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■オープニング本文 ● 闇を引き裂くように悲鳴が響いた。 はっとして十人の衛士は足をとめた。腰の剣の柄に手をかけ、走り出す。悲鳴は中央広場の方でした。 どれほど走ったか。 中央広場を走り抜けたところで衛士達は立ち止まった。石畳の街路に倒れている人影が見える。歩み寄りかけて、ぎくりとしてまたもや衛士達は足をとめた。 倒れている人影に首はなかった。いや、あるにはあるのだが、何かとてつもない圧力をかけたられたかのように潰れている。 その人影の側に―― 巨大な影があった。漆黒の馬に跨った騎士だ。纏っているのも漆黒の鎧であった。 倒れている者を惨殺したのは、おそらくはその騎士であろう。そうと知りつつ、しかし衛士達は腰の剣を抜くことも忘れていた。 彼らは騎士のある特徴を見とめている。それは騎士が首なしであることだ。 その首は騎士の左手がしっかりと抱えていた。爛と首の眼が光っている。 衛士の一人の口から掠れた声がもれた。 「ア、アヤカシ!」 「ザドンスクの衛士どもよな」 馬上で首がニヤリとした。 「いいところで会った。皆殺しにしてやろう」 「な、何っ!」 衛士達の眼に怒りの光が閃いた。顔に生気が蘇っている。アヤカシの侮りの言葉が衛士達の矜持を刺激したのであった。 衛士達が剣を抜き払った。 「アヤカシめ。馬から降りろ」 「馬鹿め。貴様ら如きの技量で、この俺を同じ地に立たせることができると思ったか」 騎士が漆黒の巨馬を疾駆させた。地響きたてて漆黒の巨馬が迫る。 反射的に衛士達は跳び退いた。が、漆黒の巨馬の動きは彼らの想像を遥かに超えて迅かった。 漆黒の巨馬の蹄が数人の衛士の頭を踏み潰した。恐慌状態に陥った衛士達には抗するべくもない。まれにたちむかおうとする衛士もいたが、巨馬の口から吐き出される炎に焼かれ、消し炭と化した。 「お前はいかしておいてやる」 ただ一人生き残った衛士を見下ろし、騎士は告げた。それが温情からのものではないことは、冷淡な語調でわかった。 騎士は続けた。 「伝えるのだ。町の者どもに。俺の――このゼムパイアの恐怖をな」 ● 「ユリアさん」 声が呼びとめた。一人の女が足をとめる。 女は十七歳ほどの可憐な少女に見えた。煌く金髪は陽光の粒子を散らして輝いているし、アイスブルーの瞳はあくまで澄明だ。しなやかなそうな肢体は真っ白な軍服に包まれている。 ユリア・ローゼンフェルド。皇帝親衛隊隊長であった。 ユリアは振り向いた。そして、やや顔を顰めた。 呼びとめたのも女であった。理知的、かつ美しい相貌で、四十歳ほどであるらしいが、二十歳後半にしか見えない。眼鏡をかけているのだが、レンズのむこうの目はいつも微笑んでいるかのように細められている。 アレクサンドラ・アシモフ。ジルベリア帝国宰相である。 「宰相殿。何か用ですか」 いやに丁寧にユリアはこたえた。その蒼の瞳は油断なくアレクサンドラを見つめている。 しっかり者で優しいお姉さん――との愛称をもつアレクサンドラであるが、それだけで女がジルベリアの宰相になれるはずもなく。余人は知らず、ユリアはアレクサンドラの巨大な才能を見抜いていた。ローゼンフェルド家よりも遥かに家柄の劣るアシモフ家の娘が宰相となるに、一体どれほどの実力が必要であったか。 二人の女がジルベリアを動かしている、とはジルベリアの酒場でよくかわされるジョークである。二人の女とは、無論ユリアとアレクサンドラであった。 アレクサンドラは微笑すると、 「城内を散歩?」 「はい。暇ですから」 「けっこうなことね」 アレクサンドラの微笑が深まった。 「皇帝親衛隊が暇なのはいいことだわ」 「確かに」 ユリアの眼に微かに光がよぎった。アレクサンドラが軽口をたたくためだけに彼女を呼びとめるはずがない。何らかの意図があるはずであった。 「で、宰相殿は何をしておられるのですか。私に何か用があるのではないですか」 「それは」 いいかけて、アレクサンドラは口を閉ざした。すぐに微笑がその表情を覆い隠す。 「何でもないわ。