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■オープニング本文 ●死霊の玉座 人骨を敷き詰めた寝床に、小柄な少女が寝そべっていた。 少女は気だるそうな表情を浮かべたまま、手元でハツカネズミを遊ばせている。 「封印されたと聞いていたが‥‥酒天め、いまいましい」 ふいにつぶやく少女。 その小さな手をきゅっと握り締める。ハツカネズミは血飛沫と共に肉塊へと変わる。 修羅の王――祭りの喧騒に誘われるようにして封印を解かれた酒天童子。かつて朝廷と覇を争ったとも言われる王が復活したとの報に、少女は不快感を露わにした。 それも、酒天は再度封じられるでもなく、開拓者ギルド預かりの身となったと言うではないか。朝廷との間に再び血の雨でも降ろうものなら面白いものを‥‥どうも、そういった様子ではない。 「ならば争わせるまでじゃ」 手元の肉塊を混ぜ捏ねるようにして放り出すと、ハツカネズミは再び腕を駆けはじめた。 「ふふ‥‥」 少女の口元に、凄惨な笑みが浮かんだ。 ● 村の老人が振り向いた時、ソレはいた。 透けるように白い肌。女と見紛うばかりに美しい相貌。まるで血を塗りつけたかのような真っ赤な唇。花の精のような美丈夫だ。 が、この花からは毒の香りがする。不気味なことに美丈夫の額には二本の角がぞろりと生えていた。眼は血の坩堝のように紅い。 一瞬眼を瞠ったが、すぐに老人は背をむけた。 彼は神威人を知っていたから。角のある人は珍しくない。 「老いぼれ」 ソレが無造作に拳を振り下ろした。老人の頭が西瓜のように爆ぜる。それが始まりであった。 すべての村人の悲鳴がやんだのは夕刻のことであった。 楽しい遊びでも終えたかのように息をつくと、美丈夫は唇を開いた。濡れた舌をのばし、指先を染めた鮮血をぬろりとなめあげる。そして蹲って震える十歳ほどの少女を見下ろした。 「俺が恐いか」 美丈夫が問うた。びくりとして少女が肯く。すると美丈夫は嬉しそうにニンマリした。 「そうか。ならお前は生かしておいてやる。だから」 美丈夫は少女の髪を掴んだ。野菜を引き抜くように持ち上げる。苦痛に少女が悲鳴をあげたが知ったことではなかった。 「俺の名を伝えろ。わかったか」 美丈夫が少女の眼を覗き込んだ。少女が小さく首を動かす。美丈夫は再びニンマリすると、 「俺の名は鬼女丸。修羅だ」 ● 一人の男が開拓者ギルドに駆け込んできたのは、遭都と北面の境にある安国寺村が滅びた数日後のことであった。 「村を救ってくれ」 猟師らしき身形の男はいった。そして児玉村と続けた。 「奴らが児玉村を襲うといっていた」 「奴ら?」 ギルドの受付の者は身を乗り出した。村を襲うとは只事ではない。 修羅だ、と男はこたえた。 「獲物をとるために森に入ったら不気味な気配がした。慌てて隠れたら奴らが現れたんだ。鬼――修羅が」 「修羅‥‥」 受付の男は息をひいス。 先日滅びた安国寺村を含め、すでに五つの村が滅んでいる。下手人は知れていた。 修羅。鬼女丸だ。 いずれの村でも鬼女丸は村人を一人だけ生き残させ、自らの名を告げている。目的はわからない。 「役人には知らせたんだが、奴ら、証がねえと動けないといいやがった。くそっ。もう時がねえってのに」 男が唇を噛み締めた。 受付の男は慌てて筆をとると、依頼書をひろげた。児玉村は他の五つの村と同様に遭と北面の境にある。男のいうことが本当であるなら、今から開拓者を集めたとしても間に合うかどうか―― 「ともかく急いで依頼を出しましょう。できるかぎり村人を助けなくては」 ● 「修羅が暴れておるそうな」 ニヤリとしたのは厳しい顔つきの老人だ。名を藤原保家といい、朝廷における有力公家であった。 はい、と肯いたのは背筋をきりりとのばした冷然たる娘であった。端正な相貌をもっているのだが、どこか表情が乏しい。 名は芦屋馨。