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■オープニング本文 ●熱き砂塵 エルズィジャン・オアシスを中心とする戦いが始まった。 アヤカシはオアシス――もっと言えば、オアシスにあった遺跡の内部から出土したという「何か」を狙っている。 王宮軍と遊牧民強硬派の確執も強く、足並みも中々揃わない状況が続いている。もちろん、アヤカシはそれを喜びこそすれ遠慮する理由などはなく、魔の森から次々と援軍を繰り出しているという。 おそらくは、激しく苦しい戦いになるだろう。 しかし、何も主戦力同士の大規模な野戦ばかりが戦いの全てではない。熱き砂塵の吹きすさぶその向こう、合戦の影でもまた静かな戦いが繰り広げられようとしていた。 ● 天幕の中、仄明るいランプの光に照らされ、輝くばかりの裸身があった。 メリト・ネイト。有力氏族の族長の姪である砂迅騎の娘だ。 メリトは先ほどから濡れた布で身体の汗を拭っていた。水が貴重である砂漠ではそう毎日水浴びもできない。 と、メリトの手が豊かな乳房の側でとまった。悔しげに唇を噛む。 ここに来て数日。毎日がご馳走漬けだ。宴会といってしまえば聞こえはいいが、態のいい軟禁状態である。逃げ出すにも、このオアシスは今やジャウアド・ハッジの領地といってもいい。いかに手練れのメリトといえども単独での脱出は不可能であった。 その時、はじかれたようにメリトは身を翻らせた。微かな物音をとらえたのである。 天幕の入り口がめくられ、一人の男が顔を覗かせていた。 二本の角。悪知恵の働きそうな目。嫌らしい笑い。ジャウアド・ハッジであった。 ジャウアドはメリトの裸身を舐めるようにして眺めた。その目つきに気づき、反射的にメリトは胸と下半身の秘部を手で隠した。 「これは、これは」 ジャウアドはニタリとした。 「走龍を走らせてばかりいるから、さぞかしごつごつとした身体をしていると思っていたが」 艶かしい。開きかけた蕾といったところか。ダークエルフであるため肌は浅黒いが、一瞬見えた乳首は淡いピンク色であった。これは未だ男を知らぬ肉体である。 「何の真似だ」 羞恥に頬を染め、それでもメリトはジャウアドを睨みつけた。 「声もかけずに女の天幕に入るなど失礼だろう」 「いやあ、すまん」 ジャウアドが天幕の中に足を踏み入れた。ごくりと唾を飲み込む。 本当のところ、ジャウアドは時間をかけてメリトを口説き、己のものとするつもりであった。が、メリトの裸身を見たとたん、そんな計算は吹き飛んでしまった。 ここで、ヤる。そうジャウアドは決心した。 メリトはなるほど気の強い娘だ。が、荒い走龍を御す方がより面白い。メリトも一度抱いてしまえばいうことを聞くだろう。一度でだめなら二度三度と抱くまでだ。 ジャウアドの眼に燃え上がった情欲の炎を、メリトは見とめた。身体を隠すことも忘れて身構える。 「私を誰だと思っているの? メリト・ネイトよ。指一本でも出そうとしたら、その角を叩き折ってやる」 「ほう」 ぴたりとジャウアドの足がとまった。メリトの言葉がはったりではないと悟ったのだ。さすがに砂迅騎の勇士と呼ばれるだけあって、身ごなしが只事ではない。あと数歩近寄ればメリトの足がはねあがり、角を叩き折られているいるだろう。 「メリト殿にそのような無粋な真似はせんよ。もうすぐ俺達は結婚するんだ。慌てることはない」 再びニタリと笑うと、ジャウアドは背を返し、天幕を後にした。 後に残されたメリトは呆然と立ち尽くしていた。 メリトが断る限り、結婚話など進みようはない。が、その場合、しびれを切らしたジャウアドがどうでるか。 大勢の部下に命じれば、女一人を押さえつけることなど造作もない。悠々とジャウアドはメリトを抱くだろう。 「砂漠の女が身を汚されておめおめと生きていくことはできない。そうなればジャウアドを殺し、私も……」 メリトの瞳に冷たい決意の光が閃いた。 ● 「やはり、やるしかない」 重い声で呟いたのは四十年配の男であった。歴戦の戦士らしく身体は鍛え抜かれており、鋭い眼は炯とした光を放っている。 サルーキ系のアヌビス。砂漠の戦士の頭目であるメヒ・ジェフゥティであった。 「メリトは囚われている。助け出さねば」 メヒは呟いた。が、これはそう簡単なことではない。 事は少数精鋭で行わねばならない。気づかれれば多勢に無勢。こちらに勝ち目はないだろう。 さらに難しいのはジャウアドの手下を殺してはならぬということだ。もし一人でも手にかければ、配下の手前、ジャウアドも黙ってはいないだろう。味方同士全面戦争ともなりかねない。それだけは避けねばならなかった。 「こちらの動きを感づかせてならない。となると、やはり開拓者か」 ドアを開け、昼間とはうってかわって冷たくなった夜気の中にメヒは踏み出した。 |
■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「何の用?」 気配に一人の娘が振り返った。気の強そうな美貌の持ち主。メリト・ネイトだ。 「大事な話がある」 天幕の入り口で男がニタリと笑った。 竜のアヌビス。ジャウアド・ハッジである。 「大事な話?」 メリトが身構えた。刹那、ジャウアドが襲った。 さすがのメリトも相手はアヌビス数人だ。たちまち取り押さえられてしまった。 「俺の女にしてやる」 ジャウアドの手がのび、メリトの衣服を引き裂いた。と―― 「お頭」 声が響いた。 天幕の外。手下の声である。 ジャウアドは苛立たしげに振り返ると、 「邪魔するなといったはずだ」 「ですが……メヒの使いが」 「何!?」 舌打ちするとジャウアドは立ち上がった。 ● 灼熱の陽光の下、キャラバンがジャウアドの野営地を訪れた。 それは旅芸人の一行であった。開拓者の依頼を受けてメヒが仕立てたものであることを無論ジャウアドは知らない。 その旅芸人の護衛として三人の開拓者が同行していた。 一人は二十歳ほどの男だ。燃えるような紅髪の持ち主で、不敵に薄笑いを浮かべている。名を八十神蔵人(ia1422)といった。 もう一人もまた二十歳ほど。が、こちらは女であった。砂塵吹き荒ぶ砂漠の只中にあってさえ、なお凛々しく立つその姿。名は雪刃(ib5814)という。 そして、三人め。これは十四歳ほどの少年であった。華奢で、真っ直ぐな眼差しをもっている。名は利穏(ia9760)。 「おめえは」 ジャウアドは雪刃に気づいた。知らぬ顔ではない。 雪刃は鋭い視線をむけた。相変わらずの野心家ぶりだと思ったのだ。が、今回はメリトの人生がかかっている。放っておくわけにはいかなかった。 「覚えていてくれたか。ところで、だ。ついでといってはなんだが、できることならオアシス周辺のアヤカシを調べたい。少しの間逗留させてはもらえないかな」 「それはかまわねえが」 「ぼ、僕も……お願いします」 おどおどした様子で利穏が口を開いた。そして胸をはり、ナイフに手をやった。 砂漠においては王宮と違って大仰な礼など必要ない。ただ戦士たることを示せとメヒから教えられていた。 「これからは、オアシスを抑えたジャウアドさんの時代です。ここの警備に宴会の雑用……何でもいいからお力添えさせて下さい」 「いいだろう。雇ってやる。が、まだおまえを信用したわけじゃねえ。好き勝手に歩き回るんじゃねえぞ」 ジャウアドは蔵人に眼を転じた。 「おめえか。メヒの使いってのは?」 「そうや」 蔵人はニヤリとすると、 「俺の名は八十神蔵人。メヒさんから伝言がある。メリトさんのことで会談をもちたいとのことや」 「会談?」 ジャウアドはふんと鼻を鳴らすと、 「どうしてメヒと話をしなけりゃならねえんだ」 「メリトさんの親族に挨拶もできへんのか。ジャウアドはそんな恥知らずなんか」 「けっ」 ジャウアドの嘲笑がさらに深くなった。 蔵人という男が何をいおうと関係ない。