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■オープニング本文 ● 鈍色の雲の切れ間から、眩い光が差し込んでいる。 その光をあびて、異様なモノが対峙していた。 巨人だ。身の丈はおよそ三メートルほどもあろうか。甲冑を全身にまとった騎士のように見えた。 遠雷。ジルベリアの宝珠技術によって産み出された特殊鎧であった。 そしてもう一体。これは白銀に輝いていた。顔は人間にそれに近く、フォルムもほっそりとしており、しなやかであった。 「では」 二体のアーマーを見守っていた男が手をあげた。 それが合図であったか。遠雷が動いた。同時に白銀のアーマーも。 一瞬後、二機のアーマはその位置を入れ替えていた。ややあって遠雷が地響きをあげて倒れた。すりぬけざま白銀のアーマーの剣が遠雷の胴を薙いだと見とめ得た者がいたか、どうか。 白銀のアーマーの胴部装甲が開いた。 操縦部シートに座した操縦者がヘルメットを脱いだ。現れた顔は可憐な美少女のものだ。 「第四世代アーマーか。なかなかのものだ」 美少女は用意された階段を使って降りてきた。 輝く金髪は無造作に後で束ねられ、背に流されている。アイスプルーの瞳に口ぶりほどの興奮の色はない。 ユリア・ローゼンフェルド。皇帝親衛隊隊長である。 ユリアは白銀のアーマーを見上げ、 「装甲、パワーは遠雷を遥かに上回っていながら、機動性も向上している。貴君らの技術力はたいしたものだな」 「ありがとうございます」 礼をのべつつ、しかし舌を巻いているのは帝国工房の技術者である男の方であった。 皇帝親衛隊に実験的に配備された十三体の第四世代アーマー。計算上、確かに第四世代アーマーの戦闘力は遠雷を凌ぐ。が、今、眼前で見たほどの違いはないはずだ。 では、何故二体のアーマーの戦闘力に雲泥の差があったか。それは機体の性能というより、搭乗者の技術の差というべきだろう。 通称十二使徒と呼ばれる皇帝親衛隊の戦力は一軍にも匹敵するといわれる。先ほどのユリアの戦いぶりを見るに、その噂もあながち大げさではないと男は思った。 と、地鳴りに似た響きをあげて一体のアーマーが歩きよってきた。こちらも遠雷ではない。 白銀のアーマーよりもさらに細く、躍動的な機体であった。色は蒼。胸の紋章は雷であり、手には巨大な槍を握っている。 胴部装甲が開いた。鋭い眼の巨漢が姿を見せる。 「隊長。いかがですか、ランスロットの調子は?」 「なかなかのものだ」 ユリアはこたえた。 「で、スバルタク。パーシヴァルの乗り心地はどうだ?」 「多少パワーに不安は残りますが、機動性に関しては文句はありませんな」 「ふむ」 ユリアはランスロットとパーシヴァルを見比べた。 パワーと機動性、装甲など、ランスロットはすべてにおいてバランスのとれた機体であった。比してパーシヴァルはパワーと装甲を多少犠牲にし、その分機動性をあげている。実験配備された十三体のアーマーのうちの十二体は十二使徒にあわせてチューンナップされていた。 「ガウェインは」 ユリアは眼を転じた。その視線の先には架台にセットされたままの真紅の機体がある。 攻撃特化されたアーマー。ガウェインである。 胸には太陽の紋章。右手に遠雷のものを遥かに超える巨大な剣を握っている。 「ロランは?」 ガウェインが沈黙したままであることに気づき、ユリアが問うた。するとスパルタクは苦く笑い、 「またどこぞで昼寝でもしているのでしょう。探してまいりますか」 「かまわん」 ユリアはひらひらと手を振った。 ● 深い闇のおちる街路を一人の男が歩いていた。 二十歳ほど。黒髪黒瞳の、端正な風貌の若者だ。 と―― 若者の足がよろけた。酒に酔っているのである。 気をつけてね、と声がした。 若者の背後にある一軒の家屋の窓に人影が見える。艶然とした美女だ。 名はクリスティーナ。若者の馴染みの酒場の女である。 背をむけたまま若者は手をあげると、再び歩き出した。そしてどれほど時がたったか―― 若者は足をとめた。 「いつまでついてくる気だ?」 「気づいていたか」 数人の男がふっと姿をみせた。 「さすがはロラン・ジュー。十二使徒の一人だけのことはある」 「ほう」 若者――ロランはニヤリとした。 「俺をロランと知ってのことか。只の物取りではなさそうだな」 「やれ」 男の一人が命じた。すると他の男達が剣を抜き払った。