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■オープニング本文 ●暗雲 神楽の都、開拓者ギルドにて。 板張りの広間には机が置かれ、数え数十名の人々が椅子に腰掛けている。上座に座るのは開拓者ギルドの長、大伴定家だ。 「知っての通り、ここ最近、アヤカシの活動が活発化しておる」 おもむろに切り出される議題。集まった面々は表情も変えず、続く言葉に耳を傾けた。 アヤカシの活動が活発化し始めたのは、安須大祭が終わって後。天儀各地、とりわけ各国首都周辺でのアヤカシ目撃例が急増していた。アヤカシたちの意図は不明――いやそもそも組織だった攻撃なのかさえ解らない。 何とも居心地の悪い話だった。 「さて、間近に迫った危機には対処せねばならぬが、物の怪どもの意図も探らねばならぬ。各国はゆめゆめ注意されたい」 ● 「羅生丸を殺せ」 人骨を敷き詰めた寝床に身を横たえた小柄な少女がいった。 蕾のような唇から発せられる声は銀鈴を鳴らしたよう。が、内容は陰惨そのものだ。 少女のいう羅生丸とは修羅であった。安須大祭で賑わう町に現れ、大暴れした異形。開拓者とも互角にわたりあう、恐るべき戦闘力を備えた存在であった。 「殺すはかまわねえが‥‥何故だ?」 応えは闇の中から響いた。地の底から伝わるような不気味な声音だ。 「奴は修羅の隠里の在処を知っている」 気だるそうな表情を浮かべていた少女であったが、ふいに形相が変った。小さな手を握り締める。 グチャリと何かが潰れる音。血飛沫が散る。少女は手の中にハツカネズミを握っていたのであった。 が、その凄惨な光景にもさして感慨は覚えぬのか、闇の中の声はどこか薄く笑いさえして、 「くだらねえ。羅生丸を殺してどうする? どうせ酒天が知ってるんだろうが」 「いや」 少女は否定した。 「酒天は数百年の間封印されておった。奴めは修羅の隠里がどこにあるか知らぬ」 「なるほど。で、羅生丸、か」 「そうじゃ。何やら人間どもの中には修羅と和解しようと目論む者もいると聞く。そのような真似はさせぬ。何としても修羅と人間との和解の道を閉ざすのじゃ」 「面白い」 闇の中に何かがゆらりと立ち上がる気配がした。 「修羅と人間がどうなろうと知ったことではないが、羅生丸、喰らえば美味そうだ」 金狼童子、星鷲童子、蠍童子と呼んだ。 おう、と三つの影がこたえた。いずれもが人ではない。異形であった。鬼である。 一つは金色の毛に覆われていた。相貌は狼だ。三つの影の中では比較的小柄であり、俊敏そうであった。 さらに一つ。それは猛禽の羽をもっていた。手足の爪は鋼すら引き裂く鋭さをもっている。 残る一つ。それは金属質の光沢をもつ鱗に覆われていた。爪が黒く光っている。毒の光だ。 「鬼どもを使って羅生丸を探し出せ。殺すのはいいが、喰らうのは俺だ」 ● 「羅生丸と会えぬものか」 大伴定家は呟いた。欝たる表?ナ。 これは天儀において誰もが知るところであるが、朝廷には三羽烏と呼ばれる人物がいる。一人は外大臣である藤原一条保家。そして一人は大将軍であった物部大伴定家である。 その定家であるが。彼は今回の修羅に関する騒動において、和平を推す一派であった。 修羅もまた天儀に生きる者。上手くすれば共に手をとり未来に歩むことのできる友となりうるかもしれない。そう定家は思っている。 が、藤原保家は違う。彼は修羅を敵と断じ、徹底的に排除する考えだ。 「早く和平を結ばねばならないが」 定家は重い息をついた。 いうは易く、行なうは難し。そのためには修羅の隠里の長と談合しなければならない。 その修羅の里の在処を知る者は一人―― 「羅生丸を探し出さなければならぬ」 ● 丘の上に身を横たえ、若者は星空を見つめていた。 相貌は精悍無比。身体は若い獣のようにしなやかで、精気に満ちている。羅生丸であった。 