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■オープニング本文 ●和議に向けて 見渡せば角、角、角。 形や数に差異はあれど、彼らの頭には角が備わっていた。彼らを前にして、大伴能宗が一歩踏み出し、深々とこうべを垂れた。 「大伴能宗と申します」 修羅の隠れ里。 訪れた能宗、そして護衛を担当した開拓者たちを見て、里の鬼――いや、里の修羅たちは眼を丸くした。 「羅生丸‥‥おぬし、これはどういう了見じゃ」 「しかも、開拓者はまだしも‥‥こやつは朝廷の者。この里を露見させて何とする」 「酒天様の封印が弱まっておると見た故に、おぬしと茨木を送り出したというのに‥‥」 彼らの中央、ひときわ背の低い三人の老人――老婆とも老翁とも判別定かならぬ――は、しわくちゃの顔をさらにしかめて羅生丸を問い詰めた。対する羅生丸も、居心地が悪そうに頭をかきむしる。 「ばっちゃ、そんな事言ってもよ。酒天様が連れてけって‥‥」 「何だと‥‥?」 空気が凝固する。ある者は顎が外れんばかりに口を空け、ある者は目玉が転がり落ちそうなほど眼を見開き、手にした武器を取り落とす。皆茫然自失といった体で、しんと辺りが静まり返る。 「まぁ‥‥そういう事なのです」 能宗が苦笑いを浮かべた。 ● 深い溜息が零れた。 溜息の主は男であった。年齢としては老いにさしかかった頃。が、炯とした眼光は気力の衰えなど感じさせぬ力強いもので。 男の名は大伴定家。ギルド長である。 先日のことだ。彼の家人である大伴能宗が、修羅である羅生丸の案内を得て修羅の隠れ里に赴いた。羅刹女と名乗る強力なアヤカシの妨害を潜り抜け、能宗は隠れ里に辿り着くことができたのだが―― 一つの目的は達した。が、肝心のことは果たせずに終わった。 修羅と天儀の和議。それこそが定家の望みであった。 そのために彼は酒天童子の身柄をおさえた。和議には欠かせぬ存在である故に。遭都に身柄を移す段取りも進んでいる。 さらには朝廷工作。こちらの方もゆるりとではあるが手はうっている。 しかし最重要事はいまだ暗雲に閉ざされていた。修羅の一族との和平交渉は遅々として進んではいないのだ。 それは、しかし当然でもある。修羅と人との軋轢の根は深い。迫害された修羅の人に対する憎悪は血の一滴にまだ刻まれているだろう。 されど、と定家は思うのだ。今がその時であると。 封印が弱まり、酒天童子が蘇った。アヤカシの力が最高度に高まった今、その事実は偶然であろうか。 否! 断じて偶然などではない。これは運命だ。 未来を拓け。そう時代が叫んでいる。 「やはりゆかねばならぬ。もう一度修羅の隠れ里に」 定家はいった。 ● 闇の中になおも黒々と。 禍々しき影があった。 小山のような巨躯。額には悪夢の具現化の如き二本の角、両の瞳は血の坩堝のように赤く光っている。 修羅。いや―― それこそは鬼であった。アヤカシ。羅刹童子である。 羅刹童子は歩を進めた。その一歩ごとに身体が小さくなっていく。 その眼前を樹木がふさいだが、羅刹童子は足をとめない。無造作に手を横殴りに払った。 爆発が起こったようだった。とてつもない力によって粉砕された樹木が吹き飛ぶ。さらに、さらに―― 邪魔する樹木すべてを薙ぎ倒し、羅刹童子は歩を進めた。 喰らうために。殺戮するために。 向かう先は―― 修羅の隠れ里! |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ● 冥越。魔の森の只中。 黒い靄のようなものが渦巻いている。瘴気であった。 その瘴気の中を、蠢く影がある。 