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■オープニング本文 ●砂漠の戦士たち 神託は正しかったな―― 調度品の整えられた白い部屋の中、男は逞しい腕を組み、居並ぶ戦士たちを前に問いかける。男が多いが、女性も少なくは無い。 「さて、神託の続きはかの者らと共に道を歩めということだが‥‥」 皆が顔を見合わせてざわつく。俺は構わないぜと誰かが言ったかと思えば、例え神託と言えども――と否定的な態度を見せる者も居た。お互いに意見を述べ合ううち、議論は加速する。諍いとは言わないが、各々プライドがあるのか納得する素振りが見えない。 と、ここで先ほどの男が手を叩く。 「よし。皆の意見は解った。要は、彼らが信頼に足る戦士たちかどうか。そういうことだな?」 一度反対した者はそう簡単には引かない、彼らも彼らなりに考えがあってのこと。であれば。 「ならば、信頼に足る証を見せれば良い‥‥そうだろう?」 だったら話は早いと言わんばかり、戦士たちは口々に賛意を示した。男はそれを受けて立ち上がり、剣の鞘を取り上げて合議終了を宣言する。男の名はメヒ・ジェフゥティ。砂漠に生きる戦士たちの頭目だ。 ● 澄んだ蒼ではなくくすんだ黄茶。 冷涼とはしておらず、熱い。 が、そこは海であった。その証拠に波がある。風紋という波が。 アル=カマル。 そこは砂の世界においても屈指の大砂漠であった。 その砂漠の只中に異様なものがある。要塞ほどもある巨大な建造物。船であった。 いったいどれほどの間そこに放置されていたのか、詳しいことは誰も知らぬ。外装は風化し、すでにボロボロであった。 その巨船を目指してラクダを駆る一団があった。全員アル=カマル特有の長衣をまとい、頭巾をかぶっている。腰に剣を下げているところからみてベドウィンであろうか。 先頭をゆくのは二十歳後半に見える若者であった。名をイズディハールといい、この一団のリーダーである。 彼の目的は巨船であった。先日、巫女のお告げにより棄てられた巨船の再起動が決まったのである。それで巨船の状態を知らねばならなくなったのであるが―― その情報を知る者は誰もいなかった。うちすてられた古の船に近寄る物好きはいなかったし、また時折いても生きて帰った者は皆無であったからである。 噂ではアヤカシの巣になっているという。が、それはあくまでも風聞にしか過ぎなかった。確かめた者はいないのである。 そこでイズディハールと数人の若者が選ばれた。ジン――天儀における志体――を秘めているのはイズディハールのみであったが、他の者も相当の手練れである。 「もうすぐ古の船だ。急ぐぞ」 イズディハールが叫んだ。と―― ふいにラクダが足をとめた。 「どうした?」 イズディハールがラクダの腹を蹴ろうとした。その時だ。 イズディハールの眼前の砂がぐぐうっと盛り上がった。 「あっ」 イズディハールの眼がカッとむき出された。 盛り上がった砂が散ったあと、異様なモノが現出している。干からびた体躯。巻きつかせた汚らわしい包帯。マミーだ。 「たった一匹か」 イズディハールは剣を抜き払った。マミーは確かにしぶといが、戦闘力そのものはたいしたことはない。気をつけなければならないのは爪や歯にひそむ毒くらいであろうか。 「突破するぞ」 イズディハールがラクダの腹を蹴った。 刹那である。マミーの身が高々と宙に舞った。 慌ててイズディハールが剣を疾らせたが、遅い。凄まじい衝撃に、イズディハールはラクダから転げ落ちた。 砂に叩きつけられてから、はじかれたように身を起こそうとし、イズディハールは呻いた。剣をもった彼の腕をがっしと踏みつけている者がいる。マミーだ。 「馬鹿な」 イズディハールは愕然たる声をもらした。 通常のマミーは鈍重な存在であった。このように俊敏なモノではない。さらに―― 「くくく」 マミーが笑った。気づけば血濡れたような真っ赤な眼がイズディハールを見下ろしている。 「たった一匹だと」 「ぐわっ」 イズディハールの口から只ならぬ苦鳴が発せられた。 マミーに踏みつけられたイズディハールの腕が変りつつある。生気が失われ、次第に干からびて―― イズディハールは絶叫した。 「に、逃げろ!」 