【北戦】大伴定家暗殺
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/19 19:38



■オープニング本文

●戦の気配
 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。
「魔の森が活発化しているとはまことか」
「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」
「ふむ……」
 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。
「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」
 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。
「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」


 薄闇の中に白く浮かび上がったものがある。
 人骨の褥。横たわっているのは薄衣をまとっただけの美貌の少年だ。
 少年の名は弓弦童子。冥越を滅ぼした八禍衆の一体であった。
「開拓者どもめ」
 弓弦童子はきりきりと歯を噛み鳴らした。憎悪の炎がその瞳にちろちろと燃え上がっている。
「虫けらの分際で、ようもこの弓弦童子に煮え湯を飲ませてくれたものよ。ただではすまさぬ」
 弓弦童子は軋るような声をもらした。
 修羅の一件以来、弓弦童子は天儀に災厄をもたらすため暗躍してきた。が、その目論見の全ては開拓者の手により粉砕されている。弓弦童子の怒りは頂点に達していた。
「うぬらに最悪の苦痛をくれてやろう」
 魍魎丸、と弓弦童子は呼んだ。すると薄闇の中にぼうと人影が現出した。
 長い黒髪の、それは妖艶な若者であった。血を塗ったかのような紅い唇をゆがめて微笑している。
 若者の名は魍魎丸。弓弦童子と同じ冥越八禍衆の一体であった。
 弓弦童子は眼をちらりとむけると、
「手を貸せ」
「手を貸せ、だと」
 魍魎丸の朱唇がさらにゆがんだ。
「貴様に命じられる覚えはない」
「何ぃ」
 弓弦童子の眼が血光を放った。
 刹那、闇が凍結した。凄絶なる弓弦童子の殺気によって。
 すると青い肌の巨鬼と烏面有翼の鬼が立ち上がった。その身からもまた尋常ではない妖気を立ち上らせている。上級アヤカシである蒼硬と翔鬼丸であった。
「弓弦童子様に無礼は許さんぞ」
 蒼硬が眼を光らせた。魍魎丸はさらに笑みを深くすると、
「やるか、カスども。この魍魎丸に殺気をむけて、ただですむとは思ってはいまいな」
「待て」
 弓弦童子の制止の声が飛んだ。
 仮にも魍魎丸は冥越八禍衆の一体だ。本気で牙を交えた場合、どれほどの損傷が自陣営にあるか知れたものではない。北面を攻めるに、それだけは避けたかった。
「よかろう。好きにやるがよい」
「いわれるまでもない。大伴定家を始末したいのなら」
「どうしてわかった」
 弓弦童子の眼が眇められた。大伴定家暗殺の目論みは極秘であったのだ。
 ふふふ、と魍魎丸は笑った。
「貴様の考えそうなことなど。‥‥俺が手をくだすまでもない。貴様には奴がいるだろう。暗殺にはもってこいの奴が」
 魍魎丸の忍び笑いが響いた。その姿が闇に溶けていく。代って薄闇の中に巨大な鬼影が浮かび上がった。
「お前が潜んでいることまで察しておったか。恐るべき奴。‥‥惰良毒丸」
 弓弦童子は命じた。開拓者ギルド長である大伴定家を抹殺せよ、と。


「うん?」
 野性味と麗しさをあわせもった、稀有な美貌の少年が足をとめた。
 天草翔(iz0237)。少年の名前である。
「どうした、翔?」
 真田悠が足をとめた。振り返る。隣には柳生有希の姿もあった。
 翔は首を傾げると、
「いや‥‥。今、一瞬だけど殺気というか、妖気みたいなモンを感じたんだ」
「妖気?」
 悠がいぶかしげに眉根を寄せた。
 翔は剣の天才である。気のせいとは思えなかった。
 悠は慌てて周囲を見回した。が、何者の姿も見えない。
 その時だ。開拓者ギルドから一人の男が姿を見せた。大伴定家だ。
 嫌な予感が悠の胸にわいた。
 妖気。開拓者ギルド。大伴定家。
 異なった言葉が悠の脳内でつながった。
 もしアヤカシが大伴定家を殺そうとしていたとしたら? そして、そのアヤカシは気配のみ残して姿を消すことができるとしたら?
「まずい!」
 悠は開拓者ギルドに駆け込んだ。


