【嵐】一歩
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/25 06:39



■オープニング本文


 先日のことだ。
 一人の貴族の青年と、一人の陰陽師の娘が恋におちた。が、そこには越えられぬ障害があった。身分というくだらなくも、大きな壁である。
 そのままであれば二人の恋は微塵に打ち砕かれていただろう。が、ここに二人の救世主が現れた。
 一人の名はユーリ。吟遊詩人である。
 もう一人の名はアルベルト。騎士であった。
 この二人の力、正確にいえばこの二人が雇った開拓者の力により、貴族の青年と娘の恋は成就した。今頃、青年と娘は天儀にむかい、光溢れる未来へと歩んでいるはずである。
 そして――
 小さな風は吹き始めた。やがては嵐になるかもしれない小さな風が。

 ジルベリアに残った二人。
 ユーリとアルベルト。
 そのユーリがアルベルトに打ち明けた話は驚くべきものであった。
「話は分かった。面白い話だな」
 アルベルトは答えた。
 酒場で知り合ったこの青年ユーリが話し出した事は正直、すぐ信じるには難しいことである。
 不安そうな顔でアルベルトの顔をユーリが伺う。
「やはり、信じては頂けませんか?」
「いや? 信じる。本当の事だろう?」
 けれど、アルベルトはそれが嘘であるとは微塵も疑ってはいなかった。
「だが、問題はお前の望む未来だ。それを為すにはお前の力は今の時点では低すぎる」
 けれど、アルベルトはきっぱりと現実を突きつける。
「志体も持たないお前が今、それを為そうとしても大きすぎる力に踏みつぶされるだけだ。ヴァイツァウのように乱にさえできないだろう」
「それは解っています。‥‥ですが‥‥」
 アルベルトはユーリを見た。
 下を向かない心と眼差しで自分を見ている。
 面白い、と彼はもう一度思った。
「今は、と言った筈だ。未来は変えていける。それに力を貸してもいい」
 そう言うとアルベルトはユーリを見た。
「本当ですか?」
「ああ」
 彼は頷く。ユーリに力を貸すことは彼の目的とも一致する。
「ただし、一つ条件がある。お前の力と信念を見せて貰おうか?」
「えっ?」
 そう言うと彼は、にやりと心から楽しそうな笑みを見せたのだった。


「わかりました」
 ユーリは肯いた。真っ直ぐなその眼差しには微塵の揺るぎもない。
 アルベルトの出した条件は過酷なものである。それを前にして挫けぬその性根は只者ではない。
 どうやら見込み通りのようだ。再びアルベルトはにやりとした。
 と、ふいにユーリの表情が揺れた。気がついたアルベルトが問う。
「どうした? 恐くなったか」
「いいえ。ただ貴方はどうされるのかなと思いまして」
「俺は俺でやることがある」
 アルベルトが愉快そうに微笑んだ。
「小さな仕事だ。が、それは大きな一歩でもある」

 数時間後のことである。
 アルベルトの姿は開拓者ギルドの中にあった。
「アヤカシを退治してもらいたい」
 アルベルトはいった。さらに、場所は南部辺境だと付け加えた。
「フェルアナという町がある。メーメルやリーガと比べ、それほど大きくはない町だ。その町を治めているラスリールという貴族から頼まれた。開拓者を集めてくれ」
「俺が」
 声が、した。振り返ったアルベルトは、そこに一人の少年の姿を見出した。
 年齢は十代半ばほどか。端正な相貌の持ち主だ。が、どこか腕白坊主の印象がある。それは好奇心に輝く瞳のせいであるかもしれない。
 少年は酒場においてユーリとアルベルトを見ていた。そして、その見事な手際を。それで興味をもったのであった。
「俺の名はシモン・クッシュ。依頼を受けるぞ」
 少年――シモンは告げた。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
カトレア(ib0044
23歳・女・魔
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ
ルー(ib4431
19歳・女・志
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000
13歳・女・騎


