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■オープニング本文 ● 渡月島に急造された飛空船工房では、天儀のみならず泰国、ジルベリアから集められた船大工と宝珠加工職人達が、長く続いた作業の終了に揃って地面に座り込んでいた。 「こりゃあ、軍船だ」 「軍船だって、こんな丈夫なのは滅多にねえよ」 彼らが見やる先には、最初見た時からこれまで、変わることなく荒れた様子しか見せない嵐の空がある。いつこの島も暴風雨に晒されるかと、彼らのその心配は杞憂だったが、注文通りの飛空船が完成した今は、別のことが気に掛かる。 「まさか、あたし達まで一緒に乗れなんて言われないかしら?」 「冗談じゃない。そりゃ騎士や開拓者の仕事だよ」 これまで渡月島では嵐を突破するための飛空船改造が、一三成の監督の下で行われた。 朝廷からの派遣だけでは二、三隻を改造するので手一杯だったろうが、各国の思惑が入り乱れ、あちこちから人手が送り込まれた結果、十隻を超える飛空船が軍船もかくやという強度と武装に加え、宝珠を追加されて推進力を増していた。これなら嵐も突破出来るだろうが、職人達でそんな危険な船旅に同行したい者はごく少数派だ。 もちろん黒井、一三成に、各国派遣の調査隊や利権を求めて来た商人達は、職人達より開拓者を乗せることを選んでいた。 ● 雲の海をぬけると、そこは砂の世界であった。 飛空船から見下ろす大地は黄色ただ一色。一面黄砂に覆われていた。 「これが新世界か」 この飛空船の持ち主であるマイヤー・グラウディンは空を見上げた。 太陽が白く燃えている。灼熱の光が降り注いでいた。寒冷の地であるジルベリアとは対極である。 暑い。ともかく暑いのだ。 当初、マイヤーは厚いコートをまとっていた。が、今はコートも脱ぎ、シャツ一枚という姿であった。 とはいえ袖をまくったりなどはしていない。露出した肌がじりじりと灼けるためだ。 「これが新世界か」 マイヤーは再び呟いた。 胸躍るものがある。この熱砂の世界に、彼は希望を見出していた。 何があるのか。いかなる者と出会うのか。楽しみでたまらない。しかし―― 黄砂の海の上空を渡るにどれほどの時が経ったか。見えるものは何もない。マイヤーは退屈し始めていた。 と、その時―― 声が響いた。見張りの船員のものだ。 「町が見えるぞ」 「な、何っ」 舷に駆け寄ると、マイヤーは眼を眇めた。確かに彼方に白い建物らしきものが見える。 「やったぞ」 マイヤーの顔が喜色に輝いた。 「あの町にむかえ!」 マイヤーが叫んだ。飛空船がゆっくりと進路を変える。 マイヤーは思わず舷に置いた手に力を込めた。 ついに新しい世界と出会うのだ。いったい何が待っているのだろう。 ゆるり、と。 町が近づいてくる。規模は小さい。建物は日干しレンガでつくられているようだ。 ごくりとマイヤーは唾を飲み込んだ。いよいよだ。いよいよ―― 「あっ」 思わずマイヤーは叫んでいた。町の外に異様な光景が見える。 争いだ。一方は人のようである。数は十を超えるだろう。 そしてもう一方は―― 「アヤカシ!?」 マイヤーの眼が驚愕に見開かれた。 それは異形であった。隆たる筋肉の体躯の男。が、下半身は蛇のそれである。 さらに数体。身体に汚れた布をまきつけている。木乃伊であるようだ。 戦いは異形のモノが優勢であった。次々と人らしき者達が倒れていく。 「助けるぞ。飛空船をおろせ」 マイヤーは叫んだ。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
ドクトル(ib0259)
29歳・男・魔
