【新大陸】蠍の王
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/03 04:41



■オープニング本文

 嵐の門の向こうにあると推測される、新たな儀『あるすてら』を発見せよ。
 『あるすてら』を見出すために、飛空船使用を許可する。

 一三成か、大伴定家か。
 その文書に花押を記した者の名には二通り、文書の内容は受け取る者の立場で幾つかあれど、目指す場所は一つ。
 嵐の門解放がなり、いよいよもって『あるすてら』の存在が現実味を帯びてきたと判断した朝廷は、その探索を改めて命じていた。朝廷に忠誠を誓う者には命令を、新たな土地に利益を求める者には許可を、居並ぶ国々には要請を。

 受ける側には功名心に逸る者、まだ形のない利益に思いを馳せる者、他者への競争心を熱くする者、ただひたすらに知識欲に突き動かされる者と様々だ。
 人の数だけ動く理由はあれど、嵐の門も雲海も、ただ一人で乗り越えることなど出来はしない。
 『あるすてら』を目指す者は寄り集まり、それでも心許ないと知れば、開拓者ギルドを訪ねる。
 新たな儀を求める動きは、これまでとは異なる多くの依頼を生み出していた。


「どうして船にのらないの」
 咲羽の問いに、湊人は躊躇うことなくこたえた。
「俺は夢を応援してやりたいんだ」
「夢を?」
「ああ」
 湊人は肯いた。
 ここは鬼咲島。嵐の門の近くに浮遊する島である。
 新たな大陸を目指す人々の手により、この島は発見された。その後砦が築かれ、今では嵐の門を潜り抜ける際の重要な中継地となっている。
 その砦で湊人は働いていた。主に砦の警備の任についている。
 湊人は続けた。
「夢を、というより夢をもった人をといった方がいいかな。この鬼咲島は夢への入り口だ。俺はこの地を守る。夢をもった人々が安心して訪れられるように。そして力強く旅立てるように。それが俺の夢だ」
 湊人は楽しそうに微笑んだ。
 その湊が魔の森に消えてから数日経つ。捜索隊が結成され、魔の森に入り込んだが、彼らもまた帰って来なかった。
 それで捜索は中止された。すでに湊人は死んでいると皆はいうが、咲羽は信じなかった。だから――
「お願いします。湊人を見つけてください」
 鬼咲島を訪れた開拓者の前で咲羽はいった。


 魔の森に入ってまもなくのところ。
 それは、いた。
 浅黒い肌の男。隆々たる筋肉の持ち主だ。
 眼は鋭く、金色に光っていた。魔眼である。
 時折鋼を打ち合わせるような音が響いていた。巨大な鋏がたてる音だ。
 それは男のものであった。下半身が蠍なのである。
 ぐぎぎ。
 男の口からくぐもった声がもれた。すると男の周囲で幾つもの人影が立ち上がった。
 枯れ木のような彼らは木乃伊のように見えた。身形からして砦の者であろう。
 蠍の鋏が木乃伊の首を断ち切った。
 あまり面白くない。それよりも空腹だ。
 蠍の王は咆哮をあげた。


■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009
20歳・女・巫
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ


