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■オープニング本文 ● 「諏訪顕実め」 漆黒の狐面の内側から軋るような声がもれた。風魔弾正である。 力こそ正義である陰殻において、数十年ぶりに発動された叛。その叛の首謀者がこの弾正であった。 勝たねばならぬ。勝ってこその叛である。そのために弾正はあらゆる手をうってきた。その一つが調略である。 上忍四家である鈴鹿、名張、諏訪、北条。このうちの何家を味方につけるかが勝負の分かれ目であるといってよい。 が、その四家頭領の思惑が今ひとつわからない。北條では李遵と配下の間で意見不一致の色もあり、鈴鹿は所属する各シノビそれぞれの主に従えという掟を守って一派一丸とはならず、名張は自らが決定打となるために中立を決め込み、諏訪は情勢不透明として慕容王寄りの中立方針をとっている。 唯一色がついているとするなら、慕容王寄りの立場をとっている諏訪であった。故に諏訪こそ篭絡しなければならないと弾正は思っている。が、その諏訪顕実の態度が煮えきらないのだった。 「万ノ三忍」 弾正がいった。すると庭にぼうと炎が立ち上った。人型の炎が。 「火鬼。ここにおるぞ」 「水鬼はここじゃ」 庭の池から水が吹き上がった。その上に妖艶な娘が立っている。 「土鬼もおるようだな」 弾正がちらりと庭の隅に眼をむけた。土の表面にふたつの眼が開いていた。 弾正が問う。 「うぬら、諏訪将監を知っておるな」 「確か諏訪諏訪先代頭領」 「そうだ。隠居して久しい諏訪の爺だ。その将監をとらえてこい」 「とらえる? 我ら万ノ三忍にかかれば諏訪シノビをとらえることなど容易いことだが……しかし、今更将監をとらえて何とする?」 「人質とする」 弾正が冷徹に告げた。 「頭領の座を顕実に譲ったとはいえ、彼奴はいまだ隠然たる影響力をもっておる。あの顕実に対しても、だ。その諏訪将監をおさえることができれば、顕実に対する牽制となろう」 「ふん」 つまらなそうに水鬼と名乗った娘が鼻をならした。 「卍衆三忍がかかるには物足りぬ相手じゃが……仕方ない。ゆくか」 水鬼の姿が水中に埋没していった。気づけば炎は消え、土中にひらいた眼の痕跡もない。 ようやく狐面の内からくぐもった笑い声がもれた。 ● 「……弾正めが動いたか」 ある一室。丸眼鏡をかけた、秀麗な相貌の男が呟いた。諏訪顕実である。 彼の眼と耳である配下のシノビより、先ほど諏訪将監襲撃さるの報が届いたばかりである。襲撃者は卍衆。万ノ三忍であった。 「すぐに追っ手をかけまする」 「待て」 報せを届けた配下を顕実はとめた。 「相手は卍衆。たとえ追っ手をかけたとて」 顕実は苦い顔をした。 諏訪シノビの得意とするのは情報収集であった。戦闘ともなれば他の三流に一歩を譲る。ましてや敵は卍衆。まともに相手取るにはかなりの手勢が必要であった。が、それを今すぐには動かせない。 ややあって顕実の眼がきらりと光った。 「……ここは開拓者を雇うしかあるまいな」 ● 「卍衆よな」 廊下に歩み出た男がいった。 鶴のように痩せた体躯。老学者のように理知的な相貌。諏訪将監である。 「さすがに先代諏訪頭領。気づいていたか」 庭に立つ男が笑った。その左右に立つ男女もまた。 「万ノ火鬼」 「水鬼」 「土鬼じゃ」 刹那、三つの影が空に舞った。諏訪のシノビである。 万ノ三忍が一斉に顔を上げた。 次の瞬間である。火鬼の口から炎が噴出した。奔流ともいうべき紅蓮の炎が。 さらには水鬼の手から針のように細い水流が噴出した。土鬼の足元からは礫がはじけた。 三人の諏訪シノビはすべて空中で仕留められた。一人は消し炭と化し、一人は水流に胸を貫かれ、一人は飛礫の直撃をうけ、額を柘榴のようにはじけさせている。 「待て」 将監がとめた。さらなる諏訪シノビの襲撃をである。 「相手は卍衆じゃ。うぬらでは束になってもかなわぬ。――ゆこうか」 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
