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■オープニング本文 ● 「これは!?」 大きく眼を見開いたのは美麗な若者であった。 名は蔵馬。東房の王である天輪王が懐刀とたのむ美僧である。 魔神封印に繋がるとされる遺跡の奥。そこには三人の美女に守られた門があった。 死闘の末、その美女は開拓者によって斃された。そして蔵馬の手により門が開かれたのであるが。 そこは広い空間であった。奥に祭壇らしきものがある。炎をまとった鳥らしきものが彫刻されているが、おそらくはそれこそ魔神ふぇねくすであろう。 祭壇の上には黄金色の炎が大きく燃え盛っていた。さらに、その祭壇へ近づくことを許さぬかのように青白い炎の壁がある。 「蔵馬様、あれこそは魔神封印の鍵なのではありませぬか」 声がした。振り返った蔵馬は、そこに十名を超す僧の姿を見出した。雲輪円真よりつかわされた僧達である。 「蔵馬様も開拓者もお疲れのご様子。ここは我らにお任せを」 一礼すると、僧達が駆け出したいった。 と、地面に青白い炎が立ち上った。その中から現れたのは骸の、あるいは骸骨の、あるいは包帯を全身に巻いた存在であった。 「でたな、アヤカシども!」 僧達が異形どもに襲いかかった。たちまちのうちに打ち砕く。 「他愛もない」 冷笑すると僧達は炎の壁に歩み寄っていった。よく見ると炎の壁の厚みはほとんどない。飛び込めば、多少の火傷はするかも知れないが、向こう側に辿り着けそうであった。 「よし、俺が」 一人の僧が炎の壁めがけて飛び込んだ。 次の瞬間である。僧の姿が消失した。一瞬にして燃え尽きてしまったのである。 「ば、馬鹿な」 一人の僧が呻いた。 その時だ。危ない、という蔵馬の声が飛んだ。 慌てて振り返った僧達は驚くべき光景を目撃した。砕いたはずの異形が青い炎に包まれて蘇りつつある。 「ふん。何度蘇ろうと、所詮は雑魚よ」 一人の僧が嘲笑しつつ襲いかかった。 その嘲笑は、数瞬後には宙を待っている。斬り裂いたのは包帯を顔面にまいた異形。背に二本の剣を背負っており、その一本で薙ぎ払ったのであった。 「うん?」 蔵馬は眼を眇めた。 包帯の異形の胸には紫色の玉が埋め込まれていたからである。いや、他にも玉が埋め込まれている異形が存在する。同じ包帯を巻いた異形。一方は手裏剣、一方は無手だ。それぞれの玉の色は赤と黒であった。 包帯の異形は覗いている口をニヤリと笑ませた。 「おめえらの力はだいたいわかった。今度はこっちが遊ぶ番だ」 包帯の異形がいった。すると一斉に他の異形が僧達に襲いかかった。先ほどの戦いが嘘のように僧達が殺されていく。 「させぬ」 蔵馬と開拓者が飛び込んだ。異形を砕き、僧を救う。が―― たちまちのうちに異形が復活した。包帯の異形がまたもやニヤリとする。 「見たぜ、お前達の力」 「門から出ろ!」 生き残りの僧を抱え、蔵馬が門から飛び出た。後に開拓者が続く。どうやら門を出て異形は追って来ないようである。ただ嘲笑う声だけ追って来た。 「円真殿に知らせなければ。炎の壁により祭壇には近づけぬ、と。が、炎の壁を突破する鍵は必ず遺跡内部にあるはず……」 門を再び閉じ、蔵馬は呟いた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ● 「わや、門のトコで姉ちゃん達をやっつけたと思ったらまた敵なのだぜ」 眼をまん丸くしたのは少女と見紛うばかりに美しい顔立ちの少年であった。名は叢雲怜(ib5488)という。 「次から次と」 わずかに顔をしかめたのは十代半ばほどの少年であった。