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■オープニング本文 ●畜生働き 暗闇に、白刃がきらめいた。 悲鳴とも言えないような小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。 「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」 男は蔵の鍵を部下に投げ渡すと、続けて、取り押さえられた娘を見やった。小さく震える少女の顎を刀の背で持ち上げる。 「‥‥ふん。連れて行け」 少女は喚こうにも口元を押さえられて声も出ず、呻きながら縄に縛られる。縛り終わる頃には、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れ、彼らは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。 「引き上げだ」 後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。 ●道場主 「ひでぇことしやがる‥‥」 屋敷に広がる惨状を前に、青年は思わず呟いた。 歩き回るに従って、血に濡れた足跡が増えていく。遺体は、既に近隣住民が庭先に茣蓙を敷いて並べ始めていた‥‥が、青年――真田悠は、ふと違和感を覚えて遺体を眺めた。 「なぁ、娘さんの遺体はどうした?」 「え? ‥‥あっ」 悠に指摘されて改めて遺体を見回した男の顔が、みるみる青くなる。 だが、対する彼は慌てる様子も無く、じっと考え込んで屋敷を後にする。刀の鍔に手を掛け、その手触りを確かめるようにして、ずかずかと歩み去る。 「売り物にする気なら、まだ無事な筈だ‥‥!」 悠はその足で道場にもどった。 「翔!」 呼ぶ。すると廊下に寝そべっていた男の眼が微かに開いた。 少年だ。見たところ十七、八というところ。形の良い眉に切れ長の眼、細く高い鼻梁に紅を塗ったかのような唇。女と見紛うばかりに美しい。見慣れているはずの悠ですら一瞬寒気を覚えた。 「一大事だ」 「一大事?」 翔と呼ばれた美少年が身を起こした。欠伸を噛み殺しつつ問う。 「真田さん、何事ですか」 「蝮党が出た」 「蝮党?」 聞いたことがある。最近になって神楽の都を荒らしまわっているという盗賊集団だ。 「何だ、面白くない」 翔は再び寝転がった。さもありなん、と悠は苦笑した。 翔――天草翔という名の少年と、先日悠は出逢った。その瞬間、悠は翔の剣の天稟に惚れ込んでしまった。さらには、その豪放無頼、天真爛漫ともいうべき性格にも。 詳しく聞いたところ、翔は若年にして北面の首斬り役をつとめていたのだという。が、その役が面白くなくて辞し、放浪していたらしい。その旅の途中で悠は翔に出逢ったのであった。 こと剣において、悠は翔にはかなわないと悟っている。生涯を費やしたとしても追いつけまい。翔は剣の天才であるのだから。数知れぬ剣客と会ったが、翔ほどの使い手は見たことがなかった。 その翔にとって、蝮党などそれほど興味のある対象ではあるまい。それは、わかる。が―― 「娘がとらわれている。救い出さなければならない」 「娘?」 翔の表情が微かに変わった。 「娘か。面白くなってきた」 「だろう」 悠はニヤリとした。 「ゆくか」 「ゆく。あっ」 翔は浮かせかけた腰をとめると、 「で、その娘ってのは美人なんですか」 「美人?」 悠は一瞬戸惑い、しかしすぐに大きく肯いた。 「美人だ。それも、とびっきりのな」 「ますます面白くなってきた」 剣を引っ掴み、翔は勢いよく立ち上がった。待て、と慌てて悠がとめた。 