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■オープニング本文 ● ソレに明確な思考があったのかは定かではない。ただ真っ黒な憎悪を抱いていたことだけは確かなようである。 ソレ――大アヤカシである瘴海は、滅びる前、最後の力を振り絞って己の一部分を切断し、放った。 それには膨大な瘴気が凝縮されていた。ほんの小さな粘塊であるが、それは上級アヤカシ並の瘴気量を秘めていたのである。 それは地に落ちると、蟲と合体し、全く別のアヤカシと化した。そして自らの名を瘴天と定め、空に舞い上がったのである。 さらに瘴天に続いた者があった。実のところ、瘴海は小さな粘塊の飛沫をも飛ばしていたのである。それもまた蟲と合体し、別のアヤカシと化していた。名は瘴胞。 瘴天と瘴胞の向かう先は伊織の里であった。目的は一つ。 ただ殺戮。 ● 「何っ!?」 愕然たる声を発したのは十を幾つかすぎたばかりの少年であった。凛々しい顔立ちをしている。 立花伊織。伊織の里を治める立花家の当主である。 彼の前には一人の家臣が震えつつ座していた。その家臣から、伊織はたった今、アヤカシ襲来の報を耳にしたところであった。 「どのようなアヤカシだ」 「人型の甲虫のようなアヤカシでございました。武装した兵がかかりましたが、まるで相手にならず――」 家臣は苦しげに言葉を切った。その脳裏には凄惨な光景が焼きついている。それは―― 漆黒のアヤカシに、十数人の武装兵が一斉に斬りかかった。対するアヤカシは呆然と立ち尽くしているかに見えた。 次の瞬間である。澄んだ音が無数に響いた。驚くべきことに、武装兵達の刃は全てアヤカシの超硬度の外骨格にはじきかえされてしまったのである。 と、突如アヤカシの姿が消失した。その一瞬後のことである。数名の武装兵が崩折れた。アヤカシの拳と脚により、彼らの肉体は瞬きする間に粉砕されていたのである。 「おのれっ」 伊織の耳には、里の者達の苦悶の叫びが聞こえていた。それを彼は錯覚とは思わない。 たまらず伊織は太刀を手にとった。部屋を飛び出す。慌てた家臣の声が追ったが、伊織の背は遠くなるだけだ。 「まずい!」 鋭い眼をした青年が呻いた。真田悠である。 悠は振り返ると、叫んだ。 「翔!」 「おう!」 寝転んでいた十七歳ほどの少年が起き上がった。天使のように美しい少年だ。 天草翔。すでにその手は太刀を引っ掴んでいる。 悠は再び叫んだ。 「俺は開拓者に。お前は伊織殿を頼む!」 「任せろ」 翔は腰に太刀をおとした。 その時だ。悠の声が背に飛んだ。 「翔。わかってるんだろうな。喧嘩じゃねえんだぞ。伊織殿を守るんだぞ」 「ちぇっ。わかってらあ」 膨れ面をして翔が駆け去っていった。その背を眼で追いつつ、立花家家臣の男は狼狽した声で問うた。 「真田殿。あの少年一人に任せて、大丈夫でござるか」 「まず大抵は」 悠は微笑った。 彼の知る限り、およそ天儀において、翔と並ぶ剣客は存在しない。調子に乗ってアヤカシと戦うようなことがなければ、伊織を守ることぐらいは造作もなかろう。が―― 「急がねえと、な」 悠もまた駆けた。開拓者のもとへと。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 鮮血が溶けたかのような黄昏の光に濡れる道を彼らは疾走していた。 八人の武装した男女。真田悠が雇った開拓者である。 「ああ、もうっ!」 十代半ばに見える少女がぷっと頬を膨らませた。 可愛らしい少女である。