鬼鎮陽平御剣
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/07 06:53



■オープニング本文


 轟音とともに地が揺れ、箒を片手にした少女がはじかれたように振り返った。
 身形からして、少女は巫女のようであった。瞳の大きな愛らしい少女で、十五歳ほどに見える。
「あ――」
 少女は息をのんだ。眼前に異様なモノが立ちはだかっていたからだ。
 鬼。アヤカシである。
 悪念の坩堝であるかのような血色の眼を光らせ、鬼はぬらりと長い舌で唇を舐めた。滴る涎が糸をひいて落ちる。
「娘」
 鬼はいった。
「ココニ鬼鎮陽平御剣がアルハズダ。出セ。出サネバ、殺ス。イヤ、出シテモ殺ス」
「柚羽殿!」
 絶叫をあげ、二人の男が殺到した。
 柚羽と呼ばれた少女は朝廷より遣わされた巫女であり、鬼鎮陽平御剣と呼ばれる霊剣の管理者であった。男達は立花家当主である伊織の命により柚羽を守っていたのである。
「化け物め!」
 男達が刀で斬りかかった。が――
 まさに一瞬の出来事であった。鬼の巨腕が唸りをあげ、二人の男がはねとばされたのである。地に落ちた時、男達の首はありえぬ方に曲がっていた。
「虫ケラ、ガ」
 鬼が柚羽に手をのばした。
 刹那である。その鬼の腕を、別の腕ががっしと掴んだ。
 それきり鬼の腕は動かない。驚くべきことに、その腕の持ち主は鬼と同等の膂力をもっているようであった。
「誰が虫けらだ」
 腕の持ち主はいった。それ――いや、彼は鬼のように見えた。相貌は精悍かつ端正で、額に二本の角が見える。
 が、違うと柚羽は思った。アヤカシに匹敵するほどの高圧の力を身裡にはらみながら、それは鬼のようにどす黒くはない。灼熱色の暴風といったところか。
「貴様、何者ダ?」
「羅生丸」
 瞬間、羅生丸の足がはねあがった。凄まじい衝撃が鬼の腹を襲う。さすがの鬼もたまらず身を折った。
 白光一閃。
 袈裟に薙ぎ下された羅生丸の刀が、一気に鬼の首を斬り落とした。


 人骨を敷き詰めた寝床に、小柄な少女が寝そべっていた。
「修羅‥‥羅生丸め、忌々しい」
 少年がきりきりと歯を噛み鳴らした。それまで端正であった少女の顔が不気味にゆがむ。それは人外の面であった。
 羅生丸は修羅最強の一人だ。対抗できるアヤカシは少女――弓弦童子を除けば、同じ冥越八禍衆の一体たる羅刹童子しかおるまい。が、今、羅刹童子は弓弦童子の命の届かぬところにいる。
「ならば、私が動くしかないか」
「お待ちください」
 ひやりとする声がした。闇の中にぼうとした人影がうかびあがる。
 それは冷然たる風貌の美青年であった。弓弦童子と同じく狩衣をまとっている。手には黄金の笛を携えていた。
「凄蓮か」
「はい。ここは私にお任せを」
「おぬしならば」
 弓弦童子はニタリと笑った。凄蓮は弓弦童子が生み出した最高傑作のアヤカシである。羅生丸如きもののかずではあるまい。
「凄蓮、ゆけ。じゃがの、遊びすぎるではないぞ」
「承知しております」
 凄蓮は、黄金の笛を、その薄く紅い唇にあてた。濡れたような音が忍び出る。
 刹那である。座していた鬼どもが互いに殺し合いをはじめた。
 その様を侮蔑するかのように一瞥し、凄蓮は冷笑した。
「遊びはここまでにいたしまする」
 笛の音がさらに高まった。
 次の瞬間である。一体の鬼の眼、鼻、耳から鮮血が噴出した。地に崩折れる寸前、アヤカシは瘴気となって消えうせた。 