「馬鹿め」 マミーの全身から包帯がするするとのびた。気死したようにラクダに騎乗したままの若者達の首に巻きつく。 苦悶しつつ、若者達がラクダから引きずり落とされた。包帯そのものにも生気を吸い取る力があるのか、若者達がみるみる木乃伊と化していく。 「くかかか。このクビュヌから逃れられるものかよ」 「逃してみせる」 自ら腕を引きちぎり、イズディハールが立ち上がった。その左手には剣が握られている。 「俺の命にかえてもな!」 イズディハールは剣をふりかぶった。心の中で許してくれと叫びながら。 イズディハールの脳裏には一人の娘の面影が浮かんでいた。 ● 「イズディハールは死んでなんかいない!」 悲鳴に似た叫びを発したのは二十歳ほどの娘であった。 獣耳。猫を思わせるやや気の強そうな瞳の持ち主だが、幼さの残る相貌は可憐なもので。 名はマストゥーレフ。アヌビスと呼ばれる種族で、天儀においては神威人に相当する。 無言で見返した男もまたアヌビスであった。 浅黒い顔は精悍無比。いくつもの死線を潜り抜けた者のみが持ちうる凄みがあった。 おそらくは歴戦の勇士であるのだろう。眼光が尋常ではなかった。 衣服は他の者とは違い、黒の長衣をまとっている。豪華な金銀のアクセサリーを数多く身につけていた。 年齢は四十代後半に見えた。が、鍛え抜かれた身体はいまだ三十代のしなやかさと剛さをとどめている。メヒ・ジェフティであった。 「そうですよね、メヒ様」 マストゥーレフが縋るような眼をむけた。メヒは小さく頷くと、 「確かにイズディハールが死んだと決まったわけではない」 こたえた。 数時間前のことだ。イズディハールが身をていして逃した偵察団の一人が戻ってきた。その者によってアヤカシ襲撃の事実が知らされたのだが、他のメンバーの生死は判明してはいない。ならばこそマストゥーレフも望みをつないでいるのであろう。マストゥーレフはイズディハールの婚約者であった。 「俺に任せておけ」 「わたしも」 マストゥーレフが涙をうかべた眼をメヒにむけた。 「イズディハールを助けにいくんですよね。わたしも連れていってください」 「いや」 メヒはかぶりを振った。 「お前は連れてはゆかぬ。異国の者達を連れていく」 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 灼熱の陽光をあび、砂塵をまいて地をすべっていくものがあった。 巨大な人造の猛禽。砂上グライダーだ。 数は九。操っているのは八人の開拓者とメヒ・ジェフティであった。 本来、砂上グライダーは高価なもので、簡単に借り受けることはできない。が、一人の開拓者の言葉が不可能を可能にした。 それは砂漠にゆらぐ蜃気楼のように美麗な若者で。名を狐火(ib0233)というその開拓者はメヒにこう告げたのだ。 「イズハディール氏の命は風前の灯。一刻の猶予もなりません」 メヒは肯いた。そして砂上グライダーが用意された。 と―― ふむー、と溜息をついた少女があった。小柄で可愛らしい顔立ちをしており、まるで人形のようだ。が、その様に似合わぬ巧みさで砂上グライダーを操っている。 秋桜(ia2482)というその少女は暗鬱に呟いた。 「何とか、生きていて下されば良いのですが」 「生きていてもらわないと困ります!」 叫ぶかのようにこたえたのは秋桜と同じ年頃の少女であった。風に銀髪をなびかせたその姿は可憐だ。が、大きく見開いた眼にいつもの燦たる光はない。 少女――フィン・ファルスト(ib0979)の脳裏には一人の娘の姿がやきついている。マストゥーレフという娘の姿が。 最初、マストゥーレフに気づいたのは門銀姫(ib0465)であった。男装の少女たる銀姫が歌うかのように独語していた時のことだ。 「遥々やってきたアル=カマル〜♪ 何か拓言を得て遺跡の船を動かすみたいなんだね〜♪ だから先発隊が出向いたらしいんだけど、そこへアヤカシが襲いかかったらしくて状況が不明になったんだよね〜♪ そこへボクらの出番が来て救出活動に参加なのだよね〜♪ さあ〜交流が重なるハーモニー〜 それにより命が救えたら良いよね〜♪」 ふっ、と銀姫が口を閉ざした。じっと見つめる娘がいることに気づいたからだ。 