|
■オープニング本文 ● 遂に発令された東房開放作戦は、敵味方双方に大きな衝撃を与えた。 これまで、公には作戦の主目的は理穴だとされており、事実幾らかの前哨戦が展開されつつあったのである。 ところが神楽の都を発った各国の援軍は一路その足を東房方面へと向ける。 敵にはもちろん、末端の兵士たちも多くはこのことを知らされておらず、彼らは飛空船の船上で、あるいは精霊門を前にして本命の討伐目標を知らされたのである。我等の行き先は東房である、と。 『おのれ。小癪な真似を』 軍勢の動きがおかしい、と伝えられた目玉アヤカシがうなる。 『黄泉さまに直ちに報告を入れよ。人間どもめ、我等を欺こうというのであろうが、そうはいかん……』 黒い影が、ふわりと闇に溶けて消えた。 ● かつてないアヤカシに対する反抗作戦が開始されていた。天儀各国のみならず、ジルベリアや泰国、果てはアル=カマルや陽州の修羅までもが参加するという軍勢としては史上最大規模のものであった。 「しかし」 開拓者ギルド長である大伴定家は焦りの滲んだ渋い顔で口を開いた。 今回の作戦の最終的な標的は大アヤカシ「黄泉」である。黄泉を討たねば戦略的には失敗といってもいい。 が、だ。その「黄泉」について人類はあまりに知るところが少なかった。わずかな伝承を耳にしているのみだ。 美麗な人の姿をとることもあるし、また漆黒の巨龍に変化することもある。が、その実態は何もかも飲み込む暗黒の存在であるという。 それが果たして真実であるのか、どうか。また弱点があるのか。何を企んでいるのか。それらは濃い霧の彼方にあった。 遅きに逸したといえるが、ことここに至り、ようやく定家は決意した。ある依頼を出すことに。それこそは大アヤカシ「黄泉」の調査である。 定家は開拓者を見回し、続けた。 「これは容易なことではない。黄泉がひそむのは魔の森の奥。踏み込むことすら危険である。その上で黄泉について少しでも調べなければならない。臨むのは当然少数精鋭ということになろう」 ならばこそ危険なのであった。大アヤカシは本来国家級の脅威である。いかに開拓者とて数人で敵するべくもなかった。まさに竜車に歯向かう蟷螂の斧。もし黄泉に気取られたなら瞬時にして踏みにじられてしまうに違いなかった。 「黄泉の調査。これは死地に臨むと同義である。それでもいく者はいるか」 定家は問いかけた。 ● 陽光は燦々と降り注いでいる。が、その森はただひたすら昏い。 漂う黒霧のようなものは瘴気であった。通常人であればたちまちの内に狂死してしまいかねないほど濃密な暗黒の吐息。 その瘴気の奥。さらに黒々とした闇があった。それは光すら飲み込んでしまう底知れぬ深淵を思わせるもので。 と、突如瘴気の中に別の黒々としたモノが現出した。 霧状の黒いもやを纏った巨大な眼。闇目玉である。 闇目玉は人間達の真の侵攻先を告げた。それは東房である、と。 が、闇の奥から返ったのは気だるげな笑い声であった。 「虫けらども、なかなかに楽しませてくれる。久しぶりの遊びなのだ。せいぜい足掻いてもらわなくては、な」 闇の中、視線が動いたようであった。その先―― 女が一人立っていた。見たところは二十代半ばほど。が、その眼には若者のみがもつ青春の輝きはない。あるのは老婆のもつ英知の光だ。 女はその瞳に憂慮の色をうかべた。 「人間ども。しばらく見ぬうちに賢くなっておりまする。あまり侮られぬ方がよいかと」 女はいった。 というところをみると女はアヤカシであるのだろうか。いいや、違う。存在感というのだろうか。それは明らかにアヤカシのものではない。 では人間か。 違う。ここは魔の森の奥だ。立ち込める濃密な瘴気の中で人間は生きてはいけぬ。それなのに女は平然と立っている。まるで空気のように瘴気を吸い込んで。 「ふふん」 闇の中の声は面白そうに笑った。 「では見せてもらおうか。虫けらの力を」 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓
サラーム(ic0744)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ● 薄霧のような黒い靄が辺りを覆っている。濃密な瘴気だ。 その瘴気を泳ぐようにゆく人影があった。 数は十。 開拓者である。 「こ、これが魔の森」 綺麗なブラウンの髪の少女がごくりと唾を飲み込んだ。あどけなさの残る可愛い顔立ちをしているが、今は怖気に表情を強張らせている。 名をサラーム(ic0744)というそのアヌビスの少女は、恐怖に震える手を、しかし力いっぱい握り締めた。 「怖い、けど、頑張らなきゃ…! 平和にするには、きっと、怖いことも、嫌なことも、しなくちゃいけない。だって私は、平和って名前を、貰ったんだから」 「あまり気張らねえ方がようござんすよ」 ニッと傍らの男が笑んだ。禿頭で、ぎょろりとした眼が胡散臭そうであった。 「あっしもおっかねえでやすからね」 男――雨傘伝質郎(ib7543)と再びニッと笑った。 「その男のいうことも間違いではない」 サラームの背後から声がした。振り向いたサラームの眼前、倣岸に顎をあげた男が一人立っている。見たところは十代半ばほど。成田光紀(ib1846)という陰陽師であった。 光紀は薄く笑うと、 「ここは鬼が跋扈する冥府魔界。今からそれでは身がもたんぞ」 「鬼が跋扈する、ねえ」 皮肉に口をゆがめたのは妖艶な美女であった。開いた胸元からは豊かな胸の谷間が覗いている。名は北條黯羽(ia0072)といい、この女もまた陰陽師であった。 確かに鬼が跋扈する、と黯羽は思った。何故なら彼女達が目指しているのは、狂気の鬼である羅刹童子が迎撃に出て来た石伏山であったのだから。 「待て」 男が地に耳をつけた。しなやかな肢体は幾多の修羅場を潜り抜けてきた者特有の俊敏さを秘めているようで。玖雀(ib6816)である。 「何を」 戸惑ったように十代半ばほどの少女が声をかけようとした。やや勝気そうな美麗な相貌で、髪をツインテールにしている。藤本あかね(ic0070)であった。 と、あかねの肩を掴んで制止した者があった。怜悧そうな眼と冷然たる顔立ちの若者。劫光(ia9510)である。 「あいつの聴覚は常人のそれとは違う。任せておけ」 劫光がいった。その直後のことである。玖雀が顔をあげた。 ● 「近くに何かいる」 玖雀がいった。彼は遠くで響く足音を聞き取ったのである。 開拓者達の間に緊張の波が伝わった。ここはアヤカシの巣窟なのだ。下手に戦闘に巻き込まれることだけは避けたい。 「俺がやる」 ひどく落ち着いた声音で、その男はいった。 人間ではない。尖った耳と褐色の肌。ダークエルフであった。 男――リドワーン(ic0545)は背に負った弓をを手にすると、弦をぴいんとはじいた。硬質な澄んだ音が辺りに響いていく。 リドワーンは眼を閉じ、耳を澄ませた。広がる音は特殊なものであり、共振の差により彼はアヤカシの存在を感知できるのであった。 「アヤカシだ。一体」 「今度は俺がやるぜ」 黯羽が紙片を手にした。呪符である。 黯羽が息を吹きかけると、呪符の結界が解け、術式が発動した。符がたちまちのうちに梟へと変化する。 梟が飛び立った。わずか後、黯羽が声をひそめて告げた。 「鬼だ。こっちにきやがる」 「私の出番ね」 あかねは周囲を見回した。木陰がある。 仲間を促し、あかねは木陰に身を隠した。そして地に手をつけ、呪文詠唱。あかねの手を中心として円形の呪法陣が展開した。 