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■オープニング本文 ● 大地の鳴動であるかのようだった。 蒼い光に満ちた空間。周囲全てが砂である。 突如、人影がわいた。 二十歳ほどの女。黒髪に黒瞳、豊かな肢体を薄衣で包んでいる。小麦色の肌はしっとりと濡れているようで、妖艶な美女であった。 「ネフェルト様」 「ヘケートか」 鳴動がやんだ。代わりに人影が蜃気楼のように形をとった。 十八歳ほどの若者。黒髪紅瞳で、冷然たる相貌は端正である。もし人間であるのならば。 若者は断じて人間ではなかった。不気味なことに、後頭部からは蠍の尾が生えている。 ネフェルト。アル=カマルの砂漠を支配するアヤカシであった。ラマ・シュトゥが滅びた後、その支配していた地を奪い、ネフェルトの版図は広大なものとなっていた。 ヘケートと呼ばれた女は頷くと、 「いまだ御手は?」 「足りん」 ネフェルトが歯を軋らせた。 ネフェルトの片手は今、ない。伝説のオリジナル・サンドシップをめぐる戦いの際、開拓者の手によって断ち切られてしまったのである。 ネフェルトほどのアヤカシならば失った部分を復活させることなど不可能ではない。が、皮肉なことにネフェルトの身体を構成している瘴気や怨念、人の血肉は膨大に過ぎた。片腕一本を再構成するにも、それなりの量を必要とするのだった。 「村の一つや二つでは足りん。ラマ・シュトゥが支配していた村から人間どもを連れて来い」 「承知いたしました」 ヘケートがニンマリした。 その瞬間である。ヘケートの瞼が消失した。豊かな黒髪がばらばらと抜け落ちる。口がぱっくりと割れた。 かつて妖艶な美女であったヘケート。その豊かな肢体はそのままに、首から上は蛙の貌と化していた。 その口からたらりと涎が滴り落ちた。それは落ちると砂を黒く変色し、溶かした。驚くべきことにヘケートの体液は毒性と強酸性を帯びていたのである。 ● 灼けた砂の上を一人の少年が駆けていた。 顔は灼熱の太陽に焦がされ、唇はひび割れている。身体中の水分は干上がり、すでに流れ落ちる汗もなかった。 しかし、それでも少年の足はとまらなかった。砂に足をとられつつ、懸命に駆ける。 その脳裏には、連れ去られる両親の姿が焼きついていた。連れ去ったのはアヤカシ。目的は少年であっても察しはついた。 少年の名はターヒル。両親の手で戸棚に隠され、難を逃れたのだった。 戸棚の戸の隙間から、彼はじっと見ていた。両親がアヤカシに連れ去られる様を。ただ恐くて、震えること以外何もできなかった。 ターヒルがようやく動けるようになったのは村の人々がアヤカシに連れ去られてしばらく経った後のことである。哀しくて、恥ずかしくて仕方なかった。戦う力のないことが悔しかった。 せめて助けを。 ターヒルは駆けた。苦しくて蹲りそうになりながらも、懸命に。それが今のターヒルにできるたった一つのことだから。 しかし―― 力尽きてターヒルは倒れた。少年の身で、砂漠での疾走はあまりに無謀で過酷であったのだ。 もう動けない。でも―― ターヒルの手がのびた。這う。両親の、村の人々の命がかかっているだという覚悟がターヒルを進ませていた。 と―― ふう、とターヒルは身が軽くなるのを感じた。乾いた唇を湿して水が注がれる。 うっすらと眼を開けたターヒルは見た。精悍な風貌の男の顔を。男はアヌビスであった。 その男の顔をターヒルは知っていた。というより、砂漠の民でおよそその男を知らぬ者はいないだろう。 男の名はメヒ・ジェフゥティ(iz0208)。砂漠の戦士達の頭目だ。 「何があった?」 メヒが問うと、ターヒルの眸から涙が溢れ出た。安堵のためである。そしてターヒルは起こったことをメヒに語った。 