一見して娘は人ではないとわかった。猫族のものらしい耳をもっている。アヌビスという種族であるらしい。 その娘はつかつかつと歩み寄ると、銀姫に燃えるような眼をむけた。 「ふざけないで」 「うん?」 銀姫は眼をぱちくりさせた。 「ボクはふざけてなんかいないのだよ〜♪」 「それがふざけんるっていうのよ」 娘の手が閃いた。 「よせ」 娘の手が銀姫の顔寸前でとまった。 娘の手を掴んでいる者がいる。壮年の男。精悍な相貌は狼を思わせた。事実、男の耳は犬のそれに似ていた。男もアヌビスなのである。 男は厳然たる声音で告げた。 「やめておけ、マストゥーレフ」 「でもメヒ様」 「貴殿がメヒ・ジェフティ殿ですか」 押し殺した声音で問うたのは、その語調には似合わぬ美しい娘であった。無造作に結った蒼の髪は艶やかで、鎧から覗く肢体は瑞々しい。名を志藤久遠(ia0597)という。 メヒ・ジェフティという名を久遠は知っていた。ベドウィンの有力なシャイフ――族長であるらしい。そして今回の依頼人であった。 そうだ、とメヒは肯くと、事情を物語った。すなわちマストゥーレフこそ砂漠に残されたイズハディールの婚約者であるという事実を。 マストゥーレフは顔をそらせた。肩が震えている。 と、涼やかな声が流れた。歌だ。それは砂の海を吹き渡る風にも似て、どこか寂寥の響きをおびていた。 「遠く離れた恋人を想う歌だよ〜♪ この歌を、きみの代わりにボクがイズハディールに届けるよ」 「そしてきっと連れ帰ってきます」 フィンがマストゥーレフの手を握った。 うん、と。小さくマストゥーレフは肯いた。 「約束したんだもの」 「‥‥約束、か」 眩しそうにフィンを見つめたのは燃えるような紅い髪の少年であった。年齢はフィンとそうは違わないはずのにひどく大人びて見える。それは冷然たるその面持ちのせいであるのかもしれない。 名を神咲六花(ia8361)というのだが、その氷の仮面に時折ひびがはいる時がある。フィンを見る時だ。 その際に抱くものが友情以上のものであることに、同年齢の者達よりは遥かに利口なこの少年は気づいていない。そうと気づくにはあまりにも六花は純粋にすぎた。 「約束を守る事は大切だ。ところで」 六花はメヒに眼を転じた。 「クビュヌについてなのだが」 「一度だが遭遇したことがある」 メヒはこたえた。 「マミーとよばれるアヤカシだ。が、奴は他のマミーとは違う」 「マミーかあ」 フィンが顔を顰めた。その心魂を縛るものがある。恐怖だ。 実は先日、フィンはマミーと相対したことがある。その際、彼女は一矢も報いることなく瀕死の淵まで追い込まれてしまったのだ。 「怖気づくな、あたし」 砂上グライダーの操縦桿を握るフィンの手が震えた。一度心に刻み込まれた恐怖心はそう簡単に消えることはない。 そのフィンの手をじっと見つめる者があった。 男。岩でつくりあげたような感のあるがっしりとした体躯をしている。また三十前であろうが、そうは思えぬ沈毅重厚の雰囲気があった。 「‥‥恐怖心、か」 男――蘭志狼(ia0805)は髪の元結に手をのばした。それこそは妻の贈り物であった。 志狼の妻は心優しい女であった。無骨な彼を愛してくれていた。その妻が子を授かった。そのことを知った時、普段無口な志狼が手放しで喜んだものだ。 その妻は今はいない。アヤカシに殺されてしまったのだ。腹の子と一緒に。 「アヤカシめ。ここでもまた人の愛を踏みにじるか」 身裡にわいた凄愴の殺気をおさえ、志狼はメヒを見た。 「古の船だが」 いつごろからその場所にあったのかと志狼は問うた。すると詳しいことはわからぬとメヒはこたえた。 「それでイズディハール達を調べにむかわせたのだが」 「クビュヌに襲われたのですね」 一人の娘がいった。整った顔立ちであるのだが、どういうわけか地味な印象がある。 見返したメヒであるが。ふっ、とメヒは眼を見開かせた。思わず娘――桂杏(ib4111)の瞳に引き込まれそうになったのだ。 桂杏の瞳の奥には星の煌きがあった。闇を貫いてはしる銀色の光が。 「‥‥あ、ああ」 「お一人で救援が到着するまで戦い続けられるほどに甘い相手とは思えません。何処かに身を潜めていられる場所はありませんか」 「ない」 きっぱりとメヒはいいきった。