保家の側用人であり、陰陽師であった。 「すでに五つの村が滅び、此度もまた」 「何かあるのか」 「はい。児玉村を襲撃するらしく。開拓者が集められております」 「ふむ」 保家は瞑目した。ややあって眼を開けると、 「芦屋よ。お主もゆけ」 「児玉村へ、でございますか」 「さよう。開拓者どもと共に児玉村に赴き、事の顛末を見届けるのだ」 保家は命じた。 ● 「修羅、だと」 疾風のように地を馳せる影があった。 若者だ。笠に隠れてはいるが、顔は精悍そのものであった。瞳は金色の光を放っている。 「馬鹿な。都にいるのは俺と茨木の二人だけのはず。それに」 修羅は鬼女丸と名乗ったという。が、若者は鬼女丸という名の修羅は知らない。 「隠里から出てきたか。それとも」 正体を確かめてやる。若者は疾走の速度をあげた。 彼の名は羅生丸。修羅であった。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ● 血の滲んだような悲鳴が遠く。 それは風にのって舞っていた。気づけば風には白いものがまじっている。雪だ。 ぴたりと九つの人影が足をとめた。 「間に合わなかったか」 一人のサムライがきりりっと唇を噛んだ。 名は紬柳斎(ia1231)。それだけ聞けば男であるようだが、実は柳斎は女である。やや大柄であるが、その相貌の流麗さは隠し切れない。 「どうするのですか?」 問うたのは、これもまた娘だ。涼しげな美貌には宝石のような自信の光が煌いている。 名は芦屋馨。藤原家側用人であり、今回の依頼におけるお目付け役といったところだ。 「二班に分かれ、村に入る」 こたえたのは男。馨が眼をむけると、男は皮肉めいた笑みを返した。 男の名は溟霆(ib0504)というのだが、どこか世を斜めに見たようなところがある。真面目さを捨てきれぬ馨としては気に入らない。 「分かれる?」 抗議の響きを込めて馨は問い返した。 情報によれば、羅生丸なる修羅は開拓者と互角にわたりあった怪物であったという。これから対峙するであろう鬼女丸も噂通りであるなら同等の怪物。たった四人で戦うことはどう考えても不利であった。 「それは」 「どうということはないわ」 馨の言葉を一人の少女が遮った。 霧崎灯華(ia1054)。人形のように整った相貌は可憐というしかない。が、その口元に浮かぶ笑みを見たとたん、人は冷たい手に背を撫でられた思いをもつ。それほど灯華の笑みには禍々しきものがまじっていた。 「たかが鬼。本当に楽しめるかしら」 くくっと灯華は笑った。 刹那、馨の背に粟が生じた。 狂。灯華という少女は血を欲している。まさに死神だ。 「理由はあるんだ」 口を開いたのは二十歳ほどの若者だ。飄々としており、どこか不真面目な雰囲気があるが、真っ直ぐな瞳をしている。 アルティア・L・ナイン(ia1273)。ジルベリア帝国の騎士の出自であるが、サムライとなった変り種だ。 「理由?」 「ああ。僕は羅生丸と戦ったことがある。だから修羅の強さはわかっているつもりだ。けれど僕達はただ鬼女丸を斃しにきたんじゃない」 アルティアの眼が光った。うっと馨が息をつめる。眼前の浮ついた感じのある若者が只者ではないと悟ったのだ。 「そうなのよね」 微笑。 声の方に眼をむけた馨は、そこに白銀の髪の少女の姿を見出した。 フィン・ファルスト(ib0979)という名とジルべリアの名門と謳われたファルスト家出身の騎士であるということしか知らないが、実は八人の開拓者中、馨が最も好意をもっているのがこの少女であった。 理由は、フィンが本気で正義を守ろうと考えているからだ。ひたむきなその姿は眩しさに満ち溢れていた。 「云われ無き理不尽から民を守るがファルストの騎士が務めってね」 フィンが片目を瞑ってみせた。 ● 四つの人影が立ち止まった。あまりに凄惨な光景が彼らの眼前に広がっている。 幾つもの骸が転がっている。 