無造作に結った銀色の髪はさらさらと揺れているし、大きな蒼の瞳は天真爛漫に輝いている。フィン・ファルスト(ib0979)であった。 「せっかく瘴海倒せたっていうのに今度は何!?」 「里を襲っているアヤカシは瘴天と名乗っているらしいですよ」 こたえたのは黒髪の娘だ。 二十歳ほど。どこといって目立ったころのない娘だが、彼女を瘴天殲滅の一員とした悠の見立ては違う。どこまでのびるかわからない。その可能性に悠はかけたのであった。名を桂杏(ib4111)という。 「瘴天だと」 きりきりと。軋るような声をもらしたものがいる。 二十歳半ばほどの若者。異様なことに天という文字の描かれた眼帯で左眼を隠している。 鷲尾天斗(ia0371)なる志士は、包帯の巻かれた左腕を右手で押さえた。 その包帯の下の腕はどす黒く変色し、皮膚感覚を失くしている。大アヤカシたる瘴海に取り込まれたためであった。 その左腕が瘧にかかったように震えている。恐怖のためではない。歓喜にうちふるえているのだった。 「そうか。おまえにはわかるか」 天斗は凄絶に笑った。 瘴天という名を持つからには瘴海と何らかの繋がりがあるのだろうが、その名を聞かずともわかる。瘴天は瘴海の分身だ。 「‥‥兄ちゃん、大丈夫かなのだ?」 天斗の顔を、一人の少年が心配そうに覗き込んだ。 十歳ほどに見えるが、美麗な少年であった。顔の造作の美しさでいえば、この場の女達を凌いでいるかもしれない。 名を叢雲怜(ib5488)というこの少年、おっとりしているように見えるが、実は鋼の心の持ち主である。依頼主を守るためなら同じ開拓者を殺すほどの覚悟をもっている。 「大丈夫だ」 天斗は気息を整えた。 その天斗を、面白そうに眺めている男がいる。 四十歳ほどの竜の神威人。そのしなやか肢体には鍛え抜かれた筋肉がまとわりついており、その蔵した力を爆発させる瞬間を今かと待っているようだ。が、その眼は―― 躍動的な身体と違って、昏い。ただ荒涼とした景色を瞳に映しているかのようだ。 男――カルロス・ヴァザーリ(ib3473)はくつくつと嗤った。 カルロスは、天斗の裡に巣食う黒い獣の存在に気づいている。何故なら彼自身も同じ獣を飼っているから。 ニンマリすると、カルロスは当面の問題に意識を戻した。 「確かアヤカシは人型の甲虫だったな」 「そうだ」 こたえたのは、風のように軽やかに疾走する若者であった。鼻にちょこんと乗っけた眼鏡のせいだけではあるまいが、どこか飄然たる雰囲気をもっている。 若者――崔(ia0015)は肩を竦めてみせると、 「何だかなぁ、もう。ま、人相手じゃないだけ考えること少なくて、楽っちゃ楽だが、な」 ごちた。 その語調は天候の挨拶のように気負いがなく、極々自然だ。それがどうにも頼りない。しかし傍らを疾駆する少年は口辺に薄く笑みを刻ませた。 十六歳ほどの、美しい少年だ。毅然たる光をやどす大きな紅瞳といい、すっと通った細い鼻梁といい、また華奢な肢体といい、まるで少女のようである。 その容姿から、真亡雫(ia0432)という名のその少年を侮る輩は多い。が、物事の本質を見抜くことのできぬそういった者達は、すべからくその報いを受けてきた。雫は名伏すべからざる手練れであったのだ。 名人は名人を知る。故に雫にはわかる。崔の恐るべき強さが。 その雫の読みは的を射ていた。崔は首を傾げたのである。 「今のトコ解ってんのは高速で動く人っぽい甲虫って事か。どうにも妙だ」 「何が妙なの?」 問うたのは、風そのもののような娘であった。銀色の髪を翻らせたその姿は風と同化しているかのように颯爽としている。 