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■オープニング本文 ● 菫はびくりとして足をとめた。 背後に誰かいる。 気配を感じた。振り返る。 誰もいない。黄昏の光のまじった薄蒼い闇があるだけだ。 気のせいか。 菫は背の籠を負いなおした。中には山菜が入っている。 先を急ごう。 再び前方に向き直り―― 男が立っていた。夜の色をした着物をまとっている。 顔は美しいといえた。彫が深く、人形のようである。そして色が異様なほど白い。陽光のささぬ場所で生きる生物のようであった。 と―― その白い相貌の中で、血を塗りつけたような唇がすっと動いた。 嗤った――と菫が気づいたか、どうか。唇からは獣のものに似た牙が覗いていた。 ● 「馬鹿か、てめえ」 男は煩わしげに少年を押しやった。 少年は八歳ほどの年頃。その手の中のわずかばかりの金子が飛び、床にばらまかれた。 金子は少年が短刀を売ってつくったものだ。短刀は二振りあり、父親が買ってくれた宝ものである。その父はすでにない。 慌てて金子を拾おうとかがみこんだ少年を、男はじろりとねめつけると吐き捨てた。 「姉を助けるため、アヤカシを斃してくれだと。ふざけるんじゃねえ。そんなわずかな金のために、何で命をかけなきゃならねえんだ、馬鹿が」 「‥‥」 少年は唇を噛み締めると周囲を見回した。 視線をそらせる者がいる。薄ら笑いをうかべる者がいる。憐憫の眼をむける者がいる。 対応は様々だが、ただ一つ、共通していることがあった。誰一人として声をかけようとはしなかった。 少年は涙を拭うと立ち上がった。 一人でやらければならい。姉を救うのは自分しかいないのだ。 少年は太一といった。彼の姉である菫は先日アヤカシに襲われ、今、瀕死の状態にある。 菫は意識を失う寸前、たった一人の身内である太一に告げた。七日後に来る。それがアヤカシの残した言葉であった。 その七日目は今夜だ。今宵、アヤカシは来襲する。 その時アヤカシを斃すことができれば、もしかすると姉は助かるかもしれない。菫はまだアヤカシの死の抱擁を一度しか受けてはいなかったからだ。まだ命の灯火は燃えている。 太一は懐の短刀に手をやった。 武器はそれだけだ。自らもアヤカシと戦うため、一振りの短刀は残しておいたのである。 男がせせら笑った。 「クソガキが。そんなもんで何ができる?」 「弱虫は黙ってろ」 太一が叫んだ。すると男の顔が怒りでどす黒く染まった。ぬっと立ち上がる。 「生意気なガキが」 男が太一の胸倉を掴んだ。ぐっともちあげる。 「てめえみたいなガキが一人でどうしよってんだ。馬鹿が」 「一人じゃない」 横からのびた手が男のそれを掴んだ。 うっ、と男の口から苦鳴がもれた。たまらず男が手を放す。そうせざるを得ないほどの圧倒的な力がのびた手にはこめられていた。 「な、何だ、てめえは」 男が喚いた。 手の主はこたえない。ただ太一に微笑みかけた。 「いこうか。姉さんが待ってる」 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
九条・亮(ib3142)
16歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 「いこうか。姉さんが待ってる」 いった。 声の主は若者であった。二十歳半ばというところか。その微笑みは腕白小僧のようで、あまり頼りになるようには見えない。 が、若者に掴まれた男は苦悶している。恐るべき握力であった。 「ど、どうして――」 太一の口から出た言葉は疑問であった。たいして得にもならぬのに。何故この若者は力を貸してくれようとしているのか―― うーん、と唸ってから若者はこたえた。 「まあ気まぐれってとこかな」 若者が男の手を放した。 「小っちぇえ体で足掻いてるの相手にしか粋がれねえ輩を見逃すのも癪だが‥んなモンに構ってる時間も惜しい。姉ちゃんのトコに急いで戻るぞ?」 「う――」 太一の顔がくしゃっとゆがんだ。涙が溢れる。 気丈であるように見えても、やはり八歳。恐怖と不安で、その心の糸は今にも千切れそうであったのだ。 「馬鹿が」 若者に解放された男が吐き捨てた。 「かっこつけた若造が出てきやがったが、てめえ、一人でどうするつもりだ?」 「一人じゃありません」 溌剌とした声が響いた。 はっとして男は眼を転じた。 入り口に近い卓の側に一人の娘が立っている。若者と同じほどの年頃。遠くを見つめるような眼差しが眩しい女性である。 「私は万木朱璃(ia0029)」 娘――朱璃は名乗ると、太一の涙をそっと拭った。 「大丈夫。お姉さんは必ず守りきってせますから安心してください」 「なんだあ」 嘲笑に、男の顔がゆがんだ。 「またまたおかしな奴が出てきやがったぜ」 「おかしな、ですか」 笑みを含んだ声は奥からした。 それは少女――のように見えた。年齢は十八ほど。煌く金色の髪といい、彫刻的な相貌といい、美少女にしか見えない。が、しなやかなその肢体は明らかに男性のものだ。 「佐久間一(ia0503)です。自分も同行しましょう」 「馬鹿が三人に増えやがった」 「いえ、四人です」 今度の声は男の左前方でした。 立っているのは娘だ。年齢は若者と同じくらいか。 男の視線が娘の耳に注がれた。それは銀狐のそれであった。 「神威人――」 「はい。鹿角結(ib3119)といいます」 肯くと、結は太一の前で片膝ついた。胸がぷりんと揺れる。可憐にみえて、結の肢体は凶暴的に豊満であった。 あなた、と結は太一に声をかけた。 「命をかけるのに、相応の見返りを求めることを臆病と呼んではいけませんよ。貴方が守りたい命と、貴方が臆病と呼んだ命は、決して重さに違いはないんですから」 ゆっくりと諭す。それは姉の口調であった。 どうも結は少年を放ってはおけない。それは面倒見の良い彼女の性格にもよるのだが、もう一つ大きな理由は弟分ともいえる若者の存在であった。 結は苦笑すると、 「まあ人格については質の違いはありますが」 「な、何ぃ!」 結の胸に見惚れていて呆然としていたが、ようやく結の言葉の意味に気づいた男が結に掴みかかろうとした。 が、すぐに男はよろけて倒れた。横からのびた足が男のそれをひっかけたのである。 四つん這いになった男が怒りに赤黒く変色した顔をむけた。と、その眼がかっと見開かれる。 足の主は十六歳ほどの少年であった。 少年――果たしてそうか。体躯は少年のもつ瑞々しさに満ちている。が、夢見るような碧の瞳といい、磁器のような細く白い頬といい、美少女としか思えない。 「結! こんなところで奇遇だね」 少年が大きく手を振った。彼――天河ふしぎ(ia1037)という名の少年と結は釣り仲間であったのだ。 「や、野郎――」 男の満面が恥辱で醜く歪んだ。はじかれたように立ち上がると、 「おい」 声をかけた。おお、と立ち上がったのは二人の屈強な体格の男だ。 二人の男の手が光をはねた。短刀を抜き払ったのである。 「待ちな」 二人の男の前に、すっと一つの人影が立ちはだかった。 それは十五歳ほどの少年に見えた。