【希儀】グライアイ
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/26 08:06



■オープニング本文


 希儀。
 希望の一字を冠した新たな儀。
 その希儀についに開拓者達は降り立った。ある者は希望を胸に、ある者は野心を瞳に、そしてまたある者は欲望を血にやどし。
 人々は様々な方向に散り、探索を開始した。そしてある道をすすむ一団があった。
 それは危険な道であった。底も見えぬほどの崖と崖を結ぶものだ。大勢が一時に渡ると崩落してしまいかねない恐さがある。
 ところで、その一団。彼らは開拓者ではなかった。金や財宝を目的をする者に雇われた、金や財宝を目的とする者達である。
「おい」
 先頭をゆく男が足をとめた。
 道を渡った先。森が見えていた。
 その森の入り口に小さな人影が三つある。切り株に座った少女。どうやらそれは人間ではないようだった。
 身長は一メートルくらいだろうか。蜻蛉のものに似た半透明の羽根をもっている。瑪瑙を溶かしたような鮮やかな碧の髪の下、眼の位置にバンダナを巻いていた。姉妹ででもあるのか、三人とも非情に似通った顔立ちをしている。
 その少女達の背後。最もこの場にそぐわぬモノがあった。
 青銅の鎧。数は三つだ。それぞれに剣を携えている。
「あっ、人間だ」
 真ん中の少女が驚いたような声をあげた。反射的に男達が身構える。正体も知れぬ世界において遭遇したモノ。まずは敵として対した方がいい。
「何だ、お前達は?」
「へへへ。あたしたち、グライアイっていうんだ」
「そうだよ。グライアイっていうんだよ」
「そう、グライアイ。お前達、人間なの?」
「ああ」
 男がこたえると、グライアイと名乗った少女達は顔を見合わせた。
「やっぱり人間だ」
「そうだよ、人間だ」
「だから人間だってば」
「人間ってわたしがいったでしょ」
「だから人間なんだって」
「ま、待て」
 男がとめた。
「そんなにもめなくても俺達は人間に間違いはない」
 男はいった。どうやらグライアイに敵意はないようだ。
 と、あることに気づき、男はぎくりとした。
 真ん中の少女が小さな何かをもっている。最初は玉か何かだと思っていたのだが、どうやらそれは眼球であるらしい。
 その男の様子に気づいたのか、グライアイは男に顔をむけた。
「ふーん。久しぶりに見るけど、人間って熊みたいな顔してるんだ」
「違うよ。猪だよ」
「ばーか。あれは河馬だよ」
「殺すぞ、貴様ら」
 男は満面を怒りにどす黒く染めた。が、すぐに怒りをしずめるとグライアイに問うた。
「この森の中に宝はないか」
「宝?」
 グライアイ達が再び顔を見合わせた。そして真ん中の一人が首を振ると、
「ないよ、宝なんて。キビシスならあるけど」
「しっ。いっちゃいけないんだよ、キビシスのことは」
「そうだよ。アゾォーテムから預かったキビシスを森に隠してあることは内緒なんだから」
「そっか」
 真ん中の一人は頷くと、
「この森の中にキビシスはないよ」
「馬鹿か」
 今度は男達が呆れたように顔を見合わせた。が、すぐに一人が眉をひそめた。
「……アゾォーテム。聞いたことがあるぞ」
 先日のことだ。この希儀において戦いがあった。辿り着いた開拓者と希儀に棲むアヤカシとの間に繰り広げられたものだ。
 その戦いの最中、イルオーンなる上級アヤカシがアゾォーテムという名を口にしたという。どうやらアゾォーテムというのも上級アヤカシであるらしい。
「おい」
 素早く男達は目配せした。もしかするとキビシスは宝であるかもしれない。
「グライアイ。キビシスというのは宝か」
「宝? 何だかわかんないけど、キビシスは鏡だよ」
「そうだよ。苦手だからアゾォーテムが隠しとけっていったんだ」
「だからわたしたちがこの森に隠したんだよ」
「だから、キビシスのことは内緒なんだって」
「そっか。えーっと、キビシスはこの森にはないんだからな」
「あほめ」
 面倒くさそうに顔をしかめると男は足をすすめた。
「森の中を探すぞ」
「だめだっていってるだろ。どうしてもっていうんなら」
 右の少女が男達にむかって指を突きつけた。
「やっちゃってください、ベレロフォンちゃん、アタランテちゃん、メレアグロスちゃん」

