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■オープニング本文 ● 「弾正め」 闇の中、きりきりと軋むような声がながれた。壮年の男のものだ。 「勝手に叛を起こしておきながら、今度は勝手に叛を捨ておった」 「我ら卍衆を馬鹿にするのもほどがある」 今度は少年らしき声がした。先ほどと同じくどす黒い怒りに震える声音である。声は続けて、 「奴め。陰殻を抜けようとしているらしいぞ」 「ふふん。そうは問屋がおろすものかよ」 三つめの声。今度は女のものだ。 「こうなれば弾正を始末するに如かず」 「それはいいが……。しかし相手は弾正ぞ。そう簡単にはいかぬ」 壮年の男がいった。すると嘲笑が響いた。少年のものだ。 「確かに弾正は卍衆最強だ。が、所詮は一人。我ら三人がかかればどれほどのことやある」 「確かに」 女の肯く気配がした。 「ならば殺るか、弾正を。――ふん」 鋭い呼気とともに何かが空を流れた。一瞬後、三つの気配が動き、堂の扉が蹴破られた。 月光をあびる人影。三人の男女である。 さらにひとつ。堂の屋根の上に人影がある。 「結城陣五郎 か」 壮年の男がいった。すると屋根の上の人影がニヤリとした。結城陣五郎もまた卍衆の一人だったのである。 「聞いたぞ、うぬらの企み」 「ふふん」 女が笑った。 「で、どうする? 弾正に報せるか」 「こたえるまでもない」 「しゃあ」 壮年の男の手が閃いた。その手から円盤のようなものが飛んだ。 咄嗟に陣五郎は空に跳んだ。ましらのように。 すると円盤が上下二つに分かれた。上に飛んだ円盤が陣五郎の足を薙いですぎる。 血煙をあげて陣五郎が地に降り立った。左足が消失している。円盤の仕業であった。 空で旋回して戻った円盤を引っ掴み、壮年の男が笑った。 「見たか、忍法燕銅鑼。うぬの猿飛の術など、この狩川兵衛には通じぬ」 「ぬかせ」 陣五郎が喚いた。そして跳ねた。空で回転し、後方へ。そのまま樹林に跳ぶ。 さすがに一瞬三人のシノビは反応が遅れた。まさか陣五郎にまだそれほどの余力が残っているとは思っていなかったのである。 陣五郎が木に飛びついた。ましらのように他の木の枝に飛び移っていく。 「逃がすか」 少年の手から巨大な鎌が飛んだ。それは縦に、あるいは横に倒れ、木々の間をくぐりぬけた。 「見ろ、筧伝四郎の忍法、鎌鼬を」 少年が鎌の柄につけられていた鎖をひいた。鎌は水平となり、月光をはねながら少年の手に戻った。次の瞬間―― 樹木が次々と倒れた。巨大な鎌によって切り倒されたである。 その時、陣五郎は空で旋回する刃を見とめた。女が投げたものである。 「真砂、どこを狙っている」 陣五郎がせせら笑った。 直後のことである。激痛をおぼえ、陣五郎が落下した。枝を掴んでいたはずの腕が消失している。真砂と呼ばれた女が投げたくの字型の刃が弧を描いて飛び、陣五郎の腕を切断してのけたのであった。くの字型の刃はすでに真砂の手に戻っている。 「忍法、飛鳥刃。この飛鳥刃から逃れることは誰にもできぬ。たとえ弾正であろうとも、な」 ニンマリと真砂が笑った。 ● 「柳生」 冷然たる声が呼びとめた。足をとめたのは、声の響きにも劣らぬ冷厳たる美貌の娘である。 名は柳生有希。浪志組副長である。 「服部か」 有希が振り向いた。そこに秀麗な顔立ちの娘が立っていた。 服部真姫。同じく浪志組副長である。 有紀が問うた。 「何か、用か」 「風魔弾正のことだ」 真姫がこたえた。さすがに有希の顔色が変わった。風魔弾正は彼女の実の姉であったのだ。 「風魔弾正がどうした?」 「命を狙われている」 真姫が手を差し出した。その腕に小さな梟がとまった。 「結城陣五郎が最後に飛ばした梟だ。文に、弾正殺、と書かれている。おそらくは誰かに命を狙われているのだろう。察するに卍衆」 「卍衆!」 有希がわずかに息をひいた。考えられぬことではない。叛を放棄した弾正を逆恨みする卍衆がいてもおかしくはなかった。 その時、真姫の腕が閃いた。