■リプレイ本文


 生暖かい、どこか黴臭い風が吹きつけてくる。
 瘴気だ。吸い込めば肺はおろか、身体中が生き腐れていきそうな気がする。
 そこは魔の森の入り口であった。
 我知らず、一人の娘が周囲を見回した。怨念で形作られたような、不気味な形態の黒々とした木々が鬱蒼と茂っている。常人ならば立ちすくんでしまいそうな光景であるが、その流麗たる娘の気を挫くことは不可能であるようであった。
「このような不浄の地にたった一人で」
 湊人のことを想い、志野宮鳴瀬(ia0009)という名の巫女は素早く印を組んだ。
 次に鳴瀬は手をのばし、傍らに立つ同じ年頃の娘につっと指先で触れた。
 祈る。精霊力が展開し、高圧の呪力結界が娘の身体を包み込んだ。
 驚いたように、その娘が顔をむけた。こちらは鳴瀬と違い、溌剌とした娘であった。動きやすくするためか白銀の髪を無造作に後で束ねている。
 名を水鏡絵梨乃(ia0191)。泰拳士である。
「何だい、これは?」
「加護結界です。いつアヤカシと遭遇してもおかしくはありませんから」
「ありがとう」
 思わずといった様子で絵梨乃が鳴瀬を抱きしめた。対する鳴瀬は戸惑ったふうだ。これほどの感情の発露に鳴瀬は馴れていない。
「い、いえ‥‥えっ!?」
 鳴瀬は眼を瞠った。
 いつの間にか鳴瀬の袖口から絵梨乃は手を差し入れていた。のみならず鳴瀬の乳房の大きさや感触を確かめるかのように揉んでいる。
 絵梨乃は先ほど古酒を飲んでいた。酔っているのかもしれないが――。
「あの」
「いいの」
「ほう」
 と、溜息をもらしたのは別の娘だ。年頃は鳴瀬や絵梨乃と同じくらい。こちらは花の香りが漂っているかのような艶やかな娘であった。
 緋神那蝣竪(ib0462)というシノビであるのだが、この娘、実は鳴瀬と絵梨乃の様子に胸をときめかせていた。
 そしてもう一人、複雑な想いを抱いている娘があった。
 志藤久遠(ia0597)。恐るべき戦闘力を秘めた志士だ。
 この娘、美しさという点においては他の三人と同位――いや、むしろより美形であるかもしれない。しかし印象はまるで違う。胸も腰も発達しており、肢体的には見事であるのだが、全く色香というものを感じさせないのだ。
 その久遠が何故複雑な想いを抱いたか。それは以前の依頼に起因する。
 かつて久遠は巫女姿のアヤカシと戦ったことがある。その際、彼女はアヤカシに誑かされ、肉の悦びに狂った。そして仲間を襲ったのである。
 女と女がからみあう。そのような様を見る度、久遠は砂を噛むような想いを味わうのだった。
「いいかげんにしてください」
 久遠が口を開いた。声に、彼女自身気づかぬ怒気がこもっている。
「ここは魔の森の中ですよ」
「だからどうしたの?」
 ふふ、と。不敵に笑ったのは久遠よりも年下の少女であった。
 年齢は十八ほどか。小柄で、どちらかというと幼い顔つきをしていた。
 が、その愛らしい相貌に浮かぶ笑みの禍々しさはどうだ。とても若年の少女とは思えない。
 少女――霧崎灯華(ia1054)はニタリとすると、
「何が出てくるか楽しみだわ♪」
 足の向きを変えた。
「どこへ行く気です?」
 一人の若者が呼びとめた。
 大蔵南洋(ia1246)というサムライで、年齢は二十五であるのだが、とてもそうは見えない。凶悪そうな顔つきが原因でもあるのだが、どうも年寄りじみた雰囲気がする。それは桁違いの胆力と冷静さからもたらされるものであるのだが――。
 灯華は背をむけたまま、
「一人でいかせてもらうわ。一人で森に入った奴の気持ちなんか、一人にならないとわかる訳無いし」
 こたえた。再び歩を進める。群れるのは苦手であった。
 南洋は慌てて、待て、と叫んだ。
 いかに開拓者であろうと、魔の森を一人でいくのはあまりに危険であった。少なくとも戦力は減るわけであり、また危急の際には手をとられることもありうる。
「いいではないか」
 一人の男が南洋を遮った。
 年齢は四十ほど。南洋よりも遥かに背が高い。細身だが、がっしりと引き締まった体躯の持ち主である。
 南洋の眼が光った。男の全身から放散される妖気じみた昏い気を感得したのである。
「竜の神威人。‥‥確かカルロス・ヴァザーリ(ib3473)殿と申されたな」
「ああ」
 肯くと、カルロスは灯華の背に眼をむけ、唇の端をわずかに吊り上げた。
 カルロスは灯華の中に己と同じものを見ていた。それは獣である。破壊衝動といってもよい。
 その獣が、胸の内の闇淵の中で牙をむき、天にむかって咆哮をひしりあげている。飢えているのだ。その飢えを満たすため、カルロスはアヤカシ殺す。それは灯華という小娘も同じであろうとカルロスは思うのだ。
 カルロスはいった。
「放っておけ。あの小娘を――獣をとめることは誰にもできぬ」