殺到する。 無数の風音がした。それが止んだ時、荒い息の音だけが闇の街路に流れた。 驚愕に身を強張らせつつ、数人の男が激しく肩を上下させていた。彼らの剣を、ロランは悉く躱してのけたのである。 その時、やめろ、と声がとんだ。 「お前達が束になってもかなう相手ではない」 闇に、朧に浮かぶものがあった。顔だ。いいや―― それは仮面であった。銀色で、眼のみ開いている。闇色のフードでもかぶっているのか他の部分は見えない。 その仮面は、かつて十二使徒の一人であるサーシャ・トリストラムの依頼――クルィークなる傭兵団が目論む叛乱の意味を探ること――を受けた開拓者の前に現れたものと同種であるが、無論、この時のロランは知らない。 ロランの眼が眇められた。 「どうやら貴様が親玉のようだな。――何者だ?」 「私のことなどどうでもよい。それより」 仮面の者がコートの裾をはねあげた。その瞬間、ロランほどの男の口からひび割れたような声がもれた。 「クリスティーナ!」 「ふふふ」 含み笑うと、仮面の者は命じた。 「女を生かして返してほしくば、エリザベータ皇女を殺せ」 ● 闇の深くなった街路に、寂然とロランは立ち尽くしていた。さすがに苦悩の翳がその精悍さの滲む顔におちている。 仮面の者のいうエリザベータ皇女とはレナ皇女の腹違いの姉であった。さすがにロランは皇帝親衛隊だけあって何度も対面したことがある。高貴さに満ち、それでいて優しげな女性であったが、どこか儚い寂しさのようなものがまとわりついていた。それは生来の病弱さによるものであるかもしれないが――。 そのためもあろうが、エリザベータ皇女はめったに人前に姿を見せない。が、皇帝親衛隊たるロランなら謁見はかなう。それが、おそらくは仮面の者の狙いであろう。 エリザベータ皇女殺害が成るか、と問われれば、成るとロランは考える。無論、方法論においてはだ。 エリザベータ皇女も皇族である以上、親衛隊が側についている。選び抜かれた手練れ揃いの騎士達だ。が、騎士中の騎士である皇帝親衛隊、すなわちロランにとって突破は可能であった。 とはいえ精神論においては別だ。さすがに皇族に手をかけることはできない。しかしクリスティーナを見殺しにするわけにも―― 「‥‥やはりクリスティーナを助け出すしかないだろうな」 ロランはニヤリとした。この困難な状況が楽しくてたまらぬように。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
ルー(ib4431)
19歳・女・志
アリア・シュタイン(ib5959)
20歳・女・砲
ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)
13歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● ジェレゾからやや離れた宿屋の一室。 細い手が上がり、金色の仮面をはずした。中から現れたのは可愛い少女の顔で。 「ふぅ」 大きな溜息をフィン・ファルスト(ib0979)は零した。先ほど酒場に立ち寄り、行方不明者捜索の依頼を出してきたところであった。 「ご苦労だったな」 苦笑をもらしたのは燃えるような赤髪の少年。フィンと同じ年頃だろうか。冷然たる相貌の故か、どこか老成した雰囲気がある。 「大丈夫。クリスティーナさんを助けるためだもの。へっちゃら」 フィンが拳を握り締める。その姿を少年――神咲六花(ia8361)という名の陰陽師は眩しそうに見た。 幼い頃浚われ、シノビの里に売られた六花は甘えることを知らず、そのせいかどこか斜にかまえたところがあった。が、フィンは彼とは違う。どこまでも真っ直ぐだ。 「女を人質に取るとは。‥‥下衆が!」 吐き捨てたのは凛然たる娘であった。輝く銀髪を背に流し、紅玉色の瞳に強い光をうかべている。組んだ腕に垂れる乳房は思いの外大きい。 娘――アリア・シュタイン(ib5959)は壁に立てかけてあった銃を取り上げた。 「クリスティーナを助けたあと、必ず思い知らせてやる」 「そのクリスティーナ嬢ですが」 一人の若者が冷笑をうかべた。 その笑みにふさわしい秀麗な美貌の持ち主。狐火(ib0233)と名乗るシノビはさらに笑みを深くすると、 「依頼そのものはやれやれですが、クリスティーナ嬢には興味がわきましたね」 「ふざけるな」 アリアが狐火に銃口をむけた。