巨船は大砂漠の只中にある。辺りは一面砂の海で、隠れる場所などあろうはずがなかった。 「では可能性があるのは」 古の巨船。 桂杏はいった。 ● 碧に瞳を光らせた鷹が舞う。呪的素子により仮初に構成されたものだ。六花の人魂である。 その鷹を追うように九機の砂上グライダーが地をすべっていた。遠くに異様なものが見える。 要塞の如き巨大な建造物。横倒しになった巨船だ。 「あれが」 思わずといった様子で秋桜が口をひらいた。その時だ。 突然砂が盛り上がった。巨船よりも砂に眼をむけていた銀姫が叫んだ。 「出たよ〜♪」 「わかりました」 素早く久遠が操縦桿を操った。わずかに機体を傾け、盛り上がった砂を避ける。 「あっ」 と声をあげたのは銀姫であった。操縦能力の低い彼女の操る砂上グライダーがまっしぐらに突き進んでいったのだ。盛り上がった砂めがけて。 他にも盛り上がった砂を躱すことができなかったものがいる。六花とフィンだ。 砂が渦を巻いて散った。現れたのは穢れた包帯を巻きつけたアヤカシ。マミーである。 避けきれなかった砂上グライダーがマミーと激突した。マミーははじきとばされたが、同時に砂上グライダーはバランスを失い、砂上に墜落した。六花とフィンが投げ出され、砂に叩きつけられる。 あっ、と再び銀姫の声があがった。彼女の眼は見とめていたのだ。空に舞い上がったマミーの姿を。 そのマミーは他のアヤカシとは違った。一言でいえば身ごなしであろうか。その事実を、森羅万象を観察し続けてきた銀姫のみは見抜いた。 「クビュヌ!」 「そうだあ!」 マミー――クビュヌの拳が唸った。銀姫が殴り飛ばされる。 「クカカカ。死ね!」 クビュヌが銀姫に襲いかかった。尖った黒いクビュヌの爪が銀姫の首にのび―― 爪がとまった。薙刀の刃によって。 「クビュヌ」 薙刀がクビュヌの腕をはねあげた。そして薙刀の主、久遠は告げた。 「死ぬのはお前だ」 「ぬかせ、エサが」 「誰が餌ですか」 砂を踏みしめた少女が問うた。秋桜である。 ゆら、とマミーが動いた。秋桜に掴みかかる。 唸るマミーの腕を、しかし秋桜はかるく躱してのけた。マミーの腕をすり抜けざま空に跳ぶ。宙で身を回転させ、砂に降り立った。 「火遁」 秋桜がいった。わずかに遅れてマミーの頭部が燃え上がった。 ● 「やってくれたね〜♪」 銀姫がむくりと起き上がった。その手はすでに琵琶を掴んでいる。平家琵琶と呼ばれるもので、五本糸の白琵琶であった。 銀姫の眼が素早く動いた。敵味方の位置を把握する。 「フィン、砂上グライダーに。今なら乗れるよ〜♪」 銀姫は指示した。さらにメヒにむかって、 「メヒは巨船へ〜♪」 叫んだ。イズハディールの顔はメヒしか知らぬ。行ってもらわねば困るのだ。 「わかった」 メヒが砂上グライダーを巨船にむけた。その瞬間、クビュヌが動いた。 「ゆかせるか」 「それはこちらの台詞です」 桂杏の手の手裏剣がぐんと巨大化した。 「ふんっ」 自身の背丈よりも大きなそれを、軽々と桂杏は投擲した。唸りをあげて飛ぶそれを避け得る者がいようとは思えない。 いや―― 桂杏の放った手裏剣は空しく地に落ちた。包帯にからめとられて。 恐るべし。クビュヌは包帯を触手のようにのばし、飛来する手裏剣にからみつかせたのであった。 「クカカカ」 哄笑をあげてクビュヌはメヒを追った。砂の上とは思えぬ迅さである。クビュヌの身体からのびる包帯がメヒの砂上グライダーにのび―― クビュヌの足がとまった。その背がびりびりと震えている。雷鳴にも似た大音声によって。 「待て!」 志狼が吼えた。 クビュヌがゆるりと振り返った。落ち窪んだ眼が赤光を放つ。 志狼は長槍の穂先をクビュヌにむけた。 「貴様の相手はこの俺だ。蘭志狼、推して、参る!」 ● 「あれは」 メヒの眼がかっと見開かれた。 巨船の側。砂に幾つかの頭が覗いている。その一つがイズハディールの首であったのだ。 「砂に埋められている?」 狐火は額に意識を集中させた。 第三眼開眼。練り上げた練力が聴力を増幅させる。 「ぬっ」 狐火は呻いた。巨船の中に無数の音がある。 その事実を告げると、メヒもまた唸り声をあげた。 「やはり古の巨船はアヤカシの巣であったか」 引き返すべきか。メヒは迷った。