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■オープニング本文 ● 「天草さん!」 屋敷の前に佇んでいた若者が声をあげた。 声をかけられたのは少年であった。年は十七くらいだろうか。眩い陽光よりなお輝く美少年であった。 「あん?」 一心不乱に団子を頬張っていた少年は足をとめた。若者を胡散臭げにじっと見つめる。 「誰だ、お前?」 「監察方の栗本ですよ」 若者はいった。その瞳は憧憬の光が煌いている。 すると少年はちらと若者の全身を眺めた。確かに若者の身なりは浪志隊のものだ。 「何してんだ、こんなところで?」 少年が問うと、栗本は振り返り、屋敷を指し示した。 「穂邑さんの護衛です」 「穂邑?」 少年は思い出した。浪志隊副長である柳生有希がもらしたことを。彼女は監察方数名を穂邑の護衛につけるといっていたのだ。 「寒いのにご苦労なこったな」 少年は再び団子を口に運んだ。すでに若者には興味を失っている。と―― 栗本はおかしなことに気づいた。数瞬前まで少年の手に握られていた団子の串が消えていることに。 呆然とする栗本をおいて、少年は何事もなかったかのように歩き去っていった。 ● 「穂邑殿を狙っている者がいる?」 いつもは冷然たる有希であるが、さすがに声が高くなった。が、すぐに平静さを取り戻す。 考えてみればおかしなことではなかった。神代を有す穂邑を狙う者は多い。 「相手は何者だ。人間か。それともアヤカシか?」 「多分人間だと思う」 「多分?」 有希は不審げに眉をひそめた。天草翔の感覚は正確だ。それなのに敵の正体を見抜けぬとは――。 翔は頭をかくと、 「それがちょっとおかしいんだよなー。人間だけど、人間でないような……うーん、何か面倒くさくなってきた」 翔がごろりと身を投げ出した。こうなれば脅そうが賺そうが翔は動かない。溜息をこぼすと、有希は呟いた。 「何者かの正体を探り、捕らえねばならない。が、浪志隊が動いている限り、奴らは簡単に動くまい。ならば」 ● 闇の中。男がひとり佇んでいる。 と、別の気配がわいた。これは女であった。 「どうした?」 女が問うと、男は一本の竹串を掲げて見せた。 「躱すに躱せなんだ」 男は昼間の出来事を語った。すると女は可笑しそうに笑った。 「油断したか。それとも腕がなまったか。そんなガキ如きに遅れをとるとは」 「馬鹿な」 男の目に冷たい光がよぎった。 「この時代にもなかなかの者がいるな……連中、なめてかかると危ない」 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 「お久しぶりでございます」 ちょこんと頭を下げたのは十代半ばほどの可愛らしい少女である。とはいえ、ニッと笑んだ瞳の謎めいた輝きは何だろう。名を秋桜(ia2482)という。 見返したのは冷厳なる相貌の娘で。これは浪志隊組副長、柳生有希であった。 秋桜は笑んだまま続けた。 「神代を狙う何か……。穂邑様も、難儀な事ですなぁ。望んで手にした力でもないでしょうに」 「それも運命というものだ」 冷たく有希は言い捨てた。秋桜の笑みが深くなる。思えば有希もまた運命に翻弄された娘ではなかったか。 「ところで柳生殿。護衛に当たっている監察方の皆様の人数や配置についてお教えいただけませんでしょうか」 「いいだろう」 有希は頷くと、 「護衛の都合上、穂邑殿は一時的に浪志隊が借り受けた屋敷に住んでもらっている。護衛の隊士は十人。表に二人、裏に二人。内部の要所に残り六人が配置されている」 「なるほど。それと少し話が外れまするが……柳生殿は、あれから風魔殿とはお会いになれましたかな? 今は一緒にお仕事をしている身故、何かお伝えする事があれば伝えますので何なりと〜。おっと、そんなに睨まないで下さいませ」 おどけたように秋桜が手を振った。そのためでもあるまいが、有希が表情を緩める。ひとつ咳払いし、有希は口を開いた。 「……風魔弾正と私は、もはや何の関係もない。弾正は弾正の道を、私は私の道をゆくだけだ。が――」 有希は瞳を閉じた。 「弾正の道。そこに微笑があればと願っている」 いうと、有希は瞳を開いた。すでに秋桜の姿はなかった。 ● 「何だよ、有希さん。