メリトいう切り札を握っているのはこちらなのだから。とはいえ、さすがのジャウアドも砂漠の戦士の頭目であるメヒをまるっきり無視することはできなかった。 「まあメヒとは話をしてやってもいい。奴がここまで出向いてくるならな」 「ふざけんな!」 蔵人の顔から笑みが消えた。メヒをジャウアドの野営地まで出向かせるのは危険であった。からだ。 「なんでメヒさんがここまで来なならん? そんなにメヒさんが恐いんか」 「好きにいってろ。奴が来なけりゃあ、話はなしだ」 言い捨てると、ジャウアドは高笑いを残して歩き去っていった。 ● 砂の丘陵。 そこに這うようにして六つの人影があった。 開拓者。竜哉(ia8037)、ゼタル・マグスレード(ia9253)、狐火(ib0233)、叢雲怜(ib5488)、バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)、高尾(ib8693)の六人である。 「やれやれ……世話の掛かるお嬢さんですね」 苦笑まじりに端麗な美貌の若者が溜息を零した。狐火である。 「話をつけるといって囚われていては世話はない」 「しかし放っておくわけにはいきません」 頬にかかる髪をゆらせ、四十歳ほどの女――バロネーシュが唇を噛んだ。 噂に聞くジャウアドという男。女には滅法手が早いらしい。 が、バロネーシュもまたジャウアドの勢力とメリトの正確な居所を掴んでいるわけではなかった。ここに至る前、彼女はジャウアド側の水運び人と接触しようと試みたのだが、それは失敗に終わっている。 下半分のみ銀縁である眼鏡の奥の黒い瞳が微かに光った。 「急がないとメリトさんがどうなるか……」 「ふん」 嘲るように鼻を鳴らしたのは女郎蜘蛛めいて妖艶な娘であった。高尾である。 「囚われのお姫サマを救い出す、ねぇ…。ジャウアドを誑し込んで骨抜きにする、いい機会じゃないか」 「誑し込むなんて」 絶句して顔色を変えたのは可愛らしい娘であった。フィン・ファルストというのだが、いつもはきらきらと輝いているはずの瞳は今、暗く翳っている。 フィンにとって、ある意味でメリトは特別な存在であった。以前の依頼でしくじり、メリトには悔しい思いをさせている。 「高尾さん、それはひどいですよ」 「何がひどいもんかね」 高尾が小馬鹿にしたようにフィンを見遣った。 「せっかく女に生まれたんだ。その武器をを使わないなんて、勿体無い話じゃないか」 「理屈はそうかもしれんが」 ぼそりと声を返したのは鋭い眼の若者であった。見たところ十七歳ほどであるのだが、それには似つかわしくないほどの落ち着きがある。生死の境を幾度も潜り抜けてきた者のみが持ちうる独特の落ち着きが――竜哉であった。 「普通の女は――少なくともメリトは、そう簡単に割り切れはしないだろう」 「普通ねえ。確かにあたしは普通じゃないねえ」 くくく、と高尾は笑った。 高尾は修羅であった。虐げられた民の末裔である。生きるため、身も汚したこともあった。 「気にするな」 高尾を見やり、冷然たる相貌の若者がいった。ゼタルである。 その声の優しさに、返って苛立ち、高尾が睨みつけた。 「気にするなだって。あんたに何がわかるんだい」 「わかるんだ、俺には。羅生丸はいつも哀しそうだったからな」 「羅生丸って――あんた」 高尾は息をひいた。羅生丸とは最強の修羅の一人で、天儀に住む修羅で知らぬ者はいない。 ゼタルは眩しそうに空を見上げると、 「羅生丸は自由に憧れていた。だからメリトも自由にしてやりたい。自由に羽ばたいてこそ、鳥は美しい。そうは思わないか」 「し、知るもんか」 高尾は顔をそむけた。何故だか、その胸は騒いでいた。 ● 砂に染み入るような歌声を響かせた後、その娘は一礼した。 優しげで美しい娘だ。十九歳ほどであるらしいが、しっとりとした色気がある。 アルーシュ・リトナ(ib0119)。キャラバンに紛れ込んで潜入を果たした八人めの開拓者であった。 