【北戦】逃避行
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/31 21:06



■オープニング本文


 魔の森のアヤカシの動きが活性化した。
 そう知らされても、土地に根ざした生活をする庶民は簡単に逃げ出せるものではない。だが、その集落では里にあるだけの荷車に馬やろば、もふらを繋ぎ、山積みの荷物を載せ、押し進めていた。周りにはそれぞれの家財などを持てるだけ持った人々が、急きたてられるように歩いている。
 皆が背後を振り返るのは、家を心配してではなく。
「病人の様子はどうだ?」
「ようやく落ち着いたけど‥‥なんでこんな、食い詰めた行き倒れみたいなことに」
 荷車の一台には、子供や老人ばかり数人が横になっていた。一様に顔から血の気が引き、ぜいぜいと荒い息を繰り返す。中には布団で巻かれていても、ぶるぶると震えている子供もいたが、それでも最初よりは少し落ち着いた状態だ。
「おまえ達は調子が戻ったか?」
「なんとか。しかし、嫌な汗は出るし、足は震えるし‥‥真夏の昼間に気分が悪くなるのとは、また違う変な感じだ」
 荷車の周りには、横になっている者達の家族とは別に、若者が数人いた。彼らと倒れた者達は一緒に里の外れの作業小屋から種を運び出していて、里に急を知らせたのだ。その時、子供や老人を担いで運んだ彼らも、体が冷えているのに汗を流すおかしな状態だったが、こちらは頑丈な分、回復も早い。
 子供や老人も薬師達が茶や薬を与えて、なんとかひどく冷たくなっていた手足に体温が戻ってきた。こんな避難の時でなければ、煎じ薬を与えたりも出来るが、ともかく逃げるのが先決。
 なぜなら、若者達が口を揃えて、里の外れに人のような怪しい姿を見たと言うのである。怪しいとは、その人影が半ばもやのようにはっきりしない様子で、声を掛けても何の返事もなかったから。どこかの人里から逃げてきたのなら、声掛けにはなんらかの反応をしようというもの。
 それで、人々は急病人を抱えながらも、満足に休憩も取れずに歩き続けていたのだ。

 倒れた者達の呼吸が安定して、薬師達がほっと安堵の息を吐いた時。
 今度は荷車が数台、最近の雨で出来たぬかるみにはまって動けなくなった。
「逃げるのが先だ。後で取りに来たらいい」
「この荷は北面の皆があてにしているのだぞ」
 荷車の上には、租税として里が収める物資が積まれていた。一旦放置して、後で兵士らに力を借りて取りに来ようと言う者と、これを持っていかねば駄目だと主張する者とが睨み合い、その間に他の者達が少しばかりの休息を取っていると、
「おい、後ろのほうになんか来てる!」
 里の外れで見た怪しい影と、それ以外になにやら蠢くモノとが、やってきた道の果てに見えていると、ずっと警戒を続けていた里の猟師が知らせて寄越した。
 更に。
「前のほうにも、何かがっ」
 遅れないようにと、先頭になっていた病人らの荷車に張り付いて、子供の母親が悲鳴を上げた。それに、疲れた人々が慌てて逃げ散ろうと仕掛けたが、前からやってきた『何か』の方が速い。
 近付く影から聞こえてきたのは人の声で、呼ばわるのは里の名前だ。
「芹内王からの依頼で駆け付けた。薬師の里の皆さんに、間違いはないだろうか?」
 北面がわざわざこの里をと指定して助けを寄越したのは、そこが薬草を栽培し、様々な薬を作り、古くから北面に収めてきたからだ。その扱いに長けた者も多いので、急病人を抱えての無茶な避難をここまで続けてこれた。
 しかし、その薬を積んだ荷車が動かず、背後からは『何か』が近付いてきて、けれども荷を捨てることも出来ず。
 危ういところで現れた開拓者の姿に、人々は安堵して座り込んでしまったが‥‥避難は、ここからが正念場のようだ。