 どれほどの時が経ったか。たった一人生き残った男が探索中の開拓者達のもとに辿り着いた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
狐火(ib0233
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文


「あれか」
 一人の若者が眼を見開かせた。少年めいた、どこか青く輝いた表情の若者だ。名を九法慧介(ia2194)という。
 その慧介の眺めているのは崖のむこうであった。つながった道の先、森がある。その森の前に幾つかの人影らしきものがあった。
 小柄の少女らしきものが三つ。青銅の鎧のようなものが三つ。話に聞いていた通りだ。
「希儀、かあ」
 大きくのびをするように背をのばし、感慨深げに娘が辺りを見回した。さらさらした銀色の髪を無造作に結った、華奢ではあるが効率の良さそうな筋肉が程よくついた身体の持ち主。フィン・ファルスト(ib0979)だ。
「ここまで来るのには色々ありました」
 フィンはふうと息をついた。その顔がみるみる熟柿みたいに真っ赤に染まった。門番との戦いの記憶が脳裏に蘇ったのである。
「……あう」
 羞恥に顔を両手で覆い隠し、フィンは身悶えした。純真一途な元気娘にとって、同性の秘所を舐めるという行為はあまりに刺激に過ぎたのである。
 と――
 ほう、と感嘆の声をあげた者がいる。ひどく艶っぽい二十歳ほどに見える娘であるのだが。
 人間ではない。龍の神威人であった。
 名を椿鬼蜜鈴(ib6311)というその娘は眩しそうに眼を眇めると、
「随分と愛らしいめのこに…其れに似つかわしゅうない無骨な青銅鎧じゃのう…」
「アヤカシ……でしょうか?」
 小首を傾げたのは、陰陽師であるのか狩衣をまとった少女であった。表情は薄ぼんやりしているが、その黒瞳には聡明そうな光がある。名は鈴木透子(ia5664)。
「一見したところ精霊のように見えますが」
「だったらいいな」
 瞳を輝かせたのは可憐な美少女であった。顔だけみれば十代半ばほどであるのだが、その瑞々しい肢体はすでに咲き誇った薔薇を思わせる。これは名を柚乃(ia0638)という。
 すると氷の彫刻めいた美貌の青年が首を振った。名を狐火(ib0233)というその青年は皮肉に笑うと、
「探すと宣言しただけで人間を殺害した本性を考えれば、たとえアヤカシでなくとも真っ当な交渉は無理と判断した方がいいでしょうね」
「そうとばかりはいえないんじゃないか」
 豊かな肢体の娘が狐火の言葉をやんわりと否定した。秀麗な娘で名を雪刃(ib5814)という。
「話を聞く限り、やられた方にもそれなりの問題があったみたいだからね」
「確かに非は彼らにあったと思わざるを得ないのですよ〜」
 くく、と男が嘲笑った。ウィザードコートをまとった、どこか不吉な道化師を思わせる男だ。名をディディエ・ベルトラン(ib3404)という。
 が、狐火の冷笑に変わりはない。グライアイがアヤカシであろうとなかろうと、狐火はいった。
「いずれアゾォーテムと戦わねばならぬ時が来るはずです。その場合、アゾォーテムが忌み嫌うというキビシスが役に立つでしょう。必ず入手せねばなりますまい」
「が、ともかく」
 それまでじっと仲間の会話を聞いていた青年が口を開いた。端正な面立ちで尊大に背を顎をあげている。久我御言(ia8629)であった。
「まずは接触しなければ話は始まらない。そのためにこれは必要だろう」
 御言は背負っていた袋をおろした。中には大量の酒瓶がおさめられている。
「私にとって、こちらに来て始めて会話ができそうな相手だ。まずは楽しませてもらうよ」
「その意見には賛成です」
 グライアイをじっと眺めていた若者が肯いた。
 かなりの長身。それでいて華奢な印象がないのは鍛え抜かれた身体が放つ高圧の気のためだ。竜哉(ia8037)である。
 竜哉もまた袋を掲げてみせた。
「少女の姿をしていると聞きましたから、贈り物を贈ろうと思いまして」
「へえ」
 慧介は眼を丸くした。己よりも若年である竜哉がそのようなことを考え、すでに贈り物まで用意していようとは。どこか子供っぽさの残る慧介には思いもつかぬことであった。
「さあ、宴を開こうか」
 御言が袋を背負い上げた。


