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■オープニング本文 ●クリノカラカミ 天儀における精霊――特に、神ともされる高位の精霊は人間の手に負える存在ではない。 その世界と我々の世界には計り知れぬほどの隔たりがある。それも、高位で強大であればあるほど、その『ズレ』は再現なく拡大していく。 彼らが何を考えているのかは解らない。あるいは何も考えていないのかもしれないし、我々の世界に興味がないのかもしれない。我々が慎重にその恵みを引き出す傍ら、彼らは時に大きな災いを世にもたらす。まるで、自然そのもののように。 しかし、中には、人間世界と深い関係を築いた神も存在する。 からくりを――機械を司るという神ならば、あるいはそれは―― ● 街を、輝くばかりの美貌の少年が駆けている。天草翔(iz0237)だ。 翔がむかっているのは開拓者ギルドであった。依頼を受けるためである。 今、大掛かりな遺跡探索が行われている。その結果、遂に遺跡最奥につながる道が開かれた。 そこに何があるのか。翔には興味があった。不精なこの美少年にしては珍しいことである。 噂では、そこにクリノカラカミという神がいるらしい。もしかすると神とやらと対面することができるかもしれないのだ。 さらにいえばからくり。翔も見たことがあるのだが、それは美しいものであった。人形のようなものであるらしいのだが、人間とあまり変わらぬように見えた。それが突然動かなくなった。 からくりが動かなくなって、天儀に果たして不便はあるか。ない。 が、朝廷が乗り出してまでからくりが動かなくなった理由を突き止めようとしている。そこには何か大きな理由があるようであった。 そのことに関して、翔はあまり興味はない。それよりもからくりだ。停止したからくりは壊れた人形のようで、翔にはそれが哀しかった。できれば動かしてやりたいと思う。 それにクリノカラカミ。アヤカシはあるが、さすがに神は見たことがない。一度見てやりたいと思うのだ。 「どんな奴なんだろ。神様ってくらいだから、何かこうふわって綺麗なんじゃねえかな」 子供のように夢想しながら翔は駆けた。 |
■参加者一覧
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
鏡珠 鈴芭(ib8135)
12歳・女・シ
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「よろしくっ!」 左手をあげ、朗らかな笑みをむけたのは十六歳ほどの少女であった。 名をフラウ・ノート(ib0009)というのだが、その手にはバスケットが下げられている。中に入っているのはフラウがつくったお菓子であった。 と、一人の少年がふんと顔をそむけた。 星の煌きを凝集して造り上げたかのような美しい相貌。天草翔(iz0237)である。翔は細くて小柄の女の子にはあまり興味はなかった。 やはり女は豊かである方がいい。そう翔は思うのだ。そう、たとえば―― 翔は、海月弥生(ia5351)という名の開拓者にちらと眼をむけた。 弥生は二十代半ばほどにみえ、優しげな娘である。楚々としたところもあるが、肢体は瑞々しく、はちきれんばかりであった。 そして、もう一人。翔は次に高尾(ib8693)という開拓者に眼をむけた。 こちらは人間ではない。修羅だ。胸元を極端に露出した衣服をまとっており、食虫花を思わせる凄艶な美女であった。 「やっぱ女はこうでなくちゃな」 一人肯き、翔は再び視線を転じた。 俊敏そうな肢体。が、衣服の上からでもわかるほど胸は豊かである。 さて肝心の顔は、と視線を上げた翔は、次の瞬間ぎくりとした。凛とした美貌が冷たい眼で彼を睨んでいたからだ。 「相変わらずだね、きみは」 「ゆ、雪刃(ib5814)じゃねえか」 翔は、雪刃と呼んだその娘に強張った笑みをむけた。 「あたしもいますよ」 ニッ、と。天真爛漫な笑みで翔の顔を覗き込んだのは銀髪蒼瞳の少女であった。 「フィン・ファルスト(ib0979)! そうか。てめえもいやがったか」 「はい。翔さん、久しぶりですね」 「ってか、てめえら、約束忘れてんじゃねーだろうな」 「約束?」 雪刃が首を傾げた。