「良い女じゃねえか」 酒をおくとジャウアドは立ち上がった。歩み寄るとアルーシュの手を掴む。 「どうだ。俺の女になる気はねえか。お前なら十人の愛人中、三番めにしてやってもいいぜ」 「ご冗談を」 アルーシュは曖昧に笑った。 その時だ。手下の一人がジャウアドを呼んだ。 「お頭。メヒの野郎が来やしたぜ」 ジャウアドの天幕から逃れると、アルーシュは野営地の中を歩き始めた。 ややあって―― アルーシュは利穏とすれ違った。利穏は宴の手伝いをさせられていたのである。 アルーシュが眼をむけると、利穏は首を振った。人魂による探索はできなかったという意味だ。 「雪刃さんとも会いました。でも、まだ手掛かりは掴んでいないようです」 「仕方ありませんね」 アルーシュは天幕の陰に入り込んだ。 呪文詠唱。瞬間、アルーシュの聴覚は爆発的に強化された。 「どこにいるの、メリトさん」 ● 「何の用だ、メヒ」 野営地の入り口。ジャウアドが問うと、走龍に跨った精悍な男がひらりと飛び降りた。メヒ・ジェフゥティ(iz0208)である。 「わかっているだろう。メリトのことだ」 「手下が伝えたはずだ。メリトは俺との結婚のためにここに残っていると」 「メリトから直接話を聞きたい。会わせてもらおうか」 「まあまあ」 蔵人もまた走龍から飛び降りると、メヒとジャウアドの間に割って入った。すべては蔵人の計算である。ともかく今は時を稼がなくてはならない。開拓者がメリトを救出するための時を。 「メヒさんも喧嘩腰になったらアカン。ここはゆっくりと話をせな」 蔵人はニンマリと笑った。 ● 「これは!?」 ゼタルは呻いた。トカゲに変化させた人魂を潜入させたのだが、すぐに叩き潰されてしまったのだ。 「アヤカシ――瘴気に対してかなりの防護を施しているようだな。これでは内部を探れない」 「では俺達がいくのだ」 女と見紛うばかりの美少年が立ち上がった。怜だ。続いて狐火と竜哉が。すでに三人ともアル=カマル風の衣服をまとっている。それにゼタルも加わった。 「待ってください」 バロネーシュがとめた。元軍務についていただけあってきびきびした口調で注意を与える。 「見たところ満遍なく魔術師等が配置されているようです。接近には十分注意を。それと敵は殺さず、気絶させ縛り上げるように」 「待て」 鋭い声が飛んだ。ぴたりと開拓者達の足がとまる。 声はジャウアドの手下達であった。銃と剣で武装している。 リーダー格らしい男が開拓者達に銃を突きつけた。 「何だ、てめえら。アヤカシか」 「違います」 首を振りつつ、狐火は内心舌打ちした。 考えてみれば当然である。今はアヤカシと戦っている最中なのだ。アヤカシの潜入を警戒して厳重な防護策を施していると予測するべきであった。 すると竜哉が口を開いた。 「俺はダ=セネン」 名乗ると、竜哉はある村の名を口にした。メヒからあらかじめ聞いていた村の名だ。 「一旗あげるために来た。ジャウアドの軍に加えてもらえないだろうか」 「軍に加えろだと? まあ、いい。お頭のところに連れていけ」 男が顎をしゃくった。すると別の三人の男が狐火と竜哉、そしてゼタルの背に銃をつきつけた。押す。 「お前には用がある」 リーダー各の男が怜の手を掴んだ。 「調べることって何なのだ?」 怜が振り返ると、男は天幕の中に怜を突き飛ばした。ふいをつかれて怜が倒れる。その上に男がのしかかった。別の二人が怜の手足を押える。 「綺麗な顔してやがる。今、気持ち良くしてやるぜ」 「や、やめろ! 俺は男なのだぜ」 「男?」 男はやや驚いた顔をした。が、すぐに下卑た笑みを満面にうかべると、 「それがどうしたってんだ」 怜の唇を自身のそれで塞いだ。怜がもがく。が、三人の男をはねとばすのは不可能であった。 「そこまでだ」 氷のような声が響いたのはその時であった。男の首筋に声と同じ冷たい刃が凝せられている。――雪刃であった。 「下衆め。その子から離れろ」 「てめえ。