それにもかかわらずとてつもなく落ち着いた様子をしている。これは名を竜哉(ia8037)といった。 「けど」 ニッと怜は悪戯っ子のように笑った。 「姉ちゃん達よりは姿的には戦い易い敵なのだ。てか、前回の姉ちゃん達には何か変なコトさせられたような…あんま良く覚えてないけど」 怜が首を傾げた。その脳裏にぼんやりとうかぶ光景がある。 白い太股。その付け根にある淡い翳り。そして眩暈を起こしそうな甘い香り。そこに顔をうずめ―― 「夢だ」 怜の頭に、そっと竜哉が手をおいた。 「忘れてしまった方がいい」 「炎の壁なんてもう見てるだけでも熱いねぇ」 この場にあって、拍子抜けしそうなほどのんびりした声が流れた。 声の主は二十歳ほどの若者で、どこか春風の匂いがした。九法慧介(ia2194)である。 小さく笑むと、慧介は祭壇の前に佇む異形を見渡した。 「なかなか面白い相手だね」 「炎と蘇る敵、魔神ふぇねくすの力って奴か」 呻くように声をもらしたのは狩衣をまとった若者であった。陰陽師であろうその若者の名は劫光(ia9510)というのだが、その声とは裏腹に、瞳には挑戦的な光が浮かんでいる。 「面倒ですねえ」 溜息まじりに呟いたのは、血の色の瞳の若者であった。肌が透けるように白く、それが尚更に若者の瞳の色を際立たせている。 若者――トカキ=ウィンメルト(ib0323)は、傍らに立つ美麗な若者に眼をむけた。依頼者である蔵馬だ。 「確か異形どもは蘇るたび、こちらの業を見切るのでしたよね」 「ええ」 「やれやれ」 トカキは肩をすくめてみせた。できれば面倒は避けたいトカキである。 開拓者の中には新しい胸を躍らせている者もいるが、トカキはそうではない。一応金のために仕事はするが、命をかけてまで戦うつもりは毛頭なかった。 が、竜哉は違った。その眼の炎はさらに燃え盛っている。 「確かに手の内は見られているが、同時に俺らも再生後の奴らは十分見ている。怯えるな、条件は何時だって五分だ」 「恐れる事はない、と来たか!」 劫光が不敵にニヤリとした。 「上等だぜ、竜哉。俺達の力見せてやるか!」 「いいわねえ」 竜哉と劫光を交互に見て、一人の男が舌なめずりした。薄く白粉をのばした顔の中で、濃い紅を塗った唇が妖しく濡れる。――孔雀(ia4056)であった。 「想いを寄せ合う男と男。興奮するわ。このような場所なら余計にね」 孔雀は祭壇に眼をむけた。 「魔神ふぇねくす。このアタシの美的感性に訴えかける様な造形、罪深いわねぇ。あァン、許せない、でも美しい!」 身もだえし、孔雀は視線を転じた。蔵馬の方に。そしてカルロスに。 「そして近くには顔立ちの整った僧、蔵馬ちゃん。下等種族ながらプライドが高く、全てを壊してしまいそうな目つきのカルロスちゃん。何故こんなにアタシを苦しませるのぉ。好みなの。すっごく好みなのよ! 今すぐにでも穢したい。気がふれるまでアタシ色に染め上げたい!」 「何だ?」 ぞくりと背を震わせ、男が振り返った。蛇が背を這いずったような感覚を覚えたのだ。 その男こそカルロス・ヴァザーリ(ib3473)。孔雀のいうカルロスちゃんその人であった。 「ちっ」 カルロスは舌打ちした。孔雀の視線に気づいたのだ。 ぞっとするほど冷たい眼差しで一瞥すると、カルロスは孔雀から眼をそらせた。美しい女ならまだしも、カルロスは男にはまるで興味はない。 「ふふん」 孔雀とカルロスに冷笑を送り、彫刻的な顔立ちの若者が蔵馬に歩み寄っていった。 若者――狐火(ib0233)は蔵馬の耳元に口を寄せると、 「別の開拓者達が炎の壁を消すための鍵を探しているのでしたね。