「羅生丸様」
 声は、境内から降りる階段に腰掛けた羅生丸の頭上でした。見上げた羅生丸は、果物を手にした少女の姿を見出した。柚羽である。
「無理をいって、ごめんなさい」
「おまえのせいじゃねえよ」
 羅生丸は顔を顰めた。鬼鎮陽平御剣を守れとは酒天の命である。
「でも、私が無理をいったから」
 柚羽が声を途切れさせた。代わりの守護兵が到着するまで羅生丸を臨時の守護者とすることを立花家に頼み込んだのは、他ならぬ柚羽自身であったのだ。どういうわけか柚羽は無愛想な修羅に懐いていた。
「うるせえな。おまえのせいじゃねえっつってんだろ」
 柚羽の手から果物を奪うように取り上げると、羅生丸はかぶりついた。もしもの場合に備えて開拓者を雇ったとの酒天からの報せを、先ほど聞いたばかりである。
「また賑やかになりそうだなあ」
 羅生丸は深い溜息を零した。


■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
神咲 輪(ia8063
21歳・女・シ
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
ルー(ib4431
19歳・女・志


■リプレイ本文


 その境内には一人の少女の姿があった。巫女の柚羽であろう。手に箒をもっていた。
「柚羽君だね」
 一人の男が口を開いた。
 二十歳ほど。どこか嘲笑めいた笑みを口辺に刻んでいる。
 はい、と柚羽は肯くと、今度は貴方方は、問い返した。
「僕は溟霆(ib0504)」
 開拓者だ、と男――溟霆はこたえた。
 これは余談であるが、この溟霆なる名、実は彼の生まれ名ではない。溟霆は陰殻四大氏族である北條に属する一族の出身で、その一族中最も手練れとされる者に溟霆なる名は与えられるのだった。つまりはこの飄然たる若者、実は名伏すべからざる使い手であるということになる。
「お待ちしておりました」
 柚羽の表情が明るくなった。開拓者が来ることを羅生丸から聞いていたのである。
 柚羽はちらりと振り向いた。
 その様子に、一人の娘が小さく微笑んだ。
 二十歳ほどか。小柄で華奢で、まるで体重などないかのように軽やかな印象がある。天女もかくやというような。
 神咲輪(ia8063)という名の娘は手を差し出し、柚羽のそれをぎゅっと握り締めた。
 輪にはわかっていたのだ。柚羽の瞳にうかぶ想いが。
 本人は気づいていないのかもしれないが、それは恋であった。それが何故だか輪は嬉しい。愛は伝播していくものであるからだ。泣きたくなることがあったから、少し感傷的になっているのかもしれない。
 輪はいった。
「柚羽さん、何かあった時はお願いね」
「はい。こちらこそお願いします。羅生丸様も」
「羅生丸さんかあ」
 懐かしげに声を息をもらしたのはフィン・ファルスト(ib0979)という名の少女であった。さらさらの銀髪が綺麗で、蒼の大きな瞳には曇り一つない。
 そのフィンであるが。その語調通り、羅生丸とはまんざら知らぬ仲ではなかった。というより、馴染みといってもよい。
「あの」
 柚羽がおどおどした様子でフィンを見た。
「羅生丸様をご存知なのですか」
「うん。何度も助けてもらってるんだ」
「助けて? 私も助けていただいたのです」
「そうなんだ」
 フィンは苦笑した。
 ぶっきらぼうで乱暴者で。そのくせ妙に優しくて。だからついつい誰かを守ろうとする。最強の修羅であるくせに。羅生丸は、やはり相変わらず羅生丸であった。
 今度はフィンが柚羽の手を握った。
「一緒だね、あたしたち。なんだか少しシンパシーが湧いちゃうな」
「シン‥‥パシー?」
 柚羽は小首を傾げた。すると、
「共感という意味です」
 伝え、一人の若者が歩を進めた。冷然たる風貌の若者で、名をゼタル・マグスレード(ia9253)という。
 彼がむかっているのは柚羽の背後にある社殿であった。階段に座す人影が見える。
「全く、厄介な事の傍には大抵君がいるんだな」
 呆れたかのようにゼタルがいった。が、そのアイスブルーの瞳には暖かな光がゆれている。
「てめえがいうかよ」
 階段に座した男が顔を上げた。
 それは人ではなかった。精悍な顔は確かに人のものだが、額からは二本の角が不気味にのびている。
 修羅。
 羅生丸であった。
「相変わらずお節介な野郎だな」
「お互い様だ」
 ゼタルの口辺に小さな笑みが刻まれた。
 ゼタルと羅生丸。二人の縁は深い。共に認めぬであろうが、二人の胸の底流には友情に近い感情が流れている。
 人と修羅。相容れぬ存在であったはずの二種族間の最初の繋がりがあるとすれば、それはこの二人であるかもしれない。
 ゼタルが問うた。
「里の修羅達は息災かい?」
「ああ。今じゃ時折都に遊びにいってるぜ」
「そうか」
 ゼタルの冷たい表情がゆるんだ。
「なら、なおさら霊剣を護らなければな。君達の故郷に通じる大切な鍵だ。いつか修羅の子供達に、隠れ住む陰鬱な魔の森ではなく、本当の故郷の景色を見せてやりたい」
「やっぱりお前はお節介な野郎だ」
 ニヤリとすると、羅生丸は立ち上がった。


