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■オープニング本文 ●安須大祭 石鏡、安雲の近くにある安須神宮にて二人の国王‥‥布刀玉と香香背は賑々しい街の様子を見下ろしてはそわそわしていた。 「もうじき大祭だね」 「そうね、今年は一体何があるのかしら」 二人が言う『大祭』とは例年、この時期になると石鏡で行なわれる『安須大祭』の事を指している。 その規模はとても大きなもので石鏡全土、国が総出で取り組み盛り上げる数少ない一大行事であるからこそ、二人が覗かせる反応は至極当然でもあるが 「はしゃいでしまう気持ちは察しますが、くれぐれも自重だけお願いします」 「分かっていますよ」 だからこそ、やんわり淡々と二人へ釘を刺すのは布刀玉の側近が滝上沙耶で、苦笑いと共に彼翌ヨ応じる布刀玉であった。人それぞれに考え方はあるもので、石鏡や朝廷の一部保守派には派手になる祭事を憂う傾向もあり、一方で、辛気臭い祭事より盛大なお祭りを望むのが民衆の人情というもの。 様々な思惑をよそに、お祭りの準備は着々と進みつつあった。 ● そこは広壮な屋敷であった。 月のない夜。闇の中に一人の男が佇んでいる。 顔はわからない。男は頭巾をかぶっていた。覗く眼のみ冷たく光っている。 「名張の者どもよな」 頭巾の内からくぐもった声がもれた。すると闇の中から低い応えがかえった。 「うつぼ五忍衆が一人、黒うつぼ。お召しにより参上」 「毒うつぼ」 「闇うつぼ」 「鬼うつぼ」 「大うつぼ、ここに」 「うむ」 頭巾の男は満足げにうなずくと、 「うぬらに命がある」 「それは承知してござりまするが」 闇の中の声の一つが問うた。 「して、その命とは?」 「ある者を襲え」 「ある者? それは」 「藤原保家」 頭巾の男はこたえた。 ● ある一室。 その中にも祭りの喧騒は届いている。 上座に座した男は歯をきりきりと噛み鳴らした。藤原保家。朝廷における保守派の一角を担う重鎮である。 「‥‥浮薄な。愚かなことよ」 保家は吐き捨てた。 安須大祭とは、初代大もふ様が降り立ったその年、豊作となった事を切っ掛けとして開かれる様になった豊納祭である。元々は厳かな祭りであったが、近年、それはとても賑やかなものとなっていた。保家はそれが許せない。 と。その時、戸のむこうから声がした。 「何じゃ?」 「不穏な噂を耳にしてございます」 「不穏な噂、とな?」 「はっ。保家様のお命を狙う者があるとのこと」 「馬鹿な」 保家は嘲り笑った。 「このわしに手などだしうるものか。放っておけ」 「しかしながら」 声は途切れた。保家が翻意などしないことは良く承知している。 「では、せめて供の者を」 「よかろう」 声の主は退った。 声の主の名は橘則光といった。 則光は娘の紗衣を見遣ると、 「保家様の供をしてくれるか」 「はい」 紗衣は静かに肯いた。華奢で楚々とした風情ではあるが、剣の腕前はかなりのものであった。 が、則光は苦しげに顔をゆがめると、 「保家様にもしものことがあってはならぬ。その時はお前が盾になれ」 「はい。命にかえまして保家様をお守りいたします」 「すまぬ。が、お前一人を犠牲にはせぬ。またお前一人の手で守りきれるとも思えぬ。故に開拓者ギルドに依頼を出しておいた」 告げると、則光は娘の手をとった。十七の少女はただ微笑んでいた。 ● 「橘則光」 保家はニンマリした。先ほど則光の娘である紗衣との目通りをすませたところである。今、紗衣の姿はない。 「忠義一途‥‥といえば聞こえはいいが、所詮は目端の利かぬ愚か者。娘を犠牲とするとは」 「殺してようござるか?」 問う声がした。さて、と保家は首を傾げた。 「可憐な花一輪、果たして手折るべきや否や」 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ
計都・デルタエッジ(ib5504)
25歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ● 安雲。 いわずと知れた石鏡の首都である。その安雲は今、安須大祭の賑わいの只中にあった。 その賑わいをぬって一人の少女が先を急いでいた。 年齢は十七くらいであろうか。華奢で磁器の如く白い頬をしていた。 「紗衣さん」 呼び止める声がした。 少女――紗衣が振り返ると、背後に数人の人影が見えた。 女が七人、男が一人。年齢は様々だ。 「そうですが」 紗衣の手がすっと腰の刀にのびた。女の中には彼女よりも年下らしき者の顔も見えるが、どうも気配が只者ではない。 「私に何か御用ですか」 「拙者達は敵ではない」 女の一人が苦笑をうかべた。上背があり、一見したところ美丈夫としか見えない。 「拙者の名は紬柳斎(ia1231)。開拓者だ」 「はい」 別の女が手を差し出した。こちらは紗衣よりも年上であるようだが、実に可憐であった。まるで天から舞い降りてきた天女のように流麗だ。 「私は神咲輪(ia8063)」 女は名乗った。その手には一枚の紙片が握られている。受け取って広げてみると、そこには橘則光の名が記されてあった。字は間違いなく父のものだ。 詰めていた息を吐くと、紗衣は刀の柄から手を放した。 「父から聞いております。お助けいただけるのですね」 「はい〜」 ゆるりと肯いたのは大きな頭巾をかぶった女であった。彫刻的な美しい顔立ちをしている。女神のように眼を細くして笑んでいるのだが、どこか得体の知れぬところがあった。 女は計都・デルタエッジ(ib5504)と名乗ると、 「折角のお祭りですのに〜、物騒な事もあるものですわね〜」 「ただの噂であれば良いのですが、もし真実であるならばこの身を盾として保家様をお守りする所存です」 「いい根性してるじゃないか」 少女がニッと笑った。挑むような瞳といい、小麦色の肌といい、まるで少年のようだ。が、相貌の可愛らしさは隠しようもない。 「俺は若獅(ia5248)。確かめておきたいことがある」 一言ことわってから若獅が切り出したのは、開拓者の警護計画であった。紗衣はわかったと頷いた。 「紗衣さん」 柳斎が口を開いた。 「心にとめておいていただきたいことがある」 「心にとめておくこと?」 紗衣の表情が引き締まった。口調は穏やかであるのだが、どこか柳斎という開拓者の声には重みがあった。 「ああ。くれぐれも無理はしないでいただきたい。見たところ剣の腕前は相当なもののようだが」 柳斎はちらと紗衣の手に視線を走らせた。剣をとる者特有のたこがある。ほんの手慰み程度の修行でそのようなものができるはずがない。 「しかし、もし敵が志体持ちであったならば命にかかわるかもしれぬ。いや」 口を開きかけた紗衣を柳斎は遮った。 「紗衣さんが忠義のために命を賭しているのはわかる。が、いかに忠義を尽くす相手とはいえ、死してよいというものでもないのだ」 「‥‥わかりました。でも」 紗衣は柳斎を真っ直ぐに見返した。その視線に揺るぎはない。 「やはり私は保家様に危険が迫った場合は命懸けで戦います。それは保家様だからではありません。命は大切なものだからです」 「‥‥そうか」 柳斎はほっと息をついた。 「ではその紗衣さんを我々が守ろう」 柳斎は告げた。 ● 「健気といえば聞こえはいいが」 紗衣を見送る開拓者の一人が笑った。嘲りの色を滲ませて。 女だ。かなりの大柄であり、蜜の滴るような肉体の持ち主であった。 