いつもは汗をかいて中庭で剣を振っている貴方が、今日は珍しく大人しくしているものだから、つい声をかけてしまったの」 会釈すると、アレクサンドラは背を返した。歩き去っていく。 ややあってユリアもその場をあとにした。執務室に戻る。 椅子に座るなり、ユリアはフランツ、と呼んだ。 ● ユリアと同じように、アレクサンドラもまた執務室に戻っていた。 これも同じように椅子に腰をおろす。が、ユリアと違って口からもれたのは重い吐息であった。 実は彼女を悩ませている事柄がある。アシモフ家の領地にある街の一つ、ザドンスクにアヤカシが出現したのだ。そのアヤカシにより、すでに街は迂闊に出歩けぬようになっているという。 無論、街には衛士がいる。が、彼らは志体をもたぬ兵士で、アヤカシには太刀打ちできぬ。すでに数十人の衛士が殺害されていた。 では志体をもつ騎士ならばどうか。ユリアに頼み、十二使徒を派遣してもらえば事はおさまるであろうが―― だめだ、とアレクサンドラは首を振った。 十二使徒は皇帝を守るために存在している。ユリアはムチャクチャなところがあるから、簡単に引き受けてくれるかもしれないが、宰相の立場としては個人のために十二使徒を動かすことはできない。公私混同の誹りは免れないだろう。 では、どうするか。個人としてアヤカシを斃すには―― ややあってアレクサンドラの眼が輝いた。 「‥‥開拓者」 アレクサンドラはドアノブに手をかけた。 ● 夜の街をゆく少年の姿があった。小さな身に不相応な剣を担いでいる。 名はコーリャ。衛士長であったマルセルの一子であり、アヤカシに殺された父の敵をとるつもりであった。 「父さんは弱くなんかない。僕に剣を教えてくれていたんだ。僕がアヤカシを斃して、それを証明してやる」 コーリャは重い剣の柄を握りなおした。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)
13歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 「ザドンスクに現れたアヤカシの討伐、か」 開拓者ギルド。壁に貼られた依頼書を見上げる小さな影がある。 影の正体は少女であった。見たところ十三歳ほど。綺麗な薄紅色の髪と、澄んだブルーの瞳をもっている。 「助けを求める人の手を取るのは騎士として当然のこと。その依頼、請けてやろうじゃない」 少女――ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)はぐっと拳を握り締めた。 ● ザドンスクの街は静寂に満ちていた。人の姿はまるで、ない。 しかし、真に人はいないのかといえば、そうではない。閉ざされた窓の隙間から窺う眼がある。その視線を、街をゆく八人の開拓者達は感じ取っていた。 「こいつは、また‥‥」 苦く笑ったのは女であった。二十代なかばくらいであろうか。小麦色の豊満な肢体を惜しげもなくさらしている。大柄のせいもあるが、異様なほどの迫力を漂わせていた。 「ゼムパイアって野郎のことを調べておきたかったが、これじゃあな」 女――北條黯羽(ia0072)はごちた。 くくく、と一人の男が笑った。青白い肌の、痩せた男で、どこか得体の知れぬところがある。魔術師という仄暗い生業がこれほど似合う男もそうあるまい――ディディエ・ベルトラン(ib3404)は笑いつつ、 「それほど街の方々が首なし騎士を恐れているということなのでしょう。かくいう私もその一人でして」 全く恐れなど知らぬ顔で、ぬけぬけといった。 と、一人の若者が、何かを思いついたのか、ふっとその端麗な美貌に微笑をうかべた。 「しかし厄介なアヤカシですね」 「うん」 少女が肯いた。十代半ばほどの華奢な可愛らしい少女で、真っ直ぐな眼差しの持ち主である。名をフィン・ファルスト(ib0979)というのだが、この場合、フィンはニコリと笑い返した。 「衛士達を全滅状態に追い込むくらいだもの。きっとすっごく強いんだろうけど、私も騎士。負けやしないんだから」 ふっ、と若者――香椎梓(ia0253)は微笑を深くした。フィンらしいと思ったのだ。 この可憐な少女は、恐るべき敵を前にしてもたじろぐことはない。