俺ァ、休みなんだぜ」 ぶつぶつ文句をいいながら、その輝くばかりに美しい少年は浪志隊屯所の一室に入ってきた。天草翔である。 と、翔の目が輝いた。有希の前に座した三人の男女――いや、有体にいえば女に気がついたからだ。 それは可憐な美少女であった。煌く蒼い髪は艶やかで、その肢体の瑞々しさは成熟した娘のよう。 「おめえ……確か柚乃(ia0638)っつったか」 にへらと笑い、翔は柚乃の前に腰をおろした。柚乃は微笑を返すと、手製のチョコ餡大福をすすめた。 「甘いもの、お好きでしょ。ところで翔さん。その潜んでいた何か。人間だけど、人間じゃないとおっしゃっていたようですね。それは姿を見てのことなのですか」 「気配さ」 あっさりと翔はこたえた。 「あれは人間じゃねえな。しかしアヤカシとも違う」 「では」 次に口を開いたのは十代後半に見える若者であった。名を竜哉(ia8037)というのだが、良く光る瞳を持っている。それは覚悟を胸に抱いた者にしか持ち得ない瞳であった。 「串を投げたといういうことだが、手ごたえの方はどうだった?」 竜哉が問うた。 団子の串を武器として使う。普通の者ならば一笑に付して終わりだろう。が、自身手練れである竜哉はそんな下らぬ予断など抱くことはない。唯の串であろうが、志体もちが使えばそれは十分な武器になる。 「あったさ。つうか、俺が外すはずねーだろ」 「では最後に」 柚乃が翔の眼を見つめた。 「お屋敷の前を通りがかった時の日時を詳しく教えてください」 「ええと」 頭を掻きながら翔が説明した。熱心に柚乃が内容を脳裏に刻み込む。 「もういいか」 柚乃に確かめ、長身の男が立ち上がった。身なりからして陰陽師であろう。鋭い眼が印象的であった。――劫光(ia9510)である。 立ち去り際、ふと劫光がもらした。 「今更、神代に……もしや神代がなんなのかしっているもの…か?」 ● 屋敷の裏に一人の男が佇んでいた。金銀紫の糸で紡がれた美麗な衣服をまとっている。 「神楽の都って開拓者が集まっている場所じゃなぁい。その中で極秘作戦…アタシ美しすぎて開拓者界隈では目立っちゃっているしぃ」 くすりと男は笑った。孔雀(ia4056)である。 と―― 「どういう了見だ」 小声で孔雀に囁いた者がいる。先ほどまで裏で食べ残しのものはないかとうろついていた男で、汚い身なりをしている。 孔雀は冷たく一瞥すると、 「あんた、確かエリアス・スヴァルド(ib9891)といったわね。何か文句でもあるの?」 「ある」 短くエリアスはこたえた。それだけでエリアスの身が一瞬膨らんだように見えた。凄絶の気を裡にはらんだ男である。 「そのような格好で目立ってどうするのだ」 「ふふん」 孔雀は鼻で笑った。 「ここは神楽の都よ。傾奇者の一人や二人、うろついていたっておかしくはないでしょ」 「なるほど。……ところで孔雀、血叛の時の……いつらめさまといったか。知っているらしいな」 「知っているどころか、この眼で見たわ」 孔雀がこたえた。その言葉通り、彼はいつらめさまと相対している。 いつらめさま。その正体である慕容は護大の瘴気と自身のもつ精霊力の相克により生きることも死ぬこともままならぬまま在った。 「ならば話は早い。その慕容と穂邑。同じには見えないか」 「同じ?」 孔雀の眼がきらりと光った。が、すぐにその光を隠すと、 「精霊との親和性の高い彼女が憑代として成果を上げた事は知っているわ。けれど瘴気とはどうかしら。まあアヤカシや精霊なんてのは、人が理解し得る限り、剥き出た業に歪な形を付けた存在に過ぎないわ。多くの手段無き者はその業に翻弄され奴隷としての性を全うするが、神代は己を器として其の業を支配するといっていい。業の克服と肯定。その意味では似ていなくもないわね」 「そうか」 肯くと、エリアスはその場を離れた。そしてあらためて周囲を見回した。 次に、その何者かが来るとしたら、どこか。翔が気づいた奴は一人であったようだが、逆にいえばその何者かに警戒心を与えたことにもなる。 「次は工夫してくるかもな」 ● そこは都中心から外れた場所であった。昼下がりというのにどこか薄暗く、物騒な雰囲気が漂っている。 一軒の宿屋。その前で一人の男が立ち止まった。 黒髪の、天儀人にしては端正なつくりの相貌。