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■オープニング本文 ●浪志組 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わなないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。 「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。 ――賽は投げられたのだ。 ● 「浪志組か」 書状から眼をあげ、真田悠は大きく肯いた。 国のため民のため、機動力のある武装組織が必要であるとはかねて悠も痛感していたことである。東堂俊一から送られたきた書状の内容は、まさに彼の願いをかなえるものであった。 悠は柳生有希に眼をむけた。有希は先ほどから腕組みし、瞑目していた。有希は良くいえば沈毅重厚、悪くいえば暗い。何を考えているかわからぬところがあった。 さらにわからぬといえば、こいつだ。 悠は寝そべっている少年に眼を転じた。天使のように美しい少年だ。天草翔という。 「どうだ、翔?」 「なんだか胡散臭えや」 翔はこたえた。 「胡散臭い、だと?」 「ああ。小難しい文句とおいしいことばっか並べたてやがって。そんなことほざくのは詐欺師って相場は決まってるんだ」 「おまえ」 悠の眉間に皺が寄った。 「東堂さんを詐欺師だというのか」 悠の声に怒色が滲んだ。 悠は東堂という人物と面識があった。穏やか、そして高潔な人柄であるように見受けられた。 「そうかなあ」 翔は寝そべったまま首を捻った。翔の見立ては違う。 東堂という人物。穏やかではなく慇懃、高潔ではなく野心に満ちた人物である。さらにいえば頭が良過ぎる。怜悧と野心を持ち合わせた人間は何を仕出かすかわからず、信用はできない。 「まあ、いい」 悠は話をきりかえた。 「ところで翔。おまえに話がある」 「やだね」 翔はそっぽをむいた。 「人を集めろってんでしょ。俺ァ、そんな面倒くさいこと」 「翔!」 悠の怒声が響き渡った。 ● 「ちぇ」 何度目だろう。開拓者ギルドにむかう道の途中で翔は舌打ちした。 「いつも面倒なことは俺にやらせるんだからな、真田さんは。有希さんは眼を閉じて黙りこくってやがるし。ありゃあ居眠ってやがんじゃねえのかな」 ごちた。と―― 突如翔は足をとめた。前方をゆく人影を見とめたからだ。 浅黒い肌の美しい娘であった。しなやかな体躯は女豹を思わせる。 その娘のことを翔は知っていた。森藍可とかいう女の親友である娘だ。立場とすれば柳生有希と同じであろうか。名は確か服部真姫といった。 「あっ」 何を思いついたか、翔は駆け出した。真姫に走り寄ると、おい、と声をかけた。 「何だ」 振り向いた真姫の表情が微かに変わった。彼女もまた翔のことを知っている。名伏すべからざる剣客であった。 「私に何か用か」 「あんた、胸の間に苦無を隠してるだろ」 「苦無?」 真姫は胸元に視線をおとした。衣服でも隠しきれぬ豊かな乳房の間、確かに苦無をひそませてある。 真姫は眼を翔の面にもどした。 「それがどうした?」 「俺にくれ」 翔が手を差し出した。 「くれ、だと」 真姫は眉をひそめた。 「馬鹿か、貴様。誰がやるか」 「じゃあとっちゃうぞ」 「ふふん」 真姫は薄く笑った。 「とれるものならとってみろ。だがな、手足の一本や二本、失う覚悟はしておけよ」 「そんなもん、恐くあるか。どうせ俺の手足じゃねえ――」 慌てて翔は口を閉ざした。それからニヤリとすると、 「これで指きりげんまんだ。苦無をとられたからって役人に訴えたりするなよ」 それからわずか後、翔は開拓者ギルドを訪れた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