「あっ、人間だ」
 妖精を思わせる三人の少女のうち、真ん中の一人が可愛らしい声を発した。グライアイである。
 谷を渡り終えた雪刃はほっと胸を撫で下ろした。まずは谷を渡ることが鍵と思い定めていたからだ。
「はいはい、人間でございますよ〜」
 ニンマリし、ディディエが肯いた。すると右のグライアイが、へえ、と驚いたような声をもらした。
「って、お前達、本当に人間? この間見た人間は熊みたいな顔だったぞ」
「そうだね。そいつみたいな可愛らしい顔した奴はいなかったよ」
 左のグライアイがフィンを指差した。フィンは一瞬きょとんとし、すぐに頬を赤らめた。
「か、可愛いって……あ、あたしはそんなに可愛くないですよ」
 恥らうようにフィンは手を振った。唸りをあげてはしったそれは、傍らの樹木の幹に激突。びきり、と亀裂をはしらせた。
 ほお、とグライアイは歓声をあげた。
「お前、顔は可愛いけど、力は熊と同じだな」

「私は久我御言という。御言様と呼んで頂いて構わんよ?」
 御言が尊大に挨拶した。そして好奇心いっぱいの眼でグライアイを見渡すと、
「さて、君達は何者かね? アヤカシなのかね?」
「妖精だよ」
 真ん中のグライアイがこたえた。すると蜜鈴が眉をあげた。
「ほう、愛らしい女の子達よ、おんし等は妖精であるのか。わらわは椿鬼と云う名なのだが、おんし等、に名はあるかの?」
「グライアイ」
 三人同時にこたえた。

「どうです?」
 木陰に隠れた狐火が問うた。すると透子は片眼鏡をかけた。
 真なる水晶の瞳。精霊と瘴気の力の流れを感じることができる神秘の眼鏡だ。
「アヤカシではありませんね」
 透子はこたえた。三人の少女から瘴気は発されていない。でも、と透子はいった。
「あの青銅鎧はアヤカシです」

「人間がやってくることを、なぜご存知なのです?」
 ディディエが問うた。すると左のグライアイが首を振った。
「知らないよ。この前、久しぶりに人間がやってきたんだよ」
「久しぶり? では、その前に人間を目にしたのは何時頃の話しになるのでしょう?」
「えーっ?」
 グライアイは困惑した表情をうかべた。
「ずいぶん前だよ。お日様が数え切れないくらい昇ったもん」
「その人間達は何処に姿を消したのです?」
「さあね。死んじゃったんじゃないの」
「死んだ!?」
 雪刃の表情が変わった。そして、ちらりと青銅鎧の様子を窺った。
 生き残った男の話によれば、彼の仲間を殺したのは青銅鎧である。その近くにいることは少なからぬ緊張感を彼女にもたらしていた。
「どうして人間は死んだのかな」
 雪刃がキャンディを差し出した。するとグライアイは珍しそうにキャンディを手に取ると、
「アヤカシに殺されたんじゃないの。アザトッホニウスやアゾォーデムなんかと戦ってたみたいだから」
「アザトッホニウス?」
 慧介が眉根をよせた。アゾォーデムの名は聞いたことがあるが、アザトッホニウスは知らない。
 フィンが問うた。
「アザトッホニウスとは何なのですか」
「大アヤカシだよ。今はどっかにいっちゃったけど」