男がいた。女もいた。老人のものもあった。子供のものも。そして―― 赤子の骸を見た瞬間が限界であった。 フィンの口から押し殺した声がもれた。抑え切れぬ怒りのために戦槌を持つ手が震える。 噂では修羅は人を憎んでいるという。それほどの憎悪を抱くのにはきっと理由があるのだろう。 「だからこそ、今あんたたちのしてる事は許せない!」 「ああ」 同じように唇を噛み締めてアルティアが頷いた。 そのフィンとアルティアを、興味深げに眺めている二人の男女がいた。 女は二十歳半ばほど。が、とてもそうとは思えぬほどの妖艶さに満ちていた。白の祈祷服をまとっているのだが、胸元を大きくはだけさせ乳房を露わにしている。 男の方はといえば、どこか不気味な雰囲気があった。鳥のように痩せた身体といい血の気の失せたような蒼白い肌といい、まるで悪魔に見える。 女は葛切カズラ(ia0725)、男はディディエ・ベルトラン(ib3404)。フィンとアルティアと組む開拓者であった。 「真っ直ぐな人というのは気持ちのいいものね」 カズラは薄く笑った。触手のような式を使って嬲るのを想像している。 「しかしあの二人には注意した方がよいですね〜」 ディディエがニッと笑った。 「死人に口無しとは良く申したものでして〜。一人も生かして残さないとなりますとですねぇ、襲ってきたのが酒天童子さんの仲間でなかったとしても、それを証明することが難しくなるわけでして」 その時だ。突如、フィンとアルティアが駆け出した。 道の彼方。駆けて来る村人らしき者の姿が見えた。その後を角ある異形が追っている。 「助けて!」 「やめろ!」 村人とアルティアの怒号が重なった。刹那だ。アルティアの疾走速度がはねあがった。が、間に合わない。鬼の爪が村人を引き裂くべき唸り―― アルティアをかすめるようにして紫電が疾った。鬼の腕をはじく。苦痛の咆哮が鬼の口から迸り出た。 「これが鬼の哭く声ですか」 腕を突き出した姿勢のディディエがいった。その手にはまだ紫電がからみついている。 「おおっ!」 雄叫びをあげつつ、アルティアが肉薄した。たばしる蒙古剣の刃が鬼を逆袈裟に斬りあげる。刃が筋肉を裂く感触にアルティアの手が痺れた。 ● 真紅の色が村を染めていた。まさに血の海だ。 幾人かの村人が倒れていた。確かめてみずとも、すでに事切れているのは明白であった。 その地獄のような風景の中を四人の開拓者が駆けていた。 灯華に溟霆、そして柳斎。もう一人は白銀の髪にアイスプルーの瞳の若者であった。 名はゼタル・マグスレード(ia9253)というのだが、この殺伐とした場においても、その表情はしんと冷えている。 が、馨は気づいていた。ゼタルの身体が小刻みに震えていることを。 ゼタルは怒っているのだ。修羅の無法を。いかに冷徹を装うとしても、ゼタルの魂は炎の色であった。 「修羅め。許さんぞ」 ゼタルは歯を軋らせた。怒りのために――いや、悔しさの故に。 本当のところ、ゼタルはその心の位置において、最も修羅に近い男であった。人と修羅は手をとりあえないものか。そうゼタルは考えすらしていたのだ。 しかるに今回の事件。ついに人が死んだ。どころではない。大量虐殺だ。 まだ鬼女丸が修羅と決まったわけではないが、もしこれが修羅の本性であるなら、しょせん人とは相容れぬ存在である。 「その羅生丸だけれども」 ちらりと溟霆が眼をむけた。 「もしかすると鬼女丸の狙いはそれかも知れないよ」 「それ? 羅生丸のこと?」 馨が問うと溟霆は小さく頷いてみせた。 「態々目撃者を生かし、名を告げるのが気になる。強敵を招きたい戦闘狂ならば事は簡単だが、もしそうでないなら」 「羅生丸‥‥か」 馨はしかし、心中溟霆の推測を否定した。もし羅生丸を誘き寄せるつもりであるなら、もっと確実な方法をとるだろう。襲う村を羅生丸が知っているはずがない。 