闇はしんと冷えている。氷の肌触りがあった。が、羅生丸にとっては冷気などさしたることはないのか、ただ寝転んでいる。 その脳裏を様々な思いがよぎっていた。 酒天は何を考えているのか。 人の異様な動き。 アヤカシの蠢動。 何かが起こりつつあるのは確かだ。が、鳴動の正体がわからない。 「どうするか」 羅生丸は眼を閉じた。今は疲れていた。眠りたい。 この時、彼は知らない。神ならぬ身の羅生丸は。 アヤカシと人。二つの勢力が修羅と天儀の未来をかけて動き出していることを。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ルー(ib4431)
19歳・女・志
三太夫(ib5336)
23歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 走り寄る幼女を一人の女が抱き上げた。 年齢は二十歳半ばほど。が、そうは思えぬ色香が溢れていた。かなりの上背があり、大きくはった乳房を惜しげもなく晒している。 北條黯羽(ia0072)。開拓者であった。 「元気がいいねえ、子供って奴は」 眩しそうに笑う。今日の黯羽は機嫌がいいらしい。 「何か情報はあったかい?」 柔らかな感触の声音。黯羽を見下ろすように立つ影があった。 女だ。年齢は黯羽と同じほど。黯羽に負けぬほどのふてぶてしさに満ちている。いや―― 三太夫(ib5336)という名のシノビの持つ雰囲気は不敵さとは少し違うものであるかもしれない。 外套を大きくはだけており、忍び帷子に覆われた身体を覗かせているのだが、見た者は思わず息をのむにちがいない。 三太夫の右の乳房が、ない。おまけに背にかけて大きな火傷の傷痕がある。 乳房は任務中、敵に削がれた。火傷は拷問によるものだ。 普通の女ならば正気を失うかもしれぬ境遇であった。いや、たとえシノビであっても。 が、三太夫は違った。傷痕を恥じることもなく、彼女はその場所に黒牡丹の刺青を施したのである。むしろ傷痕を誇示するが如く。 並みの神経ではない。もしかすると三太夫の精神はアヤカシに近いのであるかもしれなかった。 「まあね」 黯羽がニヤリとした。 抱き上げた幼女――美咲というのだが――がどうやら羅生丸を目撃したらしい。 十日ほど前のことだ。遊んでいた美咲が転んだ。それを一人の若者が助け起こしたという。 「金色の瞳に角。人相は羅生丸だ」 「なるほど」 三太夫は唸った。 修羅の足だ。十日もあればすでにこの地から遠く離れてしまっているかもしれない。 「やはり酒天か」 「そのようだね」 黯羽は肯いた。羅生丸は酒天を求めて都に戻っている可能性が高い。街道からそれたこの村で目撃されているのが何よりの証であった。 「なら頼りはあの男か」 三太夫は都の方向に視線を投げた。 ● 三太夫のいうあの男は街道を歩んでいた。 細身に端麗な相貌。長い黒髪を無造作に束ねて後に流したその姿は女に見えなくもない。 香椎梓(ia0253)。志士である。 「何か楽しいことでもあったの?」 問うたのは女である。二十歳ほど。しなやかな体躯は躍動的だが、対照的に寂たる相貌をしていた。 ルー(ib4431)。梓と同じく開拓者であった。 「いえ、別に」 梓は首を振った。が、すぐに、いや、と梓は付け加えた。 「楽しいことといえば、あるにはあります。羅生丸」 ふふ、と梓は微笑を深くした。 「果たしてどのような方なのか」 そういえば、と梓はルーの顔を覗き込んだ。 「あなたは羅生丸と戦われたことがあるのでしたね。どのような青年なのですか」 「哀しい瞳をしていた」 ルーは眼をそらせ、こたえた。彼女は男の凝視に慣れていない。拒絶してしまうのだ。 その事実は彼女の生い立ちに起因する。 かつて、ルーは身を売り、奴隷並みに扱われた。その時、彼女は心身ともに深く傷ついたのである。