すると翔は眼をむき、 「約束だよ、約束。雪刃、てめえ、いったろ。胸を揉ませるって。それからフィン、てめえは」 「覚えてますよ」 フィンの頬が羞恥に赤く染まった。そしてもじもじすると、 「だ、だから食事にも気をつけて、ちゃんと歯も磨いて……きゃー、何いわせるんですか」 バシッ! フィンの平手が唸った。さすがの翔もたまらず吹き飛ぶ。気を失う寸前、翔はかたく誓った。 「こ、殺す。ぜってー、あいつはぶっ殺す」 意識が闇の底から浮上すると、大丈夫ですか、と呼びかける声が聞こえた。 翔が眼を開けると、可憐な少女が覗き込んでいるのが見えた。桃色の髪をもつ狐の神威人。確か名は鏡珠鈴芭(ib8135)、などと翔が思っていると、いきなり鈴芭が抱きついてきた。 「よかった。死んじゃったのかと思いましたよ」 「誰が死ぬか」 翔は鈴芭をもぎはなした。 と、その翔の前に手が差し出された。手の主は翔と同じほどの年頃の少年である。 兄上、と鈴芭が呼ぶと、その少年――竜哉(ia8037)は小さく肯き、 「すまんな。抱きつくのは鈴芭の癖なんだ」 「良い趣味じゃねーか」 翔は竜哉の手をとった。 ● 遺跡の中。フラウの目の前で熱をもたぬ魔道の炎が揺れていた。 「これで見える?」 「うーん、大丈夫……かな」 先頭をゆく鈴芭がこたえた。周囲を見回すその紫の瞳には金色に輝く呪紋が浮かんでいる。 「罠はないみたい……だよ」 「あーあ、面倒くせーな。全然進まねーじゃねーか」 「仕方ありませんよ」 冷笑をうかべたのは、その冷笑の良く似合う冷たい美貌の青年だ。名を狐火(ib0233)という。 狐火は遺跡を見渡したまま、 「ここは、まだ見ぬ機械の神へと通じる道。相手は人とは違う思考をもつ、大きな力をもつ存在です。何があるか知れたものではありませんからね」 「機械仕掛けの神ね…」 やや皮肉めいた口調で呟いたのは、どこか狐火に似た男であった。端正な相貌で、翳がある。が、マックス・ボードマン(ib5426)という名のこの男の方がさらに剣呑な雰囲気を漂わせていた。 マックスはホルスターからピストル――スレッジハンマーを抜き出すと、ダマスカス鋼の紋様が浮き出たその黒い銃身に視線をおとした。 「てことは、私なんぞはその御加護で開拓者がやれてるってことになるのかね?」 「かもしれませんね」 懐疑的に声をもらしたのは狩衣をまとった、華奢な少女である。のほほんとした掴みどころのない表情で、三つ編みした髪を背にたらしている。 マックスは少女――鈴木透子(ia5664)に眼をむけると、 「かもしれない、とは?」 「わからないということです」 透子は首を振った。 確かに、わからない。クリノカラカミについては何もわかっていないのだから。 さらにいえば、この事件、謎が多い。 ひとつは朝廷の動きだ。カラクリといっても、所詮それはつくりものである。それを朝廷そのものが乗りだしてまで調査を進める必要があるのか。 さらにもう一つ。それは神砂船で発見された手記についてである。 そこには返してもらったと綴られていた。ではカラクリの身体か魂のもとは手記を残した人のものだったということになるのか。 「透子さんって頭がいいのね」 弥生が微笑みかけた。対する透子は戸惑ったように眼を見開いている。今まで頭がいいなんていわれてことがなかったからだ。が、実際のところ透子は利発であった。 「まあ遺跡を巡る色々な思惑が有るようだけれど、とりあえずは一つ一つ解決しなければ。とかいっているけれど、あたし自身、所謂からくり物には興味が有るのよね。だから皆が人形を会得できる様にしたいと思っているの。ごめんね。変なこといって」 「変ではないさ」 静かに、しかしきっぱりと竜哉が告げた。 「笑う者には笑わせておけばいい。何かのために、誰かのために懸命になることが愚かであるならば。が、今の世にクリノカラカミの子を自らの友とし、家族として受け入れた者達が居るのは事実なんだ。ならば俺は、その者達の願いを叶えよう」 「能天気なことだ」 誰にも聞こえぬように、苦々しく高尾が吐き捨てた。 「人の願いだって? ふふん。相変わらず人は己の都合でしかものを考えない。今までクリノカラカのことなど忘れていたくせに」 高尾は悔しげに唇を噛んだ。彼女はクリノカラカミと修羅の運命を重ねて見ていた。 