【人妖】更紗抹殺
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/24 21:27



■オープニング本文

人妖とは高位の陰陽師が空中の瘴気を練り上げ、人間としての知能と意思を持たせたものである。

自らと似たような意思生命体をつくりあげることは誰しも憧れるものであるが、
専門職につく高位の陰陽師といえども瘴気に意思を持たせることは並大抵のものではなく、大半は自らの姿を自覚することなく崩れ去る失敗作か、ともすれば敵としての『アヤカシ』をつくりあげてしまう。

その中で、稀有な確率を乗り越えて人としての意思と思考を持ったものが人妖である。
体長は凡そ30cmほどであり、1mを超えることは稀である。

性格はアヤカシとしてのものが残っているのか、我侭か変わり者かのどちらかであることが多い。
知能レベルも人間とさして変わらないはずであるが、性格のせいか幼く観られることもしばしばである。
貴重性は非常に高く、商店にも殆ど出回らない。
美しい人妖の中には所有権を巡って里間の戦争を引き起こしたものまで存在している。


‥‥ギルドに乗っている人妖の説明は以上であり、
開拓者であればいずれも知っている知識ではある。

人妖をつれる開拓者の姿も昨今、あまり多くはないものの見かけるようになった今、その姿を見て特別視をする者も少なくなってきた。

いずれの人妖もそれをめぐって小競り合いなどは起きようとも、戦などを目にすることは少ない。
愛らしい姿を見るには喜ばしいが、その姿は小さく、里を賭けるほど熱をあげる里長はあくまでごく稀、
数百年に1度の、偶然が重なった場合しか起こりえぬ事態であろうと誰もが、誰に言われるでもなく思っていた。

‥‥かの人妖が『妖』の名の通り、アヤカシの一種であることを忘れれば。


「馬鹿な」
 愕然たる声は遭都、朝廷宮殿の奥で響いた。
 声を発したのは男であった。内大臣たる彼の眼前には一人の青年が座している。
 年齢は二十歳半ばほどか。眉の細い神経質そうな相貌をしており、顔色は青白く、生気がなかった。
 名を観房。先月末、未綿の里から救い出されてきた陰陽師である。
 その観房から、今、恐るべきことが物語られた。未綿の里反乱の真相である。
 反乱の首謀者は判明している。長である忠恒であった。
 が、その反乱の理由がわからなかった。いかに裕福であるとはいえ里一つ、遭都に戦いを挑み、勝てるはずもなかった。
 その事実は誰の眼にも明らかであった。では、何故忠恒はそのような無謀な戦を挑んだのか。
「更紗にございます」
 観房は告げた。忠恒は更紗に魅入られてしまったのだと。
「更紗とは?」
 との問いに、観房は自身がつくりあげた人妖であるとこたえた。
「私が忠恒様に献上いたしました。本当はお譲りしたくはなかったのですが」
 観房の眼に熱にうかされたような光がうかんだ。が、すぐに怒色に満面をどす黒く染めると、
「忠恒様はお人が変わられワした。だから私を幽閉されたのです。今の忠恒様はまさしく魔物。すべては更紗の見えぬ瞳の仕業にてございます」
「ううむ」
 内大臣は唸った。
 観房の話は俄かには信じられぬものである。が、事実はこの青年の言葉が真実であると告げている。
 ならば事は重大だ。人妖とはいえ、それはアヤカシである。そのアヤカシが絶大なる魅了の力で里長をたぶらかし、戦を起こさせたのだ。このまま捨て置けばどうなるか――
「忠恒を殺し、人妖を始末せねばなるまい」
 呟く内大臣の声は氷の冷たさをおびていた。