「いる」 疾走の足をとめることなく、溟霆はいった。背に回した忍者刀の柄に手をかける。 超常の域にまで一時的に高められた彼の聴力はあらゆる物音をとらえることができた。苦悶の声。村人のものだ。 ぐん、と溟霆の疾走速度があがった。 彼の前方、女が倒れている。真っ赤な血にまみれていた。それを見下ろすようにして立つのは――鬼だ。 「待て」 溟霆が間合いをつめた。気がついた鬼の腕がひらめく。唸りをあげたその一撃は、しかし空をうった。溟霆が身を沈めたからだ。 「よく見ないと僕をとらえることはできませんよ」 溟霆が嘲笑った。鬼が吼えた。どうやら侮られたことはわかったらしい。 その鬼の眼前に迫る別の影。灯華だ。ニッと唇の端をつりあげている。 鬼が跳んだ。獣のように灯華を襲う。 「遅いのよね」 すうと灯華が避けた。顔面をかすめるように鬼の爪が疾りすぎたが、灯華は見切っている。すでに鬼には呪縛符を撃ち込んであった。 「鬼さんこちら♪、ってなんかいまいちねー」 灯華の指の間に一枚の符が現出した。 呪唱。呪術結索が解除された瞬間、それは式化され、飛翔。鬼を切り裂いた。 あっ、と呻いたのは誰であったか。 ぽとり落ちた鬼の腕。それが見る間に霧散していくではないか。 「‥‥アヤカシ!」 ゼタルが息をひいた。 ● ぐしゃり、と鬼の頭蓋が潰れた。どう、と鬼の身体が地に倒れる。が、その脇ではフィンもまた蹲っていた。 フィンの脇腹から鮮血がにじみ出ていた。戦槌で鬼に一撃を加えた際、鬼の爪で裂かれたのだ。 「大丈夫?」 カズラが抱き起こす。うん、とフィンが肯いた。顔を顰めつつ。 痛くないはずがなかった。が、フィンに怯んだ様子はない。 カズラは微笑んだ。突き進むその姿は利口とはいえないが、嫌いではない。 と―― カズラの微笑が凍りついた。 彼女の高度な知覚能力はある気配を明確にとらえている。氷の冷たさをもった凄愴の殺気を。 「皆、気をつけて」 カズラが叫んだ。が、すべての言葉を発することはかなわなかった。 灼熱の苦痛に、カズラは腹部に視線をおとした。腹から一本の太い針が突き出ている。 他の三人も同じだ。箇所は違えど、全員針に貫かれていた。 「お前達か。俺の手下を可愛がってくれたのは」 声は家屋の屋根の上からした。はじかれたように眼をむけた開拓者達は、そこに異様な影を見出した。 女のように美しい相貌をもつ美丈夫。が、その白い額からは二本の角がぬらりと生えている。 「鬼女丸!」 さすがに蒼白になった顔でアルティアが呻いた。 くくく、と美丈夫――鬼女丸は笑うと、 「鬼女丸と知ってやってくるとは‥‥お前達、開拓者だな」 「そうですよ〜」 余裕あるが如くこたえはしたものの、ディディエはよろけた。 もともと彼は強健な方ではない。下手をすると意識を失いそうであった。 と、すっとフィンがディディエを支えた。素早く狼煙銃を手にすると引き金を引く。真紅の光流が蒼空に舞い上っていった。 「仲間に知らせたか」 鬼女丸が赤光にちらと眼をやった。そして濡れた舌で真っ赤な唇をぺろりと舐めた。 「では面倒なことになる前にお前達を始末するとしようか」 かっ、と鬼女丸が口を開いた。紅蓮の炎が噴出する。それは真紅の巨蛇のようにのたくりながら開拓者を薙ぎ払った。 「これは」 苦痛にカズラは呻き声をあげた。自慢の蒼い髪が焼け焦げてしまっている。 「修羅は炎なんて吐かないんじゃなかったの」 情報において、羅生丸の武器は肉体そのものだ。衝撃波を発してはいるが、それは強靭極まりない筋肉が生み出した剣風のようなものである。 ふふん、と鬼女丸が笑った。 「修羅も様々でな」 「誰が修羅だ」 第三の声が響いた。雷に撃たれたかのように振り返ったアルティアが瞠目する。彼はそこに見出したのだ。修羅を。その名は―― 「羅生丸!」 「お前は」 羅生丸もまた眼を見開いた。彼もまたアルティアを知っていたのだ。 かつて刃を交えた者。