一瞬後、金属音とともに地に苦無が落ちた。 「危ねえじゃねえか、ぼけ」 物陰から姿を見せたのは眼を見張るばかりに美しい少年であった。 名は天草翔。浪志組一番隊隊長である。 翔はいった。 「いくんだろ、有希さん。浪志組副長だからなんてつまんねえこというなよ。あとのことは俺に任せといてくれ。真田さんにはうまいこといっといてやるから」 「翔」 有希が言葉を失う。それを翔が促した。 「有希さん、迷ってる暇はねえ。早くいかねえと間に合わなくなっちまうぞ」 「わかった」 有希が背を返した。闇の中に駆け込んでいく。 それを見送って幾許か。突然、おい、と声がかかった。真田悠。浪志組局長である。 「今、有希の声がしたようだが」 「あっ、有希さんなら風魔弾正を助けにいくとかいって飛び出していったぜ。何でも風魔弾正は卍衆に命を狙われてるとか」 「何っ」 愕然とし、真田が庭に飛び降りた。そのまま裸足で駆け出していく。 「俺は開拓者ギルドにいく。あとのことは任せたぞ」 「おお」 こたえ、悠の姿が見えなくなると、翔は縁側にどすんと腰をおろした。懐から饅頭をだすと、ぱくりと食いつく。 「お前」 翔をじろりと睨み、真姫が口を開いた。 「剣の腕前は恐ろしいと思っていたが、それにも増して、そら恐ろしいほどの口の軽さだな」 「誉めるな、馬鹿」 澄ました顔で翔が饅頭を飲み込んだ。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 「……てっきり翔さんがまた何かやらかしたのかと」 ふう、と胸を撫で下ろしたのは品のある整った顔立ちの美少女であった。年齢は十五歳くらいであろうか。その可憐さには似合わぬ豊満な肉体の持ち主であった。 「うるせえや。てめえ、確か柚乃(ia0638)っつったよな。俺のこと、何だと思ってやがんだ」 ぷっと頬を含ませたのは輝くばかりに美しい少年だ。名は天草翔。浪志組一番隊隊長である。 「いけない子じゃないの?」 二十代後半の、優しそうな娘がじろりと翔を睨んだ。この娘、海月弥生(ia5351)というのだが、怒らせるとけっこう恐い。 弥生はすぐに表情をあらためると、 「口の軽い子はあとで叱っておくとして、ともかく急がないとね。あたしも浪志組隊士。副長を放っておくことなどできないわ」 「あたしも同じです」 ぎゅっと拳を握り締めたのは華奢な娘である。フィン・ファルスト(ib0979)というのだが、しかしながら彼女から届いてくる力強さは何であろう。フィンは続けた。 「有希さんをちゃんと守るって約束しました。それは今も有効なのです……弾正さんも含めてっ。ね、翔さん」 フィンが振り返る。翔がニヤリとした。 「頼むぜ、フィン。おめえは俺と違って馬鹿で弱っちいけど、約束だけは守るからな。人間、何かひとつだけは良いところがあるもんだ」 「そうそう。あたしにも良いところがひとつ……って、翔さん!」 フィンが怒鳴った。 苦笑し、凛々しい顔立ちの男が空を見上げた。ジャン=バティスト(ic0356)という巫女であるのだが、彼は空の彼方に思いを馳せている。風魔弾正と柳生有希に。 弾正は黒狐の獣人であった。が、有希は人である。叛の最終決戦の舞台となった、黒狐の棲みつく荒れ果てた柳生神社。それは偶然あったのだろうか。 また弾正は卍衆になるためにすべて捨てたといった。過去も、家族も、名も、顔も。果たして望んでのことなのか…そうせざるを得ない事情があったのか。わからない。 しかし、わかっていることが一つだけあった。有希は身を挺してでも姉を庇ったという事実だ。二人の間には、今も深い絆が存在しているのである。 「ならば、私はその絆を守ろう」 ジャンはいった。 ● 森の中をゆく者があった。 笠に墨染めの衣。雲水のようである。と―― 突如、雲水が跳んだ。その足元を薙いですぎたものがある。銀色に輝く金属の円盤であった。 わずかに遅れて笠がはねとんだ。これはもう一枚の円盤の仕業であった。 長い髪を翻らせて、雲水が地に降り立った。露わとなった顔は不気味なもので。