むしろ前に出る。それは何故か。 守るためだ。他者の涙を拭うためなら、自身が血を流すことを選ぶ。フィンはそのような少女であった。 とはいえ、梓のいう厄介なという言葉の意味は、フィンが思うそれとは違った。 確かにゼムパイアと名乗ったアヤカシは強力な敵だ。が、梓は真に恐れるものはそれではない。彼が危惧しているのはゼムパイアの智謀であった。 殺戮が目的であるなら、衛士を皆殺しにすればよい。それを、敢えて殺さずに恐怖を伝えさせている。そこには何らかの意志、目的があるはずだ。 「宰相の治める民の人心を乱れさせ混乱を誘発し、内から国力を削ごうというのでしょうか」 「アレクサンドラ氏その人が狙いなのかもしれませんよ」 眼に皮肉な光をうかべたのは、彫刻的な顔立ちの青年であった。輝くばかりに美しいのだが、それは星の哀しい煌きであった。名を狐火(ib0233)という。 「アレクサンドラ――宰相ですか」 問う梓であるが、しかし狐火はこたえない。ふふん、と皮肉に笑み返し、狐火は顔を上げた。 八人の開拓者中、ただ彼のみはある可能性に想到していた。それは銀の仮面をつけた妖しの存在である。 かつて、狐火はエリザベータ皇女暗殺を阻止する依頼を受けたことがある。その暗殺を目論んでいたのが銀仮面をつけた者であったのだ。 やや離れて歩く者は二人いた。 男女。 女の方は凛然とした美女であるが、どうやら通常人とは違うようだ。獣の耳をもっているところからして銀狼の神威人であろう。孤高の気風を漂わせている。 男の方は、優しげな相貌に穏やかな笑みをうかべた若者であるのだが――見たものは一瞬ぎくりとするかもしれない。 端正ともいえる顔には無残な傷がはしり、右目が糸のように閉じられている。さらには右腕の肘から先がなかった。 女は雪刃(ib5814)、男はアルティア・L・ナイン(ia1273)といった。 「内密に、か」 アルティアが、ふと呟いた。依頼主の意向を思い出したのである。が、そんなことは知ったことではなかった。 アルティアとしては、ただ大切な祖国を、そして民を守るために戦うだけであった。騎士とはそのようなもの―― その時、アルティアは苦く笑った。 ――今の僕は騎士ではない。ジプシーだ。その僕が、この残された左腕一本のみにて、本当に民を守ることができるだろうか。 その想いは、雪刃にもあった。辛そうな顔はしていないものの、実は彼女は深手を負った身であったのだ。 通常人なら、本来動けるような状態ではないのである。それでも立ち上がることのできる雪刃を、一体どのように評したら良いものか。 「‥‥休んでいる場合じゃないんだ。泣く人がいるなら笑わせてあげなくちゃ」 自身に言い聞かせるように呟く。そして思うのだ。誰かの盾になることぐらいはできるのではないだろうかと。 そしてアルティアもまた思う。騎士を捨てたのではないと。 騎士とは、そう――在りよう。すなわち生き様そのものであった。 ● 一人の若者が足をとめた。 赤茶の制服をまとっているところからみて衛士であろうが――月の光にうかびあがった顔は狐火のものであった。 どうしたのですか、と問うたのは十八歳ほどの、優しげな少女である。名をヘラルディア(ia0397)という。 すると狐火は眼で示してみせた。前方に孤影が見える。彼の超絶の聴覚は、姿も見ぬ前に、すでにその存在を知覚していたのであった。 反射的に梓の手が腰の刀にのびたが、すぐにとまった。月明かりにうかぶ影はどうやら人間のようであった。 やがて―― 開拓者達の前で、人影は立ち止まった。それは二十歳ほどの若者で。 刹那、はっと開拓者達は息をひいた。白鳥が舞い降りたかと思ったのだ。それほど若者は流麗、かつ優雅であった。 「何なんだい、お前さん」 問うたのは黯羽だ。 「こんな夜にたった一人で。アヤカシが徘徊しているんだよ」 「そうかい」 若者はふわりと笑った。驚いたり怯えたりする様子はない。 「私はフランツという。旅の者だ。ところで君達は?」 「私達は自警団だ」 冷然たる声音で雪刃が告げた。 実は、である。ジェレゾを発つ前、ひそかに狐火はアレクサンドラの側近に接触していたのであった。 