小柄だが引き締まった肢体と、鋭い眼をもっている。 少年が大きく舌打ちした。 「興醒めだぜ。そんなモンだしやがって」 「何だあ、てめえは」 二人の男が少年を舐めるように見た。効率のよい筋肉に覆われた胸がわずかに隆起している。 「――女か!?」 「だったら悪いか」 少年――少女の眼に剣呑な光がよぎった。 その光に触発されたか、男の一人が短刀を突き出した。喧嘩馴れした身のこなしである。 一瞬後のことだ。光が回転しつつ、空を舞った。 光は男の手にしていた短刀である。脇からはねあがった脚が男の短刀を蹴り飛ばしたのであった。 「だめだね、そんなモンを使っちゃあ」 蹴りの主がニヤリとした。 ふしぎと同じ年頃の少女だ。黒黄縞の耳をもつところから虎の神威人であろうが、そのことよりも特徴的なのはその肢体であった。大きくはだけられた蓑から覗く胸の双球は西瓜に近い大きさを誇っている。 少女の手が横に空間を薙いだ。 「手加減できなくなっちゃうだろ」 少女が手をわずかに上げた。その指先は短刀の刃をつまんでいる。 ごくりと三人の男達が唾を飲み込んだ。それきり動けない。この時に至り、ようやく彼らは七人の男女が只者でないことに気づいたのであった。 「参りましょうか」 亜麻色の髪の少女が立ち上がった。 あっ、とその場にいた誰もが愕然たる声をあげた。花吹雪に包まれたように輝く少女は十三、四歳にしか見えなかったからだ。 八人めの開拓者。戦場へと平然とむかう少女の名は白桜香(ib0392)といった。 ● 布団の上で一人の娘が横たわっていた。 菫だ。白茶けた顔色で眠っている。かなり弱っているようだ。 腕白小僧の笑みをもつ若者が菫に歩み寄った。名を崔(ia0015)という。 崔は菫の身体を確かめた。 首筋にうじゃじゃけた傷が二つ。牙の痕だ。おそらく血液とともに生気を貪り食われたのだろう。 「厄介だな」 崔が呟いた。 傷痕から、おおよその襲撃者の強さは判断できる。敵はかなりの強敵と知れた。 「でも」 こんな呪いの業があるなんて、と桜香が暗澹たる声をもらした。 一度で殺さず、再度訪れて命を奪う。その間、襲われた者は死の床で呻吟することになるのだ。被害者にさらに恐怖を刻みつけて喰らおうとする残酷なやり方であった。 すると虎の神威人である少女が肩を竦めてみせた。名は九条亮(ib3142)という。 「確かに悪趣味だね。しかし知恵があるヤツってことは確かだよ。崔がいったように厄介なことにね」 「が、まあ何にせよ」 少年と間違われた少女――名は若獅(ia5248)というのだが――はニヤリとし、 「鬼をブッ倒せば全部解決すんだろ」 いった。恐るべき自信である。 馬鹿か――とは他の開拓者は思わない。若獅の身のこなしから尋常の使い手でないことは知れている。 「じゃあ、いくか」 ふしぎが立ち上がった。その手には荒縄が握られている。 「太一のお姉さんがあんな状態だもん。逃げる事が出来ないなら、せめて守りを固めておかなくちゃ」 「そいつはいい」 亮もまた立ち上がった。その手にもまた荒縄が握られていた。 と、その亮の手に別の荒縄が押し付けられた。崔だ。 崔は片目を瞑ってみせると、 「外は任せた。俺は」 崔は部屋を見渡した。 敵は襲撃予告をするほどの知恵のまわる存在だ。いかに猛者揃いの開拓者といえど突破されかねない。そのために内部における防護策もできるだけ施しておかねばならなかった。 「さあて。わりいけど、姉ちゃんにはちょっと動いてもらわなくちゃならねえ。太一」 崔が太一に眼をむけた。 