■リプレイ本文


 ジルベリア。
 南部辺境。
 フェルアナ。ラスリールという青年貴族の治める町だ。
 そのフェルアナに現れたのは十人の男女であった。
 一人は依頼主であるアルベルト、一人は同行を申し出たシモン・クッシュであり、残る八人は開拓者であった。
「ジルべリア、か」
 どこか暗鬱に呟いたのは開拓者中の娘であった。
 美しい娘である。ひたむきな瞳の中に、どこか翳のようなものがあって、それが娘の美貌を際立たせている。その翳は娘――ルー(ib4431)の過去に起因しているのだが。
 幼き頃、ルーは傭兵団に売られた。自由を得るためには、彼女は一角馬の神威人たる証しの角を売り払ってしまったのであった。
「前に失敗してからなんとなく足が遠のいていたけど、いつまでもそんな事じゃいけない」
 自身にいいきかせるようにルーは独語した。そうやってルーは常に前進してきたのである。
 同じ時、ジルベリア――というより、南部辺境にある思いを抱く開拓者があった。
 颯爽と立つ娘。どう見ても二十歳としか思えぬが、このルシール・フルフラット(ib0072)という娘、実は十五歳なのである。
 元来気弱な性であるルシールは、その年齢に似合わぬ外見に悩みもしたものだが、その煩いは今は、ない。未熟である己を、そのまま全て受け入れ、信じることにより道は開けたのであった。
 そのルシールであるが。以前、ある依頼を受けてルシールは南部辺境を訪れている。
「確かラスリールといえばアヤカシを踏み台にして成り上がった貴族。火種となる様なことが無ければ良いのですが」
「ふーん」
 感心したような声がした。驚いてルシールが振り向くと、そこに一人の少年が立っていた。
 整った相貌は貴族的で美しい。が、きらきら光る瞳は腕白小僧のそれである。シモンであった。
「ラスリールって、そんな奴なのか。グレイスは良い奴なのに」
「グレイス、だと!?」
 咎めるような声が響いた。発したのは十歳をわずかに過ぎた年頃の、勝気そうな眼をした可愛らしい少女である。
「そのグレイスとは、グレイス辺境伯のことか」
「そうだ」
「そうだって‥‥」
 少女――ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)は言葉を失った。
 グレイス辺境伯――グレイス・ミハウ・グレフスカスはジルベリアにおいては中流貴族である。が、その人柄と実力により現在の地位にまでのぼりつめた優秀なる人物であった。
「お前も‥‥騎士なのか?」
 敵愾の炎を眼にゆらめかせ、ミレーヌはシモンを見た。
 彼女の夢は帝国一の騎士となること。その意味では、すべての騎士が彼女のライバルであった。
「そうだ。俺は皇帝親衛隊のシモン・クッシュだ」
「何っ!?」
 只ならぬ声を発したのは精悍な風貌の男であった。頬に走る傷痕が一筋。
 アルベルト・クロンヴァール。依頼主である。