数は十二。 一つは穏やかな風貌の、三十歳ほどの男だ。名は大伴能宗。ギルド長である大伴定家の家人であり、今回の依頼の依頼者である。 そして三人。これは能宗自身の家人であり、供として同行していた。当初は十人いたが、すでに七人が落命している。残る三人も血まみれで、惨憺たる有様だ。 あとの八人。 これは護衛の依頼を受けた開拓者であった。中には先日隠れ里にむかった者の顔も見える。フェルル=グライフ(ia4572)とゼタル・マグスレード(ia9253)の二人だ。 フェルルは金髪碧眼の可憐な少女で、その外見にはそぐわぬ物騒な得物を携えていた。焔と名づけられた長巻。それをもってフェルルは羅生丸と共に戦ったのである。 ゼタルは二十歳半ばほどに見える青年であった。羅生丸との縁は深く、心境でいえば、一番近くにいる存在であるかもしれない。 「また顔をあわせましたね」 ゼタルが話しかけると、フェルルは小さく微笑み返した。 「修羅の方々が他人とは思えなくて」 「他人とは思えない?」 「はい」 フェルルは肯いた。 まだ小さい頃のこと。彼女は商人である両親に連れられ、ジルベリアから天儀に渡ってきた。当時はまだ異国人に対する偏見は深く、そのせいでフェルルは随分と寂しい思いをした。友達は一人もできず、フェルルは天儀の人すべてを嫌っていたのである。 「けど一歩を踏み出せって背中を押してくれた人がいて。――私、羅生丸さんと友達になるの諦めませんよ♪」 「羅生丸さんかあ」 ふっ、と笑みをもらした者がいる。 十代半ばほどの銀髪蒼眼の少女。華奢であるが、胸は大きく、身ごなしが小気味よい。フィン・ファルスト(ib0979)という名の騎士であるが、この少女もまた羅生丸との縁は深かった。 「あたしは嫌いじゃない」 フィンはいった。 羅生丸の強さは驚異的で、その戦いぶりは、フィンをしてある人物を思い起こさせた。 ファルスト家は裕福でないものの、ジルベリア帝国においては名門の一族であった。当然宮殿の出入りも許されており、フィンも数度宮殿に足を踏み入れたことがある。 その際にフィンは目撃したのだ。ユリア・ローゼンフェルドを。 女でありながら、ジルベリア最強騎士団である皇帝親衛隊隊長に抜擢された傑物。伝説的なユリアの戦いぶりと羅生丸のそれはどこか似通っていたのである。 「けろりーなもお友達になりたいですの」 可愛らしい声をあげたのはフィンと同年代に見える少女である。本名はエカテリーナというのだが、ともかくかえるが好きで、そのために自らケロリーナ(ib2037)と名乗っている変わった少女だ。 「だからがんばって能宗おじさまをおまもりしますですの」 ケロリーナが能宗に身を摺り寄せた。能宗は苦笑を禁じえない。 なんといってもケロリーナは可愛らしかった。くるくると巻いたツインテールは金色に輝き、瞳は海のように澄んでいる。まるで人形のようだ。 「能宗おじさまは定家おじいちゃまとはどんな関係ですの?」 「側用人といったところかな」 「ふーん」 わかったような、わからないような顔をして、ケロリーナは鼻を鳴らした。 ● 「何っ」 精悍な風貌の若者が立ち上がった。 鋼をよりあわせたような筋肉をまといつかせた体躯。金色の妖しい瞳。そして額には二本の角。 修羅。羅生丸であった。 羅生丸が耳にしたのは爆発音に似た轟きである。羅生丸は疾風と化して粗末な家屋から走り出た。 「ぬっ」 羅生丸は足をとめた。広場に一つの人影がある。 闇を塗りつけたような漆黒の肌。しなやかだが、細身の体躯。人か? いや―― 闇色の肌の人影の額には、ねじくれた二本の角があった。