荷を背負っているところから見て行商人であろう。 と、男は足をとめた。休息をとるつもりなのか、荷をおろす。 ちらりと男は宿屋の二階に眼をむけた。男の超人的な聴覚はある言葉をとらえていた。 奴の様子は? 男の声。動く様子はない、という別の男の応え。 「さて。鬼がでるか蛇がでるか」 男は薄く笑った。 彼の名は狐火(ib0233)。開拓者であった。 同じ時、屋敷の前の道を一人の虚無僧が歩いていた。 ふと立ち止まり、周囲をみまわす。それから笠の内に尺八を差込み、たる音を奏で始めた。 特におかしなところはない。 虚無僧に扮したジャン=バティスト(ic0356)は心中に思った。それは彼にしても想定内ではあったのだが。 穂邑を監視していた何者か。それはすでに翔に気取られたことを知っている。より巧妙に潜んでいるに違いなかった。 そして、もうひとつの可能性。それは内部への潜入だ。穂邑に対し何らかの害意を抱いているとするなら内部の護衛の配置を知らねばならないからである。 その点を考慮し、ジャンはすでに有希に確認してあった。使用人は有希の懇意の者であり、食べ物や飲料水について常に毒味しているため、心配するに及ばないという。 「有希」 ジャンの脳裏に有希の面影がよぎった。 常に冷徹をたもった美貌。が、その内側に悲哀を秘めていることを彼は知っている。今も有希は姉である風魔弾正のことを案じているに違いなかった。哀しい女達であるとジャンは思う。 その思いを振り切るようにジャンは小さく印を結んだ。瞬間、目視できぬ結界が張り巡らせる。 「近くに敵はいない、か」 笠の内でジャンは独語した。 「ここか」 竜哉が屈み込んだ。翔が気配を感じたという場所。 這うようにして調べてみると、地に血痕が見つかった。おそらくは何者かが残したものだろう。となれば相手はアヤカシではないということになる。アヤカシは血を流さない。 「では柚乃が」 柚乃は大きく息を吸い込んだ。 ● 屋敷近くの林の中を、寒風に吹かれてゆく女の姿があった。二十代後半の年頃とみえるが、その佇まいは落ち着き払っており、只者とは思えない。――亘 夕凪(ia8154)である。 「多分人間だが…人間ではないような、か。修羅の御仁達のように、私達とどこかが少し違う…まだ知らぬ存在が在るのやも知れないねえ」 夕凪は呟いた。その脳裏には柚乃のもらした言葉がある。 柚乃の秘術、時の蜃気楼。それにより彼女は幻視したのである。二人の男女の姿を。男は右腕に包帯を巻いており、女は額に鉢巻のようなものをつけていたという。 人間であるか、否か。それだけはさすがの柚乃にも判断つかなかった。 「どちらにせよ、厄介な相手やな」 夕凪はごちた。天草翔のことは夕凪も知っている。性格はともかく、こと剣の技量においては逸材だ。その翔に正体を気取らせぬ者。果たして正体は何であるのだろうか。 夕凪は歩を進めた。警護の死角があるとするなら、それはここであるはずだが――。 「お化け……なのだ?」 驚いて眼を見開いたのは精緻に彫りこまれたように綺麗な顔立ちの少年であった。 名は叢雲怜(ib5488)。十歳ほどにしか見えないが、これでも凄腕の開拓者である。 うん、と肯いたのは同じ年頃の少年であった。手に小石ほどの大きさの雪玉をもっている。 「どんなお化けなのだ?」 「三つ目のお化け」 少年がこたえた。かくれんぼしていた時、女の人を見たという。 「その額に眼玉があったんだよ。恐くてずっと隠れてたんだ」 「それはどこで見たのだ?」 怜が問うと、少年はある方向を指差した。 ● 数人の男達が宿から出た。わずかに遅れて人影が追う。 人影はまったくの無音であった。シノビの歩行。狐火である。 男達が何者か。今のところ狐火にはわからない。が、彼の本能は告げている。男達は只者ではく、邪悪であると。 どれほど歩いたか。 男達が足をとめた。破寺の前だ。と、突如闇が青白くはじけた。 落雷。いつの間にか破寺の屋根の上に精悍な風貌の男が立っていた。 「俺に何か用か」 「蛮十郎!」 愕然として男達が叫んだ。そして、すぐにニヤリとした。瞬間、男達の姿が変わる。鬼へと。 「凶風連は俺達がもらう。貴様にはくたばってもらうぜ」 「俺は黄泉様の手助けをしなければならん。凶風連はくれてやってよいが、くたばるのは嫌だな」 嘲笑した蛮十郎の姿が消えた。