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■オープニング本文 ● 小さな苦鳴に男は眼を開いた。 深夜。男は眠りかけていた。 何事か。男は身を起こした。 その時だ。戸がすうと開いた。 あっ、と男は息をひいた。 月光を背に影が立っている。異形の影が。 どうやら女であるらしい。額にみえるのは角であろうか。そして、その影は六本の腕をもっていた。 男は叫んだ。 「化け物!」 「アヤカシと呼んでもらおうか」 影はいった。そして自ら陽貴と名乗った。 「陽貴だと」 男の眼が驚愕に見開かれた。 陽貴といえば、更紗という人妖に取り憑き、未綿の里長である忠恒をたぶらかし、里を破滅の淵にまで追い詰めたアヤカシである。その陽貴は開拓者の攻撃をうけ、逃走していたはず―― 「アヤカシだ。であえ!」 男は叫んだ。が、応えはない。不気味な沈黙が辺りを圧していた。 「むだだ、義秋」 六本腕のアヤカシがいった。 「この屋敷の者はすべて殺した」 男――未綿の里の重鎮である義秋は絶句した。呆然と六本腕のアヤカシを見返す。 この時に至り、ようやく義秋は気づいた。六本腕のアヤカシの傍に小さな影が佇んでいることに。 その顔を義秋は知っていた。 人形のように美しい相貌。盲目であるのか、眼を糸のように閉じている。 人妖。更紗だ。 「馬鹿な」 義秋は愕然たる声を発した。 彼は確かに目撃したのだ。更紗が四散する様を。 と、六本腕のアヤカシの口が開いた。 「珊瑚と月夜はどこだ」 その時―― 物音がした。塀を飛び越える影がひとつ。 「この陽貴から逃れることができると思っているのか」 六本腕のアヤカシの姿が消失した。 ● 「シノビが戻ってきたと?」 正成が立ち上がった。 最近のことである。いまだ戦の爪痕の残る未綿の里に奇妙な噂が流れていた。六本腕の鬼女が跳梁しているという。 六本腕の鬼女といえば陽貴である。一時的であるとはいえ、未綿の里長となった正成が見過ごすわけにはいかなかった。それで彼は事の真相を探るためにシノビを放ったのであるが―― 家人は告げた。 「戻るには戻りましたがねすでに絶命。されど事切れる前に」 「何かいいのこしたか」 「はっ。陽貴と更紗と」 「何!?」 正成は怪訝そうに眉をひそめた。 陽貴のことはわかる。が、更紗とは何だ。彼の人妖は開拓者の手により滅せられたはず―― 「シノビがいいのこしたのはそれだけか」 「いえ、今ひとつ。珊瑚と月夜と」 「ぬっ」 正成はただならぬ呻き声を発した。 珊瑚と月夜。それこそは現在の未綿の里における秘中の秘であった。 未綿に残る最後の人妖。更紗に傾倒した忠恒が幽閉していたモノであった。 正成は恐怖した。陽貴が二体の人妖を手に入れた際に起こるであろう惨事を予感して。 二体の人妖を手に入れた陽貴は、再び未綿の里を地獄に突き落とそうとするだろう。それだけは阻止しなければならなかった。 が、ここにひとつ重大な問題がある。珊瑚と月夜のことを正成は朝廷に知らせてはいなかったのだ。事、ここに及んでから知らせた場合、どうなるか。朝廷は正成を許しはしないだろう。 それならば珊瑚と月夜を殺してしまえばよい、とは正成は考えなかった。人妖――とりわけ珊瑚と月夜は高価な代物であった。陽貴などというアヤカシのために殺してしまうのは惜しい。ならばどうするか―― 「開拓者、か」 正成はニヤリとした。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
クリスティア・クロイツ(ib5414)
18歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ● いまだ戦の爪痕の生々しく残る未綿の里を訪れた人影は八つあった。開拓者である。 その開拓者の姿は今、豪壮な屋敷の奥にあった。 彼らの前には一人の男。正成であった。 「よく来てくれた」 正成が口を開いた。こたえる者はいない。どころか、怒りの滲んだ視線を送っている者さえいる。 それは十八歳ほどに見える少女であった。あまり表情は見てとれない。なまじ可愛い顔立ちだけに人形のようだ。 クリスティア・クロイツ(ib5414)。 自らの名をクロイツと名づけた少女は内心、こう思っている。自らの欲の為に茨の道を進むとは愚の骨頂であると。 保身と欲。それはいわば生物の本能ともいうべきものだ。が、古来、この本能のためにどれほどの災禍がばらまかれてきたか。 クリスティアの故郷であるジルベリアにおいても、それは同様であった。彼女は禁じられた神教会派の家系に生まれたが故に苦難の日々を過ごしてきたのである。 小さな溜息をひとつ零し、クリスティアは告げた。 「何人たりとも、如何なる理由があろうとも、現場には近付かせぬようにお願いしますわ」 「警護の者もか」 「はい」 こたえたのは別の開拓者であった。 こちらも女である。見ためは二十歳ほどか。が、その冷然たる面持ちといい、人を寄せ付けぬ凛然たる立ち居振る舞いはとても若年とは思えない。 女――志野宮鳴瀬(ia0009)は続けた。 「真に更紗の復活が成っていたとしたら? 蔵へと近づくものは襲撃の為操られた者やアヤカシであると認識されるが宜しいかと」 「なるほど‥‥わかった。そのように手配しよう」 正成はニヤリとした。 ● 「これが隠し蔵かよ」 里の外れ。一人の開拓者がふふんと笑った。 二十歳半ばほどに見える、凄艶な女。寒風吹く中、おしげもなく浅黒い肉体を晒してる。 「欲にかられるとご大層な真似をするものだねえ」 女――北條黯羽(ia0072)はさらに皮肉な笑みを深くした。 彼女の前には大きな建物がある。見たところは土地神を祀った社といったとろだ。が、この建物こそが隠し蔵であった。 「人を衝き動かす最も大きな力は欲でございますからね〜」 同じく笑ったのは、黯羽と同じ年頃の男であった。が、印象はまるで違う。 黯羽は生の匂いが全身から放散されているかのような存在である。比してディディエ・ベルトラン(ib3404)という名の開拓者からは生の息吹は感じ取れない。やせ細った、その青白い肌といい、まるで死神のようだ。 「これまでもですね、里を救うために少なからぬ犠牲を払ってこられたとのお話で。今回の件につきましても、やはり〜大を生かすために小を云々という事になってしまうのでしょうねぇ」 「ずいぶんお利口さんじゃねえか、ディディエ、よ」 黯羽は切れ長の眼をディディエにむけた。 「おめえ、あの正成って野郎と同じ匂いがするぜえ。まさか小ってのは、俺達のことじゃねえだろうな」 「さあて」 ディディエがくすりと笑った。何を考えているかわからぬ、不気味な男であった。 「では」 羽飾りのついた帽子をかぶった若者が口を開いた。ジルベリアとの混血であろうか、冷笑に彩られたその相貌は白く、はっとするほどに美しい。 狐火(ib0233)という名の開拓者は歌うかのような声で促した。 「私達が守る人妖とやらの顔を拝ませていただきましょうか」 「そうだね」 紅、というより朱色の髪の若者が隠し蔵の戸に手をかけた。鋭い眼は射抜くかのように蔵にむけている。 若者――神咲六花(ia8361)は陰陽師であった。故に人妖のことは他の誰よりも気になる。 さらにいえば更紗だ。