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■オープニング本文 ●東和の戦い 北面の王たる芹内王の下には、北面東部の各地より様々な連絡が届けられていた。 アヤカシの軍勢は、蒼硬や翔鬼丸の撃破といった指揮官の多くを失し、何より、魔神「牌紋」の力をも取り込んだ大アヤカシ「弓弦童子」の死によって天儀側の勝利に終わった。各軍は疲労の極みにある身を叱咤激励して逃げる敵を追撃し、一定の打撃を与えもした。 しかしその一方で―― 「敵は新庄寺館より動く気配無し。朽木にたむろするアヤカシも周辺に出没し始めております」 「ううむ」 芹内は思わず唸った。敵に確か足る指揮官を欠いているがゆえだろうか。アヤカシは先の戦いで一部破損はしているものの、かつて北面軍が防衛線の一角に築いた城を、今は自らの拠る城として立て篭もっているのだ。 また、各地には、はぐれアヤカシが跋扈し、朽木の奪還もこれからだ。このままでは、弓弦童子を討ったとはいえ、東和平野の一角がアヤカシの手に落ちてしまう。 どうやら、まだまだ休むことはできないらしい。 ● 「アレは未だ戦場跡にある、か」 薄く微笑ったのは、透けるような白い肌の若者であった。全裸で、胡坐をかいて座している。敷いているのは、これもまた全裸でからみあっている男女であった。 若者の名は魍魎丸(iz0212)。冥越八禍衆の一旗たるアヤカシであった。 その魍魎丸のいうアレ、とは何か。 それは弓弦童子の残した物である。開拓者の手により消滅した弓弦童子は、その際に巨大な物体を地に落としていった。 「泥蒐、響骨」 魍魎丸が二つの名を口にした。すると彼の前の地が突如液体と化した。中からぬうと現出したのは亀と人を混ぜたような異形、そして梟と人を混ぜたような異形である。 「泥蒐、ここに」 「響骨、ここに」 軋るような声で二体の異形がこたえた。魍魎丸は二体の魔物を金色の魔眼で見下ろすと、アレを手に入れろ、と命じた。 「アレさえ手に入れることができれば、この魍魎丸は大アヤカシとなることができる――くく」 血を塗りつけたかのような朱唇をゆがませ、魍魎丸は笑った。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 「大アヤカシの遺物、一度見てみたかったんです!」 いささか興奮の態で声を発したのは、太陽の瞳の少女であった。名をフィン・ファルストという。 と、一人の女が苦笑をもらした。妖艶なる美女で、はだけた胸元からは水蜜桃のような乳房が覗いている。名は高尾(ib8693)といい、修羅であった。 その高尾の、フィンを見る眼には異様なものが滲んでいる。それは憎悪であった。 かつて人により修羅は迫害された。高尾も当然その一人で、生き抜くため、彼女は何でもやった。泥水をすするようにして生きてきたのだ。 その間、人はどうしていたか。のうのうとして暮らしてきた。およそ人を憎まぬ修羅など存在しないはずであった。 無論、高尾もそうだ。が、利口な彼女はその事実を決して表には出さぬ。金がすべての世の中と割り切っている。 しかし、それでもフィンのようなあっけらかんとした娘を見るたび、高尾の瞳には憎悪の炎が宿る。冷徹であったはずの血の沸騰を覚えるのであった。 「‥‥ふぅん、弓弦童子が遺したものねぇ。舎利みたいなモンなのかねぇ」 「結構大きかった印象だけど、何だろうね」 二十歳ほどの男が首を傾げた。こちらも高尾の憎悪の対象となりそうな明るい若者で、フィンと同じく好奇心にきらきら輝く瞳をもっている。名を九法慧介(ia2194)といった。 と、同じく首を傾げていた優しげな美少女が口を開いた。 「遠目には骨のようなもの、でしたよね」 綺麗な金髪をゆらし、その美少女――フェルル=グライフ(ia4572)はやや垂れ気味の大きな瞳を上げた。 そう。フェルルは後に北戦と呼ばれることになる戦いに参加し、弓弦童子の最後を目撃したのである。その際、弓弦童子は巨大な何かを残したのだが――。 「――炎羅」 ふっ、と。声をもらしたのは、煌く銀髪にアイスブルーの瞳の端麗な娘であった。名をジークリンデ(ib0258)という。 