高尾(ib8693)
24歳・女・シ
イグニート(ic0539)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 「万ノ三忍?」 子猫のように可愛らしい顔だちの娘の表情が変わった。秋桜(ia2482)という。 彼女の前には諏訪シノビが立っていた。すでに諏訪顕実のつなぎはとれていたようだ。 「ご存知なのですか?」 問うたのは優しげな美少女だ。名をヘラルディア(ia0397)という。 「ええ。噂では土遁、水遁、火遁の使い手であると」 「凄い人達なのですね。それなのに、いくら調略の為とはいえ……卑怯です」 ヘラルディアが唇を噛んだ。老人を拉致するなんて許せないと思ったのだ。 「そうですねえ。毎度ながら、シノビの調略は強引で好きになれませぬなぁ」 「いいや」 秋桜を否定したのは妖艶な女であった。高尾(ib8693)という。 「人質をとって諏訪を揺さぶる…ふふん、シノビらしい卑劣なやり口だよ…悪くない。そういうの、あたしは嫌いじゃないよ」 「確かにシノビらしいやり口ですが」 彫刻的な顔立ちの美青年が苦笑した。狐火(ib0233)である。 「しかし弾正氏も趣のないことを」 「よほど諏訪を取り込みたいってことだろうさ」 ふん、と鼻をならしたみせたのは、落ち着いた物腰の女である。名は亘夕凪(ia8154)。 「そういうのは、気に入らない」 ぼそりと呟いたのは、端麗な相貌の若者であった。 「人質使って意のままに操る……忍びの世界では普通の事でも、その常識の外に居る俺達には、関係無い」 「ルーンワース(ib0092)君のいうとおりですね」 長谷部円秀(ib4529)の眼に蒼い光が揺れた。いつもは飄々としたところのある若者であるが、怒りに燃えた時、その眼は虎のそれとなる。 「ただの権力争いなど、私は興味はない。しかし老人を拉致するそのやり口は許せません」 「確かに許せん!」 高らかに吼えたのは、腕白小僧の印象のある若者であった。これは名をイグニート(ic0539)という。 「卍衆とやらはわかっていないな。拉致するなら美女と決まっておるだろうに!」 ちらりとイグニートは仲間を見渡した。すると、すぐにその顔が笑み崩れた。 「ぐふふ。居るではないか良い女が。シノビなどもやしばかりだ。見て飽きただろう。どうだ! 俺の女になれ!」 イグニートが高尾に迫った。この男、欲望には正直であった。 対する高尾は平然としたものである。手をのばし、遠慮なくイグニートの股間をまさぐる。 「あらあら。こちらはまだもやしのようだねえ、ぼうや」 「ふん、雌犬め」 吐き捨てたのは、一人木陰に隠れた男である。濃い化粧に隠れてはいるが、その眼にやどる光は蛇のそれである。孔雀(ia4056)であった。 「せいぜい仲間ごっでもしてなさいな。 あたしは好きにやらせてもらうから。あの諏訪顕実からの依頼よ。こんな魅力的な話、見逃すわけにはいかないわ。上忍四家、諏訪とのアツくてぶっとぉいパイプを繋げる絶好の機会だもの。。ンフフ。さぁて、お爺ちゃま、必ずこの孔雀がお迎えに上がりますわよ」 孔雀は舌なめずりした。 ● 「うん?」 獰猛な狼じみた顔つきの男が足をとめた。火鬼である。 「諏訪の虫けらども、びくびくと後をついてくるだけだと思っていたが」 「何人か近づいてくるようじゃの」 浅黒い肌の男もまた怪訝そうに呟いた。これは土鬼である。 「仕掛けてくるつもりかねえ」 ニンマリし、妖艶な女が老人をちらりとみた。