目的はザドンスク衛士の追加要員としての地位を得ることである。そして、その目論見は上手くいった。開拓者達九人を衛士――衛士長は梓――とする命令書を得ることに成功したのである。 そして、開拓者達は衛士として活動を始めた。制服はディディエの機転により、予備のものを借り受けることができたので問題はなかった。 まず最初、開拓者達が行ったことは夜間の外出制限であった。が、これは何の混乱もなく街の者達に受け入れられた。そもそも彼らはアヤカシが徘徊する夜間に外出する気などなかったからである。 その過程で、開拓者達は幾つかの情報を手に入れた。 一つはゼムパイアの行動範囲。これは決まった法則はないようであった。 もう一つは奇妙な旅人の噂である。夜間に散歩しているというのだ。 「フランツといったな」 ミレーヌが口を開いた。 「このような夜間に出歩いている理由を知りたい。まさか散歩しているなどとはいうまいな」 ミレーヌは問うた。少女とは思えぬ厳格な口調である。フランツは苦笑すると、 「それは」 こたえかけた、その時だ。ヘラルディアの眼がきらりと光った。 彼女は先ほどから結界を展開していた。呪的索敵網ともいえる結界を。その結界内のアヤカシの位置を、驚くべきことにヘラルディアは知ることができるのだった。 「アヤカシがいます。近くに」 ヘラルディアが駆け出した。 ● 月の光に濡れる街路を、よろめくように歩く小さな影があった。 十歳ほどの少年だ。肩にごつい剣を担いでいる。 「アヤカシめ。どこにいるんだ」 額に汗をうかべ、少年は歯軋りした。 彼の父、マルセルは衛士長であった。自慢の父である。が、その父はゼムパイアと名乗るアヤカシに惨殺されてしまった。 その日から少年はアヤカシを求めて街を歩き回った。父の名誉のために。母が気づく前にアヤカシをやっつけてしまわなければならないのだが―― 月光が翳った。驚いて少年が顔をあげる。そして、見た。 巨大な漆黒の馬を。その馬に跨った巨躯の騎士を。いや―― 少年の眼は吸い寄せられている。騎士が抱えた首の、血色に光る眼に。 「衛士どもの姿が見えなくなったと思ったら、今度は小僧か」 首が嗤った。その言葉が、気死しつつあった少年の胸に、再び復讐の炎をともした。 「アヤカシめ。父さんの敵は僕がとる!」 「父、だと?」 首がニタリと笑った。 「あの虫けらどもの一人の息子か。面白い。親子ともども殺してやろう。来い、小僧」 「小僧じゃない。僕はコーリャだ!」 少年――コーリャが剣を振りまわした。が、剣はむなしく馬の前脚に蹴り飛ばされてしまった。 「虫けらの息子は所詮虫けら」 首は嘲るように唇をゆがめた。 「このゼムパイアが手をくだすまでもない。馬の脚にかかって死ぬがいい」 ゼムパイアが手綱をひいた。馬がゆるりと脚をあげた。そうと知っても、コーリャは身動きもならない。涙を流し、ゼムパイアを睨みつけた。 「死ね」 ゼムパイアが叫び、馬が脚を踏み下した。 いや―― 馬の脚がとまった。その脚をかすめて疾ったものがある。石畳を割って、地に槍が突き刺さっていた。 「貴様」 ゼムパイアが眼前に立つ少女をもねめつけた。 「何者だ」 「フィン・ファルスト。開拓者だ」 フィンは槍を引き抜くと、かまえた。その背後では、雪刃がコーリャを抱き上げている。 「は、放せ!」 少年が叫んだ。が、雪刃は力いっぱい少年を抱きしめた。 「だめだ。きみを死なせるわけにはいかない」 雪刃は少年の眼をじっと見つめた。そして、いった。 「きみが誰で、どんな理由で剣をとったのか、私は知らない。けれど、これだけはわかる。きみの覚悟が。命をかけて何かを守ろうとするきみの覚悟が。だから――だからこそ、あんな奴のためにきみの勇気を散らせるわけにはいかないんだ」 「茶番はおしまいだ」 憤怒に眼をぎらつかせ、ゼムパイアが馬の首を叩いた。 次の瞬間だ。馬が紅蓮の炎を吐いた。 ● 炎は防ぎとめられていた。漆黒の壁によって。 「これは!?」 愕然としてゼムパイアが眼をむいた。報いたのは高らかな嘲笑だ。 「おしまいは、おまえだ」 黯羽がすっと指をあげた。その二本の細指の間には、複雑な呪紋の描かれた符がはさまれている。 