北條黯羽(ia0072)という名の陰陽師はさらに唇をゆがめると、 「無謀は紙一重だからね」 「ほんとに志体もないのに無茶しよる」 もふらの面をかぶった一人の少女が溜息を零した。 梢飛鈴(ia0034)なるその少女は面を押し上げた。現れたのは猫を思わせる愛くるしい相貌であった。 飛鈴は手の饅頭を一口頬張ると、 「さて、こりゃ難儀アルな。護衛する人間に知られないように護るちゅーのは」 「だぜ」 頷いたのは若獅だ。 「けど警護がいらないなんて、その藤原保家ってじいさん、余程の自信があんのかなあ」 「暗殺はあくまで手段です」 ふっと口を開いたのは、この場にあっては最年少の少女だ。瞳が大きく、人形のような可愛いかおをしており、おそらく十をそれほど越してはいない年頃であろう。が、口調は妙に大人びていた。 少女――八十島千景(ib5000)は冷然と続けた。 「故に政略的な手法によって、暗殺対象が死ぬことで相手に害のみが発生する状況を作り出すのです。――が、今回の依頼。其処がきな臭いんです」 「ほう」 八人中、たった一人の男である開拓者が面白げに声をあげた。 人ではない。後にのびる角があるところからみて神威人であろう。どこか不気味な気を有していた。 男――カルロス・ヴァザーリ(ib3473)は底光る眼を千景の白い面にすえた。 「小娘、なかなかいうな。どこがきな臭いのだ」 「藤原様を害して誰が一番得をするのか、ということです。いや、祭りの最中にこのような騒ぎが起これば誰が一番得をするか、といいかえた方がいいですね」 千景は言葉を切った。 若年であるが、この少女は恐るべき聡明さを備えていた。実のところ、彼女の推論は事件の核心にまで迫っていたのである。 そしてカルロスという抜け目のない冷徹な男もまた、事件の暗部をうっすらとではあるが見通していた。 即ち―― もし何者かが暗殺を目論んでいるのなら、その意図を徹底的に隠すはずであった。それが噂とはいえ広がっている。それはあまりに杜撰すぎないか。 「つまりは本来の目的は暗殺ではなく‥‥ふふん」 呟きかけた言葉を切り、カルロスは昏い笑みをうかべた。 「まあ、どうでもいい。俺には関係のないことだ。それよりも」 カルロスの背がぞくりと粟立った。殺戮の予感に戦慄しているのである。 カルロスにとって藤原保家の命などどうでもよいことであった。紗衣の命も然り。預かった犬に餌をやる――その程度の意味しかない。それよりも―― 斬る。 カルロスの興味はその一点に集約されていた。 「まあ、思う存分やらせてもらおう」 カルロスの唇の端が鎌のように吊り上がった。 ● 藤原保家の屋敷の大門が開いた。現れたのは一挺の駕籠だ。駕籠は四人の家人によって担がれていた。 その駕籠の脇には一人の供の姿があった。若武者姿の紗衣である。 「紗衣」 駕籠の中から呼ぶ声がし、さらに行き先を告げた。 どれほど時が過ぎたか。 保家の駕籠は安雲の只中にあった。祭りの賑わいが身動きもならぬほどに取り巻いている。 その浮き立つような雰囲気がよほど気に入らぬのか、時折駕籠の中からは舌打ちの音や罵りの声がもれていた。が、紗衣には保家を気遣うほどの余裕はない。暗殺者にとって、祭りの喧騒はかっこうの襲撃の場であるからだ。 と―― 周囲に視線を配っていた紗衣は駕籠の後方に見知った顔を見出した。飛鈴とカルロスだ。前方には若獅と輪の姿も見える。 「そうだ。私は独りじゃない」 紗衣は顔を上げた。萎えかけていた足に力がもどった。 「ほう」 狐面から声がもれた。煙管を口から離す。黯羽であった。 「紗衣って娘、なかなか気丈だねえ」 薄く笑った。裏路地にむかう横道において。 おかしい。黯羽からは直接紗衣の姿は見えぬはずであった。