「これは?」 あかねの傍らで姿勢を低くしている男が問うた。 「あなた……ええと」 「エリアス・スヴァルド(ib9891)だ」 がっしりとした体躯の、四十代後半に見えるその男はこたえた。どこか無頼の風であるが、時折のぞく品の良さから、男が元はジルベリア帝国の貴族であったことが察せられた。 「これは征暗の隠形という陰陽術よ」 あかねとは別の声が返された。やや高い声。 声の主は男であった。派手な身なりで、顔には白粉を塗りたくっている。 男――孔雀(ia4056)はちらりと呪法陣を見渡した。 「ふふん。小娘にしてはやるわね」 「ありがとう、オジサン」 あかねが孔雀を睨みつけた。ぎらっ、と一瞬孔雀の眼の奥に炎が燃え上がる。 その時、少し離れた木立ちの間から異形が姿をみせた。 身の丈は三メートルほどもあろうか。二本の角と、獣の牙をもっている。 鬼。おそらくは羅刹童子配下のアヤカシであろう。 眼から赤光を放ち、鬼は瘴気を引きずりながらゆっくりと歩を進めていた。息をひそめ、開拓者達はじっとその様子を見守る。 永劫とも思えるときが過ぎ、開拓者達はつめていた息を吐き出した。すでに鬼の姿はない。 やれやれとばかりに伝質郎は額にういた汗をぬぐった。 ● 「ンン〜…喉の奥に引っ掛かる様な濃厚で淫靡な香り」 闇の中、孔雀がため息をこぼした。そして、くくく、と忍び笑った。 際限の無い欲望、そして業が具現する魔の森。その中で気の遠くなるほど眠りについていたという黄泉。それはまるで全てを喰らう大アヤカシ・黄泉が人類が成長するのを待っていたとでもいうようではないか。 「貪欲だわぁ。黄泉って」 「黄泉、か」 水を口に含み、木にもたれた光紀は虚空に視線を投げた。 「そういえば思い出したことがある。全てを知りたければ、冥越へ行くがよい。そこで絶望の扉を開くことになる。過日聞いた不厳王よりの言であるが、成程、まさに黄泉の道行きかね。面白いものではないか」 「何にも面白いことなんてありやせんぜ」 伝質郎がぶるぶると身を震わせた。そして恐怖に駆られたかのように周囲を見回した。 魔界の夜。用心に用心を重ねたとしても無駄にはならない。 とはいえ、その態度はともかく、伝質郎の眼には恐怖の色はなかった。あるのは狐のような狡猾な光である。 「そろそろ眠った方がいい」 同じ班である孔雀と伝質郎、そしてあかねを促すと、エリアスは横になった。その傍ら、リドワーンが酒を飲んでいる。美味そうに、ではない。胸の中の孤独を埋めるように。 と、エリアスの脳裏に疑念が浮かび上がった。 そのひとつは穂邑を狙った異様な者達だ。炎に掻き消えた、人の身でありながら瘴気を蓄え操る者。彼らは一体何者であり、何を企んでいるのか。 そして蛮十郎と呼ばれた男。遭遇した開拓者の話によれば、蛮十郎は桁違いに強力な力をもっており、かつ黄泉の配下であるらしい。もしかすると蛮十郎もまた魔の森の中にいるのかも知れなかった。 「大アヤカシと護大、か」 エリアスは我知らず呟いていた。 「もしかすると魔の森に護大が隠されているのかもしれんな」 「かも知れねえなあ」 寝袋の中から低い声がした。黯羽だ。しかし、と黯羽は続けた。 「それよりも、まずは黄泉さ。奴のことを少しでも探りださなきゃあ、こんなヤバいところまで来た甲斐がねえからな」 いうと、黯羽は眼を閉じた。 がさ、という物音に、びくりとしてサラームは振り返った。 「今のは」 「心配はいらん。風が梢を揺らしただけだ」 玖雀がいった。彼の視覚はこの時、聴覚と同じく超人的に域にまで高められている。 緊張を解くと、サラームは自身に言い聞かせるように呟いた。 「きょ、恐怖は…最大の、身を守る術、なはず、ですから…!」 「そのとおりだ」 劫光が頷いた。