豊かな胸をもつその魔女は、かつて今回と同じ現象を目撃したことがあった。 炎羅。 大アヤカシである炎羅がかつて開拓者の手によって滅ぼされた。その際、今回と同じように骨の如きモノを残していったのだ。 その事実をジークリンデが告げると、十七歳ほどの凛然たる少女がふうむと唸った。これは名を熾弦(ib7860)というのだが。 その整った相貌には異様な点があった。額に二本の角が生えているのである。 そう。熾弦は高尾と同じく修羅の娘なのであった。 熾弦は独白めいていった。 「戦で直接見たのは今回が初めてだけれど、これまでの大アヤカシを倒した時にも遺物は出てきたようだから、遺物を持つ存在こそが大アヤカシ足りうる、ということかしら」 「さて、どうでしょうか」 小さく首を捻ったのは、涼しい蒼の瞳が印象的な可憐な少女であった。名は鳳珠(ib3369)というのだが、この幼い少女はまだ現段階で遺物の正体を論じるのは尚早と考えている。 「が、さ」 ふふん、と。浅黒い肌の女が笑った。そのふてぶてしい女の名は北條黯羽(ia0072)というのだが、実に妖艶でもあった。おそらくは高尾に匹敵するほどの。 黯羽は煙草の紫煙をぷかりと吐きながら、 「遺物の正体が何であれ、どのみち放っておくわけにはいかないのは確かさ。よく未だ無事に転がってると感心するが、細かいコトは後。兎に角、無事に回収することが先決さね」 「確かに、な」 応えは頭巾の内から響いた。 発したのは男。暗い紅瞳の持ち主であり、頬に一条の傷をはしらせている。名は破軍(ib8103)といった。 破軍は頬にはしる傷痕に指をはわせると苦々しく、 「頬の傷が疼く日は碌なことがありゃしねぇと相場は決まってるんだが‥‥ともあれ敵の手に渡っちゃぁ不味そうなもののようだからな‥‥さっさと拾わせて貰おうか」 「では具体的な場所なのですが」 ほんわりと少女が口を開いた。まるで眠りから覚めたかのようにぼんやりとした表情。身形からして陰陽師であるらしい。 鈴木透子(ia5664)という名のその少女は一枚の紙を広げてみせた。簡単な地図。此度の戦場が描かれている。 「この辺りにあると思います」 透子は地図の一点を指し示した。そこは弓弦童子が宝珠砲により一斉射撃された位置である。 「大アヤカシのみが持つナニカ。それを狙うのは私たちだけではなく力を渇望する者達も動くはず」 ジークリンデが背を返した。銀色の髪が翻り、光をちりばめる。 「疾く参りましょう。新たな脅威を防ぐ為に」 ● すう、と。 黯羽が右手を上げた。その指に、舞い降りてきた小鳥がとまったとみるや―― 瞬時にして小鳥は消滅し、一枚の符へと変じた。 黯羽はその符を指で挟むと、苦く笑った。 「いやがるぜ、アヤカシが。この先の森の中に。さらに雪原にも」 「やはり」 肯いたのは鳳珠である。それから彼女は仲間を見渡した。 黯羽と慧介、鳳珠と破軍、さらには高尾を除く他の五人は歯の根のあわぬほど震えている。彼女達は防寒の用意をしてこなかったのだ。すでにかなりの体力を消耗しているようであった。 破軍と高尾――二人の修羅は顔を見合わせた。急がなければ、いざという時寒さのために支障がでかねなかった。 「ゆくぞ」 破軍が促した。はい、とこたえたフィンが橇をひいた馬の手綱をとる。が、馬は動かなかった。 同じく馬をひいていた慧介は首を傾げた。 「どうしたんでしょうか」 「アヤカシを恐れているのよ」 震える声で熾弦がこたえた。そして森に険しい表情をうかべた顔をむける。 凍える手をすりあわせながらフェルルが困惑の態で馬を見遣った。馬が動かぬ以上、橇を引いていくことはできぬ。 「どうしましょうか」 「俺達で引いていくしかあるまいよ」 破軍が橇についた綱をひいた。わずかに橇が動く。おそるべき修羅の膂力であった。 「じゃあ、あたしも」 フィンもまた橇をひいた。ぐん、と橇が動く。恐るべきフィンの膂力‥‥であった。 ● 「チッ」 黯羽が大きな舌打ちの音を響かせた。 高空における視界が潰された。人魂が空飛ぶアヤカシに襲われたのだ。空で雄叫びが響き渡っている。 「どうやら見つかったようだね」 高尾が耳を澄ませた。彼女の超人的聴覚は迫り来る幾つもの足音をとらえている。 