 開拓者達が一斉にアルベルトを見た。その異常な驚きぶり故に。
 ただミレーヌだけはアルベルトを無視していた。それよりもシモンである。
 先ほどシモンがグレイス辺境伯のことを呼び捨てにしたが、さもありなん。シモンは皇帝親衛隊騎士、すなわち十二使徒の一人であったのだ。
 ぎりっ、とミレーヌは歯を噛んだ。何で、自分と歳もさしてかわらぬこんな奴が皇帝親衛隊なんだ?
 その時である。クスクスと笑う声が響いた。
 笑っているのは実に艶っぽい娘であった。謎めいて微笑をためた瞳といい、露出の多い身形といい、実に悩ましい。
 名をカトレア(ib0044)というのだが、そのカトレアをじっと見ていられないのは真亡雫(ia0432)であった。少女めいた可愛い顔を紅色に染め、カトレアから眼をそらせる。なんといっても雫は年頃の少年であった。その雫の様子が可笑しいと、カトレアにはわざと見せ付けている素振りがある。
「シモンって子、何かあるとは思っていたけれど」
「確かにできるな」
 声がした。嘲弄の響きの滲んだ声が。
 発したのは四十年配の男であった。煙管を咥え、気だるげに佇んでいる。
 カルロス・ヴァザーリ(ib3473)。竜の神威人であった。
 そのカルロスの見るところ、シモンという少年は、心技体、その全てが尋常ではなかった。
 とはいえ、カルロスはカトレアとは違ってシモンにはあまり興味はなかった。元来、彼は男と子供には興味はない。
 崩壊しつつあるカルロスをかろうじて現世に繋ぎとめているものは酒と女であった。それに酔わねば、魂の底に潜む黒い獣がカルロス自身を喰らい尽くしてしまいかねなかった。
 その意味で、カルロスにとって、此度は依頼には心動かされるものがある。アヤカシは美しい女の姿をしているという。斬るのは面白そうだ。
「奴は気にいらぬが、な」
「アルベルト、ね」
 カトレアが不快そうに顔を顰めた。
「どうもあのアルベルトってのはビミョーにうさんくさいわ。悪事の片棒を知らないうちに担がされるのは勘弁よ」
「悪事、か」
 端正な容姿に、どこか獣じみた物騒な雰囲気を滲ませた男が歩み出した。
 マックス・ボードマン(ib5426)という名の開拓者であるのだが、彼にはわかる。アルベルトという男が裡に抱えている仄暗いものが。
 何故、わかるか。それはマックスの過去に起因する。
 彼は手のつけられない悪童であった。今は開拓者として白道一筋に歩んではいるが、それでも身に染み込んだ剣呑なものは拭いきれない。
 さらにマックスの反骨。権力というくだらぬが、それでも強力な支配体制に対して彼は本能的に憎悪すら覚えていた。
 そのマックスと同じ影を、アルベルトもまた地に描いているような気が、マックスにはしていた。
 マックスは問うた。
「仮にだが、アヤカシを斃せなかったらどうなる。代わりの者をギルドに斡旋してもらうのかい?」
「お前達がアヤカシ一体すら斃せぬ役立たずなら、な。まあせいぜい」
 アルベルトはニヤリとした。
「俺を失望させないようにしてくれ」