「うん?」
 顔を上げたのは人ではなかった。どちらかといえば端正な顔をしているが、額にはねじくれた角が生えている。漆黒の鬼であった。
 その鬼の頭上で異形が空に舞っていた。鬼の相貌に人の体躯、そして背で羽ばたく翼。鬼面鳥である。
「避難民だと?」
 鬼面鳥が告げたのだろう。聞き取った漆黒の鬼がニヤリとした。
「弱い虫けらを踏み潰す方が弓弦童子も喜ぶだろう。あまり面白くないが、な」
 漆黒の鬼の身裡に瘴気が満ちた。ビキビキと異音を発して漆黒の鬼の体躯が膨れ上がる。口が耳まで裂けた。眼が血色に爛と輝く。その身を覆う筋肉はより巨大に、強靭に変化した。
 現出した禍々しき鬼。暗黒の邪念が結実したその姿こそ、冥越八禍衆の一体たる羅刹童子(iz0219)であった。
「野郎と老いぼれはぶち殺す。喰らうのは若い女とガキだけだ!」
 哄笑をあげながら羅刹童子が地を蹴った。漆黒の颶風と化して馳せる。哀れな避難民を追って。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
蒔司(ib3233
33歳・男・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ


■リプレイ本文


 その声は静かに、しかし確かに響いた。夜明けを告げる鬨の鐘のように。
「開拓者です!」
 声の主は十八歳ほどの娘であった。輝く金髪に澄み切った碧の瞳。優しげな相貌の美少女だ。美少女はフェルル=グライフ(ia4572)と名乗った。
「皆揃っているか?」
 男が鋭い眼で避難民達を見回した。避難民達が肯く。
 男は、どこか翳のある相貌をゆるめた。この男、名をマックス・ボードマン(ib5426)という。
 マックスはよく通る声で避難民達を励ました。
「もう一息だ、頑張ってくれ」
「皆さんの命、必ず守り通しますっ。追っ手は私達に任せて、皆さんは近くの開拓者に従い避難を進めてください!」
 フェルルの言葉に避難民の一人が口を開いた。
「逃げたいのはやまやまだが、荷車が動かない。荷車には薬草が積んである。これが届かなければ北面の者達が困ることになるだろう。捨ててはいけない。それに」
 薬師らしいその男は避難民達を見回した。数人、またもや体調を崩し始めている者達がいる。
「どいうことや、これは?」
 訝しげに眼を眇めたのは三十歳ほどの男であった。獣気を発しているのは、男が黒獅子の神威人であるからで、その身体に刻まれた無数の傷痕が男の過ごしてきた半生の凄絶さを物語っている。
 とはいえ、蒔司(ib3233)という名のこの男と接しているとひどく気持ちがいい。木枯らしの中、ふと出会った日溜りの温もりを感じるのだ。
「わかりません」
 薬師は首を振った。
「原因はなんや?」
「それも」
 またもや薬師は首を振った。原因がまるで見当たらなかったからだ。
 が、すぐに何を思いついたか、薬師は瞠目した。そして来た道の果てを指し示した。
「里の外れで見た怪しい影が。もしかするとそれが原因かもしれません」
「怪しい影だって?」
 女が眉をひそめた。
 年齢は二十歳半ばほどか。小麦色の肌をおしげもなく晒した妖艶な美女である。名は北條黯羽(ia0072)。
 黯羽はすぐにニッと笑うと符を取り出した。
「怪しい影かあ、気になるぜえ」
 黯羽が符をを放った。それは空でひらりと翻ると、瞬く間に一羽の小鳥に変化した。
 驚く避難民をその場に残し、小鳥は空を翔けた。ややあって、ふふんと黯羽は鼻を鳴らした。
「やはりアヤカシだぜ。小鬼のようなのが十匹ほど。あと丸々と太った鬼がいやがる」
「では避難の方々が体調を崩されたのは、その鬼どもの仕業でございますか」
 愕然たるを発したのは異様な風貌の少女であった。
 髪は雪をいただいているかのように白く、肌も透けるように白い。白子なのである。
 さらにその瞳。右は黒曜石のように黒く、左は血が滲んでいるかのように紅い。なまじ肌が白いだけにその瞳が爛と光っているようで、人外の妖しさを醸し出していた。
「あんた‥‥確か月雲左京(ib8108)かい」
 黯羽が眼をむけた。はい、と戸惑ったように肯き、左京は顔をそむけた。
 黯羽は眼を瞬かせた。顔をそむけた際、髪が揺れ、左京の額が一瞬覗いたのだが。
 妙な傷痕がある。まるで角を根本から切り取ったような。もしや――
 不審の眼をもって見れば、他にもおかしなところがある。左京は何故ずっと耳を隠しているのか。何故、話すときに鞠で口元を隠すのか。
「まあ、いい」
 黯羽はすぐに視線をそらせた。左京の隠したいもの。隠さねばならなくなったわけ。他人が勝手に触れてはならぬものと判じたのだ。
「では、とにもかくにもアヤカシを始末せねば逃げることはできぬということだな」
 木枯らしの鳴くような声で男が呟いた。
 竜の神威人。鍛え抜かれたしなやかな身体の持ち主で、その身には恐るべき戦闘力を秘めていそうであった。
 そして男――カルロス・ヴァザーリ(ib3473)は楽しげにくつくつと笑った。
「謎の能力を持つアヤカシか。‥‥まあ、せいぜい楽しませてもらおう」
「楽しんでいる場合じゃありませんよ!」
 一人の少女がぷっと頬を膨らませた。大きな蒼の瞳をもつ愛くるしい少女だ。名をフィン・ファルスト(ib0979)というのだが、彼女は真剣に怒っていた。カルロスに、ではない。自分自身に対して。
 先日のことだ。フィンは開拓者ギルド長である大伴定家を守るという依頼を受けた。
 結果、定家は守った。が、果たして成功したといえるか、どうか。定家は確かに暗殺の刃を受けてしまったのだから。
「もう誰も‥‥もう誰も傷つけさせたくないんです!」
 フィンは叫んだ。