肯いたのは鳳珠だ。彼女の展開した結界もまた幾つもの瘴気の存在を確認している。 「来ます。こちらにむかって」 「おかしい‥‥ですね」 フェルルが眉をひそめた。 確かに先の戦いにおいてはアヤカシを全滅させたわけではない。どころか、戦場跡には未だはぐれのアヤカシも多いという。しかし、それでもこの辺りのアヤカシの数は多過ぎた。 「よほどアヤカシにとっては大事なものなんだろうね」 高尾がいった。すると慧介がやや驚いた顔をむけた。 「大事なもの? 弓弦童子が残したものが?」 「想像さ」 高尾がこたえた。 「それとも本能的に引き寄せられてしまうような力が秘められているのか。‥‥ま、アヤカシの考えることなんざ、わかんないけどね」 「アヤカシの数が少ないのはどっちだ」 熾弦が問うた。鳳珠が前方を指差した。目的地とはややそれる方向だ。 破軍はぎりっと歯を軋らせると、 「仕方ない。薄いところを突破して雪原にむかう。こうしている間にも遺物はアヤカシに拾われているかもしれないからな。急ぐぞ」 いった。そしてジークリンデに眼をむけると、 「俺達の位置を伝えられると面倒だ。殺れるか」 「任せてください」 ジークリンデは空に視線を投げた。翼の生えた鬼が空を舞っている。 すう、と。ジークリンデの人差し指があがった。同時に呪文詠唱。紫電がジークリンデの指にからみついた。 次の瞬間である。ジークリンデの指から超高圧力の紫電が迸り出た。 それは自然界の稲妻を数倍したほどの威力をもっていた。たとえアヤカシとて何でたまろう。一瞬にして空飛ぶ鬼は瘴気へと分解された。 が―― アヤカシを消滅させたジークリンデの顔色は青い。寒さのために身体が冷え切っているのだ。練力よりも、先に体力と気力が尽きそうであった。 ほっ、と。透子が眼を丸くした。彼女の呪的攻撃力もかなりものだが、ジークリンデのそれは彼女を遥かに凌いでいる。 「それでは、あたしも。橇の痕跡を追ってくるでしょうから」 透子が印を組んだ。が、練力の集中が上手くいかない。それでも―― 何とか術の発動。空に亡霊の如きモノが現れた。式だ。 「疾ッ」 透子が刀印を切ると、式が地面に吸い込まれていった。その時―― 黯羽が振り向いた。彼女の眼は飛来する数本の角を見とめている。 「あれは知ってるぜ!」 ニンマリ笑った黯羽の前に漆黒の壁が現出した。 ● アヤカシを突破し、開拓者達は森を出た。はねる陽光が白く開拓者達を染める。残雪のためだ。 この場にあって、特にジークリンデと鳳珠の練力の消耗が激しかった。はぐれアヤカシとの戦いに際し、特にジークリンデの破壊魔法、そして鳳珠の回復術が用いられたからである。 ふう、と透子は息をついた。橇を引く手が痛い。寒さとあいまって、なけなしの体力すら尽きそうであった。唯一元気なのはフィンくらいである。 「あれは」 フェルルは眼を眇めた。雪原の一部が大きく、異様に盛り上がっている。 「遺物でしょうか」 「間違いないわ」 熾弦が肯き、素早く視線を巡らせた。 今、雪原中にいるアヤカシの数は少ない。森に吸い寄せられていったのであろう。不幸中の幸いであった。 「いくわよ」 熾弦が足を踏み出した。その時だ。 慧介は空に黒点の如き影を見出した。徐々に大きくなってくる。アヤカシだ。 「まさか‥‥遺物を狙って!?」 ものに動じぬはずの慧介の顔色が変った。 遺物は巨大だ。その回収にたった一匹のアヤカシだけが来るはずがない。 「急がなければ」 慧介は橇をひいて走り出した。が、他の者の動きが鈍い。その間に飛来したアヤカシが遺物の側に舞い降りた。 それは異様なモノであった。人型の梟ともいうべき異形だ。 「それを渡すわけにはいかない!」 ジークリンデが指を上げた。その指先に紫光が揺らめく。 刹那だ。梟の異形――響骨が吼えた。空間に漣がはしったようである。 次の瞬間であった。ジークリンデの指先の紫光が消えた。 「これは!?」 愕然としてジークリンデは己の指先を見つめた。指先に凝縮したはずの練力が消えている。消滅したというよりは、拡散してしまったという感じだ。 「厄介だねえ」 黯羽は艶やかな顔を顰めた。 人梟のアヤカシは咆哮により、一時的に相手の体調狂わせる。