鏡華(ib5733)
23歳・女・陰
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 開拓者ギルドに貼り出された依頼書を見つめ、十七歳ほどの一人の少女がふうむと唸った。 可愛いが、どこか油断ならぬ印象。秋桜(ia2482)という名のその少女は小さく呟いた。 「あの服部真姫から苦無を奪う‥‥とは」 「知っているのかい、その服部真姫っての」 問いかけたのは二十歳をわずかに過ぎたばかりに見える娘だ。無造作に広げた胸元からはむっちりとした乳房が覗いている。 「はい」 秋桜は肯いて、ちらとその娘を見遣った。 刃の光を鳶色の瞳にためたその娘を秋桜は知っている。朱麓(ia8390)という名の泰拳士で、アヤカシと手を結んだ叔父の策略のために氏族を失うという無残な過去をもっていた。 秋桜は告げた。 「朱麓様の力をもってしても苦無を奪うのは容易くはないかと」 「それほどの手練れかい」 「はい」 「なんだか楽しそうだねえ。まるで旧友と会うようだよ」 朱麓がからかうようにいった。秋桜は苦笑を返す。旧友とはよくいったものだ。 真姫と実に二度、秋桜は顔をあわせている。顔なじみといえば顔なじみであった。 が、二人の間に温かな交流などはない。あるのは激しい敵愾心のみだ。 「おお、怖い怖い」 おどけたように声をあげたのは、着流しをまとった細身長身の若者であった。名を九法慧介(ia2194)という。 「そんなおっかない人から苦無を取れとは無茶をいうねぇ。でもその真姫って人の本気ってやつを見てみたくもあるね。まあ、見たら死んじゃいそうだけど」 くすくす笑う。この慧介という若者、どこまで本気か良くわからない。 「でも」 綺麗な蒼の髪の少女が首を傾げた。可憐な相貌に似合わぬ、はちきれんばかりの肉体の持ち主である。 名を柚乃(ia0638)というその少女は誰にともなく呟いた。 「どうして苦無を? 依頼人さんの目的は何なのでしょうか」 「腕試しというところではないか」 静かな声音でこたえたのは神威人の娘であった。特徴的な耳からして、銀狼の神威であろう。 雪刃(ib5814)という名のその娘は、銀色の髪をさらりとゆらし、依頼書の一点を指し示した。 浪志組入隊の意志有りや否や。依頼書にはそう記されている。 「私も服部真姫という人物を知っている。油断しているとひどいめにあうよ。それに」 雪刃の蒼の瞳が依頼書に記された依頼人の名にむけられた。 天草翔(iz0237)。その名を彼女は良く知っている。 と、柚乃が周囲を見回した。 「ところで、依頼人さんの姿が見えないのですけど。あ、きっと恥かしがりやさんなのですねっ」 柚乃がもふらのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。翔にやろうと思っていたのだ。 雪刃が苦く笑った。 翔という少年、羞恥心など持ち合わせているような可愛げがあるとは思えない。雪刃の胸を触らせるというものの他に、フィン・ファルスト(ib0979)とも接吻の約束をしているらしい。どういうわけだか、もやもやして変な気分であった。 それに―― 翔とは別に雪刃には気になることがあった。真姫本人が自身の苦無が狙われていることを知っているのかどうかということだ。 真姫ほどのシノビだ。もし知っているとするなら、漫然と襲撃を待っているとは思えない。 どこだ? 雪刃は素早く視線を走らせた。 開拓者ギルドの中。さすがに真姫の姿はない。 と、ふふんと嘲笑う声が低く流れた。 声の主は男であった。