正成の話では、更紗の身は爆散したはずである。それがどうして蘇ってきたのか。 陰陽師となる前。かつて六花はシノビであった。そして、ある主に仕えていた。 その主のところで、六花は出会ったのだ。彼の運命を変えるものに。それは―― 物語であった。 幾つもの夢、幾つもの不思議。そして、幾つもの希望。 それら物語と触れ合ううち、六花の好奇心は目覚めたのだ。寝ぼすけな好奇心が。 それで六花は陰陽師となった。世界の謎を解き明かすために。更紗復活の秘密を探るのは、今回の彼のもうひとつの目的であった。 「あなたもいくのでしょう」 狐火がちらりと一人の開拓者を見遣った。 三十歳ほどに見える男。精悍な風貌の持ち主で、身体にはしる無数の傷痕が男に異様な凄みを与えている。身にまとうのは王者の気風だ。 男――蒔司(ib3233)は、ああ、と寂のある声でこたえた。 「人妖なんぞには興味はないが、戦場の検分はしておかねばなるまいからのう」 蒔司は六花に続いて蔵に入った。 木格子がある。牢のようであった。 中央に小さな人影があった。大きさとしては幼女ほどのものであろうか。ちょこんと座している。 はっ、と息をのむ気配がした。 気配の主は女であった。二十歳半ばほどか。真っ白な獣耳があるところから見て、銀狐の神威人であろう。涼しい相貌の中で、独立心に富んだ蒼の瞳が炯とした光を放っている。 鹿角結(ib3119)という名の弓術師は眼を眇めた。職業柄、結は眼が良い。薄闇の中で、彼女は二体の人妖の正体を見た。 それは妖精のように見えた。性別を超えた美しい相貌をしており、一体は薄蒼い、そしてもう一体は薄紅い髪をもっている。 二体とも微笑をうかべていた。まるで開拓者の訪れを喜んでいるかのように。 「‥‥寂しかったのですね。 月夜さんに、珊瑚さん、でしたか。人の手になるといえ生まれた命、いつまで翻弄すれば気が済むのか」 結の口から怒りのこもった声がもれた。すると六花が香炉を牢の前においた。 「張りつめてばかりじゃ、と思ってさ」 「‥‥この子達のために用意してきたのですか?」 結が問うた。六花は微笑で応えると、香を香炉に入れた。 その気配を察知したのか、二体の人妖はすっと立ち上がった。とことこと格子に近寄ってくる。黙したまま手をのばした。その先にあるのは結の獣耳だ。 一瞬、結は身を引いた。耳を触られるのは苦手であった。が、すぐに思い直して好きなようにさせた。 ● どれほど時が流れたであろうか。蔵内部に差し込む光に黄昏の色が混じり始め、やがてそれも消えた。 「おまんら」 蔵の荷を壁際においた蒔司が二体の人妖に顔をむけた。 「月夜と珊瑚といったかのう。ちょっというておきたいことがある」 ぴたりと月夜と珊瑚の動きがとまった。格子越しではあったが、二体の人妖は黯羽に遊んでもらっていたのである。それが大層楽しかったのか、二体の人妖は牢内をはねまわっていたのであるが―― 蒔司は続けた。 「おまんらを陽貴というアヤカシが狙っちょる。が、心配はいらんき。わしらが守っちゃる。せやから追い返すまでじっとしちょるんやぞ」 月夜と珊瑚は黙したままであった。理解したかどうかはわからない。ややあって再び月夜と珊瑚は黯羽と遊び始めた。 「わかっちょるのかのう」 「わかっているさ」 黯羽は、月夜と珊瑚の手を握る自身のそれに力を少しだけこめた。 「だから一生懸命に遊ぼうとしているのさ。哀しいことにね」 「‥‥哀しいのう。本当に」 月夜と珊瑚の微笑に、この時、蒔司はある少年の面影を重ねた。 開拓者になりたい。そう少年は蒔司に告げたのであった。 その時、少年は恥ずかしそうに微笑を見せた。それは無心で、眩しく。