いつ構えたのかわからない。 「まあまあ」 おどけた声をあげ、そっとフリントロック銃に手をおいた者がいる。フードに全身を包んだ男で、色は青白く、骨に皮をはりつけたように細い。まるで異界の住人のように幻想的な雰囲気をまとわせていた。 アリアが男をにらみつけた。 「邪魔をするな、ディディエ・ベルトラン(ib3404)」 「邪魔をするつもりはありませんがね〜」 男――ディディエは何を考えているのかわからぬ笑みを顔にはりつけたまま、 「ただこのような場所で〜、大きな音をたてられると厄介ですのでね〜」 いった。別に狐火のことは心配してはいないらしい。しかし〜、とディディエは続けた。 「面白いことになってまいりましたね〜。最初が陛下で次がエリザベータ殿下でございますか〜」 「敵のやり方は躊躇いが無いほど苛烈でありますね。外からの蜂起だけではなく、内部からの暗殺をも駆使するとは」 暗鬱に呟いたのはヘラルディア(ia0397)という名の少女であった。可憐で優しそうで、巫女を生業としているのだが、それも頷けるほどの端麗な美少女である。 と、別の娘が重い溜息を零した。鮮やかな紅の髪といい、謎めいた金色の瞳といい、流麗たる美貌の持ち主であるのだが、どこか拭いきれぬ翳があるのはどういうわけだろう。 ルー(ib4431)。角の折れた一角馬の神威人はひどく冷然と、 「それほど敵は本気だってことね」 敵。 ルーの脳裏にうかぶものがある。以前遭遇した銀の仮面をかぶった人物のことだ。 ロランの前に現れた銀仮面の人物。おそらくは同種の存在であろう。 「だとしたら、このまま終わらせるわけにはいかない。私のために命を失ったデニスのためにも」 ルーは独語した。刹那、その身から放散されたものがある。凄愴の鬼気だ。 「あっ」 突然声を発したのはヘラルディアであった。慌てた様子で周囲を見回す。 「ところでミレーヌ様はどこに?」 「うん?」 アリアは胸の内で舌打ちした。 ミレーヌ・ラ・トゥール(ib6000)。十三歳で、本人はいっぱしの騎士のつもりであるらしいが、アリアから見れば騎士の卵といってもいい存在だ。が、本人はそれを認めていない。だから突っ走る。それが良き方に働けばよいが―― ● ミレーヌは憤然たる足取りでジェレゾの城下町を歩いていた。 「人質を取るなんて卑劣な奴! それに皇女を殺せですって? そんなの絶対に許さないんだからッ!」 石畳の街路に靴音を響かせ、ミレーヌはひたすら目指していた。どこへ―― スィーラ城へ。 ● ジェレゾ城下。 中央にある広場近くに広壮な邸宅があった。ロランのものである。 そのロラン邸の表と裏を見張るようにして立つ二つの人影があった。共に男で、目つきが尋常ではない。 と、一人の男がロラン邸裏に立つ男の側に歩み寄ってきた。ぼそぼそと何事か言葉を交わす。 「ロランに動きはない、か」 低く呟く声は建物の陰からした。まるで建物の一部に化してしまったかのように隠れ潜む者がいる。狐火だ。 彼は男達のかわした言葉を聞き取っていた。その驚異的な聴力によって。 「これからどう鼠は動きますかね」 狐火はきゅっと笑った。 ● 夕暮れが近づくと共に、酒場の喧騒は増す。 その中、この場にはあまりそぐわぬ幾つかの人影があった。一人は白い祈祷服をまとった清楚な少女で、もう一人は胸甲を身につけた元気そうな少女だ。 と、突然胸甲をつけた少女が席から立った。店主のところにいき、フィンと名乗ると、何か仕事はないかと尋ねた。店主は、おお、と肯いた。 「行方不明者捜索の依頼があるぞ」 「あたしが受けるわ」 こたえると、フィンは背を返した。代わって店主の前に立った者がいる。アリアだ。 「この店にクリスティーナという美しい女性がいると知人から聞いたのだが」 「クリスティーナ?」 店主は怪訝そうに眉をひそめた。 「確かにいるが‥‥今は休みだ。何か用かね」 「い、いや。特に用というわけでは。ただ非常に美しい女性と聞いたのでな。そう。女性は男なんかより遥かに美しい存在で。ふふ」 アリアの口から含み笑う声がもれた。その眼には何やら熱い光がうかんでいる。 と―― アリアは気づいた。店主がニンマリと嫌らしく笑っている。アリアは慌てて首を振った。 「ち、違うぞ。私はそんな趣味はない」 そそくさとアリアが立ち去っていった。