角と翼を備えているところから見て竜の神威人であろう。ただうっそりと佇んでいるだけなのだが、ひどく禍々しい瘴気の如きものをまとわせている。 その男を雪刃は知っていた。名をカルロス・ヴァザーリ(ib3473)という。 「何か可笑しいの」 雪刃が問うた。カルロスは口をゆがめたまま首を振った。 「いや、別に」 嫌悪の光をうかべた眼を、カルロスは浪志組という文字にむけた。 カルロスにとって、浪志組に入るということは犬に成り下がることと同意であった。いかに強力な牙をもっていようとも、所詮犬は犬。紐付きである。縛られるのは真っ平であった。 それよりも真姫という女のことだ。何度かギルドで見かけたことがあるのだが、実に良い身体をしていた。 カルロスの胸の内に黒い炎が燃え上がった。久しぶりに感じた欲情の炎である。真姫という女なら、他の女では満たしてくれぬ渇きを癒してくれるかもしれない。 ● 開拓者ギルドを後にすると、その少女は足を神楽の都の中心にむけた。 銀の髪を無造作に結っただけの少女。可愛らしい顔立ちをしているのだが、すれ違う人々が振り返るのはその美貌故ではない。少女は、彼女の背丈の倍するほどの長槍を担いでいたのだった。 フィンである。 「真姫さん、どこかな」 フィンは真姫の姿を町中に求めた。でも―― フィンはどこか納得できぬ思いを抱いていた。 依頼の内容は真姫の懐の苦無を奪うことである。いざとなれば胸元に手を突っ込むことも必要になってくるわけで。女同士といっても、それはやはり恥ずかしい。 恥ずかしいといえば、もう一つ。翔だ。 以前の依頼で、フィンは翔の頬に接吻すると約束をしていた。 「や、やっぱり約束は果たさないと。で、でも」 フィンは身悶えた。 フィン、十六歳。キスは未経験であった。 と―― フィンは瞠目した。通りを横切る人影。あれは服部真姫ではなかったか。 「真姫さん!」 真姫を追ってフィンが駆け出した。通りを曲がる。ようやく追いついたのは人影が裏路地に入ったところであった。 真姫さん、とフィンが呼び止めると人影は足をとめ、振り返った。 怜悧な美貌。黒い装束をまとった肢体はしなやかで俊敏そうである。服部真姫であった。 「お前は‥‥確かフィン」 「はい」 フィンは破顔した。いや、すぐにその笑みは消えた。真姫の顔に浮かぶ薄ら笑いに気づいたからだ。 刹那、フィンは悟った。どういう理由でか、真姫はこちらの意図を見抜いている! 大きくのびをすると、フィンは長槍――蜻蛉切をかまえた。 「実は性に合わなかったんですよね。お持ちの苦無、頂きます!」 蜻蛉切が唸った。はねあげた穂先は真姫の胸元に迫り――ぴたりととまった。 「これは!?」 愕然としてフィンは自身の足元を見た。 影。真姫のそれがフィンの足元の影にのびている。 「ぬん!」 フィンは影の呪縛を断ち切った。それは怪力を誇るフィンならではの業だ。が、その時、すでに真姫はフィンの懐に潜り込んでいる。 「遅い!」 真姫の背から白光が噴出した。 ● 「あれか」 慧介は足をとめた。 通りを横切る人影。服部真姫である。 慧介は裏通りに足をむけた。そのまま足音を忍ばせ、走る。 やがて人通りが絶えた。慧介は表通りに戻った。 前方から歩いてくる真姫の姿がある。ひそやかに歩くその様子は只の美しい娘としか見えない。が、慧介にはわかる。真姫がおそるべき使い手であることが。 「やれやれ」 慧介は肩を竦めた。 彼が見極めた真姫の実力。仲間が一度にかかっても無傷で済むとは思えない。 自身が傷つくのはかまわなかった。が、仲間――とりわけ雪刃が傷つくのは我慢ならない。 「本気でいくとしようか」 慧介の顔からすうと笑みが消えた。心気を澄ませ、身体の裡の刃を覆い隠す。やがて―― 間合いがつまった。 刹那だ。