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
セラ・ルクレール(ib3540)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ● 「これが新世界――」 船主であるマイヤーと同じような絶句した者がいる。 美しい若者だ。二十歳ほどか。切れ長の眸に細く高い鼻梁という相貌は女性的ですらある。 名を香椎梓(ia0253)という志士は地平の彼方に眼をむけた。砂の海以外に見えるものはない。 このような過酷な地に、いったいどのような人が住んでいるのだろう。 梓の胸に期待と疑念が渦巻いた。 と、梓は傍らに立つ少女に気づいた。 金髪蒼眼。顔立ちは人形のように可愛いが、あまり表情はない。銃を手にしているところからみて砲術士であろう。 確か名はセラ・ルクレール(ib3540)―― そう梓が思った時、セラの口元に小さな笑みがういた。 「新しい土地、ですか。柄にもなくわくわくしちゃいますね」 「わくわく?」 梓はセラを見直した。そういえば瞳が輝いているように見える。梓はからかうようにいった。 「あなたでも笑うことがあるのですね」 「当然です。神威人とジルベリア人のハーフであるとはいえ、私も人間ですから」 セラはこたえた。 取り付く島のない口調。顔ほどには可愛げはない。可愛げがあるといえば―― 梓は眼を転じた。舷から身を乗り出すようにして地平を見渡している独りの少女にむけて。 「遥々来たよ〜新大陸〜♪ 未知のへの冒険を目指して、ボク達は〜♪ 飛空船仕立ててやって来たんだね〜♪」 謡うかのようにその少女――門銀姫(ib0465)は独語している。楽しくてたまらぬように。翼があれば虹にむかって飛びたってしまいそうな軽やかさがある。 その浮き立った姿につられるように、しなやかな肢体の若者が笑んだ。二十歳半ばほどの年頃で、飄然としている。あまり強そうには見えない。 「楽しそうですな」 背後から声がかかった。 若者が振り向くと、一人の男が立っていた。怜悧な相貌の持ち主で、その蒼の瞳は氷河の色に見えた。 「あんたは」 「ドクトル(ib0259)。あなたと同じ開拓者です」 「俺は崔(ia0015)だ」 崔が手を差し出した。男――ドクトルが握る。 その瞬間、崔の眼が素早く動き、ドクトルの得物を探った。ドクトルは剣とハンドガンを身におびている。崔の眉が不審そうにひそめられた。 「あんたは砲術士かい」 「これは鋭い」 ドクトルの顔に薄い笑みがうかんだ。そして自身の手に視線をおとした。 「私は魔術師です。この手の感触でわかったようですね」 「そういうこった」 崔はニヤリとした。 通常、サムライや砲術士には、得物を扱うに相当したタコが手にできる。が、ドクトルにはそれがなかった。 ドクトルは感嘆したように首をふると、 「あなたは興味深い存在だ。が、やはり新世界」 ドクトルもまた燃え立つ地平に眼をむけた。その瞳には好奇心の発する真っ白な光がゆらめている。 「月を意味する大地に何が眠るのか。いやはや興味深い。実に興味深いですぞ」 その時、大きな声がした。叫び声のようだ。 「どうした?」 駆けてくる銀髪の少女を崔が呼びとめた。 「わからない」 少女は可憐な相貌を振った。綺麗な銀髪がさらりと揺れる。崔は顔を顰めると、 「じゃあ、何で走ってんだ?」 「あっ」 少女――フィン・ファルスト(ib0979)は眼をぱちぱちさせた。彼女には、どうもそのようなところがある。 猪突猛進。おまけに困っている者を放ってはおけない。その気性のせいで、今まで何度危ないめにあってきたか。 「町が見つかったのです」 告げたのは、艶やかな蒼の髪の娘。