 ジルベリアの夏は短い。すでに空は高く、秋の気配があった。
 それでも夏の匂いを残した風に吹かれ、開拓者達は街道を進んでいた。
「そろそろ注意した方がよさそうですね」
 雫が忠告した。彼がフェルアナで得た情報によると、アヤカシが出現するという場所まではもうすぐである。
「石化の能力をもつのよね」
 ふむ、と考え込んだのは八人めの開拓者であった。
 二十歳ほどの娘。表情豊かで、実に艶っぽい。とはいえ、その色香はカトレアのものとは違った。明るく華やかで、萌えいずる花の甘い香りをまとわせているようである。
 名を緋神那蝣竪(ib0462)というのだが、しかし開拓者としては動きが鈍い。それもそのはず、彼女は負傷しているのであった。それでもやること、やれることはあると那蝣竪は思っている。
 アヤカシは眼から対象を石とする光を放つのだ。そのような魔物を街に入れるわけには断じていかなかった。
「うん?」
 那蝣竪は足をとめた。彼女の超人的な聴覚が、彼方にある小さな物音をとらえたのだ。
 街道脇の森の中。おそらくは足音。
 そうですね、と肯いたのは雫である。
 すう、と彼は眼を閉じた。額に練力を集中する。
 第三眼開眼。雫もまた接近しつつある何者かの気配をとらえた。
 開拓者達は二手にわかれた。一時にての全滅は避けるためである。
「気をつけて。来るわ」
 那蝣竪が告げた。
 刹那だ。木々を割って何かが飛び出してきた。
 女だ。彫刻的な顔立ちは美しい。が、髪は異様であった。無数の蛇なのである。
 豊かな裸身には薄衣をまとっていた。薄紅色の乳首と足の付け根の淡い翳りが透けて見えている。
 アヤカシは疾風の迅さでルシールを襲った。その眼が妖しく光る。
 これか――咄嗟にルシールが勇壮な竜紋の描かれた盾で身を庇う。
 血の色に似た赤光と、陽光と同色の白光が噛みあった。何事も起こらない。盾がアヤカシの邪眼を防いだのである。
 土を蹴立ててアヤカシがルシールに迫った。が、この瞬間をこそルシールは狙っていた。
 ルシールの身がぐんと沈んだ。
 次の瞬間である。ルシールは槍を突き出した。
 その時、他の開拓者達は幻視したのである。ルシールに重なる一頭のユニコーンの姿を。ルシールの一撃はそれほど鋭く、美しいもので。
 が――
 あっ、という呻きはルシールの口から発せられた。
 槍は空を貫いていた。狙いが誤ったのである。それはルシールの手にからまる蛇の仕業であった。
 そして、アヤカシの姿はルシールの頭上にあった。薄衣の裾を翻し、秘部を露わにしつつ空で反転。ルシールの背後に舞い降りた。
「何っ!?」
 はじかれたようにルシールは振り返った。が、遅い。
 ニイッ、とアヤカシが笑った。欲情の滲んだ魔的な笑みだ。
 アヤカシの眼が血光を放った時、ルシールの身体構造は分子レベルで変換された。一瞬にして石と化してしまっている。
 倒れ掛かる、かつてはルシールと呼ばれた灰色の立像を、慌ててカトレアが支えた。倒れ、もし壊れたしまった場合、アヤカシを斃したとしてもルシールはどうなるか。想像するだけでカトレアは寒気を覚えた。
 そのカトレアめがけて金縄のようなものが躍りかかった。
 蛇。アヤカシの頭髪だ。驚くべきことに、アヤカシは全方位にむけて蛇を鞭の如くのばし、差し向けることが可能であったのだ。
 幾つかの苦痛の喘鳴と、鞘走る澄明な音が重なった。陽光をはねた光はふたつ。
 ぽとりと地に落ちた蛇の頭は、しかし三つあった。まだ嫌らしく蠢いている。
 刃を抜きうたせた姿勢から、再び青眼のかまえをとった者は二人いた。雫とシモンだ。
 剣をもたぬ方の手で、シモンがカトレアを庇った。本人は無意識的な行動であろうが、その腕がカトレアの胸に触れる。
「あ、ありがとう」
 戸惑ったような声でカトレアが礼を述べた。何故だか身体が熱くなっている。戦闘的な者ほど、攻められると弱いということはままある。
 馬鹿な。こんな子供に?
 自身の心の濡れた部分をカトレアが嘲笑った。同時にカトレアはアヤカシの眼が彼女、シモンにむいていることに気がついた。
 アヤカシの怪光を、超人中の超人たるシモンなら躱すことは可能であろう。が、この少年が動かないことをカトレアは承知している。彼女が背の後にいるから。
 カトレアは素早く呪文を紡いだ。第五章、一節。
 シモンの前に滑らかな石の壁が現出し、アヤカシの怪光線を防いだ。
「すまない」