慧介は抜刀した。たばしる刃が光を尾をひいて真姫の胸元へ―― あっ、と呻く声は慧介の口から発せられた。抜き撃ちの速さ、力、満腔の自身をもって放った一撃である。誰が予想しえただろうか。その一撃が空をうとうとは。 真姫の身体は空を舞っていた。反射的に慧介は振りかえったが、遅い。地に降り立つ前に、真姫の忍者刀は閃いている。 鮮血を背からしぶかせた慧介に、真姫は冷ややかに告げた。 「見事な抜き撃ちだ。が、くるとわかっている以上、かわすのは容易い」 ● 通りを歩きながら、ふっと柚乃は顔を上げた。傍らを歩く朱麓を見上げる。 「浪志組のことなのですが。どう思われます?」 「なんとも胡散臭い組織ですね」 こたえたのは秋桜だ。すると柚乃は小首を傾げた。 「先日、東堂先生にはお会いしましたけど。‥‥優しそうな方だと思いました」 「そうだねえ」 朱麓は会心の笑みをうかべた。 「天下万民の安寧のために己が武を振るう、なんてなかなか良いことをいうじゃないか。あたしも幼い頃にある人と誰かの為に自分の刀を振るうと約束した身、本当は色々と思うところがあるけど、組に参加するつもりだよ」 「私は」 柚乃は言葉をつまらせた。 朱麓のようにあっさりと浪志組に参加するわけにはいかない。いまだ未熟であることは自身良く承知している。 「いましたよ」 秋桜が足をとめた。すすう、と退る。 「私は真姫様と顔見知り。それで油断するようことはなく、なおさらに警戒するお方です。後で見定めさせていただきます」 「そうかい」 ニンマリし、朱麓は歩を進めた。柚乃もまた。 「真姫さん」 柚乃が声をかけた。彼女もまた真姫とは顔見知りであった。 その柚乃に気づいたか、前から歩み寄りつつあった真姫が足をとめた。柚乃は駆け寄り―― 「あっ」 よろけた。その拍子に手にしていた器から酒が飛び散ったが、真姫はわずかに身を捻り、その酒をかわした。同時に鞘走らせた忍者刀で柚乃の胸を貫く。 「おっかない女だね、あんた」 朱麓の顔に怒色が滲んだ。 「本来ならぶん殴ってお終いにすることなんだけどさ。今回ばかりは、どうもそうはいかなそうなだねぇ」 「おっかないのはどっちだ」 真姫の口辺がわずかにゆがんだ。 その時である。真姫の背後に一人の男が歩み寄った。カルロスだ。 「そこな女、多勢に無勢か。助太刀しよう」 「好きにしろ」 真姫がこたえた。するとカルロスは水滴で煙るかのような刃を抜き払った。 「では好きにさせてもらうか」 鋭い呼気とともにカルロスが刃を振り下ろした。唸りを発したそれは練気の刃となり、空を裂いて疾った。どこへ? 真姫へ。いや―― 苦鳴は朱麓の口から発せられた。カルロスの放った真空の刃が朱麓の身体を切り裂いたのである。 「しまった!」 カルロスほどの男の口からひび割れた声がもれた。一瞬にしてカルロスは悟ったのだ。真姫の意図を。 微妙に位置をずらし、真姫はカルロスの攻撃の射線上に朱麓をおいたのだ。二人を相撃ちさせるために。 「恐ろしい女だな」 つう、とカルロスは唇の端を弦月のように吊り上げた。鬼の笑みだ。 「もう苦無などどうでもよい。ぶちのめし、その上で抱く。貴様の身体が壊れるまでな」 刃を舞わせ、カルロスが殺到した。袈裟に空間を裂いた刃は、そのまま真姫を叩き切リ―― 真姫の身体がぼやけて消えた。 分身、とカルロスが知った時は遅かった。灼熱の激痛が腹を貫いて疾った。 ● 秋桜は物陰に身を潜めた。真姫がこちらの真意を把握していることに少なからず動揺していた。 再び様子を窺った秋桜の顔から笑みが消えた。真姫の姿がない。 まずい! 稲妻の速さで決断すると秋桜は身を翻らせた。すぐにここから離れなければならない。が―― 秋桜は足をとめた。立ちはだかるようにして真姫が立っている。 