今は自由を得たが、それでも傷は癒えなかった。 修羅もまた同じだ。彼らも迫害され、傷ついた魂をもっている。羅生丸の瞳はルーと同じ色をしていた。 「一つだけ忠告しておくわ。羅生丸を、無理やりギルドに連れてくなんて無理」 刃を交えたルーにはわかる。羅生丸の強さが。 「わかっていますよ」 梓はまたもや笑った。何を考えているのかわからぬところのある男である。梓は続けた。 「かつて虐げた者にこちらの都合だけをおしつけるつもりはありませんよ。ただ双方にとって有利な条件で手を結ぶことはできると思うのですよ」 「だから都で酒天が動いていると噂を流したのね」 都の片隅。居酒屋から飛び出した男があったという。 それが酒天の噂を聞いた直後のことで、それで店主もよく覚えていた。人相は羅生丸とよく似ていた。 「おそらく彼は」 梓の眼が微かに光った。 ● その梓とルーの遥か前にいるのが神咲輪(ia8063)とゼタル・マグスレード(ia9253)であった。 脇道ともいえる街道。道々、二人は茶屋などにより、羅生丸の目撃情報を集めていた。それは修羅とても食事をとることは必要だと考えてのことで。 収穫はあった。一人の男が目撃されている。巨大な体躯をもつその男は、笠もとらずに食事をとっていたらしい。 「羅生丸かしら」 少女のように可憐な娘が小首を傾げた。腰まである艶やかな、やや青みがかった黒髪が美しい。輪である。 「だと思いますが」 氷でつくりあげたような冷然たる面持ちの若者が肯いた。ゼタルである。 「だったらいいな。また会えるかもしれないもの」 輪は微笑んだ。 先日のことだ。輪は羅生丸と戦った。その際、羅生丸は輪を抱きかかえて逃走したのである。 輪達は羅生丸をとらえようとした。殺されても文句はいえぬはずであった。が、羅生丸を輪を無傷で解放した。 「‥‥助けてくれたのよね」 ぽつりと輪は呟いた。 何だか嬉しいが、何だか悔しい。素直にありがとうはいってやらないと思った。 ゼタルは肯くと足を速めた。 「急ぎましょう。嫌な予感がする」 「嫌な‥‥予感?」 「ええ。アヤカシが修羅を名乗り悪事を働いています。つまりアヤカシ側には修羅と人に手を結んで欲しくない思惑があるという事。もしかすると羅生丸の身に危険が迫っているかも」 ● よいしょっと。 小柄の、文字通りの少女が肩に担いだ立て札をおろした。 品の良い顔立ちだが、あまり表情はない。可愛い人形のようだ。 鈴木透子(ia5664)。開拓者である。 立て札を受け取って地に突き立てた者があった。 こちらも少女だ。十代半ば。彫の深い相貌の持ち主で、どうやらジルベリアの出身であるらしい。 フィン・ファルスト(ib0979)という名の騎士であるのだが、その細身のどこにそのような力があるのか、ガッと立て札の先端が地に突き入れられた。 「これでいいかな?」 「はい」 透子が肯いた。 と、道行く人が数人足をとめた。興味深げに立て札を、そして透子を交互に見遣った。 立て札に記された内容はこうだ。 一つ。アヤカシが修羅のふりをし、暴れている。 一つ。開拓者が最寄りのギルドに集まっている。 一つ。開拓者ギルドが羅生丸に協力を求めている。 「あの」 透子は少し頬を染め、口を開いた。 「聞いてください。修羅とアヤカシは違うんですよ」 数名の通行人がまたもや足をとめた。懸命なる透子の声が、彼の心のどこかを震わせたのかもしれない。 「透子さん。みんな、聞いてくれるみたいですね」 「はい」 たとえ聞いてくれなくとも。透子は訴え続けるつもりであった。 羅生丸は人を憎んでいる。その羅生丸に助けを求めなければならないのだ。どのように懇願しようとも、ただ言葉のみ発したところで羅生丸の心が動くはずがない。 「そうだよね」 フィンが他の立て札を担いだ。人通りが少なくなったからだ。より多くの人に訴えるためには場所をかえる必要がある。 