微笑すると、サラームは手帳に眼を戻した。羽根ペンで地図作成を続ける。わずかな月明かりがあるので、それほどペンを走らせるのには困らない。 今度は劫光が微笑をもらした。実は彼には幼い頃に亡くした妹がいたのである。その妹の面影を無意識的に彼はサラームに重ねたのだ。もし妹が生きていたら、これくらいの年頃であろう。 劫光は玖雀に眼を転じると、 「すまんな」 「すまん? 何がだ」 「この依頼に巻き込んだことだ。下手をすれば」 「いうな」 背をむけたまま、玖雀はいった。 「まだ黄泉と戦うには情報が足りねぇ。死地だろうとなんだろうと、誰かが手掛かりを掴みにいくほかねぇんだ。それに」 ふっと小さく玖雀は笑った。 「お前の頼みを断われるわけねぇだろうが。好きに使え。目にも耳にもなってやる」 ● それは三日めの昼頃のことであった。 突如足をとめると、光紀は懐中時計に視線をおとした。 「おかしい。瘴気が流れている」 「瘴気の流れ?」 あかねが懐中時計を覗き見た。確かに針が振れている。あかねが眼を見開いた。 「もしかすると」 「ああ。そこに黄泉がいるのかもしれない」 光紀は頷いた。 その時だ。ざん、と梢をゆらし、何かが空に飛び立った。 翼の生えた人型のモノ。それには角があった。鬼だ。 「見張りの鬼だ。まずいぜ」 玖雀が土鬼という名の自在棍を手にした。傍らで伝質郎がニヤリとする。 「ちょうどいいでやすよ。奴さんに黄泉のところまで案内してもらいやしょうよ」 「だめだ」 リドワーンが弓に矢を番えた。飛行する鬼を狙う。 「黄泉のところにいけばいいが、奴のむかう先が羅刹童子だった場合、どうなる? この依頼は失敗となるぞ」 リドワーンが矢を放った。それは流星のように空を疾った。羽ばたきひとつし、鬼が地に落ちる。開拓者達が駆け寄ると、地には一本の矢が落ちていた。おそらく鬼は瘴気へと還元されたのであろう。と―― 玖雀が地に耳を押し当てた。 「何か、来る。隠れろ」 玖雀が命じると、開拓者達が木陰に飛び込んだ。光紀が結界を張る。 そのわずか後のことである。黒霧を割るように何かが姿をみせた。 それは人に見えた。二十代半ばほどの女。が、人間が魔の森にいるはずがなかった。 女の姿が遠ざかるのを待って、リドワーンが弦をはじいた。ややあって見開かれたリドワーンの瞳には驚愕の色が滲んでいた。女の存在を探知することができなかったのである。 「人間? 馬鹿な」 呻くリドワーンの脳裏で、明滅するある思考があった。それは大アヤカシである生成姫の子供たちが浚われた一件である。 判明したことが幾つかあった。亞久留という古代人が人間を瘴気の中で生かす『古の術』を所持していたこと。そして子供たちは古代人の同胞、あるいて後継になるべき素材であったこと。また生成姫との契約…つまり古代人と大アヤカシは利害関係での繋がりがあったことなどだ。 「もしや古代人?」 「追うぜ」 黯羽が眼をむけると、伝質郎が頷いた。 ● 「黄泉様」 女が恭しく膝をついた。その前には積まれた人骨に座した男が一人。 とてつもなく美麗な男であった。が、その美は暗黒の美である。どこか腐っていた。 「娘はどうなっている?」 黄泉が問うた。すると女は空しく顔を伏せた。 「申し訳ありませぬ。いまだ」 「ふん」 黄泉は嘲るように笑った。 「古代人の力はそんなものか。穂邑という娘を拠り代とし、護大を新たに取り込めというたは貴様らの方ではないのか」 「……あれが黄泉かい」 木陰に顔を引っ込めて黯羽が問うた。すると伝質郎が小さく頷いた。彼は、女と黄泉のやり取りを超人的聴覚によりとらえていたのである。 「そうか。あれが黄泉か」 再び黯羽が顔を覗かせた。そして気づいた。知らぬ間に全身を冷たい汗がぬらしていることに。