女は水鬼であり、老人は諏訪将監である。 「何とか追いついたようだね」 ルーンワースが眼をすがめた。老人と三人の男女が足をとめ、こちらの方に刺すような視線をむけている。 「皆様」 ヘラルディアが仲間に呼びかけた。呪紋のういたその瞳はじっと三人の男女にすえられている。 「わたくしたちの役目を忘れないでください。突出すると」 「おい、じじい!」 ヘラルディアの忠告などどこ吹く風といったようにイグニートが足を踏み出した。 「助けにきてやったぞ。泣いて喜ぶがいい!」 「あの、だから……あまり突出すると」 「男二人に女一人か。構わん、男は皆殺しだ」 歩きつつ、イグニートは黒灰色の刀身を持つ剣を抜き払い、肩に担ぎ上げた。慌ててヘラルディアが呼びとめる。 「ま、待ってください。あ、あまり突出すると……あっー」 「まずはお前からだ。死ねぇ! イグニート・スラァァッシュ!」 イグニートが殺到した。瞬時にして加速。たちまちのうちに間合いをつめる。 と、火鬼が口を尖らせた。次の瞬間だ。その口から炎が噴出した。 「うっ」 顔にかざした手を灼かれつつ、しかしイグニートは突進をやめなかった。火鬼めがけ、バルムンクの刃を薙ぎおろす。 垂直にはしる白光をかわし、火鬼は空に跳んだ。イグニートの背後に降り立ち、首にがしりと腕をまわす。くっ、とイグニートは呻いた。 「炎にために間合いが狂ったか」 「そういうことだ」 火鬼の全身が紅蓮の炎に包まれた。辺りに異様な匂いが立ち込め。イグニートの身体の灼ける匂いだ。 「イグニートさん!」 ルーンワースが手を火鬼にむけた。すると火鬼はイグニートの身体をルーンワースにむけた。 「何をするつもりかわからんが、やれるか、若造?」 「できる!」 ルーンワースの掌の前の空間に輝く魔法円が展開した。異空間で構築された呪術的熱量が転換、現象化する。それは氷の刃の形状を固定化した。 「アイシスケイラル!」 ルーンワースが呪文の最終言語を詠唱。その瞬間、氷の刃が疾った。曲線をえがき、火鬼の身体に突き刺さる。 あっ、と呻く声はしかしルーンワースの口からあがった。氷の刃が火鬼の身体に触れる寸前、消滅してしまったためだ。 「ふははは。忍法、火炎車!」 白霧の中に火鬼の哄笑が響いた。 その時である。火鬼の腕がわずかに緩んだ。 「ぬおおお」 イグニートが火鬼の腕をつかみ、上体を曲げた。そして一気に火鬼を投げ飛ばした。 「何!?」 信じられぬものを見る顔で火鬼が空を舞った。そのまま受身もとりえず地に叩きつけられたのは、イグニートに投げられたことの衝撃の証左である。 「ううぬ。若造が!」 むくりと火鬼が身をおこした。その頬が大きく膨らむ。 「や、やめろ、火鬼」 土鬼が制止の叫びをあげた。が間に合わぬ。火鬼の口から炎の奔流が噴出された。 咄嗟にイグニートとルーンワースは横に飛んだ。が、ヘラルディアは間に合わなかった。炎がヘラルディアを飲み込み―― ごろごろと二人の女が地を転がった。高尾とヘラルディアである。 「大丈夫ですか」 ヘラルディアが強張った顔を高尾にむけた。ヘラルディアを救うため、高尾は炎を浴びたはずである。 「心配はいらないよ」 高尾はニンマリした。その身から砂が零れ落ちる。忍法砂防壁であった。 「あ、ありがとうございます、高尾様」 ほっと吐息をつき、ヘラルディアが高尾に微笑みかけた。その可憐な顔を一瞥し、すぐに高尾は顔をそらせた。 「ちっ。人間の女が」 高尾が吐き捨てた。人間の女は彼女にとっては単なる道具でしかない。その意味でヘラルディアは有用な道具であった。 「しかし」 高尾は周囲を見回した。火鬼の吐いた炎によって辺りの木々が燃え上がっている。 「そうですね」 うなずいたヘラルディアが小さく両手を舞わせた。