一条の稲妻と化し、空間を翔ける。消失してから一瞬後、蛮十郎の姿が鬼達の背後に現出した。 「消えろ」 蛮十郎の手が青白く光った。超高圧の雷の爆発。鬼達は瞬間的に瘴気に還元された。 「そこにいる奴」 蛮十郎が振り向いた。ぎくりとして狐火は身を強張らせた。蛮十郎はすでにこちらの存在に気づいている。 瞬間、狐火は秘術である夜を発動させた。そして逃走した。彼の卓越した戦闘勘が単独での戦いは不利であると告げていたのである。 「ほう」 ややあって蛮十郎が感嘆の声をあげた。 ● 闇の中、夕凪は足をとめた。 怜が突き止めたお化けの居たという丘にむかう林道の只中。彼女の超人的聴覚がとらえている二つの心臓の鼓動が急に動き出したのであった。 気づかれたか。 夕凪は一瞬迷った。追うか否かについて。 追えば戦闘になるだろう。その場合、勝てるか。単独で捕らえることはできるか。その迷いのうちにも鼓動は遠ざかっていく。もはや時はない。 その時だ。夕凪は気づいた。梟の姿に。 劫光の式神! 頷くと、夕凪は走り出した。 「待て」 闇の中、黒く染まった人影が声を発した。ジャンである。 その眼前、二人の男女が足をとめた。柚乃が幻視した男と女である。 「何だ、貴様達は?」 「開拓者さ」 男の問いにこたえのは駆けつけた夕凪であった。はじかれたように振り向いた女が額の布を解く。現れたのは大きな眼であった。 「来る。五人だ」 女がいった。愕然としてジャンが眼を見開く。この距離では開拓者の姿は見えないはずだ。 「アヤカシ!」 ジャンの杖の先端が光った。撃ちだされたのは凄まじい破壊力を秘めた精霊力だ。 それを男は包帯を巻いた腕でうけた。包帯は一瞬で消滅し、さらには腕もまた――いや、光の本流と化した精霊力がはじかれた。 「ふふん。そんなものが効くかよ」 男がニンマリした。そして鋼の腕を持ち上げた。その腕から黒煙のようなものが立ち上っている。瘴気だ。 「これは」 ジャンが呻いた。理由は鋼の指先から滴り落ちる血だ。さすがに鋼では部分が傷ついていたのである。 彼は男から確かに瘴気を感じ取っていた。が、血を流している以上、男はアヤカシではない。では何か――。 「どけい!」 男がジャンに迫った。反射的に杖をかまえはしたものの、ジャンは撃てない。 ごお、と。 岩と岩がぶちあたる音が響いた。 男の鋼の拳がとまっていた。夕凪の胸で。 「ちいと」 夕凪がよろけた。その唇からたらたらと鮮血が滴り落ちる。 「こたえたよ」 夕凪が血笑をうかべた。 刹那、男と女が跳んだ。物理法則を無視した、それは人間とは思えぬ跳躍力で。男と女は軽々とジャンの頭上を飛び越えた。 「逃がさないのだぜ!」 「そこまでだ」 二つの叫びはほぼ重なって響いた。闇の空間を貫いて疾ったものも二つ。銃弾と虫だ。 苦鳴をもらし、男と女は着地した。そのまま逃走にうつろうとし、しかしたたらを踏んだ。男は足を銃弾に撃ち抜かれ、女は四肢を麻痺させていた。 「どうだ、なのだぜ」 怜が再び銃をかまえた。 「くそが」 男が手を突き出した。瞬間、その手から無数の弾が噴出された。正体は瘴気が練られたもの。いわば瘴気弾ともいうべき代物であった。 「ぬっ」 数人の開拓者が弾に撃たれてよろけた。が、二人、男と女に殺到した者がいる。 竜哉とエリアス。奇しくも二人は騎士であった。 「おおっ」 「はっ」 竜哉の剣が鞭のようにしなった。眼前にかざした男の鋼の腕をはじく。同じ時、エリアスの刃は女にむかって唸り―― 「何っ」 エリアスが刃をとめた。女の異変を見とめた故である。女の全身が青く光っていた。 「まずい」 エリアスが叫んだ瞬間である。男と女の全身が炎に包まれた。 「はっははは」 地獄の業火の如き炎の中から哄笑が響き渡った。さしもの開拓者達もどうすることもできない。 やがて炎は消えた。後には何も残ってはいない。細胞の一片すら燃えつきしまったかのように。 「何てことなの」 遅れて駆けつけた孔雀が呻いた。謎の監視者の秘密。それを入手することこそ彼の真の目的であったからだ。 が、遂にその目的を達することはできなかった。すべての秘密は炎とともに消え去っている。 「人の身でありながら瘴気を蓄え、操る。一体何者でございますかねえ」 秋桜の声は空しく闇に溶けた。 |