それなのにどうして―― 手品のタネは式であった。彼女は符を雀と変え、空に放ち、その視線を己のものとしているのである。 「供なのですから仕方ありません」 冷然とこたえたのは千景であった。視線を祭りの見物客に巡らせる。 ふふ、と黯羽は皮肉めいた笑った。 「なら千景。おめえも仕事だからかい?」 「何のことですか」 「知ってるんだぜ。おめえ、昨夜から一睡もせずに警護を続けてるよな。それは仕事だからかい。それとも」 「し、仕事だからに決まっています。そうでなければどうして紗衣さんなどのために」 くくく、と狐面の内から可笑しそうな声がもれ、千景はぷいと横をむいた。 開拓者の中で、もう一人笑みをうかべている者がいる。輪だ。 「紗衣さん、もっと力を抜いた方がいいのに」 輪は視線を転じた。そしてくすりと微笑んだ。 「な、何だ」 どぎまぎとした様子で若獅が振り返った。その手は、熱心に見つめていた華やいだ着物をそっとつまんでいる。 「い、いいじゃん。たまには俺だって‥‥」 「ええ。それはもう」 輪は嬉しそうだ。 「紗衣さんも貴方のように余裕があればもっと――」 輪は振りむいた。そして何を思ったか、駕籠に歩み寄っていった。横笛を口に。奏するのは、晴れやかな空に舞う落ち葉に似た哀しくも美しい旋律だ。 「そのほう」 駕籠の中から保家の声がした。 「なかなかの達者よな。旅の芸人か」 「はい」 輪は肯くと、濡れた瞳を駕籠にむけた。 「お気に召しましたのなら、もうしばらくお慰めして差し上げたいのですけど、いかがでございましょう?」 「では」 と、保家の応えが返ろうとした。その時だ。 痴漢、と叫ぶ声がした。 ● 少し前。 飛鈴は駕籠のやや後方にいた。 「うん?」 首を傾げた。 駕籠が通りすぎる際、禿頭の男が眼をむけた。いや、それ自体は別段珍しい行動ではない。ただ男の手に光るものが見えた。 刹那、飛鈴の姿が消失した。としか思え速度で禿頭の男に迫る。わざと身体をぶつけた。 「ぬっ」 禿頭の男がぎろりと飛鈴を睨みつけた。素早く返した掌の中にあるのが苦無であることを飛鈴は見逃さない。 「痴漢!」 飛鈴は叫んだ。同時に呼子笛を鳴らす。 禿頭の男――大うつぼは一瞬狼狽したように顔をゆがめたが、すぐに背を返した。 「逃がすもの、カ」 飛鈴は地を蹴った。饅頭を片手に。 側にいたカルロスは一瞬眼をむけただけであった。大うつぼの逃走が陽動であるかもしれないからだ。 それよりも―― カルロスは、ひとつの殺気をとらえていた。飛鈴が叫んだ際に発せられたものだ。 どこだ。 周囲を薙いだカルロスの視線が、ある一転でぴたりととまった。 女。花束を抱えているのだが、どこか重そうであった。 「女」 カルロスが呼び止めた。 「その花、俺に売ってはくれぬか」 「いえ、これは売り物では」 「なら、その中の刃はどうだ?」 カルロスがニンマリした。 次の瞬間だ。女――毒うつぼは怪鳥のように跳んだ。 ● うつぼ三忍は同時に動いた。 街路に面した家屋の屋根――に凝した迷彩布がふわりとめくれ、女のように華奢な男が姿を現した。闇うつぼである。 茶店の縁台に腰掛けていた少年の手に、突如苦無が現出した。鬼うつぼである。 宿屋の二階では端正な相貌の男が印を結んでいた。霧に似た水飛沫が結印にまとわりついている。黒うつぼであった。 屋根の上から闇うつぼが飛んだ。駕籠めがけて襲いかかる。 それを追って黯羽が走った。彼女のみは俯瞰視覚をもっていた故、闇うつぼの存在に気づいたのである。が、遅い。 「疾っ」 指をぱちりのと鳴らすと同時に、黯羽は符を放った。 斬撃符。呪力結索が解けたそれは、一陣の刃風となって闇うつぼの首を薙いだ。 ぴたりと大うつぼは足をとめた。 裏路地奥。 飛鈴もまた足をとめた。 