「何故、斯様な森に斯様な鎧と共に住まう?」
 酒に口をつけ、蜜鈴が問うた。すると柚乃の詩に聞き惚れていたグライアイが、真っ赤な顔をむけた。どうやら妖精も歌と酒に酔うらしい。
「もりゅは、もりょもりょ、わたしたちのすんれいたところらもん。れも、ベレロフォンちゃんらちはアゾォーデムが貸しれくれらんらよ」
 フィンがちらりと青銅鎧を見た。青銅鎧は依然として死んだように動かない。今度はフィンが尋ねた。
「アゾォーデムとどういう関係? どうしてベレロフォンちゃん達を貸してくれたの?」
「あいちゅはねー、目玉とバンダナくれたんらよ。らからキビシス、もりゅに隠してあげたんら。ベレロフォンちゃんたちは、そのお守り役ってところかにゃ」
「キビシス?」
 柚乃がわざとらしく首を傾げてみせた。
「果物か何かでしょうか?」
「ちがうよぉ。鏡だよ」
「鏡? …こういうの?」
 柚乃が青く輝く金属製の鏡を取り出した。照妖鏡だ。
 すると珍しそうにグライアイが覗き込み、
「しょうしょう。しょういうにょ」
 竜哉の眼がきらりと光った。これでキビシスの大体の様子はわかった。
 それにもう一つ確認できたことがある。森にキビシス以外の秘密はないということだ。
「グライアイちゃん」
 フィンが柚乃のもふらのぬいぐるみを手にすると、
「そのキビシスなんだけど、これと交換してもらえないかな」
「らめらよー」
 グライアイは一斉に首を振った。
「では私達もキビシスを守るお手伝いをさせていただけませんか」
 ディディエがニンマリした。
「で、一度実物を見せていただきたいのですが」
「らーめ」
 グライアイはまたもや一斉に首を振った。
「アゾォーデム、れったいに誰にみょ見せるにゃ、つってたもん」
「そうですか」
 苛立ちに、さすがにディディエは一瞬眉間に皺を寄せた。グライアイという妖精、なかなかに強情である。
 と、何かを思い出したかのように御言が眼を見開いた。
「おや、それは確かアソコにあった…いや」
 そそくさと御言は立ち上がった。そして仲間を促し、
「ははは、楽しかったよ諸君! ではまた会おうではないか!」
 慌てた様子で背を返した。


 結局、グライアイは酔っ払って寝てしまった。眼を覚ましたのは昼近くである。
「ねー、昨日、御言って奴、変なこといってなかった?」
 真ん中の少女が左右の少女にむかって問うた。
「いってた。キビシスがどうのって」
「もしかして見つけられちゃった?」
 左の少女がふわりと空に舞い上がった。
「ちょっと確かめてみようよ」

「動き出したよ」
 谷のむこうで慧介が告げた。
「森に入っていく。どうやら久我さんの嘘が効いたようだね」
「私が追います」
 狐火が立ち上がった。
 グライアイを尾行するに騒ぎを起こすわけにはいかない。そのためには青銅鎧の監視の眼をかいくぐる必要があった。そして、それができるのは狐火只一人なのである。
 狐火は悠然と歩き出した。