「おまえなら蝮党を蹴散らすなど造作もないことだろうが、此度ばかりは開拓者を雇え」 「何故?」 「娘を人質にとられるかも知れないからだ。いくら腕がたっても、そうなっては如何ともし難い」 「仕方ねえなあ」 ぷっ、と翔は頬を膨らませた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 月冴える神楽の都の夜空。 蒼い街路をひた疾る九つの影があった。 「外道にゃ外道を以て世の中から綺麗に消えて貰おうかね」 薄く笑う声がした。月光にうかぶ顔は女だ。小麦色の肌がしっとりと濡れていそうで、切れ長の眼が異様に艶っぽい。名は北條黯羽(ia0072)。開拓者である。 ああ、と肯いたのは男であった。無骨を絵に描いたような若者で、名は大蔵南洋(ia1246)といった。 「連中には命で贖ってもらうよりあるまい。思うがままにふるまってきた者共だ。最早思い残すことも無かろうしな」 「まったくだ」 くく、と黯羽はしのび笑った。 「気兼ねなく暴れられるってぇのは僥倖だぜぃ。ま、確りと人質の救出とかも済ませてぇとは思っているがな。そうだろ、翔」 「あたりまえだろ」 応えは、先頭をゆく人影から発せられた。 十七、八歳ほどの少年。月光に朧に輝くその姿は、まるで舞い降りてきた天使のように美しい。 天草翔。依頼人である真田悠の名代だ。 「娘はとびっきりの美人なんだぜ。蝮だか青大将だかしらねえが、そんな奴らに好きにさせてたまるかよ」 「翔」 呼びかける声は、翔の背を追って走る娘からした。 美しい娘だ。煌く銀の髪をなびかせて疾走するその姿は、風の精霊を思わせる。 銀狼の神威人。雪刃(ib5814)であった。 雪刃は続けて、 「私達の策にあわせてもらえないかな」 「やだね」 あっさりと翔はこたえた。 「俺は俺の好きにやる」 「そんなこといわないで。私がお礼するから」 「お礼って、何だ?」 問う。どうやら興味をもったらしい。 雪刃は一瞬戸惑ったように眼を伏せると、 「え、っと。‥‥胸を好きなだけ触っていい、とか?」 「うそーっ!」 ぴたり、と翔が足をとめた。振り返ると、 「本当だろうな。嘘ついてんじゃねーだろうな」 「本当‥‥だよ。好きなだけ触っていいよ」 雪刃は消え入れそうな声でこたえた。 「天草様、あなたね」 怒色をにじませた声音をあげ、詰め寄ろうとした者がいる。 十代半ばほどに見える、気品に溢れた少女だ。曙光にも似た黄金の髪が麗しく、夜色の衣服をまとっている。 名はマルカ・アルフォレスタ(ib4596)。両親を惨殺された少女は今、むかついていた。 そりゃあ確かに雪刃様の胸は豊かで触り心地はいいかもしれないけど、でも胸は大きければいいってものではない。小さくても、形がよかったり‥‥あれ、わたくし、何を怒ってるんでしょうか。 「小僧」 押し殺した声が、マルカの思考を遮った。 声の主は男であった。四十歳ほどか。竜の神威人である。 名をカルロス・ヴァザーリ(ib3473)というのだが、うっそりと佇むその姿は、どこか殺伐としたものがあった。その身裡を吹き抜ける木枯らしの哭き声が聞こえてきそうである。 カルロスは物憂げに、その虚無的な眼差しを翔にむけた。 「乳繰り合うのはそれくらいにしておけ。約束したからには従ってもらうぞ」 「わかってらあ」 翔はニヤリとした。 「オッサンよ。俺は今、いつになくやる気でいっぱいなんだ。任せておけってんだ」 「天草翔!」 またもや違う声が響いた。今度は女のものだ。 振り返った翔は見た。怒りを抑えているかのように唇をぎゅっと噛み締めた少女の姿を。 確か名は若獅(ia5248)。翔よりも二つほど年下で、少年めいた凛然たる爽やかさをもった少女である。 「‥‥村雨主水って人、知ってるか」 若獅は問うた。 