名を志藤久遠(ia0597)というのだが。 惜しい、と崔は思わざるを得ない。 この久遠、実にいい女なのである。凛々しい相貌といい、瑞々しい肉体といい、男が放っておくはすがないとは思うのだが――いかんせん色気がない。 その崔の妄想を、次なる久遠の言葉が打ち砕いた。 「その町がアヤカシに襲われています」 ● 飛空船がゆっくりと降下をはじめた。黄茶色の砂の海が近づいてくる。 「残念ながらこっちの住人も、平穏に暮らしてるってわけやなさそうやな」 舷にもたれた男が大仰に溜息を零した。 鳶色の髪の青年で、端正な面立ち。印象としては崔と似ているかもしれない。 いわば春風駘蕩。名をジルベール(ia9952)という。 と、その崔が肯いた。 「‥ったく。何処の儀も物騒さは似たり寄ったりってか!」 マイヤーを呼ぶ。そして町を指差すと降下地点を指示した。わかった、というマイヤーの応え。 飛空船がわずかに進路を変えた。町に近づくにつれ、さらに明瞭な戦いの様子が見てとれる。 人らしき者達は、皆、白のワンピース状の衣服をまとっていた。すっぽりと身体を覆うそれは足首まで届いている。 頭には様々ながらの柄の布を巻き、リングでとめている。手には大きな反りのある剣をもっていた。 対するアヤカシらしき異形は天儀ではあまり見かけぬものであった。特に木乃伊のようなものは天儀での目撃例は皆無といっていい。 「あまり馴染みのないアヤカシ、ですね」 久遠が呟いた。冷静に敵を分析する。 半人半蛇のアヤカシは巨大で、力が強そうであった。それでいて動きが素早い。 木乃伊の方であるが。こちらも半人半蛇のアヤカシほどではないが、動きは速い。 「こいつは拙いなあ」 崔が地を見下ろした。眼下に広がるのは一面の砂だ。 いまだ戦ったことのない戦場。砂は開拓者の足をとり、動きを阻害するだろう。 「それもそうですが」 久遠の面を憂慮の翳が覆った。 アヤカシの正体は知れぬ。その戦闘能力も。それが一番の問題であった。 久遠は告げた。 「まずは私が。鎧で敵の攻撃を防ぎ、手の内を探って――あっ」 久遠が愕然たる声を発した。飛空船から飛び降りた人影を見とめた故である。 「あれは」 「フィンだ。あの馬鹿――」 フィンを追って、崔もまた身を躍らせた。 ● フィンは焦燥の念の滲む眼を地にむけた。 突然現れた飛空船に驚き、戦いは一時ゆるんだ。が、再び始まったそれはかえって激しさを増している。 形勢は圧倒的に人側の不利だ。時をおけば戦っている者達は皆殺しにされ、アヤカシどもが町中になだれ込むだろう。 「早くしないと。――ここなら平気かな」 かなり地面が近くなってきた。とはいえ飛び降りるのはまだ高い。 その時、苦鳴が聞こえた。また一人、アヤカシの爪にかかって倒れたのだ。舷をつかむフィンの手に力が込められた。 「もう、これ以上は待てない」 フィンの内の自身を気遣う配慮を、他者を思いやる優しさが上回った。フィンとはそういう少女である。 フィンは身を舞わせた。風を切って落下。砂塵を上げた着地した。 衝撃は思ったよりも大きかった。足に激痛がはしる。それでもフィンは立ち上がった。 何かがフィンの背を押していた。足を引きずるようにしてフィンは駆けた。 「加勢します! 体勢を立て直して!」 フィンが叫んだ。アヤカシと戦う人々が顔をむけた。どうやら言葉は通じるようだ。 と、一体の木乃伊が向きを変えた。フィンの方に。 次の瞬間、木乃伊が動いた。干からびた身体に包帯のようなものを巻きつけているのだが、その身ごなしはフィンの想像を超えて敏捷であった。 「ふんっ」 砂を蹴立てて殺到する木乃伊めがけ、フィンは盾を叩きつけた。いや―― フィンの盾は空を切った。木乃伊の姿は空を舞っていたのだ。