 永劫にも似た時が流れた。
 どれほど時が経っているのか、感覚としてはすでに開拓者達にはわからない。発動した術の効果持続時間のみが唯一手掛かりとなっていた。
「湊人殿は大丈夫であろうか」
 口を開いたのは八人めの開拓者であった。
 名は紬柳斎(ia1231)。男名前であるが、実は女である。
 確かに相貌は細く整っており、頬は磁器のように白く滑らかだ。巫女装束に包まれた身体の線は柔らかい。が、腰におとしているのは剛なる業物である。
「魔の森で数日、志体持ちであるならばまだ望みはあるでしょうが‥‥」
 久遠が言葉を途切れさせた。そして小さく首を振った。
「いえ、諦めないからこそ出された依頼。なれば受けた私達が諦めるわけにはいきますまい」
「そうだ」
 南洋が大きく肯いた。物事に当たる時、人は希望を抱かねばならない。
 希望は奇跡を呼ぶ。絶望した時、人はすでに敗れているのだ。
「最後まで望みは捨てずに捜索にあたるべきであろう。依頼人の心痛を察すれば猶のこと」
「私も湊人さんが生きている方に賭けたいわ」
 那蝣竪が同意した。もし湊人が生きてあれば咲羽と結ばれるかもしれない。そうなれば子が生まれるだろう。
 まだ見ぬ家族の姿を那蝣竪は見た。その美しきものを壊させてなるものか。
 那蝣竪は続けた。
「人々の夢の架け橋になろうとしてる、素敵な人だもの。こんな所で果てたりしないわよ、きっと。彼が守ろうとした夢はいつか世界の闇を切り払い――あっ!」
 那蝣竪が愕然たる声を放った。そして南洋を見た。
「捜索隊や湊人さんのことを聞いていたわよね。確か湊人さん、神楽の都から取り寄せたものがあったとか」
「ああ」
 南洋は肯いた。
「何かの種だ」
「それよ。湊人さんは魔の森に種をまいたのかもしれない」
「じゃあこの道じゃないかも」
 絵梨乃が足元に視線をおとした。
 彼女らが辿ってきたのは捜索隊が踏み均した跡だ。そこには湊人が種をまいた痕跡はない。
「戻りましょう」
 鳴瀬が背を返した。捜索隊が踏み均した道とは別に、小さな獣道のようなものがあった。灯華が進んだ道だ。
 疾駆しながら、ふっと柳斎は微笑を零した。
「夢を応援したい、か。よい言葉であるな。そのような言葉を真面目にいえる人物も中々おらぬ。だから」
 ギンッ、と柳斎の眼が凄絶に光った。
「見捨てはせぬよ」
 刹那、那蝣竪が足をとめた。
「どうした?」
「いる。近くに何か。一人じゃないわ」
 那蝣竪が耳を澄ませた。術により、彼女の聴感覚は超常の域にまで高められている。
 と――
 木々の間の闇に何かが浮かび上がった。
 枯れ木に似た色のもの。顔だ。木乃伊であった。
「夢、か」
 寂たる笑みをうかべ、カルロスが抜刀した。赤光、ほろほろと散る。
 かつてカルロスにも夢はあった。いや、あったかもしれない。今ではもう、己の内のどこを探しても、それの残滓すら見出すことはできなかったが。
「アヤカシを毀す。それが俺の夢だろうかね」
 木乃伊が殺到した。思ったより速い。身形は聞いていた捜索隊のものだ。
「邪魔をするな、お前らに用は無い」
 無造作にカルロスは刃で横殴りに払い、木乃伊の首を刎ねた。ばたりと木乃伊が倒れる。
 その骸を躍り越えて、数体の木乃伊がカルロスに襲いかかった。返す刃でカルロスは一体の木乃伊を胴薙ぎするが、しかし木乃伊は倒れない。驚嘆すべき強靭さである。
 一体の木乃伊の爪がカルロスの腕を引き裂いた。さらに首筋に別の木乃伊の牙が迫り――
 空気をふるわせたのは鋭い呼気か刃の咆哮か。煌く刃が木乃伊のこめかみを刺し貫いた。
「おのれ、捜索隊の亡骸を――」
 木乃伊の頭蓋から薙刀の刃を引き抜きながら、久遠が叫んだ。身を捻り、石突で殴り倒す。
 アヤカシの数が多い。おまけに爪と牙には何らかの毒があるようだ。避けつつ捌くには――
 久遠の丹田で高圧の熱量が炸裂した。脊髄を灼けた龍が駆け上っていく。錬力を温存している余裕はなかった。
 その時、二体の木乃伊が久遠に襲いかかった。
 刹那である。久遠の薙刀が消失した――ように見えた。
 蒼月。
 そう、久遠の薙刀が描く月輪は死の輪舞。何者もかわすことはかなわない。
「雨四光」
 青い刃光がぴたりととまった。