「忠恒の暗殺。そして人妖の始末‥‥か」
 神楽の都。
 開拓者ギルドの長椅子に腰掛けた緋赤紅は溜息を零した。
 先月末、開拓者を含めた兵が未綿の里を攻めた。その際、数名の開拓者が忠恒にかかったが、返り討ちにあっている。
 調べたところ忠恒は豪の者であるらしいが、それでも開拓者と渡り合うほどの力をもっているとはおかしい。異常である。
「簡単ではないわ」
 緋赤がごちた。
 遭都のたてた作戦はこうだ。
 遭都の兵三百をもって、それぞれに東と西の砦を守る。忠恒の兵が三千であることを考えれば、そこはまさしく死地と化すだろう。人は無謀とそしるかもしれない。
 が、意味はある。砦の戦は時間稼ぎであった。戦の間に手薄となった本陣を攻めることこそ、本当の遭都の狙いなのだ。
「このままでは未綿の里が滅茶苦茶になってしまう。そうなる前に暗殺を成功させなければ」
 緋赤の顔がゆがんだ。
 もし暗殺が失敗すれば遭都の大軍が動く。そうなれば未綿の里は蹂躙されてしまうだろう。
「阻止してみせる」
 緋赤は独語した。


 杯を片手に、男が座していた。
 大柄の身体には隆たる筋肉がまとわりついている。発する気は熱をおびていた。
 忠恒である。
 その忠恒の傍らには小さなモノが座していた。
 男であるのか女であるのかは判別できぬが、美しい。この世のものとは思えぬほどだ。
 ただその美しきモノは眼を閉じていた。どうやら盲目であるらしい。
 人妖。更紗である。
 忠恒は更紗を潤んだ眼で見つめると、
「更紗よ。もう少し待っておれ。お前のため、ほどなく遭都を手にいれてやるほどに」
 笑った。欲望に濡れた顔はまさに鬼のようで。
 更紗もまた微笑った。忠恒の言葉を真に理解しているかどうかはわからない。無邪気に見えるそれは、まるで童子のものであった。
 たまらず忠恒は更紗を抱き寄せた。脆いものを扱うように優しく抱きしめる。
 問うように更紗が顔をあげた。忠恒が頬をすりよせる。真っ白な更紗の頬は磁気のように滑らかで、幼子のそれのように軟らかかった。
「更紗、更紗、更紗更紗更紗更紗‥‥」
 忠恒は更紗の名を呼び続けた。更紗と共にあると途方もない力がわきあがる。遭都も開拓者も恐くはなかった。
 そして――
 誰にも聞こえぬ声で笑う声が響いた。それは底知れぬ邪悪さに満ちていた。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
ルー(ib4431
19歳・女・志