信じられぬ跳躍力であった。 化鳥のような声を発しながら木乃伊が襲いかかった。咄嗟にフィンが飛び退ろうとし――激痛が足を貫いた。動けない。 木乃伊の爪が疾った。フィンは顔面を腕で庇ったが、肉を抉り取られた。 「おのれっ」 フィンは腰の剣に手をのばし――愕然とした。腕が動かない。いや、身体全てが。痺れてしまっている。 恐怖にフィンの眼がカッと見開かれた。その首に木乃伊の真っ黒な口が迫る。 「馬鹿が」 木乃伊が吹き飛んだ。ぶち込まれた棒状のものによって。 それは八尺棍であった。操る者は――崔! ● するすると半人半蛇のアヤカシが動いた。砂上をすべるかのような身ごなしは人の対応速度を遥かに超えている。 砂界の者達が湾曲刀を閃かせたが無駄だ。嘲笑うかのように半人半蛇のアヤカシが刃をかいくぐった。 次の瞬間だ。 血飛沫が散った。半人半蛇のアヤカシの鉄の爪が砂界の者達を切り裂いたのである。そのまま半人半蛇のアヤカシは町へと―― ぴたりと半人半蛇のアヤカシは動きをとめた。前をふさぐように石の壁が現出している。ドクトルの魔術だ。 さらに半人半蛇のアヤカシの眼下の砂に二本の矢が突き刺さっていた。そして、その身には一本の矢が。 「邪魔スルカ」 半人半蛇のアヤカシが黄色く底光った眼をむけた。巨大な弓をかまえたまま、ジルベールはニヤリとした。 「当たり前や。こう見えても、俺達は正義の味方やで」 「お前達はいったい――」 残る砂界の者が戸惑った眼をむけた。当然である。開拓者達は見慣れぬ存在であった。 するとジルベールは笑みを転じて、 「いうたやろ。正義の味方やて。さあ、今のうちに怪我人を助けるんや」 「これを」 梓が薬草を放った。そして抜刀する。半人半蛇のアヤカシの前に立ちはだかった。 「こいつらは私達に任せてください」 「ヌカセ」 半人半蛇のアヤカシが顎をしゃくった。その瞬間、残る一体の木乃伊が怪我人めがけて襲いかかった。 ● 崔が怒鳴った。 「勝手なこと、すんじゃねえ!」 「でも」 フィンが歪んだ顔をあげた。迎えたのは崔の微笑だ。 「わかってるさ。フィンの気持ちは」 崔は素早く視線を巡らせた。 先ほど吹き飛ばした木乃伊がむくりと身を起こした。さらには二体の木乃伊が迫りつつある。 「私が」 久遠が前に出た。崔が叫ぶ。 「気をつけろ。フィンの様子が変だ」 「フィン殿の?」 久遠の眼がちらりとフィンにむいた。 直後、二体の木乃伊が久遠に飛びかかった。疾る爪はふたつ。 「遅い!」 久遠の両腕が同時に舞った。汚らわしく尖った爪をはじく。防盾術の達人の防御を突破することは不可能に近い。 が、衝撃がきた。それはさすがの久遠ですら持ちこたえることはかなわない。さらに下は不安定な砂である。足をとられ、久遠はよろめき倒れた。 「野郎!」 崔が馳せようとして足をとめた。身体を反転させる。旋風と化した八尺棍が砂塵をまきあげ、身を起こして襲いかかってきた木乃伊の首をはねあげた。 「久遠」 再び崔が向き直ったものの、遅い。二体の木乃伊のかさかさの口が久遠の真っ白な喉に―― 轟音。 一体の木乃伊が、見えぬ巨大な手にはたかれたように身を浮かせた。砂上に転がる。 久遠の身上の屈み込んでいた木乃伊が顔をあげた。その眼は白銀に煌く銃をかまえた一人の少女の姿をとらえている。 シャア、と木乃伊が威嚇の咆哮をあげた。いや―― 咆哮は半ばで消えた。少女――セラの放った弾丸が木乃伊の中に撃ち込まれたのだ。 恐るべし。セラは次弾装填時間をほぼ零とすることができる。 セラのひどく冷静な瞳が久遠にむけられた。 「早く」 「わかっています」 久遠が身を起こした。そして愕然とした。 身体が痺れている。