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
神咲 輪(ia8063
21歳・女・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
雪刃(ib5814
20歳・女・サ


■リプレイ本文


「警備ねェ。‥‥メンドクセェなァ。たまたまギルドに行ったらコレだよ、マッタク」
 派手に肩を竦めてみせたのは、どこか物騒な雰囲気をはらんだ、異様ないでたちの男であった。
 年齢は二十代半ばほどか。天の文字の描かれた眼帯で半顔を隠し、右腕に包帯を巻きつけている。
 鷲尾天斗(ia0371)というその男は、依頼書の内容をちらりと見遣り、苦く笑った。
「まァ、天草にはカリがあるからなァ。コレでチャラにしておこう」
「しかし本当なのか、だぜ。大伴の爺ちゃんがアヤカシに狙われてるなんて」
 十歳ほどの少年が首を傾げた。
 美しい少年だ。人形のように整った顔立ちをしている。名は叢雲怜(ib5488)。
 と、一人の少女がぎゅっと拳を握り締めた。
「ありうることだよ!」
 少女はいった。生きる力に満ち溢れたその少女は名をフィン・ファルスト(ib0979)というのだが、仲間をぐるりと見回すと、
「最近開拓者を狙ってきた奴もいるし。でしょ?」
「ああ」
 肯いたのは二十歳ほどの娘であった。月光に包まれているかのような美しさをもっている。名を雪刃(ib5814)といった。
 雪刃はぼそりと呟くように、
「翔は、気分屋だったりせっかちだったりはするけど、腕は確か。‥‥その翔が妖気を感じたのなら、確実に何かはいるんだろうね」
 いった。その言葉通り、雪刃は天草翔なる少年を良く知っている。人間性はともかく、こと剣において、この天儀では翔とまともにたちあえる者などいないだろう。
 それほどの剣客が感じた気配。決して気のせいなどでは、ない。
「信じます」
 きっぱりと言い切ったのは、天女のように可憐な、しかし蕾を開きかけたような大人びた肢体の少女であった。柚乃(ia0638)という名のその少女も、また天草翔を知っている。
「問題は」
 冷然たる語調で雪刃がいった。その何か、だと。
「それが何かは分からないけど、都の中、志体持ちの集うギルドに堂々と来ている。並の相手じゃない」
「並みの相手じゃない‥‥」
 暗鬱に繰り返したのは、これは花の精のように麗しい娘であった。ただそこに在るだけで空気が浄化されるようなところがある。
 神咲輪(ia8063)という名のその娘は、何を思いついたか、はっと眼を見開いた。
「そういえば先日影に潜むアヤカシが出たそうだけど、もしかして――」
「陽州の一件だね」
 一人の若者が口を開いた。茫洋としたところのある、まるで子供がそのまま大きくなったような青年だ。名は九法慧介(ia2194)。
「確かあの一件には惰良毒丸っていうのがからんでいたっけ」
「惰良毒丸!」
 愕然たる声を発したのはフィンだ。惰良毒丸なるアヤカシを彼女は知っている。どころではない。その惰良毒丸とフィンは戦ったことすらあった。
 それは一月ほど前のこと。志士に憑依し、操り、陽州交渉役の老修羅を殺戮せしめたのが惰良毒丸であったのだ。
「なるほど〜」
 歌うかのような声を発し、その男は相槌をうった。ディディエ・ベルトラン(ib3404)というその男もまた惰良毒丸を撃退した開拓者の一人であった。
「さようでございますねぇ‥‥。ならばご心配されるところも分からなくはないです、はい」
 ディディエはニンマリと笑った。やせ細った身体といい、蒼白い顔色といい、この男の方こそよほどアヤカシっぽい。
 と、ディディエはさらにニンマリとすると、
「それよりももっと興味深いことが一つ」
「興味深いこと?」
 怜が可愛らしく小首を傾げてみせた。するとディディエは眼に鬼火のような光を宿らせ、
「はい。大伴様を狙うメリットは何か?、ということです。それはそうとですねぇ」
 いきなりディディエが話をかえた。そして講義をする学者のように仲間を見渡すと、
「最近アヤカシが妙に統制が取れた動きをしているように見えませんでしょうか? せんだっての戦における粘泥とか蟲、包囲戦術や奇襲の妙は御案内のとおりです」
「何がいいたいんだ、貴様?」
 天斗がぎろりとディディエを睨み据えた。この男、あまり回りくどいやり方は好きではない。が、ディディエはどこ吹く風と苦笑してみせると、
「全体の絵を描く者がいるということですよ〜」
「それが誰か、貴様にわかるのか」
 天斗の右眼がぎらりと光った。その左腕が小刻みに震えている。
 包帯の下、彼の左腕は黒く変色し、あらゆる皮膚感覚を失っていた。それは瘴海なるアヤカシに喰われたからで。ディディエのいうとおりだとすると、天斗の左腕の真なる敵は、その絵を描いた者ということになる。
 すると、あっけらかんとディディエは首を振った。どうもこの男、食えぬところがある。
 ふん、と天斗は薄く笑った。
「わからねえのなら、それでもいい。相手が誰だろうと、どのみちやることに変りはねえんだからな。アヤカシを殺る。それだけだ」