「どこにいる?」
 森の中、狐火は耳を澄ませた。
 幾許か。狐火の顔に焦りの色が滲んだ。
 グライアイのたてる音がとらえられないのである。心臓の鼓動も、羽音も。
 どれほど時が経ったか。ようやく狐火はグライアイらしき者が発する声をとらえた。もうすぐ森の出口だよ、とそれはいっていた。
 狐火は木陰に身を隠した。ややあって彼の眼前をグライアイが通り過ぎていく。
 瞬間、狐火は時をとめた。グライアイに走り寄り、その手から目玉を奪う。
 再び時が流れ出した時、愕然たるグライアイの叫びが響き渡った。
「あー! 眼がない!」
「ここです」
 ニヤリとし、狐火は目玉を掲げてみせた。
「眼を喪いたくなければいうことを聞きなさい」
「ばかーっ!」
 グライアイが青銅鎧を呼んだ。惑乱したグライアイに狐火の言葉は届かぬようであった。
 はじかれたように狐火が後方を見た。凄まじい速さで何かが接近してくる。
「ちいぃ」
 狐火が跳び退った。それを追うように何かが木々の間から飛び出した。青銅鎧だ。
 同時に青銅鎧の剣が抜きうたれた。が、それらはことごとく空をうった。狐火が時をとめ、逃れたのである。
 が、狐火の顔にはまたもや焦りの色があった。時をとめる業は練力を多く消費し、多用はきかないからである。
 再び三筋の剣光が流れた。が――
 そのひとつは澄んだ音をたて、はじかれた。突如現出した鉄の壁によって。
 寸前、歌の如きものをその場の誰もが耳にした。
 呪文詠唱。蜜鈴の魔術である。
 さらに二つ。それはフィンの盾と雪刃の大太刀――殲滅夜叉によって受け止められている。
 次の瞬間だ。呻く声がフィンと雪刃の口から発せられた。激烈な衝撃にはねとばされてしまったからだ。
「何て力――」
 フィンは痺れる手を見下ろした。
「雪刃! 離れろ!」
 叫ぶ声とともに空を裂いて矢が疾った。慧介だ。
 ひらりと雪刃の身が空に舞った。直後、一瞬だが青銅鎧が身を揺らめかせた。胴の継ぎ目に矢が一本突き刺さっている。
 同時に獣の如き迅さで何かが疾走した。竜哉だ。
 きら、と。光が真一文字に流れた。別の青銅鎧の足の継ぎ目から瘴気が噴出する。竜哉の槍の一撃だ。
 地を削りながら停止、反転した竜哉の表情に、しかし会心の色はない。
「手応えはあったが。しかし思ったより頑丈だな」
 その竜哉の呟きを耳に、木陰から透子が姿をみせた。その姿がわずかに歪んで見えるのは濃密な瘴気の結界をはっているからだ。
「グライアイ」
 透子はグライアイにむかって呼びかけた。彼女の背後では、彼女を守るべく開拓者達が戦い、傷ついている。柚乃と蜜鈴の癒しの業があるが、それでも急がねばならない。
「あたしはアヤカシです。今までキビシスを守ってくれてありがとう。でもキビシスが必要になりました。渡してください」
「だめだよ」
 グライアイが同時に首を振った。そして真ん中の少女が、
「アヤカシにもキビシスを渡すなってアゾォーデムがいってたもん」
「ええい」
 狐火ほどの冷静沈着な男も歯軋りし、目玉を掲げてみせた。
「いいかげんにしなさい。それ以上暴れるのなら目玉を握り潰しますよ」
「あー」
 グライアイは悲鳴のような声をあげた。
「ずるい」
「ずるいのは承知の上です」
 狐火は冷たくこたえた。
「さあ、キビシスを渡しなさい。そうすれば目玉を返してあげます」
「うー」
 グライアイは歯軋りした。それから顔をあわせると、
「どうする? キビシス、渡しちゃおうか」
「でもキビシス渡しちゃうと、アゾォーデムが怒るよ」
「そっか。あいつ、怒るとおっかないからな」
「うん。せっかく取り戻した目玉、取り上げられちゃうかもしれないよ」
「だよね。キビシス渡すのはまずいよね」
「じゃあ、アゾォーデムにまた目玉もらっちゃえばいいんじゃない?」
「だよね。もう一個くらい目玉くれたっていいよね」
「そうだよ。人間なんて二つも目玉もってるんだから」
 すう、とグライアイが空の高みに舞い上がった。そして、べえ、と舌を突き出した。
「もうそんなのいらないよーだ」
 グライアイが風に溶け込んだ。光の粒子となって消えていく。
 雷を放とうとして上げた手を蜜鈴はおろした。
 もし撃っていたらグライアイの一体くらいは撃ち落せたかもしれない。が、蜜鈴はそうしなかった。
「こうなれば仕方ありませんね〜」
 やれやれとばかりにディディエは肩をすくめて見せた。
「青銅鎧と戦っても骨折り損。早々に退散しますか〜」
 いうが早いか、ディディエはくるりと背を返した。後を透子が追う。その懐には森の入り口近くで見つけた死体――依頼人の仲間から集めた遺品があった。
 戻ったら弔ってあげよう。それが今のあたしにできる唯一のことなのだから。
 透子は走った。他の九人の開拓者もまた。
 希儀と名づけられた世界。そこで彼らを待ち受けるものは何か。
 とまれ、アゾォーデムの戦いはすぐそこまで迫っていた。