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■オープニング本文 ● 「豊富か」 嘲るように笑い、アシャイは肉にかぶりついた。 干しレンガづくりの家。外は熱砂の海だ。 その村は飢えていた。食べ物はとうに尽きている。誰もが絶望にあえいでいた。しかし―― 誰が気づいたのだろうか。食べ物は近くにある、と。 殺し合いが始まった。そして残ったのはアシャイ、メティ、ピネジェム、セケムイブ、カーイトの五人であった。殺し合いの中、彼らの中のジンが目覚め、それ故に生き残ったのである。 彼らは村の者を殺しつくした。そして喰らった。赤ん坊の肉は特に柔らかくて美味しかった。 が、すぐに彼らは気づくこととなる。自らの過ちに。 殺した村の者がすぐに腐敗しはじめたのだ。全員殺さず、捕らえておくべきであった。が、後の祭りである。 彼らは嘆いた。自らの所業をではなく、愚かさに。 仕方なく腐敗しはじめた肉を彼らは喰らった。が、それも数日のことで。 「何を見てるんだい?」 唯一の女であったカーイトがピネジェムを睨みつけた。ねばっこい光をうかべた眼でピネジェムが彼女を凝視していたからである。 「何でもねえよ」 舌なめずりし、ピネジェムは顔をそらせた。 その時だ。セケムイブの声がした。歓喜の響きが滲んでいる。 「隊商だ。道に迷ったに違いない」 「ふふふ」 アシャイが立ち上がった。悪鬼の笑みを浮かべると、いった。 「食い物がきた」 |
■参加者一覧
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
トィミトイ(ib7096)
18歳・男・砂
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
ユイス(ib9655)
13歳・男・陰
スフィル(ic0198)
12歳・女・シ
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ● 「村があったでござる」 砂に刻み付けた影のひとつ。喜びの滲む声があがった。 声の主は猫の神威人である。綺麗なピンクの髪を風になびかせており、鋭い眼をしている。名は霧雁(ib6739)。 その霧雁の言葉通り、紅色の砂の海の中に黒々とした建物群が見えていた。 「助かったな」 髪についた砂をはらりと払い、濃い髭をたくわえたその男はニッと笑んだ。どこかふてぶてしい雰囲気がある。 男――アルバルク(ib6635)は傍らをゆく十八歳ほどの若者に眼をむけた。 若者――人間ではない。エルフであった。血管が透けて見えるほどに青白い肌をしている。 「よかったな、トィミトイ(ib7096)。狭いテントで寝る必要はなくなりそうだぞ」 「テントで寝ることなどどうということはない。俺は砂漠の民だ」 トィミトイと呼ばれた若者が当然だといわんばかりにこたえた。自尊心の強そうな若者ではある。 やがて隊商一行は村に辿り着いた。足を踏み入れた瞬間、しかし一人の娘がおびえたように立ち止まった。 十歳ほどの華奢で小柄の娘。ミユビトビネズミのアヌビスであった。 娘――ナジュム(ic0198)の異様な様子に、これは銀狼の神威人である娘が怪訝そうに問うた。 「どうかした?」 「雪刃(ib5814)……少し違和感は感じるんだ」 「違和感?」 雪刃と呼ばれた娘は、その怜悧そうな顔を村にむけた。 確かにナジュムの指摘通り変だ。村の通りには人の姿もみえず、声ひとつ聞こえない。 「廃墟なのか?」 陰陽狩衣をまとった、白髪の男が足を踏み出した。まだ若年のようだが、どこか大人びた雰囲気がある。修羅であった。 「ユイス(ib9655)様」 少年の手を、繊手がつかんだ。月雲左京(ib8108)という名の少女で、異様なほど白い肌の可憐な美少女であった。 「あ、あの」 「大丈夫だよ」 ユイスは優しく左京の手をはなすと、村の中に足を踏み入れた。周囲を見回す。 「これは……」 ユイスは屈み込んだ。地に残った赤黒い染みに手をのばす。 血だ。 「ぬっ」 はじかれたように、その男は弓に矢を番えた。