「ぬかせ!」 ゼムパイアは馬を駆った。が、馬は動かない。馬の脚に蔦がからみついていた。 「それはただの蔦ではないのですよ」 くく、とディディエが笑った。その通り、蔦は彼の魔力が現象化したものであった。そう簡単に引きちぎることなどできるものではない。 「騎士、すでに駆けることなし」 狐火が宣告した。彼の影もまた馬を縛っている。 「あなたは地に降りるしかないのですよ」 「おのれ!」 ゼムパイアが剣を振り上げた。 刹那だ。ぱしぃ、と鋭い音が響いた。 鞭だ。アルティアの手からのびた鞭がゼムパイアの腕をからめとっているのであった。 「――小さな勇者」 アルティアがコーリャに笑顔をむけた。胸が熱くなるほどの、それは温かな笑みだ。アルティアはいった。 「もう十分だ。その勇気は僕達が引き継ごう」 「馬鹿め」 ぐい、とゼムパイアが腕を引いた。咄嗟にアルティアは手を放した。ゼムパイアの化け物じみた膂力を予期したからだ。そうしなければ身体ごともっていかれただろう。 次の瞬間である。ゼムパイアの身体が軽々と空に舞った。 次々と苦鳴があがったのは、さらに次の瞬間だ。ゼムパイアの剣から放たれた衝撃波によって、開拓者達がうちのめされたのである。 それは、とりわけ術者にとって致命的であった。一瞬にしてディディエとヘラルディアが戦闘不能状態に追い込まれている。 ゼムパイアは哄笑をあげた。次々と衝撃波を放つ。黯羽が治癒符を飛ばし、各自が符水を使用するが追いつかない。 「このままじゃ」 フィンが地を蹴った。一気にゼムパイアとの間合いをつめる。繰り出す槍は風の迅さをもっていた。 が、ゼムパイアの刃はそれを凌ぐ迅さをもっていた。たとえるなら電光。煌く刃光は、フィンの身体上を袈裟に流れた。 「カスが。――うん!?」 ゼムパイアの眼が驚愕にカッと見開かれた。血をしぶかせながら、しかしフィンは倒れない。のみか、ゼムパイアの腕をしっかりと掴んでいる。 「みんな‥‥今だよ」 フィンの口が動いた。 刹那である。馬の首が飛んだ。アルティアの一刀によって。 さらにはミレーヌがゼムパイアに肉薄した。が、彼女の剣は空をうっている。フィンを振り飛ばし、再びゼムパイアが空に舞ったからだ。 「逃さん!」 梓もまた地を蹴った。刃にまとわせた炎の尾をひきながら。 今、空で相対するは妖志士と魔騎士。技量はゼムパイアの方が上だ。そして―― 白き獣が躍り、二条の光芒が交差した。 両断されたゼムパイアの首が瘴気と化し、消滅していく。その様を見下ろし、黯羽はふん、と嘲った。 「いっただろ。おまえは、もうおしまいだって。私の白狐から逃れることなんざできねえのさ」 ● ゆらり、と家屋の屋根の上で身を起こした者がある。 異形。それは銀色の仮面をつけていた。 「やはり現れると思っていましたよ」 声が、した。狐火のものだ。 銀仮面が振り向いた。仮面の内で、含み笑う声が響いたようだ。 あっ、と狐火が思った時は遅かった。何の予備動作もみせず、銀仮面は空に跳んでいる。 追おうとして、しかし狐火はやめた。それは、よせ、という声がかかったからで。 「死にたくなくば、追うのはやめておけ。一人でどうにかなる相手ではない」 「あなたですか」 狐火は大仰に肩を竦めてみせた。彼は見とめたのだ。声の主をフランツであると。 「あなたは何者なのですか」 「皇帝親衛隊騎士、フランツ・キュイ」 「なるほど」 狐火の眼に蒼い光がともった。 「皇帝親衛隊隊長殿には全てお見通しというわけですか。ならばお伝えください。事の顛末を。その代わり」 「わかっている。ユリア隊長の狙いは銀仮面だ。宰相殿ではない」 フランツはくすりと笑った。 同じ時、コーリャの頬で乾いた音が響いていた。ミレーヌが平手で打ったのである。 「死んでどうするんだ。死んだら、すべてが終わりだ」 それでいいのか、とミレーヌはいった。 「おまえには目指すものがある。そうだろう?」 ミレーヌは手を差し出した。 「私は帝国一の騎士になる。おまえは衛士長になれ。約束だ」 「やく‥‥そく」 コーリャがそっと手をのばした。つながれた二つの手を、金色の光が照らす。夜は明けたのだった。 |