■リプレイ本文


 怒涛のような響きが、遠く近く、届いてくる。
 戦の轟き。
 数百の兵が守る砦を、千を超える未綿の兵が攻めているのだ。かの地はさながら地獄の様相を呈しているに違いない。
 しかして、ここ。本陣は静かであった。
 と――
 その本陣からやや離れた林の中にぼうと人影が浮かび上がった。
 数は十五。そのうちの八人は開拓者であった。
 ふう、と溜息を零したのは、その開拓者の一人で。
 女だ。二十歳ほどの年頃に見える。目鼻立ちのはっきりした美女で、白い首筋から匂う様な色香がたちのぼっていた。
 緋神那蝣竪(ib0462)。シノビであった。
「さすがに本陣ね」
 那蝣竪は苦く笑った。
 練力により極限まで増幅された彼女の聴力は、闇に潜む幾つもの呼吸音や鼓動をとらえている。おそらくはシノビであろう。
「まあ本陣っすからねぇ」
 那蝣竪の背後に音もなく男が立った。
 これもまた二十歳ほどの外観。華奢で小柄で、一見頼りなげに見える。
 が、装束から覗く腕に弱弱しさは見受けられない。効率の良い、強靭な筋肉がまとわりついている。鍛え抜かれた身体の持ち主であった。
 この男こそもう一人のシノビ。名を以心伝助(ia9077)という。
 いや――
 シノビはもう一人いた。冷たく微笑みつつ、木に背をもたせかけている。
 これもまた二十歳ほど。しかし伝助と違い、長身であった。ジルベリアとの混血であるのか、彫の深い顔立ちで、夜の星のように輝く美貌の持ち主である。
 男――狐火(ib0233)はちらりと那蝣竪を見遣った。それきり口もきかない。元来無口なのである。
 ただ必殺の針たればいい。それが狐火の信条であった。
「しかし」
 と伝助は顔を顰めた。
「厄介なもんを作ってくれたものっすねぇ」
 ええ、と那蝣竪は肯いた。
「目にした者を虜とする人妖。まさに傾国の妖美といったところかしら」
「気に入らないねぇ」
 軋るような声が流れた。
 それは二十歳半ばほどの女の口から発せられた。
 名は川那辺由愛(ia0068)。男の子のような体躯と身長をしているが、凄艶な相貌は紛れもなく女のもので。
 由愛は、その真紅の瞳を凄絶に光らせた。
「蝶よ花よと自分を愛でさせて騒乱へと誘うか。気に入らない。気に入らないわね。――瘴気の欠片すら残しやしないわよ」
 はっとして七兵は由愛を見つめた。精鋭たる彼らをして、そうさせずにはおかぬほどの凄みのようなものを小柄の陰陽師はもっていた。
「が、まあ、これは此度にかぎったわけでもあるまいさ」
 皮肉に笑った者がいる。これも女であり、ふてぶてしさにおいては由愛に劣らぬであろう。乳房を惜しげもなく晒し、切れ長の眼に謎めいた光をうかべている。
 女――北條黯羽(ia0072)はふふんと鼻を鳴らすと、
「何時の世も、他人に支配されないようにするのは他人を支配するより難しいもんさ」
「支配されるというのも、なかなか良いものよ」
 蜜のようなとろりとした、声。発したのは肉感的な美女であった。
 名を葛切カズラ(ia0725)といい、奇遇ではあるが那蝣竪と同じく遊女を生業としている。とはいえ、あくまでシノビとして潜入していた那蝣竪と違い、カズラの場合はあくまで趣味であった。
「支配されたことがあるようだねえ」
「まあ、色々と」
 昔、のことだ。カズラはアヤカシに襲われたことがある。
 その時、アヤカシは触手を用いてカズラを嬲った。そのアヤカシの攻撃に、あろうことかカズラは反応した。自ら触手に舌を這わせ、腰を振りさえしたのである。
 が、カズラはその行為を別に恥じてはいない。快楽は貪らねば損であった。
 されど――
 カズラを不快そうに見遣った者があった。
 ルー(ib4431)。一角馬の神威人だ。
 そのルーの視線に気づき、カズラが小首を傾げてみせた。
「何か?」
「いや」
 ルーは顔をそむけた。カズラのような人間の存在が彼女には信じられなかった。
 これも昔のことだ。ルーもまた辱めをうけた。戦奴として身を売ったことがあったのだ。自由となった今でもその時受けた心の傷は消えない。
「要は、サ」
 結論を下したのは娘。饅頭を口からはなすと、梢飛鈴(ia0034)はいった。
「その者次第って、コトだろ。支配されちまうのも、支配しちまうのも。どんな人妖であっても扱うもの次第、サ」
「確かに、な」
 黯羽の眼の嘲弄の光が強まった。
「が、人はそれほど強くはない。そして愚かなんだよ。哀しいけれどね」
「ならもっと強く、賢くなれば、イイ」
 にこりともせずにこたえ、飛鈴はさらに強くさらしを巻いた。包みきれぬ乳房が、零れた。