よほど修練をつんでいるのか、その動きは流れるように美しい。 小麦色の肌。とがった耳。ダークエルフであった。名はリドワーン(ic0545)。 その時、街路に人影が現れた。 ● 現れたのは肉感的な美女であった。 「村の方ですか?」 礼儀正しく問うたのは十八歳ほどに見えるジルベリア人らしき娘であった。容姿は十人並といったとろか。ただ、その瞳には強い光があった。他者の幸せを願う強い光が。 娘――フェンリエッタ(ib0018)の問いに、カーイトと名乗った娘は頷いた。 「旅のお方。次の村まではかなり距離があります。今夜は、この村で休まれていってはいかがですか」 「ありがたいわね」 濃い化粧を顔に施した男が、顔をしかめつついった。そしてわずかに赤みをおびた腕を忌々しげに見下ろした。 「全く何処かの間抜けが道を間違った御蔭で此の有様よ。嗚呼ン、日焼けしちゃうじゃないの」 「こちらに」 カイートが歩き出した。その後を男――孔雀(ia4056)と霧雁が追う。 カイートが案内したのは村の中央であった。そこでは焚き火があり、それを取り囲むようにして四人の男達が座っていた。 「ひとつ」 火にあたりながら霧雁が口を開いた。 「他の村の方の姿が見えませぬが、どうかされたのでござるか」 「それは」 アシャイと名乗った男が辛そうに首を振った。それから村は襲撃にあったと切り出した。 「襲撃!」 左京が顔色を変えた。 「アヤカシでも、出られましたか…?」 「いや、賊だ」 「賊?」 リドワーンの眼が鋭くなった。 「どんな賊だ?」 「どんなって……賊は賊さ」 「では人数は? どんな武器をもっていた?」 「人数は……そうさなあ。二、三十人もいたっけか。武器は剣とか銃とかだったぜ」 「それくらいでいいだろう」 愛想良く笑うと、アルバルクはリドワーンに目配せした。あまり深く追求するなという意味だ。 と、カーイトが焚き火を指し示した。火の上には大きな鍋がかけられていおり、得体の知れぬ肉のようなものがぐつぐつと煮えている。 「旅のお方。どうだい。おなかもすいた頃だろう」 「おお」 霧雁が眼を輝かせた。 「襲撃を受けたとあれば、食料もあまり残ってはおりますまい。が、せっかくのご好意。いただくでござる」 霧雁が肉を口に入れた。咀嚼する。思ったより柔らかい肉であった。 「何の肉でござるか?」 「家畜の子供の肉さ」 ニヤリとアシャイが笑った。どこか寒気のする笑みである。 「さあ、他の人も食べてくれ」 アシャイが促した。が、孔雀は顔をしかめて立ち上がった。 「そんな不味そうな物を食えって言うの? 冗談じゃないわ」 「俺も遠慮する。こんな酷い臭いの肉など食えるものか」 トィミトイも立ち上がり、背をむけた。その背を五人の村人の眼が追う。その瞳の中、ちろと赤黒い火が燃え上がった。 その視線に気づいたか、アルバルクが肉を一切れ手にとった。 「悪いねえ、あいつ定住民嫌いなもんでよ。俺はありがたくいただくぜ」 「私はいいよ」 雪刃は屈託なくことわった。 「せっかく残ったものなんだから、無理をしてまでもてなしてくれなくていいんだ」 「私も遠慮させていただきます」 フェンリエッタもことわった。自身の備えもあるし、何より村の立ち込める異様な臭い――腐臭というのだろうか――のために食欲はわかなかった。 それに何より、フェンリエッタはある違和感にとらえられていた。 襲撃から間もない様子なのに、彼らは親切過ぎはしないか。依頼心や余所者への警戒心とも違う…少なくとも何かを奪われ失った者の態度ではなかった。 と、肉を口にした左京が突然立ち上がった。疲れたという。ユイスもまた立ち上がった。 「大丈夫かい?」 「それでは部屋に案内しよう」 カーイトが歩き出した。左京とユイスが従う。ちらりと四人の男達が左京の背に眼をやった。熱く潤んだ眼を。 小さなベッドがひとつおかれた小屋。カーイトが去ってから、左京は懐紙を開いた。中には肉片がある。 「これは人の肉です」 「人の肉!?」 さすがにユイスは声を失った。 「馬鹿な」 「いいえ。私にはわかるのです」 左京はいった。 そう、左京にはわかる。何故なら、彼女は人の、それも兄の肉を口にしたから。 