アヤカシである。その背後の塀の一部が破壊されていた。 「見張りの修羅はどうした?」 「喰らったのさ」 アヤカシがこたえた。 「二匹。が、修羅というのは美味かねえなあ。肉がかたい」 「てめえ!」 羅生丸の眼が憤怒に爛と光った。地を蹴ると瞬く間にアヤカシとの間合いを詰める。 「くたばれ!」 「やれるか!」 豪、と。唸りをあげて羅生丸の拳が疾った。 轟、と。空間を粉砕しつつアヤカシの拳がとんだ。 次の瞬間、凄まじい破壊熱量の激突に、空間が爆裂した。そして羅生丸の身が吹き飛んだ。 「どうやら貴様が羅生丸らしいが――くくく」 アヤカシは嘲笑った。 「たいしたことはない。この羅刹童子にとっては」 アヤカシ――羅刹童子の眼がぎろりと動いた。その視線の先には修羅の子供の姿があった。 「ガキの肉なら美味かろう。口なおしに喰らってやる」 羅刹童子の姿が消失した――ように見えた。修羅にとってすら視認不可能な速度で動いたのだ。 唯一羅刹童子の動きを眼でとらえた羅生丸のみは動いた。が、間にあわない。 羅生丸が怒号を発した。 「やめろぉ!」 「はっはは。遅えぞ、カスが!」 空気を切り裂く音すら追い越し、羅刹童子の手刀が疾った。刃のような爪が修羅の子供の肉を切り裂き―― 戛然! 羅刹童子の眼が驚愕にカッと見開かれた。 彼の手刀がめり込んでいる。鎧の腹部辺りに。メキメキと鎧の内部で嫌な音がした。 「この子に手を出させない」 鎧の主――真亡雫(ia0432)はギンッと羅刹童子を睨みあげた。 ● 羅刹童子は口を歪ませると、 「開拓者だな。修羅を守れとでも依頼されたか」 「依頼などではない」 雫は、女と見紛うばかりに美しい相貌に血笑をうかべた。そして胸に指を突きつけた。 「ここが命じるんだ。未来を救えと」 「未来? そんなものがどこにある」 「ここに!」 フェルルは叫んだ。同時に踏み込み、長巻を逆袈裟に。が、羅刹童子は軽やかに飛び退ってかわした。 「そのガキが未来だとでもいうのか」 「そうです。小さいけれど、眩しい命。背にいるこの子が修羅だから、人だから、なんてどうでもいいんですっ! ただ大切に感じたから。――友だちになりたいって思ったから護りたいんです!」 はっとして。 修羅達は息をひいた。羅生丸も。いや、修羅の三人の長達ですら。 ただ羅刹童子はせせら笑った。 「友達になりたい、だと? 笑わせてくれる。人は修羅を嫌い、修羅は人を憎む。同じ存在ではないという、ただ一点のためにな。未来永劫、人と修羅が手を結ぶなどありえん」 「そんなことはありません!」 「ならば死ね。修羅のガキのために」 羅刹童子の脚がはねあがった。岩すら砕く蹴りをぶち込む。フェルルの――いや、その眼前に舞い降りてきた修羅に。 血反吐を吐き散らしながら修羅はいった。 「勘違いするなよ、人間。俺は、お前が庇ってくれた羅童丸の兄。借りを返しただけだ」 「それで十分だ」 迸る光。それは羅刹童子の頬を抉った。 「さすがにかわしたか」 一刀を振り下ろした姿勢のまま、若者がいった。 二十歳前の年頃。名は贋龍(ia9407)といい、端正な面立ちをしているのだが、今、その眼には肉食獣の如き光があった。凄愴の鬼気が贋龍の身からたちのぼる。 「僕は怒っている。だから修羅を何としても守ってみせる」 贋龍が殺到した。唸るは菊一文字と蒼天花の二刀。父の剣流を嫌って編み出した我流の剣である。 疾った二条の光芒は飛燕の迅さをもっていた。が、羅刹童子はその二刀をかわしてのけた。のみならず肉薄すると、贋龍の腹に拳を押し付けた。 砲声に似た音が響いた。一瞬後、贋龍は横に飛び、脇腹をおさえてがくりと膝をついた。