「――貴様、何者だ。ただの町娘ではないな」 大うつぼの手が光った。苦無である。 「正体を知りたいのはこっちダ」 飛鈴はすっと腰をおろした。その手にあるのも苦無だ。 二人の間の空気がきりきりと音をたてた。二人の放つ凄絶の殺気によって硬質化したのである。 それは一瞬か。はたまた永遠か。 空気に亀裂がはいった刹那、二人は動いた。共に爆発的な練気を足に注ぎ込んだ二人の疾走は風のようである。 一瞬後、飛鈴は片膝ついた。その肩には苦無が突き刺さっている。 大うつぼは壁を蹴り、屋根の上に躍り上がった。そのまま逃走にかかる。その肩には同じく苦無が突き刺さっていた。 ● ましらの迅さで鬼うつぼが駕籠に迫った。抜刀し、紗衣が前に出る。 「さがってろ!」 叫ぶ声はその時した。そして一つの影が鬼うつぼの前に立ちはだかった。若獅である。 「紗衣には父ちゃんがいるんだろ。悲しませんじゃねえ!」 みなしごであった若獅が拳を繰り出した。紗衣を、いや親子の絆を守るために。 鬼うつぼが吼えた。 「どけ!」 「どかねえ!」 若獅の腹に刃がぶち込まれた。が、若獅はとまらない。渾身の力を込めた拳が鬼うつぼの顔面をとらえた。 軽々と毒うつぼはカルロスの頭上を舞った。 「逃さぬ!」 反射的にカルロスは抜刀した。たばしる一撃は疾風の迅さをもっている。 空に血の花が開いた。わずかに遅れて毒うつぼが地に降り立った。さらに遅れて地に落ちたものがある。カルロスの一刀によって断ち切られた毒うつぼの右腕であった。 ● 黒うつぼの手から水飛沫をあげつつ刃が放たれた。二つ。 唸りをあげて水刃はひたすら駕籠を、紗衣を狙って疾り―― 「死ね、小娘!」 黒うつぼのあげた叫びは、しかし途中で凍結した。 彼は見たのである。紗衣を庇って立つ二人の女サムライが、自らの身をもって必殺の水流刃を受け止めたのを。 「おのれ」 歯を軋らせ、黒うつぼは背を返した。暗殺はしくじった。長居は無用である。 部屋を走り出ると、黒うつぼは裏路地に面した窓から飛び降りた。それが彼にとって禍した。 地に降り立つなり、再び黒うつぼは地を蹴った。その一瞬後である。黒うつぼの口が鮮血をふいた。 愕然と見開かれた黒うつぼの眼は見た。胸から生えた一本の太い矢を。 全練気をふりしぼり、黒うつぼは疾駆した。もはや戦闘力など残されてはいない。 「シノビですか〜。さすがに追いつけませんね〜」 のんびりした声が響いた。計都だ。彼女だけは裏路地を調べていたのだった。 「まあ、そこそこ遊べましたか〜」 美しい顔を邪にゆがめ、計都は巨大な機械弓をおろした。 ● 夜。 月の光をあびて道をゆく者があった。紗衣である。御用を終えての帰路であった。 その紗衣の前に、ふっと二つの人影が立ちはだかった。 「紬様、八十島様」 紗衣が駆け寄った。柳斎は肯くと、 「送ろう」 「身体は大丈夫なのですか。私を庇って――」 「たいしたことはない。紗衣さんを失う哀しみに比べたら。だろう?」 「わ、私は仕事だからやったまでです」 顔を逸らせ、千景は足早に歩き出した。苦笑をうかべ、柳斎もまた足を踏み出す。頬をうつ風は氷の鋭さをもっていたが、二人を追う紗衣の胸は温かなもので溢れていた。 同じ月の光をあびて平伏する影があった。五つ。 「愚か者ども」 見下ろす頭巾の男が吐き捨てた。 「小娘一人始末できず、うつぼ五忍衆などと大層に名乗り追おって。せめて捕らえられなかったのが救い。――もはや用はない。去れ」 頭巾の男が命じた。すぐさま気配は消えた。 ややあって男は頭巾をとった。月光に現れたのは保家の顔だ。 「が、まあ襲撃があったのは事実。これで少しはわしもやりやすくなるだろうて」 保家は笑った。闇に溶けたそれは魔物のように見えた。 |