「よくがんばったな。さすがは砂漠の子だ」 メヒは後を振りかえった。ラクダに乗る幾人かの男女の姿が見える。メヒの配下、そして彼が雇った開拓者であった。 メヒは配下のベドウィン達に命じた。 「お前達は依頼主殿を都へ。ここまで来れば、さしたるアヤカシも出まい」 「メヒ様?」 「俺か」 メヒはニヤリとした。 「俺はアヤカシを狩る。手伝ってもらうぞ、異郷のジンの者達よ」 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 「手伝ってもらうぞ、異郷のジンの者達よ」 吹きつける熱風に黒の長衣を翻らせた、精悍な風貌の男がいった。メヒ・ジェフゥティ(iz0208)である。 「否やなど」 ゆるりと微笑ったのは十七歳ほどの少女である。小柄で、しなやかで、子猫を思わせた。秋桜(ia2482)という。 その秋桜であるが。メヒの縁は深い。友といってもよかった。 「メヒ殿も何かと厄介毎に巻き込まれやすい体質のようですね」 「まあな」 メヒもまた苦笑した。 同じく苦笑をうかべたのは二十歳ほどの青年であった。どこか向日葵を思わせる表情をしており、少年のような軽やかさがある。 九法慧介(ia2194)という名のその青年は、大空に届きそうなのびをした。 「久しぶりの砂漠。久しぶりのメヒさんだね。やっぱり良い仕事をくれる」 慧介はメヒに抱かれた少年をちらりと見遣った。ターヒルである。 「助けを呼ぼうと頑張ったその子の為にも張り切って頑張らせていただきますよ」 「頼む」 メヒは頷いた。慧介とは二度、戦いを共にしたことがある。腕はいい。頼りにしてよい男であった。 その時である。すっとのびた手がターヒルの頭をなで、髪をくしゃりとした。 「お前はようやった。そうやろ、メヒはん?」 手の主がメヒに笑いかけた。女と見紛うばかりに流麗な美青年であるが、同時に野生の獣めいた獰猛さを裡にはらんでいる。 青年――尾上葵(ib0143)はその笑みをターヒルに転じた。ターヒルは戸惑ったように眼を瞬かせた。 「僕は‥‥何にも」 「いいえ」 もう一つ。手がのびた。今度は細くて柔らかそうな手だ。 「ターヒルくんは頑張ったよ。だから今度はあたしたちの番。待ってて。あなたの大切な人たち、取り戻してくるからね」 フィン・ファルスト(ib0979)はターヒルの瞳から零れた透明の雫を拭った。それは約束。誓いを守ろうとする時、この十六歳の少女は絶大な力を発揮する。 そうや、と葵も同意した。 「後は、俺ら異郷のジンに任せとけ」 葵は告げた。 その瞬間、百にも及ぶ村人の命運は決まったのだった。 ● 灼熱の陽光を遮るように砂塵が舞った。駆け抜けるのは一騎の砂龍と八頭のラクダだ。いうまでもなくメヒと開拓者達である。 「どうだ?」 メヒが問うた。地平線には陽炎が揺れているばかりで、未だ人影一つ見えない。 「まだだね」 こたえたのは二十四歳ほどの女であった。砂漠のこととて衣服で身をおおっているが、それでも隠しきれぬ肉体は豊満だ。小麦色の肌が汗でうっすら濡れ、それが異様なほどの色っぽさを醸し出している。 名は北條黯羽(ia0072)というのだが、今も彼女がこたえたのは村人についてである。まだ見えぬという意味だ。 驚くべし。黯羽なる陰陽師は符を鳥へと変化させ、飛ばすことが可能であったのだ。のみならず黯羽はその鳥の視覚を我が物とすることができる。 「そうか」 メヒは一人の少女に眼をとめた。優しげな金色の瞳が特徴的な可愛らしい少女だ。確か名は石動神音(ib2662)といったはず―― 「力をぬけ。今からそれではもたんぞ」 「そんなこと無理だよ」 神音は首を振った。 「ターヒルちゃんのとーさま、かーさまもアヤカシに捕まってるんだ。