激烈な衝撃によりも肋骨が粉砕されている。 「ははは。くたばれ」 羅刹童子の掌が贋龍にむけられた。 再び砲声。噴出する漆黒の瘴気の塊。 刹那、疾駆する影が贋龍を抱きかかえた。跳ぶ。 「何故」 「黙ってろ」 修羅の若者が怒鳴った。どうして贋龍を助けたのか自分でもわからず、むかついたからだ。 「逃がすかぁ!」 贋龍と修羅を追って、砲身のごとき羅刹童子の掌が動いた。が―― 突如、羅刹童子の動きがとまった。その背を灼熱の殺気が焼いている。 ニヤリ、と笑ったのは二人の男女であった。 男は薔薇の花を溶かしたような赤髪の若者で、ふてぶてしさのにじみ出た面つきをしている。肩に片鎌槍を担いでいた。 女は二十歳半ばほどの年頃に見える。異国人であろうか、彫の深い美しい相貌をしていた。彼女の本当の名であるステラ――夜に煌く星の如く輝くばかりに美しい。 男――八十神蔵人(ia1422)は能宗に背をむけたまま、 「大伴のおっちゃん、わしの荷物、頼むでえ。折角の土産が台無しになったら勿体ねぇわ」 「さあて」 女――煌夜(ia9065)は羅刹童子の全身に素早く視線を巡らせた。 体力に劣るを自認する彼女は一撃必殺を信条とする。故に、戦う前に煌夜は敵を見る。その一撃を叩き込むべき相手の弱点を探るために。 蔵人がちらりと煌夜を見た。 「どうや。弱みはわかったか?」 「ない」 「ない、か」 この場合、蔵人はニンマリと笑った。 「ほな、思いっきりいくしかないなあ」 蔵人が襲った。数歩で羅刹童子との間合いをつめる。 「ふんっ」 蔵人が片鎌槍を突き出した。薄紅色の光がしぶく。それは溢れ出る精霊力の余波である。 あまりに鋭い蔵人の刺突に、さすがの羅刹童子もかわしきれなかった。 一瞬で判断すると、羅刹童子は左の掌を突き出した。瘴気による障壁展開。蔵人の片鎌槍がはじかれた。 「ちぃぃ。やりよる」 蔵人が飛び退った。その眼前に羅刹童子が迫った。 ● 能宗の傍らに立つフィンは唇を噛み締めていた。 仲間が戦っている。修羅が傷ついている。このまま見過ごしていていいのだろうか。 フィンが横を見た。同じように能宗を守って立つケロリーナと眼があう。ケロリーナが肯いた。 「大伴様、ごめんなさい。依頼から外れた事します!」 フィンが駆け出した。ケロリーナが後を追う。 待て、と。一人残っていた供の者が手をあげた。が、その手を能宗のそれが掴んだ。 「いいのだ、これで」 能宗の口辺には微笑がうかんでいた。 ● 足で地を削りつつ、蔵人が後退した。腹にぶち込まれた羅刹童子の拳の威力によるものだ。 はじかれたように羅刹童子が振り返った。 彼の拳の威力は減殺されていたのだ。脳内で爆発した式の呪声によって。 「貴様の仕業か」 「そうだ」 ゼタルが肯いた。 「大妖自らお越しとは。余程修羅と人の和平が不都合とみえる」 「ふふん。俺にとってはどうでもよいことよ」 「ならば、何故修羅の里を襲った?」 「鬱陶しいんだよ」 羅刹童子が唾を吐き捨てた。 「だから殺す。油虫を踏み潰すのと一緒さ」 「取り消せ!」 小石が。 羅刹童子の顔にぶつけられた。ケロリーナだ。怒りのため、顔が真っ赤になっている。 「取り消せ! 修羅の人達を馬鹿にしたことを取り消せ!」 「小娘が」 羅刹童子の眼が赤光を放った。次の瞬間、その漆黒の身体がケロリーナの眼前に現出する。 「死ねやぁ!」 羅刹童子が拳を突き出した。 その瞬間である。羅刹童子の足元から吹雪が噴出した。さらにケロリーナは焙烙玉を投げつけた。 爆発。 と、爆煙からぬうっと羅刹童子の掌が突き出された。 