半顔は焼け爛れている。残る班顔にも無数の傷が刻まれていた。――風魔弾正である。 「これは燕銅鑼。――狩川兵衛か」 「弾正。逃がさぬぞ」 樹上の影がいった。すると薄く弾正は笑った。 「うぬに、この風魔弾正が殺せるか」 「できる」 兵衛の手から円盤が飛んだ。それはまたしても空で二つにわかれ、弾正を襲った。 「馬鹿め」 弾正が跳んだ。円盤を踏み台にし、さらに跳ぶ。兵衛よりさらに高く。 弾正が兵衛の後ろに舞い降りた。刃が閃く。 「忍法、飛燕斬り」 「忍法、鎌鼬」 声が重なった。一瞬後、弾正の手にぎちりと鎖が巻きついた。 「ぬっ」 弾正が落下した。鎖に腕をつながれたまま、空にだらりとぶら下がる。 「無駄だ、弾正」 鎖の端を握った少年は別の樹上にいた。筧伝四郎である。 「女の血と共に鍛えた鋼でできておる。刃では切れぬぞ」 「ぬんっ」 鎖を別の手で掴み、一気に弾正が空にはねあがった。弾正が伝四郎と同じ高さまで舞い上がる。 さすがに伝四郎は狼狽した。弾正の刃が下方から逆袈裟にはしり―― いや、弾正は身をひねった。くの字型の刃がその脇をかすめてすぎる。 「真砂か。――あっ」 弾正の背にくの字型の刃が突き刺さった。くの字型の刃もまた二枚重ねられていたのであった。 「ふふふ。この業はお前も知らなかったであろうが。忍法、飛鳥刃双翼」 地で女が笑った。真砂である。 直後、弧を描いて戻ったもう一枚の飛鳥刃が弾正の首を薙いだ。鎖の戒めを解かれた弾正が地に叩きつけられる。 何とか受身をとり、弾正は首の傷を手でおさえた。傷が深い。このままでは―― 「死ねい、弾正!」 三度銀色の円盤が弾正を襲った。が、もはや弾正は動けない。刹那、飛び出した人影が一枚の円盤をはじきとばした。 「――有希!」 人影の正体を見とめ、愕然として弾正は呻いた。 「弾正様」 柳生有希(iz0259)の口から鮮血が溢れ出た。円盤が彼女の腹に深々と刺さっている。有希は血笑をうかべると、 「お逃げください」 「馬鹿な。お前ごときが何をしにまいった。邪魔だ。引っ込んでおれ」 「邪魔は承知の上。それでも私は貴方を守りたい」 「ごたくはたくさんだ」 樹上の伝四郎が冷笑した。 「うぬは確か下忍の柳生有希だな。よかろう。弾正もろとも殺してやる!」 伝四郎の手から巨大な鎌が飛んだ。同時に銀色の円盤が。さらには二枚のくの字型の刃が。 有希が立ち上がった。弾正の前で立ちはだかる。その口元に微かに浮かんだのは微笑であった。 「……さよなら、姉さん」 「な、ならぬ」 弾正が有希をおしのけようとした。まるで宝物を守ろうとする少女のように真剣な眼で。が、動くことはできぬ。 「逃げよ。逃げてくれ、有希!」 「別れの挨拶をするのは、まだ早いぜ」 戛然! 叫びとともに巨大な鎌がはじかれた。円盤も。さらにはくの字型刃も。そのくの字型刃の一枚は砕け散っている。 有希の前に三人の男の姿があった。 一人は飄然たる若者で、鼻の上にちょこんと眼鏡をのせている。もう一人は生真面目そうな十八歳ほどの少年で、大太刀を引っ下げていた。そして三人め。これは貴族的な顔立ちの美青年である。 崔(ia0015)、龍牙流陰(ia0556)、狐火(ib0233)。開拓者達であった。 ● 「弾正さん」 ちらりと流陰が弾正を振り返った。 「…思えば、今回の叛の間も、今も、ずっと貴女の護衛をしてますね。それは貴女が勝った時、陰殻を良くする努力をしてほしかったからです。つまり…どっちが勝っても叛をなくす可能性を作る、それが僕の選んだ未来への可能性の開拓でした。そして、叛は終わった。陰殻は今、未来にむかって歩み出しています。今度は貴女自身の未来を見つける番だ」 「ぬかせ!」 舞い戻ったくの字型刃――飛鳥刃真砂がひっ掴んだ。いや―― 真砂の手から鮮血がしぶいた。飛鳥刃が真砂の指を切断したのである。真砂の指が凍結し、飛鳥刃を掴むことができなかったのだ。 真砂の身体に影がからみついていた。影は一人の少女からのびていた。小柄の、子猫のような少女である。