見送るかのように一人の男が席から立った。ディディエである。 「別嬪さんがいると聞いて来たのですが〜」 「あんたもクリスティーナかい」 「はい。‥‥ところでひとつお尋ねしたいことが。私のようにクリスティーナさんを目当てに通い、近頃顔を見せなくなった者はおりませんか?」 「いるぜ、一人。が、今日は顔を見せたな」 「何っ!?」 ディディエは酒場の中を見渡した。 「どこに?」 「さっき出て行った。赤い髪の娘を追っかけるようにな。綺麗な娘だったから」 店主の言葉が終わるより早く、ディディエは酒場を飛び出した。 ● 残照をあびて、ミレーヌは立つ尽くしていた。スィーラ城の前である。 皇帝親衛隊隊長であるユリア・ローゼンフェルドに面会したい旨を衛兵に伝えたのだが、当然聞きいれられるはずもなく。そこでひたすら待ち続けているというわけであった。 さすがにたまらず、ミレーヌは衛兵に詰め寄った。 「ユリア殿が無理なら皇帝親衛隊騎士のサーシャ・トリストラム殿でもいい。皇女のお命がかかっているのだ」 「馬鹿め」 衛兵はせせら笑って、 「サーシャ様がお会いくだされると思うか」 「サーシャがどうしたって?」 声が、した。少女のものらしい高い声音。 慌てて衛兵が姿勢をただし、ミレーヌが振り返った。一人の少女が立っている。 ミレーヌと同じ桃色の髪。眠たげな碧の瞳。年齢はせいぜいいって十代半ばというところか。 ミレーヌは眼を眇めると、 「サーシャ殿を知っているのか」 「貴様」 衛兵が喚いた。 「なんという口をきいている。こちらは皇帝親衛隊のアーニャ・ルービンシュタイン様であるぞ」 「この子、何?」 少女――アーニャが衛兵に問うた。衛兵が顛末を語ると、アーニャは、ふん、と鼻を鳴らし、 「いいわ。サーシャに伝えてきてあげる」 いい捨てると城の中に消えた。 ややあってのことだ。一人の若者が姿をみせた。それだけで残照の光度が増したかのようで。 輝くばかりに美しい若者であった。見慣れているはずの衛兵すらも一瞬息をのみ――サーシャである。 ミレーヌの顔に複雑な色が滲んだ。喜色と怒色である。 「本当は今すぐにでも馳せ参じたい所だが、親衛隊どころか正式な騎士ですらない私では、それも叶わない。だから伝えに来たんだ」 ミレーヌがロランの一件を語った。 「もしかするとロラン殿を使わずともエリザベータ皇女が討てるのかも知れず‥‥私の杞憂であればよいが」 「わかった」 冷厳たる相貌でサーシャは肯いた。 「隊長に伝えておこう」 「宜しく頼む」 ミレーヌが背を返した。サーシャは遠くなるその影をじっと見つめ―― 「あれがミレーヌか」 声がした。サーシャの背後で。 声の主は金髪蒼瞳の美女であった。可憐な相貌であるが、その蒼の瞳は猛禽の如く鋭い。ユリアである。 サーシャは背をむけたまま、 「どうですか」 「未熟だな」 ユリアはあっさりと切って捨てた。 「知も技も何もかも。が、大事なものをもっている」 「大事なもの?」 「魂さ。騎士の精神といえばよいか。――あの娘、鍛え方次第で面白い騎士に仕上がるかもしれぬ」 ユリアは楽しげに微笑った。 ● 少し前―― 白い祈祷服をまとった少女が酒場から姿を見せた。ヘラルディアである。 と、酒場の前に佇んでいた若者が歩み寄っていった。手に花束を抱えている。笛を携えており、吟遊詩人に見えた。 「美しいお嬢さん、詩はいかがですか」 声をかけると、若者はすっと顔をよせた。そして囁いた。 「酒場を見張っている男がいる。君を見たとたん様子がおかしくなった。気をつけるんだよ」 「詩はけっこうです」 こたえるとヘラルディアは足をすすめた。見送る若者の瞳には、その華奢な背は映っていない。彼の眼は――繋がった人魂である燕の眼は高空から一人の少女を見下ろしている。ルーだ。 いや、正確にいうとルーではない。ルーを尾行する男である。男は酒場からルーを尾行していた。 ルーは利口だ。尾行者の存在は予期しているだろう。若者――六花はくすりと笑った。 「ルーに引っ張りまわされるといいよ」 ● しんと静まった深夜。 闇に浮かぶものがある。銀の仮面。その前には一つの黒影が佇んでいる。 「なるほど。開拓者か」 銀の仮面から軋むかのような声がもれた。 サーシャとかかわりのあった開拓者が、ロランとかかわりのある酒場に現れた。これは果たして偶然であろうか。 「もしもということがある。