雪刃(ib5814)。銀狼の神威人たる彼女に、崔は眼をむけると、 「時期も時期だし、見た目通りのアヤカシだと思わない方が良さげだな」 こたえた。 瘴海の消滅ともに現れたアヤカシ。只の存在であるはずがなかった。 「敵が何であろうと関係ない」 こたえる雪刃の声は冷ややかであった。ただ決意がある。 「斬り捨てる。修羅の儀へと続く道。立ちふさがる敵はすべて」 ● 呆然として、その少年は立ち尽くした。 眼前には凄惨な光景が繰り広げられている。人型の金蚊ともいえる二体のアヤカシが、倒れた武装兵達を惨殺していた。 そして、一体。漆黒の鎧をまとったかのようなアヤカシがうっそりと佇んでいた。腕を組んだソレは、七色に煌く角をもっている。甲虫のように。瘴天であった。 「やめろ!」 抜刀し、少年――立花伊織は殺到した。憤怒のあまり我を忘れている。 閃いたのは瘴天の腕。目にもとまらぬ迅さで動いたそれは、伊織の刀をはじきとばした。 「死ね」 瘴天の拳が疾った。志体をもっているはずの伊織にも、それは避け得ようもないほどのもので。 かっ、と眼を見開いた伊織の眼前で、ぴたりと瘴天の拳がとまった。瘴天の腕に刃が凝せられ、その動きをとめていたのである。 「いいかげんにしろよ、この真っ黒け野郎」 刃の主がいった。 寒気のするほど美しい少年だ。十七歳ほどであろうか。 「天草殿!」 その少年の顔を一目見、伊織の口から歓喜の声が迸り出た。その少年が瘴海を斬り捨てて開拓者の危難を救ったという話を聞いていたし、また真田悠が少年のことを剣神と呼んでいたことも耳にしていたからだ。 「アホが」 天草翔は伊織を突き飛ばすと、舌打ちした。そして瘴天の腕を刀ではねあげた。跳び退り、間合いをとる。 瞬間、空で幾つもの火花が散った。視認不可能な速度で動いた瘴天の拳を、これまた視認不可能な速度で動いた翔の刃がはじいたのである。 が、それまでだ。伊織を守らなければならない以上、翔は攻撃にうってでることはできなかった。 「あの剣士‥‥翔?」 驚愕の声を発したのは雪刃であった。 現場に駆けつけた雪刃達であったが、そこでは少年が伊織を守りつつ瘴天であろうアヤカシと戦っていたのである。その少年を雪刃は知っていた。 「確か胸を揉ませるって約束していたんですよ‥ね?」 やや頬を赤らめてフィンが問うた。 フィン、十六歳。恥ずかしいけど、やっぱり興味はある。 「揉ませてないよ」 どこか怒ったような雪刃の声。 約束はしたが、どさくさに紛れてそれっきりだ。こちらから催促するのも変な話だし、まあ翔からいってくれば約束したんだから―― きゅんと切なくなって、雪刃は豊かな胸を見下ろした。 「待てよ!」 天斗が叫んだ。 ぴたり、と瘴天の動きがとまった。天斗の声音には、瘴天をしてそうさせずにはおかぬ響きが込められていたのである。 瞬間、魔物が跳び退り、距離を開けた。その時を待っていたかのように開拓者達が翔の前に歩を進めた。 「オマエに何かあったらドンだけの下っ端が困ると思ってんだァ? 職無くす奴も居れば切腹する奴も出るだろうが。それ自覚して行動してんのかァ!?」 天斗が伊織にむかって怒鳴った。伊織は唇を噛み、項垂れた。まさに天斗の指摘通りだ。 するとフィンがにこりと微笑んで見せた。 「里のために戦う。‥‥うん、共感できます、本当に。でも伊織様はこの里の希望です。民の、家臣の人たちの。だから、今はアレと戦っちゃダメです。代わりに」 フィンの身からゆらりと紅い炎が立ち上った。凄絶無比の闘気である。 