そしてまた、少女は豹のように冷酷で獰猛でもあった。 秋桜(ia2482)。少女の名である。 「おのれ」 再び舞い戻った飛鳥刃を、今度こそ真砂はひっ掴んだ。秋桜の呪縛を破って。 「俺がやる」 巨大な鎌を投擲しようとし――伝四郎がはじかれたように跳び退った。円盤を手にした兵衛もまた。 彼らのもといた空間を疾り抜けていったものがある。衝撃波を伴ったそれは矢と弾丸であった。 「弾正姉にはこれ以上手を出させないのだぜ」 いまだ硝煙立ち上る銃口をゆらめかせたのは、人形のように美しい少年であった。名は叢雲怜(ib5488)。そして弓を手にした弥生がいった。 「早く弾正さんと有希さんを」 「わかった」 男が弾正に駆け寄った。ジャンである。手に花束を携えていた。 「これを」 ジャンが弾正に花束を手渡した。受け取った弾正の傷が完治までとはいかぬまでも癒えていく。 「立てるか」 「ああ」 弾正が立ち上がった。ジャンの治癒呪が効いたとはいえ、完治ではない。さらにいえば血を失いすぎた。立っているだけでも苦しいはずだ。が、弾正の仮面めいた無表情からは苦痛の色などうかがい知れなかった。 「そうか。ならば逃げてくれ」 「何っ」 弾正のわずかに顔色が変わった。 「私に逃げろというか」 「そうです」 狐火が肯いた。 「貴方ほどのシノビならばわかるでしょう。その身体ではもはや戦えない。はっきりいって貴方は足手まといなのですよ」 「なるほど。わかった」 今度は弾正が肯いた。さすがに慕容王が認めたシノビらしく判断は素早く、正確である。 「では、いきましょうか」 狐火が促した。すると弾正の姿が消えた。わずかに遅れて狐火の姿も。 「あっ、待ってくれなのだぜ」 慌てて怜が追った。さらには流陰も。 「相変わらず一人で突っ走る女性だ」 「させぬ」 真砂が飛鳥刃を振りかぶった。飛鳥刃は飛翔距離も長く、さらにはどのように角度からも襲撃可能である。今ならば確実に仕留められるはずであった。 「死ね! ぬっ」 真砂が跳び退った。疾風のようなものにあおられて。その頬が切り裂かれ、風が真紅に染まった。 「まだ、いたか」 地に降り立つなり、真砂がぎらりと眼をやった。その先に美麗な少年の姿がある。ほう、と少年は感嘆の声をもらした。 「さすがは卍衆。仕留めたと思ったのですが」 「うぬも開拓者か」 「はい」 少年は肯いた。すでに彼の眼は敵の数が三人であることを確認している。 「名は真亡雫(ia0432)。弾正殿を助太刀するために参上した次第。誠に不承ながら、卍衆三忍、御相手願い致します」 ● 「ええい、面倒な。雑魚どもが」 兵衛が跳んだ。空で二枚の円盤を叩き合わせる。 あっ、という苦鳴は誰があげたものであったか。耳をおさえて、開拓者達はよろめいた。凄まじい音波が彼らの鼓膜を、いや脳を撃ったのである。 「見たか。忍法、鋼木霊」 地に降り立った兵衛が再び円盤を叩き合わせようとした。その眼前に現出した影がある。崔だ。 「野郎、させっかよ!」 崔の脚がはねあがった。兵衛が跳び退る。鉈のように重い崔の一撃が兵衛の面をかすめて過ぎた。 がしゃり。 わずかに遅れて一枚の円盤が地に落ちた。崔の脚が蹴り飛ばしたのである。さらに兵衛が跳び退った。 「おのれ。何故」 兵衛が歯噛みした。 忍法、鋼木霊。特殊な音波を発生させることにより、敵を一時的に惑乱させる忍法である。耳を塞がぬ限り、この業から逃れえる術はない。事実、仲間である伝四郎と真砂は耳を塞いでいた。然るに開拓者達は何故すぐさま反撃に出ることができたか。 兵衛の視線が素早く開拓者達の面上を流れすぎた。そして、ある一人の少女の顔の上でとまった。柚乃の顔の上で。 「うぬの仕業か?」 「はい」 屈託なく柚乃は肯いた。その時、彼女の足元で回転していた呪法陣が消えた。 「狙い、撃つ!」 弥生が弓に矢を番えた。猛禽のごとく彼女の眼は的確に兵衛の胸をとらえている。 弥生が矢を放った。流星のように疾るそれを、さしもの兵衛もさけることはかなわない。が―― ぷつりと矢が断ち切られて地に落ちた。 