ちょうど、月夜と珊瑚と同じような―― 隼人よ。 蒔司は心の中で呼びかけた。今は亡き隼人にむかって。 おまんは、もしかして生きて開拓者になれることはないと覚悟しておったのかもしれんのう。 と―― 蒔司の身裡に殺気がたわんだ。 彼の超常の聴力は、ある足音をとらえていた。蔵に近づくもの。 その時である。蔵の外から悲鳴に似た笛の音が響いた。 ● 「‥‥来ましたね」 呼子笛を口からはなし、鳴瀬がギラッと眼をあげた。 闇の中に小さな人影が見える。人ではない。アヤカシだ。 「更紗、か」 六花は細い顎に手をあてた。 人妖を奪うに、陽貴が無策で仕掛けるとは思えない。まず考えられるのは囮である。となれば陽貴がどこかに潜んでいるはず―― 六花の手に符が現出した。小声で呪を唱えつつ、符に呪式展開の鍵となる呪紋を描く。次の瞬間、符は一羽の梟へと変化した。 「陽貴を」 六花の手から梟が飛び立った。 刹那である。クリスティアの手の銃――遠雷がはねあがった。 「とまりなさい」 クリスティアが警告した。が、更紗はとまらない。 クリスティアの指がトリガーをひいた。直後、流れるような仕草で弾丸を再装填。射撃。二度の銃声は、ほとんど途切れることなく続いた。 更紗が飛び退った。が、すぐにがくりと膝をついた。遠雷の弾速は速い。クリスティアの放った弾丸の一発は更紗の足をとらえていたのであった。 「――警告はしましたわよ」 冷厳にクリステイアが告げた。 刹那、笛の音が響いた。蔵の裏のほうから―― ● 更紗の現出に触発され、先の里長様の遺体はどうされたのでしょう、などとディディエが思った時だ。 結が素早く漆黒の弓をかまえた。彼女の眼は闇の奥から殺到しつつある異形の姿をとらえている。 それは六本の腕をもっていた。無論人ではない。二本の角をもち、爛と眼を光らせ、耳まで裂けた口から牙を覗かせている。鬼女だ。話通りであるとすれば、すなわち陽貴! 「いよいよ本命のご登場ですか〜」 ニッとディディエが笑った。 蔵の側面には、狐火が里人に作らせた鎧武者人形がおかれてあった。数は多くはないが、敵の侵入経路を限定することはできる。そして、その狐火の策にはまり、敵は表裏の二方向から襲撃をかけてきた。 「ハッ」 結の口から鋭い呼気が発せられた。闇を切り払うような三条の紅光が疾る。 陽貴の腕がおどり、三本の矢を悉くはじきとばした。六本の腕をもつ陽貴ならではの技である。が、足はとまった。結の思惑通りに。 「なかなかやりますね〜」 ディディエの指先から紫電が迸り出た。 「小癪な!」 陽貴が手を差し出した。その掌には黒霧のようなものがまとわりついている。高密度の瘴気だ。 紫光と闇光がぶつかった。轟音とともに、破壊力の余波が衝撃波となって周囲の空間を震わせる。陽貴の腕がはねあげられた。その腕が燃えている。 「おのれっ」 陽貴の三本の腕から炎塊が撃ち出された。結とディディエが横に跳ねたが、遅い。二人の身が炎に包まれた。 「はっはは、カスが!」 嘲笑しつつ、陽貴がさらに蔵へと接近する。と―― 突如、陽貴の足がとまった。その影に、別の影がからみついている。 「これは!?」 愕然とした陽貴は見た。妖しく笑う美丈夫の姿を。その足元からのびる影が陽貴のそれを縛っているのであった。 「何だ!?」 「何だ、とは? ――まさか!」 狐火が呻いた。その時だ。 陽貴の身体が切り裂かれた。血飛沫の代わりに瘴気が散る。 「蔵には近づかせないよ」 すう、と。六花の手があがった。その指の間には一枚の符が挟まれていた。 ● 「かかった!」 カッ、と更紗の眼が見開かれた。血の溶けたような赤光を放つ。 まずい! 