「がんばれば、きっと羅生丸さんはわかってくれると思う」 気合をいれなおし、フィンは歩き出した。 十日ほど前のことだ。フィンは羅生丸と会ったことがある。 修羅を名乗る鬼女丸というアヤカシとフィンは戦った。その際、フィンは危地に陥ったのである。そのフィンを救ったのが羅生丸であった。 何故羅生丸がフィンを救ったのか。その理由は、想いはフィンにはわからない。が、感謝の心がある。 そして一つだけわかっていること。羅生丸は悪いヒトじゃない。 と―― 突如、透子が足をとめた。 「何か御用ですか?」 振り返る。幾つかの人影があった。 巨大な体躯。笠のために顔はわからない。が、その者達からは異様な気配が放散されている。妖気だ。 「娘。訊キタイコトガアル」 「鬼!」 フィンが剣を引き抜いた。人影から発せられる妖気と似た気配を先日感得している。 刹那、人影が動いた。笠をはねとばし、殺到する。露出したその者達の相貌は鬼だ。 フィンは丹田に気を集めた。練り上げ、経絡に沿って全身を巡らせる。 その瞬間、鬼の拳が襲った。フィンが盾で受ける。強大な圧に、フィンの踵が地を抉った。が、フィンは退らない。 閃く光流は横一文字。鬼の胴からどす黒い血が噴出した。 「やった! あっ」 フィンが呻いた。鬼の背を踏み越え、別の影が躍り上がったからだ。そいつは全身を鎧のような鱗で覆われていた。ただの鬼ではない。 「疾ッ」 透子の手から符が飛んだ。それは空で分解。展開された呪力力場に再構成、固定化された式形態は鬼である。 鬼が鬼――蠍童子に襲いかかった。するりと蠍童子が身を躱す。招鬼符の弱点がこれであった。 今度は蠍童子が襲いかかった。透子が跳び退る。が、遅い。人――少なくとも陰陽師の反射行動は鬼にはかなわない。 蠍童子の爪が透子の肩を裂いた。苦鳴をもらしつつ、透子は別の符を取り出した。 治癒符。 一陣の涼やかな風が吹き、たちまちのうちに透子の肩の傷が癒着した。が―― 「あ、ああ」 透子の口から只ならぬ呻き声があがった。 「透子さん!」 愕然としてフィンが透子に駆け寄った。透子の顔がどす黒く変色している。 ギギギ。 蠍童子が笑った。 「ソイツハモウ終ワリダ」 返答の代わりに透子は狼煙銃の引き金を引いた。が、それだけが渾身の業だ。透子の手からぽろりと狼煙銃が落ちた。 「くっ」 唇を噛み締め、フィンは透子を抱き上げた。鬼どもを睨みつける。 一人であるならば突撃し、散華することも可能である。が、今は透子を守らねばならない。 「お前は相変わらず人の盾になってやがるんだな」 突如響いた声。 はっとして振り向いたフィンは見出した。 彼を。修羅を。 羅生丸を。 ● 「どうして」 フィンは瞠目した。羅生丸は苦く笑うと、 「町であんなに派手に講釈たれてたんじゃ目立つぜ。――そいつは毒だ」 羅生丸がフィンに小石ほどの黒い塊を放った。修羅に伝わる毒消しである。 受け止めると、フィンはそれを透子の口に含ませた。乱れていた透子の息が落ち着いていく。 透子を横たえると、フィンは駆け出した。 「透子さんを連れて逃げて!」 「馬鹿が。お前一人で敵う相手じゃねえ」 羅生丸の姿が消失した。瞬間的にフィンの前に現出する。 刹那、来た。蠍童子の爪が。 羅生丸が跳び退った。ちらりと腕に視線をおとす。浅く切り裂かれていた。 「チッ」 羅生丸が舌打ちした。毒消しは一つきりだ。強大な修羅の体力をもってすればすぐさま命の危険にかかわることもなかろうが―― 「お前こそ逃げろ」 「あんたこそな」 声とともに腕がのびた。羅生丸のそれを掴む。 腕の主は女であった。三太夫。狼煙を見て駆けつけてきたのだ。 「貴様は」 「開拓者だ。黙ってな」 三太夫がナイフを取り出した。手早く羅生丸の傷を抉る。そして唇を押しつけた。 「何を」 「黙ってろっていったろ」 三太夫が血とともに吸い出した毒を吐き捨てた。