「さがれ、兵衛!」 叫びざま、伝四郎が地に降り立った。巨大な鎌を旋回させて。 「忍法、鎌嵐」 「くっ」 咄嗟に秋桜が跳び退った。が、その衣服の胸の辺りが切り裂かれた。血濡れた乳房がぽろりと零れる。 「馬鹿な。間合いははずしたはず」 「この俺に、間合いなんぞあるかあ!」 伝四郎が哄笑をあげた。直後、周囲の木々が切断された。樹木の後ろに隠れていた雫が転がり逃れる。 「何て業だ」 立ち上がった雫の胸も切り裂かれていた。逃れるのが一瞬遅れていたら胴斬りされているところであった。 「これでは間合いがつかめませんね。けれど」 雫の眼がきらりと光った。 「やってみますか」 裂帛の気合とともに雫が刀を横に薙ぎ払った。同時に刃に込めた練力を解き放つ。それは渦巻く風へと変じた。 空間で光が炸裂した。刃と刃が噛み合った故である。鎌と風の刃が。 「そんなものが鎌嵐に効くかあ!」 伝四郎が嘲笑った。その言葉通り、巨大な鎌は風の刃を切り裂いた。が、同時に勢いをわずかながら殺がれた。 「今だ」 ジャンが飛び出した。盾をかざして。 鎌が盾に激突した。いや、正確には鎖の部分が。鎌は勢いをのせてジャンの背に深々と突き刺さった。 「ええい、虫けらが」 怒号を発し、伝四郎が鎖鎌のもう一端である分銅を放った。当たれば岩すら粉砕する威力が込められている。それはジャンの頭蓋めがけて疾り――横からのびた手ががっしと鎖を掴んだ。 「ふう。やっとつかまえた」 フィンであった。 ● 「小娘が」 薄笑いしつつ伝四郎が鎖をひいた。が、動かない。馬すら容易に引きずる伝四郎の膂力をもってしても。 フィンがニカリと笑った。 「綱引きなら負けないんだから」 「フィン様、放さないでくださいませよ」 秋桜が伝四郎に迫った。 「くっ。真砂」 「任せて」 真砂の手から飛鳥刃が飛んだ。それは地を擦るように疾り、秋桜の足元で空にはねあがった。さしもの秋桜もたたらを踏んだ。 ちん、と澄んだ音が響いた。軌道をそれた飛鳥刃は彼方に飛んでしまっている。同時に地に矢が落ちた。弥生の放った矢が。 「同じ飛び道具なら負けないわよ」 弥生が再び矢を番えた。すると伝四郎が鎖を放し、跳び退った。一気に十数メートルの距離を。 「ここは退くぞ。もはや弾正を追っても及ぶまい」 そう仲間に告げると、伝四郎が背を返した。 「ここまで来ればいいでしょう」 狐火が足をとめた。弾正もまた。やがて荒い息をついて流陰と怜が駆けてきた。 「ひどいのだぜ、狐火兄。俺達は瞬脚なんて術はもってないのだぜ」 怜がごちた。流陰は苦笑し、 「さすがはシノビというところですか。ところで弾正さん。これからどうされるおつもりですか」 「わからん」 弾正はこたえた。遠くを見つめるその眼はどこか寂しげで。ややあって弾正はいった。 「しばらくは諸国をめぐるつもりだ。もはや卍衆でもなく、風魔弾正でもなく、一人の人間として。そうすれば何か見つかるかもしれん」 「その時は、また会ってほしいのだぜ」 怜が小指を差し出した。 指きりげんまん。約束の―― 弾正の脳裏によぎったものがある。それは小さな、本当に小さく細い小指。 弾正の唇が小さく動いた。 ジャンの胸に柚乃が手をあてた。光が淡く柚乃の手を包んでいる。崔が覗き込むと、 「助かるのか、こいつ」 「多分。でも」 柚乃は言葉を途切れさせた。命はとりとめたものの、このままでは危ない。 「俺が運ぶぜ」 崔がジャンを抱き上げた。 「やっぱりムチャクチャだな、こいつ」 ● 「そうか」 小さく肯いたのは冷然たる娘であった。 服部真姫。浪志組副長である。 その前に座しているのは秋桜であった。 「派閥があると思えば、手を貸しますか」 「当然だ」 真姫は淡々とした口調でこたえた。 「我々は同じ浪志組なのだからな」 「ほう」 ニィ、と秋桜は笑った。 「そういうことにしておきましょう。まぁ、このまま手を取り合って一枚岩になるのが一番ではあるのでしょうからねぇ」 「そういうことだが」 真姫は言葉を切った。それきり静寂が二人を包み込んだ。 |