絶対助け出す! もー誰も神音と同じ思いをさせたりしないんだよ!」 「お前‥‥お前もまた両親を」 「うん」 こくりと神音は肯いた。 そう。神音もまた両親をアヤカシによって殺害されていた。彼女が七歳の時だ。 だから、わかる。愛する者を失った哀しみが。 だから、ゆく。同じ哀しみを他者の魂に刻みつけさせないために。 メヒは前方に眼を戻すと、告げた。 「無理はするな。お前には仲間が、そしてこのメヒがついていることを忘れるなよ」 「ところでメヒ殿」 メヒの傍らでラクダを駆る男が口を開いた。重厚沈毅なその様子は、とてものこと二十代半ばではあるとは思えない。 メヒはちらと眼をむけた。 「大蔵南洋(ia1246)といったか。何だ?」 「気になることが一つ。村人百名、何処に連れてゆくつもりかと。常ならばアヤカシはその場で人を喰らうはず。が、此度はそうではない」 「誰か、裏で糸を引いているモノがいるのでは」 秋桜が眼を見開いた。 「俺もそれを考えていた」 メヒは砂漠を熟知している。ターヒルの村は確かラマ・シュトゥの版図であったはず。が、そのラマ・シュトゥはすでに斃された。 では誰がアヤカシどもに村人の拉致を命じたか。メヒの脳裏に、ある戦慄すべき名が浮かんだ。それは―― 「ネフェルト」 「デカいのが残ってたねぇ」 黯羽がニヤリとした。 それにしても、と黯羽は思う。ラマ・シュトゥに引導を渡したかった、と。 オリジナル・サンドシップをめぐる戦いの以前、黯羽はラマ・シュトゥと戦っていた。その際、ラマ・シュトゥは黯羽に告げたのだ。面を覚えておいてやる、と。売られた喧嘩は買うのが黯羽の主義であった。 「ふふん」 この場合、不敵に笑った者がいる。身形からして男巫女であるようだ。 弖志峰直羽(ia1884)という名の若者は、呪紋を描いた顔に敢えてのほほんとした笑みをうかべていた。 「ま、俺達が来たからには、これ以上の好き勝手はさせないけどねっ」 「とはいえネフェルトはまともな方法では斬れぬ厄介な相手だ。加えて率いているアヤカシの数も相当なはず」 南洋は苦言を呈した。すると直羽はくすりと笑った。 「だからこそやりがいがある」 南洋と直羽。一見対照的であるが、その実、二人は同じ地平に立っていた。直面する問題が正確にはかることができるからこそ、二人は吼える。慎重に、と。突き進め、と。芸術家がそうであるように、二人は表現が違うだけなのだ。 ● 炎熱の砂上をゆく百ほどの人影があった。 まるで亡者の群れのよう。アヤカシによって浚われた村人達である。 突如、先頭をゆく一人の女が足をとめた。 凄艶な美女。魔女ヘケートである。 ヘケートは眼を眇めた。 常人には視認できぬほどの遠く。陽炎のように揺れながら近づいてくる一団があった。おそらくは隊商と護衛であろう。 ヘケートはニンマリと笑った。 やがて、隊商らしき一団が顔がわかる距離まで近づいてきた。 と、突然砂龍が脚をとめた。どうやらマミーの存在に気づいたらしい。慌てた様子で隊商がラクダの首をかえした。 「馬鹿め」 ヘケートが顎をしゃくってみせた。すると二体のマミーが動いた。思いの外素早い動きで隊商を追う。マミーにとっては砂上であることなど関係ないようであった。 その時である。ヘケートは異変をみとめた。 隊商はよほど慌てたらしく、荷を積んだラクダを置き去りにしていた。そのラクダの側に、一人の男が佇んでいたのである。 気死したか、それともたった一人で荷を守るつもりか、と思ったが、どうやらそうでもないらしい。不敵に笑んだその男は手の槍を砂上に落とした。 ヘケートは男に歩み寄ると、 「どういうつもりだ?」 問うた。すると男は薔薇とピンクサファイアの首飾りを差し出した。そしてヘケートを悠然と見据えると、 「我、死すれども屈せず。