村雨主水とは北面の首斬り役人で、稀代の剣客である。その村雨主水と、以前若獅は出逢ったことがあった。 戦士の中で育った若獅の価値基準は強さである。その若獅が一目見て憧憬の念をもった。いや、もしかすると、それは戦うことしか知らぬ少女が初めて知った恋であったのかもしれぬ。 そして今回の依頼だ。同行の天草翔という少年が主水と同じ首斬り役人であったことを知った。 どのような少年であろうか。 高鳴る胸をおさえ、若獅は翔と対面した。そして―― ずるい、と若獅は思った。こんなに綺麗で、おまけに強いなんて反則だ。でも、素敵だな、と思いはじめていたところ―― なんたることか。女の胸にうつつをぬかすとは! 若獅の胸を苦いものがしめた。主水にはこのような浮薄なところはなかった。 「知ってるぜ」 翔がこたえた。 「俺の後釜の首斬り役人だろ。化け物級に強い奴だったぜ。が、まあ」 翔はニンマリした。 「強いのは俺の方だな。なんせ俺は神様級に強いからな」 ● 走り寄って来た鼠を、ひょいと黯羽が拾い上げた。軽く握る。再び拳を開いた時、そこには微塵になった符が残されていた。 「浚われた娘らしき者はいないねえ」 黯羽が告げた。 盗人宿の部屋は十。 一階の奥は宿の主らしき男がおり、他には浪人が二人、後は番頭や数人の手代らしき男、そして女中らしき女。二階には夫婦ものらしい男女と町人らしき男の二人連れ、そして二人の浪人がいるだけだ。娘の姿はない。 確かか、と問うたのは南洋だ。 「真田殿の読みが間違っている可能性はあるが‥‥」 「それよりもおかしなことがある。奴ら、旅支度をしている」 「どうやら逃げるつもりのようですね」 ふっ、と。もらしたのは深窓の令嬢めいた美少女であった。年齢は十七歳ほど。その暗紫の瞳には世界の全ての謎が秘められていそうで。 「やはりすぐに襲撃をかけた方がよろしいかと」 美少女――エラト(ib5623)が警告した。 「とはいえ浚われた娘の居所がわからんのでは」 慎重な南洋は躊躇した。 と、くくく、と嘲笑うような声が響いた。カルロスである。 「娘の居所などわからずともよい。娘に手をかける前に蝮党の連中を皆殺しにしてやればよいのだ」 「これは遊びではない」 南洋は怒りのこもった眼をむけた。が、カルロスは冷笑で報いた。 「遊びだ、これは。客を巻き込まぬように賊を斬る。面白いぞ、これは」 「私が」 エラトが二人を遮った。 「襲撃の際、私が野次馬のふりをして紛れ込みましょう。もし浚われた娘がどこかにいるのなら、蝮党の者達に動きがあるはず」 「それでいきましょう!」 一人の少女が槍を肩に担ぎ上げた。細身の少女には扱いかねそうな槍を。 一点の曇りのない眼差しの持ち主。八人めの開拓者、フィン・ファルスト(ib0979)であった。 ● 闇に沈む宿。まだ灯りの残る部屋がある。 表。戸の前に影は四つあった。若獅、フィン、雪刃、そして翔だ。裏の勝手口には他の五人が隠れ潜んでいる。 フィンはちらりと雪刃を見た。どうも先ほどから雪刃の様子が変なのだ。いつもは冷然としているのに、今は何だか落ち着きがない。どうして―― フィンははたと思い至った。 この件が片付いた後、雪刃さんは翔さんに色んなことされちゃうんだ。例えばあんなことやこんなこと‥‥ 「だめ!」 妄想を振り払うように、槍を片手にフィンは立ち上がった。 「いきます!」 フィンは蹴りをぶち込んだ。戸が破片をばらまきながら砕ける。提灯を片手にフィンが内部に飛び込んだ。 帳場に、一人の男が座していた。身形は番頭のようである。さすがに狼狽した様子で、 「何だ、お前達は」 「御用改めである! 蝮党の外道共、神妙に縛につけ!」 フィンが叫んだ。