「これは!?」
 愕然たる呻きを発し、灯華はすうと大鎌をおろした。
 魔の森の一角。泉が見える。このような穢れた地にはありえぬほどの澄んだ泉だ。
 その泉のほとりに小さな花畑があった。瘴気に侵されもせず、清らかな白い花が咲いている。その花に抱かれるようにして一人の若者が横たわっていた。
 灯華が駆け寄った。屈み、若者を確かめる。
 死んでいるようだ。すでに腐敗が進んでいる。
 が、人相は確かめられた。湊人に間違いない。
 灯華は立ち上がり、花畑を見回した。
 何故湊人が一人でここに来たか。その理由が灯華にはわかる気がした。
 湊人は少しでも魔の森を切り開き、そこを花で満たそうとしていたのだ。しかし危険がともなう。だから湊人は一人でやったのだ。鬼咲島を訪れる者に少しでも安らぎを与えられるように。
 灯華はくるりと背を返した。
 そこに、いた。異形のモノが。
 浅黒い肌の、隆たる筋肉をまとわせた体躯の男。その下半身は巨大な蠍であった。
「花なんかのために命をおとすなんて馬鹿馬鹿しい。けれど、あんたは許さない」
 ニヤリ。死神の笑みを浮かべると、灯華は一気に迫った。
「ぬん!」
 灯華が大鎌を疾らせた。凄まじい刃風に、触れもせぬ草が断ち切れ、落ち葉のように空を舞う。
 灯華の鼓膜を澄んだ金属音が叩いた。飛び退る。
 まるで岩をうったかのような衝撃に手が痺れていた。アヤカシの下半身である蠍の鋏が大鎌をはじき返したのである。のみならず、翻った蠍の尾が灯華の肩を浅くえぐっていた。
「こいつ‥‥強い」
 冷たい恐怖が灯華の背を凍らせた。
 が、この場合、灯華はニッと笑った。死神と呼ばれる彼女にとって、死の指の感触は心地よいものであった。
 灯華は大鎌の刃で肩の肉をえぐりとった。しぶく血が満面を朱に染める。唇についてそれをぺろと舌で舐め取ると、灯華は止血をすませた。
「この借りは返さないとね」
 灯華の手から符が飛んだ。その符を追うように灯華が馳せた。蠍の鋏が唸る。
 疾る二条の黒光を、しかし灯華は潜り抜けた。狙うは甲羅をもたぬ生身の人間体の方である。
 狩!
 アヤカシの首めがけ、灯華は大鎌の刃をたたきつけた。
 が――
 大鎌の刃がとまった。アヤカシの手により。掌をもってアヤカシは灯華の大鎌を受け止めたのであった。
 次の瞬間である。巨蛇の鎌首のようにはねたアヤカシの尾が灯華の腹を貫いた。