 昼過ぎのことである。
 開拓者ギルドから数名の男が現れた。
 一人は初老だ。とはいえ精気が身体中に充溢しており、年齢などはまるで感じさせなかった。大伴定家である。
 残る者は皆若い。警護の者である。
 そして定家一行を見送るようにして立つ人影は三つあった。柚乃、フィン、怜の三人である。
「大伴様には事の次第は知らせずに、ですよね」
 柚乃が確かめると、フィンが肯いた。
「そう。それじゃ行こっか、二人とも」
「おう!」
「はい!」
 怜と柚乃が駆け出した。それを追ってフィンもまた。
 定家までの距離はわずかだ。たちまち三人は追いついた。
「なんじゃ?」
 定家が足をとめた。護衛の者達が得物に手をかけ、さっと定家を取り巻く。
 柚乃は護衛の者達の様子を窺い見た。
 かなりの使い手達。その眼には警戒の色はあるが、邪念らしきものはない。定家を庇った動きにもおかしなところは見受けられなかった。
「何だ、お前達は?」
 護衛の一人が眼を光らせた。すると柚乃はぴしりと姿勢をただし、
「昨今の都は物騒ですから、巡回ですっ」
「巡回、だと?」
「そうなのだ」
 怜が得意満面で肯いた。
「俺達は浪志組なのだぜ!」
「浪志組?」
「はい」
 フィンが申し訳なさそうに頭を下げた。
「この子達がどうしても浪志組として働きたいといって」
「なんだ。ごっこ遊びか」
 護衛の者達が顔を見合わせ、苦笑した。そして再び一人が柚乃と怜に微笑みかけた。
「ご苦労様。が、定家様は俺達に任せてくれ」
「だめなのだぜ」
 怜がきっぱりと首を横に振った。
「俺達は浪志組なのだぜ。だから爺ちゃんを守るのだぜ」
「よいではないか」
 定家が呵呵と笑った。
「小さな浪志組にも守ってもらおう。しかしな」
 定家はフィンに片目を瞑ってみせた。
「もしものことがあってはならん。少し離れてついてくるがよい」


「上手くやったようだな」
 定家一行を見遣り、天斗は口元をわずかにゆがめた。ああ、と慧介が肯く。
「なかなか頑張っている」
 慧介は微笑んだ。弟や妹を見る兄の眼で。
 が、慧介はすぐに笑みを消すと周囲の様子を探った。
 アヤカシが襲ってくるとしたなら、どこからか。通行人を装って前からか、それとも後か。いや、上からということも考えられる。
「ともかく」
 天斗が足を踏み出した。定家一行を追って。
「早く出てきてくれよォ。‥‥俺が飽きる前にさァ」
「出て来ないなら、その方がいい」
 冷然といってのけたのは雪刃であった。足早に歩を進める。
「どこへ?」
 慧介が問うた。すると雪刃は背でこたえた。
「前に出る。後にへばりついているばかりが能ではないからね」