誰よりも勇猛ではあるが、同時に彼は冷水のような慎重さをも備えていた。 「あたしは助ける」 フィンは砂上グライダーの速度をあげた。 ● 銀姫の手が激しく動いた。琵琶が鳴る。 その旋律にあわせるように久遠と志狼が動いた。燃える陽光をはねて薙刀と槍が躍る。 久遠の薙刀は旋風、志狼の槍は稲妻であった。マミーを薙ぎ倒す。その様子をじっとクビュヌは見守っていた。 おかしい。 琵琶を弾きつつ、銀姫は首を傾げた。クビュヌの様子に違和感を覚えたのだ。その様はまるで獲物を待つ蜘蛛のようで。 銀姫は気づいた。クビュヌの身からほどけた包帯が砂中にもぐっている! その時だ。砂がはじけた。 あっ、と呻いたのは久遠である。その手に包帯がからみついている。志狼の手にも。さらに秋桜の足にも。包帯は砂中からのびていた。 「はっ」 桂杏のみ獣なみの速度で跳び退った。砂中から噴出する包帯を躱す。 「クカカカ。かかったな」 クビュヌが哄笑をあげた。刹那、一斉にマミーが襲いかかった。 「させません」 桂杏の手の手裏剣が巨大化する。が、その眼前にクビュヌが迫った。迅い。 「お前の相手は俺だ」 クビュヌの手から包帯がとんだ。さらに跳び退った桂杏の手からは手裏剣が放たれた。 ぐふっ。 苦鳴はクビュヌの口からもれた。その腹に巨大な手裏剣が突き刺さっている。が、桂杏の両手と首には包帯が巻きついていた。 「たいした小娘だが。もう逃しはせんぞ」 包帯が桂杏の首と腕を締めあげた。ミキリッと骨が異音を発する。 兄様。私、ここで死ぬの? 桂杏の意識が暗黒の淵に沈みかけた。刹那―― マミーが吹き飛んだ。 舞い散る砂塵。その中にぬうっと立ち上がった者がいる。久遠と志狼だ。 「毒如きで」 「俺達をとめることはできぬ」 久遠と志狼が足を踏み出した。信じられぬものを見るようにクビュヌの眼の血光がゆらぐ。 「馬鹿な――。クク」 クビュヌの眼が再び赤く光った。久遠と志狼ががくりと膝を折ったからだ。やはり毒は効いていたのであった。 「クカカカ。では、まず小娘の生気を喰らうとするか」 悠然と歩み寄ると、クビュヌは桂杏の首に手をのばし―― クビュヌの手がとまった。その首から刃の先端が突き出ている。 「わたくしに毒は効かないのでございますよ」 ニッ、と笑うと、秋桜は忍刀――蝮を手に跳び退った。そして志狼が用意していたヴォトカをクビュヌに振りかけた。 「塵になっていただきます」 秋桜の笑みを紅蓮の炎が彩った。 ● フィンの口から悲鳴に似た声が発せられた。 唯一息のあったイズハディールを砂から掘り出そうとしたのだが―― 砂から現れた首から下。無残にも胸の辺りが木乃伊のように干からびていた。息があるのが不思議なくらいだ。 「もういい。イズハディールは助からぬ」 メヒが眼をあげた。巨船の上部に黒々とした影がわいている。アヤカシの群れだ。 「とどまってはいられぬ。ゆく――」 「いやだ!」 フィンが叫んだ。そして両手を使って砂をかきはじめた。 「マストゥーレフさんと約束したんだ。きっとイズハディールさんを連れて帰るって」 「フィンさんならそういうと思っていたよ」 六花は苦笑をうかべた。狐火はやれやれとばかりに肩を竦めてみせる。 「仕方ありませんね。もう少し遊んでいきますか」 狐火が針短剣――ミセリコルディアをかまえた。六花は呪力を展開。巨大な炎の輪が現出した。その輪の中心には六芒星が燃え盛っている。 一斉にアヤカシが飛び立った。蝙蝠のものに似た翼をもつモノ、人面の猛禽など。殺戮の悦びに奇怪な哭き声をあげている。 ははは、とメヒは高らかに笑った。そして剣を抜き払い、迫りくるアヤカシの群れを睨み据えた。 「面白いぞ、異郷の戦士達。このメヒ・ジェフティ、久しぶりにベドウィンとしての血のたぎりを覚えたわ!」 ● 満身創痍の開拓者とメヒが戻ったのは、まだ陽光が白く燃えている頃であった。久遠と志狼の姿もある。毒はメヒの所持していた毒消しによって治療されていた。そして―― イズハディールの姿もあった。 「帰ってきたよ」 「うん。愛してる」 マストゥーレフがこたえた。が、その声がイズハディールの耳に届いたかどうかはわからない。ただイズハディールは微笑んでいた。 今、約束は果たされたのであった。 |