「手伝え」 ● 鎌のような弦月が暗天にかかっていた。 ふるふると降る月光は血が滲んだように紅く――。 ふっと結が屋根の上で身を起こした。耳を澄ませる。 小さな音がする。森に仕掛けた鳴子だ。ゆっくりとだが、確実に近づきつつある。 「来ましたね」 結が東方を守る朱璃を見下ろした。月光よりも微かな燐光に包まれた朱璃が肯く。瘴索結界を展開した彼女にはアヤカシの位置がわかるのだった。 朱璃が前方を指差した。 その瞬間である。ぼうと白いものが空に浮かんだ。 顔だ。寒気のするほどの美貌である。 が、その美しさには邪悪が滲んでいる。金色の魔瞳には地獄の業火がちろちろと燃えているし、血をぬったかのような真紅の唇には満たされぬ飢えが滲んでいた。 亮が舌打ちした。 「わざと鳴子を鳴らしながら近づいて来やがったな。なめやがって」 亮は呼子笛を口に近づけた。 はじかれたように太一が立ち上がった。 笛の音が聞こえる。アヤカシの到来を告げる開拓者のものだ。 「慌てんじゃねえ」 窓から外を覗いた若獅が声を発した。 「お前は姉ちゃんの傍にいろ。何があっても傍を離れるんじゃねーぞ」 「で、でも」 太一は短刀を握り締めた。その強張った青い肩を、崔がそっとおさえた。 「若獅のいうとおりだ。太一は動くんじゃねえ」 「だけど――」 太一の顔色が変わった。侮られたと思ったのだ。少年とは誇り高い生き物である。 崔は苦笑すると、 「太一、姉ちゃんにとって切り札はお前だ。傍で菫を護り通す役は任せるぞ。その代わり体張る役は任された。‥互いに勝負といこうぜ?」 「うん」 大きく太一が肯いた。その瞳が輝いている。男の眼だ。 崔は桜香を見た。 「アヤカシの位置はどこだ?」 「前です。一体。いえ――」 桜香の顔色が変わった。 ● 「人間メ。手向カイスルカ」 白面のアヤカシの唇が歪んだ。すでに開拓者の存在を察知していた。 と―― 家の周囲にぼうっと幾つもの影がわいた。 人ではない。この世にあってはならぬモノ。食屍鬼として知られるアヤカシだ。 「ヤレ」 白面のアヤカシが命じた。 次の瞬間である。枷が外れたかのように一斉に食屍鬼が動いた。家めがけて殺到する。 「させない」 結が矢を放った。 炎魂縛武。 炎をまとわせた矢は流星のごとく闇を切りつきつつ疾り―― 一体の食屍鬼がもんどりうって倒れた。 「結、やるね」 ふしぎが抜刀した。水岸と呼ばれる大太刀である。 荒縄を造作なく引きちぎって迫る食屍鬼にむかい、あえてふしぎは前に出た。獣のような食屍鬼の爪が閃いたが、ふしぎの方が迅い。食屍鬼の爪をかいくぐり、ふしぎは逆袈裟に刃を斬りあげた。 「太一と菫を護るって約束したんだ」 瘴気をふきあげて消滅する食屍鬼に背をむけ、ふしぎは叫んだ。水岸を手に、両腕を広げる。 「これより先には絶対立ち入らせないぞっ!」 すう、と一が紅刀身の刀をかまえた。 正眼。 刹那、食屍鬼の動きがとまった。一の発する凄絶の殺気のなせる業である。 が、それも一瞬。再び食屍鬼が一を襲った。 「ふん!」 一の刃が月光をはねた。脚を切断された食屍鬼が転がる。直後、一の背を別の食屍鬼の爪がえぐった。 「おのれ」 一がよろけた。その脚を地に伏していた食屍鬼が掴む。咄嗟に脚で食屍鬼の頭部を踏み潰したが、別の食屍鬼の攻撃は避け得なかった。牙をむいた一体の食屍鬼が一に飛びかかり―― 見えぬ巨人の手にうたれたかのように食屍鬼が吹き飛んだ。 はっとして振り返った一は見た。両腕を突き出し、わずかに腰を低めた朱璃の姿を。 にこり、と朱璃は微笑んだ。 