どれほど前のことであったろうか。左京の双子の兄は人間の手により殺され、そしてあろうことか彼女は無理やりその肉を食べさせられたのであった。 「ボクは、君の近くに、きっといるから。何を置いても駆けつける。必ず」 灯火のように微笑みかけると、ユイスは小屋を辞した。そのわずか後、左京はその場に崩折れた。震える身体を自身の手で抱きしめる。 「わたくしは、何を忘れていたのでしょうか…」 左京の口から嗚咽がもれた。 ● 「襲撃が本当であれば自分達の食料を確保するのに必死、他に分け与える余裕なんてない筈よ。奇妙な話だと思わない? …その全く信用してないぜって目を向けるのやめて貰えるかしら、リドワーン」 「無理だ」 冷たくこたえ、リドワーンは孔雀から眼をそらせた。 「が、その話、まるきり信用していないというわけではない。むしろ」 リドーンの脳裏によぎるもの。それは生き残りの五人の眼であった。 あの眼をリドワーンはよく知っている。獲物を狙い定めるような、ギラついた目差し。まさしく狩人の眼だ。 「なら話は早いわ」 孔雀は薄く笑うと、広場にむかった。そして一人残っていたセケムイブを誘った。食料庫を見せて欲しいといって。 同じ時、トィミトイは一人村の中をうろついていた。考えているのは防衛策である。もし賊の話が本当であるなら、再びの襲来があるかもしれないからだ。 と、気配を感じ取り、トィミトイは振り返った。闇のなか、うっそりと佇む人影がある。カーイトだ。 「少し話でもしない?」 艶然とカーイトは微笑んだ。 粗末なベッドに横たわり、雪刃は眠りに落ちかけていた。仲間から警戒するようにと警告を受けていたが、雪刃の場合、それは一応といった程度にすぎない。それは用心するまでもない彼女の腕の冴えのせいでもあるのだが――。 ぴたり。 首に冷たい感触をおぼえ、雪刃は眼を覚ました。 左京は眼を閉じ、ベッドに身を横たえていた。緩やかな胸の動きは眠っているよう。が、眠ることなどできるはずはなかった。 と、左京は違和感をおぼえた。蜘蛛の糸のようなものが絡み付いてくる感覚。視線であった。 「痛ッ」 闇に小さく呻く声がした。呼応するようにカッとナジュムは眼を見開いた。 殺気を感得した瞬間、ナジュムは臨戦態勢に滑り込んでいる。さすがに暗殺を担う一族の出身だけあった。 が―― 殺気が消えた。 ● セケムイブが背にまわした剣をゆっくりと引き抜いた。その眼には憎悪の光がある。 「さっき、肉を不味そうとかぬかしたな」 「いったわ。それがどう」 孔雀がこたえ終わらぬうち、セケムイブの剣が唸りをあげた。刃が孔雀の腹を突き刺し――いや、とまった。呻くセケムイブの背には矢が突き立っている。 「くっ」 咄嗟に横に跳んだセケムイブは見た。闇に潜むリドワーンの姿を。 「正体をあらわしたわね」 孔雀がニンマリした。その手から符が飛んだ。術式展開。それは空でカマイタチと泥濘に変化し、セケムイブに襲いかかった。 「あっ」 呻いたのは孔雀であった。その腹には深々と剣が突き刺さっている。術式展開と同時にセケムイブが剣を投げたのである。 血飛沫を散らせつつ、セケムイブが孔雀との距離をつめた。剣を引き抜き、跳ぶ。 「逃がさん」 リドワーンが矢を放った。が、矢は空しく流れすぎた。 「くたばれ」 セケムイブがリドワーンの背後に降り立った。瞬間、リドワーンの身が旋回する。 横薙ぎの姿勢のまま、リドワーンの動きはとまった。その手には黒い刃を持つ曲刀型の暗器が握られている。 首から鮮血を噴きつつ、セケムイブがばたりと倒れた。 雪刃が眼を開いた。ピネジェムと名乗った男が見下ろしている。その手の刃が彼女の首に凝せられていた。 「声を出すな」 ピネジェムがいった。そして舌なめずりした。 「へっへ。美味そうな女だな、お前。最初見た時から眼をつけてたんだ」 ピネジェムが雪刃の身体をまさぐった。されるがままになりながら、しかし雪刃の手はそろりとベッドに立てかけた大太刀にのびていた。 「私の肉体が目当てなの?」 「だけじゃねえ。肉体を味わった後、お前の肉を味わってやる」 「肉?」 咄嗟に雪刃には言葉の意味が判じかねた。が、その戸惑いとは別に雪刃の手は素早く動いた。