すると番頭らしき男は一瞬顔を強張らせ、 「ご、御用とは‥‥? 何かのお間違えでは」 わざとらしく大声で応じた。 直後だ。裏の方で何かが砕ける音がした。黯羽達に違いない。 はじかれたように番頭が立ち上がり―― ぽとりと土間に腕が落ちた。匕首を掴んでいる。遅れて番頭が血をしぶかせた。 「ばーか。どこの番頭が匕首なんぞもってやがるんだよ」 血刀を引っ下げたまま、翔は顎をしゃくったみせた。 「いくぜ、二階へ」 ● 黯羽達が廊下に足をかけた時、絶叫が響いてきた。 野郎ども、役人だ。 黯羽達は知らぬことであったが番頭の発したものである。 と、前をゆく南洋がぴたりと足をとめた。灼熱の殺気がその面を灼いている。 廊下に浪人者が二人立っていた。一人はすでに抜刀している。一人は懐手をしていた。 この場合、しかし南洋は静かに刀を抜き払った。凄愴の殺気をうけて、なおその心気には一切の乱れはない。見事な武者ぷりであった。 「蝮党よな」 「と、知られた以上、生かしてはおけぬなあ」 浪人者が懐から手を引き抜いた。その手には短銃――と見た時は遅かった。 雷鳴に似た音が轟き、南洋が身を仰け反らせた。 ● 表から走り出た者がある。血まみれの番頭と女中だ。 と、三人は足をとめた。眼前に立ちはだかる少女を見とめた故である。 「どくんだよ。怪我人を医者ににつれていくんだから」 女中がいった。 「いやだ」 少女――若獅はこたえた。 「お前達からは外道の匂いがする。蝮党だろ。違うというんなら、腕を見せてみろ」 「しゃあ」 女中の一人が苦無を放った。流星と化して疾ったそれは、しかし若獅の残像のみを貫いた。その時、すでに若獅の身は軽々と空に舞っていた。 ぶん、と。鉈が唸るような音を発して若獅の脚が疾った。 苦鳴は二つ。同時に番頭と女中が吹き飛んだ。が―― 若獅はがくりと膝を折った。その腹に苦無が突き刺さっている。女中の放ったものであった。 吊るされた提灯の灯りに、一人の男が浮かび上がった。身形からして手代のようである。 「な、何だ、お前は」 愕然とした声は男の口から発せられた。眼前に立ちはだかる一人の少女の姿を見出したからである。 小柄の流麗身。そのに携えるは身の丈よりも長い槍。――マルカである。 「しばらくは外に出ないでいただけますかしら。毒蛇を退治しなければならないのです」 マルカは背でいった。異変を知った近所の者達が様子を窺っているのを、見ずとも敏感に感じ取っている。 「てめえ!」 匕首を片手に、男がマルカに襲いかかった。 ● 二階にフィン達は駆け上がった。 廊下に足を踏み出す。その刹那であった。 障子戸が開き、ふらりと浪人者が姿を見せた。その手には、すでに抜き払った刀が下げられている。 さらに背後には町人らしき男。その手は匕首を握っていた。 「あんた達、五体満足で済むとか思わないでよ」 フィンがすすうと間合いを詰めた。ぶん、と風を切って唸る槍は町人の胸を切り裂き、さらには浪人をも―― 澄んだ金属音を響かせ、フィンの槍がとまった。浪人が受け止めたのであった。 ふん、と嘲笑う浪人の顔が、次の瞬間強張った。押され始めたからである、フィンの怪力の故であった。 その時、耳障りな音が響いた。障子戸を突き破って疾った刃を、雪刃がはじいたのである。戦闘勘の良さは雪刃ならではであった。 「まだ残っていたか」 障子戸を蹴破り、雪刃は中に。浪人者と相対する。 「じゃあ、俺は」 翔は別の部屋に足を踏み入れた。町人の身形の男が刀をかまえている。 「面倒くせーな。来いよ」 翔がいった。その眼がギンッと光る。 うっ、と息をつめたのは男だけではなかった。二人の浪人もまた。さらに、というよりむしろというべきか。フィンと雪刃も。手練れたる彼女達は、翔から放たれる凄絶の殺気を離れた位置より感得したのであった。 