その動き自体が一種の呪的行為であり、祈りであった。ヘラルディアの周囲に展開された熱量が傷ついた仲間の身体を瞬時に癒していく。 「火鬼の馬鹿が」 舌打ちすると水鬼が身を屈めた。と、地から水が吹き出した。まるで驟雨のごとく辺りに水飛沫を散らす。 木々を燃え上がらせている炎がしずまりはじめた。水蒸気と煙が周囲を灰白色に染める。 「ぬっ」 はじかれたように土鬼が振り返った。 刹那である。煙を切り裂いて真空の刃が疾った。 ● 狐火が足をとめたのは、ヘラルディア達が万ノ三忍に仕掛ける少し前のことであった。 「もうすぐ接敵します」 狐火がいった。彼の聴覚は超人域にまで高められている。 「さあて」 夕凪が刀の柄に手をかけた。ちらりと、その手に秋桜が眼をやる。その視線に気づいた夕凪がふふんと笑った。 「相手はシノビ。それも卍衆だ。私らが分かれて追ってる事も、下手すりゃ足音等で既に気取られてると考えた方が無難やな。なら遠慮はいらないさね」 その時だ。前方の樹間から煙が立ちのぼるのが見えた。 「はじまったか」 夕凪が駆け出した。残る四人も地を蹴る。 「あれか!」 真っ先に標的を見つけたのは、瞬間移動としか思えぬ迅さで疾駆していた円秀であった。 十数メートルほど離れた樹間。老人と三人の男女の姿が見える。さらにそのむこう、イグニートの姿があった。 「ぬうん!」 夕凪が袈裟に刃を薙ぎ下ろした。振り下ろされる刃の先から放たれたのは真空の刃である。 「忍法、土竜壁」 土鬼が地に手をつけた。次の瞬間、地より岩の壁が現出し、夕凪の放った真空の刃をはじいた。 「しかしまぁ、卍衆のシノビは揃いも揃って化け物のようなものばかりですねぇ」 秋桜がましらのように跳んだ。空中で素早く結印。うっ、と水鬼が呻いた。その足に鮮血にまみれた針が突き刺さっている。 水鬼がじろりと秋桜を睨みつけた。 「裏術鉄血針か。こしゃくな」 「まずは足を」 ニッと秋桜が笑った。 刹那だ。秋桜の足元の小石が跳ねた。凄まじい勢いと破壊力をひめて秋桜の腹に食い込む。 たまらず秋桜が身を折った。口から血があふれ出す。 「忍法、飛竜礫。――水鬼よ、無事か」 土鬼が問うと、水鬼が悔しげに首を振った。 「足をやられた。ともかく諏訪の爺をつれて、ここを離れよ」 「馬鹿な」 火鬼が吼えた。 「わしらは万ノ三忍ぞ。それが逃げるなど」 「仕方あるまい」 土鬼が、まるで子猫のように軽々と諏訪将監を肩の上に担ぎ上げた。驚くべき怪力である。 「どけい!」 土鬼の前をはしる火鬼の口から炎が迸り出た。 ● 「忍法、水竜槍」 水鬼の足元から幾つもの細い水流が噴き上がった。 「夕凪様、危ない!」 ヘラルディアの叫び声。彼女は水鬼が水を操る様を見ている。 夕凪がはじかれたように跳び退った。彼女のいた空間を貫いてはしった水流が樹木を弾丸のように穿つ。恐るべき破壊力であった。 「仕方がないねえ」 凄絶な笑みをうかべ、夕凪が立ち上がった。ほほう、と水鬼もまた笑う。 「死ぬ覚悟を決めたか、女」 「まあね」 答えるや否や、木製の盾をかまえて夕凪が水鬼に迫った。が、何で接近を許そう。水鬼の足元から水が噴出した。 「死ね! ――あっ」 愕然とした呻きは水鬼の口から発せられた。 樹木すら貫く水流は確かに盾を貫いている。のみならず夕凪の腹にも突き刺さっていた。が、貫くには至っていない。 「今だ、円秀さん」 夕凪が叫んだ。彼女の腹にぶち当たっている水流が赤く染まっている。 「おお」 円秀が夕凪の肩を蹴った。見上げる水鬼の頭上を跳び越し、着地。さらに地を蹴った。 「ぬうう、いかせぬ!」 憤怒の形相で水鬼が振り返った。そして結印。いや、結印が乱れた。 ニヤリ、としたのは樹木の後ろに隠れた孔雀である。その手には数枚の符が挟まれていた。 