 この時、実は一人の開拓者が馳せていた。
 それは銀色の疾風。銀狼の娘、雪刃(ib5814)であった。
 たった一人で多数のアヤカシに対抗しうるや否や。
 無理であろう。愚か、といえばそうかもしれない。が、雪刃は敢えて敵にかかった。
 そこに深謀遠慮がある、と雪刃の怜悧な風貌から人は思うかもしれない。ところがそうではない。ほぼ直感的に雪刃は疾駆していた。
 その先にも守らねばならぬ者達がいる。牙もたぬか弱き人々だ。
 戦わねばならぬ者達が迫っている。卑劣なる異形の者達だ。
 ならば何に迷うことがあろう。狼の牙は悪を裂く銀色の旋風だ。
 雪刃の口から咆哮が迸り出た。空間を震わせたそれは、確かにアヤカシ達の敵意をひきつけている。
「むかってこい。ただ私一人に!」
 雪刃はさらに風に溶けた。が――
 突如、雪刃の疾走速度がおちた。異変が雪刃の身体を襲っている。
 虚脱感。吐き気。身体の震え。
「くっ」
 苦痛に、雪刃の顔が歪んだ。死力を振り絞らねば立っていることすら困難な状態であった。
 その時、黯羽が見とめた太った鬼――砲角大鬼が身動ぎした。その数は三。
 まずい、と叫びは誰が発したものであったか。
 砲角大鬼の周囲の空間に角が現出した。十を超えるほどの数の角が。
 次の瞬間である。角が砲弾のように空を裂いて疾った。
 絶望の悲鳴が響いた。追われていた避難民が発したものだ。雨のように振り注ぐ角を避難民が避けえようはずもない。
 ある母親は娘の上に身を投げ出した。せめて己の身で庇おうとしたのである。
 一瞬後、 胸と肉を貫く角が母親の身を貫いた。いや――
 衝撃はなかった。気づいた母親が恐る恐る顔を上げた時、彼女は立ちはだかる漆黒の壁を見たのである。
 だけではない。空中において数本の角が粉砕されていた。高圧の破壊力を秘めた熱量によって。
「野郎」
 符を手に、黯羽が顔をゆがませた。
「飛び道具たあ、やってくれるじゃねえか」
「数本は撃ち落しましたが」
 精霊砲を撃った姿勢――右手を前方に突きつけたまま、フェルルは焦りの滲んだ声をもらした。
 鬼の放つ角の数は多い。そのすべてを粉砕することは不可能であった。
 ゆらり、と蒔司の身がゆれた。同じくカルロスも、また。二人は飛び来る角から我が身をもって避難民を庇ったのであった。
「おじちゃん、大丈夫?」
 心配そうに少女が見上げた。返すのは洒脱な蒔司の笑みだ。
「掠り傷じゃ。心配はいらんきに」
 同じくある娘もまた大きな背を――カルロスの背を見つめた。
「あ、ありがとうございます」
「ふふん」
 返したのは凍てついた笑みだ。
「礼には及ばん。別にお前を助けようとしたのではないからな」
 カルロスは血の滲む肩を見た。角を叩き落そうとしたのだが、しくじったのである。カルロスにとっては、むしろそれが問題であった。
「鬼如きが。‥‥この身体に傷につけた罪、うぬらの命で償わせてくれる」


