは聡明な方ですから私が何の為に来たのかお分かりかと思います……ある依頼のため、私達はここに参りました。できるだけご迷惑にはならないようにしますので、しばらく逗留させては頂けないでしょうか……?」 控えめな口調で霞澄は懇願した。するとメヒはゆるりと肯いた。 「何を水臭いことを。必要ならばいくらでもおればよい」 「メヒさんよ」 黯羽がいきなり口を開いた。 「図々しいことはわかっちゃいるが、これも何かの縁。あんたほどの男の力を借りることができれば尚更に心強い。手伝っちゃあもらえねえか」 「手伝い?」 一瞬メヒは眉をひそめた。 「それは良いが。……で、何をすればよいのだ?」 「俺を守ってもらいてえ」 黯羽はニヤリとした。 ● 「驚いたよ」 慧介が黯羽に声をかけた。心底感心しているような口ぶりである。 「メヒさんに自分を守らせるとはね」 「ふふん」 黯羽が不敵に笑った。 「守らせりゃあ、メヒのおっさんの方からべったりしてくれるからな。好都合ってわけさ」 「やるな、おまえ」 リドワーンが冷たく一瞥した。油断のならぬ女であると見定めだのだ。腕がたつ者より、頭の切れる者を敵とした場合の方がよほど恐ろしい。一流の狩人でもある彼はその事実を誰よりも良く知っていた。 「おかげでメヒが単独でうろうろすることは防げた」 「そいつがこの企みの眼目さ。まあ、ばれるとちとまずいことになるがな」 「暑いね〜」 大げさに嘆く声がひびいた。菫のものだ。 メヒの住まいの入口のドアが開いている。菫の姿があった。汗で濡れた額にべったりと髪がへばりついている。 その菫の前にメヒの姿があった。背後には秋桜が立っていた。 「どうですか、外の様子は……?」 強い日差しを避けるように室内の隅に座っていた霞澄が立ち上がった。すると秋桜が首を振った。 「怪しい者はいないようです」 秋桜がこたえた。 見回りの結果。魔神が化けたらしい人影はない。忍び隠れる存在もなかった。いくら隠れようと、秋桜の超人的聴覚から逃れる術はない。 が、油断はできなかった。魔神は女に化けたようだが、人以外に変身できるかもしれない。 瞬間、びゅうと風が唸った。閃く黒い疾風。 「どうした?」 さすがに驚いてメヒは慧介を見た。彼は見抜いたのだ。慧介の手から黒い鋼線が噴出するところを。 「ああ。驚かせてしまいましたか。すみません」 頭を掻きながら慧介はちらりと地に眼をむけた。 小さな欠けらのようなもの。それは慧介の鋼線によって真っ二つに断ち割られた蠅であった。 ● 日が暮れた。薄闇が落ちた砂漠を風が吹き渡っていく。 「けっこう涼しいんだね」 外を眺め、菫霞澄がいった。先程までも暑さが嘘のようにぬぐい去られている。 たった半日のことではあるが、かなりの疲労感を菫は覚えていた。何時来るかわからぬ敵を待つということは無視できぬ緊張を開拓者達に与えているのである。 その薄闇を、窓からじっとリドワーンが見つめていた。その鋭い目は闇に潜む何者をも見逃すことはないだろう。 と、奥の部屋から人影が現れた。十五歳ほどの娘。メヒの使用人だ。 開拓者達に緊張の波が伝わった。娘が魔神の変じたものであるかもしれないからだ。 「メヒ様。明かりをお持ちいたしました」 娘がいった。その手にはランプがあり、中では炎がゆれている。 ランプをおき、娘が去った。開拓者達が胸をなでおろす。どうやら娘は魔神ではなかったようだ。 いや、一人だけ警戒を解かない者がいた。霞澄だ。その銀の瞳はじっとある一点にむけられていた。それは―― 突如、炎が疾った。メヒにむかって。さすがのメヒも躱しようはない。 次の瞬間、炎が散った。花びらにも雪片の乱舞によって。霞澄が咄嗟に展開させた術式である。 「メヒ殿、さがってください」 秋桜がいった。メヒの眼前で。 秘術、夜。驚くべきことに秋桜は数秒ではあるが時を止めることができるのだった。そのわずかの間に秋桜はメヒの前に跳んだのである。余人からみれば秋桜は瞬間移動したとしか見えなかったであろう。 刹那、リドワーンが矢を放った。何時番えたかわからない。それほど素早い動きであった。 がしゃり。 ランプが砕け散った。が、ランプの火が消えることはない。まるで鬼火のように空で浮かんでいた。 「邪魔をするな、虫けらども」 火がふくれあがった。天井につくほど巨大な人型となる。 炎の中に爛と光る眼があった。魔神。フーリートだ。 「化物め」 慧介の鋼線が疾った。が、それは空しくフーリートの身体を通り過ぎた。炎の身体に物理攻撃は効かないのだった。 「あっはは。馬鹿が。無駄無駄無駄ぁ!」 フーリートの手から炎がのびた。するとメヒの前に漆黒の壁が現出した。黯羽だ。 「そっちこそ無駄だぜ」 黯羽がニンマリした。 その時だ。リドワーンが弓をおろした。 「やめろ、皆。魔神に逆らっても無駄だ」 リドワーンが膝をついた。まるで憐れみをこうように。 「同じ死ぬのなら美しい女に殺されたい。魔神よ。お前なら女に変化できるのだろう。最後の願い、きいてくれ」 「ほう」 フーリートの眼が嘲弄にひかった。 「殊勝な心がけだ。よかろう。このフーリート様が願いを聞いてやる」 瞬間、人型の炎が消えた。後には乳房をさらした肉感的な美女の姿がある。 「これでいいか、虫けら」 「ああ。いいぞ」 リドワーンの眼が青く光った。何の予備動作も見せず、矢を放つ。 「ぬっ」 フーリートが呻いた。その乳房を矢が貫いている。 「騙したな、虫けら」 「最初に騙そうとしたのはそっちだ」 慧介の鋼線が舞った。風が哭く。そして断ち切られたフーリートの腕がとんだ。 「おのれ」 フーリートの身体が再び炎のそれに変じた。 「ならあたしがいく」 オン、キリキリ、ハラハラ、フダラン、バッソワカ、オン、バザラ、トシャカク。 菫は素早く真言を唱えた。その手の不動明王剣に凄まじい精霊力がやどる。 菫がフーリートとの間合いを詰めた。爆発的な破壊力を秘めた剣がフーリートを胴薙ぎする。 「ぎゃあああああ」 獣のような咆哮をフーリートはあげた。そしてさらに身体の炎を燃え上がらせると、 「やったな、虫けらども。皆殺しにしてくれる」 「滅びるのはあなたです」 霞澄の手から白光が噴出した。同時にフーリートの手から炎が迸りでる。 空で巨大な熱量がぶつかった。小太陽が現出したような光が空間を白く染める。 フーリートが気づいた時、舞う異形が彼に襲いかかった。 それは式であった。白い面をつけたその姿は黯羽に似ている。 「教えてやるぜ、魔神よ」 黯羽の唇が嘲笑の形にゆがんだ。 「お前は強い。が、滅びる。それはお前が独りであったからだ。独りでない俺達は、独りぼっちのお前より強い」 刹那、式がフーリートを切り裂いた。 |