 今度はシモンが礼を述べた。どうってことはないわ、とぶっきらぼうなカトレアの返答。それは股間の疼きを隠すためであった。
 その時、ミレーヌが飛び出した。ようやく絡みつく蛇を斬り捨てたのであった。
「住処を追われたことには同情するが、人に、帝国に逆らうのであれば許すわけにはいかん。覚悟しろ!」
 ミレーヌがアヤカシに躍りかかった。真っ直ぐな心のままに。が、真っ直ぐな心は、時として周囲の者と自身を傷つけてしまうことがある。
 捕食の喜悦に震えつつ、アヤカシの眼が血色に光った。咄嗟にミレーヌは聖織のコートで身を庇ったが――
 ごとり、と。冷たい塊となったミレーヌが地に転がった。コートだけでは怪光の透過を完全に防ぐことはできなかったのだ。
 と、アヤカシの足があがった。ミレーヌを踏み砕くつもりであるらしい。
「させるもんか!」
 叫ぶルーの姿が消失した。ように、常人には見えただろう。
 事実は、違う。ルーは稲妻にも似た速度で地を駆けたのであった。
 ルーはミレーヌを抱きかかえると、飛んだ。一瞬遅れて、アヤカシの足が地を踏み砕く。地が大きく陥没した。
 ぐぬう、と。牙の覗く口からどす黒い瘴気を吐きながら、アヤカシがルーを見た。その時、すでにルーの臨戦態勢は整っている。
 ルーが皇帝の名を冠した宝珠銃のトリガーを絞るのと、アヤカシが怪光線を放つのとが同時であった。
 唸り飛ぶ弾丸がアヤカシの身を抉り、血液代わりの禍々しい瘴気を噴出させた。そして爬虫の血のように赤く冷たい光はルーを掠め、地をはしった。何故か――
 アヤカシの身を紫電の刃が切り裂いていた。雷火手裏剣。木陰に隠れた那蝣竪であった。
「可哀想だけれど」
 手鏡でアヤカシの姿を見つつ、那蝣竪は哀れみを込めて独語した。
 いずれは人を襲っていたかも知れぬアヤカシである。が、その時期を早めたのは明らかに人自身であった。
 欲望による破滅。それは愚かな人の業だ。だからこそ私はその業を断つ。
 再び那蝣竪が印を結び――流れ行く時の動きに反して凍結した。アヤカシが放った怪光線が手鏡をとらえ、その反射光が彼女を石化してしまったのであった。
「おい」
 突如、声が響いた。アヤカシを呼ぶもの。アルベルトだ。
 はじかれたようにアヤカシの眼がアルベルトを射た。が、アルベルトは不敵に笑ったままだ。
 刹那、マックスが飛び出した。
 豪、と。
 雷鳴のような轟音をあげて、文字通り地が裂けた。疾りぬけた衝撃波は、ごつい太刀が生み出したものである。
 地断撃。渾身の一撃を放ったカルロスは、数匹の蛇を断ち切った手応えに、不気味にほくそ笑んだ。
 そのカルロスの生み出した隙を、マックスは逃さない。アヤカシの横に回り込みながら、マックスは大型のフリントロック・マスケットのトリガーをひいた。
 撃ち出されたのは弾丸ではなかった。圧縮された空気塊である。
 蛇を髪の毛のように翻らせ、アヤカシはその空気塊を躱した。いや、躱せない。アヤカシの足には蔦がからみついていた。
 その瞬間をカルロスは待っていた。ひたすら冷徹に。
 アヤカシの背にカルロスが迫った。迸る一刀は横一文字の白銀光を鮮やかに空に描き――
 数匹の蛇ともども、カルロスはアヤカシを斬った。が、浅い。蛇を斬った分だけ、必殺の間合いがずれたのであった。
 アヤカシが跳んだ。一気に十数メートルの距離を。魔物の本能により、眼前の獲物達の危険性を悟ったのである。
 黒い残像のみを残してアヤカシは森の中に逃げ込んだ。
 刹那、雫の眼がカッと見開いた。
 逃がすわけにはいかない。もう誰の涙も見たくないから。
 横薙ぎの一閃。木陰に身を潜ませた雫の刃はアヤカシの気配をうつ。
 ぽとり、と。アヤカシの首が地に落ちた。


 落日を背に、開拓者達は帰途についた。夕陽に赤く濡れた顔をシモンがアルベルトにむけたのは、同じく夕陽に染まるフェルアナの町が見えた時であった。
「どうして囮となった? もし開拓者が動かなかったら石にされていたんだぞ」
 シモンが問うた。
 結果としてアヤカシの死と共に石化は解かれた。が、あの時点でその事実はアルベルトにはわからなかったはずだ。
「賭け、さ」
 アルベルトの口元に笑みが刻まれた。
「俺は開拓者に賭けた。そして俺は運がいいんだ」
 そう、俺は運がいい。秘宝を得、そして南部との繋がりができた。あとは――
 ふふ。
 アルベルトの笑みは、血の色に染まって見えた。