手をうっておくにこしたことはあるまい」 銀の仮面の奥の眼がぎらりと光った。 ● 先ほどまで空を覆っていた鈍色の雲が切れ、陽光がさした。 白く浮かび上がったのは古い倉庫で。じっと見つめるのは狐火であった。 すでに四日め。フィンの探索は効を奏さなかったものの、昨日狐火は監視者を尾行し、その潜伏場所を探り当てていた。その常超の聴覚により、女のものらしき息遣いも聞き取っている。 ヘラルディアの身から燐光が散った。呪的素子ともいうべきその粒子は空間に展開し、結界を形成する。 ヘラルディアは首を振った。倉庫内部にアヤカシの存在はない。 「ではやりますか〜」 まるで遊びに興じているかのようにディディエが立ち上がった。空に指で複雑な紋様を描く。同時に呪文詠唱。虚数界面に干渉し、熱量を解放―― 倉庫前に佇んでいた見張りらしき男が地に腰をおろした。異常な眠気に耐えられなくなったかのように身を横たえる。 フィンが飛び出した。倉庫のドアを蹴り開け、中に飛び込む。 内部には狐火の予想通り四人の男がいた。それぞれ椅子に座していたが、ぎくりとして立ち上がった。 「何だ、お前――」 皆までいうことはできなかった。怒鳴りかけた男の眼前にルーが迫っている。驚異的な襲撃速度であった。 ルーが銃を男の胸にポイントした。やや遅れてフィンもまた別の男に殺到した。 「ぬんっ」 フィンが薙刀を閃かせた――というより振り回した。としか形容のできぬ一撃で。 轟、と風をまいた一閃は男を文字通り吹き飛ばした。壁に激突した男の首はありえぬ方に曲がっている。こちらは恐るべき怪力の持ち主であった。 「くそっ」 残る二人が逃げ出した。が、ドアから飛び出したとたん、二人はもんどりうって倒れた。 一人は足から血を噴き出させている。もう一人の足には奇妙で、しかし美しいものがからみついていた。雪の結晶をつなぎあわせたようなもの。物質化した呪力である。 ふふ、と。男を見下ろし六花は笑った。 「諦めるんだな。僕から逃げることはできない」 「おのれっ」 男が手の銃を六花にむけようとし――別の銃によってはじかれた。その銃の銃口は男の顔面をポイントしている。すでに弾丸は再装填されていた。 「足ではなく、顔を吹き飛ばされたいか。卑怯者共め。恥を知れ」 冷ややかにアリアが告げた。 ● フィンとルーの襲撃からやや遅れて狐火も倉庫に侵入した。入り口は一つしかなかった為だ。 奥にドアが見えた。女の息遣いはそこからしていた。 黒い疾風と化して狐火は馳せた。ドアを開け、中に飛び込む。 椅子に縛られた女が一人いた。目隠しされ、猿轡をかまされている。 「もう大丈夫ですよ」 狐火が猿轡をはずした。 「クリスティーナさん。助けにきました」 「わたしは」 女は荒い息とともにこたえた。 「イロナよ。クリスティーナじゃないわ」 その翌日の早朝。 スィーラ城下を流れる川でクリスティーナの遺体が発見された。 ● クリスティーナの墓碑に一輪の花を添えるとロランは立ち上がった。背をかえし―― ロランは足をとめた。一人の少女がぽつんと立っている。フィンだ。 「ごめんなさい」 フィンの眼から涙が溢れ出した。哀しくて、悔しくてたまらなかった。 と、ロランの指がフィンの頬にのびて――ぎゅっとつまんで、左右にひっぱった。 「よくのびるなあ、お前のほっぺは」 「ロランさん!」 フィンがぷくりとふくれた。ロランという男、何を考えているのか良くわからない。 ロランはくすりと笑うと、 「泣くな、フィン。泣いていてはクリスティーナの仇はとれん。だろう?」 「はい」 フィンは眩しそうにロランの顔を見上げた。そして誓った。 あたしはもっと強くなる。この人よりも。すべての人を守ることができるように―― ● 立ち去るロランとフィンを見送る人影があった。手に花束を抱えている。 ユリアであった。 クリスティーナの墓碑に歩み寄ると、ユリアは花束を供えた。眸を閉じ、手を合わせる。 再び眼を開いた時、そのユリアの瞳には不審の光がゆらめいていた。 エリザベータ皇女暗殺計画の裏で皇位継承者が暗躍しているのではないか。そうディディエという開拓者が懸念していたそうである。 なかなかの慧眼だ。故にユリアも調査を行ったのだが―― 皇位継承者は八人いる。しかし、その八人におかしな動きはみられなかった。まったくといって。 「もしかすると」 ユリアの眼が微かに光った。 |