 どれほど時が経ったか。いっこうに惰良毒丸が襲い来る様子は見受けられず、開拓者達の顔に焦りの色が滲み始めた頃、それは起こった。定家一行が突如足をとめたのである。
 それは高級そうな料亭の前であった。さすがに開拓者達は慌てた。しまった、と呻いたのはディディエである。
 尾行を続けつつ、ディディエはずっと考えていた。惰良毒丸が来るとすればどこからであるか、と。
 定家を暗殺するに、必ず惰良毒丸は何者かに憑依する。それ自体を防ぐことは不可能だ。問題は惰良毒丸が誰に憑依し、どのような状況下で暗殺を決行するかということである。
 その問題にディディエはある予想をたてていた。手下に何らかの事件や事故を起こさせ、護衛の者が貴人の側に寄っても不自然でない状況を惰良毒丸が作り出すというものである。つまりは護衛の者にこそ惰良毒丸が憑依するとディディエはふんでいるのである。
 おそるべし、ディディエの慧眼。彼の推測はまさに的中していたのである。
 が、ここにディディエすら予測し得ない事態が起こった。定家が高級料亭に入ろうとしている。もし料亭が一見の客の入れぬところであるのなら、もはや護衛は不可能だ。もしかすると惰良毒丸はこの瞬間をこそ待っていたのかもしれない。
 いや――
 天啓のようにある考えがディディエの脳裏で閃いた。開拓者中、たった一人だけ料亭に入る込むことのできる者がいる。それは――
 ニンマリとディディエは笑った。輪が定家に歩み寄っていったからである。
「さすがに利口ですね〜」


「ご苦労じゃったの。ぬしらはここまでじゃ」
 慈父のような眼差しを定家は三人の開拓者達に送った。柚乃、フィン、怜には声もない。
 彼女達は惰良毒丸の襲撃は往来においてある、と想定していた。それ故の浪志組ごっこ作戦である。が、それでは家屋内部までついていくことはできない。
「あの」
 かけられた涼しい声に、定家は振り向いた。立っていたのは輪である。
「神咲輪と申します。ここでおやすみなら、一曲いかがですか」
「一曲じゃと?」
 定家は輪の顔を、それからその手の藍色のリュートを見、ふうむと声をあげた。
「ちょうどよい。小菊を呼んであったのだ」
 定家が輪を促して料亭の中に入った。護衛の者達は一瞬と惑ったように顔を見合わせたが、何もいわずにすぐに定家を追った。後には三人の開拓者のみ残されていた。


 定家達は料亭の奥座敷に通された。どうやら馴染みの店であるらしい。勝手知ったるという感じだ。
 定家が座につくと、すぐに酒の用意がととのった。ふと定家がもらす。
「輪と申したな。少しは力をぬいたらどうじゃな?」
「えっ」
 輪は息をひいた。さすがはというべきか。定家は輪が開拓者であることを見抜いている。
 その時、一人の男が立った。警護者の長で、丹羽司という。
「小菊を呼んでまいります」
 いいおくと部屋を出た。

 料亭を取り囲む塀を前に、七人の開拓者達は佇んでいた。雪刃が眼を眇めて顔を上げる。
「さて、どうするか。忍び込むわけにもいかないし」
 雪刃は吐息をついた。
 定家の警護者は使い手である。忍び込む、もし発見されでもすればこちらが暗殺者としてみなされかねない。
「厄介だね。話に聞く惰良毒丸とやら。それを見込んでいる可能性もあるからね」
 慧介は肩を竦めてみせた。天斗はただ歯を噛み鳴らす。ただ手をこまねいているなどは彼の趣味ではなかった。
 その時だ。はっと柚乃が眼を見開いた。
「瘴気が。アヤカシがいます!」
「やはり」
 天斗がド・マリニーを見つめた。彼のもつ黒い金属の懐中時計も確かに瘴気の流れを読み取っている。
「とうとう出やがったなァ!」
「いきます!」
「待て!」
 勇躍塀を躍り越えようとする天斗とフィンを慌てて雪刃がとめた。
「どうするつもり? 誰に惰良毒丸が憑依しているのかわからず、また証もないんだよ」
「そうでございます。私達にできるのは、ただ機会を待つことだけ。たった一度のその機会を」
 いうと、ディディエがくつくつと笑った。