「危なかったですね」 「助かりました」 一は素早く周囲に視線を巡らせた。まだ息はつけない。食屍鬼の数は多すぎた。 食屍鬼の爪が空間を薙いだ。が、そこにすでに亮の姿はなく―― 亮は地に伏していた。人とは思えぬ動き。猫族の身のこなしである。 「はっ」 亮の脚が唸った。食屍鬼の足を払う。跳ね起きると、亮は食屍鬼の胸に踵をぶち込んだ。 その時―― 亮の眼はとらえた。稲妻のように疾駆する白面のアヤカシの姿を。 ● 爆発したように戸が吹き飛んだ。 濃霧に似て立ち込める粉塵の中に立つ影がひとつ。白面のアヤカシだ。 「お待ちしておりました」 微笑む桜香が横たわる菫の前に立った。いざとなれば身を挺してでも守るつもりであった。 と、桜香は異変に気づいた。白面のアヤカシの面に嘲りの色が滲んでいる。 はじかれたように振り向いた桜香は見た。菫がゆらりと身を起こすのを。 呪詛! そう桜香が気づくより早く、しかし菫の身は再び横たえられた。若獅の手刀が彼女の首筋にうちこまれたのだ。 「てめえ」 ぎらり。 憤怒に眼を光らせ、若獅が白面のアヤカシを睨み上げた。 「アヤカシの好みそうなこった。時をおいて恐怖を煽り、味を増そうってんだろうが、そうは問屋が卸さねぇ。今宵が手前の命日だよっ!」 若獅が飛んだ。一瞬にして白面のアヤカシとの間合いをつめる。 鋭い呼気とともに、若獅が拳を突き出した。迅い。が、さらに白面のアヤカシの方が迅かった。 左手で若獅の拳をはねると、逆に右の手刀を突き出した。揃えた爪は鋼の光沢をもっている。その一撃は豆腐のように若獅を引き裂くだろう。 「させねえ」 崔の手が白面のアヤカシのそれをはねあげた。まるで岩にぶちあてたような衝撃に崔の顔がゆがむ。 次の瞬間だ。 崔の腹で衝撃が爆発した。白面のアヤカシの蹴りだ。 たまらず崔の身が吹き飛んだ。板壁に叩きつけられる。 ニンマリし、白面のアヤカシが崔を襲った。一気にとどめを刺すつもりである。避けもかわしもならぬ崔の背に白面の拳がうちおろされ―― 白面のアヤカシの笑みがゆれた。その腹を凄まじい破壊力をもった衝撃が貫いている。 「何故――」 白面のアヤカシは、紅砲を放った崔を見下ろした。信じられぬものを見る眼で。この男は臓腑を潰され、とうに戦う力はないはずであった。 「あいにく俺は一人じゃないんでな」 崔は血笑をうかべた。その身体を癒すかのように涼やかな風が吹いている。桜香の神風恩寵であった。 きいぃぃぃぃぃ。 化鳥のような絶叫をあげて白面のアヤカシが飛び退った。恐怖を喰らうはずのアヤカシが恐怖を覚えていた。 「逃がすかよ」 若獅の声は白面のアヤカシの背後でした。 次の瞬間―― 暁光を思わせる光が炸裂した。 ● 白面のアヤカシが滅されて後、数日が経った。 朝。 太陽の光ともに、ある荷が太一のもとに届けられた。送り主は白桜香。開拓者である。 「あのお姉ちゃんか」 太一の胸に可憐な少女の面影が浮かんだ。そして少女がつくってくれた料理の味が。 さらに―― 崔という若者の顔もまた。彼はいろいろな食べ物を用意してくれた。姉を守った褒美らしい。 朱璃という娘は姉になにやら呪いをしていってくれた。身体が良くなるようにと。 太一は荷箱を開けた。中には短刀が一振り。彼が売り払った父の形見ともいえる短刀だ。 貴方のお姉さんを守りたい想いが私達を動かしたのです。 太一の脳裏に桜香の言葉が蘇った。そして若獅の言葉も。 これからも姉ちゃん護ってやれよ。 「俺、やるよ」 短刀を掴んで太一は駆け出した。瞳を輝かせて。 それは目指すべきものを見つけた男の眼であった。 |