「この里の痛みは、あたし達がぶつけます」 フィンは名槍である蜻蛉切をしごいた。 ● 瘴天が再び腕を組んだ。動かない。 桂杏は必死になって、血まみれの肉塊となった武装兵達から視線をもぎ離し、三体のアヤカシを見つめた。 犠牲となった里の者、そして武装兵。先の戦いを生き残り、未来にむけて彼らは歩み出そうとしていたはずだ。それが逝った者達に対する彼らの義務でもあったはず。それなのに―― 憤怒を抑え、桂杏はシノビならではの冷徹な眼で三体のアヤカシを観察した。 「瘴海の粘泥も蟲も命ぜられたことをひたすら忠実にこなす性質を持っていました。それをそのまま引き継いだといたしますと、相当に厄介な相手かもしれません」 「いや」 天斗は首を振った。左腕がどくんと大きく疼いている。本能的に天斗は瘴天の正体を悟っていた。 「奴は兄弟だ」 「兄弟?」 「そうさ。そォだよなァ。この腕はオマエの母親に喰われかけたからなァ! 同じ気配的に兄弟ってかァ!?」 天斗が吼えた。 その瞬間である。左腕に巻いていた包帯が千切れ飛んだ。どす黒く変色した腕が露わとなる。 くくく、とカルロスが笑った。それは楽しくてたまらぬ笑みである。 「底無しの憎悪に破壊衝動か。面白い。瘴天とやら、どちらかが果てるまで、殺り合うとしようか」 「ほざくな、人の分際で」 複眼に嘲弄の光がゆれたようである。と、瘴胞が開拓者にむかって馳せた。綱を解かれた猟犬のように。 退れと命じ、天斗が伊織を庇いつつ、自身も後退した。眼のみちらと翔にむけ、 「合戦の時は世話になったなァ。アリガトよ」 「あん?」 翔は首を傾げた。顔と名前を覚えるのは、彼の最も苦手とするところである。が、天斗の左腕を見て思い出した。そういえば一人、とびきり勇猛な野郎がいた。 「翔。思い切って戦っていいよ!」 翔に声をかけ、雪刃が飛び出した。敵は超高速の攻撃を得意とするようだ。ならば待っているより、先に仕掛けた方がいい。 その雪刃を追うように、四人の開拓者も動いた。前に出る。いや―― 崔のみ斜め前方に走った。土をはねあげつつ、静止。拳を突き出した。 おおん、と。その拳から放たれた紅光は咆哮をあげながら瘴胞めがけて疾り、その装甲を砕いた。 「来いよ。もっと遊んでやる」 崔が横に飛んだ。それを瘴胞が追う。 「瘴天!」 雪刃が一気に瘴天との間合いを詰めた。先の先。瘴天の反射行動の前に、雪刃が大太刀の刃をぶち込んだ。柄頭の宝珠が月光の光を放つ。 鋼と鋼の相搏つ音が響いた。 「無駄だ」 嘲笑う瘴天の声が流れた。雪刃の刃は瘴天の身に傷一つつけることはかなわなかったのである。が―― 雪刃は決然たる声音で告げた。 「無駄じゃない!」 「そうだぁ!」 動きのとまった瘴天めがけ雫が上段から斬りかかった。カルロスは足の付け根を狙って刺突を放つ。鬼影をまとわせたフィンの一刀は横一文字の閃光を疾らせた。 あっ、という愕然たる声は怜の口から発せられた。彼は見たのである。破邪の香りをまとわせた雫の一刀が空をうつのを。 いや、雫だけではない。カルロスとフィンの一撃も空しく空を走り抜けたのみであった。 一瞬後、三人の開拓者ががくりと膝を折った。凄まじい衝撃に、彼らの肉体は悲鳴をあげている。瞬間的に繰り出された瘴天の攻撃によって。 恐れを知らぬはずの怜の顔色が変った。援護射撃を行うはずであったが、撃てなかった。視認不可能な標的をどのようにして撃てというのか。 「ちいぃ」 天斗の眼に焦りの色が滲んだ。彼は今、瘴胞を相手取っている。 瘴胞如きアヤカシなど、あしらうのは天斗ほどの手練れなら容易い。