羅生丸はただ呆然と三太夫を見つめているのみだ。その背に、羅生丸、と声が飛んだ。これは黯羽であった。 「ともかくもずらかるよ。すまないが透子を担いでくれないか」 告げざま符を放つ。カマイタチの形態に固定化された式が蠍童子を襲った。 まるで鋼が相うったかのような音が響き、式がはじかれた。蠍童子の鱗によって。 「ソンナモノガ効クカァ」 蠍童子が殺到した。 ● 「これは」 ルーが足をとめた。振り返る。 そのルーの眼前で立ち止まった者がいる。笠をかぶっているために顔はわからない。が、その巨躯といい、発せられる妖気といい、人間ではありえなかった。 「アヤカシね」 ルーが抜剣した。するとその者が笠をはねとばした。 異形。それは狼の相貌をもっていた。金色の毛並みが陽光に煌いている。 「邪魔ヲスルナ」 「目当ては狼煙――羅生丸か」 梓もまた抜刀した。 刹那だ。異形――金狼童子が襲った。 迅い。梓が炎魂縛武を発動している余裕はなかった。 鋼の硬度をもつ金狼童子の爪が閃いた。唸りをあげて梓の顔面に迫る。 「ぬうっ」 梓が剣を疾らせた。が、金狼童子の一撃は梓の予想を超えて迅い。このままでは間にあわない―― ギンッ、と。雷火が散った。梓の刃と金狼童子の爪がかみ合ったのである。 梓が横に飛んだ。そのまま金狼童子は疾走した。風のように。その脚力にかなう者などざらにはいないはず―― が、風はもう一人いた。ルーだ。 金狼童子の背にぴたりとついたルーが剣をたばしらせた。金狼童子が身をひねり、かわす。同時にルーに肉薄した。 カッ、と。次の瞬間、金狼童子が眼を見開いた。彼の眼は突きつけられた凶猛な筒口を覗き込んでいる。すべてはルーの狙い通りであった。 「修羅でも、仲間がいる人を私と同じようにはさせない」 ルーが引鉄を引いた。皇帝に備えられた宝珠が練力を爆発力に変換。凄まじい速度で撃ち出された弾丸が金狼童子の顔面で炸裂した。さらに、さらに―― たまらず跳び退った金狼童子であるが。その背後にするすると回りこんだ梓は渾身の一撃を背に叩きこんだ。 ● 牙が抉った。同時に高密度の瘴気を送り込む。 九尾の白狐の仕業だ。たまらず蠍童子が苦悶した。 「どうだい。そいつは効くだろ」 「ラ、羅生丸ヲ、殺レェ」 蠍童子 が吼えた。一斉に他の鬼が動く。 と―― 空より小さな影が舞い降りて来た。猫族の身ごなしで着地。思わずといった様子で足をとめた鬼達の前で、影はにこりと微笑んだ。輪である。 「つかまえられるかしら」 「ガッ」 鬼が襲った。ひらりと輪がすりぬける。まるで舞っているかのように。その時―― 一際高い蠍童子の悲鳴が響き渡った。その脳内で呪的熱量に変換された怨霊の声が炸裂したことを知る者はいない。ただ冷めた瞳の陰陽師を除いては。 「さあ、雑魚を始末しますか」 口を開いたゼタルの声は相変わらず淡々としていた。 「君達修羅との共存を希望している、さる御方がいる」 ゼタルが告げたのは、鬼達を掃討した後であった。 「俺に会えとでもいうのか」 羅生丸はせせら笑った。 別に羅生丸は人間との共存など望んではいない。酒天童子を王として奉じ、鬱積した修羅の無念を晴らすことこそ願いである。が―― 羅生丸の嘲笑が凍結した。肯くゼタルの眼の光のために。何とこの男は澄んだ眼をしているのであろう―― 「もうあんなのは嫌なんだ」 フィンが呻くような声でいった。 「ジルベリアで起こった乱で街も家族も、みんなボロボロになっちゃった。殺しあったり憎しみあったりは、もういや」 「信じてもらえないだろうか、私達を」 ルーがいった。同じ哀しき瞳の持ち主である羅生丸にむかって。 羅生丸はたまらず眼をそらせた。 「酒天童子が開拓者ギルドの預かりになっているそうだな」 会うために利用するのもいい。羅生丸は考えた。が、何故だか言い訳のような気が、羅生丸にはした。 |