「伝助君、精鋭兵の皆」
 那蝣竪がちらりと見遣った。
「引き際は適度に。武運を祈るわ。また、後で逢いましょう!」
「わかりやした」
 伝助はニヤリとした。闇の中、その白い相貌は妙に青く。すでに死しているかに見えた。
「いきやすぜ」
 伝助が目配せすると、六人の男が立ち上がった。
 サムライが三人にシノビが二人、砲術士が一人。名は明石嘉門、北村大膳、野々村新蔵、俊六、鉄次、堀直弥という。朝廷子飼の精鋭の兵だ。
「では、参る」
 抜刀すると嘉門が木陰から飛び出した。後に大膳達が続く。
 さすがに本陣警護の者達が気づいた。敵襲との絶叫をあげる。
 刹那だ。風の唸る音が幾つか響いた。
 新蔵と直弥がよろけた。その身に手裏剣が突き刺さっている。
「ぬっ」
 呻いて嘉門が眼をあげた。空に黒々と五つの影が舞っている。
「しゃあ」
 鉄次と俊六の手から苦無が飛んだ。直弥の銃が吼える。
 地に降り立った時、五つの影のうち、三つの影が横たわり、苦悶していた。それぞれが首から血をしぶかせている。
 が――
 一つの影が新蔵に身をすりあわせていた。その手の刃が新蔵の胸を貫いている。
「おのれ」
 大膳が駆け寄ると、刃をふるい、影の背を割った。残る一人を嘉門はじろり睨みつけると、
「逆賊忠恒を成敗しに参った。邪魔をするな」
「我ら未綿の兵の名にかけて、うぬらの好きにはさせぬ」
 怒声が響いた。
 屈強な体躯の男。手に大太刀をひっさげている。その背後には十を遥かに超す数の兵の姿が見えた。


 ひそやかに闇を駆け抜けていく者がいる。
 一人は伝助だ。そして、もう一人は七人めの精鋭兵、シノビの甚八であった。
 彼らがむかっているのは兵舎として接収された家屋である。兵糧が蓄えられた蔵は警護が厳しくて近寄れなかったのである。
 と、二人のシノビは音もなく家屋の影に身を滑り込ませた。
 伝助の手が素早く動き、印を組んだ。経絡をめぐらせた練気を点孔から一気に放出。変換された練気は炎と化し、伝助の身を取り巻いた。
「させぬ」
 空を裂いて手裏剣が疾った。咄嗟に飛び出した甚八が立ちはだかる。その胸に三つの手裏剣が突き刺さった。
「伝助殿、早く!」
 苦悶しつつ、甚八が叫ぶ。眼のみで肯き、伝助が家屋に火を放った。 


 はじかれたようにルーが眼をあげた。本陣を黒々と滲ませて、空が赤く焼けつつある。
 本陣がさらに慌しくなり、さらに兵達が飛び出していった。火をとめるためだろう。
「用意はいいわね」
 那蝣竪が仲間を見回した。全員、事前に未綿兵から奪った装束を身につけている。
 那蝣竪が飛び出した。後に他の開拓者達が続く。
「真っ直ぐは、危ナイ」
 飛鈴が注意した。真っ直ぐ本陣に向かうなという意味だ。
 辺りは未綿兵で満ちている。不審な行動をとると注意をひいてしまうだろう。
「わかったわ」
 先頭をゆく那蝣竪が肯いた。ルーがちらりと振り向く。
 獲物に群がる餓狼の如く、嘉門達に未綿兵が襲いかかっていた。一瞬見えた大膳は真紅に染まっている。
 まさに満身創痍。おそらく彼らは死ぬだろう。開拓者を信じ、望みを託して。
 暗殺という行為に、本当のところ、ルーは忸怩たる思いを抱いていた。が、その思いを必死になっておさえつけていた。誰かが忠恒と更紗を始末しなければ戦は終わらないのだから。
 しかし今、ルーの足枷はわずかに重みを欠いていた。彼女の背を命を捨てた仲間の手が押している。少なくとも、彼らのためにルーは戦おうと決めた。
 その時、おい、と声がかかった。
 びくり、としてルーと狐火が足をとめた。声は彼らにかけられたものであったからだ。
 未綿兵が数人立っていた。光る眼を二人に据えている。
「見ぬ顔だな。未綿の装束を身につけているが」
「私達は」
 すうと狐火の手が針短剣にのびた。騒ぎが起きる前に口を封じるつもりだ。
 その時――
 未綿兵の額にぼつと孔が開いた。
「未綿の愚か者ども。俺が相手をしてやる」
 直弥が銃をかまえ駆けてくる。未綿兵の注意をひくためだ。
 開拓者達から離れ、未綿兵が殺到した。それぞれが手にした槍を投擲する。そのうちの一本が直弥の胸を貫き、地に縫いとめた。
「彼らが命をかけて作ってくれた時間、僅かでも無駄に出来ないわ」
 由愛が背をむけた。