いや、恐怖に身体を縛られているのは彼女だけではない。開拓者すべてがそうであった。黄泉を前にして、原初的な恐怖に彼らはとらえられていたのだった。 と、黯羽は異変に気づいた。孔雀の姿がない。 「こいつは……まずいぜ」 その孔雀は黯羽達から離れた位置で結界をしいていた。ニンマリすると符を取り出す。 「知りたいんでしょう…人間がどの程度成長したのか。フフ…貴方の力、見せて頂戴」 孔雀は符に腐った花の匂いのする息を吹きかけた。 ● ちらりと黄泉の視線が動いた。その眼前、梟が空を舞い――消えた。 「ほほう」 ニヤリとすると、黄泉が立ち上がった。はじかれたように劫光が振り向く。 「まずい。黄泉に気づかれた」 黯羽が木陰に身をひそめた。光紀が結界を張る。その眼前、黄泉が総べるに歩を進めてくる。 開拓者達は息をつめた。とてつもない緊張にサラームは身を震わせた。大声をあげて逃げ出したい衝動を必死になって抑えつける。 と、黄泉の足がとまった。優しそうな微笑みをうかべ、顔を開拓者達にむける。 「そこか」 「待ってくだせえやし」 伝質郎が飛び出した。 「あっしらに敵意はございやせん。道に迷っただけでごぜえやして。土産も行き掛け駄賃もご無用にございやす。さっさとお暇いたしやすんで」 「ならぬ」 黄泉の眼が金色の光を放った。 「おおっ」 叫びつつ、劫光が印を素早く結んだ。すると彼の眼前に六つの呪字を結んだ六芒星が浮かび上がった。明滅する呪字の意味するところは死、破、怨、闇、獄、炎である。 同じ時、光紀もまた印を結んでいた。その背後に冷気を纏う白銀の龍が如き朧の影が現出する。彼が召還した式だ。 六芒星の呪力を吸い込んで、その中心から何かが空を疾った。黄泉めがけて。さらに白銀の龍が氷嵐を吹きつける。 「ふふん」 黄泉が笑った。平然と。劫光と光紀の攻撃を微風ほどにも感じていない様子であった。 「これならどうだ!」 あかねの手から符が飛んだ。それは空で結界を解かれ、術式を発動した。鬼に変化する。 鬼が黄泉に襲いかかった。が、黄泉に触れた瞬間、突如鬼が消えた。 「消滅した? いや」 喰われた、とリドワーンには感じられた。同時に彼は矢を放った。矢はうっそりと立つ黄泉を貫き――消えた。 「やろう!」 今度は黯羽が怨霊を黄泉に叩き込んだ。続けて劫光と光紀も。が、黄泉に動じた様子はない。 「……何なのだ、こいつは」 エリアスが呻いた。彼ほど剛毅な男の胸を絶望がどす黒く染め上げつつある。 当然だ。開拓者の攻撃が全く通じない。大宇宙の深淵を前に、人間は何をすることができるだろう。 初めてエリアスは、いや開拓者達は自身の死を幻視した。 「人間の力とはこんなものか」 黄泉があくびをもらした。すると、黄泉の傍らに男が現出した。 「黄泉様。これからは。この蛮十郎にお任せを」 男――蛮十郎の声の尾が途絶える前に、その姿が消えた。一条の稲妻と化し、空間を駆け巡る。数瞬の後、再び蛮十郎が男の姿を取ったとき、地には開拓者が這っていた。 「黄泉様に手をかけようとは愚かな虫けらども。その罪、せめてうぬらの命で償え」 蛮十郎の手に紫電がからみついた。と、その眼前を黄泉の手がふさいだ。 「待て。こやつら、生かしておけ」 開拓者達を見下ろすと、黄泉はくつくつと笑った。 「人間など足元を這う蟻と同じと思っていたが、なかなかに面白い。それに」 黄泉が視線を投げた。離れた木陰にむけて。 「仲間を犠牲にし、我の力をはかろうとする、か。その非道、冷血。人間にしておくのは惜しい。気に入ったぞ」 黄泉が背を返した。後に蛮十郎が続く。 ややあって木陰から孔雀が姿をみせた。その背は戦慄に震えている。それは性的興奮にも似ていた。 「大アヤカシ、黄泉。貴方の力、確かに見せてもらったわ」 |