 社殿の奥から一人の少女が姿を見せた。
 十をわずかに過ぎたばかり。華奢な身に狩衣をまとっている。可愛い顔はのほほんとして、何を考えているのか良くわからぬところがあった。
「襲ってくるとしたら裏の林からでしょうか」
 ぽつりと少女は呟いた。名を鈴木透子(ia5664)というその少女の手には一枚の紙片がある。柚羽に描いてもらった周辺の地図であった。
 透子は振りかえった。林の草叢では仲間が罠を仕掛けている。
 その時、玉砂利を踏んで歩み寄ってくる者があった。
 三人の男女。他の場所に罠を仕掛けていた開拓者だ。
「やはり社殿の裏が危ういようであるな」
 三人中の男が口を開いた。
 四十半ばほど。が、年齢を感じさせぬその身体はよほど鍛えられていると見える。赤茶の髪と髭が大半を占める顔の中で、青みがかった灰色の眼が冷たく光っていた。
 男――ウィンストン・エリニー(ib0024)が見下ろすと、透子は小さく首を傾げた。
「でも」
 慌てて言葉を切る。あまり目立つことはしたくなかった。が、湖面のように静かな瞳の少女が促した。
「でも?」
「あの」
 一瞬躊躇い、透子は続けた。
「ただ裏を警戒するだけでいいのかな、と思いまして」
「どういうことですか?」
 少女はわずかに眉をひそめた。
 美しい少女である。年齢は透子とさほど変わるまい。が、妙に大人びている。それは母が殺害され、父もまた犯人に復讐した後に失踪するという不幸な生い立ちによるものであるかもしれない。
 透子は少女――シャンテ・ラインハルト(ib0069)に眼を転じると、
「今度もアヤカシは力押しで来るのでしょうか」
 疑問を述べた。
 前回、鬼のアヤカシが襲ってきた。が、羅生丸によって撃退されている。その羅生丸を、二度敵は正面から襲うであろうか。
「確かにそうね」
 肯いたのは、どこか人を寄せつけぬ雰囲気をもった娘であった。名をルー(ib4431)というのだが。
 実はこの娘、幼少の頃、金で傭兵団に売られたことがある。一角馬の神威人たる証である角を売り払い、ようやくルーは過酷な境遇から逃れることができたのであった。
 戦奴同然であったその頃、ルーは筆舌に尽くしがたい辱めを受けた。それが心の傷となり、今でも彼女は他者と距離をおくようになったしまったのである。
 その意味で、ルーは羅生丸と似ているのかもしれない。修羅もまた人に迫害されていた存在であったから。
 ルーは一度羅生丸を見やってから、
「いくらアヤカシでも正面からぶつかって彼を退けることは難しいわ。きっと他の手段を使うはず」
 告げた。
 確かに羅生丸は強い。が、それはあくまで肉弾戦においてはである。逆にいえば、肉弾戦以外においては他者に一歩を譲るところがあった。
「そのために私達がいます」
 シャンテはいった。あくまで静かな語調であるのだが、それは深く響いた。まるで夜明けを告げる鬨の鐘のように。
「瘴海も退けて、霊剣譲渡の目途も立ち、修復もすみ‥‥色んな方々の想いを繋げてここまで来たのですから。ここで負けて全てを失う訳にはいきません」
 そうね、とルーは金色の瞳をシャンテにむけた。
「酒天は修羅の王として朝廷と和議はなったけど、門が開かない限りは多くの修羅達にとっては状況が変わった事にはならないのだから。勿論、羅生丸にとっても」
 ウィンストンのごつい顔がわずかに綻んだ。
 今、彼の脳裏に浮かんでいる。引き裂かれた哀しき同胞達が、再びその手をとりあう光景が。さらに、その者達と人が共に同じ道を歩んでいる未来の映像が。
「此度の仕置きを耐え抜いて、親しき家族に巡り合う様にするものであるな」
「本当に、あと少し。だから頑張ろう」
 ルーは、目覚めようとする世界にむかって宣言した。