開拓者だな。こんな真似して、ただですむとは思うか」 男が口に指をあてた。狼の遠吠えに似た音が響く。たちまち天幕の外に殺気が渦巻いた。 「ただですまないのはお前たちなのだぜ」 むくりと怜が起き上がった。その手には短銃が握られていた。 ● 遠くで銃声が響いた。何かあったらしい。が、メリトにそれを確かめる術はない。それよりも―― メリトは舌を噛み切ろうとしていた。このままジャウアドに身を汚されるくらいなら死んだ方がましであった。 と―― 天幕の入り口が開く気配がした。足音がゆっくりと近づいて来る。 これまでか。 メリトが舌を挟んだ歯に力を込めようとした。 刹那である。メリトの裸身に手が触れた。女の手だ。 はっとしてメリトは眼をむけた。澄んだ翠の瞳の娘が心配そうに覗き込んでいる。 「お前は……アルーシュ!」 メリトの顔が輝いた。彼女とアルーシュは面識があったのだ。 「助けにきました」 アルーシュがメリトの戒めを解いた。そして用意したローブを渡した。 「これを」 「すまない。……しかし、どうやってここに。ジャウアドの手下が見張っていたはずだが」 「眠っていただきました」 くすりとアルーシュが笑った。が、すぐに笑みを消すと、 「急ぎましょう。いつ気づかれるか、わかりませんから」 「ああ」 メリトが外の様子を窺った。ジャウアドの気配はないようだ。 「こちらへ」 アルーシュが走り出した。後にメリトが続く。と―― 銃声が響いた。ジャウアドの手下である。逃走するメリトに気づいたのであった。気配のみだが、数は多いようだ。 その時である。メリトは恐るべきものを眼にした。龍だ。 「アヤカシだ!」 絶叫が響いた。それはフィンの発したものであったのだが、無論ジャウアドの手下の知るところではない。動揺に包まれた手下達が龍にむかって銃を乱射し始めた。 「利穏さん、やってくれましたね」 小さく微笑むと、アルーシュはメリトを促した。 ● 「目標確認!」 バロネーシュの眼がきらりと輝いた。アルーシュとメリトの姿を見出したのだ。さらに別の影も。追いすがるジャウアドの手下達であろう。 「敵勢力を足止めします」 バロネーシュは呪文を唱えた。空間的に限りなく零に近い魔法円が彼女の身体を包み、追っ手の動きが鈍った。驚くべきことに彼らの足には魔法で生み出された蔦がからみついている。 すると高尾が飛び出した。バロネーシュが問う。 「どこへ?」 「お姫様を逃がすのさ。囮なら下賎な女で十分だろ」 ニィ、と笑んで高尾は砂を駆けた。 ● 「メヒ。何をしやがった」 ジャウアドの眼に殺気が揺れた。 無数の銃声。アヤカシという叫び声もある。 「さあ。知らんな」 メヒがとぼけた。その時だ。ジャウアドの手下が駆け寄ってきた。 「メリトが逃げやした」 「何っ!?」 ジャウアドが呻いた。 刹那、メヒが走龍に飛び乗った。蔵人もまた。 「それじゃこの話はなかったという事で。ははは、悪いけど国造る前に女一つモノにする程度の甲斐性がない男にゃ流石につけへんなあ」 蔵人が走龍の腹を蹴った。弾丸の勢いで走龍が走り出す。 「待て!」 ジャウアドが手下の銃を奪い取った。撃つ。カン、と蔵人の盾が弾丸をはじいた。 ● 「メヒ殿!」 メリトが駆け出した。開拓者達が身を隠していた砂漠の一角である。そこには同じように逃げのびた雪刃と怜の姿もあった。 疾駆するニ騎の走龍があった。一騎にはメヒの姿がある。追っ手を振りきってきたのであった。 「メリト、無事だったか」 「はい」 肯いたメリトだが、すぐに息をひいた。もう一騎に血まみれの男の姿がある。蔵人であった。 「俺を庇ったのだ。すぐに医者に見せねば危ない。メリト、頼めるか」 「あ……はい。しかしメヒ殿は?」 「俺は」 メヒの身体がぐらりと揺れた。そして砂上に転げ落ちた。その胸は朱に染まっている。 ここに―― メリト奪還は成された。が、開拓者達はメヒという貴重な戦力を一時とはいえ失ったのであった。 |