 司が娘を伴って戻ってきた。
 十八歳ほど。可憐さと艶をあわせもった美しい娘である。これが小菊であった。身形からして芸妓であるようだ。
 定家が目配せすると、輪はリュートを奏で始めた。それにあわせて小菊が舞う。ゆったりと定家は杯を口に運んだ。
 と――
 突如、小菊が懐剣を抜き払った。定家に躍りかかる。
 はじかれたように輪が立ち上がった。一瞬で間合いをつめると、リュートで小菊の懐剣をはじいた。
「違う!」
 絶叫が響いたのはその時だ。柚乃の叫びである。
「惰良毒丸が憑依しているのは、その人です」
「えっ」
 愕然として振り向いた輪は見た。定家を庇った司の刃が、その定家めがけて翻るのを。
 次の瞬間、輪の背に激痛がはしった。小菊が懐剣を輪の背に突き立てたのである。
 刹那、咆哮が轟いた。魂すら痺れさせる、それは雪刃の雄叫びであった。
 ほんの一瞬、司の注意がそれた。それが結果として定家の命を救った。司のもつ刃は深々と定家の胸を貫いたが、それは急所を外れていたのだった。
 とどめを刺すべく、再び司は刃をかまえた。が、轟音とともにその手の刃が飛んだ。眼にもとまらぬ迅さで抜き撃った怜の弾丸によってはじきとばされたのである。
 直後、白光が閃いた。他の警護者が司の胴を刃で薙いだのだ。血煙をあげて司が倒れ伏す。
「ぬっ」
 呻く声は定家の口からあがった。朦朧と霞む彼の眼は、司の骸から朧に立ち上がる靄のような漆黒の鬼影を見とめたのだ。
「危ない!」
 慧介が刃を振り下ろした。刀身にからみついていた雷気が凝縮、刃と化して疾る。それは空間を蒼白く染め、定家めがけて殺到する小菊を切り裂いた。
 そうと知りながら慧介の表情は静かなままであった。臨戦態勢にすべりこんだ時、冷徹なる戦闘兵器と化す。それこそが慧介の真骨頂であった。

「どいてください」
 警護の者をおしのけると、柚乃は定家に駆け寄った。素早く呪を紡ぎ、聖紋を定家の身体に描く。
 定家は死にかけていた。が、このまま死なせるわけにはいかなかった。
「絶対に助けます!」
 柚乃の額から珠のような汗が滴り落ちた。

「はっはは!」
 哄笑をあげ、天斗が襲った。視認不可能な速度で舞った刃は、甘い桃の香りをまとわせて漆黒の鬼影――惰良毒丸を切り裂いた。
「調子ブッこいてチョロチョロすんなやァ!ゴラァ!」
「逃がさない!」
 フィンの槍の穂先から灼熱の衝撃が迸り出た。フィンの情熱ともいうべきその衝撃は、影にすべりこもうとする惰良毒丸を撃ち抜いた。
「あの人はいないけど、いないからこそ、代わりにアンタを討つ!」
 怒号とともにフィンが槍をかまえた。苦悶しつつ、惰良毒丸は庭に逃れた。が――
 惰良毒丸は見た。不吉な死神のような男が、灰色の光球を掲げている様を。
「終わりです。死んでくださいな〜」
 虚無的な色の光球を、ディディエはついと指でおしやった。


 人骨の褥から美貌の少年が身を起こした。弓弦童子である。
「定家暗殺にしくじっただと」
 弓弦童子は報をもたらした鼠を握りつぶした。
「開拓者どもめ。ようも惰良毒丸を殺してくれたな」
 弓弦童子の眼から、血色の光が噴出した。その美貌が憎悪に歪む。まさに鬼の相であった。
 弓弦童子は呪うが如くいった。
「覚えておれ。惰良毒丸を殺してくれた礼に、その千倍の人間どもを殺してくれる」