「うん?」
 ゼタルは眉根を寄せた。
 翌日の真昼。昼見張りの交代時である。彼は虫の姿をとった符を空へと放っていた。その虫の視覚を通じ、彼は辺りの様子を探ったのであるが。
 神社に続く小道。そこを歩む人影があった。
 冷笑をうかべた美青年。狩衣をまとっている。手には、陽光に煌く黄金の笛を携えていた。
 その時だ。虫の――ゼタルの視覚は別のモノをとらえた。空を飛ぶモノだ。
 それは巨大な鳥であった。何かを掴んでいる。いや、その何かが鳥の脚を掴んでいるといった方が正解か。
「鬼か!」
 何かの正体を見とめたゼタルの口から小さな叫びが発せられた。はじかれたように開拓者、そして羅生丸と柚羽が空を見上げる。確かに近づきつつある異様な影が蒼空に染みの一点としてあった。
「まさか、この時間に?」
 怪訝そうに呟いたのは溟霆である。
「アヤカシは羅生丸を、僕達を警戒してはいないのか」
「当然だ」
 声は開拓者達の背後から響いた。雷に撃たれたかのように開拓者達は振りかえった。
 境内の入り口。一つの人影が見える。
 あっ、と驚愕の声を発したのはゼタルであった。その人影こそ、彼が目撃した美青年であったから。
 美青年は嘲りの形に口をゆがめた。
「貴様ら如き虫けらを、この凄蓮が警戒する必要などあろうか」
「アヤカシ!」
 瞬間、輪の姿が消失し、ルーの手が黄金色の宝珠をはめこんだ銃にのびた。
 眩い火花が散ったのは次の瞬間である。黄金の笛と刃が噛み合っている。一瞬にして間合いを詰めた輪の刃の一撃を、凄蓮の笛が受け止めたのである。
「惜しいな」
「ええいっ」
 凄蓮の嘲笑から、輪は跳んで離れた。その輪の背を怖気がはしりぬけている。
 刃をあわせてみてわかった。凄蓮の強さが。先ほどの台詞は故なきことではなかったのだ。
 その時、すでにルーは宝珠銃である皇帝を構え終えていた。凄蓮の胸に照準をあわせる。引金にかけた指に力を込め――
 驚愕に、カッとルーは眼を見開いた。いつの間にか凄蓮の姿が消失していたからだ。さらに――
 ぎくりとしてルーは周囲を見回した。
 鬼。
 数体のアヤカシが、知らぬ間にルーを取り巻いていたのだった。


 鬼が炎の塊を噴いた。衝撃がウィンストンの身体を貫く。
 ぐらり、とウィンストンの巌のような身体がゆれた。が、ウィンストンは倒れない。騎士が倒れるわけにはいかなかった。
「我は誓おう。悪を斬り伏せるまでは一歩も退らぬことを」
 大剣を高々と掲げ、ウィンストンは鬼に迫った。

 透子は素早く印を結んだ。呪唱しつつ、もう一方の手で空に紋章を描く。
 空間がたわんだ。凝縮された呪力が空間に作用しているのである。
 次の瞬間、空が裂けた。そして、その裂け目から何かが現出した。
「疾ッ」
 透子が命じると、禍々しくも美しい白狐が九つの尾を舞わせて鬼に襲いかかった。

 溟霆は素早く視線を巡らせた。鬼の位置を確認する。
 その時、一匹の鬼が印を結んだ。が、溟霆は動かない。彼の心を疑念がしめていた。
 何かがおかしい。何かが――
 溟霆は刃を翻した。そして自らの足の甲を貫いた。が――
 鬼の姿は消えなかった。

「馬鹿な」
 呻きつつゼタルは後退した。
 一瞬にして仲間の姿が消え、代わりに鬼が境内に満ちている。何が起こったのかわからない。
 その時、ゼタルは一匹の鬼と眼があった。その血色の瞳に閃いたのが殺意であることを見てとって、反射的にゼタルは印を結んだ。
「たとえこの身は滅びようと、霊剣は絶対に渡さない!」
 ゼタルの周囲に光る呪が展開した。