我が蒼穹の誓い、理非によりて揺らぐ事なし」 瞬間、男の身が沈んだ。 ● 顔を包んだベールを放り捨て、隊商の一団がラクダから飛び降りた。 その時である。轟雷にも似た咆哮が響き渡った。南洋の発したものである。それに引き寄せられるようにマミーが殺到した。 「貴様達はこの私がお相手致そう」 南洋が剣を鞘走らせた。山ですら斬るといわれる名剣は、その切れ味をやどしたかのような鋭い真空の刃を放っている。 一体のマミーの腕が刎ね飛んだ。穢れた瘴気がまきちらされたが、マミーの襲撃速度は変らない。マミーには痛みも後悔もないのだった。 「ちいぃ」 南洋が砂を蹴立てて後退した。が、砂上の動きはマミーの方が速い。 瞬く間に間合いを詰めると、マミーは同時に襲った。疾るのは四本の腕、二十の毒の爪である。 「思ったより速いが」 その性、沈着冷静。慌てることなく南洋は盾で一体のマミーの爪を防いだ。さらに剣を閃かせ、別のマミーの腕を斬り捨てる。驚くべき剣の冴えだ。 が、次の瞬間、がくりと南洋は膝を折った。盾でおさえたマミーの仕業である。いかに南洋の剣技が優れていようとも、膂力そのものはアヤカシの方が圧倒的に強力であったのだ。 さすがに剣の超人といえども、同時に二体の魔物を相手取るのは不利であった。たまらず南洋は砂に転がって逃れた。 「これは」 呻く声は立ち上がった南洋の口からもれた。頬につうと血の筋がはしっている。マミーの爪が抉ったのだ。 南洋の手から剣が落ちた。マミーの毒に全身が痺れ、剣を保持することができなくなってしまったのである。 「ええいっ」 砂塵を散らせて黯羽が立ち止まった。印を組むと同時に呪唱。空間を割って優麗な式神が現出した。 「疾ッ」 黯羽が命じると同時に白狐が九つの尾を舞わせて空を翔けた。マミーの喉笛に喰らいつき、膨大な量の破壊的指向性をもった瘴気を送り込む。マミーの胸が爆ぜた。 「本当は親玉にとっておきたかったんだがねえ」 苦笑すると黯羽は再び印を組んだ。が、その時にすでに別のマミーが彼女めがけて殺到している。 呪唱が終わったのと、マミーが襲いかかるのが同時であった。 マミーの爪が黯羽の首を抉った。その直後である。再び現世に実体化した美麗な呪術的仮相体がマミーを襲った。 ● 男――葵は、槍をとると同時に横薙ぎに払った。その念頭からは村人達のことは消失している。ただ背筋を疾り抜けるぞくりとする感覚のみがあった。命を秤にかけているという、馬鹿げた、しかし血すら沸騰しかねないほどの勝負に対する興奮である。 ヘケートが空に舞った。葵の疾風のような一閃はヘケートの脚を掠めたにとどまっている。 葵のブラインドアタックは、そも刃を所持した状態において効力を発揮するわざであった。やはり槍を拾うという動作を加えた一撃では迅さに欠ける。 人を遥かに凌駕する跳躍力をみせ、ヘケートが跳び退った。その足が砂に着くより前、ラクダに積んだ荷の蓋がはねとんだ。飛び出したのは開拓者である。いずれもが蜃気楼の如き美影身――秋桜、フィン、神音の三人であった。 「ふんっ」 秋桜の手から白光が噴出した。手裏剣である。 が、ヘケートは身動ぎもしない。鶴の一声をあげて飛ぶ手裏剣は間違いなくその身に吸い込まれ―― ぽとりと砂に落ちた。手裏剣の刃が溶解している。ヘケートの体液の仕業であった。 あっ、と三人の開拓者達が愕然たる声を発した時は遅かった。彼女達が業を発動させるより先にヘケートがくわっと口を開いた。すでにその相貌は蛙のそれと変じている。 ヘケートの口から嵐に似た豪風が噴出した。その豪風には雨滴のようなものが混じっている。 それはヘケートの唾液であった。戦慄すべきことに、ヘケートは毒性と強酸性の唾液を雨風のように吐き出すことが可能なのだった。 扇状に噴出された魔風は、全ての開拓者を射程におさめていた。