朝廷め、と高尾は再び吐き捨てた。 「都合の悪いことは隠し、自らの立場を守るために秘密を独占する。……何時までも好きにさせてはおかない」 ● 「シャーリィとは会えませんでしたか」 困惑したように呟いたのは狐火であった。遺跡の最奥にいたとされるシャーリィに会うことができればクリノカラカミを鎮める方法が訊けると思ったのだが――。 「……残念ですね」 透子は肩をおとした。今回依頼に参加した彼女の動機がシャーリィの発した言葉――永遠に続く夢から解放してあげて、というものであったからだ。 「そうね。それに常葉のことはいたかったわ」 弥生の声は重い。さすがのフィンの顔にも暗い翳がよぎった。彼女はクリノカラカミの怒りを解く最善の方法は常葉を返すことだと思っていたのである。 が、常葉はすでにある開拓者が所有していた。その開拓者の許しを得ずに常葉を動かすことはできない。 「クリノカラカミの望みってのが何だか、考えてなかったのかよ」 翔が問うと、弥生が首を振った。透子がふっと口を開き、 「会って、あたしたちが訪れた動機を告げれば」 「ああ」 竜哉が肯いた。 「相手の全てを否定せず受け入れ、その上で交渉すれば何とかなるはずだ」 「交渉……ねえ」 翔は頬を掻いた。 「交渉……だと拙いの? あたしはクリノカラカミとお話がしたかったんだけど」 フラウがバスケットを掲げた。どうやら神とお茶するつもりらしい。めでたいというか無謀というか、とにかく無茶な少女ではある。 「拙い、かも知れねえ」 「何故?」 「機会がこれ一度かも知れねえからだ」 「あっ」 鈴芭が息をひいた。確かに翔のいうとおりだ。もしクリノカラカミと会う機会が一度であった場合、その解決方法を所持していなけば永遠にからくりは動かないということになる。 「それによ、もしクリノカラカミが俺達の命を欲した場合、どうするよ」 「俺が差し出そう」 こともなげに竜哉がこたえた。翔は竜哉の眼を真正面から見据えると、ニヤリとした。 「確かに見たぜ。てめえの覚悟とやらを」 「覚悟、ねえ」 この場合、高尾もまたニンマリした。 「天儀の人間を犠牲にするのは別に構わないけれど、朝廷の豊臣とやらを差し出しても面白いんじゃない?」 「やっぱり開かねえなあ」 翔がどんと扉を蹴った。だめです、と慌ててフィンが制止する。 最奥の扉。金属でできているようだが、材質が何かはわからない。 「繰の鎖」 脳裏を探るように雪刃が呟いた。 「繰の鎖?」 翔が遺跡の天井に眼をむけた。幾つかの鎖が垂れており、そのひとつに繰の文字が刻まれていた。 「俺がやろう」 マックスが鎖を引いた。すると扉の横の壁が開き、ぜんまい仕掛けの時計が姿をみせた。 「次は六時だね」 フィンが時計に眼をむけた。時刻は零時になっている。 「これは俺が」 竜哉が針を六時の位置に合わせた。するとカチリと音がした。時計の下が開いた。 「これに琥珀のぜんまいだね」 フィンがいった。内部には確かにぜんまいをとりつける箇所がある。 「で、これを右、左、右、ね」 雪刃が歯車を回した。今度はギリギリと音が響いた。 「いよいよ神様との対面だね」 フラウの声が弾んだ。その脳裏ではクリノカラカミの姿を様々に想像している。 「どんななんだろ? ともかく気さくな神様希望っ!」 「そんなことより賽銭の用意でもしとけ」 翔がいった。 刹那、扉が音もなく開いた。 ● そこは巨大な部屋のようだった。薄闇に包まれている。 壁から幾条もの蒼い光が中央めがけてのびていた。その光の中に異様なモノが浮かんでいる。 金属質な球体。中央に蒼い光の明滅する光点がある。 球体の上下には棒状のものが備わっていた。それを中心として歯車状の輪が共にふたつ。さらに下方の歯車と歯を合わせるように幾つかの輪が浮かんでいた。 「これがクリノカラカミ……。まさしく」 さすがの高尾が声を途切れさせた。 クリノカラカミの姿。まさしく機械の神というにふさわしい。 その高尾の脳裏では様々な疑念が渦巻いている。 ここはもしかすると封印の地ではないのか。クリノカラカミの力を押し込めるための。もしそうなら我々は大変なことを仕出かしてしまったことになる。 と、弥生が弓を手にした。弦を弾く。 次の瞬間、弥生の眼がかっと見開かれた。 