とはいえ伊織を守りながらでは、やはり致命の一撃を放つのは困難であった。 その時、再び瘴天の姿が消失した。反射的にカルロスは刃をふるっている。結果的に、それが功を奏した。瘴天の第二撃をカルロスのみは偶然にしろはじいてのけたのである。 いや、もう一人。雪刃への攻撃は翔が防いでいた。 「てめえ。俺のおっぱいに何しやがんだ」 「なっ」 雪刃の顔が熟柿のような真っ赤になった。 「わ、私のお‥胸が何時きみのものなっ」 「てめえもぼうっとしてんじゃねえよ」 翔が雪刃の言葉を遮った。 「まだ勝負は終わっちゃいねえんだぞ。面白えのは、これからだ」 「確かに面白いのはこれからだ」 三度瘴天の姿が消失した。あがった苦鳴は七つ。雪刃を除く全ての開拓者の口から血反吐が滴り落ちた。 「確かに面白いな」 瘴天が哄笑をあげた。 「そう。確かに面白い」 そっと呟いたのは桂杏であった。ずっと瘴天の動きを観察していた彼女のみは気づいていたのだ。異変を。 ● 「怜さん。次は撃ってください」 「そんな。無理なのだぜ」 桂杏の指示に、怜が首を振った。その時だ。 瘴天の姿が消失した。いや―― 瘴天の動きがとまった。影に拘束されて。その影は桂杏の足元からのびていた。 桂杏が叫んだ。 「今です。奴はもう超高速では動けない」 そう。桂杏が気づいた異変とはそれであった。 三度目の瘴天の高速攻撃。それを桂杏はわずかではあるが見とめることができたのであった。 「喰らえ!」 怜が魔弾の引金をひいた。唸りをあげて空を貫く熱弾を、しかし瘴天は上半身の動きでのみ躱した。 ぼんっ、と。瘴天の肩が爆発した。驚くべきことに怜の放った銃弾は直角に曲がり、瘴天の肩に内包した強大な破壊熱量をぶちまけたのであった。 びきり、と瘴天の外骨格に亀裂が走った。何でそれを見逃そう。フィンが槍を疾らせた。 「燃えろあたしの魂。鬼神の如くぅっ!」 槍が煌と輝いた。触れたもの全てを打ち砕かずにはおかぬそれは、アヤカシすら例外ではない。瘴天の外骨格の一部が砕け散った。 「馬鹿な」 瘴天が跳び退った。が―― 黄昏の光がはねた。そして、ぼとりと地に足が転がった。瘴天のものだ。 肩に刃を担いだカルロスがニタリと笑った。 「甲虫、もはや走ることなし。足を斬られた気分はどうだ?」 「ほざけ、虫けら」 「虫けらはきみでしょう?」 ぬうっ、と。瘴天の前に雫が迫った。瞬速の剣士たる雫にとって、今の瘴天を捉えることなど児戯にも等しかった。 「此処で御退場願おうか。これがお前にとっての幕引きだよ」 ずかり、と雫の刃が外骨格の破損部位に突き込まれた。破邪の刃が瘴天の瘴気を浄化していく。 たまらず瘴天は翅を展開させた。 「逃がすかよ!」 「このクソボケがァ! 苛立つ気配断ち切ってやらァ!」 絶叫とともに二影が瘴天に迫った。それは人でありながら、人ではないように見えた。 紅蓮の鳳凰と蒼い龍。 それが崔と天斗の姿をとった時、崔の拳と天斗の槍は瘴天の外骨格を貫いていた。 「終わったんですよ、ね?」 フィンはへたりこんだ。さすがに疲れていた。満身創痍で、もう一歩も動けない。薄蒼い闇が降りていたが、それが何故だか心地よかった。 伊織はただ開拓者達を見守っていた。守るとは、これほど厳しいものであるのかと感嘆している。 やがて伊織はそっと囁いた。 「貴方達のことは生涯忘れない」 「忘れるといえば」 やっぱり覚えていたんだ。雪刃は大の字に横たわった翔の傍らに腰をおろした。 「翔。胸のことだけど」 こたえは安らかな寝息。約束が果たされるのは、まだまだ先のことになりそうだった。 |