これは、とフィンと雪刃が思った時、翔と相対していた男が尻餅をついた。尻の下の水溜りは、男のもらした小便である。恐怖のあまり、すでに男は気死していた。 ふふ、とフィンと雪刃が笑ったのは偶然であったか。共に一太刀あびた二人は、しかし逆の行動に出た。フィンは後方に飛び、雪刃は前に。 するするとのびた槍は浪人者の胸を貫き、袈裟に疾った刃は浪人者の肩から胸にかけて斬り裂いた。 ● 「死ね、小僧」 再び女中の手から苦無が飛んだ。それを敢えて若獅は腕で受けた。 「俺は」 若獅が一気に女中との距離を詰めた。脚をはねあげる。一瞬消失したかのように見えるその一撃を、はたして女中が見とめえたか、どうか。 「女だ!」 若獅の蹴りがぶちこまれ、女中は昏倒した。 闇の中に光が乱舞した。 と、地に男が叩きつけられた。叩きつけたのはマルカの槍である。 「お尋ねしたいことがあるのですけれど」 男の顔に、マルカは槍を突きつけた。 「蒼い髪の泰拳士を知りませんか」 問う。 蒼い髪の泰拳士とは彼女の両親を惨殺した犯人であった。その仇をとる日を願い、今もマルカは喪に服している。 男は首を振った。マルカは項垂れると、静かな声で命じた。 「事が終るまで、ここでじっとしていていただきます」 ● 再び短銃が吼えた。が―― 硬い音がして銃弾がはじかれた。突如出現した漆黒の壁によって。 「馬鹿が」 ニッ、と笑ったのは黯羽である。そしてエラトはその時、おかしなことに気がついた。 廊下を抜けた帳場。そのさらに奥。一人の男が部屋から顔を覗かせ、すぐに引っ込めてしまったのだ。身形からして宿の主である。 「もしや」 エラトは奥を指差した。 「奥に娘さんが」 「よし」 南洋が疾った。そして、咆哮。カルロスだ。 「貴様らを殺るのは俺だ」 カルロスがニィと笑い、浪人が殺到した。二つの光がはねる。 次の瞬間、舞ったのは浪人の首であった。 「おのれっ」 もう一人の浪人が短銃の引金をひいた。被弾の衝撃に、さしものカルロスもたまらずよろける。 「野郎!」 黯羽が叫ぶ。その手から飛んだのは符だ。 結界解呪。術式によって編みこまれた呪力、すなわち式はカマイタチの姿をとり、短銃をもつ浪人を切り裂いた。 「てめえの相手は俺なんだよ」 再び黯羽の手から符が飛んだ。 ● エラトが奥部屋の障子戸を開けた。 行灯の灯りのみの薄暗い部屋。人の姿はない。 「そんな」 エラトの視線が部屋を薙いで走った。そして、ある一点でとまった。 床の間。掛け軸が揺れている。風もないのに。 エラトが指し示した。 「そこです」 「よし」 南洋が掛け軸をめくった。 隠し戸。開けると、地下に続く階段が見えた。 「ここか」 南洋が駆け下りた。が―― 地下部屋の床に足を着けるなり、南洋は身を凍結させた。宿の主らしき男が一人の娘をとらえ、首筋に匕首を突きつけている。 南洋は呻くかのようにいった。 「娘を放せ」 「馬鹿が。てめえこそ、そこをどきやが」 男の言葉は途中で途切れた。眠りに落ちようとしているのだ。 エラトが叫んだ。 「大蔵様、今です!」 「おおっ」 南洋が刃を振り下ろした。 ● どどど、と廊下を駆けてくる足音がする。娘を助け出した南洋が顔をあげてみると、それは翔であった。 「娘を助け出したんだって」 瞳を輝かせた翔が娘の顔を覗き込んだ。 「あっ」 愕然たる声は翔の口から発せられた。よろよろと後退る。 「真田の野郎。ぶん殴ってやる」 くるりと背をかえし、翔が部屋を飛び出した。入れ違いに部屋に足を踏み入れたのは黯羽だ。 「どうしたんだい、翔の奴は。嘘吐きって、泣きながら走っていっちまいやがったが」 「さて」 南洋は首を傾げた。その手が抱く娘の顔は、あまり美しくはなかった。 |