「お前を逃すと厄介だからな」 「そういうことですか」 秋桜の顔に笑みがもどった。全てを悟ったのである。 「依頼を受けた開拓者を見定めたのですね」 「そうだ。お前にしてはぬかったな。シノビの戦いとは虚実一体のものだ。顔ぶれと意図がわかれば対処のしようもある。その時点ですでに私は有利であった。その有利さもなく、さらに連携して仕掛けられていれば私も危なかったがな」 「ところで」 突然秋桜は話をかえた。 「蝮党から掠め取った金子。どうされました? 森殿が使用された様子もありませんし。浪志組」 ふふ、と秋桜は微笑った。 「それなら全ては納得できます」 「しゃっ!」 先に真姫が動いた。わずかに遅れて秋桜の手が視認不可能な速度で動いた。三条の光流が飛ぶ。 秋桜の放ったものは手裏剣であった。その二つまで真姫はかわした。が、残る一つはかわしきれず、真姫の脇腹を抉った。 今だ! 秋桜は素早く印を組んだ。 次の瞬間である。真姫の肉体が凍結した。 何でそれを見逃そう。秋桜が馳せた。一気に間合いを詰めると、真姫の懐に手を差し込んだ。 「苦無は――ない!?」 愕然とした秋桜は、その表情のまま凍結した。荒い息をついた真姫は、顔色をなくしたまま秋桜の胸に刃を突きたてた。 「恐ろしい奴」 ● 「やっぱり正面から立ち向かっても勝てませんよね。襟巻きにはされたくないですし」 舞い降りてきた小鳥を、その狐の神威力人の娘は手で掴んだ。再び掌を開くと、そこには何もなかった。 娘――鏡華(ib5733)は妖しく光る紅瞳を雪刃にむけた。 「あなたの見込み通りのようですね」 「馬鹿正直に、あの真姫が胸元に苦無を隠したままとは思っていなかったけれど」 さすがに雪刃は溜息を零した。あの真姫から苦無を奪い取るには、隠した位置を確定する必要があった。 「やってみましょうか」 屈託ない口調で鏡華がいった。そして指に挟んだ符をゆらめかせた。 「身体をまさぐられたら、あの冷たい美貌がどうなるか。見物だとはだとは思いませんか」 雪刃が立った。前には真姫がしのびやかに佇んでいる。 「ほう。一人で来るとはな」 真姫は周囲の気配を探った。雪刃以外の気配はない。 雪刃はこたえた。 「きみに駆け引きは通じないからね」 その瞬間である。呪的に構成された擬似生命体――眼突鴉が真姫に襲いかかった。眼を守りつつ、真姫が無造作に忍者刀で薙ぎ払う。傷そのものはたいしたものではなかった。 真姫は嘲笑った。 「これがお前の仕掛けか」 「だとしたら、どうする?」 「がっかりさせないでくれ。それが開拓者か? あっ」 真姫が身をくねらせた。股間を這う異様な感覚がある。真姫の殺気が乱れた。 刹那、雪刃の口から絶叫が迸り出た。一気に真姫めがけて躍りかかる。 「ぬっ!」 真姫の刃が横一文字に疾った。真姫の後方に回り込んだ雪刃の刃は縦一文字に刃光を空間に刻んでいる。 血をしぶかせた雪刃が倒れるのと、小さな金属音をたてて苦無が地に落ちるのが同時であった。 「やられた、か」 真姫はニンガリと笑った。 真姫は聞いたのだ。背、と叫ぶ鏡華の声を。 「これが開拓者ですよ」 何時の間に現れたか―― 鏡華は童女のように笑った。 「楽しかったですね。よろしければまた今度遊びましょうか‥‥ふふ」 ● 「浪志組に参加するのは結局朱麓一人だけか」 屋根の上から開拓者と真姫の対決を眺めていた翔は、そのままごろりと寝そべった。今回の依頼、確かに開拓者は成功したが、真の目的からすると果たして上手くいったかどうかわからない。 「朱麓なら真田さんも文句はねえだろうが。でも一人ってのはなあ。あっ」 翔ははねおきた。大事なことを忘れていたのだ。 「フィンの奴、どこにいきやがった? 俺のチュは一体どうなるんだ!?」 |