首に一筋、傷がはしっていた。それでも―― 「ぬうっ」 久遠は立ち上がった。震える足を踏みしめて。 皆の盾になる。その想いが彼女に強大な力を与えていた。未知の魔力を打ち破るほどの。 ● 灼けた砂よりもさらに熱い炎の塊が空間を焦がしつつ飛んだ。次の瞬間、火の粉を撒き散らして燃え上がったのは木乃伊である。 ふむ、と感心したのはドクトルであった。その透徹した蒼の瞳には星の瞬きにも似た光がやどっている。 「木乃伊のアヤカシだけあって良く燃えますな」 落ち着き払って呟く。いや、そもこの男が動揺するなどということがあるのだろうか。 「ではアレにはどうですかな」 ドクトルは半人半蛇のアヤカシに顔をむけた。その眼が、おや、というように見開かれる。 蛇身部分にジルベールの矢が突き刺さっていたのだが。半人半蛇のアヤカシは矢を引き抜くと、その傷めがけて黒い液体を吹いた。すると―― 「傷がふさがる?」 「治癒能力があるってことかな〜♪」 銀姫はドクトルを見遣った。 「あっちの木乃伊を〜♪。ドクトルの炎の魔術が良く効くみたいだよ〜♪。半人半蛇は動きが速いからセラの方がいいだろうな〜♪」 「任せてください」 セラが駆けた。同時にトリガーを引く。 砂が爆ぜた。セラの放った弾丸に秘められた強大な破壊力によって。 が、人形めいたセラの可憐な相貌に苛立ちの色が滲んだ。半人半蛇のアヤカシの動きはあまりにも迅く、現段階におけるセラの狙撃能力によって捉えることは困難であったのだ。 「ならば」 セラの腕が視認不可能な速度で動いた。怒涛のように弾丸が唸り飛ぶ。 が、半人半蛇のアヤカシはその弾丸のほとんどを躱してのけた。弱点らしき頭は腕でかばっている。 「あっ」 ひび割れた声はセラの口から発せられた。眼が激烈な痛みに灼かれている。何が起こったのかわからない。 見とめたのはジルベールだ。半人半蛇のアヤカシはセラの眼に液体を吹きつけたのであった。 「まさか」 ジルベールは倒れた砂界の者を見た。様子が変だ。身体がどす黒く変色している。 その時、半人半蛇のアヤカシがセラに迫った。が、両眼の見えぬセラには逃れようもない。 「死ネイ!」 「させぬ!」 梓が跳んだ。軽々と宙を舞う。その手の珠刀――阿見が下方から薙ぎ上げられた。 「奴は毒を吐くで!」 ジルベールが叫んだ。その一瞬前、梓は半人半蛇のアヤカシの口が尖るのを見た。 白光一閃。 梓が地に降り立った。わずかに遅れて砂に落ちたものがある。半人半蛇のアヤカシの首だ。が―― 梓ががくりと膝を折った。眼を押さえて。 ● アヤカシは掃討された。が、開拓者にも多大な損害があった。梓と久遠、フィンとセラが毒に侵されてしまったのだ。 「解毒薬は?」 さすがに焦りの滲んだ眼をジルベールは町の者にむけた。が、町の者は苦しげに首を振るだけであった。 「すまない。ここには」 町の者は声を途切れさせた。アヤカシの毒は致死性のもので、解毒薬がなければ死は確実であったのだ。 ジルベールは呻いた。 「そんな‥‥ここには、ないのか」 「あるぞ」 声は砂の海を渡って響いた。 陽炎に揺れる影がひとつ。はじかれたように顔をむけたドクトルの眼が驚愕に見開かれた。それは、いまだかつて彼が見たこともないもので。 衣服はこの町の者とあまり変らぬ。違いは煌びやかな装飾品を身につけていることぐらいである。それよりもドクトルの興味をひいたのはその人自身で。 それはしなやかな体躯をもっていた。細面の顔は端正で、浅黒い。そして―― 耳は細く長く、先端が尖っていた。 「俺の名はアシュラフ。異邦の者達よ。礼をいうぞ」 アシュラフ――エルフである若者は手を差し出した。ドクトルもまた。 その瞬間、二つの世界は結ばれたのであった。 |