その鍵が見つかるまで、ここで待機しているわけにはいきませんか」 「だめです」 蔵馬は首を振った。 「炎の壁がどれほどの間消えているかわからない以上、常に炎の壁の近くにいる必要があります。そして、もうひとつ」 蔵馬は異形の一体に――いや、その胸に埋まっている紫の玉に眼をむけた。 「みっつの玉。もしかすると、あれが祭壇の炎を消す鍵であるかもしれません。であるのなら炎の壁が消える前に何としても手に入れておかなければ」 「そうですか」 狐火は肯いた。蔵馬と僧達に他方との連絡役をつとめてもらいたいところだが、遠くまで音が届く鐘などはない。 「まあ、困難はいつものことです」 ● 「さあ、どこまでやれるか」 悪戯っ子のような慧介の笑みがすうと消えた。そしてすすうと前に出た。 「仕方ありませんね」 気だるげにトカキもまた動いた。が、その態度とは違って動きは迅い。 「面白え!」 包帯の異形が剣で空を薙いだ。 刹那疾る剣風。それは漆黒の刃と化して二人の開拓者めがけて疾った。 「ふんっ」 「はっ」 鋭い呼気とともに、慧介とトカキもまた抜刀。 豪、と。唸ったのは風。 暴、と。轟いたのは水。 二人の開拓者の刃から放たれた疾風と水流が瘴気の刃と空で激突した。膨大な破壊力が相殺し、余剰の熱量が空間を震わせる。 「まだですよ」 トカキの手から白光が噴出した。手裏剣だ。流れる光流は三。 「ちいぃ」 包帯の異形が二つの光流をはじいた。が、三つめの光は異形を刺し貫いた。その時、すでに慧介は包帯の異形に肉薄している。 「ええいっ」 慧介の刃が袈裟に疾った。包帯の異形を一気に斬り下げる。 「くおっ」 苦悶しつつ、異形が倒れた。その胸からトカキが玉を抉り取る。 「とりあえずはやり――」 トカキは言葉を途切れさせた。冷たい殺気が彼の足にまとわりついたからだ。 「やるじゃねえか」 ぬう、と。青い炎に包まれて異形が立ち上がった。 ● 「させない」 異形の手から手裏剣が放たれた。 チンッ。 澄んだ音とともに、手裏剣が地に落ちた。突如現出した白い壁が阻んだのである。劫光の陰陽術であった。 「お前の相手は俺だ」 一気に間合いを詰めると、竜哉はジャンビーヤをふるった。が、異形は易々とその一撃を躱してのけた。 「くっ」 竜哉が呻いた。その胸には深々と手裏剣が刺さっている。 刹那、銃声が轟いた。着弾の衝撃で異形が身を仰け反らせる。銃弾を放ったのは怜であった。 「どうだ、なのだ」 「これが」 竜哉の槍がのび、異形を貫いた。 「俺達の絆だ。俺の業は見切れても、絆を見切ることはできん」 一気に竜哉は異形から玉を抉り取った。が―― 「そうかな」 嘲笑う声は、倒れた異形から発せられた。 ● 「ふん。残るのは無手の化け物と雑魚ばかりか」 するするとカルロスは無手の異形にむかって歩み寄っていった。その行く手を遮るように骸、あるいは骸骨の化け物達がカルロスに迫る。が、すぐに動きがとまった。その足には触手のようなものがからみついている。 「カルロスちゃん」 孔雀が接吻するような唇を突き出した。 「あたしが手伝ってあげる。だから早くその長くて硬いモノで化け物をイかせてあげて」 「いい加減、その口を閉じろ小僧…うぬの玉を切り落とすぞ」 苦々しく吐き捨てると、瞬く間にカルロスは異形との間合いを詰めた。同時に抜刀。が、カルロスの渾身の一撃はむなしく空をうっている。 「ば、馬鹿な」 「ふふふ。貴様では俺の相手はできぬ」 「では私ではどうです?」 異形の胸から刃が突き出ていた。背後から襲った狐火の刃が。 