「肉塊に変えてやるぜ」 羅刹童子の掌から高密度の瘴気塊が撃ち出された。それは逃れようもないケロリーナを――いや、ケロリーナをかすめるようにして修羅の子供めがけて唸り飛んだ。 「死なせるもんか!」 フィンが修羅の子供を抱き上げた。背をむける。 修羅であるとかどうかなど、今のフィンの念頭にはなかった。そこに守るべき命がある。身体をはるにはそれで十分であった。 轟音が空気を震わせた。岩と岩をぶつけあったような轟音が。 「‥‥いいかげんにしろよ、てめえ」 軋るような声は羅生丸のものであった。その両腕は、羅刹童子の瘴気塊をまともに受け止めたために引き裂かれ、血まみれとなっている。 信じられぬものを見るように、フィンが瞠目した。 「羅生丸さん、どうして」 「相変わらずだな、お前は」 羅生丸は苦笑すると、羅刹童子に光る眼をすえた。 「こいつらには傷ひとつ、つけさせやしねえ」 そして羅生丸は他の修羅にむかって怒鳴った。 「こいつは俺の勝手だ。邪魔すんじゃねえぞ」 「誰が邪魔するか」 ずい、と。修羅達が足を踏み出した。ニヤリとする。羅生丸もまたニヤリとした。 「羅刹童子よ。修羅の里に喧嘩を売ったらどうなるか、思い知らせてやるよ」 羅生丸が跳んだ。蹴りを放つ。身を沈めて羅刹童子がかわした。 が、下方より蔵人の片鎌槍の刺突がきた。身を捻りざま、羅刹童子が跳び退る。その背に修羅の拳が迫った。 背をむけたまま、羅刹童子は後方に手をむけた。瘴気塊を撃つつもりだ。 次の瞬間、羅刹童子の腕がはねあげられた。雫の一刀の仕業である。 「これが」 声がした。修羅の長の声である。ゼタルの傍らに立っていた。 「ぬしらの望んでいたものなのか」 「はい」 ゼタルは肯いた。 「未来を切り開く為、共に進む。素晴らしいとは思いませんか」 「わしは」 いや、わしたち年寄りは、と長は続けた。 「もしやすると若い者達の未来を塞ごうとしていたのかもしれんのう」 長はいった。 「和議の話とやら、聞かせてもらおう」 「ぬんっ」 贋龍の二刀が躍った。花吹雪に似た燐光が十文字に散る。その斬撃の凄まじさに、さすがにたまらず羅刹童子が空に飛んだ。 何でその隙を見逃そう。一気に間合いに踏み込んだ煌夜もまた地を蹴った。 「逃がさない!」 煌夜が白光をたばしらせた。空中では足場がないため、羅刹童子の回避は不可能だ。 が―― 「やるな」 感嘆ともとれる声をもらしたのは、地に降り立った煌夜であった。 彼女の一撃は確かに羅刹童子の胴を薙いだ。が、致命の一点ははずされている。それは羅刹童子が筋肉と骨格、そして呼気を統合使用し、空気のみを足場としてさらに飛翔した故であった。 羅刹童子は塀の上に降り立った。そして、ここまでか、と独語した。 アヤカシは決して一枚岩の存在ではない。無視できぬ損傷を負った場合、冥越を覆う魔の森に巣食う芳崖がどうでるか予測できない。 「修羅め。必ず喰らい尽くしてやるぞ」 羅刹童子は魔の森に姿を消した。 ● 羅生丸がどさりと腰をおろした。さすがに疲れきっていた。両腕はぼろぼろである。 「ありがとうございます」 「なんだ?」 羅生丸が顔をあげた。微笑むフェルルの顔があった。 「何がおかしいんだ、てめえ」 「おかしくはありません。嬉しいんです。少しは友達になれたかなって思って」 「やっぱり甘ちゃんだな、てめえは。修羅と人が友達になんぞなれ」 「羅生丸の兄ちゃん」 修羅の子供が駆けてきた。羅童丸だ。しっかりともふらのぬいぐるみを抱きしめている。 「いいでしょ。もらったんだ」 「もらった? 誰にだ?」 「お友達のお姉ちゃん」 羅童丸が振り向いた。ケロリーナがニッと笑っていた。 |