「敵襲!」
 叫びつつ、七人の未綿兵が本陣に駆け込んだ。庭に回りこむ。戸はすべて開け放たれていた。
「戦況はどうなっておる」
 部屋の奥。座した男が問うた。
 大柄の、巌のような体躯の男。忠恒である。
 傍らには、瞑目した小さなモノが座していた。人間離れした美しい存在。人妖。更紗であった。
「ハッ。 遭都の兵数名、正面と蔵に」
「蔵?」
 忠恒は嘲笑った。
「ふん。カスどもも、なかなかに考えるものよ。なあ、更紗」
 忠恒が更紗に笑みをむけた。
 その時だ。駆け込んできた未綿兵の一人の手から何かが飛んだ。
 それが焙烙玉だと忠恒が気づくより早く、焙烙玉が爆発した。
 刹那、駆け込んできた未綿兵――七人の開拓者が動いた。

「退きやすよ、甚八さん」
 伝助が促すと、甚八は苦く笑いながら首を振った。
「俺はもう動けん。ここで敵を食いとめる。伝助どのは本陣にむかってくれ」
「甚八さ」
 伝助は声を途切れさせた。すでに甚八は死ぬ覚悟を定めている。その男の思いを踏みにじってはならぬ。
 伝助は小さく微笑んだ。
「必ず忠恒と更紗は殺りやす」
 未綿シノビが迫っていた。伝助は地を蹴った。