「お姉ちゃん!」
「大丈夫だよ」
 泣く少年の前で、フィンはぬうっと立ち上がった。彼女もまた避難民を庇って角を受けたのであるが。
 脇をやられた。肋骨が折れている。が、これでも僥倖であった。もし角を撃ち出す鬼が三体とも避難民を狙っていたなら、今頃はどうなっていたことか。
 そう。まさに三体の砲角大鬼のうち、二体は避難民達を狙わなかった。
 何故か。
 二体の砲角大鬼は雪刃を狙ったのである。血溜りの中、満身創痍の雪刃は片膝ついて項垂れていた。その手には大太刀、足元には払い落とした角が転がっている。
「雪刃様!」
 左京の口から血を吐くような叫びが発せられた。反射的に咆哮をあげ、走り出す。
 砲角大鬼の注意をひきつけるつもりであった。これ以上角の攻撃を受ければ雪刃の絶命は必至だ。
 ぐん、と左京の疾走速度があがった。修羅の強靭な肉体能力が彼女に爆発的な力を与えている。
「月雲左京。‥‥お相手致します! うっ」
 左京はよろめいた。脱力感が彼女の肉体を蝕んでいる。雪刃と同じ現象だ。
 が、おかしい。左京はフェルルの加護結界を施されている。抵抗力は上昇しているはずであった。
「では、この身体の異常はアヤカシの何らかの攻撃? あっ」
 左京の口から愕然たる呻きが発せられた。三体の砲角大鬼が放った全ての角が彼女めがけて迫っている。さすがの修羅の少女とて、その全てを回避することは不可能であった。
 次の瞬間、角が砕いた。左京の肉体、ではない。漆黒の壁を。黯羽である。
「馬鹿が、一人で突っ走るんじゃないよ!」
「すみませぬ」
 左京は眼のみ伏せた。黯羽は、修羅である左京が唯一心を許した人間であった。
「その通りだ。俺達は仲間なんだぞ」
 今度はマックスが走った。木陰に走りこみ、アスカロスをかまえる。ポイントするのは小さな鬼。ヒダラシだ。
 マックスがトリガーをひいた。練力の込められた弾丸が唸り飛ぶ。
 弾丸がヒダラシの頭部に着弾した。高圧の破壊的熱量が一気に放出される。ヒダラシの頭部が熟れた西瓜のように粉砕された。
「ほっ。小さな鬼には効くようじゃのう」
 蒔司の手に紫電がからみついた。
「ならば蹴散らすか」
 カルロスが刃を振り下ろした。
 豪、と。刃が生み出した風が真空の刃へと変じ、空を疾った。
 煌、と。蒔司の手から放たれた雷気の手裏剣が空を灼いた。
 数瞬後のことだ。一声をも発せず、ヒダラシ二体が瘴気へと還元された。
 ごおっ、と砲角大鬼が吼えた。そして一声に角を撃ち出した。
 空を埋める禍々しき無数の角。が、その大半は効力を殺がれた。黯羽の召喚した漆黒の壁によって。さらに――
 フェルルの手から激烈な破壊力を秘めた光が迸り出た。放出圧によってフェルルの身が仰け反る。
 光は空を切り裂いた。飛来する角もまた。十本ばかりの角が瘴気へと変じた。が――
 苦痛の声が流れた。防ぎきれなかった角が避難民を傷つけてしまったのだ。
「このままでは」
 フィンが喘いだ。遠い間合いでの戦いは、避難民を守る分、開拓者にとって圧倒的不利であった。
「いけ、フィン! 左京!」
 マックスが叫んだ。その周囲の木々はズタズタだ。角の仕業である。
「でかいのは俺達がひきつける」
「そうや。小さいのは」
 蒔司の手から再び雷気の手裏剣が飛んだ。同時に真空の刃も空を切り裂く。
「雑魚が」
 カルロスがニンマリした。その満面が冷たい汗に濡れている。いや、カルロスだけでなくマックスや蒔司も。ヒダラシの妖力である。
「皆、頑張ってるんだ」
 フィンが全身に練力を巡らせた。
 仲間は苦しくとも戦っている。自分だけがへこたれているわけにはいかない。
 フィンの想い。それが発火し、練力が燃え上がった。溢れる闘気が旋風と化してフィンの周囲に渦巻いた。
「いきます!」
 フィンが疾駆した。同時に左京も。
 砲角大鬼が向き直った。三体同時に手をむける。
 刹那である。砲角大鬼の身が爆ぜた。マックスの弾丸、蒔司の雷火手裏剣、カルロスの真空刃によって。
 が、砲角大鬼は動じない。フィンと左京にむけた手が唸りを発し――
 砲角大鬼の手がはねあがった。流星のように疾った刃によって。刃の主は――おお、雪刃だ!
「一太刀、くれてやった」
 血笑をうかべ、雪刃は倒れた。今度こそ昏倒している。
 次の瞬間である。疾風と化してフィンと左京が襲った。血飛沫ならぬ瘴気をしぶかせヒダラシを斬り伏せる。
「森羅万象に宿る我らが友よ、その力を我が身に集め、万魔討つ力を成し給え!」
 フィンが叫んだ。
 聖堂騎士剣。騎士の誇りたる戦闘術の前にヒダラシはひとたまりもなかった。
「でかいの!」
 フィンの眼がギンッ光った。砲角大鬼を睨み据える。左京もまた。
「此処を‥‥冥越と同じ地には、させませぬっ!」
 左京の刃がきらっと陽光をはねた。