玉をむしりとると、狐火が跳び退った。振り向きざま拳風を放とうとし、あっと異形は驚愕の声を発した。狐火の姿が空間に溶け消えていったからだ。 「や、やるな。が、本当の遊びはこれからだ」 倒れつつ、異形が笑った。 ● 闇の道を走る人影があった。揺れる松明の炎に浮かびあがったのは二人の女。 一人は十四歳ほどの幼さの残る顔立ちの美少女だ。そしてもう一人は十八歳ほどの、どこか少年めいた勝気そうな娘である。名は鴇ノ宮 風葉(ia0799)。美少女は柚乃(ia0638)といった。 「希儀への道を開く為…ここで失敗するわけにはいかないのです。でも間に合いますでしょうか」 心配そうに顔を曇らせたのは柚乃であった。 「あっちの方は何とかめどはついたけどね」 風葉がこたえた。彼女のいうあっちとは炎の壁の鍵を守る敵のことであった。 ● 開拓者は地に這っていた。あの狐火すらも。姿を消す彼の秘術も異形には二度通じなかったのである。 それは孔雀の毒蟲もまた同じであった。異形は自らに剣を突き立て、しかる後復活したのである。 「玉をとったところまでは上出来だったが」 薄く笑い、包帯の異形がカルロスを踏みつけた。 「うん?」 包帯の異形が眼を転じた。 炎の壁が消えている。そんなことは初めてであった。 「何をしやがった?」 「図に乗るなよ」 「何っ」 包帯の異形が跳び退った。その顔面すれすれと剣光が疾りあがっていった。すでに動けぬはずのカルロスの刃だ。 「どうして……まさか」 はじかれたように包帯の異形が振り向いた。そして、見た。横笛を奏でる美少女の姿を。 「私が皆の力になります」 柚乃が一旦横笛をはずした。 「もう貴方達の好きにはさせません」 柚乃は再び横笛を奏で始めた。曲調は先ほどと違って早い。 「ほほう」 包帯の異形が唇の端をつりあげた。 「伏兵かよ。がっかりさせやがる」 「伏兵?」 風葉がニッと笑った。 「ご冗談を。…あたしが本懐に決まってんじゃん!」 風葉の手から符が飛んだ。それは宙で刃と変じると包帯の異形の頬を切り裂いた。 「見たぜ、おめえの業を」 「だから? あたしの業はまだまだこんなもんじゃないわよ」 「面白え。戦い足りねえと思ってたんだ」 足を踏み出し――すぐに包帯の異形は足をとめた。その背を灼熱の殺気が焼いている。ゆらりと立ち上がったのは劫光であった。 「やれ、怜!」 「任せろ、なのだ!」 怜がトリガーをひいた。 次の瞬間だ。目も眩むような光が膨れ上がった。たまらず異形どもが眼を閉じる。 その隙をついて動いたのは狐火と孔雀であった。玉を拾い上げ、祭壇めがけて走る。 「ちいっ、やるせるか!」 包帯の異形が二振りの剣を振りかぶった。剣刃を放つつもりだ。すると竜哉が包帯の異形の前に立ちはだかった。 「させるか」 「邪魔なんだよ、おまえは」 包帯の異形が竜哉を斬り下げた。そして祭壇にむかって駆け――ぴたりと包帯の異形が足をとめた。その背に竜哉の放つ殺気が吹きつけている。 「おめえ、どうして」 「蘇ることのできるのはお前達だけじゃない。仲間との絆がある限り、何度だって俺達は立ち上がる」 「そうですね」 ゆらり、と立ちあがったのはトカキであった。 「そして業を見切るのもね」 「ううぬ」 包帯の異形が呻いた。トカキの指摘通りであったからだ。 包帯の異形は竜哉を真っ二つに切り裂いたと思った。が、竜哉は間一髪致命の一点を躱してのけている。柚乃の与えた力はすでに見切っているはずなのに。 ● 「早くしなさいよ」 孔雀が急かせた。が、狐火は慎重だ。祭壇やレリーフを調べている。 その間、異形の攻撃は続いていた。