更紗から吹きつける凄絶の鬼気に鳴瀬が飛び退った。反射的にクリスティアは遠雷のトリガーをひいた。唸り飛ぶ弾丸はふたつ。 瞬間、更紗の身体が膨れ上がり、異形の姿をとる。六本腕の鬼女、陽貴の姿を。 金属音に似た音を響かせて、遠雷の弾丸ははじかれた。陽貴の二本の腕によって展開された瘴気の結界によって。 「くらえ!」 残る陽貴の四本の腕から高密度に濃縮された瘴気の塊――瘴気弾ともいうべきモノが飛んだ。 苦鳴はふたつ。胸を撃ち抜かれた鳴瀬とクリスティアが吹き飛んだ。 陽貴は上級に属するアヤカシである。開拓者二人のみにて防ぎとめるのは不可能であった。 「クハハハ」 哄笑をあげた陽貴が蔵に迫る。致命の傷を負うことは免れたものの、さすがに鳴瀬とクリスティアはすぐには立てない。 雷鳴のように轟音がひびき、蔵の戸がぶち破られた。陽貴が中に飛び込む。 粉塵の中に、うっすらと人影が浮かび上がった。黯羽だ。 「陽貴だね」 黯羽は凄絶に笑った。 「ちゃんと覚えていてやったぜぃ。礼としてはそうだな。その首と胴が綺麗に分かれて、手前が消滅するってぇのはどうさね?」 「ぬかせ」 陽貴が飛んだ。 その眼前に、ふわりと舞ったモノがある。美しくも禍々しい、九尾の白狐であった。 白狐が陽貴の腕に喰らいついた。ディディエによって焼かれた腕だ。 「ごおっ」 咆哮をあげ、陽貴が自ら腕を引きちぎった。白狐が送り込んだ瘴気を遮断するためである。 そのまま陽貴は空を舞った。黯羽が結界を張ろうとしたが間に合わない。陽貴の瘴気弾が黯羽を撃ち抜いた。 次の瞬間、牢が粉砕された。二体の人妖めがけて陽貴が殺到する。 「させぬ!」 立ちはだかる影ひとつ。蒔司だ。 陽貴が怒号を発した。 「どけい、カスが!」 陽貴の手刀が疾った。迅い。常人には視認不可能な速度であった。 この場合、敢えて蒔司は身を晒した。その腹にずぶりと陽貴の手刀が突き刺さった。 蒔司は血笑をうかべた。背後の月夜と珊瑚に背をむけたまま、 「わしも間抜けじゃのう。ついおんしらの――隼人の叶えられなかった可能性を見てみたくなってしもうた」 蒔司の手が陽貴のそれを掴んだ。 「逃がさんぜよ」 「おのれ!」 陽貴が再び自らの腕を千切りとった。そして蒔司ごと放り捨てる。 「月夜、珊瑚、来い」 陽貴が珊瑚を掴みあげた。さらに月夜に手をのばし―― 陽貴の身が空に躍りあがった。その背に白狐が牙をたてている。さすかの陽貴もこれ以上の長居は不利と判断したのであった。 天上をぶち破り、陽貴は蔵の屋根の上に飛びあがった。蔵の裏では陽貴に化けた配下の玄貴――四本腕の鬼が開拓者を足止めしている。 「よくやってくれた。満足してくたばるがよい」 ニンマリすると陽貴が飛んだ。一気に数十メートルの距離を。 「ぬっ」 呻きは陽貴の口からあがった。何かが地を跳ねたのを見とめたのである。 空で二影が交差した。月を背に空に舞ったのは狐火である。 陽貴は地に降り立った。咄嗟に狐火の針短剣――ミセリコルディアの一撃から首を庇った腕からは瘴気が噴出している。そのまま陽貴の姿は闇に溶けた。 ● 蒔司の側に鳴瀬が屈み込んだ。他にも六花や結の姿もある。玄貴を斃したのであった。 蒔司の傷を検分し、鳴瀬は息をひいた。重傷である。致命傷に近い。 残された月夜がちょこんと蒔司の側に座っていた。ぎゅっと蒔司の衣服を掴んでいる。 「そう。心配なのですね」 鳴瀬は薄く微笑んだ。 「大丈夫。絶対に死なせはしません」 「こうなった以上、正成様も知らぬ顔はできませんわね」 クリスティアが氷の瞳をマスケッターコートのポケットにむけた。中には一枚の書状が入っている。正成の所業を記した密告状であった。 |