いや―― 唯一、秋桜のみ逃れた。迅雷の速度で砂龍を駆ったメヒが抱えて逃れたのである。 「大丈夫か」 「はい」 頷いた秋桜は声を失った。ヘケートの攻撃を受けた開拓者達は身もだえしつつ鎧や衣服を脱ぎ捨てている。ヘケートの唾液によって腐食されたしまったからだ。 「人間どもめ。餌の分際で小癪な真似を」 ヘケートの蛙の口がゆがんだ。そして手近の村人の首を掴んだ。秋桜とメヒに嘲笑をむける。 「そこにいるのはメヒ・ジェフゥティだな。これは良い。砂漠に名を轟かせたお前の首を持ち帰ればネフェルト様もお喜びになられるだろう。一人で来い。来ねば」 「どうするんだい」 すっくと慧介が立ち上がった。驚愕のために声を失ったのは、今度はヘケートの方であった。 「――何故、毒が」 「術っていいなあ」 慧介は無邪気に笑った。信じられぬほどの天空海闊さである。同じく笑ったのは直羽であった。 「だろ」 直羽は笑みをヘケートへと転じた。開拓者に撃ち込まれた毒を消し去ったのは彼であったのだ。 「せめて美人のアヤカシなら見逃してあげようと思ったんだけど、ヒキガエルは守備範囲外だなぁ〜」 「ほざけ!」 再びヘケートの口が大きく開いた。 その瞬間である。フィンの手から礫が飛んだ。 「いっけぇっ!」 豪、と。唸りをあげて飛ぶそれは流星のように空間を切り裂き、ヘケートの顔面にめり込んだ。 フィンの怪力の分だけ。 かけられた命の重さだけ。 ターヒルの涙のつぶだけ。 たった一つの礫には、様々な力が込められていた。それは礫に限りない破壊力を与えていたのである。 ヘケートほどのアヤカシが顔を仰け反らせた。何でその隙を見逃そうか。 神音の身が消失した――ように見えた。彼女が蹴散らした砂が砂上に落ちるより先に、次々に砂が散りしぶいていく。凄まじい迅さで疾駆する神音が残した足跡であった。 「お前達に誰も殺させたりしないんだよ!」 神音の身が実体を結んだのは、マミーの眼前であった。爆発的な威力を込めた拳を突き出す。いや、事実拳は爆発した。凝縮した練力をマミーにむけて一気に解放したのである。 マミーの頭部が粉砕した。その不気味な塵を浴びながら、しかし神音の眼には涙が光っている。 ――あの時、神音がもっと強かったら、とーさまやかーさまは‥‥ ● 砂が黄土の幕のように舞った。踏み込んだ葵の足がはねあげたのである。 自身がつくりあげた砂幕を貫くように葵が槍を疾らせた。 世に防ぐ者なし。満腔の自信をもって放った一撃である。が―― 槍の穂先はぴたりととまった。ヘケートの眼前で。いや、ヘケートが掴みあげている村人の前で。 「ぬうっ」 呻く葵の前で、ヘケートはニヤリと笑った。 「やれるか、若造」 「やれる」 すすうと慧介が間合いを詰めた。青空を映していたその瞳には、今は氷の蒼がやどっている。 「盾にしたければするがいい。村人にはあの世で詫びさせてもらう」 「馬鹿な」 愕然とするヘケートが手に力を込めた。村人の首がへしゃげるのと、ヘケートの顔面を白光が斬り裂いたのが同時であった。 きりり、と慧介の口の中で歯が軋り鳴る。それは彼の苦悩の絶叫に聞こえた。 化鳥のような叫びを発してヘケートが跳び退った。いや、動かない。その足を砂を這う影がとらえていた。 「跳んで逃げるのはなしですよ」 秋桜の口の端がつっと吊り上がった。刹那、葵の槍がヘケートの喉を貫いた。 やや遅れてマミーが倒れ伏した。斬って捨てたフィンは砂上に座り込んでいる。 「やっと‥‥やっとマミーを克服できたよ」 「お前はすでに克服していた」 メヒが手を差し出した。 彼は知っている。フィンの弱さと強さを。がむしゃらに突き進む者は、時として道に迷うものだ。 メヒは告げた。 「ゆこうか。異郷のジンの勇者達。ターヒルが待っている」 |