 キラッ、と。
 光が乱舞した。
 剛たる刃が勢いのまま、地を割った。土を払いつつ立ち上がった立ち上がったのは――おお、南洋だ。
 次いで、どさりと地に落ちたものがある。蠍の尾に貫かれたままの灯華だ。蠍の尾は断ち切られていた。
 誰に? ――南洋の鬼神丸により。必殺の剣は、即ち唐竹割!
 鳴瀬が灯華に駆け寄った。左右の掌を合わせる。
 左には水。右には青。鳴瀬の放つ白光が灯華の身体内の毒を分解していく。
 させぬ!
 アヤカシの憤怒は獣の雄叫びとなって魔の森をふるわせた。鳴瀬に襲いかかろうとし――動きがとまった。
 アヤカシの前に人影がひとつ。絵梨乃だ。
 立ちはだかっているのだろうが――様子がおかしい。千鳥足。あろうことか酒に酔っているのだった。
 無論、その事実をアヤカシは知らない。が、本能的に与し易き相手と判じた。
 余裕すらもってアヤカシは蠍の巨鋏を振り下ろした。それは当然ふらつく絵梨乃の頭蓋を粉砕し――なかった。幸運にも絵梨乃はよろけ、巨鋏をかわす結果となったのである。
 ならば、と。アヤカシはもう一方の巨鋏を振り下ろした。が、またもやそれは空をうった。再び絵梨乃がよろけてしまったからだ。
 いや――
 この時に至り、ようやくアヤカシは気づいた。
 偶然ではない。こやつ、意図的にかわしている!
「シャアッ!」
 殺戮の意志を込めて、ふたつの巨鋏が疾った。眼にもとまらぬその一撃を、しかしさらに迅い動きで絵梨乃はかわし、すりぬけた。
 内懐に飛び込むなり、絵梨乃は地を蹴った。
「よくも湊人さんを!」
 怒りをつま先に溜め、絵梨乃は身体をひねった。脚が空間を引き裂きつつアヤカシの後頭部へ――
「なにっ」
 呻く声は絵梨乃の口からあがった。アヤカシの腕が彼女の蹴りをはじいたのである。
「ぬっ」
 続く呻きはアヤカシの口からあがった。その右眼を深淵がえぐっている。漆黒の苦無だ。
「まだよ」
 真横にすべりながら、那蝣竪はさらに苦無を放った。が、それは素早く左眼をかばったアヤカシの手によって防がれている。
 その左手をどけた時――
 アヤシカは恐るべきものを見た。飛鳥のように迫る白い影。それは煌く刀身を片手に携えていた。
「死者を弄ぶ外道! 滅するがよい!」
 柳斎が刃をたばしらせた。


 砦。
 すでに夜だ。
 鳴瀬は咲羽に一輪の白い花を手渡した。
「湊人さんの想いがここにあります」
「そう」
 咲羽は花を抱きしめた。
 慟哭は深く。しかし――
 ややあって咲羽は溢れる涙をぬぐい、小さく微笑んだ。
「湊人はがんばってたんだ。だからわたしもがんばらなくちゃ」
 咲羽はおなかに手をあてた。はっとして絵梨乃が眼を瞠った。
「もしかして咲羽‥‥赤ちゃんが」
「ええ」
 咲羽が肯いた。
「そう」
 那蝣竪が絵梨乃に抱きついた。嬉しくてたまらなかった。
 湊人の想いはここにもあった。夢や愛はこうして受け継がれていくのだ。やがて生まれてくる湊人の子供は、さらなる希望の輪を広げてくれるに違いない。
 人の世は――やはり素晴らしい。

 あれ?
 嬉しくて最初はわからなかったが、気づけば身体のあんなところやそんなところを絵梨乃の手が這っている。
 やめさせなければと思ったが、那蝣竪も付き合いはいい方だ。那蝣竪の方からも絵梨乃の身体中のあんなところやそんなところを――
「やめないか!」
 南洋が怒鳴った。でもちょっと嬉しそうだった。