逆手に刃をはしらせる。ピネジェムがベッドから転がり落ちた。 「くそっ」 ピネジェムが立ち上がろうとした。が、疾風の速度で雪刃が間合いを詰める。 刃鳴り。同時に轟音。 地には雪刃の刃に縫いとめられたピネジェムの姿があった。その手には紫煙を立ち上らせた短銃が握られている。 「殺すのを躊躇うほど青くはないけれど。でも……」 肩を撃ちぬかれた雪刃ががくりと膝を折った。 ナジュムは小屋から飛び出した。人影はない。が、彼女の超人的な聴覚は走り逃げる足音をとらえている。 足音を追ってナジュムは走り出した。と、突如、足音はとまった。わずかの後、ナジュムは路地から出た。そこは隊商の荷がおかれている広場であった。 揺れる焚き火。その前にメティの姿があった。荷の側にはフェンリエッタと霧雁の姿も見える。二人は夜通し動くことが可能なのであった。 「…やっと正体を現したね」 ナジュムが歩み寄っていった。その様子には怯えたところなど微塵もなかった。 「とぼけても無駄だよ。その足の傷は僕の撒菱を踏んでできたものだよね」 「左京さんがいっていた。あの肉は人のものであると。間違いであってくれと願っていたのだけれど」 哀しげな呟くと、フェンリエッタが抜刀した。 その瞬間である。メティは二丁の短銃を抜き払った。 咄嗟に反応したのは霧雁であった。秘術、夜、発動。瞬間、彼以外のすべてが凍結した。 霧雁は礫を掴んだ。が、遠い。 刹那、時が動き出した。メティが弾丸をばらまく。 わずかに遅れてメティの手から短銃が落ちた。彼の手に雷気らより練成された手裏剣が突き刺さっている。 「くそっ」 メティがナジュムに残る短銃の銃口をむけた。が―― 一瞬後、その手の短銃は霧雁の手に移っていた。さらにその一瞬後、フェンリエッタの刃がメティの首に凝せられていた。 「あいにくだけど、僕達は『ジン』持ち、なんだよ…」 その時、銃声が鳴り響いた。 ● 白光が逆さまに流れた。軽々と跳び退ったトィミトイは、地に着くより早く太刀――獅子王を抜き払っている。その身体には血の筋がはしっているが、致命傷ではなかった。 愕然としてカーイトが眼を見開いた。 「どうして」 「騙し切れると思ったか? 舐めるなよ、素人風情が」 冷酷に告げると、トィミトイは刃で地の砂をはねあげた。 いかにジンに目覚めようと、彼からしてみればカーイトは戦いの素人であった。同じジン持ちである以上、素人は玄人に勝てない。 反射的にカーイトは眼を閉じた。そして二度とその眼が開くことはなかった。 キンッ、と。 澄んだ音が響き、闇に雷火が散った。 空で噛み合う刃。アシャイの剣と左京の太刀――童子切である。 アシャイが苦く笑った。 「起きていたか。せめて気づかないうちに殺してやろうと思ったのに」 「食人鬼、と言う者ですか。……どうしてこのようなことを」 「生きるためだ」 アシャイの眼が青く光った。鬼火のように。 「そのために……村の方々を殺したのも貴方達なのですか」 「そうだ。生きるためには食わねばならない。所詮、この世は弱肉強食よ。強い俺達が弱い奴らを喰らって何が悪い?」 「まるで…わたくしの、里のようで御座いますね…。いえ、それよりも…」 嘆くが如く呟いて、左京が声を失った。 次の瞬間、アシャイがよろめいた。背後の戸口、ユイスの姿が見えている。その二指の間には呪符がはさまれていた。 「僕は必ず駆けつける。そう約束しただろう」 「ユイス様」 気死しかかっていた左京の胸の中に何かが燃え上がった。その熱に突き動かされるように左京の刃が舞った。 ● 翌日早々、隊商は出発した。唯一の生き残りであるメティは縄で縛り、引いていくことになった。 孔雀はちらとメティに眼をやり、嘲笑った。 「美味しそうな餌が来たとでも思ったのかしら。ンフフ、随分と侮辱されたものねぇ」 「人を喰らってまで生きようとする、それ程の執着は少し、羨ましい気もする。しかし、人とは哀しい生き物だな」 「誰も同じでござるよ」 フェンリエッタにむかって霧雁はいった。人は誰も心の中に闇をかかえている。魔道に堕ちる可能性は誰にでもあるのだ。 呪われた村。それは今、砂嵐に隠されていた。 |