すると水鬼がよろけた。後ろから蹴り飛ばされたのである。 振り向いた水鬼の顔面を袈裟に光が薙いですぎた。夕凪の抜き打ちである。 「馬鹿……な」 「馬鹿ではございませぬな」 秋桜が躍りかかった。長巻の刃が心臓をえぐり、水鬼のとどめを刺す。 「わたくしたちを敵としたこと、最初から運命は決まっていたのでございますよ」 ● 標的確認。座標軸固定。 「アークブラスト!」 ルーンワースはトリガーとなる呪文を詠唱した。 稲妻顕現。はしる紫電が火鬼に突き刺さった。 「くっ。火竜砲」 火鬼の口から紅蓮の炎が噴出した。木々がたちまち火に包まれる。 「くっ」 イグニートが後退った。野生児たる彼も炎には抗するべくもない。 ちいっ、と土鬼が舌打ちした。 「火鬼、やめろというに――ぬっ」 雷に撃たれたかのように土鬼が振り返った。その眼前、円秀の姿が現出する。 「にがさんよ、残念ながらね」 円秀が足をはねあげた。鉈のように重い一撃を土鬼の脇腹にぶち込む。 さすがにたまらず土鬼が吹きとんだ。諏訪将監は投げ出されてしまっている。と―― 諏訪将監の身体ががっしと受け止められた。 「お爺ちゃま」 ニンマリと笑ったのは孔雀であった。 「ここは危ないわ。むこうにいきましょう」 将監をおろし、手をひいて走り出す。待て、と土鬼が立ち上がったが、すぐに呻いて身を折った。肋骨が数本砕けてしまっている。何たる円秀の蹴りの凄絶さか。 「爺!」 火鬼が口を尖らせた。が、将監がいる。炎を吹くことはできない。 孔雀がちらりと振り返った。直後、濃密な漆黒の霧が彼の背後に渦巻いた。瘴気の霧である。 ふふん、と孔雀は薄笑いした。彼としては卍衆などという面倒な連中と何時迄も遊んでいるつもりはない。 「将監さえ連れ戻せれば後は野となれ山となれ、どーだっていいのよお。競争相手は少ない方が都合がいいし、嗚呼ン、共倒れにでもなってくれないかしら」 平然と孔雀はうそぶいた。 「ええい、待て」 火竜砲が使えぬ火鬼が将監を追おうとした。 その時である。火鬼の傍らで殺気が膨れ上がった。 火鬼が横に跳んだのと、刃が光をはねたのが同時であった。 「お、おのれ」 地に降り立った火鬼が首をおさえた。指の隙間から鮮血が溢れている。致命傷ではないが、首を切り裂かれていた。 「浅かったようですね」 忍刀を片手に、ニンガリと狐火が笑った。秘術影舞は姿を隠すことができるが、さすがに殺気まで抑えることはできない。 土鬼の前に立ちはだかった円秀の視線が動いた。遠くなる孔雀の背が見えている。今ひとつ信用できない男だが、ともかくも将監の確保はできた。将監を逃すことさえできればこちらの勝ちであった。 「もう少し大人しくしていてもらうぞ」 「ほざけ」 怒号を発した土鬼であるが。その眼は舞うがごときヘラルディアの姿をとらえていた。ヘラルディアが舞うごとに敵は確実に復活していく。水鬼を失った今、この状態で戦うのは不利であった。 ● 「待ちなよ」 音もなく地に降り立ったのは高尾であった。すでに戦闘域からは遠く離れている。 顔をしかめて孔雀が立ち止まった。 「あらん、まだ生きてたのぉ。相変わらず欲深い雌犬ねぇ、ンフッフ」 「あんたこそ、相変わらずだねえ。で、なに企んでるんだい? 美味しい話なら一枚噛ませなよ。あたしとあんたの仲じゃないか」 「どんな仲だっていうのよ。……まあ、いいわ。ところで諏訪のお爺ちゃま、ひとつ聞きたいことがあるのだけれど」 「聞きたいことじゃと」 将監の怪訝そうな顔を孔雀にむけた。 「そう。上忍四家のかつての頭領たる諏訪将監なら何か知ってるでしょう、慕容燕のこと」 「何っ」 将監の眼が黄色く底光った。その顔をじっと見つめる孔雀の唇の端がきゅうと吊り上がった。それは魔性の笑みであった。 |