が、どこか憎めぬ男であった。 「開拓者が何故ここにいる?」 「鬼女丸を斃すためにここに来た。同じ修羅である君にはすまないが」 「奴は修羅じゃない。そいつと同じように」 羅生丸は視線を転じた。フィンが斃した鬼にむけて。それは瘴気と化して消えつつある。 「貴様、アヤカシだろう。なあ」 「知られた上は」 鬼女丸の眼に陰惨な光がうかんだ。 「一人たりとも生かしてはかけぬなあ」 刹那、空に幾つかの光がはねた。カズラとアルティアが跳ぶ。かすめて過ぎたのは針であった。そして―― 他の一本はディディエを貫いていた。残る一本は羅生丸の腕に突き刺さっている。背後にはフィンの姿があった。 羅生丸が吼えた。 「邪魔だ。さがってろ」 「いやだ」 フィンがかぶりを振った。 「あたしはさがらない。許せない相手がいるかぎり、前に突き進む」 「ぬかせ」 鬼女丸がせせら笑った。 「いいのか、貴様ら。この間にも村の奴らが殺されているんだぞ」 開拓者達の間に動揺の波が伝わった。まさに鬼女丸が指摘した通りだ。 鬼女丸を斃すため、作戦では開拓者六人をあてていた。となれば、村人を救うのはたった二人の開拓者ということになる。 「だからこそ、さっさとあんたを斃す」 鬼女丸と同質の声がした。灯華だ。溟霆の姿も見える。 その時、カズラの指の間に挟まれた符が発光した。 ● 柳斎が馳せた。鬼もまた。 疾風と疾風。が、鬼の方が迅い。間合いを詰めた鬼の巨腕が柳斎にのび―― 鬼が頭をかかえた。その脳内では破壊的な霊的熱量が爆発している。ゼタルが召喚した式の仕業であった。 次の瞬間、柳斎が鬼の懐に飛び込んだ。見事な連携である。閃く柳斎の剣が鬼の首を刎ねた。 「まだだ」 柳斎が雄叫びをあげた。びりびりと空間が震える。 ぬうっ、と。柳斎とゼタルの周囲に幾つかの巨大な人影がういた。 「来たな、鬼ども」 柳斎が凄まじく笑った。 「覚悟はよいか、ゼタルさん」 「ああ」 ゼタルは冷然と肯いた。 「雑魚は僕達が始末する」 ● 「白面九尾の威をここに、招来せよ! 白狐!」 カズラの手から符が飛んだ。それは空で呪的に分解し、あらかじめ設定されていた式に固定する。 鬼女丸を式――九尾の狐が襲った。爪が肉をえぐり、強大な瘴気を鬼女丸の肉体に撃ち込む。 「おのれ」 鬼女丸が跳び退った。かなりの損傷を受けているはずだが怯んだ様子はない。恐るべき生命力であった。 「喰らえ」 空を舞いつつ、鬼女丸が再び炎を噴いた。 何っ、という驚愕の声は羅生丸の口から発せられた。 彼の前に立ち、炎から庇った者がいる。フィンだ。 「こ、これで借りは返したよ」 「お前」 羅生丸は声を失った。このように人間は見たことがない。 「馬鹿め」 鬼女丸の手から、今度は極太の針が放たれた。それは狙い過たず、必殺の流星と化してフィンの胸に―― 澄んだ音をたてて、針がはじかれた。フィンの前に突如現出した漆黒の壁によって。 「貴様」 鬼女丸が血筋のからみついた眼をむけた。術の発動者である馨に。 と、鬼女丸の身がよろけた。強烈な睡魔か彼の精神を蝕んでいる。もはや立つことすらできぬディディエがきゅうと笑った。 「眠っていただきますよ。証人が必要なのでね」 その瞬間だ。鬼女丸が自らの胸に手刀を突き入れた。 捕らえられることなど許されぬ。それは圧倒的恐怖の成せるものであった。 「ら‥せつ」 鬼女丸の身体が闇色にほろほろと砕け散った。 ● 再び開拓者達は散った。鬼の掃討が必要であったからだ。気づけば羅生丸の姿は消えている。 馨は鬼女丸が消滅した地に佇んでいた。鬼女丸以外の鬼の掃討自体は開拓者にとってさしたる難事ではないだろう。それよりも―― 「何故アヤカシは修羅を名乗っていたのだろう」 馨の胸は戦慄した。 予感がある。天儀にとって何か大きな変革が起こる予感が。 「しかし彼らなら乗り越えるかもしれない」 馨は八人の開拓者の顔を思い浮かべた。 |