劫光が生み出した壁と怜の銃撃によった防いではいるものの、完全ではない。柚乃の術すらおいつかぬほど損傷は増え続けていた。 「まだなの」 風葉がたまらず怒鳴った。柚乃を守り通さなければならないが、熾烈な異形の攻撃を壁だけで防ぐことは不可能であった。 焦りを抱いているのは柚乃もまた同じで。彼女の練力はすで尽きていたからだ。 「もう練力が――お願い、早く!」 「仕方ありませんね」 狐火が赤の玉を手にとった。この時、彼はある一つの推測をたてていた。 不死鳥の死と再生の繰り返しは太陽の象徴。ならば、不死鳥を封印するには空を夜にすれば良い。 「赤は夕暮れの空、紫は日没直後の空、黒は夜の空。故に」 狐火は赤の玉を黄金の炎の中においた。すると炎の色が赤へと変化し、赤の玉が蒸発したように消えた。 次に、狐火は紫の玉をおいた。そして黒の玉を。その時―― 「させねえ」 包帯の異形が跳んだ。一気に数十メートルの距離を。人外にしか成し得ぬ跳躍であった。 が、人外と呼んでいいほどの者が開拓者の中にいる。それは―― 「はっはは。貴様の相手は俺だ!」 空に舞ったカルロスの刃が唸った。その一撃を、しかし包帯の異形は左手の剣ではじいた。同時に右手の刃でカルロスを胴斬りする。 わずか。 ほんのわずか、包帯の異形の攻撃速度に遅延が生じた。が、それで風葉には十分であった。 「ヨモツヒラサカ!」 呪言を織り込んだ召喚術発動。禍々しい気配をはらんだ式が包帯の異形に襲いかかった。 「今よ」 風葉が叫んだ。それにはこたえず、ただ狐火は静かに黒玉を祭壇の上においた。 骸骨の異形が砕け散った。そして愕然たる声があがった。無手の異形が発したものだ。彼の眼前、骸骨の異形が復活することはなかった。 骸骨の異形を砕いた慧介が告げた。 「不死鳥はすでに堕ちた。貴様達が蘇ることは、もうない」 「ぬかせ!」 無手の異形が慧介に襲いかかった。同時に骸の異形も。 「野暮な真似はやめてください」 骸の異形の前にトカキが立ちはだかった。閃く剣光は二つ。 骸の異形が崩折れた。そしてトカキの口からも鮮血が溢れ出る。 「命掛け、なんていうのは嫌いなんですけどね」 「おのれっ」 無手の異形が拳を繰り出した。一瞬早く慧介が身を沈める。その頭上を拳が唸りをあげて疾りすぎた。 「何故?」 「奥の手は最後にとっておくものだからね」 慧介がたばしらせた剣光が無手の異形の胴を薙ぎ払った。 怜の銃口が異形の額をポイントした。そして異形の手裏剣も怜の額に狙いを定めた。 「やめておけ」 異形がいった。 「お前の銃弾が俺に当たることはない」 「やってみるか、なのだ」 怜がトリガーをひいた。飛ぶ銃弾は、しかし異形の頭上へと反れていく。 「くだら」 いいかけた異形の声が途切れた。その頭蓋を銃弾が撃ち抜いたからだ。それは反れたはずの銃弾であった。 銃口をおろすと、怜はニカッと笑った。 「磨いてきた技を見切られるのは心外なのだぜ」 ● 眼を塞ぎたくなるほど苦悶し、剣持つ包帯の異形は死んだ。彼がどれほどの時をここで過ごしたのかはわからない。最後に残したのは、ただ獣のような咆哮であった。 消滅しはじめた包帯の異形の側に屈み込み、柚乃はそっと異形の見開かれた眼を閉じた。 「…過去に、希儀から渡ってきた人だったりは…しません?」 「さあて」 こたえたのは蔵馬だ。 「今となっては知る術はありませんね」 「そう……ですね。でも」 門の前の女性達。そして、祭壇を守る彼ら。ただ戦うことだけを強いられてきた存在だ。 せめて覚えておこう、私だけでも。そう柚乃は思った。そしていった。 「さあ、新しい儀へ」 |