「どういうこと?」
 一瞬、フィンは立ちすくんだ。
 隣には羅生丸が立っていたはずである。が、今、その姿はない。代わりに鬼が立っていた。
 ぶん、と鬼が手の大太刀を疾らせた。咄嗟にフィンは槍で受けた。
「ぬぅ」
 フィンの口から喘ぐかのような声がもれた。巨大な岩塊を受け止めたかのような衝撃が両手を襲ったからだ。受け止め得たのはフィンならではであろう。
「見せてやる。鬼を喰らう鬼の力を!」
 フィンは槍を繰り出した。穂先にまといついた闘気が吼える。猛々しい鬼神の如き闘気が。


 鬼だ。鬼が群れ、互いに喰らいあっている。
 さすがのシャンテも一瞬恐慌に陥った。殺害された母の姿が脳裏をよぎっている。超然としてように見えても、やはりシャンテは十四歳の少女であった。
 が、同時に彼女の胸の奥で叫ぶ声があった。
 違う。それは、そう叫んでいた。
 誰?
 シャンテは声に問いかけた。こたえはない。が、懐かしい響きがあった。
 母さん?
 そう思った時、シャンテの中で何かがはじけた。瞬間、シャンテの心を縛っていた枷が砕け散った。
 刹那である。視界が明瞭になった。
「これは!?」
 シャンテは愕然として呻いた。
 彼女の眼前で、互いに殺しあっている。鬼、ではない。開拓者と羅生丸が。
 その戦いを、凄蓮が薄笑いをうかべつつ眺めている。黄金の笛を奏でながら。
 その時、翻然としてシャンテは悟った。凄蓮の奏でる笛の音こそ全ての元凶であることを。凄蓮は、笛の音により開拓者達を惑乱しているのであった。
「許せない。笛の音は、旋律は、そんな事の為に使うものではありませんっ!」
 シャンテは横笛に唇をつけた。吹き込む息は光り輝く旋律と変じて世界を包んだ。
 凄蓮の顔色が変った。彼の魔笛の音がかき乱されつつある。
 ――あの小娘か。
 凄蓮が合図を送ると、巨鳥の脚を掴んでいた手を鬼がはなした。
 自由落下。加速度をつけた鬼の爪がシャンテを襲った。
 はねた光は真紅に。
 散りつぶいた鮮血はすぐさま瘴気と化し、音たてて地に転がった鬼の肉体も霧散する。天にむかった刃を持つ者は――羅生丸!
「馬鹿な」
 信じられぬものを見るように、カッと凄蓮は眼を見開いた。その眼前、止めの一撃をとめた開拓者達が、満身創痍の身をゆっくりと凄蓮にむけつつある。
「俺の‥‥俺の笛の音を破ったというのか」
「そういうことであるな」
 一気にウィンストンが間合いを詰めた。渾身の一撃を袈裟に叩き込む。
 飛び散る雷火と共に、ウィンストンの剣を笛で払った凄蓮が跳び退った。超人と魔人の距離が再び開く。
 と――
 黒影が颯と羽音をたて空をよぎった。巨鳥だ。気づけば地に凄蓮の姿はない。
「覚えておれよ、開拓者ども」
 軋るような憤怒の声は蒼空の高みから降ってきた。透子とゼタルの放った白狐と式が空を翔けたが、凄蓮の姿は遠く――


 瞑目すると、透子は手をあわせた。すでに血の跡はないが、霊剣の警護者達が亡くなった場所である。
 名も無き戦士達。未来のために彼らは殉じたのである。祈りを捧げずにはいられなかった。
 と――
 やめろ、と怒鳴る声が響いた。羅生丸である。その身の傷に輪が薬をぬりつけていたのであるが。
「痛いってんだよ」
「がまんしなさい。傷がひどくなったら大変でしょ」
 まるで姉のような口調で輪が叱った。それから羅生丸の頭を撫でる。羅生丸がじろりと睨んだ。
「てめえ。俺をなめてやがんのか」
「なめてなんかいないわ。本当に心配しているの。だって新しい時代がもうそこまで来ているんだから」
「そうだな」
 ゼタルは肯いた。他の開拓者達もまた。
 彼らの瞳には見えていたのである。彼らが守り、導いた新しい世界が。