「アヤカシが」 その叫びが消えぬうち、部屋に何かが飛び込んできた。 蝙蝠の翼をもつ無貌のアヤカシ。発せられる瘴気の量から見て上級に分類されるアヤカシに違いない。 バチッ。 鋭い音ともに火花が散った。アヤカシの姿が消滅している。 開拓者達はごくりと唾を飲み込んだ。神の力の凄絶さを思い知ったのであった。 ややあってマックスが口を開いた。そして開拓者がこの地を訪れた経緯を説明した。 「それで、この地に来れば再び機能を回復するに違いないと考え、参った次第なのですが」 「そうなんです」 たまらなくなったように鈴芭が肯いた。 「私は人間と仲良く暮らしている人形さんたちを知っています。今では人形さんは友達であり、家族なんです。それが突然動かなくなってどれほど哀しいか……お願いです。あなたのお人形さんたちとお友達にはならせてはもらえないですか」 鈴芭が訴えた。 その哀切の声が届いたか否か。クリノカラカミの様子に変化はない。ただ冷たく光点を鈴芭にむけている。 鈴芭が哀しげに眼を伏せた。もしかするとクリノカラカミに言葉は通じないのかもしれない。 「いいえ」 弥生が首を振った。 「多くのからくりは美しい姿をしているわ。そのようなモノを作り出した神。きっと人と心が通い合うはず」 「そうだな」 申し訳ありません、と竜哉はいった。常葉のことである。 「この場に常葉を連れて来ることは叶いませんでした。代わりに我々にできることはありませんか。神よ、貴方の要求をお聞かせください」 声ヲ、聞キ。 突如、開拓者達の脳裏に直接声が響いた。 無機質なもの。クリノカラカミの言葉だ。 声ヲ、返シ。 またクリノカラカミの言葉が開拓者達の脳裏で響いた。 「やはり」 きらりと狐火の眼が光った。 「神は話し相手を求めている」 「そうだね」 雪刃が肯いた。 「神はもしかすると孤独なのかも。だからからくりがいなくなってしまったことに怒ったんじゃないかな。だったら人形達以外に神と共にいる存在を与えればいい」 「確かにそうだけれど」 弥生は眉をひそめると竜哉のアーマーケースを見た。アーマーでは話し相手にはならない。 「じゃあ人間ならどうかな」 鈴芭がふと呟いた。はじかれたように透子が眼をむける。異質なる者との対話者である陰陽師がその点に気づかなかったのは迂闊であった。 「巫女、ですね。それなら」 透子はクリノカラカミと対した。 「神よ。人が話し相手となることはできませんか」 時ガ……終ワルマデ。クリノカラカミの返答だ。 開拓者達は暗然たる顔を見合わせた。おそらくクリノカラカミの要求は命ある限り人がこの地に留まり、話し相手となることなのだろう。それは不可能であった。いや―― 竜哉が進み出た。 「俺が残ろう」 「だめ!」 鈴芭が竜哉にしがみついた。 「嫌だ。兄上とさよならするのは」 「鈴芭よ。俺は多くの人々の願いを叶えるために残るんだ。哀しむことはない」 「どアホ」 翔が竜哉の首に手刀をうちこんだ。それだけで竜哉ほどの手練れが昏倒した。 崩れかかる竜哉の身体を受け止めると、 「神の座興のために滅びるだとぉ。てめえはそんなことのために死んでいい奴じゃねえ」 翔がいった。そして竜哉を担ぎ、背を返した。 「俺はゆくぜ。こんなところに興味はねえ」 「待って」 フィンがとめる。が、翔の歩みはとまらない。 「待ってって――あっ!」 フィンが素っ頓狂な声をあげた。そして懐をまさぐり、ひとつの鍵を取り出した。 「これ、からくりと交換できる鍵なんです。これを示せば、もしかすると」 「やるな、フィン!」 翔は拳を突き出した。フィンはそれに、己のそれをあわせた。 ● 機能回復。 それがクリノカラカミのこたえであった。 遺跡から出ると、からくりを得るためとフィンはすぐさま走り去っていった。他の開拓者達はそれぞれの想いを抱いて帰路についている。 結局のところ、クリノカラカミは人に対してあまり興味はないようであった。幾人かの開拓者が質問したが、意味不明の返答が返るばかりで。唯一、クリノカラカミがやや興味を示したのはアーマーであった。 それに関係することではあるが。 狐火が巨神機の話を持ち出した。返答は、モウ面白クナイ、というもので。 が、ひとつ。高尾が問うた質問がある。朝廷が隠していることは何かというものだ。 滅び。 クリノカラカミはこたえた。 |