それにより開拓者は練力を操ることができなくなるのだ。 開拓者が超人たる所以は練力にある。そうであるならば、人梟のアヤカシは開拓者の天敵ともいうべき存在だ。 「なら、刃で斬り伏せるまでだ」 すうと細められた慧介の眼がギラリと光った。 ● 「生憎とそれを貴様らにくれてやる訳にはいかないんでな」 破軍が地を馳せた。はねた雪が白く舞う。傍らを疾駆するのは慧介だ。 「ぬん!」 慧介が抜刀した。凝縮した練力を放出。それは渦巻く風となって響骨を襲った。 化鳥のような声をあげ、響骨が羽ばたいた。生み出されたのは魔力秘めた風である。 豪風と魔風。それは空でぶつかり、消滅した。同心円状に広がる衝撃波が雪を巻き上げる。 その雪煙の中、フェルルが霊剣である御雷をふるった。生み出された刃風は練力により呪的変換。真空の刃と変じた。 雪片を切り裂きながら真空の刃が疾った。それは響骨と迫り―― ずずう、と。そこが沼であるかのように地を割って異様なモノが現出した。人型の亀といえばよいだろうか。 その不気味な姿のアヤカシが響骨の前に立ちはだかった。フェルルの放った真空の刃はその背の甲羅によってはじかれてしまっている。 再び響骨が吼えた。フェルルがよろめく。練力を操ることができなくなっていた。 「カッ」 人型の亀――泥蒐が両手を地にむけた。 「まずい!」 黯羽が符を放った。 その瞬間である。地から数知れぬ礫が飛んだ。それは弾丸同様の威力を秘めていた。くらえばただではすまない。 無数の硬い音が響いたのは次の瞬間である。黯羽の生み出した漆黒の壁により、礫はすべてはじかれていた。 「いけえ!」 熾弦がゆるやかに舞い始めた。ただの舞ではない。呪的法則にのっとった巫女の舞である。 もし弓弦童子の遺物がアヤカシの手に渡ればどうなるか。おそらくは再び惨劇が繰り返されるであろう。それだけは命をもってしても阻止しなければならない。散っていった多くの命のためにも。 その想いを熾弦は舞いに込めた。 「ふんっ」 「はっ」 漆黒の壁を蹴り、同時に慧介と破軍が飛んだ。熾弦と同じ想いを抱いて。 ● 破軍が舞い降りた。慧介は舞い上がった。 大気に亀裂を刻みながら疾った刃は泥蒐と響骨へ―― 呪的支援をうけ、さらに威力を増した一撃を破軍は泥蒐に叩き込んだ。それを泥蒐は腕で受けた。 ごつ、と。 鈍い音をたてて、泥蒐の腕がはねとび、それは瘴気と化して消えた。が、破軍は続く一撃を放つ余力をもたなかった。岩を斬ったかのような衝撃に破軍の腕は痺れている。 同じ時、慧介は響骨の咆哮にさらされていた。無論、練力を練ることは不可能となっている。 「が、斬る!」 慧介の叫び。そして交差する二影。 地に降り立った時、はじかれたように慧介は振りかえった。その手にはアヤカシを斬ったという確かな手応えがある。 怪鳥めいた雄叫びをあげ、響骨が空に舞い上がった。泥蒐の身はずぶりと地に沈んでいく。いや―― 地に埋没する前、泥蒐は真紅の眼のみ覗かせ、問うた。 「愚カナ人間ドモ。何故、命ヲカケテマデ、我ラト戦ウ?」 「決まってるじゃないか」 ニヤリとし、高尾は親指と人差し指で円をつくってみせた。 「こいつのためさ」 高尾が炎で雪を溶かした。現れたのは五メートルを超す巨大なもので、喉の骨に見えた。 「早く」 ジークリンデが促した。すでに体調の回復した彼女は大規模魔術を用い、周囲のはぐれアヤカシを掃討している。 「わかっています」 フィンが遺物を持ち上げた。わずかに浮く。相変わらずの怪力だ。 透子と黯羽、熾弦が素早く手を差し入れ、橇に乗せた。縄でくくりつける。 鳳珠が閉じていた眼を開いた。 結界によるアヤカシの探知。数は少ないものの、森にはいまだアヤカシは存在する。 「もう一汗かかなくちゃあなるめえな」 くっと笑う黯羽の指の間に符が現出した。 ● 「‥‥開拓者に奪われた、だと」 魍魎丸の眼が赤光を放った。その前に跪く泥蒐と響骨が身を凍りつかせる。魍魎丸は冷徹だ。怒らせて只で済むはずがなかった。が―― 魍魎丸の眼から血光が消えた。彼の関心は他にあった。 「うぬらほどの凶猛なアヤカシを遁走させる開拓者。ふふ」 真紅の唇を、魍魎丸は異様に長い濡れた舌でぞろりと舐めた。 「喰らってみたくなった」 |