 カズラが放った符の呪的結索が解かれた。再固定化された式が忠恒の足にからみつく。同時、那蝣竪の手から苦無が飛んだ。
「馬鹿め」
 忠恒は動じることなく立ち上がった。傍らに置いた大剣を引き抜きざま、苦無をはじく。
「カスどもが。この忠恒に指一本でも触れることができると思うか」
「やってやる、サ」
 飛鈴が外套を放った。
 きらり。光がはね、外套が真っ二つになった。すでに忠恒は更紗の前。分断するための焙烙球は使えない。
 瞬間、飛鈴の姿が消失した――ように見えた。それほどの瞬速で移動、一気に間合いを詰めた飛鈴は更紗に脚をぶち込もうとし――
「遅い」
 ぬっと。飛鈴の眼前に忠恒が立ちはだかった。袈裟に刃を薙ぎおろす。
 飛鈴が跳び退り、刃を逃れた。が、刃が生んだ衝撃波までは避け得なかった。吹き飛ぶ。
「曲者め」
 警護の兵達が動いた。
「うるさいねえ」
 黯羽の手から符が飛んだ。
 呪紋は風。術式は斬。
 カマイタチに似た式が一人の兵を切り裂いた。カズラの放った斬撃符は別の兵を切り裂いている。
「忠恒! 人妖一人に、里の者全てを不本意な戦に駆り立て滅びに追い込むの? それが愛の証だとでも嘯くつもり?」
 那蝣竪が飛んだ。一気に間合いをつめ、刃を叩き込む。
「否、今の貴方はまるでアヤカシそのもの!」
「それもよかろうさ」
 忠恒の刃が那蝣竪のそれを受け止めた。
 その瞬間だ。凄まじい圧が膨れ上がった。たまらず那蝣竪がはじき飛ばされた。
「はっはは。見たか、未綿の術を」
 咆哮をあげて忠恒が刃を横殴りに払った。唸る衝撃波が開拓者達をうちのめす。さらに、さらに。
 が――
 ルーのみは第三の衝撃波をかわしてのけていた。彼女の名は光を意味する。光は風より速い。
 練力により俊敏性をあげ、瞬時にしてルーは忠恒との間合いを詰めた。銃口を顔面にむける。
「くだらぬ」
 薄笑いを浮かべつつ、忠恒が手をあげた。その掌が揺らいでいるのは見えぬ障壁が展開している故だ。
 が、かまわずルーは引金をひいた。高出力で射出された弾丸は忠恒めがけて疾り――
「なにっ」
 愕然たる声は忠恒の口から発せられた。弾丸は彼の掌寸前で曲がり、別の方向に飛んでいったのだ。その先は――
 更紗の頭が大きく揺れた。弾丸がその頭をぶち抜いている。
「き、貴様ぁ!」
 獣のような咆哮をあげ、忠恒が更紗に駆け寄ろうとした。が、動けぬ。床を這う影が彼のそれを縛っていた。
「少しおとなしくしていてもらいましょうか」
 狐火の口の端がつっと吊り上がった。
 その時である。更紗が動いた。
「逃がさないわよ」
 更紗の前に娘が立ちはだかった。由愛である。
 凄絶に笑うと、由愛が指刀で空間に呪言を刻んだ。固定化された呪力の塊――蛭の形状をもった式が更紗に襲いかかった。
「ぬっ」
 呻いて、由愛が跳び退った。凄愴の鬼気が更紗から吹きつけてきたからだ。
 刹那――
 更紗の身が爆ぜた。散りしぶく鮮血と肉片の中、何かが佇んでいる。
 妖艶な相貌をもった女だ。が、女は人間ではなかった。
 血を塗りつけたように赤い唇からは牙が覗き、腕は六本あった。さらに額には角。鬼女だ。
「あ――」
 忠恒と護衛の兵達が棒立ちとなった。まるで糸が切れた人形のように。
「今だ!」
 黯羽が手をさしのべた。空間が悲鳴をあげ、九尾の狐が躍る。獰猛な式が忠恒の首を噛み裂いた。
「おのれ」
 鬼女が由愛に迫った。咄嗟に由愛が毒蟲を放ったが、鬼女は平然としている。刃の爪を生やした手を由愛に叩き込み――
 鬼女の腕がとまった。鞭が鬼女の腕にからみついている。カズラの鞭が。
「よくも」
 鬼女が歯噛みした。
「もう少しで未綿の里を潰せたものを。が、この陽貴、このままでは終わらぬ」
「だったらどうするん、ダ!」
 脚がのびた。飛鈴の脚が。
 一度天にむかって疾ったそれは、鬼女――陽貴の頭上に至ると、一気に下降した。
 轟、と。
 飛鈴の踵が、振り上げられた陽貴の腕にめり込んだ。一瞬だが陽貴が膝を折る。恐るべき飛鈴の蹴りの威力であった。
「覚えておれ」
 陽貴が跳躍した。天上をぶち破り、屋根へ。そのまま逃走する。
 その時に至り、ようやく警護の兵達が我に返った。が、すぐには動けない。更紗の魅了が解けた今、彼らはただ動揺していた。
「退きますよ」
 忠恒にとどめを刺した狐火が促した。


 幾つもの爆発音が轟いた後、本陣から七つの影が走り出てきた。いうまでもなく開拓者達である。
 気づけば八つめの影があった。伝助である。
「やりやしたね」
「ええ。でも」
 カズラの眼は転がる骸をとらえていた。
 六人の兵達。姿が見えぬ以上、俊六も命を落としているのは確実だ。さらに砦を守り、囮となっていた数百の命もまた――
「やったわよ。少しは喜んでくれるかしら」
 こたえはない。けれどわかっていることが一つ。
 未綿の里は救われた。