「フェルル!」
 黯羽が叫んだ。
「今のうちにその衆らを」
「わかりました」
 フェルルが避難民達を促した。
「さあて」
 黯羽が物騒な笑みをうかべた。
「反撃といこうか」


 純白の、禍々しくも美しい白狐。
 黯羽が召喚した式が砲角大鬼の首に牙をたてた。肉をえぐり、大量の破滅的な瘴気を送り込む。
 砲角大鬼が苦悶に身を震わせた。その体内では相反する瘴気が互いの存在を打ち消しあっている。
「引導はくれてやる」
 カルロスの身と砲角大鬼のそれとがすれ違った。横薙ぎ一閃。ぱっくりと開いた砲角大鬼の脇の傷口から呪紋とともに大量の瘴気が噴き出した。
「醜い身体だな」
 カルロスが嘲笑い、刃を振った。その背を戦慄がかけあがっている。カルロスの裡の黒い獣が目覚めているのであった。
 と、その背にむかい、別のヒダラシが手をむけた。角が射出され――
 角は射出されなかった。突き出した腕の上に、ふわりと人影が立っていたからだ。蒔司である。
 蒔司が飛んだ。砲角大鬼の頭上で身を捻り、後方に着地。その背後で眼を切り裂かれた砲角大鬼の苦鳴が響いた。
「ちいと浅かったのう」
 刃を片手に蒔司がごちた。
 同じ時、フィンと左京は左右から同時に砲角大鬼に斬りかかった。対する砲角大鬼は左右に手をむけた。
「あっ」
「うっ」
 呻く声は同時にあがった。角をぶち込まれたフィンと左京のものだ。
 止めを刺すべく砲角大鬼は二人に左右手をむけた。フィンと左京は刃をむけたものの、間に合わぬ。まだ間合いは遠い。
「こっちだ」
 マックスは砲角大鬼の背後に回りこんだ。アスカロスの弾丸を叩き込む。
 砲角大鬼は頑丈で、かつ角を放つ妖力は脅威だ。が、動きは鈍重で、つけいる隙は十分にあった。
 砲角大鬼がじろりとマックスを見た。そこに隙が生じた。何でその隙を見逃そう。フィンと左京が迫った。疾る槍と刀の刃が砲角大鬼を切り刻む。
「お前達は私達に絶望を与えるつもりなんだろう? だったらその絶望、私達がぶち砕く!」
 絶叫とともに。フィンの操る名槍蜻蛉切が砲角大鬼の胸を貫いた。


 どれほど後のことであったか。
 戦場の名残の地に、異様なモノが佇んでいた。
 漆黒の巨大な鬼。羅刹童子である。
「‥‥開拓者め」
 羅刹童子は辺りを見回した。避難民を足止めしているはずの鬼どもの姿がない。瘴気の残滓が漂っているところから見て、すべての鬼は開拓者の手によって粉砕されたのであろう。
「どこどこまでも邪魔を」
 羅刹童子は牙を軋らせた。が、その真紅の瞳には喜悦の光が浮かんでいる。
 羅刹童子はニタリと笑った。
「ならばこそ殺し甲斐がある」